PLAY95 嵐の前の数時間前③
双方でそれぞれ違うように見える事態が起きている。
悪の方でも善の方でもそれぞれがそれぞれの思いを胸にし、その思惑が交差しボロボ空中都市に集まって来ている。
まるで――未練を持っている思念体がその場所に集結するように集まって行く。
それはその場所に向かっているガザドラやボロボ空中都市で己の計画を遂行しようとしているディドルイレス・ドラグーン。
そしてこの地で浄化と己の力を強化するための試練を受けているハンナ達リヴァイヴ。
ショーマ達率いる徒党とエド達率いるレギオンでさえも、この後の事態を予測することなど到底できない。
いいや……、この場合到底予測できないという言葉は不適切であろう。
この場合、これは必然だったのかもしれない。その言葉が正しいのだ。
なぜ?
理由など今更話すようなことではないが、それでも厳密に言うのであれば……、運命がそうさせたのかもしれないからだ。としか言えない。
なにせこのボロボ空中都市には色んなものが絡まっている。その絡まりは目に見えない糸で絡まっており、その絡まりが今になってどんどんとゴムのように色んな人を引き寄せているのだ。
ボロボ空中都市にいるディドルイレス・ドラグーンの思惑で両親を失ってしまったガザドラを。
このボロボで何かをしようとし、ならず者の楽園『クィーバ』を滅ぼした『六芒星』ロゼロとラージェンラ、そして二人の部下でもあるフルフィドとラランフィーナ。
このボロボ空中都市で『風』のシルフィードを浄化しようとしているハンナ、ヘルナイト、アキ、キョウヤ、シェーラ、虎次郎。そんな彼等のサポートをするために一緒に来たショーマ、ツグミ、むぃ、コウガにデュラン。更にはボロボ空中都市で『残り香』相手に命からがらになりながら戦っていたエド、シロナ、善、京平、リカ、シリウス。
色んな種族、色んな思考を持った人達がこのボロボに集結しようとしている。
古の時代からあったとされる都市にして、今となっては竜人、高地蜥蜴人、火山地蜥蜴人に鳥人族、そして鬼の一族達が暮らしている竜の国――ボロボ空中都市に。
これから何が起きるのか、誰も予想できないまま……。
◆ ◆
ディドルイレスが一人で計画の再確認をしているその頃。アダムドラグーン王は一人、王の玉座がある謁見の間で一人玉座に腰かけていた。
ヘルナイト達がいた時の謁見の間とは違い、薄暗い夜の世界の謁見の間はどこか神秘的なものを思わせると同時に、どこか恐ろしいような雰囲気を漂わせている。そんな空気を漂わせているその空間には、ドラグーン王以上の長さを持っている大きな窓がいくつも付けられており、その窓から差し込んでくる暗い世界に、その暗い世界を照らす淡い光が窓の枠の形を模る様に差し込んでいる。
差し込んだ月の光のおかげで謁見の間に敷かれている絨毯の色が赤黒いそれからかすかに赤く見える絨毯に変わり、差し込んでいない絨毯だけは赤黒いままで、まるでその絨毯の模様に見えるのは気のせいではない。これは光によって変わるその時だけの絨毯の模様なのだから。
それほどこの空間は暗く、燭台と言うものなど一切ない空間なのだ。
真っ暗ではないが明るくないとどことなく不便に見える――月の光が差し込んでいる幻想的な空間。
そんな空間、いいや……、燭台の火の光が一切ない謁見の間にいる人物――アダム・ドラグーン王は己が座る玉座に腰かけつつ、その膝にいる白くてふわふわしている生物を乗せながら、彼はその生物のことを目だけを動かすように、視線を下にした状態でじっと見降ろす。
玉座の背に背をつけず、綺麗と言う言葉が出そうなほどの姿勢の正しさを保った状態で手を乗せるその箇所に手を乗せながら、ドラグーン王は己の膝にいるその存在をじっと目を細め、観察をするように見降ろしていた。
