PLAY97 アサシン・エルフ⑤
今私達の目の前に現れ、私達に向けて奇襲を仕掛けてきたその人……。
銀色に近いようなぼさぼさでごわごわしているような肩より少し長い髪、前髪もぼさぼさだけど、長い耳を出し、目に当たるところをしっかりと避けていて、その避けたところから四白眼の目が私達のことを捉えている。黒い服装も実はただの衣服ではなく、黒い薄手のコートのような物だったことに今気付き、その下には灰色の七分パンツのようなものを履いて、足は裸足で、踵と指のところが穴あけのようになっているソックスを履いている細身でアキにぃ程の身長がありそうなその人は、私達に向けて己の武器でもある拳を突き付けている。
明らかなる敵意と殺意を私達に向けて――だ。
その光景を見た人ならばその敵意と殺意を感じてしまえば委縮してしまい、その殺意に当てられて体が固まってしまうだろう。
いうなれば強張り。その強張りのまま足を震わせてしまう。
そうなってしまうと思っていた誰もがその委縮を、その恐怖が一瞬吹き飛ばされてしまうような衝撃の光景を目にしてしまい、私達………と言うか、ヘルナイトさんとデュランさん、シリウスさん以外の私達はその人のことを見て言葉を失った。
一瞬だけど言葉を失った。
なにせ――その人の右手首につけられているそれを……、私達と同じ浮彫の命をつけているその人のことを見て、私は言葉を零してしまう。
あまりの衝撃とこの場所にいたのかという驚き、更になぜこんなところに、たった一人でいるのかという驚きも兼ねて私は震える声で零す。
「あなた……、まさか――プレイヤー………ッ!?」
私がその言葉を零した時、私達の目の前で構えをとっているその人はぴくりと眉を動かし、顔を顰めるようなそれを微かに見せる。
微かと言うか、本当に一瞬の出来事で、顰めたのかも一瞬の出来事だったのでよく見れなかった。でも顰めたに違いない。
だって――もしゃもしゃに僅かな揺れが生じていたから。
もしゃもしゃの揺れ。
それが指すことは――動揺したという証拠。
その動揺を感じた私は今目の前にいる人が私達の言葉を聞いて驚いた事、そして彼も気付いていなかったということになる。
私達が冒険者。つまりはこの世界の人間ではないということに。
「ぐっ! ごふっ!」
「!」
そんなことを思っていたと同時に、クロゥさんの何かを吐き出すような苦しそうな声が私の耳に入り、それと同時に私ははっと声を零すと同時にクロゥさんの首があるであろうその場所――奇襲を仕掛けてきたその人越しに見えるクロゥさんのことを見た。
みんなはみんなで転んでしまったつーちゃんやコウガさんのことを抱えて立ち上がったりしていたのでクロゥさんの方にまで目が回らないみたいで、私はクロゥさんの声が聞こえた方向に目をやった。
クロゥさんは今まさに身を粉にしているという言葉が正しいような必死の形相で、急かしなく翼を動かし、その浮遊を必死な顔で維持しながらクロゥさんは飛んでいた。
口からそれを吐きだし、背中にいる私達のことを道ずれにしないように落ちることを阻止していた。
そう――クロゥさんは今まさに満身創痍。
誰かの攻撃を……、と言っても、今この状況を見てしまえば誰でも察してしまうであろう。そう――クロゥさんに対して深手を負わせたのは、今私達に対して拳を向けている人で、その人の攻撃を受けてしまったせいでクロゥさんは重傷なのだ。
口からそれを吐くほど、そしてその攻撃を二度受け、且つその攻撃のせいで意識が飛ぶそれを堪えながらクロゥさんは必死に飛んでいる。
ばさり……! ばさり……! と、不規則な羽ばたかせをしながら――
私はそれを見て、さっきしようとしていたことなんだけど奇襲を仕掛けてきた人のせいでできなかったそれをもう一度しようと、いつの間にか地に足をつけているヘルナイトさんの腕の中で、私はクロゥさんに向けて手を伸ばし、かざすようにその掌を向けると、私は叫ぶ。
