PLAY88 反撃! そして……①
ヘルナイトの大剣の一突きが『残り香』の中心に深く突き刺さった瞬間――アズールの民、そして冒険者による厄災への反撃が、今まさに決まった。
ずぶぶ……、と、深く、深く突き刺さった瞬間その箇所から漏れ出す黒い液体。
その突き刺さりの激痛を感じた『残り香』の頭達は絶叫を上げようとしたが、それよりも込み上げてくるものに圧迫され、言葉も呼吸も一瞬できない状態になったと同時に――『ごぷり』と口の端や前から零れ出す己の生命の泉。
それを感じると同時に――頭達にどんどん攻撃を仕掛けてくる冒険者達と、『12鬼士』の幽鬼魔王族の奇襲の攻撃を見上げた瞬間、『残り香』の頭達はその光景を見てすぐに攻撃を仕掛けようとした。
本当に仕掛けようとしたが、それよりも前に冒険者達――キョウヤ、シェーラ、虎次郎、コウガとむぃ、善、シロナ、デュラン、ショーマは奇襲と言う名の先制攻撃、そして相手の錯乱時間を利用して、それぞれがそれぞれ近くにある頭を狙って攻撃を仕掛ける。
キョウヤは一つの竜の額に槍を突き刺した瞬間――額から零れ出すそれと同時に激痛と何かが割れるような音と温かい何かを感じたのか、『残り香』は叫ぼうとしたが、その前にキョウヤは額に突き刺したそれを素早く引き抜くと同時に、空中で踊るように槍を振り回す。
薙ぐと同時に聞こえる切り刻む音。その音と同時に『残り香』一体はその音を聞いた瞬間、意識の糸を『ブツンッ!』と切り、そのまま糸が切れたかのようにぐてんっと力を失いながら行動を停止する。
シェーラは二本の剣を使って竜の首に深い傷を作り、その深さにもう一度切り込みを入れるように、キョウヤほどの戦力はないものの、武器の性能を駆使して――シェーラは『残り香』の首にもう一度剣を向ける。
先ほどは剣の形態だったが、次に彼女が出したのは剣の鞭。
鞭の形態にすると同時に空中でくるんっとバレリーナのように回り、両手を広げながら回ると、その回転を利用して彼女は一瞬動きを止めている『残り香』の傷に向けて、もう一度……、否。何度も何度も何度も――その首の傷に傷と言う名の傷を何度も刻み、回転をしながら『残り香』の返り血を浴びつつ、機能を強制シャットダウンさせていく。
虎次郎は所属上『パラディン』であり、スキルの都合上攻撃しようがないため、彼の場合は己の腕を駆使して攻撃をしなければいけない。しかし――虎次郎自身今回のことはあまり苦ではなかった。
むしろ――いつも通り虎次郎は刀の柄と鞘に手を取り、そしてそのまま『残り香』の首元に落ちていくと同時にすっと刀を抜刀――する前に、『しゃりんっ!』と、音だけの抜刀をする。
その音が聞こえたと同時に『残り香』の一つの首は己に支障も何もないことを確認すると同時にどんどん落ちていく虎次郎に狙いを定めて、虎次郎のことを喰おうと口を開けた瞬間――
ずるり……。と、何もしていないのに自分の視界はどんどん落ちていく光景と、落ちていくと同時に別の『残り香』の首に足をつけると、虎次郎はそのまま気付かない間に刎ねた『残り香』の首を見降ろしながら、小さな声で何かを言ったが……、それを聞くことは――永遠に叶わないものとなってしまった。
コウガはいつの間にか背中に引っ付いてきたむぃと一緒に落ちていくと同時に、唯一コウガ達に向かって食べようと大きな口を開けている『残り香』のことを見て、むぃは黄色い声を上げて叫ぶが、そんなむぃの叫びを無視するように素早い動きで忍刀を出すコウガ。
そしてそのまま自分達のことを食べようとしている『残り香』の歯茎にその忍刀を突き刺し、その激痛に怯むと同時にコウガはむぃのことを庇いつつ身軽な動きをして『残り香』の上顎に移動し、続けてその首を取るために忍刀を駆使して切りつける。