じっと……、品定めをするように、目を細めながら。
「きゅぅ………、きゅぅ………、くきぇ………、きゅきゃきゃ」
そんなドラグーン王の視線に気付いていないのか、ドラグーン王の膝下でぐっすりと、あろうことかその可愛らしい口から汚らしい涎を流してドラグーン王の衣服を汚しているフワフワの生命体――ナヴィは、幸せそうな顔をしながら寝言とも言えるような鳴き声を規則的に放っていた。
一体何の夢を見ているのか、そしてその夢の中で一体どんなことをしているのかわからないが、それでもナヴィは幸せそうな顔をし、ドラグーン王の膝の上でごろり、ごろりと寝っ転がり、ころころと転がる。まるで自分の部屋でくつろいでいるような動きだ。
その光景をキョウヤが見てしまえば、即座に突っ込みが飛び、そしてナヴィを捕まえてナヴィを叩き起こすと、そのまま説教が始まっているであろう。
しかし、そんなことをするキョウヤもいなければ、ドラグーン王もそんなことなどしない。
どころか……、そんなナヴィのことを見降ろしながらドラグーン王は一息、か細く聞こえる様な静穏の呼吸を零すだけ。
――この世に生を授かってから、もう何千年になるであろうか。千年前まではしっかりと年月を数えていたが、今となってはそんなこともしなくなった。どころか、長く生き過ぎたせいなのか、その執着も少しずつ薄れている。
――竜の因果なのか、永命に近いような寿命のおかげで、拙僧は初代の王のまま今の時代を生きている。生きている間色んなことがあった。苦しいことも、悲しいこと、楽しいことに……、色んなことがあった。
――だが、今日まで生きてきた中で、このようなことが起きたのは未だに信じられない。
――これが本当にあの存在なのか……? そう思ってしまうほど、偶然過ぎる出会いだった。本当にこんなことがあっていいのか。そう思ってしまうほど、この出会いに対し拙僧は衝撃が走った。久方ぶりの衝撃だが、本当にこの存在をあれと思っていいのか……?
――よく聞くよく似た偽物かもしれない。本当にこの生物を、あれと思っていいのだろうか……。
ドラグーン王はその思考が出た瞬間、一瞬、己の脳裏に焼き付いた過去の光景を思い出す。そっと目を閉じ、視覚と言う名の情報を遮断した後、彼は真っ黒な世界に孤立し、その状態で記憶の海へと飛び込んでいく。
何千年以上もの間培ってきた英知とも云える情報、記憶の大河へと。
目を閉じた瞬間、瞼の裏に広がる鮮明な記憶の映像。
その映像の中に映る世界は、このボロボ空中都市にとってすればいつもの晴天の空の世界。
いつも見る光景でもあり、悪く言うと見慣れてしまった世界。大きな雲が青い空を遮る様に少しずつ、本当に少しずつその世界を――その光景を見ていたであろうドラグーン王の視界を遮って行く。
小さく飛び交っていた白い雲はどんどんとその青い世界の一部分をどんどんと白い雲で覆い隠し、それと同時にドラグーン王の視界を真っ白に――白い雲の世界へと変えていく。
ぶわりと広がる白い世界と、その時感じた風の音と風の撫で。
今でもその感覚は鮮明に思い出され、その感覚を感じたドラグーン王は、その撫でを感じた箇所……、口の右端を竜の鉤爪がある指でするりと撫で、その撫でと同時に、彼は次の世界に場面を移した。
彼の視界一杯に……、いいや、その視界に収まり切れないほど大きく、己以上に大きい存在が視界に入った瞬間の記憶を思い出した。
鱗を持ち、そして聖獣として揶揄される己達とは違う――フワフワした体毛に神々しくも見えるその姿を思い出したドラグーン王は、すぐにかぶりを振った。
それと同時に彼は再認識と同時に確信をしたのだ。本当だという思いを固定させ、ナヴィを見ながら思ったのだ。これは、本物だと――
