PLAY95 嵐の前の数時間前④
アクルジェドが言う言葉。
ガルバドレィド・ドラグーンの亡霊。
そして操り人形。
その言葉を聞いた瞬間、ドラグーン王は一体何を言っているのだろうと思うと同時に、なぜアクルジェドがそんなことを突然、しかもなぜこのようなタイミングで言うのかと思いながら彼は一向に自分のことを見ずに、俯いたまま血塗れになっている己の手をじっと見つめているアクルジェドのことを見降ろすが、王は一瞬困惑に包まれそうになったがすぐに平静を取り戻し、軽く咳払いをする。
アクルジェドが言っていることが本当であればそれはそれで大きな問題でもあり、そのことに関して王は何も知らされていない。
それは今回の件と類似していることで、まさかと思いながら王はアクルジェドに向けて慎重に言葉を零した。
あくまで平静を装い、心の中で渦巻いてしまっている混乱を隠しながら……。
「………どういうことだアクルジェド。なぜあ奴の、ガルバドレィドの声が聞こえるのだ? なぜあの男の操り人形だと」
「簡単なことです」
ドラグーン王の言葉を聞いてか、アクルジェドは王の言葉に対して遮りを入れて、そして己の主張を前に出しながら言葉を続ける。
今の今まで遮るようなことなどしなかった。
むしろ他の竜人の言葉を聞いた瞬間に『王の言葉に遮りを入れるな』と怒り狂うような形相と牙を向ける程、彼は王の言葉を尊重していた。その言葉を天からのお告げの如く心酔していたと言った方がいいのかもしれない。
だが、そんな彼が心酔する――絶対的な忠誠を誓っている王の言葉をあろうことか遮った。
アクルジェドの遮りを聞いた瞬間、ドラグーン王は察してしまった。
これは、本気だ。本当だ。そして……、これからアクルジェドが話すことは、すべてが真実だ。そのくらい真剣さがある。嘘など漂っていない。
そう勘付いたドラグーン王はアクルジェドの遮りに対して深く注意をすることなく、むしろアクルジェドの言葉に対して耳 (はあるかどうかは分からないが、竜人でもちゃんと耳はある)を傾ける。
「言葉通りです。王よ」
アクルジェドは言った。
その行動を見ていないにも関わらず、聞いているということを察したのかアクルジェドは今までの豪快で悪い口調が印象的なそれを一時的に抹消し、神妙に、そして今まで抱いていたそれを曝け出すように言う。
今彼の心に巣食っているそれを晒すように、鋭く尖った爪が掌を傷つけ、その箇所から蝸牛のようにゆっくりとした流れで絨毯にそのシミを作っていく己の傷を、己の源水を見降ろしながら、アクルジェドは言ったのだ。
「私は犯してしまったのです。何も知らないまま、ディドルイレス大臣の言われるがまま――同族をこの手で殺してしまった。それだけのことです」
◆ ◆
ドラグーン王は耳を傾ける。
己に対して絶対の忠誠心を持っているアクルジェドのことを見降ろしながら、彼が今の今まで背負っていたその感情を、苦しみを一言も聞き逃すことをせずに聞き入れた。
アクルジェドは言った。
自分がガルバドレィドを殺したと。そのことに対して王は聞いた。
『なぜガルバドレィド殿を殺したのだ? その経緯を知りたい』と――
少しばかり無理難題に聞こえる様な質問だが、その言葉に対してアクルジェドは一瞬躊躇うように……、いいや。この場合は一瞬恐怖を覚えたかのような雰囲気を出し、右膝に乗せていた手に僅かな震えを出すと、アクルジェドは小さく、震えるような深呼吸を一度すると、その深呼吸で得た落ち着きと共に彼は言葉を零す。
意を決するように――なぜこうなってしまったのかと言うことの顛末を、余すことなく王に告げたのだ。
◆ ◆
まず、アクルジェドは事の発端となった時のことを――今から数千年前のことを話しだした。
今から数千年前の時代……、ボロボ空中都市は今と同じ、いいや、それ以上に栄えている大きな都市であった。医療技術が発達していることもあり、国の医療需要、そして他国への調剤の供給が行われ、王都と同格とは言えないが、その王都の次に栄えている国として名を広めていた。
その広めるきっかけを作ってくれたのが――ガルバドレィド。つまりはガザドラの父である。
