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PLAY103 鬼族重鎮とヌィビット⑤

※今回のお話には重苦しい展開が含まれています。ご注意ください。

「さて――一体何を話すのかな? 私は全然悪いことをしたと言う記憶が全然ない。生憎こんな性格だからだろうか、悪いことをあまり考えないようにしているからな」

「悪いことをあまり考えない……、か。なんとも身勝手な逃避だ」

「ほほぉん。いいや赫破。これはこれで面白いかもしれんぞ? 今の今まで皮を被りすぎて今まで感情すらわからなかったんだ。どんな思惑を抱えているのかわからんかったんだ。それならば聞くのも余興。まずはこいつの言い分を前菜にしようじゃないか。まぁ、どんなに聞いたとしても結局は同じかもしれん。儂は聖霊の王の話がメインディッシュに感じるが、どうかな?」

「っち。聞きたくないが、仕方がない」

「なははっ。お前の気持ちは分かるぞっ。儂も緑薙(リョクナ)も同じ気持ちだからな。こんな差別は仕方がないかもしれん」


 ヌィビットさんの言葉が終わった瞬間、その言葉を聞いていたアカハさんは大きく眉を動かし、溜息交じりの呆れたそれを零すけど、オウケイさんはその言葉を聞いてかそんなことはない。


 どころかこれはこれでチャンスかもしれない。


 そんな言葉を零しながらオウケイさんはアカハさんに言い、今まで言葉も発さないで座っていた緑色の角の重鎮さん――リョクナさん……、で、いいのかな? その人の名前も言いながらオウケイさんはヌィビットさんのことを見ると、アカハさんは再度舌打ちを零してもう一度溜息を零した。


 なんだか重苦しく感じてしまうその光景を見て、私とヘルナイトさん、デュランさんにエドさんは驚きの顔をしてお互いの顔――重鎮の三人とヌィビットさんのことを交互に見てしまう。


 この部屋に入ってからは暗い世界での会話となってしまっているけれど、会話のおかげか、そしてヘルナイトさんの握りも相まってそんなに不安になることはなかった。でも、さっきまでの空気とはまるで違うびりびりとした空気に、私は困惑する以外の顔を浮かべることをしなかった。


 と言うか、困惑しか浮かべることができなかった。


 理由は明白――アカハさんのしょーちゃん、シリウスさん、ヌィビットさんに対しての『失望発言』からのヌィビットさんへの弾劾会話への展開。


 この流れの所為で私の頭は現在パンク寸前だ。


 ボロボに来てからは色んなことが起こりすぎて混乱しかない。


 王からの試練から始まって、ラドガージャさんの試練、ファルナさんの試練になってヌィビットさん達の (暇潰し)の襲撃。そしてこの状況だけど、やっぱり世の中は何が起きるのかわからないのと言うのは本当なのかもしれない。そして思うように進まないのも世の中なのかもしれない。


 前にも起きたし、現にこの場所でも起きている。


 そう思いながら私は互いの顔を見つつ、いくつか浮かび上がった疑念のことについて簡単だけど思考を巡らせる。もう混乱している状態なので簡潔になってしまうけれど、それでも起きたことを整理す筒疑問を掘り起こす。


 まず――重鎮さん達の部屋に入った私達 (私、ヘルナイトさん、デュランさん、しょーちゃん、エドさん、シリウスさん、あとはなぜか呼ばれたヌィビットさんとクィンクさん)は、真っ暗に近いような空間の奥にいた三人の鬼族の重鎮さんに声を掛けられた。


 本来ならばこの場でこの郷に滞在する許可をいただいて、その後で私達リヴァイヴが『大気』の魔女でもあるアルダードラさんから試練を受ける予定だった。


 簡単なことだったはずだったんだけど、どういうわけなのか重鎮さんは私達のことを見て私と少し話をした。


 私は重鎮さんの話を聞いて、自分の中にある意志を言葉にして告げようとしたんだけど、途中でそれを止められてしまい、そのまま重鎮のアカハさんはヘルナイトさん達のことを品定めした後、突然しょーちゃん達に向けて『失望宣言』した。


 この時点で頭の中が混乱してしまった。


 誰だってこの発言を聞いたら驚くだろう。だってなぜ『失望』と言った理由でさえ、私達は知らされていない。どころかそのままの展開と言うか、きっと私達が来る前に何かがあったのだろう。ヌィビットさんに向けて重鎮さん達は何かを言おうとしていたのだ。


