PLAY87 悪の一部③
――ばさっ! ばさぁっ! ばさぁっ!
と、大きな大きな翼を羽ばたかせる音が私達の耳を通過していき、そのまま鼓膜を大きく揺らす。
羽ばたきが起きると同時に周りに浮かんでいた薄くて長い雲が羽ばたきと同時に翼に絡みつき、そのまま空気と同化して消えていく。白くて薄い糸となってその雲が消えて、周りの雲をどんどん形を変化させていく。
まるで地面を抉る様な変化だ。
ばさぁっ! と羽ばたくと同時に――ぶぉんっと周りの空気が変化していく光景を見ながら、私はドラグーン王が乗っているという竜の背中からその光景を――どんどん雲行きが灰色になるその光景を見降ろしていた。
現在――私達はしょーちゃん達とエドさん達、そして案内をしているドラグーン王と一緒に大きな大きなドラゴンの背に乗りながら王曰く『巨悪の根城』に向かっていた。
最初こそ一際大きな竜の背に乗って、しょーちゃんは「ファンタジーだ!」と大きな声を出して喜んでいたけど、正直私はそこまで喜べる状態ではなかった。
まぁ……言わなくても分かるかもしれないけど……、それがあったからこそ私は素直に喜ぶというか、はしゃぐことができなかった。
でも――最初こそは青い空を見降ろしながらその空の案内を堪能していたんだけど……、だんだんとその堪能もできないような状況になってきた。
荒れる空の世界と同調するように私達の心境にも不穏と言いうか……、何だろう。その気持ちがどんどんと私達の心を支配していった。
もしゃもしゃで言うと……、青と悲しい色、怖い色、苦しそうな色がぐちゃぐちゃになったかのような……、そんなもしゃもしゃを放っていた。
ボロボ空中都市にいた時は真っ青な青空だったのに、どんどんと灰色になるその光景を見ながら、どんどんと巨悪に近付いて来ているということを体感しつつ、私は心の奥に芽生え始める不安に駆られながらぐっと下唇を噛みしめる。
どんどん怪しくなる世界に、私はこの先にいる巨悪が一体どんな存在なのか、そしてその存在に私達は対抗できるのか。そして……、生きて帰ってくれるのか。そんなことを思いながら私は周りを見て、そして灰色になるどころか風がどんどん強くなるその光景を見つめ、そして肌で感じながら――下唇に留めていたそれを今度は手で体現した。
ぎゅっと握りしめて、空を飛ぶその光景を見降ろしながら、私は不安を抱えながら見降ろしていた。
一言も言葉を発さないで、ずっと無言で……。
そんな私の状態を見てか、誰か私の頭にそっと手を置いてきた。
ぽふりと、それは優しく、撫でるようにその手を置いたのだ。
私はその手の大きさを頭の感覚で察知して、私はすぐに顔を上げて手を置いたであろうその人物のことを見上げると……、そこにいたのは――
「大丈夫だ」
もう分かり切っていることだけど、それでも私は安堵の息を吐いて頭を撫でてくれたヘルナイトさんのことを見上げる。そしてヘルナイトさんの名を呼びながら私は彼に向かって控えめに微笑みながら申し訳なさそうな顔をしてこう言った。
「ごめんなさい。安心しろって言われたのに、こんなにも早く折れてしまって……」
「大丈夫だ。それにすぐにとは言わなかっただろう? だから着くまでに心を落ち着かせておくといい。もしできないなら――私も近くにいよう。安心できるのならば、できるだけ助力はしようと思う」
「………ふふ、ありがとうございます」
ヘルナイトさんの言葉を聞いて、私は何だか心の奥からぽかぽかとしたものを感じ、そしてその言葉に甘えるように、私はヘルナイトさんの近くで体育座りをしながら頷き、目をそっと閉じる。
本当に今でも思ってしまう。
私は現在でも弱いままだと。
私はヘルナイトさんに助けられている。ずっとと言うよりも、出会ってからずっと助けられている気がする。最初は髑髏蜘蛛から助けてくれた。その助けがきっかけで、ずっとヘルナイトさんは私のことを、そしてアキにぃ達やみんなのことをずっと守ってくれた。
私の約束を守るように、騎士としてその意志を全うするように……。
ヘルナイトさんは、嫌と言う言葉を吐かずに全うしてきた。
はたから聞けばなんて人任せなと言われてしまいそうな言葉かもしれないけど、私はこの世界では回復しかできない存在。その存在が一人で生きていくのは多分厳しいかもしれない。魔物を体図する術を持っていない私にとって、この場合は仕方がないことで済まされるかもしれない。
でも……、その攻撃ができない分私はできる限りのことをしようと思った。心を強く持たないとと思っていた。何かをして頑張らないとと思ってしまった。