ガルバドレィドはその時代大臣と言う役職を持ち、この国ではそれ相応の身分でもある一族の出でもあったが、彼はそんな一族と言う名のしがらみを感じさせないほど、地上のこと、そして空中都市に残る遺跡の調査などを率先して、己の足で赴くほどの行動力を持っている竜人でもあった。
竜人の誰かが言った。ガルバドレィドは――好奇心旺盛で行動力がずば抜けている子供が大人になった姿だと。
しかし彼がいたからこそ、今のボロボが存在していると言っても過言ではなかった。そして、彼がいなければこうならなかった。ボロボは困窮の国となり、滅んで行くところだった。と誰かが言っていた。そのことをアクルジェドが言うと、そのことを聞いた王はその時の状況を、困窮具合を思い出しながら確かにそうだったかもしれない。と思ってしまったのは、言うまでもない。
このことを踏まえてガルバドレィドの行動はボロボ空中都市にとって、大きな発展の兆しであった。今で言うところの――高度経済成長と言ってもいいくらいだ。
なにせ、これよりも前の時代のボロボ空中都市はそれほど栄えているような国ではなく、ひっそりとした秘境に近いような国であり、今のように栄えているなんてことはまずありえなかった。
この地に住んでいる竜人族は、地上で暮らしている者達のことをあまり快く思っていなかったことも理由であり、ディドルイレス大臣のような思考を持っている者達が数多くいたこともあって、ボロボは今のような繁栄を築くことができなかった。
固い思想と言う檻の中で暮らしている国の者達。
それこそがボロボ空中都市の前の姿。
シャズラーンダのような新しい風を好まない住人が多かったせいで、他国との関わりを極力避ける様な――閉鎖的な国。それがボロボの前の姿だった。
そのことに対してドラグーン王は今でも鮮明に覚えている。あの時、王はまだまだ若かった。国の更なる繁栄のために他国との協力を仰ぎたいとその時は思っていたが、現実はそうそう甘くなく、どころか竜と言うだけで毛嫌いする人間も多数おり、同胞でもある竜人達はそんな他国のことを、竜人以外の種族のことを快く思っていなかった。
快く思っていない理由は体が違うという見た目のことではない。理由は――『竜と他種族の亀裂』が原因で、竜人と他の種族との関係が険悪そのものだった。ゆえに協力どころか話すこともできなかったのが現実だった。
ここで補足として説明しておこう。
険悪の原因となった『竜と他種族の亀裂』は簡単な話。竜を狩り殺し、その亡骸から貴重な鱗や鉤爪、そして翼を奪ってそれを元に強い武器を作る――魔物の素材を使った武器生成と同じ行動で竜人は多くの犠牲を生み、そして怒りを抱いた竜人達は地上の者達に対して報復と言わんばかりに総攻撃をかけ、地上の者達も数多くの犠牲を生んだ。
竜人は言った。
地上の者達の傲慢な行動のせいで竜人は滅びかけた。
地上にいる他の種族達は言った。
非力でもある自分達に対して竜の者達は無慈悲にも食い殺してきた。
双方は言った。
こうなってしまったのはお前達のせいだ。と――
はたから聞く限り、双方の自業自得にしか聞こえない。そして因果応報にしか見えないような会話なのだが、この時代の住人達は己の国の拡大のことしか考えておらず、今と違って協定などない。一瞬の緩みで一触即発。終いには戦争になってしまいそうな雰囲気でもあったが故、このことを機にボロボと他の国の亀裂が大きくなってしまった。
この一連の出来事を『竜と他種族の亀裂』と呼び、その状況が何十年もの間続いた。
ここまで前振りが長くなってしまったが、このような状況と昔の考えと言う縛りのせいでボロボは今まで栄えることなどなかった。しかしその状況を打ち破ったのがガルバドレィドであり、彼はボロボを空中都市にまで築き上げた張本人でもあった。
彼はしたことは簡単であり、最初に話したが他国にはない医療技術の提供――つまりは国の医療需要。そしてボロボでしか作れない万能薬の輸出――つまりは他国への調剤の供給を対価として、他国の輸入を取り入れてほしいというお願いをしただけ。
それだけなのだが、そのことを聞いた瞬間、ボロボ以外の他国の王達はガルバドレィドの言葉を快く受け入れた。呆気ないほどの受け入れ様であるが、その時代の者からしてみれば、『竜と他種族の亀裂』と言う状況はまさに後悔しかない不幸の産物だった。
