PLAY103 鬼族重鎮とヌィビット②
戸の向こうから聞こえた声を聞いて、この国に途中まで一緒に来たイェーガー王子の声を聞いた瞬間、今まで起きていた動機や不安、恐怖が一瞬だけ引っこみ、私は驚きの眼で赤黒い戸を見た。
声を聞いたアキにぃ達、コウガさん達とエドさんは驚きの顔のままとのことを見つめ、アルダードラさんは戸の向こうの声から聞こえた声に驚き、声の主の名を驚きの音色で言うと、声の主――イェーガー王子は戸越しに……。
『あぁ、その声はアルダードラか。貴殿も大変だな。そしてすまないことをした。鬼と言う種族はどうも神経質らしい。なんとも悲しい事だ』
これでは心置きなく話ができないのにな。
そんなことを言いながらイェーガー王子は言う。
戸の向こうから聞こえる何かの足音と共に。
戸の向こうから王子の声の他にも何人もの老人の慌てた声や怒りに震えているような声。そして怒りを爆発させた声が飛び交っていたけど、その声を軽くあしらいながら歩みを進めている音が聞こえた。
すたすたすたすたと――最初こそ小さく聞こえていた足音がどんどん大きくなるそれを聞き、こっちに近付いていることを察したのだけど、王子のことを見ていないシロナさん達やコーフィンさん達は首を傾げてアルダードラさんのことを見た後、知らない代表として京平さんがアルダードラさんに向かって聞いた。
ぼそぼそと小さな声で呟くように、京平さんは聞いたのだ。
「誰だべ?」
「! そう言えば京平様達はお会いしていませんね。今喋ったお方はこの国の……、いいえ。このアズールの」
と、アルダードラさんがイェーガー王子のことを京平さん達に言おうとした時、がらりと赤黒く変色してしまった戸が一人でに開いた。
よく見る自動ドアのように横に向かって動き、その動きに気付いていなかったアルダードラさんはその戸の枠の気に手を添えていたので、動いた瞬間『かりかりっ』と、何か弱い力で引っ掻くような音が耳に入る。
『!』
その音と同時に今まで開けようとしていたけど雑談をしていたおかげで開こうとしなかったその戸が開き、開かれた戸の向こうの世界を見るために私達は目を見開き、開いた戸の先を見ると……。
「あ」
「王子……! なぜここに」
その先で、赤黒い戸のに手を添えながら入り口の前に立っているきっちりとした白い軍服のような服を着て、明るさがある赤い髪を一つの三つ編みにして束ねている。首には金色のチョーカーをつけて、顔はきれいに整っていて、エメラルドグリーンの瞳と、両目の下にあるほくろが印象的なイェーガー王子が声を放った私とヘルナイトさんのことを見て、ふっと微笑みながら……。
「やはりな――さぁ、入れ」
と言って、王子はまるでこうなることを予測していたかのような動作で、そっと内側の部屋に隠れてしまう。まるで――『どうぞ』と言わんばかりの行動で。
その行動を見ていた私は思わず「え?」と言う声を零してしまい、それと同時に――
「あ! あの時のイケメン王子野郎っ! ハンナになに微笑んどるんじゃぁっ! ナンパかこの野郎ぉ!」
「お前……、こんな真剣でシリアスなシーンになったとしても自分のキャラを崩さねーんだな」
「呆れを通り越してもはや異常ね。こんな時こそ心の声で叫んでよ」
「それは同文じゃな。ここはそのようなことを言う場合ではない」
同時に、アキにぃのなぜか怒っている声が響き、その言葉を聞いてキョウヤさんとシェーラちゃん、そして珍しく虎次郎さんが呆れるような音色でアキにぃの言葉に対して突っ込んでいた。
呆れの声を放っているのだから、きっと顔も呆れた顔に違いない。
でもアキにぃはそんなキョウヤさん達に対して必死に何かを訴えているみたいだけど、私はそんな声も聴く余裕がない……。というか、目の前で不思議な行動をしているイェーガー王子に釘付けになり、私は茫然とした面持ちで、餌を待っている魚のように口を半開きにしながら壁に半分だけ隠れたイェーガー王子のことを見つめる。
