PLAY103 鬼族重鎮とヌィビット①
「この先が鬼の郷の重鎮、そして姫付きの鬼達が集まっている大広間です。この場所で族長に滞在の許可をいただけば第一段階突破です」
その言葉を聞いて、私達は今まで和風と言う雰囲気に懐かしさを感じながら (外国人陣営は興奮冷め止まぬという顔をして)見ていたのが嘘のように、びりりっと電流が走る様な張り詰めた空気を感じ、ぐっと唇を噤んで目の前の木製の戸を見つめる私達。
あ、しょーちゃんだけはなんだか気合を入れるように鼻をふかしているけど……。
アルダードラさんの案内の元、鬼族の重鎮さん達がいるという広間の戸の前に着いた私達。
その戸の前でアルダードラさんは戸に手を添え、私達の顔を真剣な目で見ながら忠告を口にしてきた。
くれぐれも、粗相がないように。
古い木で作られた赤黒い何かがこびりついているその戸を見た私は、無意識と言うか、その戸を見た瞬間背筋に寒い何かが這うようなそれを感じた。
アルダードラさんが添えているその戸をよく見ると、古くなってしまっていると思っていたその戸には猫が引っ掻いたかのような傷――ではなく、人為的に、ナイフや刀でついてしまった切り傷の痕がいくつもついていて、ところどころについている赤黒いそれも切り傷の溝にも伝うように赤黒い線ができている。
一瞬だとただ赤黒いと思っていたそれがよく見たら何だかおどろおどろしいものに見えて、私は背筋を這う冷たいものを感じ、近くにいたヘルナイトさんのマントをきゅっと掴んでしまう。
小さい子供が怖いものから目を背けるように、心を許している人の背に隠れるように……、縋りのそれを無意識に出しながら。
「!」
その縋りに気付いたのは、ヘルナイトさんのマントを掴んですぐのことで、その掴みを感じた瞬間は私ははっとして無意識に上がった右手を見つめ、そしてその手がヘルナイトさんのマントを掴んでいることに気付いた私はすぐにその手を放そうと内心慌てながらおろおろと汗を飛ばしている最中でも、真剣と言うそれは続いている。
私の焦りを無視するようにアルダードラさんは私達に向けてこう言う。
「皆様も知っての通り――鬼族と言う存在は他種族に対し、国に対して警戒心が強い存在です。一介の鬼族もそうですが、重鎮の鬼族達はそれ以上に警戒心が強く、最悪その場で処罰される可能性が高いです」
アルダードラさんは言う。私達に対して鬼族のことをおさらいする様に言った後、重鎮の鬼族と言う人は一体どんな人なのかも教えてくれて、最後に恐ろしいことを教えてくれた。
これは――俗に言うところ『ゲーム上に存在するその世界のことを解説するシーン (メグちゃん曰く)』だと思い、私はアルダードラさんの言葉に対しヘルナイトさんのマントから手を放すと同時に頷く。
初めて会った人だからあんまり信用できないことが普通の反応だと思うんだけど、私は違った。アルダードラさんの体から出ているもしゃもしゃを――嘘なんてない真っ直ぐで、濁りなんてないそのもしゃもしゃを見て私は理解したから。
濁りがないということは嘘なんてない。アルダードラさんの言葉が本当と言うことは、最悪も想定しないといけない。
この戸のように……、赤くなってしまう。
そう思って身構えようとした時、アルダードラさんの言葉を聞いていたつーちゃんが重むろと言った形で挙手をした後、つーちゃんはアルダードラさんに向かって聞いた。
「処罰? どんな?」
「簡単に言いますと、この部屋に入った瞬間に首が無くなると思っても過言ではありません」
「何それ? そんな悍ましいことあっさりあっていいの? 他種族ってだけでそんな惨い処刑されちゃうの? 最悪やばいことになるぜ? 色んな意味で」
「色んな意味に関して突っ込まねぇけど、どんだけ殺意剥き出しなんだよ。『入ってハイ処刑』ってマジで面白くねえよ」