 もしゃもしゃから感じてなんとなくだけど……、重鎮さん達はヌィビットさんに対して激しい憎悪、何重にも、何重にも黒いオーロラの層が波の如く襲い掛かる様に噴き出している。


 それを感じた瞬間私は思った。


 きっと、私達がいない間に()()()()()()()()


 こんな状況を利用してヌィビットさんに対して何かをしようとしている。『弾劾』と言う言葉を使って()()()()()()()()()()()


 一体何があってこうなったのか。そしてなぜこんなにも険悪になってしまっているのか。更に言うとヌィビットさんは何をしたのか。色んな疑問がどんどんと頭の中でぐるぐると駆け巡ったけど、それを一瞬でもかき消すようにアカハさんは私達に向けて――


「これから少しだけ私情に入る。この部屋は狭いゆえに少数人数で入ってもらったが、重ねて申し訳ない。予定通りの交渉なのだが、こいつの話が終わってからでいいか?」


 そのまま突っ立っていろだなんてことは言わん。壁際に座ってくれても構わない。


 こんな爺共の我儘に付き合ってくれて申し訳ない。話は後でじっくりする。


 そう言ってアカハさんはすぐに視線をヌィビットさんに向けて視線を鋭くさせた。私達に対して配慮を取る様に、少しだけ怒りが収まった音色で言ってきたので、私はヘルナイトさんのことを見上げる。


 この見上げは不安とか疑心とかそんな負の感情めいたものではない。ただ混乱していて、本当に座っていいのかというものである。あ、これも結局疑心に含まれている……。


 後からそんな自分の思考の矛盾に気付いて驚いていると、ヘルナイトさんは私に視線に気付いたのだろう。すぐに視線を鬼族の重鎮さんに向け、その後で再度私に視線を下ろすと、ヘルナイトさんは凛とした小さな声で私に言った。


「どうやら、この流れを変えることができないみたいだ。ヌィビット殿と重鎮殿たちが一体どんな関係なのかはわからないが、確執があることは確かみたいだ。今はその言葉に甘えることを優先にしよう。時間はまだあるなどと言えないが、ここは鬼族の郷、そしてこのお方たちは鬼の郷でも権力を持っている方々だ。悪い言い方になってしまうが、このお方たちの言葉には、従うしかない」


 たとえ、私が魔王族で『12鬼士』の団長であってもな。


 そう言ってヘルナイトさんは私に視線を外し、そのまま重鎮さんに向ける。その顔を――視線を向けた横顔を見上げながら私は思った。ヘルナイトさんの話を聞いて……、これはまさに、『郷に入っては郷に従え』みたいなものなんだな。と思いながら、私はそっと口を開いた。


 開いた瞬間、ヘルナイトさんが何かを呟いた気がしたけど、私はその言葉が聞こえなかった。あまりに小さいせいで聞こえなかったので、私はヘルナイトさんのことを見上げて、握ってくれている手をくいくいっと引っ張りながら私は控えめに微笑んで――


「そうしましょう。重鎮さんのご厚意に甘えるってことで」


 と言うと、私はヘルナイトさんに続けて「それに、こういう場合は「郷に入っては郷に従え」って言いますものね」と言うと、ヘルナイトさんはちょっと驚いた顔をして「そんな言葉があるんだな」と小さな声で言う。


 私はやっぱりこの諺は仮想空間にはない設定なんだな。


 そんなことを頭の片隅で思い、ヘルナイトさんが「っと、そろそろ座ろう。このまま長引いてしまえばいけない」と言ってから鬼族の重鎮さんのことに従うように、鬼族の重鎮さんの視線を見ながら右側の壁際に薄暗いので手探りで歩み、そして壁に手が触れた瞬間、ヘルナイトさんは私の手を優しく引きながら座る様に促す。


 握っている手とは反対の手で安全であること示すように、お姫様に対してその先を指し示すように促しをかけるヘルナイトさん。


 背後では暴れているのか、しょーちゃんに対して『黙れ』や『静かに座っていろ馬鹿者』と言っているデュランさんの声と、シリウスさんに対して心配の声を掛けているエドさんの声。エドさんの言葉を聞いてシリウスさんはけらけらしながら大丈夫と言う声を掛けている……、と思う。遠くてよく聞こえないから何を言っているのかわからない。その背後にいるヌィビットさんとクィンクさんの声も全然聞こえない。