そんな私はきっと正直者の姿をしていたのかもしれない。
だってイェーガー王子が私の視線に気付いて、私のことを見下ろした瞬間――またふっと微笑むと、イェーガー王子は私のことを見下ろした状態で……。
「なぜこんなところにいるのか。という顔をしているな。簡単な話だ。私の目的の場所がここで、話をするためにここまで来ただけだ。前にも話しただろう? 『別々に行動する』と爺やがな。それがこれだ」
「これって……、どういう」
「長い話はここまでにした方がいい。相手は私と違って――短気だからな」
と言うと、王子は徐に私に向けて手を伸ばし、そして私の頭にそっと手を乗せる。ぽふんっと――ヘルナイトさんが私の頭を撫でるようにゆるゆると優しく私の頭を撫でた後、王子は私のことを見て、そして私から視線を外して、ヘルナイトさんのことを見上げると、王子はヘルナイトさんに向けて、そして私のことは見ていないけれど私にも言うように王子は言ったのだ。
「さて……、重鎮の者達の部屋にはアルダードラに武神、そして浄化の力を持ったそなた。そして――悪魔族のそなたとコウガどの。誘い卿。エドどのと聖霊王に……、名の知らぬ冒険者二名。名を呼ばれたものはこの部屋に入ってくれ。アルダードラ。ここは私に任せてくれ」
「「え?」」
王子は唐突にアルダードラさんとヘルナイトさん、私にしょーちゃんとコウガさん、デュランさんとエドさん、シリウスさん。更には……、背後にいる縛られたヌィビットさんとクィンクさんのことを指名した後、イェーガー王子は私達のことを部屋を案内する人のようにそっと私の頭に置いている手とは反対の手で部屋の奥を指さす。
指を指す……、って言っても、掌を見せて誘おうとしている動作をしているから正式には指をさしていない。でもその行動はまさに奥に入ってくださいという動作。
そんな王子の行動を見て、言葉を聞いて私は一瞬驚きの目で見上げてしまったけど、私やみんなの気持ちを代表して主張したのは――アキにぃとつーちゃんだった。
アキにぃは驚きと困惑が混ざっている顔でワタワタと頭から汗を飛ばしながら王子に向けて指をさした後、アキにぃは今もなお困惑する音色で「な、なんで俺達は入ってはいけないんだよっ! てかなんでヘルナイトと二人っきりなんだよっ! 俺だってハンナの兄なんだから入ることは義務みたいなもんだろうがっ! 妹が怖がったらどう責任を取るんだっ!?」と言ったけど、その言葉に対して王子は……。
「その時が来たら、何とかする。今はそれしか言えない」
と、アキにぃの言葉に対して淡々と返答をするように言う王子。
今まで微笑んでいたその顔から笑顔と言うそれが消え、アキにぃ達に向けたその顔は、マドゥードナで初めて出会った時の真剣そのものの顔で、その顔を見た瞬間もっと何かを言おうとしていたアキにぃの勢いにブレーキがかかった。
雨っと唸る様な声を零すと同時に、アキにぃは差していた指をゆっくりと、おずおずと言った形で指を戻し、小さな声で「あ。はぁ……」と、キョウヤさん達が驚いてしまうほどアキにぃは珍しい行動をした。
怒って、すぐに気圧されてしまう様な、そんな委縮を……。
王子とアキにぃの言葉を聞いてつーちゃんが徐に近くにいるコウガさんとしょーちゃんの間から顔を出し、王子のことを見ながらアキにぃの疑問に続くようにこんなことを聞いて来た。
「あのー、なぜ少数編成なんですか? 僕達許可を得るためにここまで来たのになんで蚊帳の外にされなければいけないんですかー? その理由を教えてくださーい。あとこのショーマがその編成に入っていることが正直気に食わないでーす。編成をお願いしまーす」
「おま俺のことを馬鹿って呼んで俺の名を書いただろ! ちょくちょく俺のことをディスるなツンツンツグミッ!」
あからさまな嫌味を含んだ音色。そしてしょーちゃんの怒りの声。