後のことを考えずに起こしたことが原因で自分達は愚か他の者達をも窮地に落としてしまう。自業自得が生んでしまった悲劇の連鎖と言っても過言ではなかった。
その連鎖の残りは今でもあり、このアズールにはハンナのようなメディックと同等の職業を持っている者がおらず、あまつさえその医療に関する知識を持っている者も、その技術を習得しようとしている者でさえもいない状態にあるのかこのことが原因ともいわれている。
ゆえに、ガルバドレィドの等価交換はまさに天からの捧げものに等しいものだった。
今の状況から脱したい。そんな民達の言葉を聞き入れた王達は、ガルバドレィドの要求を呑み、こうしてアズールは繁栄を築き上げていき、ボロボを空中都市へと築き上げることに成功したのだ。
ガルバドレィドが起こした行動はドラグーン王も賛成したことでもあり、率先して行動してくれた彼には感謝してもしきれない気持ちであったことを今でも覚えている。クロゥディグルも、そして王の弟も、ボロボにいた民達全員がガルバドレィドに感謝の気持ちを余すことなく捧げた。
国がここまで栄えたのも、そして氷河の如く続くと思っていた困窮を打ち消してくれたのはガルバドレィド。彼がいなければこのような結果へと導くことは出来なかった。
ドラグーン王もそのことをアクルジェドから聞いた時、己の非力さを感じると同時に、彼の行動力に驚きを感じつつも、彼に対しての感謝は今でも忘れられない。今でも感謝を述べたいほど、ドラグーン王はガルバドレィドのことを信頼していた。
ガルバドレィドの行いに対して快く思っていない輩も多くいたが、それでも感謝を述べる者達で溢れ、誰もがこの平和が続くと、そしてこの栄光が永遠に語り継がれることを誰もが予想していた。
していた。過去形。そう、それも過去形で終わり、この偉業も闇へと葬られてしまったのが現実。
理由は明白。そんな彼も死んでしまった。
いいや――禁忌を犯し、処刑されてしまったが故、この偉業もドラグーン王や重鎮の者しか知らない出来事になってしまったからだ。
子供もこのことに関しては知らない。どころかそんな重罪人を救世主として崇めることなどもってのほか。
罪を犯した時点でその称号も罪人と言う称号に塗り潰されてしまったのだから。
ボロボの救世主として謳われた彼が犯した罪。
それは……、他種族との間に子供を作ってしまったという重罪だった。
しかも亡命ともう一つの罪を犯してしてしまったというおまけ付きで。
もう一つの罪に関しては後日話すことにする。この事件もこの過去において大事なことなので、忘れないでほしいことをここで言っておこう。
話を戻して――重罪の凶報を聞いたドラグーン王は、すぐにガルバドレィドの捜索を命令し、全騎士団総出でガルバドレィドの捜索、見つけ次第拘束して国に連行と言う命令を下す。その命令を聞いた善騎士団達は血眼でガルバドレィドの捜索に乗り出した。
捜索の命令を聞いていたディドルイレス (その時大臣ではなかった)はすぐにガルバドレィドの捜索をした。この時彼の側近でもあったアクルジェドと一緒に――だ。
空の国からでもわかる様な灰色の大きな雲、その雲の中から聞こえる地鳴りのような音が耳の鼓膜を揺らす。
灰色の雲の中から小さな光がチカリと光り、それと同時に少し強めの風が吹き荒れる。
その光景を見て、嵐が来ると予測した全騎士団は――いなくなってしまったガルバドレィドの捜索を必死な形相でし、ボロボにある蜥蜴人達の集落。鳥人族の郷。そして鬼の隠れ里を探した。できるだけ早く、嵐に呑まれる前に見つける勢いで探した――が、見つからず、捜索範囲を広げて地上の国へと捜索を始めた。
アルテットミア。アムスノーム。
アクアロイア。バトラヴィア帝国。
アノウン。王都。
そして――天界フィローノア。
範囲を広くして探したが、それでも見つからないガルバドレィド。どこにいるのかと思いながらこの時クロゥディグルは難航している捜索をしていた。どの騎士団もそうで、焦りと困惑、どうしてこんなことをしてしまったのかと思いながらどこかにいるであろうガルバドレィドのことを探していた。
