PLAY89 ここからが①
「はぁ……。はぁ……。はぁ……。はぁ……。はぁ……。お。終わった……の?」
そう言いながら私はかざしていた手を下ろし、少し遠くの目の前で広がるその光景をアキにぃ、つーちゃん、シリウスさんとリカちゃんと一緒に見て、そしてナヴィちゃんと一緒にその光景を見て、唖然と言うか……多分茫然としていた。
だって――今私達の目に前に広がるその光景はついさっき見た光景とは全く違う光景でもあり、その光景を近くで見ているキョウヤさん達はきっと私達以上に驚いているだろう。驚くと同時に安堵のそれもどんどん込み上げて、私はそれを見てほっと胸を撫で下ろしてしまっていた。
緊張が続いた結果の反動と言うものなのかはわからない。
けど……、これは夢ではない。現実。
今私達の目の前に広がっている光景は――今まで黒く染まっていた世界が嘘のように真っ白いそれに包まれ停る様な摩訶不思議な光景。とでも言った方がいいのかな……?
今まで戦って、倒そうとしていた『終焉の瘴気』の一部――『残り香』
『残り香』は今まで千もの竜の首と黒い靄で覆われていて、怖いという印象が強かった。
でもその印象が今となっては嘘のような光景になっている。
黒かった鱗や肌も白くなり、白くなると同時にいくつもの目があった眼球が時計が止まった世界に飛ばされたかのような動かない目となり、これも白くなっていく。
ヘルナイトさんが最後の攻撃を放ったあの心臓のような場所も、今となっては白いそれになっていて……、簡単に言うと、すべてが石灰岩のように、薄い膜で覆われた卵の殻のような白いそれなっている。
そう――何もかもが終わったかのような……、白くて生命反応を無くしたかのような姿になっていたのだ。
止まったと同時に、黒い靄となって消滅することもなく白い石灰の銅像になり、『残り香』だったそれは未だにその場所で浮遊をするように留まっている。
ううん。まるで時間が止まったかのように動かないだけなのかもしれない。
『残り香』のその姿を見た私やアキにぃ達は、唖然としながらその光景を見て、誰も言葉を発さずに無言のまま口をあんぐりを開けている。
私の終わったの? という言葉に誰も答えず、その質問でさえも私は忘れてしまいそうなくらい、私は今の状況を見て茫然としていた。
誰もが思うであろう。倒したことへの達成感。そして倒したという嬉しさよりも、不覚にこの姿を見て、そして今まで獰猛に攻撃を繰り返していた『残り香』だった存在の最期を見た時、誰もがその姿を見て……こう思ったに違いない。
儚いような、それでいて、不覚にもきれいだと。
こんなことを言うのも変な話だけど、私はその光景を見て思ってしまったのだ。きれいな銅像の様だと、そう思ってしまったのだ。
「終わったのだな。これで――恐怖が」
「!」
そんなことを思っていると、私達の近くに来ていたのか、私達に向けて声を発したグワァーダに乗ったドラグーン王と、近くで立っていたヘルナイトさん。
そして……、なんだが痩せこけてしまい、生気が無くなっているしょーちゃんがそこにいたけど、そんなしょーちゃんのことを見ていた私は一体何があったんだろうと思って声を掛けようとした時……。
「あ! ドラグーン!」
「シリウスよ。拙僧のことは王と呼べ。今はその立場なんだぞ?」
「わかったよ! ドラグーン」
「………はぁ。だが、今は、大目に見ておこう」
と、シリウスさんの言葉を聞いていたドラグーン王は、呆れたように注意をしたけど、結局改善されることもないような雰囲気だったので、深い溜息を吐きながら呆れのそれを示すと、それと同時に王は『残り香』だったその存在に向けて目を向け、そして小さく、安堵と嬉しさ。そして小さな喜びのもしゃもしゃを出しながら王は穏やかな音色で言った。
私達はそれを聞いて、そして再度『残り香』だったその光景に目を移すと、王はその光景を見ながらこう言ったのだ。
「今は、この夢のような光景を目に焼き付けておきたい」
「………夢って、大袈裟な気が」
「大袈裟ではないぞ。いいや――この場合は長い因縁に一旦終止符が打たれただけ。それでも、今まで苦しめられてきた地獄からの解放と同じ嬉しさがある。本当に、ようやくだった。本当にようやく……、国の恐怖を一旦取り除くことができた」