「僕帰っていい?」
「諦めろ。ここに来た時点で逃げるなんて選択肢はない。まぁ『12鬼士』にはさすがにないと思うがな」
「何その『12鬼士』差別っ。優遇過ぎんぞ『12鬼士』差別っ!」
つーちゃんの言葉を聞いたアルダードラさんは質問に答えるように、わかりやすく教えてくれた。あ、でもこの時こそオブラートが欲しい気持ちだったのは言うまでもない。
私の気持ちと同じなのか、つーちゃんはアルダードラさんの話を聞いた瞬間に顔面をざぁーっと蒼白にさせて無言になってしまった……。もう血の気がないと言っても過言ではないくらいに……。
無言になってしまったつーちゃんの気持ちに代弁するようにキョウヤさんが頭を掻きながら本当なのかという顔をして溜息を吐くような声色で言うと、その言葉に対してコウガさんが呆れるように突っ込みを入れて、これもはぁーっと溜息を吐くような言葉で言った後――ようやくつーちゃんが言葉を発した。
もう一度挙手をしてはっきりとした音色で帰っていいのかと聞いたんだけど、それを否定したのはデュランさんで、デュランさんは腕を組んで諦めろと言わんばかりのその顔を横に振るう。
本当に心の底から諦めろと言わんばかりに……。って、顔ないからわからないか。ついつい顔って言っちゃうのは私の悪い癖なのかもしれない。直さないと……。
そう思っているとデュランさんの言葉を聞いて京平さんは驚きと言うよりも怒りを指を指すと同時に露にして怒鳴った。
あからさまだと言わんばかりに『12鬼士』差別を連呼して……。
京平さんのその言葉を聞いていたエドさんと善さんは、呆れるように暴れそうになって怒鳴っている京平さんのことを羽交い絞めにして、二人は京平さんの暴走を未然に止めていた。
京平さんの話を聞いていたシェーラちゃん達はなんだか納得をしているような雰囲気で目を閉じて腕を組んだ後、うんうんっと頷いて京平さんの話を聞いていた。
未だに『12鬼士』差別の言葉が何度も耳の中に入り、その言葉が脳内で何度も刻まれていく中、私は首を傾げて京平さんの話のことを見ながら――
――そんな言葉をすぐに生み出す京平さん……。すごいなぁ……。そんな言葉パッと思い浮かばない。というか差別なんて言葉が出るだなんて思ってもみなかったし……。
と思って京平さんのことを見て無言の状態でいると、はたから見て騒いでいるようにしか見えないその光景に静止と言う名の釘を刺すようにとある人物の声が私達の鼓膜を揺らした。
「アルダードラの言うことは本当だ。そのことに関しては私が保証しよう」
私達の鼓膜を揺らし、そして少し騒ぎが大きくなっていたそれを止めたのは――ついさっきまで縛られた状態で正座を強いられ、その前までは私達に対して敵対…………の演技を暇潰しにしていたしょーちゃんと同じ悪魔族ヌィビットさんだった。
ヌィビットさんはその言葉を真剣で、真顔で言っていたんだけど、胴体に巻き付いているロープの所為でシリアスと言うか、真剣で格好いい雰囲気が台無しになってしまっている。
台無しのその光景を見て、私とヘルナイトさん、むぃちゃんとリカちゃん、シリウスさん以外のみんなは瞼を半分下げ、目を半開きにした状態でヌィビットさんのことを見ていた。
さながら心底呆れているというか、冷めているような、そんな目で……。
その冷めた目を見ていたアルダードラさんは、一度ヌィビットさんのことを見て、一瞬だけ無言を徹すると……、まるでその間息を止めていたかのように大きく息を吸って、そのあとすぐに大きな溜息を吐くと、アルダードラさんはヌィビットさんのことを見て……。
「ヌィビット様、あなたが言う保証はかなり刺激が強すぎます。危くあなたの命が刈り取られるところだったんですよ? まさか重鎮様方の前で軽率なことをしたのですから」
「それ以上は聞かないでおくよ? 聞いたら後悔してしまいそうな展開な気がした。言わないで?」