――そうだ。この生物は本物だ。
――今まで表の世界に出ない所為か、誰もそのことに関して知ることはなかった。言葉だけが世界を彷徨い、その言葉だけで想像をするように、噂のように流れているだけだった。
――拙僧自身、その姿を見たのはたった一回だけ。その一回だけの視認ではあったが、それでも今でも鮮明に覚えている。
――あの神々しさ。そしてあの姿。間違いない。あれは、本物だ。
そう思いながら、ドラグーン王は確信をし、そして再度ナヴィのことを見下ろそうと視線を下に向けて、己の膝に落としたその時、彼は目を見開いてその光景を見つめる。声さえも出ないような小さな小さな驚きを顔に――厳密に言うと目だけを見せながら、彼は驚いた。
「きゅぅ?」
「!」
彼の視線の先で、今まで寝ていたそのつぶらなではあるが寝ぼけた目で見上げている白くてふわふわの生命体――ナヴィは、首を傾げるように体を傾けながら再度「きゅきぇ?」と声を上げる。
なぁに? と言わんばかりの雰囲気で――ドラグーン王のことを見上げながらナヴィは見上げたのだ。
それを見たドラグーン王はその光景を見て、内心長く考えすぎたかな……? と思いながら、ドラグーン王は寝ぼけているであろうナヴィのフワフワの体毛で覆われた頭……、か、背中らしきその箇所を竜特有の爪が鋭いその手で、傷つけないようにそっと乗せる。
とふり……。と、その手を乗せると同時に、王はナヴィの背中か頭かはわからないが、その箇所をゆるり、ゆるりと傷つけないように左右に優しく撫でると、その撫でを感じたナヴィは少しばかり物足りなりなさそうな顔を一瞬顰めるようなそれで表したが、少し撫で続けるとすぐに気持ちよさそうにリラックスの顔になる。
猫が『ごろごろ』と鳴いてくつろぐように、ナヴィも『きゅきぇきぇ~……』と鳴きながらくつろぐ。
その光景を見ていた王はふっと鼻で笑い、ハンナ達が出て行ってすぐのことを思い出しながら彼は思った。
――最初はあんなに泣いておったのに、もうなついているな。単純なものだが、それくらい彼女達と離れることが相当嫌だったのだな。
――なんとも子供らしい。そして、甘えん坊だな。
「っふ」
そう思うと同時に、ドラグーン王は未だに王の手をハンナの手と間違えているのか、その手に擦り寄る様に甘えてくるナヴィのことを見ながら再度微笑む。
くすりと――和むようなそれを感じながら。
そんなことを思いつつも手に残る感覚を記憶に刻みながら堪能をしていると、ふと謁見の間のドアから小さなノック音が聞こえた。
コンコンコン。と、木材特有の音が謁見の間に音波として少しずつ広がると、その音を聞いたドラグーン王は「む?」と言う声を零すと同時に、謁見の間と廊下を隔てる赤く大きなドアを見つめる。
ドラグーン王は心の中で――こんな夜遅くに……、誰だ? と思いながら、彼はそのドアに向けて、王の威厳を示すかのような大きく針がある声で「入れ」と言い、ドアの向こうにいるその人物に向けて謁見の間へと促しをかける。
その声を聞いてか、謁見の間の前のドアの向こうにいるその人物は、一幕ほど間を置くと謁見の間のドアが一人でに、自動の如く大きく動く。
………………………否、自動ではない。むしろ現代のような自動ドアのような設備などこの世界には存在しない。魔導機器であろうともそのような技術などない。よって、このドアが自動で動いているという表現はあまりにも不適切である。
この場でもっともいい適切な表現をするのであれば………………………、こうだ。
ぎぎぎぃ……、と、野太い鉄の音を放つと同時に、そのドアの向こうにいたその人物は、廊下から謁見の間のドアを両の手で押し出すようにゆっくりと開け、そしてゆっくりとした足取りでその人物は謁見の間へと足を踏み入れていく。
