PLAY92 仮面使②
ぶぉっと振り下ろされる大きく、そして赤いそれで濡れている剣。
その光景を見た誰もがぎょっと驚きの声を上げ、言葉を失いながら動いて避けようという意思が無くなってしまったツグミ達は迫り来るその剣を見上げながら心の中で思った。
まずい。このままでは死ぬと――
そう思うと同時にようやくなのか、ショーマの涙も渇き、目の前にいるその存在の全容を見ることができた。
目を開けてその魔物の姿を見る。
見た目からして神々しいそれを放ち、美しい輪郭の顔に白くてふわりとした長髪。微笑むその笑みはまさに天使そのものの顔をしている。背にも天使の羽を八つも生やしており、その光景を見れば誰であろうと天使様を連想してしまうだろう。だが、その光景は一瞬のうちに打ちのめされ、その天使の手と、髪の先に巻き付けているそれを見た瞬間、誰もが天使様ではないと確信をしてしまう。なにせ――その天使が持っているものは――聖書でもなければ聖水が入ったツボでもない。その天使が持っているものは――いくつも返しがついている鞭と、赤いそれがべとべとになりながらも付着している大きな剣。髪の毛の先についているものは釣り針のようなものだが、その釣り針にも返しがついており、明らかに拷問をするためにつけた姿であった。その体を包んでいる白い布の衣服には赤い点々がこびりついており、すらりとした足とその足には棘がついたサンダルを履いている――一目見て異常性を思わせる様な姿をしている天使……、否、天使の姿をした化け物――『偽りの仮面使』を見た瞬間、ショーマはその光景を見て顔を固め、そして小さな声で言葉を零した。
「わーお。デッドエンド……」
その言葉が零れた時、ショーマの思考回路はまさに真っ白。
全てに於いて真っ白の世界になっていた。
その光景を見て叫ぶことも、真剣に剣を振るうことも忘れた顔をして、ショーマは目の前にいる天使を見上げたまま、ぎょろりとしてはいるが悍ましさなど微塵もなく、強いて言うとコミカルめいた目と唇を剥き出しにしたままショーマは呟く。
心の中で……『はい、ジ・エンド』という言葉を零しながらショーマはその光景を見上げ、目の前にいる天使はショーマ達に向けて手に持っている赤いそれがこびりついたそれを一気に振り下ろす。
ぶぉっと言う空気を切り裂くような音と共に、『偽りの仮面使』は満面の天使の微笑みと共にその剣を振り下ろす。
クロゥディグル達を真っ二つにするように、勢いをつけて――!
しかし……、その攻撃を見ても全く動かないという思考回路はいずれ消滅する。
消滅すると同時にすぐに発生する回路は――避けるという思考回路。
その行動を行ったのは――ショーマ達を背中に乗せているクロゥディグルだ。
「っ!」
クロゥディグルは一瞬、本当に一瞬だけ意識が飛びかけたかのような衝撃と茫然を感じてはいた。
しかしその茫然は意外にもすぐにほどけ、その衝撃を塗り潰すように現れた感情――つまりは攻防戦に徹する覚悟が芽生える。
それと同時に、クロゥディグルは今まさに自分に目掛けて振り下ろされるそれを見た瞬間……、クロゥディグルはその剣が振り下ろされる軌道から逸れるように体を横に曲げ、そのまま横に向けて逃げる態勢を作ろうと、彼はそのまま体を逸らすように左に向けて曲げる。
脳裏に映る――思い出したくない忌々しいそれを思い出すと同時に、心の中で再度誓いを立てながら、クロゥディグルはその攻撃から逃げる。
――もう、あの事件を二度も起こすわけにはいかない!
