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PLAY102 鬼ノ郷の姫と三角の鬼④

 私達の存在。


 特に私とヘルナイトさんのことを視認した瞬間、下でクロゥさんと話しをしていた魔女であり、試練の試験官でもある存在――『大気』の魔女アルダードラさんは私達のことを見て何か言葉を零していた。


 その言葉が一体何だったのかはわからない。でもアルダードラさんは確かに私達のことを見て、クロゥさんの背中にいる私達の正面に、音を立てずに現れた。


 それは突然で、しかも地面から離れている場所で私達と同じ視線のまま、竜と言う大きな姿になっていない状態でアルダードラさんは私達の前に現れた。


 要は――音もなくここに浮遊してきた。の方がいいのかな……。


 翼とか浮遊機械などを使わないで……、まるで魔法を使ったかのように浮いてきたのだ。


「「――っ!?」」

「わっ!」


 そんなアルダードラさんが至近距離で、来るなんて思ってもみなかったから驚いてしまった私とヘルナイトさん。そして背後にいたシェーラちゃんが驚きの声を上げてアルダードラさんのことを見る。


 アルダードラさんは現在進行形で翼がない鎧を身に纏い、その状態で浮いていたのだけど、そんな彼のことを見ていた私達や、その光景を遅まきながら見たアキにぃ達も驚きのそれを浮かべているみたい。


 だって……、アキにぃの声を殺すような『ほぉぉぉ……っ!』と言う声が聞こえたから、きっとみんな見ているのだろう。そして驚きだったのだろう。


 みんなの驚きが反響のように伝播していく最中、アルダードラさんは私達のことを見て、鎧越しで顎がある箇所を右手で撫でながら――


「ほぉ、この娘が……?」


 と、まじまじと私のことをじっと見つめながら言うアルダードラさん。まるで私ではない。半信半疑のような音色を聞いた私は、なんとなくだけどアルダードラさんが考えていることを少し理解した。


 きっと浄化の力を持っている存在が私である――まだ大人ではない子供であることに驚いてしまい、あんな言葉を放ったのだろう。


 今までそんなこと言われなかったけど、今にして考えたらアルダードラさんの発言は真っ当なそれなのかもしれない。


 だってこの世界を救う存在が、世界を救う浄化の力を持った存在が、まさか十七歳の子供だったなんて……、誰も予想できないだろう。きっともっと大人の姿を想像すると思う。私だったらそう思ってしまう。


 あ、でも十七も大人になる前の年齢だから……、ギリなのかな?


 そんなことを想いながらアルダードラさんのことを見ていると、アルダードラさんは私から視線を外しつつ小さな声で何かを言うと、今度はヘルナイトさんに向けて視線を向けると……、アルダードラさんはヘルナイトさんに向けて、空中で紳士的な会釈をしながら「お久し振りです――武神卿」と言う。


 よく執事がするような礼の仕方をして顔を上げた後……、アルダードラさんは徐に竜の頭の形に模られた甲冑に手を伸ばし、そしてその甲冑を『ガシャッ』と言う音を鳴らしながら脱ぐと、アルダードラさんは私達にその顔を見せて、ヘルナイトさんに向けてアルダードラさんは言った。


「兄上から聞いています。記憶が無くなっているとのことなので、改めまして自己紹介をしようと思います。武神卿御一行様方、誘い卿御一行様方に、エド様、シロナ様、リカ様、善様、シリウス様に()()()()()()

「キョーベーじゃねえべっ! 京平! き、ょ、う、べ、ぇっっ! 『よ』と『え』を小さくして発音することがポイントだべっ!」

「失礼いたしました――きょうべぇ様。先行して向かったヌィビット達が大変ご迷惑をかけたかと思います。彼らなりのコミュニケーションだと思いますが、それでも心身共に苦しめてしまったことをお詫び申し上げます」

