PLAY10 絵本の真実。そして再会②
「へ……?」
「と言うことは……?」
アキにぃが言うと、おじいさんはそれを見て溜息と共にこう言った。
「それをギルドに見せろ。さすれば『入国許可証』と報酬が手に入る」
その言葉を聞いて、私は手に収まっている魔導液晶に目を通す。
仄かに光るそれを見て、私はなんだか手に火を灯して温まっているような風景を思い出してしまう。
でもアキにぃはそれを聞いて、おじいさんに慌てて聞いた。
「え? でも俺達は……」
「受けてない。そう言いたいんじゃろうが……、これは依頼人同伴なら、その依頼人の判断で変わることだってある」
「……それはどういう……?」
キョウヤさんは首を傾げて聞く。
何せ私達はこのゲームのことを、アズールのことをよく知らない。
システムと言うか、流れをよく理解していない。
おじいさんはそれを聞いて、顎に手を当てて言った。
「……ギルドから発足されるクエストは、本来はわしらのような魔力を持たないか、瘴輝石を持っていない者達、そして王族や国王はギルドの『討伐を依頼する』と言う要望をいい、その情報を元にギルドがランクを付けて発足する。ランクと言っても普通の採取がレベル一。探索クエストが二。討伐が三で、『極』クエストが最高ランクの五で、この特殊討伐クエストは四となる。討伐はそれを討伐した証の魔物が落とした素材を見せれば、クエストクリアになるということじゃ。そしてそこに依頼人がいた場合は、その依頼人の意志を尊重する。これがギルドの決まりなんじゃ」
「………落とした素材」
私は落ちているそれを見る。
アキにぃ達もそれを見て、言葉を失った。
有力となるドロップアイテムは尻尾の先の棘だろう……。しかしそれは……、あまりにもデカい。
きっと誰かが背負って行かないといけないくらい重いはずだ……。あとのドロップアイテムは甲殻に、ポイズンスコーピオンの歯……。ぶよぶよしたなにか。あとは……。
お肉がついた……、甲殻……。
どれもこれも、持っていきたくないものだらけだ……。
それを見ていたヘルナイトさんは、ふむっと言って顎に手を当てて言う。
「……最も有力なのは、あの尻尾の棘だが……。あれは大きすぎる……」
「だよな」
それを聞いてほっとしているキョウヤさん。
本当に安心をしているような安堵と共に言うキョウヤさんさけど、シャイナさんは何かを思い出したかのように、その素材を見てから私に向かって言った。
「あ、でも昨日討伐に向かってクリアした奴がいたんだけど、その時ギルドから『他の素材があれば買い取ります』って言っていた」
それを聞いたアキにぃは、はっとしてそれを見る。
なんか……、もしゃもしゃからなんか邪のようなそれが出ているけど、気のせい……、だよね?
そう思っていると、アキにぃは素早くキョウヤさんに視線を向ける。そして……。
「キョウヤ……」
「へ?」
アキにぃはキョウヤさんを見て……、真剣な声と眼差しでこう言った。
「尻尾のあれ……、持ってって」
「無理あるぜっ!? 重そうだろう! 金に目がくらみやがって!」
「金ないといけないって言ったのキョウヤだろうっ!?」
「そうだけどぉ……っ!」
どうやら、アキにぃはその換金目的でできるだけ持っていこうと思ったのだろう。アキにぃはキョウヤさんと口論になりながら二人でやんややんやと騒いでいる。
その光景を見ていた私は、なんだか不思議と……、懐かしく感じた。
それは……。しょーちゃんとつーちゃんが喧嘩して、それを宥めようとメグちゃんが入ったんだけど、それでも逆効果で三人で喧嘩して、美百ちゃんはそれを呆れながら見ている。
そんな光景……。
それを見て、和んで、懐かしんで……。
一瞬……、じんっと、目じりが熱くなった。
「ハンナ」
近くで声が聞こえた。
上を見上げると、そこには――
「あ……」
ヘルナイトさんが、私の背に手を回して、支えながらそこにいた。
それはまるで、あの時ポイズンスコーピオンを倒した時、私がへたり込んでしまった時、支えてくれたかのように……。
ヘルナイトさんは、同じようにそこにいた。
「――何とも滑稽な」
その時――おじいさんは突然言った。
私達を見て言ったおじいさんは、くつくつと笑いながら言う。
