PLAY99 やばい、ヤバい、やべぇ⑥
ハンナの『大治癒』がティーカップの男に向けて放たれ、普通ならば回復してHPが満タンになるはずのスキルがティーカップの男には攻撃となり、内側から大爆発したかのような衝撃を受けながらティーカップの男はハンナの『大治癒』を受け続けている。
どんどん体から出る赤い花びらの舞が辺りに飛び散る様な痛み。
どんどんと全身の力が抜けてしまうような感覚を感じながらティーカップの男は頭の片隅で思った。
いいや……、激痛の最中だからこそ痛みを緩和させるために思考の海へと避難をするように、ティーカップの男は思考を巡らせようとしていた。
そのくらいハンナが放った『大治癒』は、彼女の人を癒す力は彼にとって最大の凶器――爆弾以上の威力を持っていたのだ。
そんな状態の中、痛みの緩和に勤しむように男は思ったのだ。
――ま、まさか……っ! こんな力を持っていたのか……っ! ぬかった……! いいや相手のことを甘く見過ぎていた……っ!
――私と同じとはいえど、やらないという選択肢があるわけではなかった。やらないと決めつけていた私の大誤算が招いた結果! 余計なことなど言ってしまったせいで入れ知恵を植え付けてしまった!
――これは、私の失態! 私の慢心! 私の……、予測を怠惰した結果が……、これか……!
思考を巡らせるたびに体中から悲鳴の声が聞こえ、その悲鳴に比例するようにどんどんと体の力が抜け、全身の熱が抜けていくような喪失感を感じながら、男は己に対し叱咤を繰り返す。
なぜあんなことを言ったのか。
こうならないなんて想定、できなくもないだろう?
それを相手を見て判断した自分の慢心に、怠慢に嫌気を指してしまいながら彼は己を責め続けていた。
彼の右手首に嵌められているバングルに表示されている赤い帯線がどんどんと短くなり、半分を切ったところを見てしまったティーカップは、すぐに目の前で自分のことを掴みながら必死な形相を浮かべているハンナのことを見下ろす。
彼女は激痛に耐え、悲鳴を上げることも耐えている男の手首を掴んだまま放そうともせず、どころかぐっと手首を掴みながら話すことを拒んでいる。
幸いバングルを掴んでいないお陰で命は繋ぎ止めているが、それでも永遠にも感じるような激痛が彼のことを襲っている。
これならば一気に殺してほしいと思ってしまうティーカップの男。
だがそれをしないハンナ激痛交じりの睨みで見降ろし、内心悪女なのかもしれないと思いながら男は見つめる。
長く感じてしまいそうで、激痛を感じ過ぎたせいで痛覚がマヒしてしまいそうになりながらも、その最中でも赤い花吹雪がクロゥディグルの背の上空を美しく彩っているその光景を見ているアキ達を見ながらティーカップの男はもう一度思った。
あんなこと……、言わなければよかった……。と――
確かに、ティーカップの男は言った。
この世界に三つしかない聖武器が一つの聖槍『ブリューナク』だ。この武器は確かに聖なる力を使うことができるレアな武器だ。聖なる力――つまりはこの武器の力の源は『光』属性。そう――悪魔族が最も嫌いとし、苦手とする属性。私はこう見えて悪魔族。すなわち私は『聖』属性、『光』属性が苦手。更には『回復』属性も苦手なんだ。
と。
ティーカップの男の言う通り、悪魔族は『光』属性や『聖』属性を最も苦手とし、その攻撃を受けてしまった瞬間大ダメージを受けてしまう。よく聞く『炎』属性の人が『水』属性の攻撃を受けてしまった瞬間に大きなダメージを負ってしまうのと同じである。
