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PLAY09 捕食の魔物⑤

 その言葉を聞いて、私は体の奥から溢れ出す黒くて紫が混じったどろどろとしたもしゃもしゃを感じ、すぐにポイズンスコーピオンを見る。


 ポイズンスコーピオンは叫びながら悶え苦しんでいる。それはもう断末魔を上げながら……。


 でも、おかしいのだ。


 体はうごうごと痛みに耐えながら、なんとかしようともがいているようにも見える。


 でも……。尻尾を見ると、なんだろう……。


 さっきまではちゃんとした蠍の尻尾だったはずが、なんだか……。


 ()()()()()()()のだ。


 形が歪で、今も……、あ! ボコッて()()()()っ!?


 ううん。あれは……、みんな気付いていない。でも、私は見てしまった。


 尻尾のところがぼこぼこと歪になって……、まるで()()()()()()()()()()()()()()()……っ!


 私はすぐに息を吸って叫ぶ。


「――逃げてっ!」


 私自身、初めて聞いた叫び。


 その叫びを聞いてみんな驚いて動きを止める。私自身あまり叫んだことがない。でも……、今はそれどころじゃない。


 叫んだ瞬間だった。


 ポイズンスコーピオンは悶え苦しんで叫んでいたそれをピタッとやめて……。


「「え?」」


 キョウヤさんとシャイナさんが驚いた声を上げて、音がした方――上を見る。


「え?」


 アキにぃも驚いた声を上げて。


 私はすぐに、ゴロクルーズさんとみんなの周りに……。


「『囲強盾(エリア・シェルラ)』ッ!」


 と叫んで、それを発動させた。


 瞬間、みんなの周りに出る半透明の半球体のそれ。


 宙に浮いているシャイナさんは半透明の球体だったけど……、それでもそれは一瞬。


 一瞬過ぎて……、見ることができなかった。




 ガガガガガガガガガガガガガガガガッッッッ!!




 突然の騒音。


 それは鈍器で何かを殴るような音。そしてすごい勢いで吹き上げる土煙。


 土煙のせいで私は目を手で覆って隠してしまい、状況が見えない状態だ。


 それでもまだ騒音は続く。


 土煙も消えない。


「っ!」


 私は何とかして目を開けようとしたとき……。


 ふっと、土煙から出た丸い黒。


 黒は、私の目の前を襲い……。


 襲い……? え?


 ううん。違う。これは……。


 一瞬スローモーションのようになった世界で、私は目の前のそれを見て。なんなのかと認識しようとして、それが、鼻の先に当たろうとした瞬間……。


 ふっと視界が揺れる。それも『ぐわんっ』と横に流れるように。


 それを見て、体感した私は一瞬世界が飛びかける。


 その一瞬は本当に一瞬で、私はぼぅっとしていた間隔が一気に覚めたところで、現状を把握する。


 上を見上げると……、ヘルナイトさん?


 腕は――掴まれているようで。腰の辺りはなんだか、支えられ……ちがう。これは、抱えられて、横抱きにされている?


「え? へ……?」


 驚きで、言葉がうまく出ない私。一言の一文字なら出るけど……、それでもヘルナイトさんは冷静に、それでいて張り詰めた緊張の中、彼は言った。


「厄介だ」

「へ?」


 私はヘルナイトさんのその声を聞いて、ふっと、ヘルナイトさんと同じように……、前を見る。すると視界に入ったそれを見て、目をひん剥いて驚いて、そしてブワリと思い出してしまう。


 それは……、今起こっている状況。


 ゴロクルーズさんとおじいさんは、それを見ているだけで、その場から動いていない。ゴロクルーズさんはわかっているとしても、おじいさんは悠々としたその無表情でそれを見ている。


 でも、戦っているアキにぃ達は、さっきまでの優位が、一気に逆転して、劣勢になっていた。


 キョウヤさんは尻尾をしならせながら屈んでそれを見て、シャイナさんは驚きで固まっている。アキにぃは銃を構えながら、それから目を離さないでいた。


 その目の前にいたのは……、ポイズンスコーピオン。のはずだ。


 でも、土煙の影は、異様なものを映していた。


 体のそれは変わっていない。でも、()()()()のだ。()の方が。


 風がブワリと吹いて、土煙を巻き込んでいく。


 そして、その姿を見て……。みんなが驚きで言葉を失っていた。


 私は……、それを見て、思い出した。


 初日……、マースさんがこんなことを言っていた。


 この世界には独特の進化を遂げて、罠にかけた人間を食べて、知識を蓄え、自分で学習をする魔物がいると。そして――さっきおじいさんも言っていた。


 その魔物を――摂食交配生物と……!