善は持っていたレイピアを素早く罵倒すると同時に血を吐いている『残り香』の一体の首と顎、上顎、目、角、そして歯に向け――否、その首から上に向けてフェンシングの要領で構えると同時に、善はそのまま自分が定めた『残り香』に向けて――突きの応酬を繰り出す。
繰り出し、そして一瞬ともいえる様な応酬が終わると同時に、善のその手の動きが止まった瞬間……、『残り香』の右側からいくつもの黒いそれの噴水が吹き出し、そのままキョウヤが倒した『残り香』と同様糸が切れてしまったかのようにぐてんっと力を失っていく。
シロナは虎の拳を剥き出しにし、そのまま犬歯が見える様な邪悪であり獣のような笑みを浮かべながら、彼女は近くにいたその『残り香』の首に向けて――勢いと加速、そして渾身と言う三セットを加えた打撃を加える。
いうなればストレートなのだが、そのストレートを受けた『残り香』は一瞬脳が揺れるような感覚を感じたが、それと同時に首に来る激痛と何かが壊れるような音が聞こえたと同時に……、赤い瞳孔から生気が無くなり、それと同時に力を失って倒れていく。
デュランは神力的にも現在大幅に下がって入る。だがそのような事態であろうとさほど支障がない。否――元々ジエンド以外の『12鬼士』は神力がカンストをしているのであまり心配はいらない。なので今回の戦いもデュランは普段通りにこなしていく。
こなす――と言っても、デュランが落ちていくと同時に一斉に攻め込んできた『残り香』の五つの首。その首を見ると同時にデュランは人馬のの足を駆使して、『残り香』の頭に乗り、そのまま飛び越えながら進むデュラン。
攻撃も何もすることなく頭に乗っては飛び越えていくデュラン。その光景を見てか、『残り香』は攻撃を繰り出そうとしたが――その前に五つの首は音もなく地上の海に向かって落ちていく。
まるで何のまいぶれもなく落ちていく落ち葉のように……、斬られたことも分からないまま、音もなくやられたことも知らないまま、『残り香』の五つの首は成す術もなく斃される。
ショーマもショーマで切ろうと奮起をしようとした。しかし彼は運がマイナス値の存在。希有にして異常な存在であるが故、彼に対して勝負の女神は微笑むどころか試練を与えた。
みんながしている通りに得物を――刀を抜刀し、そして鞘を反対の手で逆手に持つと、そのままショーマは目の前に迫ってくるその『残り香』の首に傷をつけようと大きな声を上げて刀を振るおうとした。が、斬ろうとした瞬間『残り香』の軌道が逸れ、ショーマの斬撃は『スカッ』いう音を立てて外してしまう。あとは予想通り、そのまま叫びを上げて竜の首にしがみつき、九死に一生を終えると同時にほかの『残り香』に狙われてしまう結果になってしまう。
なんとも哀れ。
その光景を見ながら、エドと京平はそのまま旋回をしていたが、エド達は『残り香』と相対しているみんなのことを見て正直驚きを隠せなかった。それはハンナ達も同様で、ドラグーン王も驚きの顔を浮かべながらその光景を見ていた。
なにせ、二百年以上もの間何もできなかった、攻撃どころか防戦しかできない恐ろしい存在であった『残り香』が、あっという間に十の首が無くなり、残りが九百九十になったところを見て、驚かない人など絶対にいないであろう。
長い長い戦闘の末の十ならばわかる。それほど苦戦する相手であることを示せるのだから、それはそれでいいかもしれない。しかし今は――あっという間に十だ。
あっという間に、一介の冒険者と二人の『12鬼士』が攻撃をした瞬間に十もの首がなくなった。千あったそれが、一気に十減る。
聞くとさほど驚きはないかもしれない。
だが相手は『終焉の瘴気』の一部でもあり、ボロボ空中都市が苦戦を強いられてきた――長い間先手と犠牲と言うものを生贄としてささげてきた存在……『残り香』だ。