悪魔族の属性は『闇』
『闇』は『光』の力を苦手とする。それは八大魔祖の循環にも記されており、その循環は変えることなどできない。自然の摂理と言っても過言ではない。
光と闇、陰と陽。
決して交わることがない属性同士は互いの体質を嫌い合い、対立し合う。
だがそれは――『光』属性を持っているハンナも然りであり、彼女自身ティーカップの男に近付くことは決死の賭けに等しかったのだ。
攻撃云々ではなく、彼女は最も相容れない存在に近付いてしまったがゆえに、いつ死んでもおかしくない状況の中賭けに出たということ。
それもティーカップの男が告げた通りで、この状況はどちらも最悪の状況と言うことなのだ。
ティーカップの男はあの時、エドに事実を伝えた時彼は告げたのだ。
逆も然りであるが、天族のような『聖』属性の種族が闇の属性を持つ邪武器が苦手だ。
つまり――
「――っ! ううううぐううううううぅぅぅぅぅぅっっっ!!」
ハンナの『大治癒』を行けている最中、ティーカップの男はあらんかぎりの唸り声を上げた瞬間、全身の力を体に入れると同時に全身に広がっている痛みを吹き飛ばそうと体を力ませる。
唸り声を上げながらハンナのことを睨みつけるように見降ろし、同時に彼は体の向きを正常な体向き――今の今まで捻る様な体制になっていたその体制を元の握手をする体制に無理矢理戻したのだ。
動かないかもしれないと錯覚しかけていた左足を徐に上げ、そのまま大きく右足を軸にして大きく外側に向けて開き、正面で彼女のことを見れる体制になった後で左足をドンっとクロゥディグルの背に下ろす。
どすんっ! という音と共に足元に舞い落ちていく赤いそれを無視しながら、全身に広がっている痛みが更なる悲鳴を上げるそれを感じながらも、ティーカップの男は驚いて自分のことを見上げているハンナのことを赤い視界が混じった視界で見降ろすと――彼は即座に動ける手……、つまりは左手をハンナに向けて素早い動きで伸ばす。
びゅんっという空気を裂く音が聞こえそうなほどの素早さで、その五指の間に水かきがある様な指の開き方をして、ティーカップの男はハンナに向けてその手を伸ばす。
エドと同じように、ハンナの顔面をその手で覆うように伸ばして!
「っ!」
ティーカップの男の行動に驚きの顔を浮かべたハンナだったが、その行動を見たとしても、手を放すことをしない。どころかその手を強く握り、迎え撃つといわんばかりの顔をして睨みがあまりない睨みでティーカップの男を見上げる。
驚きも一瞬で、その顔を見たティーカップの男はハンナのことを見降ろし、自分に危機が降りかかろうとしているにも関わらず、逃げるどころか受けて立つその姿勢を見て、男は思った。
――この女は、阿呆ではないが馬鹿なのか……。
――自分に降りかかろうとしている危機から逃げず、私のことを倒そうとする勢いでいる。
――はたから見ればすごい覚悟を決めたと思うと同時に、そんなことで命を散らすなど、愚の骨頂。大馬鹿がすることだ。
――大馬鹿のギネスに乗せてもいいくらいの大馬鹿。そのくらいこの女がしていることは無謀。そして、命知らず。
――そんな命知らずに渡してやろう。私からの授与だ。
――引導と言う名の表彰を!
そう思うと同時に、ティーカップの男は躊躇いを捨て、情けを捨て、そして……、少女を殺すという罪悪感を捨て、話しをしようと言う行いを捨てて、彼はその手をハンナの顔面に向ける。
元々……、ティーカップの男はハンナに話をしたかった。君は浄化を持つ少女なのか?
