PLAY102 鬼ノ郷の姫と三角の鬼③
「お前……、今なんて言った……っ!?」
蒼刃は桜姫からして見ても初めて見る剣幕を浮かべ、上がろうとしていた行動を取りやめると桜姫に近付く。
じゃばじゃばと水の中を掻き分けるように進み、足の体温が少しずつなくなっていくような感覚を味わっているにも関わらず、彼は尚も水の中に入り、怒りを垣間見てたじろいている桜姫に向かって歩みを進めていく。
じゃばじゃばと、静寂を壊すように水の音を出しながら歩み近付く蒼刃。
「桜姫、お前……!」
「あ、に、さま……?」
「お前、今なんて言った……っ!? なんて言ったんだ……!」
「あ、わ……」
「答えろ! お前、今なんて言ったっ? 『なんで外の世界にあこがれちゃいけないのか全然わかんないっ!』だと? お前……、まさか、外の世界に行こうとしているのかっ?」
「え、と」
蒼刃の鬼気迫る様な面持ちと感情を見てしまった桜姫はどんどん迫ってくる兄から遠ざかろうと後ろに向けて足を動かし、後ろ向きになりながら彼女は兄から距離を取っていく。
どんどんと迫る兄の形相はまさに怖いお化けと同等……、いいや、それ以上の存在の迫力を出しながら迫る兄から、少しでも距離を取ろうとする桜姫は背後を見ずに恐ろしいものを見たような顔をしながら後ずさる。
が――
とんっ。
「! あ」
この空間は広い空間ではない。洞窟と言う名の狭い空間の中。
今彼女と蒼刃がいる場所は岩の壁で覆われた空間。
ゆえに彼女は限られた空間の壁に背を当ててしまい、距離を取ることができなくなってしまった。
「なんでそう思ったんだっ! 外の世界は危険がありすぎるんだぞっ!」
「――っっ!」
慌てふためきながら桜姫は蒼刃に視線を向け、収まらない怒りを露にしているその顔を見ながら更に委縮をしてしまう。
『びくっ!』と小さな肩を震わせ、湖の端まで来た蒼刃のことを恐怖のそれで見つめるが、蒼刃の怒りは収まらない。
アキのように妹の反応次第で一喜一憂するような男ではないが、この場合彼は怒りで我を忘れてしまっている。よく戦闘で暴走するような我の忘れ方ではなく、感情が高ぶりすぎて思ったことを口にしてしまう。
そんな怒り方だ。
そんな状態で蒼刃は怯えている桜姫に向けて、怖がらせないように怒りを抑えることもせず、感情の思うが儘、心で思っていることを全部口にするように彼は怒りの声を荒げる。
「なぜおまえが外の世界に憧れているのかは分からないが、今すぐその想いを絶ち切れ! 諦めろっ! もう忘れろっ! 外の世界は危険しかない世界なんだ! 優しさも面白さも楽しさなんて一ミリもない邪悪な世界なんだ! そんな世界に憧れを抱くことが……、そんな世界に対してほんの少しでも興味を抱くことが、どれほど異常なのか……、お前にはわからないのかっ!?」
「そ、そんな……、の」
「紫知にも言われているだろうっ? 『外の世界は醜い心を持った者達であふれかえっている。誰もが鬼の角を狙い、子供であろうと赤子であろうと誰であろうと有無を言わさず角を狩り切り、そして殺す』と! そう聞かされただろうっ!? 何度も言ったはずだろう? なんで理解できないんだっ!」
「な、なんでそんなに……、怒るの? 兄さまは、外の世界の人間に……、何か嫌なことをされたの?」
「いやな事? こんなに言っても理解できないのかっ!? 外の世界にいる輩は全員が悪だ! いい顔をして優しそうな輩も、心の中では俺達のことを嘲り、角のことしか見ていない屑の輩だ! 全員が全員――俺達の角のことしか見ていないんだ! そんな輩が住む場所に、世界に、憧れなんて持つなっ!!」
蒼刃は言う。時折己の角の付け根に添えるように、頭を抱えるように手を添える。添えると言ってもその添え方は乱暴で、爪を立てて己の頭皮を傷つけるように掴むと、蒼刃は自分のことを見て震えて、もう泣きそうな顔をしている桜姫のことを見ながら彼は怒声を浴びせる。
正真正銘――怒り任せの音色と勢いで彼は言う。
この世界は悪ばかりだ。
鬼にとって外の世界と言うものは危険しかない世界。安息と言うそれがない世界。
その世界に憧れを抱くこと自体おかしい。今すぐその思考を取り消せ。
