PLAY99 やばい、ヤバい、やべぇ⑤
すたっ。すたっ。すたっ。
すたっ。すたっ。すたっ。
クロゥディグルの鱗で覆われた背中から放たれる靴底の音。
その音は固い地面から放たれるような土交じりの音ではなく、石造りの地面から放たれる響き渡るような音などは聞こえない。
鱗の所為なのか、柔らかいそれに足を踏み入れているにも関わらず固い音が響くような音を出しているその音を聞きながら、ハンナは歩みを進める。
京平にさんざん『行かない』選択肢をしろと言われ、エドにも諭され、己もそれを自覚してそれを選択しようとしたのに、なぜかそのままティーカップの男に向かって歩みを進めながら……。
「ハ、ハンナ……ッ!?」
「おい待てって! 馬鹿かあの野郎っ! なんでそっちに行くんだよっ!」
「ちょっと待ちなさいハンナッ! 待ちなさいっ!」
「え? はなちゃん……っ!? えっ!? もしかして怒っているっ!? 待って待って謝るからごめんって! だからそんな早まり方しないでっ! 僕絶対にトラウマになるからぁっ!」
「う、うにゃぁ。お、おねーちゃん……っ?」
今までのハンナのことを見て、そしてハンナの性格を知っている彼等――上からアキ、コウガ、シェーラ、ツグミとむぃと言った順で各々が言葉を零し……、愕然とする者、怒りを覚える者、混乱する者、そしていつぞやか自分で言った言葉を聞いて怒っているのかもしれないと思っている者、混乱のあまりに泣いているものなど様々であり、アキ達以外のみんなもハンナの行動を見て言葉を失いながら絶句のそれを浮かべている。
そう――ハンナに対して『行かない』選択をしろと言った京平とティーカップの男の手に掴まれているエド。クロゥディグルの背から離れてティーカップの男の従僕クィンクのことを抱えているヘルナイトも彼女の行動を見て驚きを隠せなかった。
それに加わり、ヘルナイトはティーカップの男が発動せた瘴輝石の力――『マナ・イグニッション――『魔王波防壁』の外にいる所為か……、その瘴奇跡の力の所為なのか、クロゥディグルの背中にいるみんなの声が聞こえていないので、彼はハンナの行動を他の誰よりも驚きを見せ、その光景を見上げながら彼は荒げる声で叫んだ。
今まで聞いてきた凛とした声などではない。本心と言う名の我儘が己の心が声となっているその叫びを上げながら、彼は叫んだ。
ハンナに向かって――聞こえてくれと願いながら……。
「――待てハンナ! 何をしているんだ! 止まってくれ! 君が犠牲になることはないんだっ! お願いだ、止まってくれっ! 早まらないでくれっ!」
ヘルナイトは叫ぶ。叫んで叫んで、彼女が行おうとしていることを止めようと声を荒げる。声が嗄れそうになるほど、喉が壊れそうな違和感を覚えたとしても、そんなことお構いなしに彼は叫ぶ。
前にもこんなことをした気がすると――一瞬頭の片隅で思考を巡らせたが、今はそんなこと関係のない事。
今は――ハンナの行動を止めることが最優先だ。
そう思ったヘルナイトは荒げる声でハンナの名を呼び、聞こえていないことなど構うものかと言わんばかりに叫び続ける。
荒げる声で彼は叫ぶ。
だが――瘴輝石の力で彼女の耳にその声など届かない。
そして……、その中にいるみんなの静止の声など聞く耳も持たないままハンナは歩みを進める。
すたっ。すたっ。すたっ。
すたっ。すたっ。すたっ。
今まで優柔不断の言動が嘘のように、何の迷いもない歩みで、誰かの言葉に左右されない固い意志を持った歩みで、真っ直ぐな目で、ハンナは大きく手を振りながらティーカップの男に向かって歩みを進めていく。