つーちゃんの言葉を聞いたむぃちゃんがつーちゃんに対してプンスコと怒りながら「なんて失礼なことを言っているんですかっ。場を弁えなさいですっ! ここはお偉い人の言うことを聞くことが吉ですよ!」と言ってつーちゃんのことを諫めようと彼の目の前で両手を広げている。
でも体格さとか色んなところを踏まえても、むぃちゃんがつーちゃんのことを止めることなんてできない。誰もがきっとそう思っていると思うし、私自身もむぃちゃんのことを見て内心焦りながら――むぃちゃん、あまり首を突っ込まないでね……。と思いながら心配するそれを見せていると……。
「すまないな――どうやら重鎮の方々は指名した人以外とは会話したくないらしい。声も聞きたくないと頑なでな……。悪いが今は従ってくれ」
つーちゃんの言葉に対して申し訳なさそうに返事をした王子は、本当に申し訳なさそうな顔をしてつーちゃんの言葉に返答する王子は二度目になるかもしれないけど、本当に申し訳なさそうな顔をしているみたいだ。
王子の言葉を聞いてつーちゃんはと言うと、納得がいかない。ここまで苦労してきた。しかも訳も分からず暇潰しと言う面目で殺されかけた。恐怖を植え付けられたことが積み重なってしまった結果――つーちゃんは「はぁっ?」と、あからさまな怪訝そうな音色で声を張り上げて、続けて怒りと冷静が合わさったような音色で肩を竦めている。
あぁ、これは見ても分かる。つーちゃんは怒っている。
今までのことが重なってストレスとなってしまい、それが爆発したという典型的なそれだけど、こんなつーちゃんは珍しい。
だってつーちゃんは感情的に怒ることなんてあまりない。怒るならば冷静に怒って相手を虚仮にしてからすっきりするという……、はたから見れば性悪のようなそれをするのが定番なんだけど、これは珍しい。
まぁその理由はさっきも話したけど、きっとストレスの所為なんだと思う。つーちゃんはストレスに対してかなり過敏だから……。
昔つーちゃんに対してちょっかいをかけていた (内容は分からないけど、つーちゃんのことを見ながら笑っていたからきっとちょっかいをかけていたんだと思う)上級生に対して、つーちゃんは突然切れたかと思うと怒りのディスリを上級生にお見舞いしたというしょーちゃん曰くの武勇伝 (?)がある。
きっと今回もそんな感じなんだろうな……。なんか顔に怒りのマークが出ているような、そんな気がする。
そんなことを思いながらも私は頭の撫でが止まっていることに気付き、私は王子のことを見上げよて話を聞こうと、真っ直ぐの視線を少し上に上げるように顎を上げようとした瞬間……。
「!」
それは偶然だったのかもしれない。偶然でなくても、遅かれ早かれ私はきっと赤黒い血の戸の向こうの情景を見ることになったのかもしれないけど、そんなこと私にはわからない。
予言できる人ならばわかるかもしれない。
オヴィリィさんがここにいたらきっと分かることかもしれないけど、それでも初めに言いたいことがある。
これだけは――わかりたくなかった。
それだけの感情が王子がいる部屋の向こうを見た瞬間一気に気圧が膨張して、膨れ上がる風船のように大きくなって、その光景から目を逸らしたいのに逸らせないという矛盾が私の体に降りかかった。
呪縛なんて掛かっていない。何もされていないけれど、私は強張りと同時に体中の筋肉が硬直したようなそれを感じ、止まってしまった視線を部屋の向こうに向けて、見たくないその光景を、凝視する。
薄汚れて、赤黒くなっていた戸の向こうは、昼とは思えないほど暗い世界で、カーテンで光を遮っているかのような暗さだった。さながら電気が通っていない真っ暗な世界。
その奥には人がいるみたいで、その人数は多分……、三人。
何故三人だとわかったのかと言うと、その三人の額から長くて鋭い角を生やしていたから、その本数が三本だったそれを見て、三人の人達が、鬼族の人が私達のことを見ていることがわかった。