この凶報が嘘であってほしい。そう願いながらの捜索をしながら……。
だが、アクルジェドとディドルイレスはすぐにガルバドレィドの居場所を突き止めることができた。どうやって突き止めたのかはディドルイレスにとってすれば簡単なことだ・ディドルイレスの知人で、情報屋を生業としている人物に隠れている場所を聞いたので、ガルバドレィドと、ガルバドレィドと一緒になっている蜥蜴人が隠れ住んでいる場所――王都の路地裏を突き止めることができ、ディドルイレスは兄でもある彼のことを見つつ、不敵に笑みを浮かべながら彼は兄に向かって聞いた。
「おお兄上。こんな薄汚いところを住処にしているとは……、大臣ともあろうお方がなんともみすぼらしい。しかしなぜこんなところにご引っ越しをしたのでしょうかな?」
「弟よ……。執念深くここまで来るとは、血の繋がった弟ながらたまげてしまう」
「ほっほ。話を逸らして世間話とはずいぶんと余裕ですな。さてさて――雨も降りそうな天候なのでもう一度、手短に聞きますぞ。しかしなぜこんなところにご引っ越しをしたのでしょうかな? 元大臣様……いいえ。重罪人殿」
「………ディドルイレス」
ディドルイレスは言う、下劣な笑みと共に兄でもあり元々上位の位にいたガルバドレィドのことを見つけながら余裕な雰囲気で問い詰める。そんな弟の余裕とは正反対に、ガルバドレィドは背に隠れて伊手に様り切れないほどの職長を持っている蜥蜴人の女性のことを庇うように、守る様に前に出ながら彼はディドルイレスのことをじっと見つめる。
我ながら、本当に血の繋がった弟なのかと思えるほどの野心を抱いているその雰囲気を見て、ガルバドレィドは悟ってしまう。
傍らにいるアクルジェドのことも見ながら彼は思ってしまったのだ。
いいや、予想の核心をしてしまったの方がいいだろう。そのことを思いながら彼は未だに自分のことを下劣な笑みを浮かべて見つめている弟――ディドルイレスのことを見てこう思った。
――弟は、ディドルイレスは、私のことを殺すつもりでここまで追ってきたんだ。
――本当に血が繋がっているのかすら疑問に思うほど、あいつはとてつもない野心を抱いている。肉親であろうとも関係ないかのように、あいつは手段を択ばない。
――それは己のことを生んでくれた両親であろうとも、そして、一部の弊害となってしまう私に対しても、何の関係もない彼女でさえも、そして……、利用できると考えればすぐに利用を施す。
――絵に描いたような野心家。
――そしてここまで来るという執念を持った男。
――危険だ。我が弟ながら……、危険すぎる。
――ここまで来てしまっては逃げるなんて言う選択肢はない。今はこいつのことを打破する術を打算しないといけない。
――彼女と、そして……。
ガルバドレィドは思った。
今目の前にいる血を分けた弟に対し、弟ではない異常な雰囲気を感知した瞬間、危険信号が突然発令されたのだ。
脳内の電気信号がその危険を伝え、ガルバドレィドに向けて逃げろと大音量の通達を送る。
逃げろ。逃げろ。逃げろ。逃げれないのならば殺せ。殺すんだ。この男は危険だ。危険な存在だ。
大音量の騒音で、この手で血を分けた弟を殺害するように命令する己の脳内電気信号に対して疑いのそれを向けそうになったが、それもすぐに無くなり、ガルバドレィドは今まさに余裕の下劣な笑みを浮かべているディドルイレスを見てそっと口を開いた。
背後で怯えている妻でもある蜥蜴人の彼女を背に隠しつつ、彼は言葉を零す。
心の中で己の信号に狂いはないことに納得をしながら、ガルバドレィドは言う。ディドルイレスの言葉に対して返答をするように彼は言った。
「いいや、空の国の景色もいいのだが、こうして地に足をつけると新鮮な気持ちになってな。それに王都は物流が盛んだ。だからいい食料の仕入れもあって価格も安い。それでここに引っ越しをしたんだ」
「ほほぉ? こんな薄暗い路地裏でですかな?」
「ああ、立地とかそう言うものが高くてな。ここでしか住む場所がなかっただけだ。薄汚いと思っているだろう? だが今はそんなこと考えることもない。むしろ住みやすい。住めば都とはこのことだな」
カッ!