ハンナの迷いのない歩みと視線、そして心意気を見ていたティーカップの男は、無言のまま彼女のことを見ていた。真剣な目で、そして彼女のことを品定めするように、足の先から頭のてっぺん、更には動作、仕草などハンナのありとあらゆるところをくまなく品定めするように見つめながら、男は思った。
――なんと真っ直ぐな心だ。強くて壊せると思っていたそれは壊せないような……、だがどこかが脆いダイヤモンドのような心を持っている。
と――
いつぞやか言ったかもしれない。シェーラがハンナのことをこう言ったのを覚えているであろうか。
ハンナは確かに弱い。しかしそれは肉体的なもの――つまりは戦闘メインのことに関しては弱いかもしれないが、精神面――つまりは心の、内面は誰よりも強い力を持っている。
それはメンタルの強さを示して乃ことだったのだが、ティーカップの男が言う彼女の心の喩はそんなものではない。
ティーカップの男が言うダイヤモンドのような心とは――ハンナの心の表面。
ダイヤモンドは固い硬度を持っている鉱石であるが、どこかに強い衝撃が当たると壊れてしまう性質――人はこれを劈開と呼んでおり、そんな性質を持った鉱物の心を持っていると思ったがゆえに、彼女は固く見えるが脆いものを持っていると推測するティーカップの男。
たとえ物の例えであろうともティーカップの男はそれを真剣な面持ちで思っており、それは概ね正解だ。
前にも話しただろう。
いつぞやかヘルナイトはハンナのことをこう思っていた。
心に傷を抱えた十七歳なのだ。と――
そう。彼女は幾度となく強い強敵相手に、『八神』相手に立ち向かってきたが、それはヘルナイトと言う存在がいてくれたこともあり、仲間がいてくれたこともあり、己の心を奮い立たせたこともあって彼女はここまでこれた。
だが、それでもハンナは持っているのだ。
心に残っている傷を。
自分でもどこで傷ついてしまったかわからないような傷を、そしてメグとの決別の所為でついてしまった傷もあり、彼女の心は固いダイヤモンドのような心を持っているにも関わらず、劈開と言うもののせいで脆い心となってしまっている。
透き通ったその透明度が彼女の心の色を表しているかのように、その中にある黒い煤が彼女の闇を表しているように……、苦悩を表しているかのように、ハンナの心は――ダイヤモンドでもありダイヤモンドとしてのそれを失いつつある。
原石のように美しいそれを持っているのに、それが黒い煤のせいで崩れようとしている。そう――この状況に対して多大なストレスを感じて壊れていくように……。
惜しい。
なんとも惜しい。
この美しく、気高き心を持っているのに……、どうやら耐えられなかったのだな。交渉と言う名の綱渡りに。いいや……、非日常の中生きてきた私とは違い彼女は日常の人間。そんな人間にこの状況を正常の思考で考えること自体無理だった。
酷なことをしてしまった。これでまた原石が壊れてしまった。美しいダイヤモンドだったのに……。
そうティーカップの男は思った。
が……。
「?」
ティーカップの男は再度ハンナのことを見て、ハンナの視線、ハンナの面持ちを見て、彼はわずかに怪訝そうに眉を顰めると、ティーカップの男はふと、何かに気付く。
それは些細な違和感であり、奇行としか見ていないアキ達とは違い、ティーカップの男はハンナのことを見てこう思ったのだ。
――いいや……、壊れていない?
――今の今まで壊れかけ、劈開によってボロボロになっていたその原型が、美しい五角形を描いている。
――なぜそうなったのかはわからない。女の仲間達は奇行に陥ったと思っているみたいだが、これは……どういうことなんだ?