「まぁそんなことを言うなアルダード・ドラグーン殿よ。私は私なりのコミュニケーションを、つまりはスキンシップをしたかっただけなんだ。よく言うところのおちゃめな行動。決して軽率ではない。そうだろうクィンク」
「お答えできません。旦那様の行動に関しまして、私の判断で答えることなど恐れ多い。かつ旦那様のご判断でしたらいうことなどありません」
「ほらな」
「いやそれ多分内心呆れているから何も言わないんだよ。言ったところでお前が変わらないことを見越して何も言わないんだよ」
と言った瞬間、私はおろか、きっと他のみんなも察したみたいだ。みんなの顔面から肌色と言うそれが抜けていくような光景。その光景を見た瞬間、きっとみんな私と同じことを考えているのだろうと思いながらもう一度ヌィビットさんのことを見た。
エドさんの言葉も虚しく、気持ちも虚しく放たれる恐ろしい事。
それはなんともごみを捨てるように、ぽいっと……。
そう――この戸にこびりついているそれは想像通りの私達の体に流れているそれであり、原因を作ったのはヌィビットさんだということ。
………あぁ、エドさんヌィビットさんの話を聞いて頭を抱えてしまった。それもそうだろう。だってこの戸の色の原因はヌィビットさんで、アルダードラさんの言葉を聞いて何をされたのかが理解できたから。
……言葉にしたら多分危ない。そんな気がするし……、想像したくない。
悪魔族と言う特権を持っていると言っても、こればかりは想像なんてしたくない。見たくもないのが、本音……。うぅ。
一瞬想像してしまったそれをかき消し、私はなぜか縄がほどけているクィンクさんに向けて意見を聞いているヌィビットさんのことを見ると、クィンクさんは目を閉じた状態でヌィビットさんに頭を垂らしている。
あの時と同じような、冷静で静かともいえる様な音色で……。
クィンクさんの言葉を聞いたヌィビットさんはなぜか私達に対してキラキラとした視線を向け、『自分は正しいことを言った』と言う達成感の顔を見せながら言うと、その感情を潰すようにキョウヤさんが冷静な顔をして突っ込みを入れた。
キョウヤさんの言葉に対して誰もが腕を組んで、目を瞑った状態でうんうんっと頷く。
キョウヤさんの言葉に対して同意というか、それだろうという気持ちが顔に出ている。悟っているような顔をしていたのは私にもわかった。
キョウヤさん達の顔を見て、キョウヤさんの言葉を聞いていたヌィビットさんは「なぜだ?」と言うなぜこんなにも驚くのかわからないような顔をしてみんなのことを見ていると……。
「アタリ前ダロウガ。オ偉イサンノ前デ『アァ、ソンナニ畏マラナイデクレ。私ハ寛大ダカラソウ気ヲ張ラナクテモイイゾ。鬼族ノ重鎮達ヨ』トカナントカ言ッタラ誰ダッテ怒ルニ決マッテイル」
「呆れるほどの上目線っ! それはお怒り心頭だわっ! 重鎮でなくても怒る上目線だっ!」
クィンクさんやヌィビットさんの言葉を聞いていたコーフィンさんは、呆れるような溜息を吐くとヌィビットさんのことを見て肩を竦めて言う。
そんなコーフィンさんの言葉に対して即座に反応したキョウヤさんは、驚きと怒りが含まれた目で更けていない口笛を吹いて明後日の方向を向いているヌィビットさんのことを見て突っ込みを入れた。
………キョウヤさんも突っ込まない。そしてみんな何も言わないけど、私はヌィビットさんのことを見た瞬間、その首に括り付けられているロープの先がコーフィンさんの手に伸びている光景を見て、まるで犬の首輪を掴んでいるご主人と、そのご主人の命令にしょんぼりしながら従っている犬のような想像をしてしまったことは、言わないでおこう……。