けど……、それも空振りになって、結局私はヘルナイトさんに助けられてばかり。弱いままの自分といつかはお別れをしようと思っていたのに、結局私は今現在でも何もできない。心も弱いままの自分だ。
今だって何度も浄化をした『終焉の瘴気』と初めて立ち向かうところなのに……、その立ち向かう前から私は怯えている。
それがなんとも滑稽と言うか……、自分でも恥ずかしいことだ。
浄化の力を持っているのに、ゲームや物語に出てくる勇者のように怖がる素振りを見せまくり……、人からは浄化の力を持った救世主と言われているけど、私は私。ただの十七歳の女の子なんだけどもうここまで来たんだ。後戻りできないくらいまで進んだんだ。
もう腹を括るしかないのかもしれない。
ううん――括るんだ。
ここまで来たのなら、弱音なんて履いている暇なんてもうないんだ。もう……、切り替えよう。こんなところで弱いところを見せてはいけない。
そう思った私は良しと言わんばかりに胸の辺りで両拳を掲げて息を巻くと……。
「――なんとも滑稽な光景だな」
「!」
と、私の行動を見ていたのか、その声は私に向かって言ってきた。しかも――なんだかむすくれているようなというよりも、腑に落ちない。納得がいかない。でも怒りが込み上げてくるけど怒るほどのそれではない様な声を放ちながら、その人は私に向かって言ったのだ。
私はそれを聞くと同時に、声がした前の方向をヘルナイトさんと一緒に向いて、そしてその人の背中を見つめながら私は聞いた。
「あの……、何が滑稽なんですか? デュランさん……」
その言葉を言うと、私に声を掛けてきた人物――デュランさんは器用に馬の座る姿勢を保ったまま (そもそも、馬って座っていたっけ……? あまり見たことがないからわからないな……)私達のことを見ずにいると、私の言葉を聞いてデュランさんはなおも私のことを見ずに――背を向けたままの状態でデュランさんはこう言う。
威厳を持っているようなその音色で――
「言った通りだ。貴様と我は初めてこの場で長く話すかもしれないが、我は貴様を一目見た瞬間に思ったぞ。『貴様の様な軟弱ものがサリアフィア様が築き上げ、そして守ってきたこの国を元に戻すことができるのか』とな」
「……それは、もしかして私……、かなり馬鹿にされていますね……。驚きです」
「ああ、馬鹿にしているというよりも……、貴様のことを見下していた。の方がいいな」
というデュランさん。その瞬間――ブワリと追い風が私達のことを襲い、その瞬間私は帽子を押さえて乱れる髪を帽子を持っていない手で押さえながら耐える。
その追い風を受けながら、周りにいるみんなも髪の毛を乱し、シェーラちゃんやシロナさん、むぃちゃんは黄色い声を上げて乱れる髪を押さえている。そしてその追い風を感じながら、エドさん達の雰囲気が一層険しいもの、もしゃもしゃになった気がする……。
そして帽子の中で――ナヴィちゃんの寝言が聞こえたけど、それを無視して私達は話を続ける。追い風が着た瞬間アキにぃの「あぁぁっっ!? 今ハンナのことを馬鹿にし」という声が聞こえると同時に、キョウヤさんの「うぉおぉぉいちょっと待て馬鹿アキッ!」という慌てた声が聞こえたような、聞こえなかったような気がしたけど、それよりも私はデュランさんのことを見つめながら話を続ける。
デュランさんは言った。
「なにせ――サリアフィア様が持っていたあの力を貴様の様なまだ年端も行かない小娘が継承した? そんな滑稽な事実、何度聞いても滑稽に聞こえる。そんな事実、ありえないだろうと思えるほど、我は貴様のことを疑っていた。こんな餓鬼に何ができるとな」
「そう思われても仕方がないかな。と思います。だって、私も最初は信じられなかったですから」
「そうか……。信じられないのも無理はないだろうな。なにせ――我であろうとこのような事態は予測しなかった。そして…………、自分がここまでできない存在であったことも、予想だにしなかった」
「? ここまでできない存在? デュランさんがですか?」
「ああ。そうだ」
デュランさんは言う。
自分のことをできないという存在に確定するように、デュランさんは続けてこう言った。
「我は『12鬼士』であることに誇りを持っている。どの『12鬼士』に後れを取らぬように日々鍛錬を怠らなかった。むしろ先代の恥じぬように、我は今まで鍛錬を続けてきた。それは――この国はこうなってからもずっとだ。しかし……」
「しかし……?」
「結局――努力をしたところで、貴様達と言う経験の差と天性の力には叶わないのかもしれない。そう思っただけだ」
「経験……、の、差……、それって」
と、私はデュランさんが言っていた言葉に対して一体どういうことなのかと聞こうとした時、突然周りの灰色の世界が一気に晴れた。