「イイヨ大丈夫。コッチデナントカシテイルカラ。コッチデ怒ッテオクカラ謝ンナクテモイイヨー」

「話を戻します。こちらの……、ヌィビット達の愚行に関しましてはこちらで重い処遇をいたします。そして――鬼族当主は現在多忙であるが故この場に来れませんでしたが、代わりに私は申し上げます。ようこそ鬼の郷へ。申し遅れましたが、私はボロボ空中都市憲兵竜騎団第一部隊隊長にしてボロボ空中都市憲兵竜騎団総指揮団長でもあります――アルダードラ・ドラグーンです」


 以後――よろしくお見知りおきを。


 そう言いながら、ところどころで京平さんやコーフィンさんの言葉が割り込んできたけど、それでも姿勢を崩さずというか、冷静な面持ちを崩さないでアルダードラさんは言う。


 これがアキにぃの立場だったらブチギレているだろう。途中で話に割り込んでくるんだもの。誰であろうとこれに関しては切れてしまうかも……。


 でも、この人は……、アルダードラさんはそんなことをしないで、かぶっていた甲冑を取ってから再度私達に視線を向け、そしてにこやかに微笑みながら言う。


 緑色の鱗で、ドラグーン王と同じ顔をしている、アルダードラさんのことを見て……、私は驚きの顔をしてアルダードラさんのことを見上げる。シェーラちゃんも同じようにアルダードラさんのことを見て、エドさん達やコーフィンさん達以外のみんなが驚きのそれを壁ていると、ヘルナイトさんは一瞬唸るような声を上げた。


「! ヘルナイトさん?」


 私はヘルナイトさんの唸りの声を聞くと同時に視線をヘルナイトさんに向ける。


 これはもうすでに無意識に動いているような感覚で、その言葉を発したと同時に私の視線はもう動いていて、動きが止まったかと思ったらヘルナイトさんのことを見上げていた。本当に……、無意識というものは恐ろしいけど、それをいともしない私はその行動をしながらヘルナイトさんのことを見上げて大丈夫なのかと視線を向けると……、ヘルナイトさんは頭を抱えながら私のことを見降ろすと、いつもと変りない声で――


「ああ……、大丈夫だ。いつものことで、思い出したんだ」


 と言って、私の帽子を手に取って、そのまま私の頭の上に手を置いているその手をゆるゆると動かし、私の頭を優しく撫でるヘルナイトさん。


 その優しい頭の撫でを、今度はその感覚を辿って思い出すように私はその感覚に浸る。子の頭の撫でをしてくる人が、一体どんな人だったのか……、その記憶を思い出すために目を閉じようとした時、ヘルナイトさんは私達に向けてとある事実を告げてきたのだ。


「このお方に、私は何度も会ったことがある。知り合いだ」

「!」

「知り合い? そんなの聞いたことねーぞ」


 ヘルナイトさんの言葉に私は一瞬驚きを浮かべそうになったけど、そんなヘルナイトさんに対してもう普通通りの感情で、面持ちで私達のことを見ているシロナさんが話しかけてきた。


 あの時感じた我を忘れた怒りなど、忘れてしまったかのように、上書きされてしまったかのように接しているけれど、アキにぃはそんなシロナさんの声を聞いた瞬間、なぜか『ぎょろりっ!』と目を光らせると、すぐさま私の背後に回って、私に背を向けて私のことを守る様な動作をしてシロナさんから私が見えないように体で隠すアキにぃ。


 その動きはまさにバスケのディフェンスの行動で、その行動を見ていたキョウヤさんは呆れと困惑が混じった音色で「……それ、何ディフェンスだよ」と言う小さな突っ込みが聞こえた気がしたけど、それが本当に言った言葉なのかは――私にはわからない。


 でも、アキにぃがこんなに警戒するのも無理はない……、のかもしれない。


 だって、この郷に来る前にあんなことが――ヌィビットさん達があんなことをしたせいで、善さんが傷つき、シロナさんはそのせいで怒りで我を忘れてしまったんだ。その我を忘れてしまったせいでこっちにも被害が出かけたというのも事実で、アキにぃはそんなシロナさんのことを見て警戒をしているに違ない。