 そう言えば王子の声がこの部屋に入ってから聞こえない気がする。と言うかどこにいるんだろう。そんなことを思って辺りを見渡しても暗いせいで全然見えない。

 

 一体王子はどこにいるんだろう。そんなことを思っていると、ヘルナイトさんが私の名を小さな声で呼ぶ。孫声を聞いた私ははっとして、「大丈夫です」と言いながらなんとか手探りで座れるところを探し、ゆっくりと……、ゆっくりとその場で正座をする。


 膝と脛に感じる乾いた畳の感触。それを感じながら私は正座をする。


 こんな風に正座をすること自体久し振りだ。いつ振りだろう……。あれは確か、この世界に来る前の朝、仏壇の前で正座して以来かな……? 


 今となっては昔話に近いような過去を頭の片隅で思っていると、ヘルナイトさんは私が座ったことを確認すると、そのまま私の右隣りで壁に手を付け、流れるようにヘルナイトさんは私の横に座る。勿論正座……、ではなく、胡坐と言う形で。


 うーん、やっぱりこの世界の人にとってすれば正座っていうものはあまり定着していないものなのかな……? 胡坐が普通の座り方なのかな……?


 そんな全く関係のない事だけど私は内心やっぱりそうなんだと思いながらヘルナイトさんのことを見つめると……、ようやくなのか、未だに立っているヌィビットさんとシリウスさんに対して (最初はヌィビットさんに対してのそれだけど)の会話が始まる。


 言葉と言葉の弾丸が飛び交う――弾劾会話が。


「さて……、どうなってしまうのか」

「そうですね……、って! イェーガー王子っ、いつの間に私の左隣に座っているんですか? しかも正座で」

「ん? さっきだが? あぁ入ってから気配がないことで気になっていたのか。簡単な話だ。ちょっとした用があって、そっちの方に勤しんでいただけだ」

「用事……、ですか?」

「ああ、あとでわかると思うが、今が目の前のことに――いいな」

「あ、はい……」


 ……いつの間にか、私の左隣でその服装からしてみれば珍しい正座をしていたイェーガー王子に驚いてしまった私だけど、王子は暗がりの所為でよく見えなかったけど変わらない涼しい顔で琴のあらましを簡潔に言う。


 一つ……、ちょっとした用に何か引っかかりを感じたけど、そのことでさえも曖昧に伏せられてしまい、私は目の前の光景を焼き付ける。


 今度こそ行われるであろう――弾劾会話を。



 ◆     ◆



 ハンナの言う通り、このボロボ空中都市に来て以来事態は色んなことが起きた。起き過ぎたと言っても過言ではない。


 ボロボ空中都市に来てから、彼女達は国で起きていた『終焉の瘴気』の『残り香』の襲撃。その『残り香』の討伐。


 その討伐が終わってから王はハンナ達に試練を施した。理由は『残り香』一体相手にてこずりすぎたが故のこの先への不安を垣間見たが故の試練を王は施した。


 この国にいる三人の魔女の、命懸けともいえるような試練を――


 一つ目はエド達レギオンが受ける『砂』の魔女――ラドガージャの試練。


 内容は蜥蜴族の集落を襲ったならず者の集団クィーバ残党の拘束。この拘束に対してラドガージャは武器を使うことを禁止にしたが、その束縛をものともしない攻撃であっという間にクィーバの残党を拘束した。


 試練の結果は合格。


 二つ目は『生物』の魔女――ファルナの試練。


 この試練を受けたのはショーマ達で、試練の内容は鳥人族の郷の族長が企てていた計画の核となる摂食交配生物『偽りの仮面使』の討伐だった。


 討伐に関しては苦労の連続で、正直詠唱さえ持ってないショーマ達では倒せないと思っていたかもしれない。しかしショーマはああ見えてやると決めたらやる男。ファルナの悲しみを知ると同時に、彼は仲間たちと一緒になって『偽りの仮面使』を倒すことに成功した。


 試練の結果は合格。鳥人族の郷の族長の拘と言うおまけをつけて。


 最後は『大気』の魔女――アルダードラの試練。


 鳥人族の郷の試練が終わった後で最後の試練の場所でもある場所――この場所、鬼族の郷に向かって飛んでいたのだが、その間いろんなことが起き過ぎたのだ。


 ハンナ達に襲い掛かったクィンクとヌィビット (ハンナ曰くティーカップの人)。そして彼の仲間アルスと蓬、アイアンプロト:零号の登場で混乱にまみれた混沌の戦闘が開始された。


