PLAY11 頼みごと①
「一体何が目的なんだ?」
ヘルナイトは聞く。凛とした音色で彼はキメラプラントに聞く。
それを聞いたキメラプラントは、逆さになりながらも首を傾げて「は?」と呆けた声を出して……。
「目的? 何が?」と聞き返した。
質問に質問で返す。はたから見れば馬鹿にしているような言葉だ。
しかしヘルナイトは冷静に言った。
キメラプラントの性格を思い出してこそ、彼の性格を把握しているからこそヘルナイトはその言葉に対し怒りなど見せず……。
「先ほど、私達は摂食交配生物『ポイズンスコーピオン』と対峙していた。その時お前が放った矢が蠍の尻尾を抉った。あれは……どういう理由で放ったんだ?」
(こいつの性格上……、きっと大した理由ではない気がするが……、聞くに越したことはない)
ヘルナイトが言っていること、それは……。
ポイズンスコーピオンの攻撃を止めて、そのうちの一つを握り潰した時にキョウヤが見た高速の矢。
それはポイズンスコーピオンの尻尾を抉り、それが起因だったのか……ヘルナイト達は勝てたのだ。
それを聞いたキメラプラントは……。
ぶらんぶらんっとぶら下がりながら、「あー」と気怠い声を上げて言う。
それを見ても、ヘルナイトは何も言わない。それも承知の上で、それがキメラプラントの性格だから……、苛立って怒っても仕方ないのだ。
(まぁ、怒ると言えば……、あの二人だけ……っ。?)
ヘルナイトは頭を抱える。
痛みで頭を抱えただけだが、痛みが広がる中……、思い出されていく風景。
それは白い空の世界で、白い空間の中……、誰かと誰かが言い合いになっている風景だ。
『貴様っ! あの時なぜ我に加勢しなかったっ!』
『私は遠距離で付加魔法がお得意ですのでね』
下半身は馬の黒い体。それでいて首がない鬼士が、奇抜な仮面をした、奇抜な衣装を着ている鬼士で、いいのかわからないが、そんな不釣り合いな二人が言い争っていた。
黒い鬼士が怒鳴っている時、奇抜な鬼士は肩を竦めて、小馬鹿にしたような言い回しで――
『それに、あなたが言ったではありませんか。『我に加勢など必要ないっ!』って、あれは強がりだったのですかぁ?』
『鬼士たるもの、状況を見て把握することも大事だっ! 貴様が後ろで遊んでいたせいで苦戦したではないかっ!』
そんな黒い鬼士の言葉に、奇抜な鬼士は苛立ったかのようにかちーんっと、小さい声で効果音を言った後……。がっと黒い鬼士の鎧を掴んで、彼は胸倉を掴む要領で怒りをぶちまけた。
『ハアアアアアアアァァァッッッ!? なんですかその言い方ぁ! というか遊んでいませんけどっ!? 私の勇士……、いいえっ! 鬼士道を見せようと奮闘していたんですけどぉ!?』
『っは! そうやってやけになるところが余計に怪しいぞっ!』
『そんなことないですぅ! そんなことないんでやけになんてなってません!』
『観念しろこの鬼士の恥晒しめっ!』
『あんたが恥だこの首なしお馬っ!』
ぎゃんぎゃんこらこら。
きゃんきゃんわんわん。
そんな二人の喧嘩は日常茶飯事だった。
そう、ヘルナイトは記憶している。
その風景を遠くで見守っているヘルナイト。そして彼の視界が揺らぐと、視線を落としてその人物を見る。
そこにいたのは、青い髪をうねらせて、白い服装に身を包んだ……清楚で穏やかな笑みが印象的な背中に翼が生えた女性だった。
『申し訳ないところを……』
ヘルナイトの視線は下を向いてしまう。きっと、頭を下げているのだろう。それを見ていたのか……、女性は穏やかな音色で言った。
『いいですよ』
その言葉にヘルナイトの視線は少し上を向き、女性を見る。
女性は微笑みながらヘルナイトを見ている。そして――
『喧嘩するほど仲がいいとは、このことですから』
そう言うが、その時のヘルナイトはそうともいかなかったのだろう……。
『ですがあの二人なら……』と言って二人を見ようとした時……。
『『うぎゃああああああああああああああっっっ!』』
二人は叫びを上げた。
それを聞いて、ヘルナイトの視界は急加速で変わり、二人がいた場所を見た。
敵襲か?