その『残り香』相手に、エド達でさえも何度も死んでも成しえなかった首の切断が呆気なく達成されたのだ。
それも一気に十。
そして………。
『おぉぉぉぉぉおおおおおおごおぉぉぉぉオオオオオオオオオオォォォォォォォォォぉっぉォォぉォぉォぉおおオオオオオオオオオオォォォォォォォォォぉおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッっっっっッッッ!!』
一気に十もの首がなくなったことにより、『残り香』にも焦りと言う名の自我があったのだろう。
中央の塊の近くにいた『残り香』の竜の首は――その中央で大剣を突き刺しているヘルナイトに向けてぐぅんっと上に上昇し、一気に急降下する加速を利用して――ぎゅんっ! という加速音を出しながらヘルナイトのことを襲う。
たった一体の襲撃ではない。先ほどよりも十倍の百もの頭と共に――ヘルナイトにその頭たちは我先にと彼のことを喰おうと急降下をし、大きな口を顎は外れるのではないかというくらい大きく開けて向かう。
それを見て、虎次郎はヘルナイトのことを呼んで危険を知らせようとした。しかし……その行動自体手間だった。
ヘルナイトにとって、その奇襲も彼にとってすれば余裕で対処できるから。
「――『鎌鼬』」
ヘルナイトがその言葉を放つと同時に、いつの間にか大剣から手を離していたその手をグッと握ると、そのあとすぐに『パチンッ!』と指を鳴らす。
瞬間――
ザシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュッッッ!
ヘルナイトの周りを中心とした斬撃音がショーマ達や周りを飛んでいたドラグーン王、そしてエド達の鼓膜を揺らし、そしてその音が止むと同時に、ヘルナイトに向かって奇襲を仕掛けようとしていた百もの『残り香』の首たちは、ヘルナイトの近くでその動きを止めてしまう。
否――止まったというよりも、生命そのものの動きが停止してしまったので止まり、そのまま顔中を、首全体を黒く変色させ、首と頭全体が黒くなった瞬間、まるで先ほどの生命感が嘘のように、黒い煙へと姿を変えて、そのまま消滅してしまう。
ぼふぅん! と、従来の魔物の消滅のように、百十もの首が黒い霧となって空気に溶けて消えていく。
その光景を見て、できるだけ近くで旋回をしていた京平の背に乗っていたエドは、驚きの顔を浮かべながらその中央にいるヘルナイトのことを見降ろし、小さな声で呟く。
『残り香』の中央で大剣をそっと引き抜くその姿を見ながら、エドは呟いた。
「あれが……、最強の騎士。いいや。魔王族……」
「すげーな。一気に百もの竜の首たたっ斬るって……、なんつー力だべ……」
「ああ。確かに」
エドの驚きの言葉を聞いていた京平も驚きと困惑が入り混じる様な言葉をエドに向けてかけながら旋回を続けていると、その言葉を聞いていたエドはコクリと頷きつつその光景を見降ろしながら続けてこう言う。
頬を伝うその液体の感触を感じられないほど集中しているその気持ちで、彼は言う。
「あれは多分、レベル九十九の冒険者であろうと絶対に倒せない様な存在だと、おれは思う」
「ああ……、なにせ、あの『残り香』のことを覆っていたあの黒い靄を一瞬のうちに切り捨てちまったんだ。いいや、玉ねぎのみじん切りのように切り刻んじまった。その時点でバケモンだろ?」
「うん。でも今にして考えると、その力こそが絶対の安心となるのも事実」
「………だな。あの強さ、異常だべ。黒い靄を斬ったり、一気に百もの竜の首を斬ったり……、俺にとってすれば異常としか言いようがねえべ。あんな光景……」
「異常……か」