 誰だってあんな光景を見てしまったら、その人が隠していた本性を知ってしまったら警戒はする。だって今まで見せてこなかった。つまりは隠していた。今まで見てきた光景も本物だと理解しても、この本性と言う片鱗を見てしまったら、衝撃――ショックは大きいに違いない。


 私自身もそうだ。


 メグちゃんの本性を聞いた時、見てしまった時、どうすればいいのか混乱してしまっていた。正直今だって混乱していて、どうすればいいのかまだ解決策もない。だから――アキにぃの気持ちは、少しだけ分かる気がする。


 アキにぃのそんな行動にシロナさんは小さな声で「あ」という声を零したけど、それ以上の言葉をかけることなく、私達のことを見たまま気まずそうな顔をしてそっぽを向いてしまう。今までのさばさばしているそれが引っ込んでしまったかのような気まずいそれを出しながら……。


 あれからシロナさんはエドさん達とは話しているんだけど、私達やしょーちゃん達とは一言も話していない。一言も、何も話してない。


 そう――あの時、ヌィビットさん達との戦闘が終わってから、シロナさんは正気に戻り、冷静さを取り戻したんだけど、勝機を取り戻したと同時に私達から距離を取っているようなそれで私達としょーちゃん達の間に亀裂を作っていた。


 エドさん達には引いていない亀裂。


 大きな溝と化した境界線。


 それはシロナさんが作ってしまったものだけど、私自身はそんなに気にしていないし、毎回言われていたことでもあったから怒るなんて言う感情はなかった。むしろ――シロナさんの気持ちを深く汲み取り、シロナさんの気持ちに対して同情……、と言うか、なんか、共感的なものとシロナさんの性格がより一層分かった出来事と言う認識だったんだけど、アキにぃは違うみたい。


 何に対して怒っているのかは分からない……、と思うけど、多分私のことで怒っていることはなんとなくわかる。アキにぃのことを見てきたから、アキにぃが私のことでシロナさんに怒りを露にしていることが見て理解できた。


 アキにぃとシロナさんのあからさまの溝を感じ、そして見ていた私は内心『もういいよ』と言いたい気持ちだった。ううん。性格にはもう言った。


 シロナさんに対してすごい剣幕で睨みつけているアキにぃに向けて、私は言ったのだ。


『もうそんなに敵視しなくてもいいよ。私は大丈夫だから』


 と言ったんだけど、私の言葉を聞いたにも関わらず、アキにぃはシロナさんに対しての敵意を消すこともなく、どころかその溝を深くして低い音色で私のことを見ずに言ったのだ。


「いいや、ハンナが許したとしても俺は許せないね。俺! は許せないよ。だってハンナに対してあんなひどいことを言って、そして俺達に危険を招いた。ハンナに向けて『黙れ非戦闘員』とか、『お前……、戦ってもねぇくせに、なに偉そうにしてんだよ……。戦って、傷ついて苦労している奴がそう言うならわかるけどな……。何の痛みも知らねえやつがいっちょ前にそんなわかり切ったことを言うんじゃねえ。イラつくんだよ』とか『それに……、アタシは今の今までイライラしていたんだよ。お前のその――はっきりしない態度に』とか『お前いつもそうだよな。自分は戦わないからって戦うアタシ達のことをただ見守ってはいお終いで、それでいて自分の意見を言わないで相手の意見に流される。考えなくても進むからって優柔不断のような態度。それがイラつくんだよ』とか『都合が悪くなったら無言で、都合のいい時だけ口を開いて喋る。イライラする輩の典型的な態度で、イライラして仕方ねえんだよ』とか『言いたいことも人が『こう言ったら怒るかもしれない』とか思って喋らねぇのもイラつくし、お前のような奴が戦いに関して、戦いを生業としている奴に、戦いで命を削っている奴のやり方に意見するんじゃねえ』とか本性剥き出しにした相手に対して、俺の妹に対して暴言を吐いた人のことを許すことなんて――俺にはできないよ」