そう思ったのだろう……。
しかしそんなことはなかった。
あったとすれば……。
黒い鬼士は馬の足を押さえながら痛みに耐え、奇抜な鬼士は腰を押さえながらピョンピョンと跳ねながら『いたいたいたいた!』と叫んで悶え苦しんでいた。
それを見たヘルナイトは胸を撫で下ろし、傍に生えていた木を見て大きな声で言った。
『すまなかった。昼寝の邪魔だったか? キメラプラント』
そう言うと、木から声が聞こえた。
否……、その太い木の枝で寝そべっていたキメラプラントが言ったのだ。
『うるさい。だから撃った』
『『撃つな新参者がぁっっっ!』』
『いいでーす。自分の私欲のために、俺は動くー』
『降りてこい新参っ! 古参の実力……、ここで見せてくれようっ!』
『私も加勢いたしましょうっ! 今回は多対一の対戦ですっ!』
『いやだー。俺は寝るー』
『『降りてこいっ! この新参がああああああっっ!』』
そんな光景を見ていると、くすっと言う声が、背後から聞こえた。
振り向くと、そこには翼が生えた女性が、くすくすと、笑いをこらえながら、気品溢れるそれで笑いを堪えていた……。そして……。
『ね? 言ったでしょう?』
女性――サリアフィアは言った。
『喧嘩するほど……、仲がいいって』
「あ、思い出した」
「!」
頭痛が治まり、ヘルナイトはキメラプラントを見る。彼はそういえばと言いながらぶら下がったまま腕を組んで言った。
その状態で頭に血が上っていないかのように話す彼を見たヘルナイトは、また――相変わらずだなと懐かしんで見る。
すると彼は言った。
すっと熊の手を出して、それで中指と人差し指を見せながら言った。その手の形は、さながらピースサインである。
「二つある」
「ああ」
ヘルナイトは聞く。
「なんだ?」と。それに対しキメラプラントは言った。
「ひとつはうるさかったから」
「そうか」
(あの時近くにいて、そのポイズンスコーピオンの叫びがうるさかったからか……)
ヘルナイトは一人納得する。
キメラプラントは二つだった指を、人差し指だけにして……「二つ」と言った。
「――腹減ったから」
「……そうか」
(それで、肉が多い尻尾を……か)
ヘルナイトは疑問が無くなったことにより、頷いて納得する。
「それで?」とヘルナイトは聞いた。
「なぜ『緑の園』にいたお前がわざわざここまで来たんだ。面倒くさがりなお前が、ここまで来て、私に用があるのか?」
「あー、それは」
ヘルナイトの言葉に、キメラプラントはブランブランっとしていた体を一回グリンッと回す。それは鉄棒の要領で、枝に座って、彼は頬杖を突きながら言った。
足元は豹のような、斑点がついたネコ科の足。
彼の体は、すべてがプラモデルのように接合可能なのだ。
それが……、彼が混合魔王族と言われる所以。
キメラプラントはヘルナイトを見て聞いた。
ヘルナイトが聞いたはずなのに、彼がヘルナイトに聞き返したのだ。
キャッチボールがバットで跳ね返される。
そんなへんてこなキャッチボール。
「そう言うヘルナイトは、なんでここにいるの?」
「質問に質問で返す。お前らしいな。胆が据わっている」
「胆は食べるもの。で? なんでここにいるの?」
「私は私の使命のために動いている」
「その使命って……、『終焉の瘴気』を止めるっていう? てんし様を助けるために?」
「っ」
キメラプラントの言葉にヘルナイトは言葉を噤み、キメラプラントを見て凛とした声で言った。
「そうだ」
……しかし。
「でも、それは失敗した。『断罪の晩餐』かあっても、斬ることはできても、消すことはできなかった」
「………………………………」
「浄化できなかった」
「……ああ」
キメラプラントはどちらかと言うと胆が据わっている。
そして正直で、何より思ったことはバンバン言ってしまい、自由奔放。
彼は自由で縛られていない。ゆえになのだろう……。
一番偉いであろうヘルナイトに、ああもはっきりと指摘し、そして断言したのだ。
それを聞いたヘルナイトは、返す言葉がないような音色で言うが……。「だがな」と、言葉を付け足す。
そして……。
「もう一つの、詠唱の所有者が見つかったと言ったら、どう言い返す?」
……ヘルナイトは内心……。
(らしくない挑発だ。しかし前はそれがなかったがゆえに、私の詠唱に頼るほかなかった)
だからこそ。
今度こそは……。
ヘルナイトは前に成し遂げられず、無念を抱いたまま大切な人を失った。そして記憶を失った。
(お前も、その『てんし様』を助けたいのなら、この言葉に食いつくはずだ)