そう誓い、その誓いと共に背にいるショーマ達とファルナのことを助けるように、クロゥディグルはぐぅんっと首を最大限に動かし、首から下の体を曲げたその策に向けて引っ張るように曲げた。
ぐぅううううん! と――クロゥディグルが体を曲げ、そしてそのままその角度に向かって飛び回ると同時に――背中にしがみついていたショーマ達の驚きの声が響く。
だが、その声が発せられると同時にショーマ達の意識も正常に戻り、その正常と共に誰もが避けようとしているクロゥディグルの背の鱗にしがみつき、避けるその時をじっと耐えて待つ。
このまま避けてくれ。そう願いながら……。
これに関してはクロゥディグルのお手柄と言いたいところではある。しかしそのお手柄もすぐに消滅をしてしまい、その消滅と共にクロゥディグルの背中にいたむぃは、コウガの腕の中でふと――視界に映る光何かを見た。
その時むぃは何が起きたのだろうと思いながらその光った方向に目を向けてしまい、そしてその光景を見た瞬間――むぃは叫んだ。
クロゥディグルに向けて、むぃは叫んだのだ。
「クロゥディグルさんっ! 迫っていますっ! 追っていますっ!」
「っ!?」
むぃの切羽詰まるような声を聞いたクロゥディグルははっとして横目だけで背後を見た瞬間、すぐに理解した。いいや――理解をしてしまったの方がいいだろう。
なにせ――クロゥディグルが頭を最初にしてどんどんとその剣の軌道から逸れるように避けたのはいいが、その行動こそ甘い判断でもあり、選択が少なかったせいでこのような事態を招いてしまったのだ。
なれば予想の候補。何が起きるのかという予測が少なすぎた結果、クロゥディグルは『偽りの仮面使』のその行動を許してしまったのだ。
『偽りの仮面使』がとった行動。それは簡単なことではあるが、それははたから見れば魔物らしくない行動ともいえる様な行動でもあった。
そう――人間のような行動を『偽りの仮面使』はしていたのだ。
避ける対象に対し、殺すまでその行動をやめない執念深い行動――そう……、外そうとするその軌道を修正するように、避ける対象を追うようにその軌道を変えていく。
まさに執念深い人間がすること。そしてその行動そのものが人間の思考と同じなのだ。執念深く、そして残酷なところも、人間とそっくりなのだ。
そう――この魔物は摂食交配生物。
ハンナ達が戦ったポイズンスコーピオンと同じ――人間を捕食し、知識を蓄え、己の知識として蓄積し、それを使って、人間のように学んで、学習する生命体。
ポイズンスコーピオンは魔導士……、特にアルケミストを喰らった結果、体の一部を使っての錬成ができるようになってしまった。
そして――『偽りの仮面使』は幾人もの命を喰らい、そして得たものは――感情と技術。
その感情はいろんな人間が持つ感情を見て、真似て、そして知識として蓄えたものであり、技術はポイズンスコーピオンと同じように蓄えて得たものであるのだが、問題はそこではない。
感情と技術、その二つを取り込んだせいで、今ショーマたちが相対している『偽りの仮面使』は、人間並みの知性と感情、そして――技術を得て姑息で、相手が最も嫌うようなことを酷使する魔物に変わってしまっているのだ。
最も怖いのは人間。
という言葉があるかもしれないが、今の時点でその言葉よりも、最も怖い存在が目の前にいる。
そう――人間の感情と技術を得て、相手が最も嫌うようなことをこれでもかと大盤振る舞いをし、そして相手を徹底的に追い詰め、そして殺すという思考を得てしまったのが、今回の『偽りの仮面使』。
だからだろうか、今まさに『偽りの仮面使』はその行動を起こそうとしている。今まさに相手が絶望してしまうようなその行動を起こしながら……、『偽りの仮面使』は魔物にはない感情を感じていた。
その顔を見たクロゥディグルは、強張るその顔で『偽りの仮面使』を見た瞬間、内心――こいつは、本当に魔物なのか……? と思いながらクロゥディグルは『偽りの仮面使』を見上げる。