ゴロゴロゴロゴロ………………………!
どこかで何かが光ったかのような発光と、その発光の後に続くように聞こえた地鳴りのような音。、
その音を聞いた蜥蜴人の女性ははっと息を呑み、音がした方向に目をやると、視線の先の空の色がどんどん灰色に染まっていくのが見え、それを見た瞬間女性はざぁっとその体を青くし、今まさに自分のことを守りながら前に立っているガルバドレィドに向けて、女性は焦りの声で叫んだ。
「あなたっ! あの方角……っ!」
「っ!」
女蜥蜴人の言葉を聞いたガルバドレィドははっとその音の方角を目で見た瞬間、はっとを息を呑み、それと同時に吹き上がる汗と、そのアセトは裏腹の温度差の証でもある悪寒を感じた瞬間、彼は思った。
しまった。と――
思わずの行動でもあったが、それと同時にガルバドレィドと彼女は教えてしまったのだ。ディドルイレスにあることを……。
そんな二人の光景を見てか、ディドルイレスは再度にたりと頬を歪ませ、その狂気に満ち溢れんばかりのその顔を見せた後――ディドルイレスは「おやおやぁ?」と首を傾げる様な仕草をしつつ、二人のことをあからさまともいえる様な大袈裟な目つきと疑念の表情で見つめると、ディドルイレスは口を徐に開いた。
雲行きがどんどんと灰色に染まり、石造りでできた地面にぽつり……。ぽつり。と湿ったそれを作っていく天気の報せを鱗がついた肌で感じながら、彼は聞く。
「どうしたのでしょうかな? 何故その方角を見て、焦りを出すのでしょうか?」
「………………………!」
「あなた方は今や袋の鼠、そう――追い詰められ、今まさに死ぬかもしれない瀬戸際なのですよ? 今命狩られそうになっているのですよ? 今まさに自分の命優先と言う状況なのですよ?」
「………………………っ。ああ、そんなこと、わかって」
「分かっているのに? わかっているにも関わらず、そんな自分の状況を今まさに理解し、そして行動しなければいけない状況でもあるのに、なぜそんなことをしたのですかな?」
「………………………」
「無言になるのですかな兄上。ならば畳み掛けるように言いましょうかな? なぜ自分の命が優先の状況の中――」
別の方角を見て、己の命以上の危機感を感じたのでしょうかな?
「――っっ!」
「………………………? ………………………あ、あ……っ! ああああぁぁぁぁぁぁぁぁ………………………っっっ!」
ディドルイレスの的確でもあり、己の失態をしてくるように言ったその言葉を聞いて、ガルバドレィドはぐっと竜の牙が見える様な食いしばり方をし、弟のその言葉を聞いた蜥蜴人の女性は一瞬首を傾げそうな疑念のそれを浮かべるが、すぐにディドルイレスが言いたいことを察し、それと同時に己の失態に気付き、膝から崩れ、尻尾をべちゃりと地面に落とす。
顔を覆い、己の犯した失態に嘆く女蜥蜴人の感情に感化されたのか、今までぽつぽつと泣いていた灰色の空がどんどんと大泣きに染まり、次第には王都中をその涙で濡らし、彼等が着用している服を、アクルジェドの武器を、そして彼等の鱗を濡らしていく。
ざぁざぁと……、大粒の涙となって……。
「ご、ごめんなさい……! ごめんなさい……! 私は、なんてことを……っ!」
「いいや、大丈夫だ。君の所為じゃない。私にも責任がある」
女蜥蜴人は顔を手で覆い、己が犯してしまった失態に対して己を恨み、そして嘆きながらガルバドレィドに謝罪を告げると、その言葉を聞いたガルバドレィドは彼女のことを横目で見、怒ることなどせずに首を横に振るう。
振るった後で、彼は再度目の前でガルバドレィドの弱点となるものを手に入れて浮かれたような笑みと狂気が混ざった顔をしているディドルイレスのことを睨みつける。
ぎっ! と睨みを利かせながら――心の底からこんなことを思って睨みつけた。
――こいつ……、本当に私の弟なのか? 本当に……、血の繋がった兄弟なのか……?