そうでないのならばその時点で話は終り、そしてそのまま返すつもりでいた。だがそうでなく、もし、もし目の前にいる少女が浄化の力を持つ少女ならば、色んなことを聞こうと思った。
何故浄化の力を持ったのか。
ここまでくる間苦難はあったか。
楽しいことはあったか。
何が起きたのか。
どんな住人に出会ったのか。
どんな世界を見てきたのか。
どんなプレイヤーに出会ったのか。
どんな人を見てきたのか。
どんな悪人に出会ってきたのか。
いろんなことを思いつく限り聞こうと思っていた。いろんなことを、彼女の口から、彼女の記憶から抽出された世界を想像し、その世界を面白おかしく聞きながら、彼は聞こうと思っていたが……、それも彼女の行動を見て、そしてこの攻撃を受けた瞬間――その思いは音もなく崩れ去ってしまった。
色んなことを聞いて友好を深めようとしていた計画も、彼女の行動と共に……、いいや、彼女の所属を知り、種族を知った瞬間に崩れ去ってしまった。
敵でなければよかったその事態も、今となっては脅威でしかない。
自分が敵であるこの状況を垣間見た時、ティーカップの男は思ったのだ。
彼女とこれ以上関わってはいけない。
彼女が天族であり、それと同時にメディックと言う所属ならば、自分にとって彼女はとてつもない脅威だ。
自分も同じであるが、それでも彼女の攻撃は自分にとって強大な爆弾。
その爆弾を野放しにしてはいけない。早く、この場所から逃げて身を潜めないといけない。
クィンクと一緒に、この場所から一刻も早く――
そう思い、ティーカップの男は伸ばしていたその手をハンナの顔に向け、そのまま彼女の顔を音を立てるような掴みと同時に己が持っているどの所属以上に残酷なやり方で痛めつけてやろうと行おうとする。
殺しはしない。
殺しをすることに関してティーカップの男は何の知識もない、どころかそんなスキルもなければ殺しの度胸もない。その点に関しては普通の人と同じ感性であり、人を殺すことなど外道がすることだとティーカップの男も思っている。
エドに対して言った言葉も結局はハッタリで、断ったとしてもそれに似た瘴輝石の力で誤魔化そうとしたくらいだ。
つまり――男は殺しはしない。
だが……、ハンナに対してはしっかりと引導と言う名の落とし前をつける気はある。
かなりの矛盾を感じるような言葉かもしれないが、ティーカップの男は確かにハンナのことをこの場で倒すつもりだが、殺しはしない。そう――殺しはしないのだ。
本当の殺人など、絶対にしない。
それができるのがこの世界――仮想空間。
仮想空間の世界でプレイヤーのHPがゼロになった瞬間、死んでしまったプレイヤーの頭上には強制ログアウトまでのカウント……『デス・カウンター』があり、それはログアウトまでの死の宣告であると同時に、もう一度生き返ることができる時間と言っても過言ではない。
ゲームの世界ではよくあるお約束の光景ではあるが、ティーカップの男はそれを狙って、彼女のことを殺した後ですぐに蘇生アイテムを置きこの場所を去ろうと模索をしていたのだ。
ゆえに引導は渡すが、殺しはしないということであり、男はどんどんとハンナの顔に向けてその手を伸ばし、彼女の簡単に傷がつきそうな肌に爪を立てようと、五指の先に力を入れた掴みをしようとしたその時――
――ザンッッ!
「っ!?」
突然ティーカップの男の左手から激痛が生じ、その生じと同時に視界には新たな赤い花びらが飛び散る。はらはらと、ティーカップの男の視界を遮る様に舞うその光景を見て、ティーカップは言葉を失いながらその赤い花びらの出処を見つめる。
その出所となっている場所――己の左手から零れているその光景を、いいや、その表現は半分正解であり半分不正解の表現である。
本当の答えはこうだ。
彼の視界に広がる赤い花びらの舞と己の左手。驚きの顔を浮かべるハンナ。そして――
