PLAY09 捕食の魔物④
ズンッ! ズンッ! ズンッズンッズンッ!
だんだん音の間隔が狭まり、大きくなって近付いて来る。
小鳥達が逃げる鳴き声。
なぎ倒されて倒れる木々の音。
工事とは程遠い音が自然のコロシアムに響き渡る中……、私はおじいさんと、降りられなくなったゴロクルーズさんを守りながら起き上がってその音がする方向を見る。
まるで怖気付いたかのように……、動かないで見ているだけのシャイナさんを守りながら私はすぐにスキルが出せるように手をかざす。
ヘルナイトさんも大剣を構え、キョウヤさん槍を持って、アキにぃは銃を構えながらその場で待機している。
すぐに戦えるように……、その場所で。
音がどんどん早く、どんどん大きくなっていき……。
薙ぎ倒されて折れる音が響いて、とうとうここまで来たような音を立てた瞬間……。
「気を付けろよ」
と、おじいさんは静かに忠告した。
「あれは……、一筋縄ではいかん」
そう言った瞬間……。
音がぴたりと止まった。
私は突然消えた音に対し、どうしたんだろうと思った。
「音が……、消えた……?」
「何がどうなってんだか……」
アキにぃとキョウヤさんは溜息交じりに言う。それを聞いていた私も思ったけど……、ヘルナイトさんはそれでも武器と、集中を欠くことはなかった。
でも塀に上がって泣きそうになっていたゴロクルーズさんは、泣きべそをかいた顔で、笑いながら言う。
「き、きっと! 俺達に恐れをなして逃げたんだ! そうだ! そうに決まっているっっ!」
「あー、ごめん。ちょっと待って。口閉じろデブ」
「俺はデブじゃないっ!」
キョウヤさんは鬱陶しそうにゴロクルーズさんを見て毒を吐くと、ゴロクルーズさんは怒りながらキョウヤさんに怒鳴る。
でも、デブはひどいですよ……。むむむ。
そう思った矢先、ヘルナイトさんは少しきつく、凛とした声で声を張る。
「――気を抜くな」
ヘルナイトさんの言葉を聞いた瞬間、それが合図のように、それが……、試合開始のホイッスルのように。
バカァンッッッ!
突然の破壊音に――私達は、言葉を失って、それを見た。
正面を見ていた私達だったけど、まさにその正面の塀が、いとも簡単に破壊されたのだ。
ばらばらになぎ倒されていく木の塀だったそれ。
がらんどかんっと落ちて、それを見た私は、壊れて、大きな道を作っていたその場所を見て……。言葉を失ってしまった。
そこにいたのは……、私達よりも大きい……。なんて比じゃない。
あの髑髏蜘蛛よりは小さい。でも、私五人分はある。
そんな巨大な……、うねる棘が生えた尻尾。両手にはカニのような大きな鋏。足の部分は節足動物のようにかさかさと音を出して、大きな鋏が生えている頭は少しデカくて赤い眼光が私達のことを捉えている。そしてその口元には蠢いている何かを『きしししし』と開けて、その中から覗く緑色の液体……唾液、なのかな……、それを見せつけるように、ぐぱぁっとぎざぎざの歯がいくつも生えているそれを私達に見せつけていた……。大きな、黒が勝っている紫色の甲殻を持っている……。
蠍。
「カカカカカカカカカッ」
その蠍は、何だろうか……、蠍とは思えない声を上げて鳴く。かちかちと動く口がすごく気持ち悪い……。
それを見た私は、ぞっと青ざめてしまう。
単に、蠍は毒を持っているという単純な理由ではない。
私はメディックなのだ。
状態異常の回復もできる。だから問題はない。
なら、なぜ私が青ざめて、不安に駆られているのか……。
それは――
何となく……。
本当に、直感的に思ってしまったのだ。
「うぉ! 蠍か!」
「デカいし……、フォルムがキモイ……」
「なに、あのデカさ……」
キョウヤさん、アキにぃ、シャイナさんが驚いて声を漏らす中……、ヘルナイトさんはそれを見て、静かにこういう。
「こいつは……ポイズンスコーピオン」
「「「「ポイズンスコーピオン?」」」」
聞いたことがない名前に、私達は声をそろえて疑問の声を上げる。
ポイズンスコーピオンなんて、前のMCOにはいなかった。今思うと、あの蜘蛛の魔物もいなかったけど、アップロードによって増えた魔物なのか……。そう私が思った瞬間……。
「摂食交配生物……ポイズンスコーピオン」
おじいさんが背後で言う。私がおじいさんの方を振り返って、みんなも振り返って、聞く。おじいさんは無表情に、静かに、ポイズンスコーピオンを見て言った。
「あれが、わしが出したクエスト……。『ポイズンスコーピオンの討伐』。それができれば、アムスノームの『入国許可証』――くれてやるわい……」
