PLAY98 八方塞がりの戦場②
ヘルナイトさんは言った。
任せてくれ。と……。
その言葉を聞いた瞬間、私はヘルナイトさんの行動を止めようと手を伸ばしてしまいそうになった。
無意識ではなく意図的に、意識して私はその手を伸ばして止めようとした。
なにせ――今の状況はまさに混沌。カオス。
シロナさんは善さんが傷つけられたことで怒りを露にし、その暴走を止めようとエドさん達が奮起をしているという状況。本来であればエドさんの言葉でなんとか怒りは収まると思っていた。実際アキにぃとシェーラちゃんはみんなの言葉を聞いて今の状況の中での乱闘と言う行動をやめてくれた。
けれど、シロナさんは違う。
シロナさんだけは完全に頭に血が上っていて、もしゃもしゃもそれを表している色と吹き出し具合でその怒りの度合いも分かってしまう。
今見ている限りでも、シロナさんの怒りの度合いはもう百を超えて百二十になるかもしれないというところ。
その光景を見てもなおヘルナイトさんは断言した。
任せてくれと。
その言葉を聞いて、一体何に対して任せてなのか。そして何か策があるのか……?
そんな疑念の言葉が頭の中を過りつつも、時間と言うものは残酷に進み……、この状況をどんどんと次のステップへと進めていく。
困惑している私を無視して、今度はヘルナイトさんと言うメインの人を前に出して――
「は?」
「任せるって……」
「何言っていやがるんだあいつ……」
ヘルナイトさんの言葉を聞いていた誰もが言葉を失うと同時に、目を点にして私の前に躍り出たヘルナイトさんのことを見ていた。
頭の上に『何を言っていやがるんだ』という……、そんな心の声が出てしまった半透明の言葉を浮かべながら……。
誰もが無言になりながらヘルナイトさんが放った言葉に対して驚いて唖然としていたけど、唯一言葉を放ったのはシロナさんとアキにぃ、そしてコウガさんの三人で、シロナさんに至っては自分の行動を妨害された……、あ、違う。これは阻害の方がいいのかな……。
わからないけど、それでもヘルナイトさんが言った言葉に対してみんながみんな困惑のそれや怒りのそれを浮かべながらヘルナイトさんのことを見ていた。
ヘルナイトさんが言った『任せてくれ』が、一体どんな理由で放たれた言葉なのか。そして、ヘルナイトさん自身その言葉を放った時一体どんなことを考えていたのか、理解できない状態で、私達はヘルナイトさんのことを見ようとしたけれど、その行動をしないで、むしろヘルナイトさんに対して敵意の様な視線を向け、一歩――質量がある一歩を踏み出したシロナさんが、ヘルナイトさんのことを見て……。
「お前……、邪魔すんじゃねぇ」
と、ドスの利いた音色でヘルナイトさんに言ってきたのだ。
今の今までドスの利いた音色を聞いてきた。
色んな人の音色を聞いてきたけど、シロナさんが放ったその言葉は今まで聞いてきた誰よりも怖く、その声と同時にシロナさんの顔を見た瞬間、私はびくっ! と肩を震わせてしまった。
肩を震わせた理由は簡単な話……怖いと思ってしまったから。
その恐怖は私だけではなく、馴染みのドスの利いた声を出すアキにぃや強気なシェーラちゃん、経験豊富な虎次郎さんや負けというものを知らない (と思う)キョウヤさんでさえも怖気付いて顔面蒼白になってしまうほどのシロナさんの怒り。
この場所に敵がいたとして、その敵がシロナさんに対して仇討をしようとした時その目を見てしまえば、仇名すことをやめてしまいそうな気持ちになるだろう。
そのくらいシロナさんの音色と顔は――畏怖そのものだった。
畏怖。
本当にその言葉が正しいような……、怖い顔。
シロナさんはそんな言葉をヘルナイトさんに向け、虎の五指を……、いいや、両手の十指の関節を耳を塞ぎたくなるほどべきべきと鳴らしながら一歩、質量がある歩みをゆっくりと動かしながらヘルナイトさんに近付いて行く。
「あ、シロナさん……っ! 待ってくだ」
私はそのまま近付いて、最悪味方同士の戦闘になりそうな空気を止めようと慌てながら声を掛けた瞬間――シロナさんは私のことを横目で『ぎろり』と睨みつけるように見た後、ヘルナイトさんにかけた時と同じ声で、私にも言葉を放った。