「『大治癒』ッ!」
その言葉を、そのスキルを放つと同時に、クロゥさんの体の周りを取り囲むように出てきた黄色い光靄。その靄はどんどんとクロゥさんのことを覆い、そしてみんなの足元に纏わりつくようにフワフワと胞子のように舞う。
「っ! お……、おぉ………」
黄色い靄――『回復』スキル『大治癒』の効力を、癒しの力をその身で受けたクロゥさんは、驚きの声を零すと同時に自分の体を見て、竜の両手を左右の目で見つめて確認をする。
どんどんと癒えていく傷を見て、クロゥさんはすぐに私に向けて視線を向けると、私に向けて「すみませんっ! 助かりました!」と、焦りと感謝が含まれた言葉と想いを私に向けて言ってきたので、私はそれを聞いてかぶりを振りながら「お礼は後でで――今は」と言いかけた。その瞬間――
「ハンナ、アキ――すまないっ!」
「? わっ!」
「ぎゃっ!」
突然、背後からヘルナイトさんの声が聞こえ、その声を聞いた瞬間私達は突然背後からぐぃっと引っ張られるような感覚に襲われた。首根っこ……の服を掴まれ、そのまま後ろに放り投げられるような感覚を味わったけど、そんなに危なっかしいものではなかった。ただ後ろに放り投げられた瞬間そのまま私は後転をするように『ころり』と転がってしまっただけ。
アキにぃはそのまま顔から地面にダイブしたけど、私は御年十七歳になって突然後転をしたせいで驚きもあったけど、久し振りのせいで頭を打ち、そして斜めに倒れてしまったせいで体に微痛が走った。
ごつんっと、体が硬いせいでの結果なのかもしれないけど、それでも頭が鱗がついたクロゥさんの背中に当たってしまったせいで、床ほどの痛みはなくとも、鱗が突き刺さってしまったせいで僅かな痛みが私の頭と体を襲ったのだ。
「いたた……」
痛みが私のことを襲ったけど、そんなに激痛でもない。そして動けないほどの痛みでもなかったので、私はその気持ちを口にすると同時にその場で横になった状態から起き上がろうとクロゥさんの背中に手を付けて、鱗でごつごつしたその場所を触りながら起き上がった時……それは起きた。
――ごぉんっっ!
「っ!?」
突然私の耳に入ってきた鈍く聞こえたけど、それでも大きく、周りに響き渡る様な音。そして衝撃。
それを聞いて、感じた私はすぐに音がした方向に首を向け、立つことも忘れてしまったその顔でその方向に目をやると、私は息を呑んでしまいそうな顔でその光景を目に焼き付ける。足を揃えたまま座り込んでしまった状態で、私は私の目の前で、先ほどまでその場所にいた私の場所を、ヘルナイトさんのことを見た瞬間、私は目を見開いた。
まさに今私の目の前で――ヘルナイトさんに向けて黒い衣服を着たエルフの人は攻撃を仕掛けていたのだから。
ヘルナイトさんに向けて、足の薙ぎを加えた蹴り――つまりは即答をヘルナイトさんの右脇腹に向けて放っていたのだから。
「――ヘルナイトさんっ!」
「――大丈夫だ、すぐに終わる! そこにいてくれっ!」
私は声を荒げてヘルナイトさんの名を呼ぶ。でもその声に重なる様に、ヘルナイトさんの大きな声が響いた。
何故なのかわからないけど、ヘルナイトさんはその言葉を呼ぶと同時に男の右手をがしりとヘルナイトさんは右手で掴み、その行動に次の一手をくらわそうとしたのか、男は右脇腹を打ち込んできた左足とは違う右足の膝の蹴り、つまりは膝蹴りを繰り出すけど、それをヘルナイトさんは難なく左手でがしりと掴んで阻止をする。
「! …………っ!」
ヘルナイトさんの突然の阻止に驚きを隠せない様子の (顔は変わっていないけど、もしゃもしゃがそれを伝えてくれた)エルフの男は、驚きながら阻止されてしまった右手、右足。そして攻撃をしている最中の左足を四白眼の目でぎょろりぎょろりと急かしなく眼球を動かし、そして見て確認をすると同時に、男はすぐに残る動ける箇所――左手を手刀の貫手のように構えると、その貫手を高速でヘルナイトさんの首元に突き刺す勢いで仕向ける。