ティーカップの男はハンナのことを見て、真剣で、もうどうにもなれと思っているような顔ではない――何かを決意した真っ直ぐな顔を見て彼は思ったのだ。
ハンナは諦めていない。何かを決意したと。
その決意の内容が一体何なのかはわからないが、それでもハンナはティーカップの男の言葉通り、哄笑通り『行く』選択肢の行動をして彼に近付いて来ている。
近付く彼女を見ていたティーカップの男は内心……、一体何を考えているのだろうと思っていたが、自分のところに来るということは、今自分の手の中にいる男――エドのことを考えての行動だろうと予測をし、右手でエドの槍を掴んでいたその手をパッと放し、その手に付着してしまった血を手首を使った振るいで振り払う。
ぱっぱっ! と振り払いながらもティーカップの男はそのまま自分に向かって近付く彼女のことを見つめ、エドが逃げないように左手に力を入れて気を引き締める。
一体何をするのかわからない。
だから――細心に注意を向けて。
ティーカップの男は、今もなお無言のまま意を決した顔で近付くハンナのことを無言のまま見つめる。
互いが無言のままお互いのことを見つめ、何の音も、自然の報せもない状況の中はまさに何にもない世界。
ただただ鱗と靴底の音だけが彼等の鼓膜を揺らし、精神を正常にさせようとしている。
………いや、もう一つの音がこの状態の中でも二人の鼓膜を寄らしていた。
「んーっ! んんーっっ! んーんー! んんんーっっっ!」
そう、ティーカップの男の手によって口を塞がれて身動きが取れなくなってしまってしまったエドの、声にならないくぐもった声だ。
その声を聞いた京平がエドのことを呼び、焦りと安堵のそれを浮かべながらエドのことを見ようとすると、その視線を向けた瞬間京平はハンナに向けてもう一度声を荒げるように京平は叫ぼうとした。
じょーちゃん! もう歩くなっ! 後は俺達が何とかする!
と――
しかしその言葉は言葉として機能しないまま、京平の口から放たれる前に京平の口の中で消滅することになる。
「っ! むぐぅっ!?」
言葉をハンナに向けて放とうとした瞬間、何者かの手によって放とうとしたその口を塞がれ、そのまま言葉が出ない状態になってしまった京平。しかも背後から、何の気配もなく塞がれた口。その口を覆っている大きな手を見降ろした後、京平はそのまま目だけで己の頭上――自分の上を見上げると……、その見上げを見ていたのか、京平の口を塞いだ人物は冷静な音色でこう言ってきた。
静かに――その光景を見つめることにした男……、否、人馬の幽鬼魔王族の鬼士デュランは、驚いて反論をしようと怒りの目を浮かべている京平の口を塞いだまま言った。
「黙って見ていろ――そいつの覚悟を無下にするな」
「む……、むごぉ……?」
デュランの言葉を聞いた京平は首を傾げるように眉を顰め、意味が分からないその気持ちを言葉にして表すと、その言葉を聞いてなんとなくだが理解したのか、デュランは続けて冷静な音色で「言葉通りの意味だ」といい――
「お前達の覚悟も正しいかもしれないが、相手を見捨てるようなことは我々としても、天族としても、どの種族であろうと見過ごせない罪だ。罪悪感となり永遠のその者の心を蝕む。その蝕みと一生を共にするのであれば、賭ける方がいいはずだ」
我であろうと、そうする。
と、デュランは京平に向かって、京平のことを見ずに言うと、京平はそれを聞き、見上げたまま驚きの顔を浮かべていると、『すたっ』と――一際大きな足音が辺りに響き、『魔王波防壁』に広がって反響し合う。
『!』
音を聞いた誰もがその音がした方向――もうわかりかもしれないが、音を出した張本人ハンナに向けてみんなが視線を移す。
アキ達リヴァイヴが。
ショーマを除いたコウガ達が。
エドとシリウスを除いたレギオンが。
クロゥディグルとヘルナイトが。
各々がハンナと、そのハンナの目の前にいるティーカップの男に向けて視線を向ける。
ハンナとティーカップの男の距離はざっと目視で一メートル以内。