「黙ってろ非戦闘員っ」
「!」
突然のドスの利いた言葉を聞いて、私はシロナさんのことを見た瞬間、突風の如く私に襲い掛かる赤や黒、そして色んな感情と言う名の色が混ざりに混ざったもしゃもしゃ。
それを感じた私はシロナさんの言葉やドスの利いた音色にも恐怖を感じたけど、それと同時に……、いいや、それ以上に彼女のもしゃもしゃを感じて、私は委縮してしまった。
シロナさんのもしゃもしゃには色んなもしゃもしゃが含まれていたけど、その中でも特に目立っていたのが――赤黒いもしゃもしゃ。血みたいなもしゃもしゃ。
そう……、殺意と怒りのもしゃもしゃを感じて……。
シロナさんの感じたことがないもしゃもしゃを感じながら私は動けず、言葉も発せられないまま体を強張らせていると、シロナさんは私に向かって………、ううん。横目だけで私のことを睨みつけながらシロナさんは低い音色でこう言ったのだ。
「お前……、戦ってもねぇくせに、なに偉そうにしてんだよ……。戦って、傷ついて苦労している奴がそう言うならわかるけどな……。何の痛みも知らねえやつがいっちょ前にそんなわかり切ったことを言うんじゃねえ。イラつくんだよ」
「そ、それは……、すみません。私」
「それに……、アタシは今の今までイライラしていたんだよ。お前のその――はっきりしない態度に」
「え?」
シロナさんは言った。私に向かって、はっきりしないと。その態度が気に食わないと……、その言葉を聞いた瞬間私は驚きを隠せないまま、目を点にするような顔でシロナさんのことを見ると、シロナさんは自分の目を虎の目に変え、怒りを露にした面持ちで私のことを横目だけというそれで見ながら、続けてこう言ってきた。
「お前いつもそうだよな。自分は戦わないからって戦うアタシ達のことをただ見守ってはいお終いで、それでいて自分の意見を言わないで相手の意見に流される。考えなくても進むからって優柔不断のような態度。それがイラつくんだよ」
「………………………」
「都合が悪くなったら無言で、都合のいい時だけ口を開いて喋る。イライラする輩の典型的な態度で、イライラして仕方ねえんだよ」
「………………………」
「言いたいことも人が『こう言ったら怒るかもしれない』とか思って喋らねぇのもイラつくし、お前のような奴が戦いに関して、戦いを生業としている奴に、戦いで命を削っている奴のやり方に意見するんじゃねえ」
シロナさんは言った。
私のような存在が、私みたいなイライラする奴が口出しするなと。
イライラするから、何も言うな。戦いに口出しするなと――
その言葉を聞いた瞬間、私はシロナさんに対して反論をすることも、肯定もできないまま口をつぐんで、俯いて意気消沈してしまう。
と言うか……、正論のような言葉に、私は肯定をしてしまった。
シロナさんの言う通り――私は戦えない。でも、戦えないなりに精一杯できることがあると思ったから、私は非戦闘員なりに努力をしてきたつもりだったんだけど……、シロナさん的には所属上の私の行動がイラついたのではなく、私自身の性格が苛立つ原因になっていたことに、驚きを隠せなかった。
言われるまで気付かなかったけど、シロナさん的には私の性格が凄くイラついていたことに驚いたけど、シロナさんの言葉を聞いて、内心――『そうなのか?』と思ってしまう自分もいた。
いいや、これは、私の本心。
私自身が、そう思ってしまったのだ。
『そんなこと私はしたのか?』
と――
いいや、私自身もしかするとそんなことをして人の気持ちを逆なでしていたのかもしれない。でも、自分でも気付かないで相手にしてしまうことだって多々あるかもしれない。私自身そんな経験をしたことがなく、というか……、もしかすると、無意識に嫌なことから避けていたのかもしれない。
嫌なことが起きる前に、そうならないように誤魔化していたのかもしれない。
自分にとっての嫌なことから、逃げるために……。
………………………あれ?
今、私は何を考えていたの?
無意識に嫌なことから避けていたのかもしれない?