視界の端に写り込んでしまった、自分の私物でもある手袋をつけている左手が宙を舞うその光景を見つめて、ティーカップは一瞬だけ呆けた顔をして感情を一瞬殺してしまったが、その後その感情を蘇生し、蘇生と同時にティーカップは感情を表した。
いつの間にか己とハンナの間に鋭利で神々しい槍の刃をすり抜けさせ、自分達の間に割り込むように横から介入をしてきたエドと、その光景を見て驚きの顔をして固まってしまったハンナに――言葉を失ってしまった絶句の顔を見せて――彼は驚いた。
本当に一瞬。
一瞬の間にすべてが崩れてしまったことで彼は驚きのまま固まり、無くなってしまった己の左手が一人でに宙を舞い、そのままクロゥディグルの足元に落ちていくその光景を視界の端で見ながら。彼は絶句をする。
「! あ、え、エドさん……っ!」
ハンナが突然自分達の間に現れたエドのことを見て、驚きのそれを表してエドのことを見ると、エドはそんな彼女のことを横目で見つつ、槍を突いたままの状態でニヘラと力なく笑うと……、彼は言う。
言葉を失い、状況の変化に追いつけず、更には自分の状況が不利になってしまったことに愕然としているティーカップの男を無視しながら、エドはハンナに向けてこう言う。
なんとも申し訳ない。なんとも情けなくて、すみません。
そんな心の声が丸わかりな困った顔で、エドは言った。
「あはは……、なんか、ごめんね。こんな光景、本当は見せたくなかったし、それにこんなことにさせたくないから京平にお願いしたのに……。情けない大人でごめんね」
「………………………ううん。大丈夫です」
エドは言う。心の声と同調するように申し訳なさそうな音色で、心底謝罪するような言葉をかけると、その言葉を聞いたハンナは一瞬驚いた顔をしてエドのことを見ていたが、すぐに驚きの顔を消し、即座に首を横に振ると――彼女はエドに向けて言うと、続けて彼女は言う。
先ほどの意を決した顔が嘘のように氷のように溶けていき、普段通りの顔で微笑むと、彼女はエドに向けて安堵の息を零すような音色で言う。
「エドさんの優しさも、京平の優しさを汲み取りました。だから、だからこそ――そんな優しくて勇ましいエドさん達を失いたくないって思って……、こんな行動をしてしまいました。ごめんなさい。でも――無事でよかったです」
「………………………そうか」
ハンナは言う。二人の優しさを汲み取りつつ、無事でよかったという安心感と失いたくないという喪失感からの否定。その二つの感情が彼女を粉のような結果へと招くように動かした。そして結果として、エド達は負傷もせず、ティーカップの男だけが負傷するという結果になった。
結果は残酷でもありそのことに関してもハンナは心を痛めてしまったが、自分で決めたことでもあり、覚悟を持ってやったことだ。そのことにずるずると引き摺るように後悔はしないようにするハンナは、無理をするように控えめに微笑んでエドに向かって言う。
そんなハンナの言葉を聞いたエドは一瞬驚きの顔をすることも、怒ることもせず、ただただ――ハンナの言葉に対して同意も否定の言葉をかけることがない曖昧な返事でエドは返した。
内心……、おれのせいでこうなってしまったのに、責めることもしないんだな……。本当に申し訳ない。相手はおれを狙ってあんなことをしたのに……。と思いながら、エドは本当に心の底からハンナや迷惑をかけてしまった京平達に対して申し訳なさを覚えた。
勿論――この戦いが終わったら謝る意志を固めて……。だ。
その意志を固めた瞬間、エドはすぐにハンナから視線を彼女の視線の先にいるティーカップの男に向け、その視線を怒りの視線に変えると、エドはすぐに行動に移した。
ティーカップの男が己の左手の喪失に一瞬固まって驚きを見せている間に、エドはすぐに視線だけをティーカップの男に向け、体はハンナに方に向けて駆け出すと、エドの行動に驚いて声を上げそうになったハンナを流れる様に抱える。