謁見の間のドアを開けたその人物は、ドラグーン王がよく知る人物でもあり、それと同時に珍しいと思ってしまうような来訪者でもあった。
殆どの竜人が筋骨隆々と言う雰囲気が定着している中、鍛えてはいるがそれほど筋骨隆々ではない細身の体に携えている身の丈以上の槍。エイのような返しがついた棘の尻尾に黄緑色の眼光が鋭く夜の世界を、そして王のことを見据えている……、青い鱗に銀色の鎧、大きな青い翼を持った竜人――ボロボ空中都市憲兵竜騎団第三部隊隊長アクルジェド・ナード・ヴィルデドは開けた謁見の間のドアを跨ぐように謁見の間に入り、そしてそのまま踵を返すように後ろを振り向く。
くるりと――そのまま回れ右をするように向くと、両の手で開けたそのドアの端に再度手を添え、手にぐっと力を入れながらアクルジェドはそのままドアを元の閉じた状態に戻していく。
ぎぎぎぃ……。と言うドアの重くのしかかる様な音が謁見の間に広がる中、その光景を見ていたドラグーン王はアクルジェドの背中をじっと見たまま玉座に腰かけ続ける。
立つことも声を上げることもせず、ただじっとアクルジェドがその行動を、否――アクルジェドが一通りの行動を終えるまで彼はずっと待ち続けた。
謁見の間に入る時になると、常にこの行動をルーティンのように見える様な行動を欠かさないアクルジェドのことを待ちながら、王は待つと――『ゴォ……ン!』と言う扉を閉じる音が謁見の間にゆるく響き渡る。
その音が響き終わるとアクルジェドはそのまま再度王に向けて正面を向き、そのまますたすたと月の光に淡く照らされた絨毯の上を竜特有の足で歩むと、アクルジェドは王から少し離れた場所で、すっとその絨毯に左片膝を付き、反対の右片膝を折り曲げ、その膝の皿の上に右手を乗せるた後――アクルジェドは最後に左手の拳を左足の横に『どん』と打ち付けるように乗せた。
王に対して絶対的な忠誠を誓う体制になったアクルジェドは、頭を垂らしたままドラグーン王に向かってこう言った。他人に対しては乱暴で荒い言葉遣いなそれではない、丁寧な音色と言葉遣いで、彼は言った。
「ドラグーン王よ――ご報告です。武神卿と誘い卿一行、そしてレギオンの徒党は『ファルナの試練』を達成した模様です」
「ほぉ……、ボロボ一の……、いいや、魔女の中でも厄介な存在の試練を達成するとはな。となると最後の試練は――」
「『大気』の魔女――アルダードラ……、あなた様の弟君の試練のみとなります」
「………………………そうか」
意外と早い試練達成だな。
そう独り言を呟くように零したドラグーン王は、アクルジェドの言葉を聞いて普段通りの落ち着きを持っている雰囲気で言葉を零す。未だに膝にいるナヴィの頭を撫でながら、彼は内心驚きを隠せなかった。
何せ――『砂』の魔女ラドガージャに『生物』の魔女ファルナの試練を短期間で達成してしまったのだ。移動を含めたとしても相当早い達成となる事態に、王は驚きを心の中で少しだけ曝け出した。
曝け出しただけで、その驚きもすぐに沈下し、それと同時に王は思った。そうでないと困ると。
いずれ来るであろう複数対の『残り香』対策として、そして必ず来るであろう決戦の時までに、しっかりとした戦いの経験、そして修羅場の経験、更にはその状況をいかに早く打破するかと言う経験も重ねてもらわないと困る。そう思ったドラグーン王は内心驚きはしたものの、すぐに順調だなと言う思考に切り替えると――アクルジェドの次の言葉に耳を傾ける。
「そして――」
「ああ、聞いている。クロゥディグルが一度戻って来ているな。しかも……、ファルナを連れて」
「! やはり、知っておられたのですね」