嫌なことが起きる前に、そうならないように誤魔化していたのかもしれない?
自分にとっての嫌なことから、逃げるために?
なんでこんなことを考えたのだろう。
何故この考えに至ったのだろう……。
まるで、前にもこんなことがあって、二度と苦しい思いをしたくないという教訓を得ての行動。
前にも体験したから絶対に二度目の過ちは犯さないという思考。
私は思った。
シロナさんの言葉を聞いて、自分でもまさかと思ってしまいそうになったけど、この思考になった瞬間、前にも体感したかのような苦しさに、そして二度と体験したくないという気持ちの表れを懐かしむように感じた瞬間、私は思ったのだ。
私はきっと、この体験を前にも体験している。
そして、その体験を教訓として認知していると。
記憶にない認知が示す真実――それはきっと……。
私が小さい時にそれが起きて、それはきっとトラウマになったからそうしないように心がけようとした。
と言うこと……。
その事実を知ると同時に、シロナさんの言葉を聞いた瞬間、私は思ってしまった。ううん……。この場合、私は思ったんだ。
私は、それから全然性格が変わっていないのだと。教訓を物にしていないのだと。そう思ってしまい、そしてシロナさんから見た私はそのくらい嫌な存在だったのか……。と、少なからずショックを受けてしまう。
まぁ……、それは自分のせいなんだけど、それでも私は前の自分ことを覚えていないにしても、全然変わっていないのだな……。と、自分でも自嘲気味に呆れてしまう。
そう思い、私はシロナさんに向けて顔を向け、そして謝ろうとした……。
瞬間――
「――謝るな。ハンナ」
「!」
突然、ヘルナイトさんが私の目の前で言葉を発した。
凛としているけど、張りがあり、どことなく怒っているようにも聞こえる様な音色で放ったヘルナイトさんは、どことなくもしゃもしゃも怒っているそれをもやもやと発生させている。
そのもしゃもしゃとヘルナイトさんの大きくて広い背中を見上げた私は、驚きながらもヘルナイトさんのことを細々と呼ぶと、ヘルナイトさんはそんな私に向けて、私のことを見ないで、真正面にいるエルフの人達に視線を向けながら言った。
私がよく聞く、凛とした音色で……。
「先ほど――君がしたことは悪い事なのか? 私からしてみれば……、いい事に見えないかもしれないが、悪い事にも見えない」
「………………………」
「理解ができないかもしれないが、今しがた君がしたことはみんながすること――当たり前なことだ。その当たり前なことに対して、謝ることはない」
そう……、私がしたことに対してそう言葉にしたヘルナイトさん。
さっき私がしたことは当たり前なことだ。だからそんなことで謝るな。
そう言い聞かせるように、ヘルナイトさんは言ってくれたことで、私は驚きつつもヘルナイトさんの背中を見つつ、そして周りにいるみんなのことを見ようと視線をアキにぃ達がいる方向に向けると……、アキにぃはシロナさんに向けて悪魔が見せる怒りの形相で銃を片手に振り回していたけど、その行動を止めるようにいつの間にかキョウヤさんがアキにぃの背後に回って羽交い絞めにしている。
いつの間に……。
そう思うと同時に――アキにぃ達の傍らではシェーラちゃん達がシロナさんに向かって何かを叫んでいた。
焦る様に、止める言葉をかけているような言葉を発しながら……。
その声は遠すぎて、今私がいる場所からはあまりにも聞き取れない距離だったのでそれを聞きとることは出来なかったけど、それでもみんなは今にも猛威を振るいそうな殺気に溢れているシロナさんのことを止めている。
対照的に――シロナさんはみんなにもその暴力を振るおうとしている光景に、善さんのことを介抱しているリカちゃんは傍らに移動してきたシリウスさんと一緒になってその光景を見ている。
最後に――私達の敵でもあるエルフの男クィンクと、黒いライオンは会話が終わるまでの間、構えを解かずにじっとその光景を見て微動だにしていなかった。