ガルバドレィドはそう思うと同時に、もう逃げられない。こうなってしまってはもう二人が無事あの場所に戻ることは出来ないと悟り、それと同時に意を決した。
ディドルイレスは知ってしまった。自分達が見たあの方角に、自分達の命以上に大切な存在がその方角にいることを知ってしまった。そしてそれを教えてしまったのは自分達だ。
それを知られてしまったら、自分達だけでは済まされない。
絶対に奴は、自分の大切な存在にも手をかける。
そうなってはだめだ。何としてでも守らなければならない。守らないといけないんだ。
大切な存在を守るために、私達の希望を、愛する者を壊さないために。
そして……、古き柵に囚われた時代を、ただ姿形が違うというだけでその者達の慈しみを忌み嫌った時代を終わらせるために、その気持ちを、血を越えた愛と言う名の命達を消さないためにも――
希望を――消されてたまるか!
「………………………」
「おや? おやおやぁ?」
「!」
ガルバドレィドの決意が固まり、その固まりの証としてガルバドレィドはディドルイレスとアクルジェドにその証を見せつけた。
その証とは、物ではない。それは――目に見えた。構えだった。
右拳を前に突き出し、右足のつま先をディドルイレス達に向けるように前に出すと、その肩幅まで左足を少し開くと、ガルバドレィドの正面を十二時の方角として、十時の方向に左足のつま先を向けると、その場で少し腰を落とし、腰の辺りに左手を持って行く。
拳ではなく、貫手の状態で――
その構えを見た瞬間、女蜥蜴人は驚きの声を上げて息を呑み、ディドルイレスは首を傾げながらその光景を見ると、アクルジェドだけはその構えを見た瞬間――驚きの顔を浮かべてガルバドレィドの構えを見た。
その構えはボロボ空中都市憲兵竜騎団が使う組手であり、接近戦で使われるいうなれば拘束術のようなものである。その中でもガルバドレィドが使った構えは、打撃と貫手に特化された殺傷能力がある構えでもあった。
その構えを見た瞬間、アクルジェドは今の今までディドルイレスの背後にいたが、無言のままディドルイレスの前に躍り出て背に背負っている槍を掴むと同時に、すらりと引き抜く。
抜いた瞬間、彼の得物でもある槍の矛先がガルバドレィドの心臓の位置に向けられる。
ざぁざぁと大粒の涙と化する中、彼等の体を濡らし、拳と貫手、槍の刃を濡らす。パタパタと落ちるその光景が出来上がっている最中、ガルバドレィドは前に躍り出たアクルジェドのことを見て、一言――
「そう来たか」と言い、そしてその後すぐにガルバドレィドはアクルジェドに向かって言った。
「お前は本当に見た目にそぐわない忠誠心を持っている。王に、私に対しても絶対的な忠誠心を持ってくれて、そして支えてくれたが……、こうなってしまうとは、悲しい事だ」
「………………………大臣殿。いいえ、今は元・大臣殿……。いや、それでもない」
ガルバドレィドの悲しそうな音色を、こうなった未来に嘆くような音色がアクルジェドの耳に入ったが、そんな言葉を聞いてもアクルジェドは槍の矛先をガルバドレィド向けたまま淡々としている音色で言った。
同情もしていない。冷たい眼を向けながら――彼は言ったのだ。
「ボロボの……、どころか国の決まりに反した大罪人の言うことなど聞く耳などない。他種族と……、あろうことか蜥蜴の雌と駆け落ちなどと言う大馬鹿なことをしたお前の言うことなんぞ……、聞きたくもない」
「………………………そうか。お前もそういう思考なのか」
「思考だと? 当たり前だろう? 身分が違う同種族の婚姻ならばまだしも、他種族の、ましてや竜よりも遥かに劣っている種族と駆け落ちをするなど、ばかげた話だろうが。そんなことをして何になる? 何の得もないだろうが」
「何の得? そんなの、考えていない。むしろ、そんな考えなど必要ない。これは――私の意志で動いた事なんだ。ボロボの利益のために動いたことではない。私が決めたことだ。ゆえに悔いも何もない」
「なに?」
アクルジェドはピクリと、目元を歪ませる。それはディドルイレスも同じで、そんな二人のことを見ていたガルバドレィドは、構えた状態で、いつ死んでもおかしくないような緊迫した空気の中、彼はふっと微笑み、アクルジェドとディドルイレスのことを見ながら、彼は言う。