そう言わんばかりに言う蒼刃に対し、桜姫は兄の豹変したその様子に恐怖を感じ、体が震えて思うように動けない。呼吸がままならないという感覚に襲われ、心なしか息苦しさも感じていたが、彼女は兄の言葉に対し、いつものように反論を震える口で述べた。
「そ、そんなこと言わないでよ……! 私だって、私だって……! 私だってこの郷で生まれて、この郷で死ぬなんてことは嫌だよ……! 外の世界ってどんなところなのかわからないけれど……、それでも、この山の外には大きな大地が広がっているんでしょ……? 『うみ』って言うところもあるんでしょ? 『まち』って言うものもあったり、郷では食べたことがないものもたくさんあったり、『みせもの』っていう面白いものもあるんでしょ……?」
「!?」
桜姫の言葉を聞いた蒼刃は、驚きの顔を表に出すように目を見開いて桜姫のことを見た。
桜姫は今もなお目に大きな涙の粒を溜めながら恐怖と戦っているが、そんな妹の言葉を聞き、自分でも聞いたことがない言葉を聞いた蒼刃は桜姫に向けて驚きと真剣、そして困惑が入り混じった音色で聞いた。
彼女の口から出る――教えたことがない『海』や『街』、そして『見世物』のことを思い出しながら……。
「桜姫、お前……、それ誰に聞いたんだ?」
「せ、赤楽が……」
「あの軽口が……っ!」
桜姫の口から零れた名前を聞いた瞬間、蒼刃の脳裏にけらけら笑いながらあっけからんとしている黒髪で赤い角が生えている釣り目の男のことを思い出す。表情から見ても口が軽そうな面持ちをしている彼のことを思い出しながら蒼刃は毒を吐き捨て舌打ちを零すと、蒼刃はすぐに桜姫のことをじろりと睨みつけると、蒼刃は再度桜姫に向けて怒鳴りつけるようにこう言った。
子供に厳しく忠告をするように、もし破ってしまったら罰を与えるというような口ぶりで、彼は桜姫に向けて絶望へと突き落とす言葉を放ったのだ。
「いいか。赤楽が言ったことは全部嘘だ! あいつは何もわかっていないだけで外の世界は恐ろしいことだらけなんだ! 楽しいことも美しいもの綺麗なものも全部嘘なんだ! そいつらが俺達鬼族を陥れるために作った罠で、赤楽はその罠にはまったことを知らないんだ!」
「そ、そんなことないよ……! 赤楽は言っていたよ……? 『『うみ』って言うものは広くて、大きくて、青くてしょっぱい水だった。すごい衝撃だった』って言っていたんだよ……? 言葉だけ聞いただけなんだけど、私……、それを聞いたらもっと外のことを知りたいって……」
「――いいから、その外のことは忘れろっ! お前にとって、害でしかないっ!」
外の世界のことなんて――諦めろっ!!
蒼刃の怒号が空間内に反響し、蒼刃の声が延々と木霊するように二人の鼓膜を揺らす。
その木霊に反し、二人は静寂のままtがいのことを見つめている。
桜姫は蒼刃のことを見ながら言葉を失った驚愕の顔で見つめ、蒼刃は言いきったそれが反動になったのか疲れた顔をしてゆっくりと深呼吸を繰り返している。
木霊は反響した後、空間に響いているのは蒼刃の息使いだけ。
その音が静寂な空間内に音を発生させていたが、次第に落ち着いたのだろうか、蒼刃の呼吸が静かになっていき、少しずつ、少しずつ空間内に静寂が戻ろうとしていた時……。
「………で、……な」
「?」
突然、桜姫が震える声――ではない、はっきりとした音色で言葉を発した。
蒼刃に向けて、恐怖など感じない声色で、面持ちで言ってきた桜姫に蒼刃は一瞬目を点にしてしまいそうな微小の驚きを出したが、すぐにその顔を平常のそれに戻し、桜姫のことを見上げると、蒼刃ははっと息を零し、声を殺してしまった。
要は――驚いてしまったのだ。
桜姫の顔に浮かんだ、怒りに震える悲痛の涙を見て、蒼刃は驚いてしまったが、その驚きにさらに追い打ちをかけるように桜姫は言葉を発した。
今まで震える声で、しどろもどろのそれだったのが嘘であったかのように、はっきりとした音色だが涙が含まれており、意志を貫こうという意志が体に出ているのか、ぎゅっと己の衣服をスカートを掴むように握りしめると、彼女は荒げる声で蒼刃に向かって――
「――なんでそんなこと兄さまに言われないといけないのっ!? なんでそんな夢を諦めろとか言うのっ!? なんで私だけ夢を持ってはいけないのっっ!?」
…………怒鳴った。