「?」
王の言葉を聞いていたアキにぃは頬を掻きつつも首を傾げながら困ったような顔を浮かべる。その光景を見ていたリカちゃんもうんうんっと頷きながらアキにぃの言葉に同意を示すと、その言葉を聞いていた王は首を振りながらアキにぃ達のことを見て静かな音色で言った。
長い長い間国の存亡を左右された、そして幾人もの命を奪ってきた元凶の一部――『残り香』を倒した。
それが一体どれほど嬉しい事なのか。今までできなかったことがそれだけ歯痒かったのか。今成就されたことに本当に心から嬉しいという感情をひしひしと伝えるように、冷静な音色で話しかけてくる王。
その言葉の中に、なんだか変な言葉もあった気がした私は、首を傾げながら王に聞こうとした時、王はそんな私の言葉に自分の言葉をかぶせるように続けてこう言ってきたのだ。
「これも、武神と、そして浄化の力を持っている貴殿のおかげだ。そして、貴殿達の力がなければ倒せなかった」
王は言う。私と、そして背後にいるヘルナイトさんのことを見ながら、私とヘルナイトさん。そしてアキにぃ達に向かってゆっくり、ゆっくりと頭を垂らし、そして王の視線がグワァーダの背中の鱗を見るように曲げると、王はその状態で言った。
深く――深く頭を下げた状態で、王は言ったのだ。
「本当に、感謝する。ありがとう」
その言葉を聞いて、深く頭を下げて、一介の冒険者に対してお礼を述べている王のことを見た私は、驚きのあまりに言葉を失っていた。アキにぃも驚いて言葉を失って、つーちゃんは口をあんぐりと開けたまま固まっている。
シリウスさんはその言葉を受け止めてなのか、頭を掻きながら照れながら「いやはや~」と言って、リカちゃんは驚きながら「王様頭下げているー! すごいレアな光景ー!」と、少し場違いなことを言っていた。
でも、ヘルナイトさんだけはその言葉を聞いて、王に向かって腰を下ろし、そして片膝を立てて誠意を表すような体制になると、ヘルナイトさんはドラグーン王に向かって――
「面を上げてください。ドラグーン王よ。あなたの様なお方が私達のような存在に頭を下げることはないです」
と言って、ヘルナイトさんはドラグーン王に向かって言う。
ずっと聞いている凛とした音色でヘルナイトさんが言うと、ドラグーン王はそっと頭を上げ、膝を立てて頭を伏せているヘルナイトさんのことを見降ろすと、ヘルナイトさんはその視線に気付いてか――再度凛とした音色でこう言ったのだ。
「私は、私達は己がするべきことをしただけです。自分にしかできないことを全うしただけです。それほど、おおそれたことはしていませんので、どうか、頭を上げてください。そのような言葉をもらうために、私達はこの事態に加担したわけではないのですから」
はっきりとした音色で、そして全うな意見を述べたヘルナイトさん。
それを聞いて、王は一瞬目を驚かせたかのような目の見開きをしたけど、すぐにふっと目を伏せ、その後で目を開けた状態でヘルナイトさんを見降ろすと――王は言った。
ヘルナイトさんに向かって穏やかな音色で……。
「そうだな」
と言った。それだけだった。
でも、それを聞いた私は安堵と言うか、何と言うか、妙に心にすっぽりと治まったかのようなすっきりとした感覚が私のことを襲った。
なぜすっきりとしたような気持ちになったのかはわからない。けど……、私は多分同じことを思っていたんだと思う。
私も、ヘルナイトさんの言う通り――自分は自分ができる限りのことをしただけ。
後悔も何もしていないから、私もヘルナイトさんの言葉を聞いて、同意のそれを感じたのかもしれない。
私は、私ができることをしただけ。できる限りのことをしただけなのだ。お礼が欲しいとかそんな理由で加担したわけじゃないから、頭を上げてほしい。
そう思ったから、多分ヘルナイトさんが言ってくれた方、すとんっと治まって、すっきりしたのかもしれない。
私はそう思い、再度『残り香』だったそれを見ようとした瞬間――
「おぉーいっっ!」
「!」
遠くから声が聞こえた。