「ああ、妙に宮殿内が騒がしかったからな。何が起きたのかと思えば――拙僧自身も驚いたぞ。まさかクロゥディグルが突然帰ってきたかと思えばその傍らに『生物』の魔女。そして鳥人族の長が縄で御用となっているその姿を見てしまえば……」
「申し訳ございません。王の機嫌を損ねるようなことをしてしまい……、このアクルジェド、迂闊でした」
「ははは。いい。大丈夫だ。それに、クロゥディグルがあんなにも感情的になる光景は珍しかったからな。良いものを見た。いつもはお前のことを仲裁、諫める光景しか見ていない分新鮮だった」
傾けると同時に放たれた言葉を聞いて、ドラグーン王はああ、やはりなと思いながらアクルジェドと話をする。
脳裏に思い出されていく風景は港で――焦りの顔を浮かべながらファルナの保護をしてほしいと言いながら、驚きと困惑、何が何だか理解できないと言わんばかりに兵士達に向けて嘆願を吐き出すクロゥディグルに、そんな彼の腕の中で無表情に近い……、いいや、焦燥に近いような茫然とした顔をしているファルナ。更には彼等の後ろで両手を拘束され、ロープでぐるぐる巻きにされたまま茫然とした面持ちでいる鷲の鳥人族の族長と言う何がどうなっているのかさっぱりわからないような光景が宮殿の窓からその光景を見降ろすように覗いていた王。
あまりにも異常に見え、ただ事ではないその光景を見た王は何がどうなっているのかと思いながらその光景を見ていた。クロゥディグルに直接聞くという選択肢もあったのだが、それも叶うことなく、クロゥディグルは鳥人族の郷で待たせているハンナ達の元に急いで戻ってしまった。
兵士達に一言――こんなことを告げて、だ。
「ファルナのことを頼む! そしてこの鳥人族をすぐに牢獄に入れろっ! 己の一族達を何人も謀殺し、そして『偽りの仮面使』と共謀をした罪でだ! 急げっ! 何をしでかすかわからない!」
なんとも切迫し、見たことがない顔を出して叫ぶクロゥディグルのことを思い出しながら、王はアクルジェドのことを見てこう聞いた。
「話を戻そう。それで――状況はどうだ?」
「はっ。クロゥディグルの言う通り、『生物』の魔女――ファルナ・ピリッフェルの保護。そして族長イーグラダ・ファルティルを即刻牢屋に閉じ込めました。後日裁判を執り行う予定です。クロゥディグはすぐに鳥人族の郷に向かって飛び立ってしまいました。試練も滞りなく遂行をするそうです」
「なるほど――そうか。報告ご苦労」
アクルジェドの言葉を聞いて、王は心の声でも『なるほど』と言う言葉が零れ、顎をナヴィの頭を撫でていない手で撫でながら少しだけ考える仕草をする。
クロゥディグルの行動にも驚いたが、それと同時に鳥人族の族長がしたことに対して、鳥人族の郷で起きていた陰謀めいた事件を聞いた王は……、今まで小さく蠢いていたそれがどんどん大きくなるのを感じていた。
蠢いているそれ。
それは――不安と言う名の胸騒ぎ。
このことが起きる前、高地蜥蜴人族と火山蜥蜴人族の集落で起きたクィーバの襲撃事件が王の耳に入り、それと同時にドラグーン王は衝撃的なことを聞いてしまったのだ。
それはいつぞやかラドガージャが言っていたことでもあるのだが、集落の蜥蜴人達を稼ぐ道具として使おうとし、連れ去ったクィーバの輩達に対しラドガージャはすぐにボロボ空中都市に救助の申請をした。
しかし……、それが通ることはなかった。
いいや――国がその申請を拒否したことになっていたのだ。
ラドガージャ曰く……、ご丁寧に大臣が彼等の前に現れ、ご丁寧に『集落のことは集落同士でなんとかしてくれ。崇高なる種族の休息をそのようなどうでもいい事に潰さないでほしい』と言っていたらしく、そのことに対しラドガージャは不信感を抱いていたということを、エド達レギオンの試練が終わったその夜、アクルジェドから聞かされた。
そのことを聞いた瞬間、ドラグーン王は驚きを隠せなかった。