 その言葉を言った後、アキにぃはそれ以上のことばを発さず、ただシロナさに対して敵意を向けたまま黙ってしまった。アキにぃに対して『もう平気だからそんな溝を作らないで』と思っていたんだけど、そうと行かないのがアキにぃみたいだ。


 私はそんなアキにぃの怒りと曲げない意思のもしゃもしゃを感じて、それ以上言葉を紡ぐことができなかった。


 ……背後から「よく覚えていたな」と驚きの声を上げていたキョウヤさんと、その言葉を聞いて呆れた溜息を吐いて「妹のことになるとすごいんで。あの人の記憶力。多分脳内年齢十代前半まで若返ります」と言っていたつーちゃんの小さな声の後で、「コピペだな。あの記憶力」と、驚きの小さな突っ込みをしているコウガさんの声が聞こえたけど、その言葉に対して私は反応することができなかった。


 そのくらい……、私は気がアキにぃとシロナさんに向けていた。


 アキにぃが怒っている原因は私のことでなんだけど、きっとシロナさんもそのことに関しては後悔しているんだろう。ううん。している。だって何度も私に話しかけてきたんだ。きっとその内容は私に対しての謝罪。


 私に対してひどいことを言ったことへの言葉をかけようとしたんだと思うんだけど、それを阻害しているのがアキにぃ。本当ならシロナさんの話を聞きたいのが私の本音なんだけれど、それを聞いてくれないのが今のアキにぃ。


 ……どうしたらアキにぃの耳に私の声が入るのだろうと思っていると……、ヘルナイトさんはみんなに向けて、アルダードラさんのことを見て言ったのだ。


 いつものように凛とした音色で、私やみんなの思考を引き寄せるような、引き付けるような音色でヘルナイトさんはアルダードラさんのことを見て言った。


「言わなかった理由に関しては――私が覚えていなかったからと言っておこう。正直なところ、ここまで私は王のことを見ても、このお方のことを見ても思い出せなかったからな。このお方は……、アルダードラ殿はアダム・ドラグーン王の双子の弟君にしてボロボ空中都市憲兵竜騎団最強の竜人でもあり、『王の楯』と言う異名を持つ存在だ」


「………………………マジすか」

「またの名カッケーッッ!」


 ヘルナイトさんの言葉にいち早く反応したのはつーちゃんとしょーちゃんで、つーちゃんは驚きの顔をしたまま強張った笑顔で固まってしまっている反面、しょーちゃんは目をトランプのダイヤのような形のキラキラした目をしていた。


 その反面私達はつーちゃんと同じ顔をしつつ、甲冑を脱いだ状態で顎を指でポリポリと掻きながら照れた笑いを浮かべているアルダードラさんのことを見て、驚きと言うかなんというか……、もう何が何だか理解と言う処理が追い付けないようなそれを感じながら、私は演算処理が遅れてしまっている脳内で――なんか、この国に来てから色々なことがありすぎる……。と思っていた。


 あ、余談なんだけど……。


「え? そんな二つ名的なものがあったんですか?」

「めちゃんこカッコイー!」

「いえ……、そんな格好いいものではありませんので言わなかったのですが……、今にして見ればお恥ずかしいものですね」


 エドさんとリカちゃんはアルダードラさんの二つ名を聞いて驚きのそれを浮かべて、リカちゃんに至っては目をキラキラさせながらアルダードラさんに向けて言い、そんな状況に対しても焦りの汗を飛ばしながらにこやかに言っているアルダードラさんの会話が、なんともほんわかとしていたことは言うまでもない。