そうヘルナイトは思った。
すると……。
ぴくりと、豹の足を動かした。そして……。
「……だれ?」
と、キメラプラントは聞いた。
それを聞いて、ヘルナイトは言う。
「なら、最初に聞いた話をしてくれ。一体何が目的なのか。そして私に何の用なんだ。この二つを話してくれれば、私もお前が聞きたいことを話そう」
その言葉を聞いてキメラプラントは黙ってしまう。黙った理由は、考えていたからだ。木の枝に座り、腕を組んで考えていたのだ。
それを見て、じっと待つヘルナイト。
すると……。キメラプラントは言った。
「――目的は、ヘルナイトに頼みたいことがあって。ヘルナイトに用があったのは、そのことについて話そうと思って話しかけた」
「…………私に、か?」
あまりに曖昧なことを言い出すキメラプラントに、ヘルナイトは疑問符を頭に浮かべながら聞く。キメラプラントは「そう」と答えて――
「ちょいと困ったこと」
「困っている……? 何がだ?」
「この森……と言うか」
と言って、キメラプラントはとある方向を弓を背中にしまって青白い手の指で指さした。
しかしとある方向と言っても、平衡感覚が鈍っているのと、外の世界が暗くなっているので、その方向がなんなのかわからない状態で、彼は指をさして言ったのだ。
「この先の『腐敗樹』あるだろ? よく植物の魔物が出る」
「ああ」
「あそこで、異様な気配と、異様な魔物が出るようになった」
「……異様な……?」
異様な。
その言葉に、あまりいいものではない雰囲気が漂う。
ヘルナイトはキメラプラントに聞いた。
「……その異様なものとは……?」
「……アンデッド系の魔物が増えた」
「アンデッド? アルテットミアの、しかもアムスノームの近くにか?」
「うん」
ヘルナイトの言葉に、キメラプラントは頷き、彼は指を下してヘルナイトを見て言った。錆びた甲冑の下から覗く、新緑のような目で……、混合魔王族特有の、新緑のような緑の眼に見えるバツ印の目で、ヘルナイトを捉えて言った。
「それも……、そのアンデッドは、意図的に生み出された可能性が高いんだ」
「意図的……、まさか……」
……本来。魔物も生命体だ。
『終焉の瘴気』によって呑みこまれた生物が、魔物へと生まれ変わっただけで、結局は生命体に変わりない。要は……。
魔物とて、生態系を崩さないために繁殖を繰り返す。絶滅しないように繁殖を繰り返す。
子を、作ることができるのだ。
だから倒しても倒しても、結局は負のスパイラルで討伐依頼が舞い込んでくる。これはもう、何十年も前から諦めていることだ。
しかし……、だがしかしだ……。
アンデッドは、違う。
アンデッドは死体だ。
アンデッドは魔物ではある。しかしそれは突然変異のゴースト系の魔物か、未練を残して死んでしまった魂が死体に入り、その体を動かしているからアンデッドは存在する。
その場合の対処は『浄化』だけ。
現実で考えれば、そんなものが動いていたらもう大騒ぎどころの話じゃない。
だが誰も騒がない。
アンデッドも魔物。自然の摂理としてみんな慣れてしまっているのだ……。
人間の慣れとは、怖いものだ……。
そしてアンデッドが動くもう一つの要点。
この世界で死体が動く=それは呪術師の仕業。死体を操ることができる『屍術』と言う瘴輝石を使うものがいるということになる。
のだが……。
キメラプラントは言った。
「『屍術』を使う人はいない。それにアンデッドなんて『腐敗樹』にはそうそうでない。そもそも『腐敗樹』は人が住める環境じゃない。草木や色んなところが腐って、一日……。ううん。半日いたら喉がやられる場所だ。なのに……、何日も何日も……、『腐敗樹』に居座っている。それができるのは……」
「……生命ではないなにか。か……」
ヘルナイトの言葉にキメラプラントは「そうだろうけど」と呆れながら肩を竦めていると、彼は持ち前のはっきりと言うそれで言った。
「はっきりしなって。それでも『12鬼士』最強の鬼士で、このアズールで唯一のモルグ百の戦士なの?」
「……はっきりと言いすぎではないか?」
キメラプラントの言葉に、ヘルナイトは少々気まずくなった……。
それを聞いても、キメラプラントは止まらない。
「はっきりしたくなるって。というか、俺はもうわかっている」
キメラプラントは言った。
夜の世界に月と言う光が灯る。
その光の中心に二人がいて……、光のスポットが当たったと同時に、キメラプラントは言った。
「――『腐敗樹』に、死霊族がいる」