何の迷いもない。後悔などしてない顔で、微笑みで彼は告げる。
「言ったはずだ。己の意志で、己の思うがままに動いただけだと。彼女と出会った瞬間――この人と一緒になりたい。二匹で誰の邪魔も入らない世界で、国で――暮らしたい。一緒に死ぬまで添い遂げていこうと思った。それだけだ。それを私は、愛による私の意志と思っている」
衝動でもなく、奇行でもない。一途に思ったがゆえに行動だと。そう私は思い、その想いに従った。それだけだ。
「………………………ぉぇ」
ガルバドレィドの言うその言葉を聞いて、ディドルイレスはまずい食事を口にしたかのような顔の歪め方をすると、その場で小さな嗚咽を吐き捨てる。
吐き捨てる声と同時に、アクルジェドもガルバドレィドの言葉を聞いて一瞬目を点にし、そしてその後すぐ――槍を握る力を強める。
「………………………ここまで大馬鹿だったとは……、とんだ滑稽だぞ……! 貴様のような異常者が、ボロボを救った救世主など……! 馬鹿げた話だ……っっ! こんな奴に皆は殺されてしまったのか……っ!」
「――っ!? なに……っ? どういう」
口の中に溜まっていく苦い無臭の何かを感じ、その感触を早く飛ばそうと決めた瞬間――ぐっと握った瞬間、アクルジェドは大きな舌打ちを零すと、前に出していた右足の踏み込みに力を入れ、水を含んでいるその足場に向けて全体重を乗せ、あらんかぎりの力を入れて地面を蹴る。
ガルバドレィドの驚きの顔を見ずに、衝撃と言わんばかりの顔を見ずに、彼は踏み込む。
だぁんっ! と言う地面を蹴る音と同時に放たれる水をはじく音、そして足の爪のせいで抉られる地面の音が響いた瞬間――アクルジェドはその威力と共に真正面にいるガルバドレィドに向けて槍を向けると、彼は濡れた怒りの形相を剥き出しにして叫ぶ。
その顔から見える――失望のそれを流しているそれを見せながら彼は叫んだ。
「貴様のような種族をこのまま野放しにできないっ! 今ここで、俺が裁いてやる! 俺の手で! お前を処刑してやるっっ!」
「――!」
叫ぶ彼の顔を見て、ガルバドレィドは一瞬理解できないような顔を浮かべたが、アクルジェドに何を言っても聞こえないだろう。どころか言ったところで逆撫でになる。
なぜ彼がこんなことを言っているのかわからない。アクルジェドが何を言っているのかわからない。そんな状態の中、ガルバドレィドは憎しみに囚われたアクルジェドのことを見て、構えを解かずに応戦しようとする。
傍らでニタニタと下劣に笑みを浮かべているディドルイレスのことを視界の端に入れながら……。
◆ ◆
なぜ……アクルジェドはディドルイレスの下でガルバドレィドのことを追い、そしてこのようなことを言っているのか。そのことに対してドラグーン王は聞く。
するとアクルジェドは静かに俯きながら答えた。
それはこの捜索が行われる前に起きた出来事のことでもあり、ディドルイレスの操り人形と言われるきっかけになった出来事だと。
そしてアクルジェドは語る。
王に対し、その時起きていた出来事が――己の心を大きく歪ませ、そして運命を歪ませたのだと。
~補足~
ボロボ空中都市憲兵竜騎団。
文字通りボロボ空中都市、王、そして国の民達を守る騎士団で、その構成員も竜族で統一されている竜の一族の騎士団。
魔王族で構成された『12鬼士』より少し力は劣るが、それでも彼らはこのアズールにとってすれば強力な戦力であり、王都の騎士団よりも強い存在なのが彼等である。
強い理由は彼らが竜人族であり、普段は竜人の姿で行動をしているが、戦闘、戦争の時になるとその姿を竜の姿に変えて攻撃を行うことが可能で、竜の力になった彼等の戦力は数倍にも跳ね上がり、それと同時に勝率も格段に上がるから。
ボロボ空中都市憲兵竜騎団は主に十の部隊で構成されており、一から四の部隊は戦闘特化部隊。五から六の部隊は防御特化。七から九の部隊はその他の国の警備。事件の捜査も彼らの仕事で、十の部隊は治療特化の竜人族の部隊である。
因みに――ハンナのことを治療してくれた竜老人は元ボロボ空中都市憲兵竜騎団第十部隊隊長である。