「っ! へ、るな……っ! あぶな……っ!」
その光景を見た瞬間、私は悲鳴を上げそうになる気持ちに連動されてか、悲鳴を小さく上げると同時に口元に手をやり、その光景を見なければいいのに見てしまい、震える声でヘルナイトさんの名を呼ぼうとした。
その時だった――
「――すまない!」
ヘルナイトさんの凛としている声が響くと同時に、ヘルナイトさんは男の右手を掴んでいる手を徐に動かし始める。
自分の右手を元の位置に戻すようにぐぅんっと引っ張り、その引っ張りに驚きのそれを浮かべると男の手は掴んでいるヘルナイトさんの手と一緒に同じ方向に向かってしまう。
手を掴んでいるのでまるで一緒に踊っているようにも見えてしまいそうだけど、今の状況であればそんなことを言ってしまったら絶対にコウガさんかキョウヤさんに怒られてしまう。
それに、ヘルナイトさんは男の手を掴んだ状態で右手を動かしているのだ。踊っていない。踊っていない状態でヘルナイトさんは、男の手を掴んだままその手を自分の元の手の位置の場所に向けて引っ張ると男は何かに気付いたのかはっと息を呑んだけど……、それも遅い結果となってしまう。
それと同時に、私はヘルナイトさんが言っていた言葉――『すまない』の本当の意味を知ることになる。
突然エルフの男の手を掴んだ状態で引っ張ったヘルナイトさんは、今まさに自分の首元に向けて貫手を繰り出そうとしているその手に向けて、腕に向けて――ヘルナイトさんは肘の攻撃を繰り出したのだ。
どぉんっ! という衝撃音と同時に響くエルフの男の腕から罅割れるような音。そしてその肘の攻撃と同時にヘルナイトさんは掴んでいたエルフの男の手にも力を入れ――いつの間にかだろうか、掴んでいる位置を手首に移動させて、ヘルナイトさんはその手に力を入れたのだ。
ぐっと力を入れると同時に、その腕の中から軋むような音が響き、その音と衝撃を受けたエルフの男はぐっと顔をしかめ、そして小さな舌打ちを零す。
その光景を見て、私は驚きの顔を浮かべ、そしてみんなもそれを見ながらヘルナイトさんの捌き具合に驚きを隠せないまま茫然とする。
なにせ、一瞬の内に相手を拘束して、しかも武器でもある両手を使えなくしてしまった。
たった数分の間……、じゃない。下手をすればカップラーメンを作り終える前に終わってしまっているような時間。
それを見て、驚きのままつーちゃんは呆けた声で「すげぇ……」と零した瞬間、ヘルナイトさんは次の言葉をとある人物に投げ掛ける。
ちょうど――ヘルナイトさんの真横にいるその人物に向けて。
「シェーラッ! 頼むっ!」
「! え、ええっ!」
そんなヘルナイトさんの声で意識を現実に引き戻したのか、私と同じように驚いてしまっていたシェーラちゃんがはっと息を呑むと同時に手に持っていたレイピアを大きく振るい、その振るいの瞬間にシェーラちゃんの剣の形が変化する。
バキッ! という音を立てると同時に、今までレイピアだったそれが長い長い銀色の、刃物の鞭となって、その鞭を振るうと同時に、シェーラちゃんはその矛先をヘルナイトさんとヘルナイトさんの前にいる男に向けて、彼女は叫ぶ。
どんっ! とクロゥさんの背中を地面として見立てると、その場で跳躍と同時に剣を振り上げて、勢いをつけるために上に向けた後で――シェーラちゃんはエルフのその人を睨みつけながら叫んだ。
「ヘルナイトナイスッ! そして……、くらいなさい――襲撃者っ!」
そう叫ぶと同時に、シェーラちゃんは思いっきりと言っても過言ではないほどの勢いのある振るいで鞭になった剣をしならせる。
――ひゅるんっ! と言う音が空間内に響くと、その音を聞いていたエルフの人はすぐにその場所から離れようとヘルナイトさんの右脇腹に攻撃を仕掛けた足を離して逃げようと試みていたが、それも虚しい結果となってその人に降り注いだ。
不運として――
――ばぁんっっ!