まるで……、悠長に観戦をしているかのような顔を見て、私は本当に余裕なんだな……。と思いながら見ていると、その光景を見ていたヘルナイトさんはクィンクに向けて――
「随分私達の流れに身を任せるな。自分の流れに乗ってもいいんじゃないのか?」
と聞くと、それを聞いたクィンクははっと見開く目と息を零すような声を零すと、ヘルナイトさんの言葉を聞いていた黒いライオンは『ぐあはははははっ!』と、犬歯を剥き出しにした歯が生えた口をお聞く開け、胸を張る様に天を仰ぎながら大きな声で笑うと、そのまま黒いライオンは言った。
私達のことを見ないで、私達に向けて――
『悠長なのは貴様達の方だろうっ!? 敵を前にして平然と仲間割れっ! なんとも滑稽に見えてな、その滑稽な寸劇がいつまで続くのかを見収めようと思っていただけだっ! なぁ? クィンク!』
と豪語するように言うと、その言葉を聞いていたクィンクは呆れるように溜息を零しながら小さな声で「俺に振るな。馬鹿猫」と言っていたけど、その言葉に対して黒いライオンは聞いたにも関わらず聞く耳を持たない――なんとも自己中心的な面持ちで私達のことを見て、そしてクィンクの肩に獣の手を『ぼすんっ』と置きながら……黒いライオンは言った。
鋭い犬歯を剥き出しにした邪悪な笑みを浮かべて……、言う。
『しかし、俺自身そこにいる白虎の子猫が言っていることは一理あると思う。正論と称賛したいくらいの正論だ。天晴だと言いたい』
「っ」
「なぜだ?」
『なぜ? 当たり前だ』
黒いライオンの言葉を聞くと同時に、私は白虎の子猫――それがシロナさんであると知ると同時に不意を突かれたような気持ちと先ほどの申し訳なさが逆流するような気持ちに駆られると、その言葉を聞いていたヘルナイトさんは真剣で、少し低い音色で黒いライオンに聞くと、黒いライオンは言葉通りの当たり前と言わんばかりの音色と面持ちで続けてこう言った。
『そこにいる天族の小娘は――回復以外何もできん存在。それすなわち戦闘では何の意味も持てん存在であり、戦場に於いてその者こそが本当のお荷物だからだ。戦闘に於いて戦いはまさにその者の生き様を描く軍記物語。その軍記物語はその者の戦うさま、その者がいかに戦場に於いて主に対して貢献したのかがすべてなのだ。軍記に於いて戦いとは――人生なのだ。その戦いは血を流すことがすべて。殺すことこそがすべて。死ぬことこそがすべての人生の物語なのだ。その物語に於いて傷を癒す者の物語などないであろう? 軍記物語に於いて衛生士の物語があると思うか? ほとんどが戦う輩を主人公にしたものばかり。主役として描かれない存在こそが衛生士、つまりは回復を担う者であり、回復しかできん存在の言うことは小心の心を持つ者の戯言にすぎん』
つまり――衛生の心得を持つ者は皆弱い。
と言った瞬間、その言葉を聞いていた私やヘルナイトさんは、黒いライオンの言葉に耳を傾けながらも、正論に聞こえるけど、そんなの間違えているようにも聞こえる言葉を聞いて、いつか反論をしようと待っていたのだけど、黒いライオンは最後の言葉を言いかけた瞬間……。
「『轟獣王』」
『!』
黒いライオンの言葉を遮る様にクィンクは言う。
さっきとは違う……、低い音色で黒いライオンのことを見上げると、その顔を見た瞬間、黒いライオンの余裕で自信たっぷりの顔が一瞬で焼失した。
その顔に浮かぶ――異常な恐怖を私達に見せるけど、その顔も一瞬で消え去り、それと同時に黒いライオンはクィンクに向けて困ったような顔をして……『いや……、言い過ぎた。いや、お前の主のことを言っているわけではないんだ。喩話だろう。な? ははは』と、強張る笑顔で豪快とは程遠いその笑いを浮かべて言うと、その言葉を聞いていたクィンクは、再度呆れの溜息を吐くと、一言こう言った。
「気を付けてくれ。言い方次第では、お前のことも殺してしまうかもしれない」
なんとも、悍ましい一言を放った瞬間、その言葉を聞いた黒いライオンは大袈裟に肩を震わせ、クィンクのことを見降ろして『あ、あぁ……、わかった。善処する』と言う。
その光景をを見るからに、主従と言う関係は崩れていないように見えるけど、それと同時に私は見てしまった。もしゃもしゃをーー見てしまった。