 もうこの時点で頭の整理が追い付かないかもしれない。ハンナ自身も混乱のあまりに頭の整理がつかなかったが、幸いなのか、彼女含めたリヴァイヴは緊急事態に巻き込まれることが多々ある。不幸体質なのかはわからないが、それでも彼女はこのボロボに来るまでの間色んな事態に巻き込まれていたからかあまり深く考えることはなかった。


 自分達を狙って襲ってくる人はたくさんいた。詳しいことは明かさないが、それでも彼女達に対して強襲する存在達は多かった。なのでそんなに考えることはなかったが、そんな彼女達でも今回の展開はあまりにも予想だに出来なかった。


 不意を突かれた。


 まさにドッキリのような展開。


 その種を明かしてくれたのはヌィビットと一緒に行動していたコーフィンであり、彼はその中でも最もまともな人格にあったらしい。彼はこのドッキリに対して否定的であった。


 まぁアルスも否定的なそれだったのだが、蓬の言葉に踊らされて結果的にドッキリに加担してしまう結果になってしまうが……。


 そのドッキリもあって状況が大幅に状況が遅れてしまい現在に至っているが、それでもハンナは受け入れる姿勢でいた。


 今の今までの状況が彼女の感覚を変化させてしまっていたのか、ハンナはこんな状況になったからといって不愉快な顔をしなかった。どころかこの状況に対して受け入れる姿勢でいたのも事実。


 普通ならば『そんなことをしている暇なんてない。すぐにでもこの郷の滞在許可をもらいたい』と駄々をこねるであろう。それが普通の人の思いであろう。


 こんな変な世界に閉じ込められ、しかもこの状況を常に監視している閉じ込めた張本人が自分達のことを観察しているのだ。


 メダカの観察の如く、全てを観察されている中、ゆっくりなどできないのが普通の人の思考回路だ。


 一刻も早く出たい。しかしそのためにはこの世界の『終焉の瘴気』を倒さないといけない。そしてその『終焉の瘴気』を倒すためには『八神』の浄化をしなければいけない。RPGに於いて避けられない攻略をしないといけないのだ。


 つまりこの状況も攻略の一つ。


 ボロボの王の試練も、この状況も――すべて次に進むために必要なイベントとなる。


 そう、これはイベント。


 ――のはずなんだけど……。


 そう思いながらエドは壁際に背をつけ、胡坐をかきながら薄暗い鬼族の重鎮達と、彼等に名指しされたヌィビットとシリウスのことを見つめる。


 今の今までエドは考えていた。


 物事を整理するために色々と長考していたが、それでもエドは最後の最後まで思ったのだ。


 理解できないと……。


 そしてこれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……。と。


 この場合RCにやとわれた監視者ならばこの状況が本当のイベントでないことを知ることができるかもしれない。だが生憎エドはそんな存在ではない。()()()()()()()()()()()()()()()なのだが、元々ゲームなどしない性分なのだが、それでもエドはこの状況に違和感を覚えていた。


 三人の鬼族重鎮の雰囲気も然りだが、ヌィビットに向けているその感情が、組み込まれた感情ではなく、()()()()()()()()()()()()に似ている。そう思ってしまったエド。


 これは彼なりの直感でもあり勘でもあるのだが、エドはこの勘が本物であると確信していた。


 この状況は絶対に、後者によってできた確執で、その確執を生んだきっかけを生んだのがヌィビットであることに気付いた瞬間、エドは再度ヌィビットのことを見上げてこう思った。


 ――一体この人は、この人達に何をしたんだろう。


 ――イベントらしいイベントを書き換えてしまうほどの、いいや……、『LEARNING ROBOT』の中を書き換えてしまうほどの出来事を起こしたこの人は、一体何者なんだろう……?


 そんなことを思いながらエドは視線をヌィビットから鬼族の重鎮に向け、これ以上口を開かないように口をきつく閉じる。


 きつく閉じたそれを開錠してしまうと、不運がこちらに降りかかる。


 そうならないようにエドはきつく閉じ、重鎮三人とヌィビットの会話を聞くことに専念することにした。



 ◆     ◆


 