怒りと言うそれが顔から、声からでもわかる様なあからさまな怒りを露にした桜姫のことを見た蒼刃は一瞬驚きの顔を浮かべて思わず後ろに一歩後ずさりしてしまったが、そんなことお構いなしと言わんばかりに桜姫は蒼刃のことを睨みつけ、怒りに顔を豹変させ、大好きな兄に向かって反抗の怒りを声に、言葉にする。
今まで反論などしたことがない――いいや、反論などしたくないほど兄のことが好きだったにも関わらず、彼女は己の感情を自分に向けてきた兄のように、自分も思ったことを、感情を兄に向けて、言葉にしてぶつける。
「兄さまはいつもそう! みんなもそう! 私に対しては『大切だから』とか『私のことを思って言っているんだ』とか『鬼族のみんなも同じだよ』とか言っているけど、私のことをこの場所に閉じ込めたいからそんなことを言っているんでしょっ!? 何が同じなのっ? 全然違うよ! 私だけ自由じゃない! みんなが自由で私は不自由だよっ!」
「っ! そんなことは」
「そんなことなくないよっ! だって、赤楽は度々外に出てはこの国で起きたことを教えてくれる! 黄賺は書物のことで竜人の人と話をしたりしているし、橙盾や紫知もみんなみんな私には『外に出るな』とか言っておいて、結局みんな外に出ている! 私に『外に憧れなんて持つな』って言って私の夢を壊そうとしている! 自分の夢に対しては大目に見ているくせに、私の夢になったら厳しくなって……ずるいよぉ!」
「っ!」
桜姫は荒げる声で告げる。
みんながみんな外に出ているのに、自分は外に出てはいけないと告げられ、閉じ込められていることを。
そしてその想いを抱くことですらだめだと告げられていることを。
自分と他人の差別を蒼刃に告白したのだ。
差別――と言っても、それはよく聞くようなひどいものではなく、彼女の見解から見た差別である。
良くある話だ。
とある子供が小さい時に『アイドルになりたい』とと夢見て、その夢のことを親に告げたが、親はそのことに関して『応援する』などと言わず、現実的に考えて『そんな夢諦めなさい』と叱られてしまうあれである。
夢に関して『応援する』選択をし、共に頑張る親もいるが、そうでもない親もいるのが現実。
一度は見た大きな夢。それを抱くことは悪い事ではない。
しかしその夢を抱いたとして、それで食べていけるのか、生きていけるのか。
親はそのことを心配し、親は子供に告げるのだ。
もっと現実的に考えろ。そんな夢諦めろと――
だが、そのことに対し誰もがすぐに今まで抱いてきたことを諦めるのか? 答えはそれぞれあるかもしれないが、大半は諦められない気持ちはあるだろう。
今まで夢を抱き、夢のために努力をしてきたのならば尚更諦めるなんてことは出来ない。どころか簡単に諦め、現実的な夢を抱けということ自体拒絶したいだろう。
夢見る子供だからこそ、夢を見て、その夢に向かって歩みたいだろう。それを拒絶した相手――親に対し、その子は大きな衝撃と悲しみを抱き、不協和音を抱いてしまう。
それこそが今桜姫が置かれている状況。
桜姫は確かに外の世界に対して憧れを抱いていた。
その憧れは夢でもあり、彼女がこれからなりたい何かになるための大きな一歩でもあったのだ。
そのことに関しては後日明かされることになるのだが、その夢に関して誰も快く思わなかったのも事実。
どころか――典型的な『諦めろ』と言う人がたくさんいたのが現実だった。
『外は危ない』や『外の世界は恐ろしいものがたくさんある』など言い、自分を外の世界から遠ざける郷のみんなと兄。そんな彼等の行動が仇となってしまい彼女の外への関心は強くなるばかり。
みんなの本当の気持ちを知らないからこそ、桜姫はより一層外への憧れを強くして生きていき、その憧れを兄につい話してしまった瞬間……、兄の言葉を聞いてしまった瞬間……、確信してしまった。
みんなは、兄は――自分の夢を壊そうとしていると。
自分達は夢を叶えられているから他人には教えたくない。
そんなのもう自分達が叶えているから桜姫が憧れなくてもいい。そう思っているからあんなことを言うんだ。
みんなみんな、自分と言う存在が大好きなんだ。
私のことなんて嫌いで、私のことなんてどうでもいいんだ。
外のことを思う私のことを厄介者と思っているんだっ! みんなみんな私のことが大嫌いだからあんなことを平然と言って、嘘をついて優越感に浸っているんだっっ!