ヘルナイトさんはそれを聞いて、何も言わなかったけど、おじいさんを見ているだけだった。私はそれを見上げながら、おじいさんと交互に見る。
おじいさんはふぅっと、溜息でもない息を吐いて……。首を横に振りながら……。
「まぁ、正直王様も、かなり滑稽な最期を遂げたがのぉ」
「!」
おじいさんの言葉を聞いて、私は思い出す。
あの時、ゴロクルーズさんのことを心配していたナーヴェヴァさんから聞いた。アムスノームの絵本の話に出てくる……正直者で、素直に信じてしまったあの王様の話だ。
そういえば、おじいさんはアムスノームの人だってヘルナイトさんは言っていた。
私はおじいさんに聞く。
「その最後って……暗殺されたっていう、あの……?」
そう聞くと、おじいさんはほほうと顎を撫でながら言った。感心した。そんな感じの顔で、ニヤつきながら……。
「知っているのか? それは感心した。異国の冒険者であろうと、この国の昔話に興味を示すとはな……」
「…………略奪の国の兵士に、王様は殺された。アムスノームの財や技術を狙って……」
その話を聞いて、ヘルナイトさんは何を思ったのかわからない。でも、ヘルナイトさんは言った。
「財力……、ハンナ。それは違う」
「え?」
私はヘルナイトさんを見上げる。そしてヘルナイトさんは言った。
「あの国は、アムスノームそのものを、消そうとした」
消す。その言葉を聞いて、私は言葉を失った。
きっと、絶句して、泣きそうな顔になって……、俯いてしまった私を見て……、ヘルナイトさんは申し訳なく思ったのだろう。そっと肩に手を添えて、何も言わないでいた。
「やはり、魔王族と人間の感覚はずれておるのかのぉ」
「っ」
おじいさんは私に近付いているのであろう、足音が近付いて来る。
そして、私の前でぴたりと止まって、おじいさんは言った。
「……これは爺の独り言だ。お前さんような、余所者には関係ない話」
おじいさんは語る――私達には関係ないけど関係のある……、悲しい悲しい王国の物語を。
「昔、魔導機器が盛んな街アムスノームには、正直で、すぐに信じてしまう愚かではあるが、国民のことを第一に考えている王様がいた。王には反対に、誰も信じられない弟君がいた。そんな対極の兄弟。しかし国はそんな二人を支えるように、王と弟君も、自分達のある限りの力を使って、アムスノームをアルテットミアの次に大きい国に築き上げた。そんなある時……。砂の国『バトラヴィア帝国』の者達が攻め込んできた。アムスノームの国の兵士達は戦った。しかし戦争はアムスノームの完勝。結局、その戦争は一ヶ月余りの、歴史にも残らない戦争だった。被害も少ない中……、一人のアムスノームの兵士が、偵察から戻ってきた。国王はその兵士の傷を治せと命じ、謁見の間に入れた瞬間……。その兵士に化けたバラトヴィアの兵士が、国王を襲ったのだ。そばにいた兵士が身を挺したが、目元を抉られ、そして左足を斬られ、国王は……殺された。即死だった。バトラヴィア帝国はアムスノームの領地を自分たちのものにするために、アムスノームを壊し、そこにバトラヴィア帝国の分国を作り上げようとしたのだ。奴らが奪いたかったのは……、国の財などと言う甘いものではない。国そのものが、欲しかったんじゃ」
それを聞いて、私は再度認識する。
アムスノームの……、黒くて、悲しい物語を……。
「…………ほう?」
とおじいさんは言う。
おじいさんの顔は見えない。私が俯いているから見えない……。
胸をぎゅうっと、黄色い魔導液晶を握りしめながら聞いていたから……。その話を……、目元が熱くなるくらい、ぎゅうっと……目を瞑って……。
「お前さん。まさかと思うが……、泣いとるのかな? アムスノームの話を聞いて。『王様可哀想』と、そう思ったのかね?」
それを聞いても、よくわからない。なんて言えない。
ただ悲しい。それだけが、心を支配した……。
おじいさんはそれを聞いて、呆れたかのようにこう言った。
「ふぅ……。これはな、王様のせいでもある。誰に対しても簡単に信じてしまった王様じゃ。これなら、誰に対しても簡単に信じない弟君の方が、よっぽど楽じゃ。こっちの身になってほしいもんじゃ」
「?」
私はやっと顔を上げる。するとおじいさんは自分の顔を見せながら言った。
「わしはその時、王様の警護をしていた元兵士じゃ」
それを聞いて、私は驚いてしまう。おじいさんはそれを聞いても、鼻で笑って。