京平の言葉を聞きながら、エドはヘルナイトに向けていたその視線を今度は自分達よりも離れて旋回をしている白い体毛で覆われたドラゴンに乗っている天族の少女のことを見上げて見つめる。
ヘルナイトの切り刻んだその偉業と同じように、靄を完全に消滅させた少女のことを見上げながらエドは思う。
すっと目を細めて、少しばかり悲しそうな顔をしながらエドは思った。
――異常という言葉は、あの子にもかけるようなことなのだろうか……。
――今まで色んな浄化士が幾度となく『終焉の瘴気』を浄化しようと挑んだけど、その挑みも虚しくその命を燃やし尽くしてしまった。
――そして最も強い浄化の力を持っていた女神がいないこの世界は、まさに絶望の世界となりつつあった。
――けど、その絶望を塗り替えたのは――あの女の子。あの女の子が浄化の力を持つと同時にこの世界が光、希望に包まれ、そして……、おれ達に反撃のチャンスを与えてくれた。
――そこは嬉しい。けど……。
――それはおれ達よりも年下の女の子に重荷を背負わせているのと同じ残酷な仕打ち。
――あの子はそんな重圧、責任を背負いながら浄化をしている。それがどんなに残酷なのか、そして……、その重荷を背負わせているおれ達の我儘に、あの子を巻き込んでいる。
――結局、これはひどい事と同じなんだ。
――おれ達は……、ひどい人間だ。
「おれ達は、残酷な人間だな」
「んなこと言うな。それ言っちまったら……、お前も俺も、苦しくなっちまう。今はこの機会を作ってくれたことに感謝して、その後で恩を返す方法を考えるべ。な?」
「ああ。そう、だな」
エドの言葉を聞き、京平は彼の心を労わる様な言葉をかけてその話は一旦中断となってしまう。しかし、その後のことはこれから考える。それを頭の片隅に入れながら京平達は、飛行速度を速めて残った『残り香』の首を見つめる。
あと――八百九十の首が残っているその首を見つめ、その首を全部切り落とそうという意思を固めながら……。
□ □
「うわぁ………。一気に百の首を倒すとか……、どこぞのチートじゃないんだから限度を考えてよ……」
そんなことを言いながら、つーちゃんは呆れと困惑、そして絶句と恐怖、更には唖然が含まれた泣きそうともいえる様なもしゃもしゃを出しながら頭を抱えてしまっている。
俯いて、ぶんぶんっと頭を振りながら――つーちゃんは覇気も力もないような音色で呟く。
でも、その言葉を聞いていた私でさえも、つーちゃんの言葉を聞いてうんうんっと頷いてしまいそうになったのは嘘ではない。むしろ……、頷きそうになった。と言いうのが本音。
なにせ――あのブーメランのように体が曲がった瞬間……、キョウヤさん、シェーラちゃん、虎次郎さんにコウガさん (むぃちゃんもなぜか一緒にいた)、デュランさんに善さんにシロナさん、最後にしょーちゃんがそれぞれ襲い掛かってきた『残り香』の首を刈り取ったのだ。
キョウヤさんとシェーラちゃん、虎次郎さんとシロナさんに善さんが一頭。
デュランさんは五頭もの首を刈り取った。
その後すぐにヘルナイトさんが落ちたであろう中心に一気に百もの首が首を曲げるようにして襲い掛かってきたけど、ヘルナイトさんはそんな奇襲に動じなかったのか、そのまま百もの首を刈り取り、返り討ちにしてしまった。
それを見て、つーちゃんはおろかアキにぃも唖然とした顔で銃から目を離し、リカちゃんはそんなアキにぃ達とは対照的に大喜びの顔で「すごいすごいっ! 悪魔族のお兄ちゃん以外のみんなすごい!」と言いながら大喜びをしていた……。
………………………しょーちゃんだけは切ることもできず、そのまま『残り香』の首にしがみつくというなんともみっともない見せ場になってしまったけど……。その光景を見ながら私達は遠目でその光景を見ていた。