そういうおじいさん。それを聞いて、ゴロクルーズさんは慌てて降りようとしているけど、高くて降りられない状況に陥っている。そんな状況でも、ゴロクルーズさんはおじいさんを見て、怒って叫ぶ。
「おいじーさんっ! アレはないだろうあれはっ! あんなデカいモンスター相手に、どう戦えってんだっ!」
「だから言ったじゃろうて。お前さんは不適任だと」
「最初からそう言えば受けなかったわっ!」
そう言った瞬間……、それは突然起こった。
蠍――ポイズンスコーピオンは、私達を見ていないのか――ゴロクルーズさんに向かって、長くて固い節足の足を素早く動かして走る。
がさがさがさがさと音を立てて、そして尻尾をゴロクルーズさんに向けてぐっと力を入れている。
私はすぐに手をゴロクルーズさんに向けてかざして……。
「え? え? え? え? あ、あは、ああ、あああああっ! あああああああああああああっっっ!?」
どんどん近付いて来る恐怖に負けてしまったゴロクルーズさんは、叫びながら木の塀にしがみついてしまった。
私はそれを見て、どっと高速に近いような勢いの、尻尾の針の突きを見て、私は唱える。
「『強固盾』ッ!」
バシュッとでた半透明の球体。
ゴロクルーズさんを守るように張られたので、ポイズンスコーピオンの尻尾の突きは、『強固盾』のおかげで、ガキィンっと大きい音は鳴ったけど、罅は割れずにゴロクルーズさんを守った。
ゴロクルーズさんはほっと胸を一撫でして、その光景を見る。ポイズンスコーピオンは「カカカカカッ」と鳴きながら、ぎょろりと、何個もある赤い目を、こっちに向けた。
その眼の先は……、私達。
ポイズンスコーピオンは「カカカカカカカッ」と鳴きながら、今度は私達に目標を変えて、走り出す。
「カカカカカカカッ!」
「カカカカカカカカッ!」
「カカカカカカカカカカッ!」
そんな鳴き声を上げながら走ってくるポイズンスコーピオン。ダンダンダンッと地面を突き刺すように走るその様子はまるで戦車のようだ……。それでも私は逃げない。
ヘルナイトさんとキョウヤさんは自分達がいた場所から、ヘルナイトさんは左に、キョウヤさんは右に迂回する。
そしてアキにぃは銃を構えて……。
「動きを止める!」と叫ぶ。
「おう!」
「わかった」
二人は同意の声を上げる。キョウヤさんは呆然とそれを見ていたシャイナさんに向かって、こう叫んだ。
「そこのリッパー!」
「シャイナ!」
「ああそうだった! シャイナ! お前も戦ってくれよ!」
「はぁっ!?」
シャイナさんの名前を一瞬忘れてしまったのか、キョウヤさんは所属の名前を言ってシャイナさんに怒られてしまう。それでもキョウヤさんはシャイナさんに共闘を申し出た。
それを聞いたシャイナさんは、驚きながら少し前のめりになって大きな声で言う。
「何言ってんの!? あたし関係ないよねっ!?」
「あるない云々じゃねえっ! ここで倒さねーと、ここでご一緒にログアウトで人生ゲームオーバーだ!」
「う……っ」
ログアウトとゲームオーバーを聞いて、シャイナさんの表情が曇る。
それはそうだろう……。私もみんなもログアウトになりたくないから必死に戦ってきている。まだ三日だけど、その深刻さはすでに二日目に体験済みの私達だ……。
「それに、ここでゴロクルーズ殺されることになったら、後味悪りーしクエストもクリアできないだろっ?!」
それを聞いたシャイナさんは、ぎゅっと鎌を持つ手を握り締めて……、そして……。
「っだぁー! わかったわよっ! やるってば!」
と叫んで、鎌を構えて駆け出すシャイナさん。
確かに、シャイナさんは聞いた限り……、あまり聞いていなかったけど、シャイナさんはなんとしてもゴロクルーズさんを捕まえようと躍起になっていたみたいだから、ここで取り逃がしかどちらかが殺されたりしたら元も子もないし、それにキョウヤさんの言う通り後味も悪い。
シャイナさんはそれを考えて、今は一時休戦で、共闘に賛同したんだと思う。
それを見て、キョウヤさんはにっと笑みを浮かべて、そして槍を持ってポイズンスコーピオンに向かって駆け出す。ヘルナイトさんも大剣を持って駆け出すと、アキにぃは銃を構えて……。
「まずは足!」
と言って、アキにぃは『パァン! パァン! パァン!』と三発放った。
銃弾はそのまま地面に当たったと同時に、銃弾は卵が割れるかのようにカチンと割れて、そこから白いべとべとしたそれが出る。
私はそれを見て、あれが『トラップショット』……。と思いながら手をかざしてスタンバイをする。
アキにぃはそれを打ち終わった後、銃をそっと少し降ろして状況を見る。
こっちに走って近付くポイズンスコーピオン。
アキにぃは動かない。私も動かない。
その理由は……。
――ぶちゅ! ぐぃん!