天使とは思えない――悪魔のような残虐な笑みを浮かべながら、その軌道を逸らし、そしてそのままクロゥディグルのことを殺そうとしているその魔物の顔を見て……。
「――っ! この悪魔めっ!」
と、クロゥディグルは叫んだ。王道の言葉を吐き捨て、悪魔でもないのにその言葉を叫び、そしてその軌道からも逸れるように飛んで避けようとしたが、その行動でさえも目で追い、そしてその軌道を面白おかしく剣で追いながら攻撃をしようとする『偽りの仮面使』。
まるで異常な女の行動そのもの。
邪悪な笑顔も相まってその行動の異常性に拍車がかかる。
その異常性を見てクロゥディグルとコウガたちの顔にも恐怖が降りかけのように降りかかってくると、それを察知したむぃは、もぞもぞとコウガの腕の中から脱出すると同時に――降りかかってくる『偽りの仮面使』の剣に向けて――
「占星魔法――『反射鏡』ッ!」
と叫び、その状態でむぃはスキルを発動させた。
むぃの声に反応するように、『偽りの仮面使』が持つ剣の前に出たのは――半透明の壁。長方形の形に作られたただの半透明な壁なのだが、その大きさは一目瞭然で、剣のほうが透明な壁よりも数十倍大きいそれであった。
その光景を見たコウガは内心心もとないなと思いながらも手に忍刀を抜刀して忍ばせていると、『偽りの仮面使』はその壁を壊す勢いで、渾身の力でその剣を振るう。
壁を切り、そしてそのままクロゥディグルと、ショーマたちのことを殺す勢いで――
「アハハハハハハハハハハハハ。アハハハハハハハハハハハハ」
くすくすくす。
へらへらへら。
けたけたけた。
きゃはははは。
『偽りの仮面使』は笑う。笑う。笑う。笑う。
笑いながらその剣を力一杯振り下ろし――否、この場合は斜め下に薙いだと言ったほうがいいだろう。そのまま斜めに薙ぎ、壁ごと壊して殺そうとしたその瞬間――
――ごっ と、壁に叩きつけるように振るった瞬間、鈍い何かが当たる音を感じたと同時に……。
――ぅぉおんっっ! と、薙いだ剣が一人でに、否――まるで何かによってはじかれるように自分に向かって来た。しかも――『偽りの仮面使』の顔面に向かってそれは襲い掛かってきたのだ。
「――っ!?」
その光景を見て、あまりに想像できないようなそれを見た『偽りの仮面使』は、驚きを露にしながらその光景を見て声を失い、それと同時に迫りくるそれを見た。
どんどんと自分に向かってくるその剣の刃を見て……。その剣は刀のように腹などないもので、両刃剣であるが故それを顔でなんとか防ぐことなどできない。むしろそれをしてしまえば――顔に傷が残ること間違いない。
だが、今はそのようなことをして防ぐことなどできない。
どんどんと迫りるその光景を見て、そしてその光景を見た『偽りの仮面使』は何とかしてそれを防ごうと鞭を手に持っているその手を顔の前に持っていき、そして己の顔に向かってくるそれから逃れようと手を盾に――鞭を持っている手首を盾にして顔を伏せいた。
その隙を見て、クロゥディグルは逸らす軌道のまま飛び、流れる様な行動と共に『偽りの仮面使』から距離をとる。
ばさりという大きな翼の音を出しながら――
クロゥディグルがその行動をしている間に――『偽りの仮面使』の顔に向かってくるその剣はどんどんと『偽りの仮面使』の顔面に向かって迫り――
がぁんっっっ!
という固いものと硬いものがぶつかり合うような音を出しながらその衝撃を受けた。
顔の前に出したその手首にその剣が当たるように――否、この場合は斬り込みを入れるようにそれが刺さってしまったのほうがいいのかもしれない。
なにせ――『偽りの仮面使』の手首に当たってしまったその剣は、手首を切断するのかと言わんばかりに深く切れ目が入っており、その箇所からなぜか黒い血がこぼれ出ていた。
ドロドロと、緩く流れる様な滝の如く、それは流れていた。