「あ、あなたは入らない方がいいと思います」

「だと思ったよ機械人」

「多分入っちまったら俺達このまま首シュパーンだべ」

「トリアエズ、アイアンプロト:零号。オ前オ留守番ナ。郷ノ外デ」

「エェッ? 一人は寂しイデス。寂しいと脳内に深刻なエラーが発生してしまイマス」

「うさぎかよっ」


 あ、あとアルダードラさんにとキョウヤさん、そして京平さんに言われてしまったアイアンさん (正式名称が長いので一応『アイアンさん』)はショックを受けた顔を描きながら入ろうとしていたけど、その行動はつーちゃんの突っ込みとシェーラちゃんの乱暴な足蹴りの妨害によって虚しく散ってしまったことも、言うまでもない……。



 □     □


 

「こんな遠いところに来たのですから少し休憩を……、と言いたいところなのですが、この郷は元々人に知られることを禁忌としている集落。ゆえにこの集落に滞在する許可をもらいましょう。許可を得た後で試練の内容を告げますので」


 あれから私達はようやくクロゥさんの背中から降りて、ゆっくり話がしたいというアルダードラさんの言葉に従うように、私達冒険者達とヌィビットさん達は先頭を歩いているアルダードラさんの後について歩いている。


 さながらしょーちゃん達がやっていたゲームのように、主人公の後ろを歩く仲間のような感覚。


 順番に関してはしょーちゃん達の方は見えないけれど、私達リヴァイヴは先頭はキョウヤさん、キョウヤさんの後について行くように虎次郎さんとシェーラちゃん、ヘルナイトさんと私、最後がアキにぃと言う順番になって、現在鬼族の郷の豪邸――と言っても、鬼族全員が衣食住をしている大きな館の廊下を歩いていた。


 鬼族の郷と聞き、私は昔話に出てくる鬼の情景を思い描いていたこともあって和風をイメージしていたんだけど、その想像は的中。鬼の郷は簡素な集落のような雰囲気で、周りを見ただけでも木造平屋の建物があり、水車やきれいな川。おいしい空気が相まって自然豊かな場所と言う印象が一番に植え付けられると同時に、稲作とか畑作とかで生計を立てているような、昔の日本の田舎のような雰囲気が私達の心に刻まれた。


 でも、日本の田舎と違うところは――郷の中心に大きな館……、日本で言うところの木造三階建の建物があったというところ。


 集落の中央から道が伸びていて、まるでマンションのようにいくつもの窓と三つほどの入り口がある様な見たことがない作りの建物。一見して見れば旅館のような雰囲気だけど、言ってしまえばボロボロの外装だから、旅館ではなく公民館的な印象が強かった。


 でも――中に入ってしまった瞬間、公民館イメージが一気に崩れ、緊張と言う名のそれを纏いながら私達は肩や体に力を入れてしまった。


 アルダードラさんがその館のドアを開けた瞬間、びりっとした空気が突風の如く入ってきて、その空気を感じた瞬間公民館イメージが一気に館へと変わる。


 内装は色んな部屋がある大家族専用の家のようなそれで、色んな部屋の間には幅が広い木製の廊下が間に入るように作られていた。


 その廊下を今私達は何とこの世界に来て初めて靴を脱いで歩き、 (デュランさんは人馬の足なので袋で足を包んで歩いている。まるで事件現場に入る警官の施しみたいに)現在目的の場所まで歩いているということなのだ。


 ひたひたと、久しぶりと言わんばかりの靴下越しの足音を鳴らしながら私達は歩みを進めている。


 王都の時と同じくらい長い廊下を歩みながら視界の端に入る部屋に視線を向けると、その部屋一つ一つがまるで寺子屋の風景を思わせるような光景。畳のに長い机、そして座布団といった見慣れたものが置かれているそれを見て、あぁ懐かしいなと思ってしまったのは私だけではないだろう。