そう桜姫は思い、兄に向けて畳み掛けるように心の叫びをぶつける。
「みんな……、みんな私のこと大好きだとか言っていたくせに、みんな私のことが大切とか思っていたくせに、みんな大ウソつきじゃんっ! 嘘ばっかついて私のことを騙しているっ! みんな外の世界のことを知って私だけは知ってはいけないとかそんな都合のいい事を言って、私のことが大嫌いだから外なんて憧れるななんて言っているんでしょっ!? 兄さまもそう思っているんでしょっ?」
そう言い、桜姫は己の胸に手を添え、その箇所を強く、強く衣服を巻き込むように握り締めると、怒りと悲しみが織り交ぜられた顔を兄に向け、怒りの涙を流しながら彼女は更に怒りのそれを上げる。
兄に向けて、本心と言う名の叫びをぶつけるように――攻撃をするように……。
「自分はそれでいいから、自分はもう外のことを知っているから私に教えたくないだけでしょっ? 自分は大人で私は子供だから逆らえない! それをいいように利用して私の夢を壊そうとしているんでしょっ!? なんでそんなひどいことができるのっ!? 紫知が言っていたけど、やっていい事と悪いことがあるってこのことじゃん! そんなに私のことが嫌いなのっ? そんなに私に知られたくないことをしているのっ? 自分達だけ良い思いして、ずるい以外他にあるっ? 害なのかもわからないくせに、人の夢を壊そうとしないでっ! 私の夢を否定しないでっ! 『外の世界のことなんて諦めろ』とか言う兄さまなんて……、もう知らないっ!」
みんなみんな――大嫌いっっ!!!
そう言い残した後、桜姫はその場から逃げるように去ってしまった。
ダッと駆け出した足音を聞いた瞬間、今まで桜姫の言うことを聞いているだけだった蒼刃ははっとして出口に向かって走って行ってしまう桜姫のことを止めようと「あ」と言う声を零し、無意識に手を伸ばした……。が……、その手を伸ばした状態で蒼刃は声を発することを躊躇ってしまい、桜姫の行動を止めることを拒んでしまった。
伸ばされた手は空を弱々しく握り、蒼刃はそのまま伸ばした手を『ばちゃんっ』とその手を湖の中に力なく、虚しい音を立てて下ろす。
湖の波の音だけが空間内に木霊し、その音を鼓膜を揺らしながら聞いていた蒼刃は、溜息を零すこともなく、言葉を発することもなく、ただただじっと……、下唇を噛み締めたまま俯くだけだった。
妹の夢の一部を聞き、そのことを貶し、傷つけたことへの後悔と、妹の苦しみの叫びへの悲しみ。そして……、妹に伝わっていない憤りを感じながら……。
服を着たまま冷たい水に浸かっているせいで体の体温が奪われていることを気にもせず、蒼刃は心の中で舌打ちを零し、そして……。
「っち」
声にしてそれを零した。
洞窟内で一心不乱に走って泣いている妹のことを想いながら……。
□ □
「そろそろです。皆さま、降りる準備を」
『はーい』
「ハンナ。そろそろ地上だそうだ。落ち着いたか?」
「あ……、はいぃ……」
クロゥさんの声が聞こえ、みんながまるで引率の先生の言葉に対して返事をするように声を揃えて声を上げた。リカちゃんやむぃちゃんに至っては手を上げて笑顔で言っている。コーフィンさん達は現在もティーカップの人達……、ヌィビットさん達に向けて冷たい言葉で理由を問い詰めている。
でも、そんなクロゥさんの声に対して返事をする余裕もなく、コーフィンさんの話に対して余裕を持って私は聞くことができなかった。
ヘルナイトさんの言葉に対しても、私はかろうじて返事をしたけど、己の顔を両手で覆って俯いていた。顔を真っ赤にした状態で、真っ赤のまま熱が引かなくなってしまった顔を隠しながら。
…………理由……、理由……、理由と言ってしまえば『そんなことで?』的な言葉が出てしまいそうなすごくしょうもない理由なんだけど、私がなぜこんなにも顔を真っ赤にして俯いているのか。