そう――灰色から青い空と白い雲が浮かぶ空の世界に。
「!?」
「へ? 空……?」
「どゆこと?」
「今まであんなに不安定だったのに……」
「これは……、驚きの連続じゃ。長く生きてきた儂でもこれは見たことがない」
「んだぁ……? 突然晴れやがったな。何が起きんだ?」
さんさんと照らす太陽。その太陽の周りを飛び交う薄い雲、そして真っ青な空。
その光景はまさに私達が優雅な空の旅を楽しんでいたその光景をと同じ。雨も何もない心が晴れるような空模様。
その空模様を見上げて私の驚きを最初に――アキにぃ、しょーちゃん、つーちゃん、虎次郎さん、コウガさんが各々驚きの声を上げていく。
声を上げなかったシェーラちゃん達も驚きの顔を浮かべながらその光景を見ていたけど、その中でもエドさん達レギオンだけは驚きではない顔をむき出しにして、竜の背の上に立ちながら、彼らはとある方向を見つめる。
「――っ? え?」
私はエドさん達の行動を見て、レギオン達のその行動を見て一体何があったんだろうと思いながら見ようとしたけど、それと同時にレギオン達の背からブワリと蒸気機関車の煙のように噴き出すもしゃもしゃを見て、私は言葉を失いながらエドさん達のことを見た。
というよりも、見たことに対して後悔をしてしまった。
だって――とある方向を見ているエドさん達の顔が、いかにもこれから人を殺しに行くような顔をしていて……見た瞬間もしかして、この人達は悪者ではないのかと思ってしまった。
けど、その疑いを晴らすように、いつの間にか隣でフヨフヨと浮いていたリカちゃんは私のことを見ながら「心配ないよっ」と言って……。
「これね――エド達にとってすればリターンマッチなんだよ!」
と言ってきた。
リカちゃんのその『リターンマッチ』の言葉を聞いた私は、首を傾げつつ、リカちゃんにオウムのように言葉を返すと、リカちゃんは「うん」と頷き、そして……。
「だって――私達レギオンはずっとあいつに負けてきたんだよ? この世界に来て、ずっと」
「ずっと……?」
「そう! 負けっぱなしだと嫌だから、みんな勝つ気満々で勝負を挑んでいるの。でもそれでも負けちゃうの。だってあいつ――攻撃通らないんだもん」
「通らない? 攻撃が?」
「そう! あいつ――本当に嫌な奴なんだ」
そう言いながら、リカちゃんはとある方向に指を指して、むすっと頬を膨らませながら私に向かって言った。
指を指した方向は、奇しくも私達の真正面。
私はその指が刺された先を見つめ、そしてその方向に目を動かし、そして首を動かしてその存在がいるであろうその場所に目を向けた。
瞬間………。
「――っっっ!?」
私は……、一瞬すべての物が消え去ったかのような感覚に陥った。頭の思考も、体の行動も失ってしまったかのように、私は全神経がマヒしてしまったかのような感覚に陥ってしまった。
それはアキにぃ、キョウヤさん、シェーラちゃん、虎次郎さん、つーちゃん、コウガさん、むぃちゃんも私と同じ状態で固まってしまって、私と同じように目を見開いたまま固まってしまっている。リカちゃんが指さしたその方向に視線を向けたまま……、誰もが動けずにいた。
でも……その中で思考が正常なのは何人かいたのは事実。
その中でも唯一その存在を見ても怖がっていないのは――エドさん達レギオンの六人。
「また現れたか……」
「高みの見物のように俺達のことを見やがって……! 何度見てもむかつくべ!」
「ん」
「『京平の意見はいつも噛み合わないが、今回は同意見だ』だって。良かったな京平。アタシも同意見だ」
「今日も『蘇生薬』とかありったけの回復薬作ったからね! 存分に戦って!」
「俺も戦うよー!」
エドさんを筆頭に京平さんと善さん、そしてシロナさんは立ち上がり、立ち上がると同時にエドさんは盾と槍、善さんはレイピア、シロナさんは拳を構えて、京平さんは何も構えずにその存在の前に躍り出て敵意を剥き出しにしている。
そして、エドさん以外に思考が正常なその人達は……。
「あれは……っ!」
「なるほど、こいつか……! なんでこうも後出しの如く思い出していくんだ……!」
「その意見に関しては同意見だ。我もすぐに思い出したかったぞ!」
正常な人達――ヘルナイトさんとデュランさんは、その存在を見上げながら頭を抱えているような唸る声を出して言葉を発する。
二人共、思い出したことに対して憤りを感じているようなもしゃもしゃを出していたけど、その理由はすぐにわかった。私自身――正常な思考が少しずつ回復していき、みんなの会話を聞きながら私は理解していく。
今私達の目の前にいるその存在は、エドさん達が何度も相対している存在で、ヘルナイトさん達から見れば前にもあった存在であり……、そして――ドラグーン王にとってその存在は……。