――べちゃっ!
男がその足を離そうとした瞬間――その箇所に向けてアキにぃが拳銃で発砲をし、その発砲した銃が男の足に当たる瞬間、突然それはエルフの男の前で弾け飛び、弾丸の中に入っていたのかわからないけど、それでも弾丸が弾け飛んだ瞬間その中から白くてどろどろとした粘着性のある物が彼の足とヘルナイトさんの脇腹をねとねとと汚していく。
「――っ!?」
エルフの男の人は驚きの顔を目で表し、そして変な音がしたその箇所に目を落として男は驚きの声を上げる。あ、厳密には声は上げていない。上げたのは驚きのそれだけで、声は放っていない。
声のような唸りを上げたエルフの男の人は足に付着したねとねととしている粘着性のそれを見て、なんとかはがそうと奮起をしようとしていたけど、その行動をしている間にもシェーラちゃんの剣の鞭の薙ぎがどんどんとエルフの人を切り裂くように襲い掛かっている。
はたから見れば一刻の猶予も許されない状態の中――私達からしてみればこれで決着のようなそれを醸し出し、私はそれを見て内心――シェーラちゃんの容赦のなさが逆に怖いと思って心の中でぶるりと震わせてそれを見ていた。
エルフの男の足にくっついたねとねとした粘着性のそれを見て、キョウヤさんはようやく翼から手を離し、デュランさんと一緒に立ち上がりながらキョウヤさんはアキにぃに向けてアキにぃの名を呼ぶ。
驚きとナイスアシストと言わんばかりの顔で、喜びと安堵が混ざったその顔で、キョウヤさんはアキにぃに向けて言葉のないお礼を述べると、アキにぃはそれを聞いて、拳銃を格好良く自分の頭の横で掲げるようにして上げ、そしてその銃口から出ている煙を消すために銃口に唇を近付けると、アキにぃは銃口の近くでふぅ……、と息を吹きかけ、そして一言……。
「久し振りの登場スキル――『トラップショット』。俺もたまーには役に立たないとね」
と、なんとも決め台詞を吐いたような言葉を吐いて、アキにぃはまんざらでもないような満足感を顔に出して言う。
そんなアキにぃを見て、キョウヤさんは呆れたような顔をしていたけど張りのある声で「めちゃくちゃお礼言いたくねぇ顔だなっ!」と突っ込みを入れていたけど、正直きっとアキにぃに感謝をしているのだろう。『お礼言いたくねぇ顔』と言っていたところから見て、最初はお礼を言おうとしていたのだろう。
なんとも二人らしい会話が繰り広げられ、その最中にシェーラちゃんの剣の鞭がどんどんとエルフの男に向かって振り落とされていく光景を目にした私は、内心拭えない何かに囚われた状態になりながらも目の前に広がる光景を真っ直ぐ見つめる。
拭えない何か。
それが一体何なのかわからない。
でも、アキにぃのスキルでもある『トラップショット』のお陰でエルフの人が逃げるということはないと誰もが確信を抱いていた。ヘルナイトさんのおかげで攻撃ができないことも理解できた。
けれど……、私だけは違った。
それが、拭えない何かになり、私に胸に、心臓にざわつきを与えていくのだ。
ざわざわと、落ち着いた様子の無い感覚。なんだか怖いものを見て自分まで怖くなってしまったかのような、そんな感覚。
その感覚を感じ取った後、私はもう至近距離まで近づいているシェーラちゃんの剣の鞭を見て、その鞭がどんどんとヘルナイトさんの脇腹に向けて蹴りを入れたエルフの男の足を切り落とさんばかりに振り下ろされているその光景を見つめる。
どんどんと――スローモーションの如くシェーラちゃんの剣の鞭がしなりを利かせ、粘着性が強いトリモチによって動けなくなってしまったエルフの男に向かって接近していく。