その声を聞いた私達と王、そしてヘルナイトさんと切り干し大根のようになってしまったしょーちゃんは、声がした方向を見る。上空から聞こえてきたその声が一体何なのかを見るために見つめると……。
「あ!」
最初に声を上げたのは、リカちゃんだった。
リカちゃんは声がした上空に向けて指を指すと、指を指しやその方向から小さな影が私達がいるその場所まで飛んで降りてきて、そのままどんどん接近してくる。
「おぉーい!」
「無事かーっっ!?」
私達に向かって近付いて来るエドさんと、エドさんを乗せているワイバーンの京平さんが私達に向かって飛んで近付いて来たのだ。
その光景を見たアキにぃが二人の名を呼ぶと、京平さんはエドさんを乗せた状態でナヴィちゃんの隣に並列して浮遊をすると、リカちゃんはそんな二人を見て――
「二人共おかえりー!」
と言うと、それを聞いてエドさんは穏やかな笑みを浮かべて「ただいまー」と溜息を吐きながら言うけど、その穏やかな顔をすぐに消して、エドさんは王のことを見て慌てながらこう言ってきたのだ。
「じゃなくて! 王様、お怪我はありませんか?」
「ああ、ない。むしろ拙僧は無傷だ」
「あ。そうなんですか……。良かったぁ……。じゃなくて、あの、王様……。その」
王の言葉を聞いて安堵のそれを吐いていたエドさんだったけど、すぐに頭を横に振って、再度王様のことを見ながらエドさんは王様に向かって聞いた。
槍を持っていない手でその場所を指さしながら、エドさんはなんだか顔色が悪いような……、それでいてやばい予感を察知しているような顔で、その場所を指さしながらエドさんは言った……。
「あれ……、そろそろ助けに行きません? おれ達だけでは多分……、全員救助をすることはできないかもしれません」
『?』
それを聞いた誰もが、目を点にして首を傾げていたけど、エドさんの言葉を聞いて、そしてエドさんが指しているその指の先を見つめ、その先に向けて目を動かすと……。
『あ』
その光景を見た瞬間、私達は唖然とする声を出してしまった。厳密に言うと……、ドラグーン王、ヘルナイトさん、切り干し大根と化してしまったしょーちゃんに、エドさん、京平さんを除いたみんなと言うべきなのだろう……。
私もその一人で、エドさんが指を指したその光景を見た瞬間、一気に罪悪感と言うか、なんでこんなことに気付かなかったのかという気持ちがこみあげてきた。
一言で言うと――忘れていた。である。
なぜ忘れていたと思ったのか。それには理由があって、エドさんが指を指したその光景を見てすぐに思い出したのが一つの理由なんだけど、これは理由にはならない。
厳密な理由で言うと……、エドさんが指を指したその先にいたのは――石灰のようになってしまった『残り香』だったんだけど、その光景を見た一瞬は、一体何が危ないのだろうと思うかもしれないけど、その光景を一瞬凝視した瞬間に、私達はエドさんが言う『助けないといけない』という理由が一体どういうことなのかを理解してしまう。
私達の目に映った『残り香』は、未だに白いままで止まり、倒されたというそれが見てわかる様な姿をしていたけど……、殺気とは違う光景が私達に視界に広がっていた。
私から見て――右側の方なのだが、その場所は私が最初に見たとき、首が三本あったような気がしたんだけど、今見たらその首が、二本になっていた。しかも――そのもう一本があった場所を見ると、根元からぼっきりと折れているようにも見える。
その光景を見て、そして注意深く周りを見ると……、ところどころから小さな石がぼろ……。ぼろ……。と崩れて、零れているようにも見える。
まるで――倒壊するかもしれない空間に降り注ぐ小石のように、それはぼろ……。ぼろ……。と『残り香』の石灰の体から零れていた。
「あれ……? これって……」
「やばいかもしれませんね……」
アキにぃとつーちゃんはその光景を見て、引きつった笑みを浮かべていたけど……、私もその光景を見て、心の中で頷きながら内心心配が全身を覆っていくような感覚を覚え、そしてナヴィちゃんに向かって――
「な、ナヴィちゃん……! 早くあ」
と言いかけた――その時だった。
――ベキッ!