何故? 理由はこの場で話さないとわからないことでもあるので、今ここで告げよう。
王は――知らなかったのだ。
いいや……、どころかその話を聞くことすらなかったのだ。
大臣でもあるディドルイレスの口から利くどころか、そのことを口にすることなど一切なかったのだ。何度も何度も会っているにも関わらず、そのことを口にすらしなかったそれを聞いた瞬間、ドラグーン王は突如としてディドルイレスに対して、とある感情を抱いた。
それは――不審。
ディドルイレスは蜥蜴人達の集落の事件について聞き、そして知っていた。が、そのことを王であるドラグーンに伝えていない。どころかあたかもそのことを王が告げたかのような言葉を口にして放っておいていた。そう、王に告げることも、あろうことかそのようなことがあったことを告げないまま……だ。
あからさまな行動であり、これを会社でしてしまえば即刻クビであるが、それをディドルイレスはしてしまった。独断で、且つ誰にも告げないまま……。
ドラグーン王は考える。今回の件と、そしてラドガージャ達の件を踏まえて、王は思った。
――『残り香』の一件のせいで浮き彫りにはならなかったが、今ボロボは少しずつだが不穏な空気に包まれつつある。それも人為的に、自然にできたものではなく、何者かの手によって作り上げられている。
――その何物が一体誰なのか。と聞かれてしまうと答えることが難しい。
――なにせ拙僧のことを、王のことを憎む存在なんぞ数えるほどではない。数多と言っても過言ではないくらい多く存在している。
――初代国王でもあり古の時からこのアズールのいっかうを統べる王だった拙僧の襲名を狙う輩も多くいる。その輩が拙僧の失態を引き起こそうとしているのか……。それとも、王と言う名の玉座を狙った輩の企みか……。
――玉座を狙う者……。と言うと、真っ先に思い浮かぶのはあ奴しかない。だが今は確固たる証拠もないのも事実。
――確証もないが、このようなことをしでかした奴は危険だ。何せ昔、あいつはあんなことをしでかした。、まだ野心と言うものがあるのならば……、気を付けるしかない。
――が、いずれ暴くしかない。拙僧自らの手で……。
王は思った。このようなことをしでかした人物はきっとあいつしかいない。そう思いながらその人物に対しての不信感を増幅させ、確固たる証拠を掴むためにも、近いうちに吐いてもらうことを心に決める。
彼がしていることはもはや国の毒。
そして、一歩間違えさえすれば、この国を滅ぼしかねないことをすることを予測しながら……。
そんなことを思っていると――
「………………………。………………………王よ」
「?」
突然、今の今まで無言で俯いていたアクルジェドが声を上げた。今までの乱暴且つ大きな声など嘘のような、か細い声で、アクルジェドは声を零す。
それを聞いたドラグーン王は今の今まで思考の大河に入り込んでいたその気持ちを一旦切り替えるように、思考から現実へと意識を変えると、ドラグーン王はアクルジェドのことを見て「なんだ?」と声を掛ける。
その声を聞いてか、アクルジェドは小さな声で「っは」と声を発し、返事をすると、アクルジェドはドラグーン王に向かって言った。
俯きながらも、彼は王に向かってか細くもあるが、その声の芯に硬さを感じさせるようなそれを、アクルジェドは王に向かって言ったのだ。
「王に対しての報告が終わったにも関わらず、この場にいる無礼、そして王に対しての質問をお許しください」
「………………………構わない。貴様は常に拙僧の命令に従う。それを生き甲斐にし、そして誇りを持っている。それはボロボ空中都市憲兵竜騎団の中でも随一を誇っていると思う」
「滅相もないお言葉を」