やっぱり、みんなすごいと思い、それと同時にしょーちゃん、無事でいてね (助けてあげたいのは山々なんだけど、ここにいる時点でそれはできないので祈ることしかできない)と思っていると……。
「でもー。これはこれでいい練習になるかもよ」
「? 練習?」
突然その光景を見ていたシリウスさんはえみと真剣さが含まれたような音色で言うと、それを聞いた私は首を傾げながらシリウスさんのことを見ると、シリウスさんは手に持っているいくつもの瘴輝石を持った状態で構えながらシリウスさんは言った。
「だって、あいつは『残り香』って言われているけど、もともとは『終焉の瘴気』の一部なんだよ? それって要は『終焉の瘴気』のミニマムサイズってことだよね?」
「………………………あ」
「え? ミニマム……? もしかして、あれ以上に『終焉の瘴気』って大きいの? ねぇ教えてください……っ! ねぇ……!」
シリウスさんの言葉を聞いた私ははっとしてシリウスさんのことを見る。後ろからつーちゃんの声が聞こえたけど、その言葉に対してかけることすら忘れた状態で私は思った。
そう。あれは『終焉の瘴気』の『残り香』。
つまりは一部。
『残り香』で千あるならば、『終焉の瘴気』はそれ以上、ううん。もしかするとあれよりも数千倍もあるかもしれない。
それを考えると、今回のこれは本当にいい練習になるかもしれない。
本当の巨悪を相手にする前の練習の巨悪。
………………………なんだが変な言葉になってしまっているけど、事実そう感じるのは私だけではないはず。
きっと……、ヘルナイトさんも思っているに違いない。
一度戦い、破れて、そして再度相対するであろう『終焉の瘴気』の前に、『残り香』相手に手こずらないように倒そうと――
きっと、そう思っているに違いない……。
そう思いながら、私はもう一度『残り香』相手に戦っているヘルナイトさん達のことを見た瞬間……。
――全身の血の気が、ざぁっと引いた。
◆ ◆
ヘルナイトが何の苦もなく百もの首を倒した後、その光景を見ていたコウガとむぃは驚きの顔を浮かべながら襲い掛かってくる『残り香』の首の追撃を何とか避けながら走り、そしてヘルナイトのことを見降ろしながらむぃは言った。
驚きの声と共に「ひゃー」と言い、がっちりとコウガの背にしがみつきながら彼女は言った。
「すごいですぅー! まるで人力ジェットコースター」
「うるせぇぞクソガキッ! んなこと言っている暇があるなら、ちょっとはスキル使って俺の援護でもしていろっ!」
なんとも場違いにも聞こえるような言葉だが、むぃ本人は本当にそう思っているらしく、辺りを見回しながら興奮冷め止まない音色で見物をしていると、その光景、行動を見てコウガは怒りをむぃにぶつけつつ、襲い掛かってくる『残り香』の襲撃を忍刀で防ぎながら怒鳴りつけた。
走りながら襲い掛かってくる『残り香』の急所――竜の体であろうと最も柔らかい口の中や目、そして歯茎を狙い傷跡をつけながらコウガはその急死を避けて行動している。
その言葉を聞いてか、むぃはぶーっとしがみつきながらも器用にその両頬を膨らませて、コウガのことを器用に意地悪と言わんばかりの目で睨みつけながら彼女はこう言った。
「援護と言いましても、相手は凄く強い魔物ですよ? もしかしたらラスボスに近いような存在なんですよ? そんなことをしたとしても、むぃの防御なんて相手にとってすれば濡れてしまった紙切れ同然の強度なんですよ? 結局は魔力の無駄遣いです。MPは大事にとっておかないとむぃは万が一の切り札としてコウガさんの背中に引っ付いています。なので援護に対しては期待しないでくださいね」
至極真っ当にしてもっともな意見を言うむぃ十歳。十歳なのに真っ当な意見を言うその顔を見ずに言葉だけで聞いていたコウガは、内心むぃに対してふつふつと苛立ちを覚えながら心の中で……。
――後で拳骨!