「結局――すべてにおいて信じられるのは、弟君のように自分だけなのかもしれん。他人を信じても、誰かに裏切られて、蹴落とされて、地獄を見る。その地獄を見たものがどうなるのかはわからん。『人を呪わば穴二つ』これと同じように、意趣返しされるやもしれんが……。わしはそのあと、国王を守れなかったという大罪により、王国追放されたんじゃ。じゃから……『入国許可証』は、今のわしには紙同然なのじゃ」
「…………あの」
「?」
私はおじいさんに聞いた。
今まで信じてきたものに裏切られ……、見限られて、おじいさんは信じることを諦めた。ううん。信じること自体が疲れたのなら……。
私はおじいさんに言った。
「私の言葉は……、ひどくイラつきましたか?」
その言葉に、おじいさんはきょとんっとして聞いて、そしてふむっとうなって……。
肩を竦めながらおじいさんは……。
「ああ、確かに苛立ったのぉ。なぜなら、わしらのことなど全くしらん小童に、そんなこと簡単に言うもんじゃない。と思ったからのぉ」
「う」
その言葉に、背中に矢印が突き刺さるような痛みを一瞬感じた。でもおじいさんは続ける。
老人らしい……、長い話を……。それでも、すごく理解ができる話を……。
「お前さんはたった二日三日しか行動しとらん。なのにお前さん達はぶっ飛んでおる。あろうことか突然来た敵の少女と共闘を申し出るなど、ありえんことこの上ない。それでも、お前さん達は他人を信じて戦い、勝った。それの要となっていたのは……。お嬢ちゃん。あんたが言った『信頼できる』。そして……、『信じる』。言葉だけなら何度でも言える。しかし、有言を実行したかのように、勝ってしまった。今まで何度かポイズンスコーピオン討伐に出た者達は、詰り合い、蔑み合い、そして仲間割れをして、誰もが別々の道に行く。結局、誰もが自分しか信じられんくなり、逃げた臆病者じゃった。しかし、お前さんは逃げなかった。信じて、その場に残って、わしらを守った」
おじいさんはこつんっと、私の頭に拳骨を食らわす。弱くて、全然痛くないそれを受けて、私はおじいさんを見た。おじいさんはふっと踵を返して、私に背中を見せながら……、おじいさんはどこかへ行きながら、私達に言った。
「何がともあれ。依頼達成じゃ。わしはどこかで隠居でもしとるわい」
「あ」
私は手を伸ばしたけど、おじいさんはローブを包んで姿を消してしまった。
私はそれを、見ることしかできず、そして……ヘルナイトさんに支えられながら、手を伸ばすことしかできなかった。
けれど――
『まぁアムスノームに入るのであれば……、好奇心旺盛なお前さん方にちょっとした刺激をやろう』
「っ!?」
辺りに響く声。その声は明らかにおじいさんの声だったけど、おじいさんの姿はどこにも見えない。その言葉を聞いた私は驚いた顔をしておじいさんがどこにいるのかと思いながら辺りを見回すと、その光景を嘲笑うかのように、おじいさんはどこにいるのかすらわからない状況で、私に事を見ながらこう言った。
『確かにこの話は絵本にもなって、教訓のような言葉で終わっておるが……、事実と絵本とでは内容が全然違う。絵本の話が真実ではないということじゃな。この話には裏があると言えば……どう思う?』
「え?」
おじいさんは私に向かって言った……、一体何を言っているのかすらわからなかったけど、それでもおじいさんは話を続けながら声をどんどん小さくしていく……。
どこかに行くように、足音を小さく残しながら……。
『まぁ――お前さん達がどこにでもいる冒険者であれば、そんな小さなことを気にするようなことないじゃろう。が……、興味があればそれを知ることもいい刺激になるかもしれんぞ……? お前さんの人生に、一つの悲劇の思い出を刻んでもいいのではないか? 何の刺激もない人生なんぞ、つまらないからのぉ……。まぁ――お前さんの抜けている頭でどこまで解明できるかはわからんがな。それじゃぁのぉ』
と言ったと同時に、おじいさんの声も足音も聞こえなくなった。
聞こえたのは……、葉っぱが揺れる音とアキにぃ達の声だけ。
私に対して意味深な言葉を残しながら、おじいさんはその場から消えてしまった。本当の透明人間のように……。
と言うか……、もしかして私……、馬鹿にされた?