と、どこからか何かが折れるような音が聞こえて、その音を聞いた私達は目を点にして、その方向に目をやろうとした……。その時――
ぼろぉっっっ!
と……、石灰と化した『残り香』はガラスの瓶が地面に落ちたかのような壊れ方をして、ばらばらになった。
しかも――上空で、シェーラちゃん達を乗せたまま、『残り香』は白い靄と言うか、石灰が粉になったそれを風に乗せて――消滅してしまった。
魔物が黒い靄を出しながら消滅するのと同じように……、黒い靄が石灰のそれに変わっただけで、魔物と同じように――消滅をしてしまったのだ。
――シェーラちゃん達を残して!
『うわぁぁぁあああああああああああああああああーっっっっ!? なんでこうなるのぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!? 助けてえええええええええええええええええええええええええええっっっっ!!』
いきなり『残り香』と言う名の足場をなくしたみんなは、そのまま重力に従うように地上に向かって――どんどん落ちていく。
「ぎゃあああああああああっっっ! なんで壊れるんだよおおお! 聞いてねええよぉおおおお!」
「んんんんんんんっっ!?」
「ほぎゃあああああああ落ちるですううううううううううっっっ!」
「いででででででででっっっ! おいむぃ痛てぇって! 爪立てるあいだだだだだだだだ!」
「ちょちょちょちょっっっ! どうなっているのよっ! 何とかしてよっ!」
「きょうや! このままでは落ちる! おぬしのその尻尾の発条でなんとかしてくれっ!」
「こんな空中ではなんにもできねえよっ! あとあんた達オレのことどう思ってんのっ!? 何でもできる最強マンじゃねえぞっっ!?」
シロナさんや善さん、むぃちゃんやコウガさん、シェーラちゃんや虎次郎さん、最後にキョウヤさんがワーワーギャーギャーと喧嘩をしながら、困惑しながら、そして泣き叫びながら落ちていく。みんながみんな、それぞれ思ったことを言葉にして叫び、ヘルプやちんぷんかんぷんなことを言っているけど、それを言っている間にもどんどんっと地上に向かって落ちていくみんな。
女性陣はスカートを押さえ、男性陣は驚愕の顔を浮かべて顔面そうな苦になり、むぃちゃんだけはコウガさんの背にしがみついて飛ばされないように爪を立てているみたいだけど、それを受けているコウガさんは痛みを訴えているみたいだけど、それが聞こえないほどみんなの声が周りに響いた。
あ、でもその状況を察してなのか、デュランさんはいつの間にかグワァーダの背に乗っている。いつの間にここに来たんだろうと驚きながら見ていたけど、今はそれどころじゃない……っ!