そんな私やキョウヤさんの怒り交じりの突っ込みを聞きながらも、ヌィビットさんの近くで頭を少し垂らしていたクィンクさんは私達に向けて一言『申し訳ございません』と言い、その後すぐにクィンクさんは私達に向けて顔を上げてこう言ってきた。
「旦那様は常日頃から心身の刺激を求める傾向があり、そのことに関して私は周知の上だからです。私達は旦那様の言葉に遮りと否定を行うことを禁じられていますが、皆様には予め言っておきます。流石です。旦那様のことを客観的に見た的確な指摘です」
「お前……、出会った時とキャラガラリと変わってねぇか? 初対面の時『そんな証明なんていらない』うんぬんかんぬん言っていたが、お前本来はそんなキャラなのかよ。面倒くせぇな」
クィンクさんは私達のことを見て、あの時とは違うとてつもなく礼儀正しい言葉を並べたような言葉で言い放っていた。さながらよく漫画に出て来そうな執事さんの動作をしながら……。
そんなクィンクさんのことを見てコウガさんは驚きの目を浮かべつつ、最初に『うぉ……』と言う声を零した後で呆れるように顰めた面持ちで面倒くさそうに言った後……、クィンクさんはと言うと……。
「………………………」
「無言になってしまいましたっ」
「こいつ――一世紀前のロボットかよ」
クィンクさんはまた無言になってしまった。顔を真顔にして、効果音で言うところの『スーンッ』と言う顔をしてコウガさんの言葉に対して返答しなかった。むぃちゃんの驚きを聞いた後でコウガさんが最後の言葉を言っていたけど、なんだかその言葉を聞いた瞬間しっくり来た気がしたけど……、多分偶然とかそんなことじゃない。
クィンクさんの言葉を聞いてなんだか張り詰めていたそれが緩む。緊張と言うそれが少しだけ綻んでみんなのことを見て、話を聞いていた……。
その瞬間だった。
――だぁんっ!
『――っっ!?』
突然、本当に突然大きな音が木で作られた戸から聞こえてきたのだ。その音を聞いた瞬間反射的にみんな武器を手に持つように身構え、私は驚きで強張ってしまい、ヘルナイトさんは私のことを庇うように前に出る。
もう慣れが私達のことを動かしているような行動――反射的な行動だけど、幸いなのか、そんなことをしなくてもそれ以上のことは起きなかったことはよかった。
反射的な行動が功を奏したような出来事がこの場で起きてしまったら、一体どうなるのかわからない。この戸の色が更に赤くなるなんてことは……、想像したくないから……。
ついさっき耳に入った大きな音はどうやら内側から発せられた音で、しかもその音と同時に衝撃が大きかったせいか、『ガタガタ』と揺れ、戸の奥から何かが落ちるような、重い音が聞こえた。
『ごと、ごとん』という音を聞いた私達は、その音の重い音を聞いて、きっと大きな何かが投げられたのだということを察すると同時に、どんどんと顔の血の気をなくし、そして言葉を失ってしまう。
あ、全員が言葉を失ったわけじゃない。
「ほほぉー。今の音はかなり重い音だな。この音から察するにバスケットボールほどの思い何かか……、それとも」
ヌィビットさんだけはその音を聞いたのだけど、みんなのように恐怖を剥き出しにするようなことはなく、どころか興味津々に顎に手を添えながら考える仕草をしている。
ヌィビットさんの光景を見ていた蓬さんが心底汚いものを見るような目で、『うわっ』と吐き捨てるような声を零しながら「あんた前々から思っていたけど、本当に頭のネジぶっ飛んでいるんじゃないの? こんな音と衝撃を聞いてそんな感想とは、心底気色悪いよ。君――人間じゃないんじゃない?」と言って口元に手を添えている。
でも蓬さんの気持ちは分からなくもないかも……。
だってあんな音を聞いて驚かない人はあまりいないと思うし、ヘルナイトさんやデュランさん、シリウスさんのように驚かなくてもあんな風に推理する人は絶対にいない。
絶対に……、いない。うん。