一瞬、遅くなったその光景を見て、私の目がおかしくなってしまったのかと思ってしまったけど、そうではないと思いたかったのだろうか。今になってして見ればなぜ時間が遅く感じたのか。そしてなぜスローモーションのように感じたのか、もうわからない。
ただ――分かることはある。
分かること……。それは――
そう思った瞬間だった。
シェーラちゃんの剣の鞭がエルフの男に向かって振り下ろされ、あと少しで当たるというところで、男は徐に左手を上げてその剣の鞭を勢いよく掴んだのだ。
――がしぃ! と、振り下ろされた木刀をその手で掴むように、かっしりと逃げないように掴んだのだ。
「っ!? ちょ……っ!」
突然掴んできたことに驚きを見せるシェーラちゃん。跳躍をしていたその体制もどんどんと重力に従って落ちていき、掴まれた瞬間にはクロゥさんの背に着地をしていた。
すたり。となるべくクロゥさんの背に支障が出ないように着地をすると。シェーラちゃんは今まさに己の剣を手で、しかも素手で掴んでいるエルフの人を焦りを含んだ目で睨みつける。
ヘルナイトさんも驚いた面持ちでエルフの男のことを見降ろし、言葉を失いながらも拘束に勤しんでいる。
きっと、この場にいるみんなも驚いているに違いない。
なにせ――ヘルナイトさんの攻撃で、男の両の手は使えなくなった。部位破壊されたのだから、もう使えないと思っていた。誰もがそう思っていたのに、結果として――男の左手は折れていなかった。その折れていない手でシェーラちゃんの剣を掴んだのだ。
驚き以外の感情など、この場所には存在しない。そんな状況だった。
男の手からは微量で真っ赤なそれが流れ、その流れに従いつつも当たらにできた道を見つけたのか――シェーラちゃんの剣を伝い、そのままシェーラちゃんの剣の鍔に到達すると、その場所を終着点にしてエルフの人の真っ赤なそれは少しずつ、本当にスポイトで採取して、それを慎重に落とすかのように、少しずつ、本当に少しずつ伝い落ちていく。
ぽた……。ぽた……。
不規則でもあり、規則的にそれが落ちていく様子を見て、私はシェーラちゃんと同じように唖然と驚愕が重なった顔でエルフの男が掴んだその手を見て、こう思ってしまう。
――あの人、躊躇いもなく剣を握った……。
――普通なら、斬られたくないから、傷つきたくないから、痛い想いをしたくないから避けて攻撃を避けるはずなのに……、あの人は何のためらいもなくと言うか……、何の躊躇もなく握った。
――手から血を流しているのに……、痛い顔を浮かべないで、痛いっていうもしゃもしゃを出さないで、あの人はシェーラちゃんの武器を掴んで、あろうことか…………!
と思った瞬間だった。そう私が思った瞬間、私の思考を読んでいたかのように、お望みどおりにそうしてやるといわんばかりにその人はシェーラちゃんの武器でもある剣の鞭を掴んでいる手に力を入れ、そのまま自分の方に引き寄せるように引っ張りだしたのだ。
まるで――綱引きのように、片手だけの力で、だ。
「っ!? ちょっと……っ! まさか、武器を奪うつもり……っ!? う、くぅ……っ!」
「あ! シェーラのお姉ちゃんっ!」
「にゃぎぇぎぇぎぇぎぇ…………っ! しぇ、シェーラしゃん……っ!」
突然の引き寄せ…………、ううん、突然の綱引き合戦に驚いたシェーラちゃんはびっくりする様な素っ頓狂な声を零すと同時に即座に引っ張られていく剣の柄を掴む力を入れ、もう片方の手も使って自分の剣が引き込まれないように、奪われないように必死の形相で踏ん張る。
その光景を見て、リカちゃんとむぃちゃんも大慌てでシェーラちゃんの元に駆け寄り、そしてそのまま彼女の腰に腕を回してシェーラちゃんと一緒に踏ん張る。