膝裏と背中にそれぞれの手を差し入れ、そのまま抱っこをするように抱えると――エドはハンナが掴んでいたその手を振りほどき――驚きのまま固まっているティーカップの男からエドは距離をとる。ティーカップの男に向けていた視線をすぐに前に向けるように変え、今度は別の人物にその視線を向ける。
焦りなどない――今までと同じで真剣さが含まれたその視線で、エドは視線を向けたその人物に向けて叫んだ。
「シリウスッ! 準備はできたかっ!?」
エドは叫んだ。視線を向け、そして叫びを向けた人物――今の今まで一言も言葉を発しなかったシリウスに向けて声を荒げると、その声を聞いていたシリウスは、にっと笑みを浮かべると、エドに向けて返答を口にする。
今のいままでリカと善の近くで膝を付き、クロゥディグルの背中に手首と手首を合わせたような左右の手の形をべったりとつけ、その状態で俯いていたその体制をエドの声で顔を上げ、その顔に浮かび上がる今まで見たことがない疲れが見えるような顔と汗を見せながら、シリウスはエドに向けて言った。
この時を待っていました。そう言わんばかりに――
「OKだよ。いつでも、俺はOK」
「ありがとうっ! みんなぁっ! クロゥディグルさぁんっ! おれの話を聞いてくれぇっ!」
「っ!」
「エド様っ!?」
シリウスの言葉を聞いたエドは『よし!』と言わんばかりの頷きを見せると、エドはすかさず少し遠くにいる京平達に向けて声を上げると、その声を聞いた京平やアキ達、そしてデュラン、個人で呼ばれたクロゥディグルは驚きの顔を浮かべながらハンナを抱えているエドのことを見ると――エドはみんなの視線が自分に向いていることを確認した後、心の中でよしと頷いたと同時に……叫んだ。
近くにいるハンナはその大きな声に驚きつつも、一体何が起きるのだろうという不安を抱えながらエドの声に耳を傾けると――エドは荒げる声でこう言った。
「これからおれが合図をするから――クロゥディグルさんは俺の合図と同時にこの場所で回って――勿論竜の状態で、四つん這いになっている今の状態で、思いっきりこの場所で回ってくれっ!」
「こ、この場所でですか……っ?」
「そう! みんなはその回転に巻き込まれないようにクロゥディグルさんの体にしがみついてっ!」
「かなり簡単なことを言うけどかなり危ないことをしようとしているよなっ!? 何をするつもりなんだよっ!」
「いいから! 今は従ってくれっ! 合図を送るから――いいねっ!?」
「無視かっ! まぁ仕方ねぇっ! くそっ! やるぞぉ!」
エドは荒げる声でなんとも無理難題……、いいや、この状況では絶対に無理と言えるような要望を口にすると、その言葉を聞いたクロゥディグルは驚きの声を上げながらエドのことを見て、そして唖然とする一同の代表としてキョウヤが驚きの声を上げると――エドは即答と言わんばかりに頷き、やってくれと促しを掛ける。
その促しを聞き、エドの顔を見て本気だと悟ったキョウヤは呆れるように突っ込みを入れると、仕方ないといわんばかりにエドの言葉に従うようにみんなに声を掛ける。
何か策があるなら――その策に賭けてやる。
そう言わんばかりの言葉でキョウヤが言うと、それを聞いていたアキ達は訳が分からないというワンばかりの顔をしつつ、ぶつぶつと何かを言いながら渋々に行動に移す。
その光景を見てエドはハンナのことを抱えたまま辺りを見回し、そしてその時を待つと――そんな彼に向けて、とある人物が声を掛けてきた。エドに向けて、普段通りの声色で、その人物はかけてくる。
「エド!」
「! 京平」
エドに声を掛けた人物――京平はむぃとなぜか今の状況でも放心状態になっているショーマを抱え持ち上げながらエドのことを見て、そしてにっと犬歯が見える様な笑みを浮かべながら、彼はエドに向けて言った。
普段と変わらない。今までと同じ音色と雰囲気で――京平は言った。