そう思いながら少しだけ……、あ、全然違う。相当変わっている人だと思いながらヌィビットさんのことを見ていると、また私達を驚かせる出来事が、また突然起きた。
しかも、それは私達がいる場所からではなく――
『そんなところで和気藹々と他種族の雑談か? いい気なもんだ』
そう、血で汚れてしまったとの向こうから聞こえてきた。野太いというか、老人のような低いフィルターがかかっているような音色が、戸の向こうから……。
戸の向こうから聞こえてきたその声を聞いた私達は再度驚き視線を戸に移すと、今まで綻んでいた糸を再度張り詰めさせ、戸の向こうにいるであろうその人物のことを、声の主の音色を聴き取り、脳に刻む。
何故だろう……、なんとなくだけど、怒っているような音色……よりも、憎しみなのかな。その感情が浮き彫りになっているような音色が私達の鼓膜を揺らした。
戸からドロドロと焦げた匂いが漏れ出すような黒いもしゃもしゃを見て、尚更この音色に含まれている感情が憎しみだということに気付いた時、アルダードラさんは戸の向こうにいる人……、確か、『鬼族の重鎮さん』達に向けてアルダードラさんは少し焦っているような面持ちでこう言った。
「も、申し訳ございません。少しばかり来客の方々と話をしておりまして……」
『ふん。どうせ儂らの角目当てでここまで来た輩だろう? 王の命令でここまで来たとは聞いたが、そんなの口から出た口実で、性根はそうではないだろう? 強欲で貪欲な輩ほど欲望というものは剥き出しになる。儂らの気分を害さないように接するよりも、あからさまな物乞いの方がまだましかもしれんな。他国共は何かと中途半端で、すぐに分かってしまう』
「………………………」
「物乞いとな。儂でもあまり聞いたことがない言葉だが、快く思えんな」
戸の向こうから聞こえる野太い老人の声。その声からも黒いそれが零れているみたいで、その隙間からどろどろと煙のようにそれが漏れている。
みんなには見えないし、場所が少し薄暗いせいでその黒いそれはまさにホラー演出を思わせるような光景。
私にしか見えないというところも相まって、そのドロドロを見て、声を聞いて背中が寒くなる様な感覚に襲われる。
他の人は言葉に対して静かな怒りを露にしている。
あの温厚な虎次郎さんでさえも声に怒りが含まれている。それほど鬼の重鎮さんの言葉に対して障ったらしい。
これは何度も体験したことがある――悪寒。
でも、今まで感じてきた悪寒とは違って、この悪寒は別の質を持った悪寒。
戦いの時に感じる悪寒は突き刺さる様な、剣山の様な悪寒だけど、この悪寒は粘着性を持った泥のようにいつまでもこびりついてしまう様な、そんな悪寒。
初めて感じる長い悪寒を感じていると、戸の向こうの声を聞いていたヘルナイトさんは私のことを背で隠した状態で、少し苦しそうな声を零した。
『うっ』と唸る様な、聞いたことがある様なその声で――
その声を聞いた私ははっと声を上げると同時に上を見上げて、ヘルナイトさんのことを後ろから見ようとした。そして……。
「? ヘル、ナイトさん……?」
私は声を零した。驚きと呆けが混ざってしまったような声を零して、ヘルナイトさんのことを見上げる。
私の背丈では後頭部と大きな背中島見えない視線で――頭を抱えながら鈍痛を耐えているヘルナイトさんのことを見て……、もう一度ヘルナイトさんに声を掛けようとそっと手を伸ばして、あの時と同じようにマントを掴もうと――
――した時だった。
『そんなおんぼろの隔たりの前で話すな。話があってここまで来たのに、そんなところで雑談をする暇も、余裕もないはずだろうが。早くこの部屋に入ってこい』
今、すぐに。
野太く、今度はお祖母ちゃんのような声が私達の鼓膜を揺らし、更なる張り詰めを与えた。びんっと、緩んでしまった弦を引っ張って調整するように、私達は背筋を強制的に、その声だけで正されてしまった。