でも……、細身であろうと男と女。しかも見るからに大人とまだ大人ではない女性の力の差は歴然。この世界のシステムにも反映されていることもあり、力が及ばないシェーラちゃんはどんどんとその人の引く力に引き寄せられていく。
シェーラちゃんは両手で、しかも足場のクロゥさんの硬い鱗をつっかえのように使っているにも関わらず、それでも男はありえない力で剣を引っ張ろうとする。しかもリカちゃんとむぃちゃんと言う体重の重みがあるというのに、それをものともしない力で引っ張っていくエルフの男。
「っ! なんだと…………っ!?」
その光景を見ていたヘルナイトさんの顔にも焦りが浮かび上がっていく。きっとそれは、腕を部位破壊したと思っていたのに、それができていなかったという驚きと片手だけでこの力であることに驚いているのだろう。きっと……、魔王族にも早々そんな人はいないということなのかもしれないけど、ヘルナイトさんは早々慌てるようなことはない。
だからこそ――危ないんだ。
今まさにシェーラちゃんの剣を引っ張っているこの人は、危ないんだ。
そう思った私は今まで座り込んでしまっているその体制から何とか立ち上がり、膝に手を付きながらも私はしっかりとエルフの男に視線を向け、そのまま手をかざす。
そして、反撃のそれを切り出そうとした瞬間、即座に『盾』スキルの最強スキル――『強固盾』を出す態勢になって、私はぐっと口腔内で、唇を閉じたまま歯を食いしばる。
このまま見ているだけなんてことはしたくない。私だって、みんなの役に立ちたい。
回復以外の、ほんの少しのサポートでも、私は、みんなの役に立ちたい。
今まで秘めていたそれを発揮する時だ。
そう思った私はみんなのために、これ以上の被害を出さないために手をかざし、その時を待った。今目の前でシェーラちゃんの剣を奪おうとしているその人の攻撃を止めるために。
でも――そんなことを考えていたまさに、その時だった。
エルフの人はシェーラちゃんの剣をぐいぐいと引っ張りながら、無言で無表情の顔で奪おうとしている。すごく無表情だから余計に怖いと思ってしまうのは仕方がないのかもしれない。
それでもエルフの人は自分の得物でもある剣を奪われないように必死になって綱引きをしているシェーラちゃんのことを見たまま、何の感情も何の起伏も見せない。
まるで――この状況に対して何の感情も抱いていないような。そんなそれを感じていた瞬間だった。男は徐に掴んで引っ張っていたその手を――パッと放したのだ。
今まで引っ張っていたのに、それを簡単に手放して……。
「っ?」
「ふえ?」
「ほぁ?」
突然の手放しに驚きを浮かべるシェーラちゃん、リカちゃん、そしてむぃちゃんに――その光景を見ていたエドさん達やアキにぃ、キョウヤさん、デュランさんも、その光景を見て呆気に取られていた。
私もその一人で、心の中で――え? 手を放した? なんで? という思考が頭の中を支配し、そしてエルフの男が何をしたいのか全く理解できなかったから、私も混乱をしてしまっていたけど……、その混乱もすぐに解消されるなど、その時の私には知る由もなかった。
と言うか……、エルフの男の人の行動を見て、そんな混乱もすぐに消え去った。の方がいいのかな……。
エルフの男の人は確かにシェーラちゃんの剣の先から手を放した。けどそのあとすぐにシェーラちゃんの剣の先をがっしりと掴み、ナイフを逆手で持つようにがっしりと掴んだ瞬間――男の人は、その剣を突き刺すようにとあるところに向けた。
ヘルナイトさんの右脇腹…………ではなく、そのまま自分の足に、トリモチがついているその足に、その剣を深く突き刺したのだ。
――どしゅっっ!