握手もできそうな距離であり、その光景を見た誰もが固唾を飲みながらハンナとティーカップの男のことを見つめ、この後起きる出来事を目に焼き付けようとする。
瞬き厳禁と言わんばかりに、じっと……。ごくりと……、固唾を飲みながら。
ハンナとティーカップの男は何も言わない。言葉を発しない。
何の行動もしないまま時が過ぎるのかと思われた。そのくらい二人は互いのことを見つめ合っていたのだ。じっと――お互いの目をじっと見つめながら。
お互いの瞳孔に映る自分のことを見つめているかのように、二人は微動もしないまま見つめていたが、その静寂を壊しにかかったのは――ハンナだった。
ハンナが徐に右手を突き出し、ティーカップの男の目の前にその手を差し出すと、その状態のまま再度かただを止める。
まるで――一瞬体の自由が利いたことで動いたが、そのあとすぐに止まってしまった人形のように、彼女は彼女の行動を見て驚きのそれを浮かべているティーカップの男にその手を差し出していた。
そう……、右手を付きだし、交渉成立のそれを差し出しているかのように。
「ふっ。なるほど。どうやら少し気張りすぎていたようだ。何度もこんな経験をしていると、どうも神経を使い過ぎてしまい、いらない気苦労をしてしまう。もう少しだけ、柔らかく考えた方がよかったな」
ハンナのその行動を見て、ティーカップの男は一瞬呆気に取られてしまったかのような顔をしたが、すぐにその顔を解き、ふっと笑みを零すようなそれを吐きだした後、彼は何とか回復し、血もほどんど払い落としたその手で頭をぼりっと掻くと、ティーカップの男は再度ハンナのことを見下ろし、その目をじっと見つめる。
先ほどの不安定な不純物などない――美しいダイヤモンドの心が今目の前にある。
どんな宝石よりも美しく、気高く見えるその宝石を見たティーカップの男は、再度ふっと微笑むと、今の今までエドの槍を握っていたその手を己の胴体とエドの胴体の間からするりと差し向けると、ハンナの握手に了承しようとする。
もちろん――彼女が交渉に応じたのだ。エドの開放もする。
「! げほっ! ごほっ! がはっ!」
ぱっと、今の今まで口を塞がれた状態であったエドは、ティーカップの男が手を放すと同時に口の中に一気に空気を取り込み、そのまま血液の循環を急速に行う。
体の中に酸素を取り込み、そのまま呼吸を素早く行ったと同時にむせてしまい、エドは口元に手を添えながら咳込みをすると、今目の前で行われようとしている交渉成立の光景を見つめ、止めるように反対の手を――槍を持っている手を伸ばそうとする。
「は……ナ……! 待って……!」
擦れる声を振り絞る様に、エドは声を零すが、ティーカップの男はそんな彼の行動を無視するようにハンナの手にそっとその手を伸ばし……、そして――
がしっ――と、ティーカップの男はハンナの右手を握り、握手をした。
誰もが全身の力が抜けるように、絶句のそれを零し、アキに至っては全身の色素が抜けてしまうような喪失感に襲われて干物のようになってしまってしまう。
それはヘルナイトも同じで、前にもこのようなことを体験したようなデジャヴを感じていると……、ティーカップの男はハンナのことを見て、そして今までの無表情の怒りなどどこへやら……。にっこりと口が裂けるのではないかと言うような満面の笑みを浮かべて彼は言ったのだ。
「よし――交渉成立。良い決断だった」
ティーカップの男はハンナに向かって言う。
良い決断だった。良い覚悟を持って決意してくれた。ありがとう。
その思いを、感謝を顔に出し、そしてその思いを胸にしてハンナに向けて手向けると、ハンナはその言葉に対して一瞬俯くと、小さな声で「はい」と言うと、彼女は返事の後に続けるように小さな声で言葉を零す。
だが、その声はあまりにも小さすぎてティーカップの男には聞き取ることができなかった。だからティーカップの男は首を傾げながら「ん? 何と言ったんだ?」と聞こうとした瞬間――
がしり!