声だけで人を殺せるかもしれない。は大げさかもしれない。でもそのくらいそのお祖母ちゃんの声は怖く、聞いただけで怒らせてはいけないと悟ってしまいそうなほど、そのお祖母ちゃんは私達に向けて、血まみれの戸越しに向けて言った。
…………私が知っているお祖母ちゃんの声とは、おばあちゃんとも違う……、漫画の吹き出しに針が装填されていて、その針が言葉を放った瞬間に放たれるような、そんな痛い声。
特に『今、すぐに』と言う言葉を聞いた瞬間、その言葉に従わないといけないという直感が走ったのは言うまでもない。
怒られた時の感覚とは違って、服従しなければ殺されてしまいそうな感覚が私や、みんなの心をどんどんと縛り付けていく。
戸の近くは障子があったり、近くに柱があったりして日の光が少ししか入らない。その所為で薄暗いのだけど、その薄暗さがなぜか更に暗くなったような世界になっていく。太陽が傾いている時間帯ではないのに、なぜか薄暗く感じてしまい、声のトーンも相まって私はいつも感じてしまう恐怖とは違う別の資質を持つ恐怖に臆してしまった。
ううん。臆してしまったんじゃない。
「――っひ!」
思わず上ずった声を上げてしまい、私は反射的にヘルナイトさんのマントを掴んでしまった。
そのくらい私には怖いものだったみたいだ。
「! ハ、ハンナ」
上からヘルナイトさんの声が聞こえた。凛としている声ではない。唸りが混じっている驚いた小さな声で私の名を呼んでいたけれど、私はその声に反応することも、返事をすることもできず、ただただヘルナイトさんのマントをぎゅっと掴むことしかできなかった。
何かに縋る様な、そんな震えを手に発しながら……。
「ちょっと……、大丈夫?」
「おねーちゃん?」
「大丈夫ですか?」
私の近くにいたシェーラちゃんが私の肩に手を置きながら心配そうな顔をして私の顔を覗き込み、私のことを見上げて心配そうにしていたリカちゃんとむぃちゃんが声を掛けてきたけど、その声にも反応ができず、私は前にも感じたことがある感覚に苛まれていく。
そう……、それを感じたのは、確か今から何ヶ月も前のことで、この国ではなくて……、別の国で私は体験した。
みんなの声がスピーカーが壊れてしまったかのようなくぐもったそれになり、聞きとれないなと思いながら私は思い出していく。
そうだ……、あれは確か、アクアロイアで……、シェーラちゃんと会ったばかりで、アクアロイアに行こうとしていた時、私は確か同じ症状になったんだ。同じそれを体感した。
『ぬかせぇっ! 性悪蛇女めがぁっ! 崇高なる我が国バトラヴィア帝国を愚弄するかぁっ!』
そうだ。そうだ……。その時思い出したんだ。ううん。フラッシュバックされたんだ。
もっとも思い出したくない思い出にない出来事を――
なんで思い出せないのに思い出したくないのかとあの時は思ったけど、私の本能がそれを拒んでいる。
思い出したくないからこんなにも恐怖で震えている。
私は……、この声が、この雰囲気が怖くて思い出したくないんだ。
この雰囲気こそが、私が最も嫌いとするそれだから……。
なんでそんなことを思ってしまうのだろう。
記憶にないのに、なんでそんなことを思ってこんなに震えてしまうのだろう。なんでこんなにも異常に恐怖してしまうのだろう。
そんなことを思って俯き、みんなの聴き取れない声を耳で拾って脳に刻み、震えが止まるのをじっと待ち、下唇を噛みしめようとそっと口を開こうとした――その時……。
『そんなことを言うものではない。冒険者には小さな子供もいるんだ。少しは言葉を選んでくれ』
『!』
聞き慣れた声が私の耳に入った。
それはもう……、今まで聞こえなかった声が嘘のようにはっきりと良好になって――
ボロボに来てから会わなくなった、イェーガー王子の声が私の耳にしっかりと入った。