「オメーのことだ。抜け目なんてねー思考で策を立てていたんだろう? 隊長らしい考えで、顔に似合わず慎重シーだべな。オメーが何か考えているなら、俺はその言葉に従うぜ。お前のその作戦と慎重シーでいろいろと助かったからな。期待しているべ」
「……………ふ。慎重シーは余計だよ」
「へへへ!」
普段と変わらない会話。
信頼をしているような会話をした二人は、そのままお互いがすることに専念をするように互いの顔を見た後、すぐに視線を真後ろに向け、そのまま彼等は行動に移す。
京平はむぃとショーマを抱えてその時を待つように持ち場に向かい、そしてエドは合図を出す時を待つ。
その時が来るのを――じっと待ちながら……。
だが、世界の時間は動いたまま。この世界が一瞬でも時間が止まっている世界であれば、悠長に話すことができたかもしれない。しかし世界の時間は動いている。
みんなも、ヘルナイトも、クロゥディグルも、シリウスも、そして――
ティーカップの男も。
「! エドさんっ!」
ハンナはエドに抱えられながらエドの背後、ハンナからしてみれば正面に写り込んできたその光景を見上げた瞬間、エドに知らせるために声を上げる。
その知らせと同時にエドの背後、ハンナの正面に残った焦げてしまった右手をしたから振り上げるように襲い掛かってきたティーカップの男。
カイル達のように怒りを剥き出しにしたそれではなく、静かに見えるにも関わらず噴火のような怒りを無表情に隠しているティーカップの男はハンナの『大治癒』によって焦げてしまったその右手を下に向け、アッパーカットをするような体制になると、その手を使って彼は無表情の顔でエドに向けて声を発する。
氷のように冷たく、マグマのような怒りを乗せたかのような音色で、彼は言い放つ。
「……『反大治癒』」
その言葉と同時に、男の手が勢いをつけるようにエド達に向けて振り上げられ、ハンナがそれを見降ろし、絶句のそれを浮かべ、エドと自分を守る様に手をかざし、『盾』スキルを放とうとした瞬間、エドはクロゥディグルに向けて――叫ぶ。
「今だぁっっ!!」
「!」
エドの声を聞いて、合図を聞いたクロゥディグルははっと息を呑む声を出すと同時に、自分の背中にしがみついているみんなのことを見下ろした後、クロゥディグルはすぐに背中に向けていた視線を正面に向け、肺一杯に空気を取り込んだ後、彼はその空気を声として、二酸化炭素として吐き出すために、あらんかぎりの声を上げて彼は――
「はぁあああああああっっっ!」
大きな声を出して、その場で回り出す。マナ・イグニッション――『魔王波防壁』の中で、まるで犬が尻尾を追いかけ回すように、クロゥディグルもその行動を模しているかのようにぐるん、ぐるんっと大きな体を駆使して回る。
一見して見れば滑稽かもしれない。
それは外から見ていたヘルナイトも一体何をしているんだと思ってしまったが、それは外から見た景色であり、中では壮絶な我慢比べが起きていたのだ。
命懸けに等しい我慢比べが――
『ぎゃあああああああああああああっっっ!?』
『め、目が回るぅうぅぅぅううううっっっ!』
『うごおおおおおおおおおおおおおっっっ!?』
クロゥディグルの回転の餌食と化してしまったアキ達は、その回転の中に呑まれ、そのまま洗濯機の中でもみくちゃにされるような回転を受けながら、目を回しながら叫びを上げる。
女性人の叫び。
コウガとデュラン以外の人達の悲鳴。
そしてコウガとデュランの驚き交じりの叫びが辺りに木霊し、その声を聞きながらエドはハンナと一緒に、近くにいたリカと善を抱えながらクロゥディグルの回転に耐える。
前後左右に吹き荒れる風を受け、吹き飛ばされそうな突風を受けながらエド達はクロゥディグルの回転の風に飛ばされないように鱗にしがみつくが、ティーカップの男は少しの間思考の海にの飲まれていたせいか、エドが言い放った言葉を聞く暇もなかった。