「カガガガッ!」
ポイズンスコーピオンは足についてしまったトリモチに気付かないで――前のめりになりながら叫びのようなそれを上げて崩れ倒れる。
ズズゥン! と、大きな音を立てて。
それを見たアキにぃは「今だっ!」と声を上げた。と同時に――
ヘルナイトさんはポイズンスコーピオンから見て右。キョウヤさんは左。シャイナさんは跳んで尻尾を狙う。
アキにぃはそれを聞いて、「やっぱり虫は頭悪いな」と言いながらライフル銃に新しい弾を余裕の笑みを浮かべて装填している。
それを見た私は控えめに苦笑いをしながら思った。
アキにぃひどい言い方……。と。
「暗鬼鎌――『破壊斬撃』ッ!」
ジャキンッと構えたシャイナさんは、鎌に赤い靄を纏わせて、そのままグルングルンッと、縦横無尽のように回しながら、彼女はポイズンスコーピオンの尻尾を攻撃する。
ジャキンジャキンジャキンジャキンジャキンジャキン! と――
何回も何回も繰り出される斬撃。
時にぶじゅっと青い血が噴き出る時もあったけど、それでも傷は浅いようだ……。
キョウヤさんも槍の刃に淡く光るそれを出しながら槍を一気に後ろに引いて……、一気に突く。それも……、三回も。
「『トロァ・ランス』ッ!」
ザシュッ! ザシュッ! ザシュッ! と――
キョウヤさんはその三連の突きをポイズンスコーピオンの節足の足二本と胴の甲殻の隙間に入れる。
深い刺し傷から青い血が噴き出て、斬られた二本の足は地面にぼとぼとと落ちる。
ポイズンスコーピオンはその痛覚をダイレクトに感じて、「ガガガガカカカガガカガカガッ!」と叫ぶ。腕や体をぶるぶると震わせながらポイズンスコーピオンは痛みに耐えている。
ヘルナイトさんはそれを見て、足についたトリモチを見て、そこを斬らないように大剣を片手で持って手首のスナップを使って流れるように力強く――右の足全部を切り刻んだ。
ザシュザシュザシュザシュ! と――蠍の足が地面に落ちて、大量の青い血が噴き出す。
「カカカカカカアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」
痛みでもうあらん限り叫ぶポイズンスコーピオン。それを見たアキにぃは銃を構えながら大きな声で言う。
「このままゴリ押ししよう!」
「おう!」
「あーもう! 流れに乗っちゃったけど……、これで貸しだから――なんか驕ってよ!」
キョウヤさんとシャイナさんが言う中、ヘルナイトさんだけは……。
何も言わずに、そのままで大剣を構えて警戒をしていた。
そして私は……なにか忘れている……。そんなことを思っていた。
おじいさんが言っていた……。確か……。
『摂食交配生物』……。
なんだか、聞き覚えがあるような……、そんな気がするのだけど……。
そう思っておじいさんの方を見ると……、おじいさんは安全地帯の中で観戦していて、それでいておじいさんは呆れながら首を振って……。
「……まだ青二才が……。ありゃ――」
死ぬな。完全に……。