そう思いながらコウガは目の前に迫ってきた『残り香』の大きな口を見ると同時に、その口は下顎の歯茎に苦無を深く突き刺す。怒りを込めたような突き刺しと同時に、突き刺しの激痛と共に叫びを上げる『残り香』。
その叫びに便乗し、そのままコウガは下からすり抜けるようにその窮地を脱する。
するりと……、本職の忍びのように抜けると、突然遠くから声が聞こえた。
「アニキィイイイイイイイッッ! 助けてええええええっっ!」
「あ?」
「?」
唐突に自分のことを『兄貴』と呼び、助けを求めるその声を聞いたコウガは、心底面倒くさそうな顔で振り向きもせずに声を上げる。
むぃは対照的に首を傾げきょとんっとした顔でその方向に目を向ける。声の主のことを見て、むぃは「あぁ……」という声を出しながらなるほどと言う納得のそれと呆れのそれが混ざったような顔をして、声の主――ショーマのことを見つめた。
ショーマは叫ぶ。魂の叫びの如く――いいや、本当に魂の叫びを上げながら彼は求めた。
コウガに、助けを……。
「ちょっと助けて下さいっ! ちょっと最初格好つけようと刀を抜いて斬ろうとしたら攻撃が外れてしまって、しまいには武器である刀を落としてしまったんですっ! 武器なしの状態では戦えないから成す術もなく竜の首にしがみついているんすけど、何か竜たち俺の下に回り込んで口を開けながら俺が落ちるのを待っているんすよっ! 俺の尻肉とモモ肉を食べようとしているんす! やばいやばいやばい! やばい雰囲気すっ! すごく怖いんすよっ! このままじゃ俺こいつらの焼き肉にされちまうううううううううううっっっ!」
「お前の体は牛の肉の部位かっ! んなこと言っている暇があるなら少しは走ったりして数を減らすように努力しろっ!」
「無理だって言っているじゃないっすかぁっ! このままじゃ俺はパックンっすよぉおおおおおっっ!」
「自分のことだろうがっ! 責任もって何とかしろっ!」
「兄貴いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっっっ!!」
その助けを聞きながら、コウガは呆れと怒り、苛立ちが頂点に達すると同時に横から来た『残り香』の上顎の歯茎に忍刀を『ぐっさり』と突き刺すと同時に荒げた声でショーマのことを見ずに叫ぶ。
それを聞いたショーマは半べそを書いた状態でコウガのことを見ると、コウガはそんな彼のことを見ないまま自分のことに集中をするためにそのまま『残り香』の首を走って行ってしまった。
コウガの走る後ろ姿に手を伸ばし、半分泣いた顔と半音高い声で叫ぶショーマをしり目に、『残り香』の頭達はショーマのことを見上げて、その大きな口を開けながら落ちるその時を待つ。
本当に、その時が来るのを待つ殺人鬼のように……。
「ほぎゃあああああああああっっっ! サイコパァアアアアス!」
その光景を見ながら、とある親友から聞いた話を思い出すと同時にショーマは叫ぶ。もう高校生であることを忘れ、恐怖におびえてしまった子供のように大泣きをしながら……。
そんな光景を見ていたのか、シェーラは呆れた顔をしつつ、形状をレイピアに変えた剣で『残り香』の顔面に斬った後を刻むと同時に、呆れた顔をして彼女は思った。
――五月蠅いし、てんで役に立たない。
と………。
しかし、ずっとその光景を見ながら呆れた溜息などつくことなどできない。
むしろその溜息自体が大きな隙と化してしまう状況の中、シェーラはすぐに視線を目の前にいる『残り香』に戻し、斬った傷跡にもう一度攻撃を入れるように、彼女は再度その剣の形を鞭に変えて……。
ざしゅっっ! と、大きな斬る音を立てて、自分の目の前にいた『残り香』の背後に回り、そしてそのまま足を止めて横目だけで『残り香』のことを見ると……。
どばっ! と、口から黒い己の生命の源水を吐き出す『残り香』。
その光景を見ていたシェーラは心の中で攻撃が効いていることを確信し、そのまますぐに次の攻撃を入れようとした瞬間……。
――しゃりんっっ!