都合がいいように聞こえるかもしれないが、本当にティーカップの男は思考の海に嵌っていたせいで声を聞く余裕がなかった。
それゆえにティーカップの男はエド達の行動を一瞬疑い――一体何をやっているんだ? という顔をしていたが、その疑念もすぐに解消されると同時に、自分の危機の回避をすることができなかった。
アキ達やみんなはしがみついてその突風から飛ばされないようにしていたが、ティーカップの男だけは立っている状態でいたので風の煽りと体のバランスを保つことができなくなり……。
「う、お……、おぉわっ!」
ティーカップの男は回転により生じた風に乗る様に、いいや、吹き飛ばされるように放り投げられてしまう。
ふわりと一瞬の浮遊を感じると同時に横に殴られるような感覚を感じた瞬間、男はクロゥディグルの背から足を離し、そのまま風の思うが儘に乗せられて吹き飛ばされそうになってしまう。
しかし、そんな風の思うが儘にされるほど男は甘くない。
男は風に逆らうように一瞬浮いてしまったその体を何とかしようと、クロゥディグルの背中に向けて手を伸ばそうとした瞬間――彼の視界に一瞬広がったのは……、棒状の物。
「――っ!」
それを見た瞬間男は驚きの顔を浮かべたが、それもすぐに消え去ることになってしまうことに、ティーカップの男は気付いていない。いいや、気付いた瞬間もう遅かったのだ。
なにせ――彼の目の前に広がったその棒状のものはティーカップの男の胴体……、細部まで表記すると胸の辺りに強い衝撃が加わり、その衝撃と同時に男はせき込む声を出した瞬間、掴もうとしていたその行動も無になってしまった。
「――っ! げふ!」
ティーカップの男は再度咳込む。そして激痛に歪んだ顔でエド達のことを見下ろした男は、一体何が起きたのかを瞬時に理解する。
自分の胸に向かって叩かれるような衝撃を与えた人物はエドで、エドは器用に伏せた状態で自分の手にある槍を使ってティーカップの男を無理矢理引きはがしたのだ。
驚いているティーカップの男とは対照的に、エドは安堵のそれとやり返したという笑みを浮かべた顔でティーカップの男のことを見上げていた。
その顔を見てティーカップの男は苛立ちを浮かべそうになったが、すぐにその思考を取り消して気持ちを切り替える。
まるで自分が葉っぱになったかのような気持ちを感じてしまったが、ティーカップの男はすぐに体制を立て直そうと空中で体を動かし、空中で前転をすると――彼は外に、マナ・イグニッション――『魔王波防壁』の壁がある方向に足を向けて、そのまま空中で着地をするように足を曲げて吹き飛ばされていく。
エドのせいで吹き飛ばされているせいで、長い髪の毛が視界を遮るが、それも一瞬の内だとティーカップの男は思い、すぐにその場所に向かうことを心に決めながら、その時を待つ。
そう――足の裏の先にあるマナ・イグニッション――『魔王波防壁』の壁に足をつけるその時を待って!
――『魔王波防壁』はいうなればドーム状の壁。その壁はちょっとやそっとでは壊せない。壊せないから絶好の足場となることも然り。
――私自身はそんなことやらなかったが、クィンクは普段からこんななことをしている。それを真似ただけだが、それでもクィンクの行動が役に立つとは思わなかった。自分が奴とは思わなかったが、クィンクに感謝だ。
――そして、相手はどうやら見誤ったのだな。
――この『魔王波防壁』は壊せないといっているのに、壊れると誤認している。そんな竜の回転で壊れたらこの瘴輝石の名がこんな大層なものではないだろうに。
――さて……、そろそろ足場に追いつくな。
そう思いながらティーカップの男は踏ん張りに力を入れるように、足の裏に全神経を集中させるように身体中を力ませると、そろそろ来るであろう『魔王波防壁』の壁に視線を向けるために、振り向こうとした。
その時だった!
――ばりぃんっっっ!