「?」
右手首に感じる圧迫感。
弱くもなければ強くもない。普通の圧迫感。
「? ん? んん?」
ティーカップの男は笑みを浮かべたままその顔をセメントの様に固め、その笑みのまま錆びてしまった歯車を無理に動かし、『ギギギギギ』という音が出る様な動作でその感触を確かめるためにその視線を下に向ける。
下に向けながらティーカップの男は自分の心にどんどんと湧き上がるざわざわする感覚を感じ、その感覚が視線を下に向けていくと同時に大きくなるそれをとある感情であると気付くと同時に、圧迫感の正体に気付いた時――ティーカップの男の耳にとあることが入り込み、鼓膜を震わせた。
「聞いていなかったんですか? なら、もう一度言います」
笑みを浮かべたまま驚きの顔を浮かべ、そしてその顔から伝い落ちる発汗を拭うこともしないまま、ティーカップの男は耳を傾ける。傾けてしまう。
今現在――自分の右手首をがっしりと掴み、逃げないようにしているハンナのことを……、あたかもこの時を待っていたといわんばかりのぎこちない笑みを浮かべているハンナのことを見下ろして、ティーカップの男はハンナの言葉を聞く。
こいつ……、まさか……! そのために私に近付いて!
ハンナの策に気付くも時すでに遅し。そんな憎々しげの言葉を吐き吸た瞬間――ハンナは言う。
「私は、初めからあなたの交渉になんて応じていません。だって――そんなことをしなくても、こうすればみんなを傷つけることもないですから。それに……、あなたにとって、私は――」
――脅威だから。
そう言い放った瞬間だった。
ハンナは徐に握手をしていたその手をパッと放し、その右手をティーカップの男に向けて手をかざすように向ける。勿論――ティーカップの男手首を掴んでいる左手に力を入れ、逃がさないようにしながら、彼女は器用に右手をかざすと……、ティーカップの男に向けて彼女は放つ。
ティーカップの男にとって脅威でもあり、弱点でもある攻撃を!
「『大治癒』ッ!!」
◆ ◆
ハンナが己が持っているスキル――『大治癒』をティーカップの男に向けて放った。
その技は本来傷ついた人に対してかける回復のスキルであり、攻撃に対して使うスキルではない。
攻撃に対して使う行動など、初歩的なミスでもあり、大事なMPを無駄遣いにしてしまうケアレスミスと同じでもあった。
そんなケアレスミスを間近で見て、そしてなぜか回復スキルの中でも特にMPを削ってしまうスキルを放ったハンナのことを見ていたアキ達は、絶句から唖然の面持ちでその光景を見て、心の中で混乱の大絶叫を上げながらその光景を見ていた。
本当に――今までのシリアスが壊れてしまうような絶句と絶叫と思ってほしい。
それはデュランの手によって口を塞がれていた京平も同じであり、京平はその光景を見た瞬間心の中で……。
――なあああんで相手を回復させちゃうんだべぇええええええええええっっっ!?
と、半狂乱且つ半音高い声を心の中で上げながら、ハンナに向けて絶句のそれを浮かべるが、そんな彼等とは正反対に、デュランはその光景を見た瞬間、小さな声で呟く。
「そうか……、そう言うことか」
「?」
デュランが何を思い、そして何に対してそう言っているのかわからない。それを体現してくれた京平は驚きの顔のままデュランのことを見上げるが、デュランはその言葉を呟いた後、何の言葉も発しないままその光景を見るだけだった。
一体何がそう言うことなのか……。
そんな疑問を残したまま置いてけぼりになっている京平を無視して。
京平の疑問はエドも感じていたらしく、ハンナがなぜ回復のスキルをティーカップの男に向けて放ったのか……。意味が分からないまま小さな咳込みをしながら考えを巡らせていた。
――なんでハンナちゃんは相手を回復させているんだ……?