 アキにぃやキョウヤさん、虎次郎さんは視界の端に入る部屋の風景を足を止めなかったけど視線はその部屋に向けている。この異世界にはないもの――そして古郷日本にある物を見た時の躍動感と言うのか……、それとも懐かしいからなのか、ついつい目がいってしまう。


 シェーラちゃんやエドさん外国人の人達は、その和風の光景を見ながら目を輝かせている。さながら和風の展示物を見ている外国人観光客のような光景。

 

 後ろでシリウスさんの「すんごいキラキラ目だー」と言っていたから、きっと外国人の人格の人達はそんな目をしていたに違いない。


 そんなことを思いつつ、アクアロイアで私達に見せてくれたシェーラちゃんの顔を思い出していた私は、やっぱりシェーラちゃんは日本大好きなんだなと思いながらクスリと微笑む。


 あの時、アクアロイアで見せたあの満面の笑みをもう一度見ることができたことで、自然と頬が緩み、そしてヘルナイトさんのことを見上げてヘルナイトさんは一体どんな反応をしているんだろうと思いながら確認をしようと――緩みに緩んだ微笑んだまま顔を上げる。


 きっと私の周りにはお花が舞い上がっているだろう。


 そんなことも気にも留めない状態でヘルナイトさんのことを見上げて、ヘルナイトさんがこの和風の風景を見てどんな顔をしているのか…………じゃなくて、どんな雰囲気を、もしゃもしゃを出しているのかを見てみようと思い顔を上げると……。


「!」


 ヘルナイトさんの顔と言うか、もしゃもしゃを見た瞬間、私は微笑んでいたその顔を消し、驚きが出た後でヘルナイトさんのことを神妙な顔で見上げた。


 私的には神妙な気持ちで見ていたけど、他人からしてみればそんな顔ではないかもしれない。でも私は真剣で、悲しさとかくらい感情が現れそうな気持でヘルナイトさんのことを見ていたから、私はこの言葉を使った。


 だって――ヘルナイトさんのもしゃもしゃが、なんだか悲しいというか、苦しいというか……、なんといえばいいのだろうかわからない。でも分かることはある。


 ヘルナイトさんのもしゃもしゃからは温かいようなものがなく、好奇心と言うものがない――なんだか、悲しいことを思い出してしまったかのような、そんな居た堪れない空気。後悔というものを思い出してしまったような、そんなもしゃもしゃだった。


 でも、そのもしゃもしゃを見た私は、なんとなくだけど『もしかして……』と思ってしまい、私はここに来る前にヘルナイトさんが言ったことを思い出す。


 まず――ヘルナイトさんが思い出したことはアルダードラさんのこともなんだけど、それと同時にこの国……、ボロボ空中都市で起きたことを聞かされた。


 今から千年もの前にとあることが起きた。それはボロボと言う国は壊れてしまうのではないのか? というような大惨事でもあり、その出来事によってボロボでは大きな被害が出たほどの事件だった。


 その事件とは、ボロボに摂食交配生物『偽りの仮面使』がボロボを壊そうとした。


 ヘルナイトさん曰くこの世界に於いてそんなことは日常茶飯事で、魔物によって――というかほとんどが摂食交配生物によって国そのものが壊されるなんてことはよくある話らしいんだけど、この時だけは『よくある話』で終わるような事態ではなかった。


 ボロボはアズールにとって医療の要でもあり、竜人と言う存在は国にとっても大きな戦力にもなる。その時代であってもなくても、竜人の血をその場で絶やすなんて言うことは、きっとアズールにとって大きな痛手になるし、アズールと言う国が滅んでしまう。


 だから『よくある話』で終わらせるなんてことにさせないように、ボロボは『偽りの仮面使』相手に戦いを挑んだ。


 その命令を出したのが大臣のお父様で、つまりは今の大臣ディドルイレス・ドラグーンの先代、ディドルイレス・ドラグーンのお父さんの命令で、ボロボの竜騎士団総出で摂食交配生物――『偽りの仮面使』の討伐を命令した。