 ――さてさて。これはどうしたものか。


 ――状況的に私はきっと彼等に恨まれているだろう。それはもう百も承知であり、これは逃れられない不運だったのかもしれない。


 ヌィビットは思う。


 このような状況になったことに対し、これは自分の運命と言う名の不運が巻き起こした結果であり、その結果に対してほとほと嫌気を指しながら彼は思ったのだ。


 まったく、私は本当についていない――と。そしてこうなってしまっては抗っても無駄だ。と。


 ヌィビットはこうなってしまった運命に対し受け異例の姿勢を示し、そして目の前で自分のことをいらないものを見るような冷たい目つきで見上げている彼等のことを――赫破(アカハ)黄稽(オウケイ)、そして一言も言葉を発さない緑薙(リョクナ)のことを見下ろし、ヌィビットは不敵に笑みを浮かべる。


 己の不運が招いたことに対しての後悔も、()()()()()()()()()()()()()()を無かったという色で塗り潰す様に、彼は不敵に笑みを浮かべて――


「さて、これで三回目となる言葉の繰り返しだ。お三方……、あぁいや。この場合は新お三方の方がいいのかな? それでは聞きたい。さて――一体何を話すのかな? 私はこう見えて覚えが悪い方でな。一体全体なぜあなた方がそんなに怒りを剥き出しにしているのか理解できないんだ。だから詳しく話してほしいくらいだよ」

 

 と、鼻ふかすような言葉でヌィビットは言う。顔こそまるで人のことを嘲る様なそれなのだが、内心は彼等の意志を受け止める意思を固めていると、ヌィビットの言葉を聞いた赫破は咥えていた煙管に『がりっ』と歯を立て、常に笑みを浮かべていた黄稽も一瞬笑みを崩してしまいそうな、そんな歪みを見せる。


 赫破の怒りと黄稽の歪みを見下ろしていたヌィビットは、そっと目を細めてから……、内心やはりかと思いながら彼は心の中で呟く。


 一瞬だけ芽生えそうになった己の記憶の一部とその光景を重ね、二つの情景が全く同じであることを理解した瞬間、彼は……。


 ――あぁ、成程。そうなのか。これが……、その形なのか。


 ――私には理解できない感情だが、より信頼を築き開けていた輩ならば、その喪失は大きく、その喪失の原因で見ある私は、彼等からしてみれば極刑にしたいくらい、憎いのだろうな。


 ――憎い気持ちに対して、私はあまり理解できない。共感できない。常にそんな立場であり、睨まれる立場の中でずっと生きてきた私だからこんな気持ちになるのかもしれない。


 ――そのくらい信頼と言うものは、美しいものなのだろうな。


 頭の片隅でヌィビットは思う。


 自分にはない感情を剥き出しにして己のことを睨みつけている鬼族の重鎮に向けて、そして自分の状況に対して不安のそれを抱いているハンナ達のことを視界の端で見ながら……、ヌィビットは柄にもなく羨ましく思い、こんな状況下の中でもヌィビットは自分には永遠に芽生えることがないだろうその感情に寂しさを感じてしまう。


 自分にはそんな資格すらないのに――だ。


 長い思考の海の中を浮きながら流されていた最中、ヌィビットの話を聞いて一度は口を閉ざしていた鬼族の重鎮達だったが、その沈黙も長くは続かず、どころか心の中で温めていた感情が今になって少しずつ、沸騰し過ぎた鍋のように溢れさせるようなそれで吐き出すように、重鎮の一人黄稽は言葉を零す。

 

 笑みを崩さない姿勢ではあるが、その中に含まれた怒りが笑みの中に隠れている。そんな二重の感情を顔で表し……、細目の中に隠された細い瞳孔でヌィビットのことを捉えながら彼は言った。

 

「ほほぉん。『まさか自分のことを射にと認識していなかったのか。儂等はずっとお前のことを躾がなっていない犬と思い、そしてずる賢さに頭が回るだけんだと思っていたぞ? なにせ人のことを人として見ていない。儂等のことを物のように見ている。人ではない目をしているのだからな』と儂はあの時言ったが……、まさかとことん理解していないとはな。犬どころか言葉の理解ができん化け物なのかもしれんな。悪魔族と言う名の、正真正銘の怪物じゃ。儂等が貴様に対して憤りを抱いている理由も、この部屋の戸の前に付着している血の理由を理解しておらんとは……」

「申し訳ない。斬られた瞬間は意識がぶっ飛んでいるのでな。そんなこといちいち感じている暇なんてない。私は死んだんだ。お前達の……、いいや」


 私は――お前達に殺されてしまったんだからな。


 そんなことで、いちいち私にいちゃもんを付けないでくれ。


 これでは異常なクレーマー。子供相手ならばモンスターペアレントだったぞ?