――しかも……ハンナちゃんが言っていた言葉、あれは一体……。
エドはそんな考えを巡らせながら再度ハンナとティーカップの男のことを見て、なぜハンナがあんなことをしたのか。そしてあの言葉には一体どんな意味があるのかと思いながら今起きている状況を見続ける。
何を考えているのかをはっきりさせるために――
ハンナのスキルが発動すると同時に、ティーカップの男を包むように噴き出す黄色い靄。
それは癒しの靄でもあり、その靄を見てティーカップの男は驚きの顔のまま辺りを見回している。
彼自身もみんなとは違うが驚きを隠せないのだろう。
ティーカップの男はその靄を見ながら一体何が起きているんだと黄色い靄を見つつ、そしてハンナのことを見ようとした――
その時だった。
「!? ………………………っ!?」
ティーカップの男の全身に急速に広がり始める痛み。その痛みによって反射的に食いしばる口からはトロリと零れていく己の生命のそれ。
まるで今までつけてきた傷が、古傷が開くような感覚がティーカップの男の全身を襲い、全身に広がった瞬間にその感覚が痛覚となって彼の脳に信号を送って送って送りまくる。
ジクジクジクジクジクジクッッ!
と、今までの痛みが甘いものであるかのように、全身に駆け巡る激痛がティーカップの男を襲うと同時に、ティーカップの男の目の前に広がった――
真っ赤な花吹雪。
それはティーカップの男の体から出ており、薔薇の花びら、チューリップの花びら、秋桜の花びら、彼岸花の花びらなど真っ赤でいくつものの花びらが彼の体から噴き出すように、彼の全身を、彼の視界を赤く染めていく。
はらり、はらりと舞う赤い花吹雪。
そのまま地面に落ちていくと、彼の足元を、ハンナの手を、服を、顔を赤く染めていき、クロゥディグルの背に真っ赤なそれを『バタタタタッッッ!』と残していくと、せき止めるそれを知らないのか、どんどんとティーカップの男の体から赤花吹雪が舞い落ちていく。
まるで美しく、残酷に見えるその光景を見ていた誰もが驚きと共に言葉を失い、その光景を見ることしかできないといわんばかりに舞い散る赤花吹雪の情景をその目に焼き付けていた。
口を塞がれている京平も、外でその光景を見ていたヘルナイトも、デュランも、その光景を見て言葉を失っていたが、その光景を至近距離で見ていたエドは顔に付着するそれに嫌悪感を出すこともなく、どころか何かに気付いたような目の見開きをして彼は言葉を零した。
「そうだ……。そう言うことか……! そうだった! なんでこんな簡単なことを忘れていたんだ……!」
こんな簡単な対処があったのに……! 忘れていた!
そうエドは言い、今まさに攻防を続けているハンナと自分の身に起きている出来事に頭の回転が追い付いていないティーカップの男のことを交互に見ながら、エドは手の中にある槍を強く握り、意を決するそれを浮かべる。
勝機はハンナが掴んでくれた。それを繋げるんだ。
おれ達が――
そう思いながら……。
エドは思い出したことを思い返すように、脳内でとあることを再生する。
その内容は――自分のことを無表情のそれで見ていたティーカップの男が自分に向けて言い放ったあの言葉を……。
この世界に三つしかない聖武器が一つの聖槍『ブリューナク』だ。この武器は確かに聖なる力を使うことができるレアな武器だ。聖なる力――つまりはこの武器の力の源は『光』属性。そう――悪魔族が最も嫌いとし、苦手とする属性。私はこう見えて悪魔族。すなわち私は『聖』属性、『光』属性が苦手。更には『回復』属性も苦手なんだ。
そう、ティーカップの男はご丁寧にも教えてくれた。
自分は『光』属性が苦手だ。
そして……『回復』属性が苦手だと、自分の口で教えてくれたのだ!
回復のスペシャリストでもあり、天族と言う種族でもあるが故MPの量が半端ないハンナに向けて、彼は自分の弱点を高らかに言い放ったせいで窮地に陥ってしまった。
軽くセキュリティが低い口のせいで彼は窮地に陥ってしまい、回復のスペシャリストのハンナの手によって瀕死に追い込まれてしまったということである。
闇は光を苦手とする。
それが体現された瞬間でもあった。