「ナヴィちゃん! 早くみんなのところに!」
「グワァーダ! お前もだ!」
「いけ! 京平」
「俺は一人用だべ!」
各々がこの一難去ってまた一難のような状況を何とか打破するために、私はナヴィちゃんに、ドラグーン王はグワァーダに、エドさんは京平さんに向かって救出を命令する。
私達の言葉を聞いたナヴィちゃん達はその言葉に頷くと同時に大きな翼を羽ばたかせて、落ちていくみんなのところに向かう。
あ、京平さんは即断ったけど……、それでも行動してくれたよ。根はいい人みたい……。
そんなことを頭の片隅で思いながら、私はみんなが落ちていくところに向かって、ナヴィちゃんと一緒にアキにぃ達と一緒に救出に向かう。
未だにみんなの叫びが聞こえる中、これで浄化ができると思って浮かれていたけど……、まだまだこれからだということをつゆ知らず、私達は救出に向かった。
『誰か助けてくれええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっっっっ!!!』
◆ ◆
その頃――とある裏路地。
裏路地と言う言葉を聞くと、印象があまりよくないイメージが強いであろう。
今回話すその裏路地はまさにそのイメージ通り、否――それ以上の雰囲気を漂わせている場所である。
その場所はアズールの者達でもあまり知られていない場所でもあり、異国でも知られることがない場所でもあり、その場所はとある者たちにとってすれば、いい隠れ蓑なのだ。
その裏路地……、否、路地裏のようなその場所は太陽の光など当たらない場所――いいや、まるで闇の世界にいるかのような真っ黒いだけのような場所であり、ほとんどの光は火の魔祖を持つ瘴輝石の力でその裏路地を照らしている。だが、その小さな光だけでも闇の暗さには負けているようで、ところどころの足元は暗く、あまりにも歩きづらい空間ではある。
しかし、そんな暗い世界に順応をしているかのように――元々暮らしているかのようにその場所に鉄板でできた簡素な家や屋台。そして露店を出している身なりがボロボロの住人達。その住人達は裏路地の闇の中を歩み、歩く人々に何か得体のしれないものを売りつけていた。
明るい世界では見られない……、魔物の素材の一部や高価な魔道具に瘴輝石。そして……、赤黒い何かがこびりついた装備品などが置かれており、それをあたり前のように、しかも高額の値段で売りつけている。
その光景はまさに異常と言えるような光景だが、これはまだ序の口。
その屋台から少し離れた場所では、大きな壁に囲まれた建物がそびえたっており、その壁には大きな血文字で何かが書かれていたが、一瞬見たら何を書いているのかわからないが、これはアズールから少し離れた北に位置する魔物と人々が共存しているナーヴィスの国で使われている言葉であり、その言葉でこの文字はこのように書かれている。
『UNDERGROUND MARTIAL ARTS』と――
そう、その場所は地下格闘技場がある場所でもあるのだ。
地下格闘技場では色んな猛者達が賞金を目当てに己の拳を使って日々戦っているのだが、その音も凄まじく、防音性の壁で作ったとしても、その音はその裏路地の世界に広がっていく。まさに――地獄の叫びのように……。
しかしその音を聞いたとしても、誰も困るなんてことはなかった。むしろ――興奮するような顔をして、観戦などせずに盛り上がっている者達が多々いるほど、この裏路地の世界は――狂っていた。
狂いに狂い過ぎていた。
そんな裏路地の世界を知っているものは一握り。そしてそれを知ったとしてもその裏路地にいる存在達に口を封じられてしまう。
そんな場所。
その場所は絶好の隠れ蓑。
その世界の住人達は口を揃えてこう言った。
罪を犯した者達の楽園・又は荒稼ぎ達のオアシス――『クィーバ』と。
そんなクィーバに、見慣れない三人がやっと二人が並んで通れるような道の真ん中を陣取り、我が物顔で真ん中を歩みながら通行人の進行を阻害していた。