 

 黄稽の憤りを感じる笑みを聞きながらヌィビットは肩を竦める。


 大袈裟と言わんばかりに肩を竦めた後、その時の状況をわかりやすく言葉にしつつ、その時起きたことを簡潔に告げるヌィビット。


 最後に小馬鹿にするようなその言葉を付け加えながら……。


 ヌィビットの話を聞いていたハンナ達は、この部屋に入る前にヌィビットとアルダードラの話を聞いていたのでそこまで驚くことはなかった。


 心の中では (やっぱり怒らせて殺されちゃったんだな……)と思い、デュランに至っては (悪魔族でなければ即死だったな……)と思い、ハンナは (なんでそんなことをしたんだろう……。何か粗相しちゃったのかな?)と思った瞬間――


 ひゅんっっ! 


 と、空間内の空気を裂くような劈く音。


 それと同時に起きる何かを斬る音と空間何に『ビジャッ!』と付着する何か。


 その音が起きた後で背後の壁に大きな亀裂が入る音が、暗転の中で起きた。


 まるで一秒という短い時間の中で起きた一瞬の出来事。だがその一秒の間に起きた出来事はあまりにも情報が多すぎたこともあり、ハンナ達はその音が起きた瞬間言葉を失った顔をしたまま正座をし、そして固まった状態で言葉も、思考も失っていた。


 騒がしいで有名なショーマも、固まったまま微動だにしない。


 固まってしまうほどの衝撃。それはヌィビットの顔を裂くように迫ってきな透明の刃。それがヌィビットの顔の横を通り過ぎ、そのまま背後の壁に激突した瞬間、激突した壁に斜め一文字の亀裂が生じる。


 亀裂が生じた瞬間、ヌィビットの頬の位置から噴き出す赤い鮮血を交えた衝撃を付け加えて……。


「――っ!」


 ヌィビットの血を見た瞬間正座で待機していたクィンクは血相を変えた血走った目をし、貫手の形にした手刀を鬼族の重鎮達に向けて立ち上がろうとしたが、その行動を片手で制止し、焦りなどない冷静な音色で「待てクィンク――私は大丈夫だ」と言うヌィビットの言葉に、クィンクは何か言いたそうな顔をしてヌィビットのことを見上げる。


 クィンクの心配は誰であろうとする感情だ。どころかそれを制したヌィビットに対してハンナ達は困惑の視線で立ち上がろうとしていたほど、ヌィビットの出血量は酷かった。


 だらだらと流れる鮮血は彼の首を濡らし、衣服を汚し、足を伝い畳に黒いそれを残し、汚していく。


 誰であろうとその状況を見ればただ事ではない。ハンナでも悪魔族であることを忘れてしまい、回復のスキルをかけようと手を伸ばしてしまっている。


 そそれほどこの状況は危険だと、誰もが察知してしまっている。


 だが……、その状況を崩しにかかった人物、この状況を作り上げ、そして目の前の人物の息の根を止めようと本気で攻撃をした人物は己の角を緑色に照らし、角の周り、体の周りに風を纏わせながらヌィビットに向けて言う。


 ふぅーっと、深い溜息のような呼吸を零した後、風を切る音をしきりに鳴らしながらその人物……、緑薙(リョクナ)は言い放つ。


「…………じゃかしぃんじゃ小童(こわっぱ)。何の面さげここに来た。何の意思抱えここに来た。ないならさっさと()ね。みすぼらしく逝ね。朽ち果てながら逝ね。そんの吐き気を催すような面を儂らにみせんな畜生。畜生は畜生らしく……、駄犬の貪りの和え物になれ」

 

 なんとも汚い言葉。なんとも怨恨が込められた汚く低い言葉。


 それがどんどんと老婆の口から泥のように吐きだされるそれは、まさに泥を吐いて襲い掛かる化け物の様だとハンナはその時感じた感情の表れを見て思い、ヘルナイトとデュランは緑薙(リョクナ)の怨恨の言葉を聞き、そして思い出したのだ。


 鬼の郷の重鎮達は三人ではない――四人だったと。


 それに気付き、ヌィビットが一体何をしたのかを察したがそれも遅く……、ヌィビットに向けて重鎮の緑薙(リョクナ)は言った。己の体に纏う風の音をより一層大きくさせながら、風速を速めながらヌィビットに向けて言った。





         ()()()()()()()()()()()()()()





 と……。

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