という痛々しい音を立てて、ばたたっ! と、クロゥさんの背に飛び散るエルフの人の赤い源水。
それが辺りに飛び散り、そして周りからの絶句や悲鳴を聞くことなく、ヘルナイトさんの驚きを無視して、その人は何の躊躇いもなく、何の躊躇もなく自分の足を傷つけていく。
どんどんと、クロゥさんの背に飛び、汚していくそれを無視して、男はどんどんとその行為を続ける。
その音を聞いてリカちゃんやむぃちゃんの耳を塞いでいるシェーラちゃんも、自分の剣を取り戻すという思考が消えている。そのくらいエルフの男がした行動は異常でもあり、そして――怖いものであった。
その怖い光景も時間が経つにつれて消えるもの。
エルフの男はようやくシェーラちゃんの剣を使うことも無くなったのか、シェーラちゃんの剣を捨てると同時に左足だったそれも捨て――そのまま反対の足でヘルナイトさんの胴に向けて蹴りを入れ、素早い動きでヘルナイトさんから離れていく。
ヘルナイトさんの胴を壁として、後ろに跳びながらその人は無くなってしまった足を無視して距離をとって行く。
その最中――その人は懐から黄色い液体が入った小瓶を取り出し、それのコルクを片手で取るとすぐにそれを口の中に滑り込ませて一気飲みをする。
ゴクンッ。その音が私の耳に入った瞬間、男が壊した足は一瞬のうちに黒い靄となって消え去ると同時に、男が斬った足は一瞬のうちに元通りの素足となって戻ってきたのだ。
まるで――しょーちゃんの手足の再生のように、私がよくする『部位修復』のように、その足は綺麗な状態で生えて戻ってきた。
まるで魔法……、と言うか、この世界は元々ファンタジーの世界だからその例えもおかしいけど、その光景を見ていた私達にとってすれば魔法のようなものなんだけど……、それ以上に、私は少し距離をとった位置で着地をして、再度構えをとっているその人のことを見て、こう思った。
この人は、悪魔族でもないのに、何の躊躇いもなく自分の体を傷つけた。
痛いかもしれないのに、それでも何の躊躇いもなく自分の体を傷つけた。しかも……、部位破壊をするくらい。だ。
「あいつ……、やっべえんじゃねえか?」
そんな光景を見ていた京平さんは小さい声だけど、震えているせいでそんなに小さくもない大きな声でコウガさんの肩を担いでいるエドさんに向かって言うと、それを聞いたエドさんは頷きながら「ああ」と言い、神妙で、暗い顔をしながらエドさんは言った。
もしゃもしゃでもわかるけど、これだと顔を見ただけですぐに分かる……。
――やばい。
そんな顔をしながらエドさんはエルフの人のことを見てこう言った。
「あの人……、『ロスト・ペイン』を発症していない。ちゃんとした痛覚があるにも関わらず、賭けをしたわけでもないのに、あんなことを平気で行った。異常な思考回路ではなさそうだけど、あの人は――危険だ」
戦闘面でも、精神面でも……。
エドさんの言葉を聞いてか、エドさんの言葉が放たれた瞬間からか……、辺りの空気が一気に重くなり、びりりっと張り詰める様な感覚になる。まるでこの空間だけが別の空間のような感覚。
その感覚を感じながら、私は未だに構えをとって私達のことを警戒しているエルフの人のことを見る。
エルフの人は鋭い四白眼で私達のことを見て、構えをとりながら距離をとっている。その光景はまさに拳法家。
モンクかスレイヤーを思わせる姿なんだけど、それよりもエルフの人の行動を見てしまった私はその人のことを見て思ってしまったのだ。
エドさんの言う通り――この人は、危険だ。
この人は――何人もの人を殺めている。
そう…………、殺しに慣れている人だと、そう気付いてしまったから。
◆ ◆
「●●●。お前が最初に出ろ。そしてある程度小手調べをした後で気絶を与えろ。何――お前ならできる。お前の実力は私がよく理解している。お前が負けるなど、私は信じたくない。だが状況と言うものはなんとも小難しい。なんとも飽き性だ。戦況は変わってしまう可能性がある。その時は私が出て、私が使うスキルで相手の体力をぎりぎりまで削ろう。その後で▼▼▼と■■■、そして×××××。お前達も頃合いを見て出ろ。頃合いを見て、状況を見て私が優勢と見たらそのまま相手達を鬼の郷に連行して種を明かそう。状況が劣勢に見えたら戦いに見せかけて拘束し、種を明かせ」