床の畳に真っ赤な点々を残し、どこからか聞こえる女の人の唸り声と共に、ドロドロと零れる赤と黒のもしゃもしゃ。それは空気よりも重い煙のように床を這いずり、私達の足に絡みつくようにそれを出している。
そのもしゃもしゃを見て、そしてもしゃもしゃを見る前から感じた圧を察知した瞬間、私は察知した。
あの部屋にいる人達に対して反論をしてしまえば、だめだ。
と――
それは直感でもあるけれど、それが正解だという自信はある。だって……、赤黒くどろどろとしたもしゃもしゃの矛先は私達であり、そのドロドロは今もなお膨れ上がっているから。
「あ、あの……っ」
『!』
私は意を決し、そのドロドロの部屋の世界に視線を向けたままみんなに向けて、できるだけ平静を装うように言葉を発した。
でも、その言葉の発しも思うようにうまくいかなくて、平静を装うつもりが声が震えてしまい、変な半音高い声を上げてしまった。
その声を聞いたみんなは一瞬驚いた顔をしたし、アキにぃに至ってはぎょっと目を見開いていた。
きっと私の変な声を聞いて何かあったのかと思ってしまったのだろうけど……、私は何とか平静を装いつつ、部屋から視線を外そうとしながら横目でみんなのことを見るために振り向きながら私は恐る恐る血う形で平静を装うように言う。
どろどろどろと……、背中や足首、手首に首元を這う赤黒いもしゃもしゃを肌で感じ……、その箇所に海鼠がこびりついているそれを頭の中で想像してしまい、嫌悪を感じながら私は言った。
「は、早く入りませんか? なんか部屋にいるおじいち……っ! う、うん! 重鎮さん達が遅いって顔をしています……。すごく怒っているみたい」
私は言った。何とか言った……。
体中を這う海鼠のような感触を感じながらなんとか部屋に入ることを促すと、それを聞いていたキョウヤさんは驚きの声で言葉を発した。
「え? そうだったのか?」
「まぁ……あれだけ雑談していたらそうなるだろうね。おれ達いつものノリで話してしまったから、これはおれ達に非がある。うんうん」
「おいおい。私のことを横目で睨みながら言うでない――魔王の血筋を持つ巨人族の男」
キョウヤさんの言葉を聞いていたエドさんは考える仕草をしてから小さな声で『確かに……』と言うと、重鎮の人達が怒る理由を推理した後、エドさんはそっと横目でヌィビットさんのことをじっと、ジト目で睨みつけた。
きっとこの人が原因だろう……。そんな心境もあるのだろうけど、エドさんの言葉を聞いたヌィビットさんは縛られた状態で肩を竦めてエドさんのことを見て言った。
からからと、なんだか思考が読めない笑みで――
ヌィビットさん達の話を聞いていたヘルナイトさんとデュランさん、そしてシリウスさんもきっと部屋の中にいる重鎮さん達の何かを察知したのか、一瞬私のことを……、ううん。私の背後を横目で見た後、デュランさんはしょーちゃんに向けて、シリウスさんはエドさんとヌィビットさんに向けて――
「確かに、事実待たせているからな。今は王子の言葉に従った方がいいな」
「! ヘルナイトさん」
「お呼びならばその言葉に従おう。そして失礼のないようにしろ」
「デュランの兄貴! あれ? なんか俺失礼をする前提なんすね? どして?」
「まぁまぁワンワンキーキーはその辺にしておいて、早く入って終わらせよー。後ででもワンワンキーキーできるからさー」
「! シリウス」
「ワンワンキーキーとはずいぶん独特な言い方だ。それはまさか日本の『犬猿の仲』と言うものなのかな?」
と、ヘルナイトさんは私の肩に手を置きながら言い、デュランさんはしょーちゃんの頭をがっしりと掴んで、シリウスさんはエドさんとヌィビットさんの間に入って普段と変わらないその笑顔を向ける。