その光景を見て言葉を失っていたクロゥディグル達は、その光景を見て言葉を失いつつも、もし、本当にもしむぃがあの攻撃を防ぐことをしなかったら……。
と思った瞬間――コウガたちの背筋に悪寒が走り、そしてその顔面を蒼白にさせながらその光景を見ることしかできなかった。
「アアアアアアアアアアアッ! アアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」
『偽りの仮面使』はその光景を見つつ、突き刺さってしまったその剣を無理矢理引き抜き、腕から滴り落ちるそれを忌々しそうに見つめながら『偽りの仮面使』は大きな舌打ちを零す。
ドロドロと流すそれを見つめ、そしてその剣にもこびりついてしまった赤黒いそれを交互に見ながら……、『偽りの仮面使』は「ちっ!」と、大きな舌打ちと同時に苛立ちの顔を浮かべる。
何度も、何度も舌打ちをし、そして足をばたつかせながら『偽りの仮面使』は苛立ちに身を任せる。
まるで――余計な真似を……! と思っている姑息な人間の顔の状態で――だ。
「あの顔……、人間そのものの……、ううん。あれは」
「ああ、まさに感情を持つ者が表す意思表示。まるで大きな天族だ」
「それだけ……あの魔物は感情的に動いている。ってことだよね。だって……、いくら魔物でも、あんなふうに逃がしてしまっただけであんなに怒るなんて……、信じられないと言うか、聞いていないもん」
「同文だ。魔物はそんな思考を持っていない。ただ食べるか、邪魔をする者を殺すか。快楽で殺すかの本能だけ。だが……、この『偽りの仮面使』は、そんなもので動いていないようだ……。まるで……」
「……快楽の赴くがまま……な感じ」
その光景を見てあまりに人間じみた顔になっているその魔物の姿を見て、ファルナとクロゥディグルは悍ましいものを見たかのような顔をしてその光景を見つめる。
なにせ――魔物と言うものはほとんどが獣と同じような存在であり、この世界で感情の表現は人間の専売特許なのだ。
クロゥディグルの言う通り――魔物は食べる。殺す。そう言った潜在意識だけで動く傾向がある。本能が強い生き物と思ってくれてもいい。
が――摂食交配生物は違う。
摂食交配生物は人間を食べ、そして知識と力を得る魔物。
生存などと言う従来の魔物の定義を覆すように、彼らが欲しいのは――生きとし生けるものの何か。つまりは言葉をしゃべる生物たちの何かが欲しい。
知識でも強欲でも才能でもなんでも、取り込めるものであれば何でも欲しい。そう言う生き物なのだ。
ポイズンスコーピオンは魔導士。つまりはアルケミストの知識を使って己もそれ以上の知識と技術を使って相手を殺したいと言い本能で――
そして、『偽りの仮面使』は、感情を持っているものすべての者たちを喰い、そして感情と知識、技術を使って、人間と言うものを知りたいという想いを糧にして動いているのだと、クロゥディグルとファルナは悟った。
しかし……、その想いはいつしか歪み、今となっては快楽の殺生を心行くままに楽しむ異常な魔物となってしまっているその光景を見てしまったクロゥディグルは、心の中で今目の前で怒り狂っている『偽りの仮面使』を見て思った。
――だが、それでもこの状況はまずい。あの『偽りの仮面使』は、昔この国を滅ぼそうとした『偽りの仮面使』はわけが違う。あの時もひどい被害をもたらしたあの魔物でも、倒すのにかなりの時間と犠牲を伴った。それは私も知っている。
――そして、その犠牲となってしまった人たちの悲しみも今でも覚えている。
――それなのに、今私の目の前にいるこの魔物はそれ以上の存在だ。
――厄介この上ない存在。
――こんな奴相手に、本当に勝てるのか……?
――前以上に知識を持ち、あろうことか感情を持った……、且つ! 相手が最も嫌がるような姑息なことを余すことなく使うという知略と心理戦に長けた存在!
――……勝てるのか……? この状況……、本当に、勝てるという希望が見えるのか……?