かつかつかつと、女性物のヒールの音と二つの足音がまるで合掌のように聞こえてくるが、通行の邪魔をされたクィーバの住人達は、平然と真ん中を陣取るその人物達に睨みつけるような視線を向けようとしたが……、十人はその通行人を見た瞬間、呆けた顔をして前を歩いているその人物のことをじっと見つめていた。
呆けた顔で、鼻の下を伸ばした状態で、その通行人とすれ違う住人はイラつきなどどこへやら――まるでなかったかのようにその人物のことを見ていた。
住人達は男性がほとんどであったが、少なからず女性もおり、女性達はその前を歩く通行人の後ろにいる一人の通行人を見て、頬を桃色に染めて、同じように見つめてしまった。
否――魅入ってしまった。の方がいいであろう。
あまりの姿に、住人達は手を出すことをせず、じっとその人物達のことを見つめていた。
通行人の中でも最も巨体であり、ふくよかな体つきで、肌と髪の毛を隠すようにすべてを白い防護服で覆っているかのような姿をしているが、その背に背負っている大きな機材がそのふくよかな体よりも目立つ姿をしている。手に嵌められている緑色のゴム手袋。黒いゴム製の長靴。そして素顔を隠すかのようにつけている『六芒星』の仮面をつけた男は、隣で歩みを進めているその人物のことを仮面越しで横目で見降ろす。
その通行人の視線に気付いていないのか、爬虫類の片目に鉄でできたマスクと眼帯。黒い髪は伸ばしているけど肩まであるそれで、前髪も無造作に伸ばしている。そのせいか、その紙の隙間から見える目は怖い印象を植え付ける。服装は黒を基準としたカットシャツのような襟が立ったものに皮のズボンにロングブーツ。そして両手がなぜか機械のような両腕で、右手は壊れてるのかない状態の男は歩みを進めながら注目の的となっているその通行人に向かって――
「おい……、一体いつになったら着くんだ?」
と聞いた。苛立つような音色で、左手の機械の腕を『カキカキ』と動かし、頬を掻きながら聞くと、そんな彼の前にいたその人物は妖艶な音色で――
「もう少し」
囁くように言った。
その女性――金色のふわりとした長髪に、目元には深い切り傷が残っているが目を閉じてても妖艶な香りを放ち、黒く露出が高いワンピースを着ているグラマラスの裸足の女性は、その衣服や露出している肌にもその赤い液体をこびりつかせ、背中ある黒いカラスのような羽も赤黒く染めてしまい、全身を赤で染めているかのような姿のままここに来たその女性の言葉を聞いて、機械の男は呆れるように深い溜息を零す。
そんな男の横にいた大柄の男は内心焦りを出しながら最悪なことが起きないことを願っていた。
が――その大柄の男の願いも虚しく……、それは起きてしまった。
当たり前の話だが、ここはクィーバ。ならず者の楽園。
つまり――この楽園でアズールのような常識が通じることは、ないのだ。
その常識が通じないことを知らしめるためなのか、突然大きな足音と手に持ってる赤い液体まみれの肉切り包丁を片手に、女性の目の前に現れた全長三メートルの大男。
その男は女性や機械の男達のことを見降ろし、べろりと舌なめずりをしながら威圧と挑発が混じった顔でこう言ってきたのだ。
「おいおいお前ら。初めての輩だよなぁ? なら、ちょっと話しようぜ。手取り足取り、やさぁしく教えてやるよ。このクィーバのことを」
「あらぁ――」
その大男の言葉を聞いた女性は、妖艶に、そして狂気的に微笑みながら肩を震わす。
大男の体を見て何かを思ったのかはわからないが、機械の男の隣にいた大男は内心起きてしまったことに嘆きながら――こう思ってしまう。
いつものことながら、こうなることは避けたかったと思いながら彼は思った。
――また……、掃除が増えてしまう。
と……。
そして、この日を境に、クィーバというならず者の楽園が、終焉を迎える。