それは――私がうっかりイェーガー王子のことを思い出してしまい、アクアロイアで起きたことを思い出してしまった瞬間、こうなってしまった。
それだけ。
それだけのことなんだけど、それでもやっぱり恥ずかしいのは恥ずかしい事で、私は現在進行形で真っ赤になってしまった顔を手で覆いながら俯いている。
私のことを見ていたヘルナイトさんは心配そうな面持ちなのだろう……。私の肩に手を添えながら私の傍にいてくれている。優しく支えるその手の温もりを感じていた私は少しは落ち着きを取り戻していたと思うんだけど、科の熱は現在進行形で上昇中。
まだ顔の熱は下がっていないみたいだ。
そんなことを想っていると、『ズズゥ……ン』と言う何かがゆっくりと落ちるような音が鼓膜を揺らし、それの後で木が折れる音や草が潰れるような音が聞こえた後、大きな風が意図的に起きるような音が鼓膜を揺らし、髪の毛や衣服、そして帽子を吹き飛ばす勢いで巻き起こった。
ぶわっ! と来たその風に女性陣の黄色い声や男性陣の驚きの声が聞こえたと同時に、私の帽子が一瞬宙を舞う様な感覚を襲ってきた。
でもすぐに『ぽすん』と言う感覚が私の頭部に覆い被さってきたので、それを感じた私ははっと息を潜めるような声を零すと同時に覆い隠していたその手を少しだけどけて、自分の頭上を見上げようとした。
見上げて、私の頭に少しずれた帽子を視界の端で捉えると、私は私の頭に優しくのしかかるその重みを感じて……。
「おぉ。クロゥディグル――遅かったな」
『!』
と、大きな音と風の音がこの場所にいるみんなの耳を支配していたその世界に、新しい声が私達の耳を支配し、その声を聞いた誰もが何かに気付いたような声を零し、そして声がした方向――クロゥさんの足元を見降ろした。
クロゥさんはその声を聞いた瞬間大きな竜の首をそっと地面に向けて伸ばし、地面にいる声の人物に向けて「申し訳ございません。できる限り早めに向かおうと思っていたのですが」と申し訳なさそうに言っている。言葉通りの申し訳ない音色だ。
クロゥさんの声を聞き、脇の近くにいた私とヘルナイトさんは座っていた状態から立ち上がり、そして脇の隙間から顔を『ひょっこり』と出してクロゥさんが顔を下ろした場所に視線を向ける。
私達の背後から「なに?」と言うシェーラちゃんの声が聞こえたけど、私はその声に対して返答をしないで地面にいる――クロゥさんの足元にいる緑色の鱗に黒くて傷だらけの角を生やした鎧の竜人騎士のことを見下ろす。
鎧にも傷だらけで、その鎧の隙間から覗く緑色の鱗と傷、兜からはみ出るように生えているその角を見ることができたけど、肝心の顔を見ることができない中、クロゥさんはその人……、じゃない。竜人さんのことを見降ろしながらクロゥさんは言う。
「待たせてしまいまして申し訳ございません。アルダードラ総隊長」
「………………………アルダードラ……? って」
「まさか」
「ん? どうしたの? 二人共」
クロゥさんの言葉を聞いた瞬間、私は一瞬目を点にしてその言葉を九官鳥のように繰り返すと、シェーラちゃんも私と同じそれを抱いたのだろう。
ヘルナイトさんは何も言わなかったけど、私達のことを見ていたアキにぃが心配そうな声を上げて聞いている。
でも、その言葉に対しても返答することができないまま、私は――私達は驚きの目でクロゥさんの足元でクロゥさんのことを見上げているその人物のことを見下ろす。
ドラグーン王に命じられた試練の審査員。
その最後の一人でもある……『大気』の魔女――アルダードラさんのことを、顔を竜の甲冑で隠しているアルダードラさんのことを見降ろしていると……。
「! 君は……」
今までクロゥさんと話しをしていたアルダードラさんが、私達の視線に気付いて上を見上げ、私のことを見た瞬間声を零す。
今まで出会ってきた試験管とは違って、不意を突くような登場でもなく、強襲を仕掛けるような登場でもない――なんとも自然に、なんとも穏やかな登場をしながら……。