各々の言葉を聞いてそれぞれが思ったことを口にし、そしてその言葉を聞いても納得がいかないのか、シロナさんはシリウスさんやエドさんに向けて「でも」と言葉を濁し、自分も行きたいというそれを顔に出そうとしたけど、エドさんはそんなシロナさんに向けてやんわりと否定のそれを動作で示した。
歩もうとしたシロナさんに向けて掌を見せるように伸ばし、そのまま小さく首を振って――エドさんはシロナさんに見せた。
それは多分『任せて』と言う安心させるための意思表示なのだろう。でもシロナさんは一時エドさんのことを見て躊躇いのそれを見せると、ちらりと私のことを見下ろす。
首を動かさず、目だけで私のことを見つめてきたので、私はシロナさんの視線に気付いてはっと息を呑むと、シロナさんは私のことを見下ろし、少ししてから深い溜息を吐いて……。
「わかった」
と言って、シロナさんは歩もうとしていたその足を戻し、俯いてしまう。
心なしか、唇にしわができているそれを見て、もしかして……、噛み締めている……? と思ったけど、もしかしたら気のせいかもしれない。だって暗くてよく見えなかったし……、気のせい……、だよね? と思いながら、私は自分で自分を納得させる。
心なしか、シロナさんの調子が変…………、ううん。やっぱりあのことに対して引きずっているのかもしれない。私自身怒っていないけど、アキにぃはそのことに対してすんごく怒っていたから、あっさりと気持ちを切り替えるだなんて、できないもの。
シロナさんはきっと、それができない不器用な人なんだ……。
そう思いながら私はアルダードラさんの言葉と残っている人の代表としてコウガさんと虎次郎さん、そして京平さんのことを見た後、アルダードラさんは王子に向けて「それでは、お言葉に甘え、ここを任せてもよろしいですか?」と聞くと、その言葉に王子は頷きを見せると、アルダードラさんはその場で深く会釈する。
お願いします。それを体で表現して、その言葉を聞いた私、しょーちゃん、エドさんとヌィビットさんと、ヌィビットさんに呼ばれたクィンクさんはそれぞれ同じチームの人達に促され、ヌィビットさんの後を追うように歩みを進めていく。
王子の促しと共にヌィビットさんの血がこびりついていたその戸の向こう――つまりは重鎮さんたちがいる部屋に足を踏み入れようと、最初にヘルナイトさんが足を入れ、そして私に向けて手を伸ばして、私の背中に背を添えながらゆっくりとその部屋への入室を促す。
促され、流れに従っていくと、私の頭から王子の手がするりと撫でるように離れていく。
その感覚を感じながら私はふと、王子のことを見ようと首だけでも動かして背後にいるであろう王子のことを見ようとした。
視界に広がるのはデュランさんの手によって首根っこを掴まれているしょーちゃんと、その光景を見ながら神妙な面持ちでいるエドさん。シリウスさんとヌィビットさんは肩に力が入っていない面持ちの緩んだそれで部屋に入って、その背後では最後尾を陣取っているクィンクさん。
王子に向けて視線の中心を取ろうとしている所為なのか、みんなのことが視界に端に入って、詳しいことが情報として入らない。でもそのおかげで、視界の中央に一瞬入った王子のことを見ることができた。
私は王子のことを見る。何故あまりあったことがない。親しい関係でもないのに、王子のことを見ようとしているのか。その理由がわからない……。まぁ厳密の理由として言うのならば、あのことがきっかけなのかもしれないけど……。
でも、それがあってもなくても、私はきっと王子のことを見ていただろう。
だって――あの時、私のことを撫でた時のあの感触を感じた時、少し、ほんの少しだけど……。
懐かしい。
そう感じてしまったから。
懐かしいそれはヘルナイトさんにも感じたけど、王子にも感じたの時、もしかして、王子もどこかで私と会ったのか? と思い、その疑念を抱えたまま私は王子のことを見ようとした。
その時――
――ぱぁんっっ!