 それが今、私達の目の前にいて……。


 さっきまで叫んで痛がっていたそれが、嘘のように悠然と立ち上がっている。


 ヘルナイトさんに切られてしまった足。キョウヤさんに切られた足は無くなったままだけど……、尻尾から出ている細くて固い糸を何本も出して立ち上がっている。


 体の大部分は変わっていないけど……、変わったところは――尻尾。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。


 トンカチや棍棒、そして鉄球という、鈍器主体のそれに枝分かれして、尻尾だけが別の生き物となってうねっていたのだ。さっきまでの蜥蜴とは大幅に離れている……。


 別の、生命体に……。


「なんだありゃ……」

「なによ……あれ」

「……これじゃあ……」


 キョウヤさん。シャイナさん。アキにぃが驚きの声を上げる中……、ヘルナイトさんは静かに、私にしか聞こえないそれで……言った。


「――あのポイズンスコーピオンは……人間並みの知能を得ている」



 □     □



「人間……並み?」

「ああ」


 ヘルナイトさんは言う。今悠然と立っているポイズンスコーピオンを見て……。


「ハンナ。お前はあれのことをよく知らないだろう?」

「……聞いていたんですけど、詳しくは……」

「だろうな……」


 私も思い出したばかりだ。と、ヘルナイトさんは言う。すると――


「ヘルナイトッ! 知っているのかっ!?」


 あれを! とアキにぃは叫んで振り向く。


 その最中、ポイズンスコーピオンは攻撃をしないで、私達の会話が終わるのを待っているかのように何もしてこない。


 それを見ていたヘルナイトさんは……。ただ「ああ」としか言わず、そして彼は説明した。


「あれは……、ポイズンスコーピオンは『摂食交配生物』。奴らは人間を捕食して、知識を蓄え、己の知識として蓄積し、それを使って、人間のように学んで、学習する生命体でもある」

「人間を……っ!?」

「食べて……っ!?」


 ぞわりと、青ざめるキョウヤさんとシャイナさん。それでもシャイナさんはヘルナイトさんを見て大声で言う。


「なら何!? それじゃああの尻尾が変わったのは!? 全部人間の知識で!?」

「ああ。それも、お前達異国の冒険者の魔導師……。アルケミストを食べて得た知識だろう……」

「っ」


 異国……、冒険者……。つまりは……、プレイヤー……?


 アルケミストを食べて、あんなことができる。つまり……、あのポイズンスコーピオンは、()()()()()()()()()()()()()()、何かに作り替えて戦っているってこと……?


 まるで、漫画のような話……っ。


 それに……食べられてしまったということは……、もう、その人は……っ!


 私は最悪のケースを想像してしまい、頭を横にブンブンと乱暴に振るう。


 それを見ていたヘルナイトさんは、どんな顔をしていたのかわからない。でも……、大剣を持っている手を逆手にして、持つところを小指と薬指で持ちながら、残りの三つの手で……。


 私の頭を、ゆるりと撫でた。


「?」


 私はそれを感じて、顔を上にあげようとしたとき、ヘルナイトさんは何も言わず、私を地面に降ろした。ゆっくりと、丁寧に。


 私は少しよろめいてしまったけど……、戦いは終わってなかった。


 ポイズンスコーピオンは尻尾をぶるぶる震わせて、『ごきっ』『ぐじゅ』『ベキュッ』と言う音を鳴らしながら、尻尾の形を変えて、別の何かを作ろうとする。


「またかよ!」

「こんなのって……、ありえないから!」


 キョウヤさんとシャイナさんが叫ぶ中、アキにぃは銃をポイズンスコーピオンに狙いを定めて……、引き金を引いていた。狙いは……。


「『ストロング・ショット』!」


 パァンッ! と、それは一際大きな発砲音を上げて放たれる銃弾。


 アキにぃも後ろにぐらついたけど、それでも銃弾はポイズンスコーピオンの目元に向かって、一直線に向かう。


「――おい! 加勢に向かうぞっ!」

「あーっ! なんでこうなるのよぉ! ったくぅ!」


 ダッと駆け出して、キョウヤさんとシャイナさんが加勢に向かう。


 ヘルナイトさんもそれを見て、大剣をしっかりと持って加勢に向かった。


 私はその背中に手を差し伸べようとしたけど……、空できゅっと握って、そのまま降ろし、その手をもう片方の手で握ってみんなを、ヘルナイトさんの背中を見る……。



 何度も、何度も拭っても、拭いきれない不安とは、このことなのだろうか……。


 みんな諦めてないのに、それでも新たな不安が私を襲うのだから……。


 って!