………………………。
………………………。
突然響き渡ったガラスが割れる音。その音と同時にティーカップの男の視線に広がった光景は……、クロゥディグルの回転によって生まれた土煙と、薄紫色の壁――
――ではなく、青い青い空と白い雲と言う、誰もが見慣れた世界が彼の視界に広がっていた。
薄紫の壁などない世界が、彼の視界に広がり、あるはずの壁がない世界に向かって飛んで行き、どんどんと放物線を描くように下降していきながら、ティーカップの男は言った。
「は?」
たった一言。一文字の言葉であったが、それでも男は言ったのだ。言葉を、なぜないのかという言葉を。なぜ――自分の背後にあるはずの『魔王波防壁』が無くなっているのか。何故壊せない鉱物の力を宿した瘴輝石の力が壊れてしまったのか。
そんなこと悶々と考えながらティーカップの男は疑念を解消するために思考を巡らせていたがその思考も強制的に閉ざされることになる。
そう――ティーカップの男の目の前に、いいや、彼の頭上に現れた鎧の男の手によって……。
「? ――っっ!!」
ティーカップの男は一瞬自分の体に黒い影がかかったことにふとした疑問を感じ、一体何が自分の上にいるのだろうと思い上を上げた瞬間、ティーカップの男は言葉を失った顔で己の上にいた人物――漆黒の大剣を手に持ち、その腹をティーカップの男に向けて、男は振り下ろそうとしていた。
そして――
「マジか……、あのバリア壊れちまった……」
「流石はシリウスだべ!」
「てか、こんなことができるならさっさとしてくださいよっ! 僕達死にかけたんだから!」
相手の瘴輝石の力――『魔王波防壁』が壊れたその光景を見ていたアキは驚きの声を上げて唖然としながら見つめていると、なぜか自分がしたわけでもないのに自慢げに言う京平。本当に何もしていないのに――だ。
そんな本当に何もしていない京平に対し、ツグミは泣きそうな顔を浮かべながら京平に突っかかろうとしたが、その光景を見て歩み寄ってきたシリウスは、アキ達に向けて――
「仕方がないよ。俺でもこの力を打ち消すのには時間がかかっちゃうし。ていうか、俺がいなかったらこんなことできないから、感謝してほしいくらいだけどなー」
と言いながら、両手をぶんぶんと振りながら疲れた素振りをして歩み寄る『聖霊王』シリウスは疲れたような笑みを浮かべて言うと、その言葉を聞いていたレギオン以外のみんなは驚きの顔を浮かべる。
そう――この『魔王波防壁』の力を壊したのはシリウス。
シリウスは自分が持っている王としての権限の力を使って、『魔王波防壁』の力を強制的に消滅させたのだ。そのことを知っていたレギオンはそのための時間稼ぎを今の今までしてきたのだ。
京平の言葉も、エドの抗いも、すべてシリウスの打消しの力ができるまでの時間稼ぎでもあり、ハンナがもし交渉に乗らなかったらシリウスの力を使って逃げるつもりだったのがエド達の本音でもある。
それを聞いたアキ達は即答と言わんばかりに『せこい』と言い放ったのは――言うまでもないが、強制消滅の力を持っているのは『聖霊王』ともう一人の聖霊族だけであり、それを知っているのもレギオンだけであったことは、ここだけの話。
そんな話をしている間に――ティーカップの男の頭上に跳躍し、剣の腹を向けていた鬼士ヘルナイトは怒りの形相をティーカップの男に向け、その顔のまま彼は凛とした音色で、怒りがこもった音色で発する。
ティーカップの男が内心やばいと思うと同時にヘルナイトは言った。
「主従共々――少し頭を冷やしてもらおう。私を仲間達から遮断した罪、そして――傷つけた罪を受けるために」
そう言った瞬間、ヘルナイトは手にしていた大剣を、力一杯ティーカップの男の頭上に向けて振り下ろす。そのまま頭を真っ二つにする要領で、男の頭上に剣の腹を『がんっっ!』と叩きつけると――その衝撃を受けたティーカップの男は小さな潰れるような声を出すと同時に、急速な勢いで地面に向かって急降下していく。
一瞬の間の急降下。
急降下したと思った瞬間にはもうティーカップの男は地面に激突しており、その衝撃と轟音は辺りを包み込み、少し遠くの気に止まっていた鳥達がその音に驚き飛び立ってしまうほどその衝撃は大きかった。
まるで――ヘルナイトの怒りを表したかのような音と衝撃。
その二つを聞いて感じていたとある人物は大きな衝撃が起きた方角を見つめ、顔を覆い隠すように被っていたフードをそっと上げると、その人物は音がした先から出ている土煙を見て一言言った。
「アレ? アノ方角ッテ…………」