 …………のだけど、結果として、『偽りの仮面使』を倒すことができた。


 …………大きな犠牲を出しながら。


 とある人は片足を失い、とある人は精神を病み、とある人は友人の死をきっかけに悪の道へと進んでしまった。


 その戦争に関わった人ほとんどが隠居と言う選択を強いられ、その時の被害は甚大だったらしい。そうヘルナイトさんは言い、そして続けざまにこんなことを言っていた。


 まるで――その時に生きていればよかった。そんな後悔を混ぜた音色で、ヘルナイトさんは言ったのだ。


『この戦いで、戦争で多くの竜人族の者達が命を落とした。その時の『12鬼士』は師匠と、心士卿を筆頭としていたが、合流が遅く、助けることができなかった。そのことに関して師匠は悔やんでいた。私に『もし、お前があの場所にいたのならば、少しは被害が少なかったかもしれないね』と言っていたのを今でも覚えている。私自身も師匠と同じことを思っていた。私があの時、幼くなければ、戦力になれる年齢になれば、素養があれば、もっと被害を少なくすることができたかもしれないと、今でも思っているんだ。幼い私が、修行中の私があの場所に出たとしても戦力にならない。それは分かっている。いけないことは分かっていたが……、それでも行けば何かが変わっていたのかもしれない。そんなことを思い出したんだ。小さいがゆえにできなかった歯痒さを――な』


 そのことを聞いていたみんなはヘルナイトさんの話を聞き、デュランさんも思い出したかのように頷きながら「あの時は本当に心が痛い戦いだったな」と言った時、むぃちゃんがデュランさん達に向けて「大変だったんですね」と、とても悲しそうな顔をしながら言って、二人のことを慰めるように手が届くところを猫の手で撫でていた。


 むぃちゃんの光景を見ながらその話は終わり、そして現在に至っているんだけど、ヘルナイトさんのもしゃもしゃを感じた瞬間そのことを思い出し、私は思ってしまったのだ。


 小さいという理由で戦えなかった。弱いだろう、修行中だから足手まといだろう。そんな考えを持っていたとしても、自分も戦いたかった。守りたかったのに、できないというそれは――すごくつらいだろう。


 私は性格上、所属上戦えないからその気持ちは分かるけど、この気持ちはきっとヘルナイトさんに言ったとしても逆撫でにしかならない。


 だって、戦ったことがない私が言ったところで逆効果にしかならない。


 戦った人にしかわからない気持ち、悔しさだからこそこの話に関して私は余計なことを言ってはいけない。戦っている人に対して、失礼になってしまうと思ったから――


 そんなことを思いながら歩いていると、私達の前で歩いていたアルダードラさんが歩みを止め、私達がいる背後を振り向きながらアルダードラさんは私達に向けて言った。


 今まさにアルダードラさんの正面にある、古い木で作られた赤黒い何かがこびりついているそれに手を添えながらアルダードラさんは言った。


 さっきまで見せていた優しさを帯びている笑みが一瞬にして真剣のそれに変えると、アルダードラさんは私達に向けて言ったのだ。


「この先が鬼の郷の重鎮、そして姫付きの鬼達が集まっている大広間です。この場所で族長に滞在の許可をいただけば第一段階突破です」


 気を引き締めて、粗相のないように。


 まるでしつこく念を押されるような重圧。その重圧を感じつつ、赤黒くなってしまった戸を一瞥しながら私達はごくり……。と固唾を飲む。


 この先に――鬼達がいる。


 イェーガー王子と同じ、リョクシュと同じ鬼がいる。

 

 いい人なのか悪い人なのかわからない。でもアルダードラさんの言う通りにしないといけない。


 扉の奥から感じるずっしりとした威圧感を感じた瞬間、誰もがそう思ったのだから。


「わかりましたーっ!」

「手前が一番粗相起こすな」


 しょーちゃん以外は……。ね。

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