クィンクは黒いライオンが最後にはなった言葉――『つまり――衛生の心得を持つ者は皆弱い』に対してすごい嫌悪感のもしゃもしゃを出していた。
なんですごい嫌悪感を出したのかはわからない。彼のことを知らないからわからないけど、ヘルナイトさんはそれを聞いた瞬間、ふっと胸をなでおろすような微笑みの声を零すと同時に、クィンクのことを見て言葉をクィンクに向けて落とした。
「なるほどな……。お前は違う思考なのか。お前の従順な影とは違い、お前はそう言った思考なのだな」
「!」
ヘルナイトさんの言葉を聞いたクィンクは驚きの顔を浮かべながらヘルナイトさんのことを見て、そして驚きの顔をしたまま気が動転しているかのような目で無言を徹すると、その顔を見て、雰囲気を察したヘルナイトさんはクィンクに向けて続けてこう言った。
「いや――ただそれを聞いて弱みを握ったなどとは思っていない。ただ、そのような思考を持っているというだけで驚くと同時に、安心したというだけだ」
「? どういうことだ?」
ヘルナイトさんの言葉を聞いてクィンクは首を傾げながら聞く。
そんなクィンクに対しての質問は私も同じで、なぜそう思ったのだろう。何故安心をしたのだろうと思っていると……、ヘルナイトさんは徐に背後に右手を伸ばし、私のことを見ないで私に向けて手を伸ばすと――そのままヘルナイトさんは私の頭にその大きくて温かい手をぽふりと乗せた。
「!」
その大きな手の重みを感じた私は驚きつつもヘルナイトさんの手のぬくもりを感じて、そしてヘルナイトさんのことを見上げると、ヘルナイトさんは私のことを見ないで、そして私に向けて言ったのだ。
ゆるゆると――優しく頭を撫でながら、ヘルナイトさんは言った。
「大丈夫だ。私に任せろ」
その言葉を聞いた瞬間、なぜなのかはわからない。
でも、ヘルナイトさんは私に魔法をかけるように……、実際は魔法をかけていないんだけど、そんな感覚に陥ってしまったかのような感覚になった瞬間、私はヘルナイトさんのことを見上げて、ヘルナイトさんの言葉を信じるように、こくりと頷いてしまった。
シロナさんや黒いライオンの唇裂な言葉を無視するように、私は言われるがままに頷いてしまったけど、その頷きを感じたヘルナイトさんは、すぐに「よし」と言い、そのまま私の頭から手を放し――私の頭を撫でていた手を背中に持っていき、そのまま背中に差し入れていた大剣の柄に伸ばして……。
がしっと掴んだ瞬間――ヘルナイトさんはそれを勢いよく引き抜く。
いつものように片手でそれを持って、いつものようにその大きな背中を、私に見せながら――ヘルナイトさんはその矛先を本気を出したと思い込んでいるクィンクと黒いライオンに突き刺すように向けると、ヘルナイトさんは言った。
いつものように、凛とした音色で――彼は言う。
「長いこと待たせてしまった。それでは――始めようか」
貴様達が言う……、戦いがすべての軍記物語の寸劇を。
そうヘルナイトさんが言った瞬間……、クィンク達に向けていたその矛先をなぜか徐に下ろし、下ろした瞬間……、ヘルナイトさんは動いた。
クィンクに向かってではなく――ヘルナイトさんから見て左。つまり……。
クロゥさんの背中から飛び降りるように、そのまま危ない樹海――『飢餓樹海』の中に入り込むように勢いをつけた走りで、動く。
「っ!? え……!? ヘルナイトさんっ!?」
その光景を見た瞬間、私は驚きながら声を零したけどヘルナイトさんは止まらない。
私の声を聞いたみんなもヘルナイトさんの行動を見て驚きを隠せず、『うぇっ!?』と言う声を話しを合わせていたかのような音色で声を揃えて言うけれどヘルナイトさんは止まらない。
シロナさんの驚愕の顔を見ないで、クィンク達の驚きの顔を見ないで、デュランさんの静止の声にも耳を傾けないままクロゥさんの焦りの静止の声を聞かないで――
ヘルナイトさんはそのまま……最も危ない樹海――『飢餓樹海』に向かって……。
だんっっっ!
と、飛び出した!