「しかし、従うだけがすべてではない。操り人形のように従うだけがすべてではないからな。申せ。好きなように」
「………………………有難きお言葉。そのお言葉に甘えます。王よ」
王の威厳を持ってはいても、その中に含まれる優しさ、そして正すように零す言葉を聞いたアクルジェドは、俯いたまま再度頭を深く垂らし、そして絨毯につけていたその拳をぐっと、更に握る力を強めると、アクルジェドは言った。
俯いたまま息を吸い、そしてアクルジェドは意を決するかのように、王に向かって俯いたまま彼は聞いた。
「ドラグーン王よ。あなたから見て、私はどのように見えますか?」
「? どのように、とな?」
「はい」
なんとも曖昧で、そして変にも聞こえるような言葉。
その言葉を聞いたドラグーン王は、一瞬目を点にし、そして首を傾げながらドラグーン王は顎に手を添え、「うむ」と唸った後、彼は思ったままのことを口にする。アクルジェドのことを見下ろし、アクルジェドがその心に秘めている本当の理由をわからないまま、彼は口にした。
「どうと言われようとも、拙僧にはいつもの貴様が映っているぞ。この国を守る存在――ボロボ空中都市憲兵竜騎団第三部隊隊長アクルジェド・ナード・ヴィルデドの姿がな」
「………………………私は、思うのです。いいえ。見えるのです」
「?」
「私には、見えるのです」
そう言葉を零しながら、アクルジェドは絨毯越しに床につけていた拳をそっと上げ、そしてその握っていた手をそっと開く。
開いた瞬間、せき止められていたそれが解放されたかのように、どろりとアクルジェドの左手の掌から血が零れだす。
ぽたり、ぽたりと赤い絨毯に赤黒いそれを残しながら……、それを零し、そして高価な絨毯を汚していく。
「――っ! お」
その光景を遠巻きながら見ていたドラグーン王は、はっと息を呑むと同時に玉座から飛び上がるように立ち上がろうとした。
その時、膝の上に乗って寝ていたナヴィはその衝撃と共に眠りの世界から現実に帰還し、その衝撃に驚いたのか「ぎゃっ!」と言う声を上げてフワフワの毛を逆立たせる。
ナヴィの声を聞いてはっと自分の膝の上に乗っていたことを思い出したドラグーン王は、すぐに落ちそうになっているナヴィのことを右手の中にすっぽりと収めて、焦りながらキャッチをする。
危ない危ない。そんな言葉が飛びそうな安堵の息を吐く王に、ナヴィは怒りの目をドラグーン王に向けて威嚇のそれを剥き出しにすると、アクルジェドは言う。
今もなお――己の手から零れ出すそれを見つめ、そして掌に残っている傷の痕を見つめながら、彼は俯いたままの状態で言った。
「今でも、思い出されるのです。見えるのです。あのお方の亡霊が、今でも見え、そして囁いて来るのです。『何故殺したのか』と、囁いて来るのです。そして、同族殺しと囁き、そして私のことを殺しに来るのです。夢の中でですが、それでも毎晩毎晩殺しに来るのです」
「囁く……、だと? 誰にだ?」
「ご存知のお方です。この国のことを第一に思っていた方であり、今はもういないお方でもあり、王と同等の地位にあった存在のお方に――です」
「――!」
アクルジェドの言葉を聞いた瞬間、ドラグーン王ははっと息を呑み、そしてアクルジェドがなぜ唐突にそのようなことを聞いてきたのか、ようやく理解した。
唯一理解できていないナヴィは、首を傾げながら「きゅ? きゅきゅ?」と言う声を上げて目を点にしているが、そんなナヴィと王のことを無視し、アクルジェドは零す。
自分が過去にしてしまったことを後悔するように、彼は言ったのだ。
「そうです。あのお方……、ディドルイレス大臣の兄でもあり、重罪を犯した竜人族――ガルバドレィド・ドラグーンを殺したあの日から、ずっと見て、そして……、言われているのです」
ディドルイレスの操り人形め。と――