という抜刀音。
その音を聞いたと同時にシェーラははっと息を呑むと、自分の目の前にいた『残り香』がそのまま再度原水を吐き出すと同時に黒い塊になっていき、そのまま黒い靄と化していく姿を見ながら、シェーラは大きく舌打ちをする。
後少しで倒せたのに。そう思いながら彼女は己の背後――もとい己の目の前に回った存在を見つめながら、シェーラは言う。
心底むかつくような音色で、彼女は言った。
「私でも倒せたはずなのに……、邪魔しないでください。お師匠様」
その言葉を聞いてか、彼女よりも距離を置いて彼女の目の前であり、背後にいたその人物――虎次郎は刀を鞘に納め、『かちんっ』という音を出しながら納刀すると、虎次郎はシェーラのことを横目で見つつ、にっと老人とは思えないような圧のある様な笑みを浮かべ、穏やかで少し明るい音色でこう言った。
「おぉ。邪魔だったのか――それは失礼したな。何せ体が勝手に動いてしまってな。そこは許してほしいものじゃ」
「………………………本当に、勝手に体が動いたのかしらね?」
そう言いながら、虎次郎の言葉に対して頷きを見せなかったシェーラはそのまま歩みを進め、自然な形で、自然の動きで彼女は虎次郎と背中合わせになって剣を構える。
その姿を横目で見ながら、虎次郎は少しばかり驚いているような、それでいて嬉しいかのような音色で彼はシェーラに聞いた。
「ほぉ? これはどういうことだ? 一体どのような風の吹き回しなんじゃ?」
「あら? どういうことかしら?」
そう言いながら、虎次郎の言葉をシェーラははぐらかすように肩を竦めると、彼女は虎次郎のことを見ずに剣を構えながらこう断言をした。
心の中で――ずっとこうして……、孤児院でもこんな風に戦いたかった。ずっと願っていたことが達成されたという嬉しさを噛みしめながら、彼女は言ったのだ。
「体が勝手に――よ」
「………………そうか」
シェーラの言葉を聞き、虎次郎はふっと優しく、そして温かいその気持ちと同化しながら虎次郎は頷き、そして二人は――互いの背と背を反発し合う磁石のように離れると同時に――互いの目の前から迫りくる『残り香』に向けて己が武器を向ける。
それぞれが武器の性能を駆使しつつ、スキルをなるべく使わず、無駄なことを押さえながら二人はその武器を敵である『残り香』に向ける。
ずっと……こうして戦いたかった。クサビの時とは違う気持ちで……、互いのことを信頼し、そして力を合わせて戦いたかった気持ちに嬉しさを感じながら、彼らは勢いに任せて、迫り来る『残り香』二頭の首を刎ねる。
刎ねた瞬間、空中で回るそれを見上げず、黒く変色して黒い靄となって消えていく『残り香』を無視し、次に狩る『残り香』達に向かって走るシェーラと虎次郎。
微かに感じる嬉しさを胸に、死なないことを再度誓い――あの時とは違うことを確信しながら……。
◆ ◆
『残り香』の頭残数――八百八十七。