クロゥディグルは思う。
このまま勝てるのかという不安と、前に見た『偽りの仮面使』とは違うその姿を見て、ショーマ達だけで勝てるのかという不安を抱きながらクロゥディグルは見上げる。
今もなお倒せなかったことで苛立ちを剥き出しにし、足をばたつかせて癇癪を起こしている『偽りの仮面使』のことを見上げながら……。
しかしクロゥディグルの不安をよそに、その光景を見ていたショーマは手に持っている刀を抜刀し、そしてその刀の先を癇癪を起こしている『偽りの仮面使』に向けると、ショーマは自信たっぷりの音色で――
「よっしゃーっ! 相手は今苛立って俺達のことを見ていねえっ! つまりは隙ありすぎの状態! その状態ならば俺でも簡単に切り傷を残せる! 今のうちに接近しましょうクロクさんっ!」
「っ!? ショーマ様っ!? 何を言っているのですかっ! 今接近は危ないです! あと私の名前はクロゥディグル! クロゥです!」
と言った瞬間、そんなショーマの後先考えていないなんともバカの考える行動を聞いたクロゥディグルはぎょっと驚いた顔をし、そしてショーマのことを横目で見ながら静止のそれをかける。
勿論――名前の訂正も忘れずにだ。
クロゥディグルのその言葉を聞いたショーマは驚いた顔をしつつ、そしてクロゥディグルの顔がある背後を振り向きながら、ショーマは見開かれた目で睨みつけながら、張り上げるような声で彼は――否定のそれを零す。
「危ないって言っていたら、いつになったら接近をするんすかっ! 俺たちはこいつを倒すためにここに来たんすよっ!? 逃げるなんてできませんし、それにこいつを止めて、倒せばクリア! 簡単でシンプル! 俺でもわかりやすい試練の内容! それに……、試練を投げだすことは、男として許せねえっすよっ!」
ショーマは言う。ここで逃げるわけにはいかない。
たとえ試練であっても逃げたくない。そして試練でなくても逃げたくない。それをしてしまえば――男として失格だ。
そんな真っ直ぐな言葉を聞いたクロゥディグルは驚きつつもショーマの真っ直ぐな言葉に、返す言葉が見つからなかった。どころか、クロゥディグルは思ってしまったのだ。
彼は、怖くないのかと……。
あの時も、鳥人族の族長に対して彼は胸を張って反論をし、そしてこの状況に持ち込ませた。デュランの助太刀もあって状況に持ち込みやすくなっていたが、それでもきっかけを作ったのは――ショーマだ。
今まで反論も何も許さず、己の思うが儘に郷を動かし、そしてファルナを縛り付けていたその族長の威厳を、臆することもなくいとも簡単に反論をし、そしてそのまま勢いと共に熱弁をした。
引くことも知らないのか、あのコウガでさえも反論できなかった族長の意見に反対の意を示し、そして自分の意志も曲げることなく、貫き通したショーマ。
簡単に言うと気合で押し通してしまったショーマ。
その光景を見たクロゥディグルは彼のことを見て、ある意味凄い存在だと思う反面、クロゥディグルは同時に思ってしまったのだ。
彼に――恐怖と言うものがあるのか?
と……。
生きとし生けるものには必ずある恐怖。その恐怖を感じていないなどと言う人間は絶対にいない。いくら強がっていたとしても、怖いものがある人間が必ずいる。
しかし、ショーマはその恐怖を感じさせないような固い意志を持ち、その意志の赴くがまま行動をしている。
まるで――その恐怖でさえも感じさせないような、強い心を見せているかのような姿で……。
だからこそ、クロゥディグルは思ったのだ。
さっき殺されそうになったにもかかわらず、なぜそこまでして戦おうとするのか。なぜ怖い思いをしたのに、戦おうとするのか。いくら試練であったとしても……、誰であろうと恐怖で動けないのが普通だ。
そう――普通は。
だが、その普通の行動どころか反対の行動をしているのがショーマであり、ショーマはその恐怖を感じさせないような決意の表れを顔に出し、そして倒そうという試みを顔で表しながらその刀を『偽りの仮面使』に向けている。
「いくぞーっ!」と掛け声をかけながら挑もうとしているその姿を見て、クロゥディグルは思ったのだ。
――この少年に……、恐怖と言うものがないのか? 死ぬということが、怖くないのか……?