 私はぱんぱんっと、自分の頬を叩く。ひりひりと痛む頬だけど、私は決めたんだ。自分ではっきりと言ったんだ。


 信じるって。


 ヘルナイトさんのあれも……、きっと信じろって言ってくれたんだと思うから……。


 手をかざして……、ぐっと気を引き締めて、私は構える。


 戦えないなら、支援に徹する。そして……アキにぃを、キョウヤさんを、流れで巻き込んでしまったけど……、シャイナさんを、ヘルナイトさんを……。


 信じる。


 アキにぃが放った銃弾は、ポイズンスコーピオンの目元に向かって飛ぶ。


 けど……。


 ポイズンスコーピオンは手の鋏を『ごきゅ』『ぐしゅ』『グギッ』と中で何かを作りながら、甲殻もぼこぼこと歪にしていき、そして――



 バキンッ! と()()()()()()()()()()()()()()のだ。



「――うそぉ!」


 アキにぃの叫びは虚しく響いて、ポイズンスコーピオンは両手に作られた盾をガチンッと合わせるようにして目元を守ったのだ。それのせいでアキにぃのスキルはいとも簡単に防がれてしまう。


「くそ! っ!?」


 キョウヤさんが上を見て、ぎょっと驚いている。私もその上を見ると……。


 ポイズンスコーピオンは尻尾をまた別のそれにするために、尻尾の内部で生々しい音を立てて歪に形を成している。それを見てキョウヤさんはすぐに尻尾をしならせ、バチンッと素早く後退した。


 でも、ポイズンスコーピオンが尻尾を使って作ったのは……。


 ライフルの銃口。


「っ!?」

「あ、危ないっ! 『強盾(シェルラ)』ッ!」


 私はすぐに、キョウヤさんの前に『強盾(シェルラ)』を発動する。


 ポイズンスコーピオンは尻尾をうねらせながら、『バァン』っといびつな発砲音を出して撃った。


 それがなんなのかわからない状態で撃たれたので、キョウヤさんは盾を使ってなんとか逃げ、代わりに、私が発動したそれは……、いとも簡単に壊れた。


 バギィンッ! とガラスが割れるように。


 どんっと地面に深く突き刺さり、土煙が立ち込める。


 キョウヤさんはだんっと地面を蹴り、くるんっと後退しながら飛んで回り、尻尾の先を地面につけてトンッと跳んでから、なんとか地面に降り立つ。


「っぷはぁ! やっベ! なんだありゃ! ハンナサンキュー!」

「い、いえ……っ!」


 大きく息を吐いたキョウヤさん。キョウヤさんにお礼を言われ、私は首を横振るうけど……、ポイズンスコーピオンは尻尾から出した糸と足で、器用に歩く。しかしさっきまでの速度は出ないようだ。


 まるで、松葉杖をついて歩いている人のように……。


 そしてアキにぃのトリモチがまだついて動けないみたいだ。


「あいつ……、動けないのか……」


 アキにぃがそれを見て、ほっと胸を撫で下ろしていると、シャイナさんはダッと鎌を持って駆け出す。


「なら――やることは一つ! さっきできなかったことをするまでっ!」


 そう言って、シャイナさんはポイズンスコーピオンの足に向かって、鎌を大きく振りかぶって、片足のかかとを軸にしてぐるんっと回りながら……。


 彼女は叫んだ。


「――ぶつ切りだぁっっっ! 暗鬼鎌(リッパー・スキル)――『足破壊斬(レッグ・ゴア・セレサ)』ッ!」


 ブォンッと白い光が鎌を覆って、それは刃がある反対の方にも出て、鎌が三日月の形の刃の鎌になって、シャイナさんはそのままぐるんっと、振り回すように斬る!


 ――はずだった。


 ポイズンスコーピオンは盾にしていた片手に力を入れて、生々しい音を立てながら、今度は大きな短剣にして自分の足を……、トリモチがついたそれをザシュッと斬ったのだ。


「っ!」

「え? 斬ったっ?」


 私は驚いてそれを口を手で覆いながら見ることしかできない。


 でも、ポイズンスコーピオンは自由になった足を使って、今度は残っている足に力を入れて『ゴキゴキゴキゴキッ!』と何かを作る。


 すると――シャイナさんの攻撃が来る前に……。



 ()()()()()! と。



「え!?」

「うそぉっ!?」

「はぁっ!?」


 ポイズンスコーピオンは、()()()


 足をバネにして、スプリング機器みたいにして跳んだのだ。そして今度は尻尾に力を入れているみたいにし、今度は……。


 大きな刃がついた槍と、鎌になって――


 ぶぅんっと私達に向かってそれを振るい落とした。


 三人は驚く間もなく、そして私もそれを見てすぐに『囲強固盾(エリア・シェルガ)』を作って防御しようとした。


 でもその前に、その最初の攻撃が当たる場所に――ヘルナイトさんがいたのだ。


「っ! 危ないっ!」


 私は声を荒げてヘルナイトさんを呼ぶ。でも……、ヘルナイトさんはそれを聞いていないかのように、大剣をすっと横にして上げた。


 刹那――


 襲いかかる槍と鎌。


 ズドォンッッッ! と、降りかかる強大な攻撃をヘルナイトさんは直で受けたのだ。


 土煙が舞い上がる中……アキにぃ達はそれを呆然として見て、私はへたり込みそうになって、足の力が抜ける感覚に陥った。


 けど……。

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