『――っ!?』
何かが弾ける……。ううん。これは強烈な力同士が合わさった時に出るような、乾いた音。
拍手とは違う無機質で木製交じりの音。
その音を聞いた私達は戸の向こうに差し込んでいた唯一の光を失ってしまい、真っ暗な闇と化してしまった。暗いくらい……、光もなにもない黒の世界に――
黒い世界となって、光も何もない世界の中、私は暗くなると同時に今まで出なかった不安や恐怖、混乱が少しずつ、少しずつ私の体に出始め、病気のように震えが私の意志に反して出始める。指先の感覚がなくなる。寒気もないのに震えてしまうその感覚を感じ、自分自身の感情では制御できない恐怖が私の体を虫歯のように蝕んでいくようなそれを感じた時――
「ハンナ」
「!」
ヘルナイトさんの声が聞こえた。それと同時に、右手に感じた優しい圧迫。
その感覚を感じると同時に、さっきまで風船のように膨らんでいた恐怖などの黒くて感じたくない感情が一気に空気を失って引っこみ、震えも止まった。まるで魔法にかかったかのような、そんな突然の静止。
それを感じて、私は声が聞こえた方向に向けて視線を送ろうとした。きっと私の右手を握っているのはヘルナイトさん。そう思いながら、ごつごつしてて、凹凸があるそれを感じながら私は暗くて見えないけどヘルナイトさんがいるであろうその方角に向けて視線を上げようと………………………。
「ほほぉ……、武神とあろう御方が、そんな幼稚なあやしを施すとは」
………………………した時、突然奥から声が聞こえた。それは野太い声で、王子が戸を開ける前に聞いたあの声と同じおじいちゃんの声だった。
あの時は戸越しで、くぐもった声だったからそんなに怖くなかったけれど、その隔たりもない狭い空間内になった瞬間、その声は静かな声の弾丸と化し、私達のことをじわりじわりと追い込んで行くように襲い掛かってくる。
それほどその声は野太くて重く、背筋に毛虫が這うような寒気を感じてしまった。
後ろから「ひゃっ!」と言うしょーちゃんの (女の子のような甲高い)声が聞こえたからそれほど委縮はしなかった。どころか早速粗相をしてしまったしょーちゃんに、私は心の中で感謝をすると……。
ゆらぁっ……。と、今まで黒一色の世界に三つの光が灯り出し、暗い空間に淡い光を落とした。
それを感じた私や後ろにいたしょーちゃん達は驚きながら辺りを見回し、黒の世界に光を灯している赤と緑、黄色の光のマーブル世界と共に、その部屋の状況も把握しながら私達は光の元を目で辿る。
部屋の中はまさに和風そのものなんだけど、その壁に窓というものは存在していない。
どころか光が入る隙間もないようなそんな部屋で、広さは畳八枚分の縦長の空間だ。奥行きがあるからきっと縦に向かって伸びているんだ。
その畳には赤黒いそれも付着していて、後ろから小さな女の人の声が聞こえたけど、私達はその声に対して視線を向けることができなかった。
そう――できなかった。
この状況で意図して見ないのであればなんて心がない人なんだと思ってしまう人もいるかもしれないけど、その行動をすることができなかったのが本当の理由で、私は目の前にいる光の元――この部屋にいる人達を見つけた瞬間、その視線を外すことができなくなっていたのだ。
私の視線の先で、ボロボロになってしまった紫の座布団に正座で座っている……、三人の鬼族の老人達のことを……、重鎮達のことを見て、それをしてしまったら、絶対にダメだと悟ってしまったから……。
悟ると同時に湧き上がってしまう不安。
これから私達はこの人達から許可を取らないといけないんだけど、それはきっと、できないかもしれない。と言うか、できなかったらきっと私達は、ここでゲームオーバー。
それを抱えながら、私はごくりと生唾を飲み干し、私は暗がりの向こうにいる重鎮さん達のことを見つめ、その姿を目に焼き付けようとする。
生きた心地がしないとはこのことか……、そんなことを思いながら……。
◆ ◆
『ウゥ……、皆様ひどイデス……! ひどすぎてワタシの体では出ないはずの涙と言うものが出そうな気がシマス……! いくらなんでもこんなところで待ツノハ……、心細イデス……」
ここで唐突に解説しよう。
実はこの時、ヌィビット達と一緒に行動していたロボットのような秘器――コーフィン曰く『アイアンプロト:零号』は彼等と一緒に屋敷に入っていなかった。
今の今まで一緒に行動しているような雰囲気は出ていたのだが、それはまやかしで、本当の現実はそうではなかった。
簡潔に言うと、『アイアンプロト:零号』は待っていた。
しくしくと大きな図体には似つかわしくない体育座りで、機械の目では絶対に出ない涙のそれを紅い光の目で動かしながら、彼は待っていた。
鬼の郷から見て目立たないかつ、見つかることがない薄暗い叢の中で。