と――
「っ! ショーマ前っっ!」
「え?」
しかし、そのような長考の中でも時間と言うものは過ぎていく。
そう――経過をしていく。
その中でショーマの近くにいたツグミははっと声を零し、そして起き上がると同時にショーマの斜め上の方向に顔を向けながら、ショーマに向けて声だけでその方向を示すと、その声を聞いたショーマは素っ頓狂な声を上げてツグミが言う前を見た。
勿論……、突然のことだったので目を黒豆の如く点にしながら……。
すると……。
ショーマの視界の上に映る黒い影。
その黒い影は今現在でも動いており、その動いているなにかが一体何なのだろうと思いながらショーマは刀の先を目の前に向けたまま――そっと顔を上げると……、ショーマは声にならないような驚きの声と共に、目が飛び出そうなその顔をしながら驚愕のそれに顔を染めていく。
それはツグミも、コウガも、むぃも同じで、彼ら三人はその光景を見た瞬間顔面を蒼白にさせ、今度こそ終わりの予感を心の中で連想させながらその光景を見上げている。心の声ももう終わりというそれを口ずさんでいるが、三人がそう思うのも無理はない話だ。
なにせ――今ツグミたちの目の前にあるその光景は、『偽りの仮面使』であるが、その『偽りの仮面使』が次なる攻撃の方法として、今度は剣ではなく、斬られてしまいそうになった鞭を持っている手を掲げ、そして体に捻りを入れて回ろうとしているその光景がツグミたちの目に映ってしまったのだから、無理もない話だ。
大概――普通の一本の鞭であれば一回の攻撃で終わってしまう。
しかし『偽りの仮面使』が持っている鞭は三つに枝分かれしているもので、一介のふるいで三回の攻撃ができるという鞭。しかも返しがついているので……、大きなダメージを受けるのは絶対だろう。
更には髪の毛の先についている返しがついた釣り針もあるのだ。体をひねっているということは、体を回転させる――つまり、髪の毛も乱れ、髪の毛に先に着いた釣り針が当たる。
それを喰らうとなると……、大ダメージは躱せない。
どころかどんどん肉が抉られ、ダメージがじわじわとなくなる。
まさに拷問のようなそれを繰り出そうとしているそれを見た瞬間、誰もが思った。
これはまずいと、このまま回転をして接近するとなると……、これはまずいと誰もが思った。
そう思うと同時に『偽りの仮面使』はぎりぎりと歯を食いしばる憎しみの顔をむき出しにし、ショーマ達のことを捉えると、そのまま空中で剣と鞭を持った手を胸のあたりでクロスさせるように丸め、ぐるん、ぐるんっと回転をする。
己を中心とし、そのままフィギュアスケート選手のように、ぐるぐるぐると回り、そして髪の毛と鞭を開店と同時に横に広げながら、『偽りの仮面使』は少しずつ、本当に少しずつクロゥディグル達に近付く。
どんどんと、その回転を加速させながら嬲り殺そうと近づいて来る『偽りの仮面使』。
「おいおいおい……っ! このままじゃまずいっ! あいつこのまま接近して嬲殺しにするつもりかよ……っ!」
「このままあらびきウインナーになりたくないよぉっ!」
「うわーんっ! 粗挽きどころかひき肉もいやですぅ!」
「くそーっ! 回転をしながら優雅に攻撃ってか……っ! 上等だ! かかってこい『偽りの………!』えーっと……、何とかっ!」
「覚えろバカっ! あとかかろうとするやつは馬鹿だからぁ! 即死だから正常を戻せこのあんぽんたんっ!」
『偽りの仮面使』の行動を見て舌打ちを零しながら忍刀を携えるコウガ。その顔には焦りも浮かんでおり、明らかにまずいというそれを顔に出しながら頭をガリッと掻きむしる。
背後で慌てて泣きそうになりながらも、それを堪えつつ頭を抱えてしまっているツグミと、その光景を見て泣いてしまいそうに叫んでいるむぃ。
ツグミはあの攻撃を防ぐ魔物を使役していないがゆえに慌て、むぃは防ぐ術を持っているにしても、『占星魔法――『反射鏡』』は連続攻撃に対応していないが故、彼女の力もこの状態ではなんの役にも立たない。
いうなれば――MPの無駄遣いになってしまう。
その状況の中、自分ならばきっと身を挺していけば攻撃できるという思考が焦りのせいで出てしまい、そのままショーマは前に躍り出て攻撃を繰り出そうとしていたが、その光景を見ていたツグミに羽交い絞めされて止められてしまう。
ショーマに対しての罵倒を吐き捨てたツグミの声と同時に、ファルナはふっと――右の視界に映る黒い何かを見た。
一瞬であったが、何かを見た。
「?」
その一瞬が何だったのかと思い、ファルナは視界の端に映った黒い何かが通った右を見て、そして辺りを見回しながらその黒いのが何だったのかと思いながら無言できょろきょろと見渡した瞬間――
「――『無音の乱切り』」
デュランの声が聞こえた。
それと同時に――回転をしていた『偽りの仮面使』の動きが、どんどんと遅くなり、しまいには回転をやめてしまう。
まるで――独楽がどんどんと回転の力を失っていくような速度で、どんどんと遅くなり、そして回っていたその姿で止まると、『偽りの仮面使』は驚きの顔を浮かべながら目の前にいた人馬の鬼士――『12鬼士』が一人のデュランのことを見降ろす。
驚きの顔で、唖然とした顔で、『偽りの仮面使』はデュランのことを見降ろすと、その光景を見ているのかわからないが、それでも見上げていたデュランは、手に持っていた槍をぶぅんっ! と、横に薙ぐと同時に、その槍に付着していたのか……、黒い何かが空中に放り出されて、そのまま地面に向かって落ちていく。
クロゥディグルの下に位置する――草木にその黒いのが『ぼたたっ』と落ちた瞬間、デュランは言った。
『偽りの仮面使』に向かって、彼は言ったのだ。
「回転しているおかげで、なんとも楽に切り傷を残せた。ありがとうな」
そう言った瞬間、本当のその瞬間だった。
今まで体に残っている傷は、鞭を持っている手首の切り傷だけだった。しかしデュランがそう言った瞬間、草木にその黒い液体が落ちた瞬間――突如として起きたのだ。
『偽りの仮面使』の体から――黒い液体がばしゅぅ! という音を立てて噴き出すその音と、衝撃が。
それも……一つだけではない。
体中に、腕に、足にそれが吹き出し、そしてその噴き出しているその箇所には――いつの間にかできていた縦や斜め、そして横一線の切り傷ができており、その光景を見て、更には体中から出ている己の生命の水を見て、体中から込み上げて来るずきずきとした痛みを感じながら……『偽りの仮面使』は最初に見せた微笑みが失われたかのような怒りと怨恨に満ち溢れた顔をデュランに向ける。
そう――その傷をつけたのはデュラン。
デュランが放った詠唱――『無音の乱切り』はその名の通り、無音の状態で連続攻撃ができるという詠唱。前にヴェルゴラに対して使った技でもあり、デュランがよく使う詠唱でもあった。
己の連続攻撃を受け、怒りを露にしたその顔を見て、デュランはふっと鼻で笑うような声を零すと、デュランは手に持っている得物の先を『偽りの仮面使』に向けながらこう言った。
心の中で、自分の決意を固めながら彼は言った。
「憎いだろう。憎ければ我を殺す気で立ち向かえ。嬲殺しなんぞ――ただの時間の無駄に過ぎない。本気で来い。摂食交配生物」
我の強さの証明の糧となれ。
デュランのその言葉を聞き、ようやくだろうか、戦う意思を固めたコウガ、むぃ、ツグミはそっとクロゥディグルの背から立ち上がり、武器を構えながら『偽りの仮面使』に向けて敵意を剥き出しにする。
ショーマも刀を構え――脳裏に映る友の背を思い出しながら、彼は思う。
――あいつも、はなっぺもこんな奴らと何度も戦って、そして勝ってきたんだ。
――そして今でもそんな苦難を乗り越えようとしている。俺も乗り越えないといけねえんだ。
――こんなところで止まっちまっている暇はねえ。はなっぺの力になるために、あいつを……、メグの目を覚まさせるためにも、俺はこんなところで立ち止まっている暇はねえ!
――早く経験を積んで、強くなって進まなきゃいけねえ! こんなところで怖がっている暇なんてないんだ!
――この試練で、今まで遅れていたそれを挽回する!
ショーマは思う。今まで遅れていた自分の不甲斐なさ。そして弱さ。更には彼女――ハンナが背負うその重さを痛感し、己がどれだけ弱い存在なのかを痛感しながら彼は立ち向かう。
今ここにいる仲間達と一緒に、試練を合格して、そして……強くなるために。
その光景を見て逃げ出さないところを見たファルナは、その場で背にある翼を羽ばたかせながらクロゥディグルから離れると、ファルナはショーマ達から離れたところで、自分の被害が出ないところで空中観察をしながら言った。
笑みと真剣さが含まれているような――含み笑みで……。
「ファルナの試練――開始」