元凶であり、怨敵である存在だった。
「………………二百年ぶりかな? ようやく、民の者達に安息を与える時が来たかもしれない。いいや、もしくは、この国の希望が芽生える瞬間かもしれんな?」
ラグーン王は言う。今まさに私達の目の前にいるその存在のことを見つめながら、後姿だったけどそれでもわかる様な腕の組み方をして、王は言う。音色こそ普段通りのそれだったけど、真っ赤なもしゃもしゃを放ちながらドラグーン王は言った。
目の前にいる、王が言う『巨悪』に向かって、王は言った。
「さぁ――とっとと死んでくれ。残り香よ」
そう言った瞬間、私達の目の前で私達のことを見降ろしているその存在は、黒いどろどろとしたそれを地上に向けて落としつつ、私達のことを見降ろしながら………。
「おぉぉぉぉぉおおおおおおぉぉぉぉオオオオオオオオオオォォォォォォォォォぉっぉォォぉォぉォぉおおオオオオオオオオオオォォォォォォォォォぉおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッっっっっッッッ!!」
と、野太く、そして怨恨そのものをドラグーン王に向けて放つようにそれは咆哮を放った。
私達に対しても、そしてしょーちゃん達に対しても、塵一つ残さず食い殺すという勢いを放ちながらそれは咆哮を向けた瞬間無数の首と無数の目を私達に向け、無数の口をグパリと開けながら私達に威嚇を向ける。
本当に、私達のことを殺すぞと言わんばかりの威圧で……。
私達の目の前に現れたその存在――『残り香』は最初見た時、黒いボールのように見えたけど、その背に大きくて真っ黒なボロボロの竜の翼を持っていて、その翼を使って『残り香』は飛んでいるように見えた。けど……、それは逆光のせいでそう見えただけで、本当の姿は全然わからなかった。
でも、その真の姿を見た瞬間、私達は言葉を失った。
なにせ……、黒いボールのように見えていたそれが本当はボールではなく、何頭もの蛇のような竜がぐるぐると絡みつき、巻き付いた結果丸くなっただけのもので、それだけならば怖くはないかもしれないけど、その巻き付いた球からぬっと顔を出している竜の数が……、目で数えきれないほどだったのだ。
百? 二百? 多分、千以上いる様な無数の頭が私達のことをじっと鋭い眼で捉えていた。
だらだらと真っ黒い唾液のような液体を零し、そして私達のことを真っ赤に染めたその眼光で見つめている。眼光も普通の竜の目ではなく……、いくつもの人間の目や魚の目、あとは爬虫類の目やいろんないろんな目がその眼球の中に納まっているかのような目で、私達のことを見つめている。
そんな異常性を加速させるように……、その体を取り囲む黒い靄は、サラマンダーさん達を操り、そして壊していたあの黒い瘴気そのもので、その瘴気の濃度も濃くて、目を凝らさないとその全容が全然見えない。まるで体全体を濃霧で覆っているかのような光景で、その千以上の竜の頭が絡みついたそれを見た私は思った。
これは――悍ましいものだと。
本当に、見た目も異常性を極めていたけど、悍ましくてまるでダークファンタジーを彷彿とさせるけど……、それよりも、これが私達何千人分のデカさ……、ううん。ドラグーン王が乗っているこの竜以上に大きい。
多分私達が乗っている竜の十頭分のデカさがあるか、それ以上のデカさで私達のことを見降ろしているのだ。
怖くて固まるのは無理もない。そう思うと同時に私は同時にさらなる恐怖を察知した。
王は言った。この存在を――『残り香』と。
そう……『終焉の瘴気』の一部と言われている、『残り香』だと。
つまり……、これは『終焉の瘴気』ではない。
これは、その一部なのだ。
私はその衝撃的な事実を突き付けられ、言葉を失いながら渇き切ってしまったその口に僅かに溜まった唾液を一気に喉に流し込むと、私は「はぁ……」と声を零して、目の前にいるその一部を見つめながら思った。
これで……、一部なんだと……。
なら……? そう思った私は、一部でもある『残り香』のことを見つめながら思った。最初の恐怖を波の様に呑み込みそれを混ぜ合わせて私の恐怖を増幅させるような感覚を感じながら、私は思った。
なら……、『残り香』の親でもある、『終焉の瘴気』は一体どんな存在なんだろう……? と……。
「これが……、か」
「これで、『残り香』で……」
「本体じゃないってことね……っ!」
「おおぉ。これはこれは、血が騒ぐような光景。長いこと生きていると誠に珍しいものを見るのぉ……!」
その光景を見ていたアキにぃとキョウヤさんは驚きと言うよりも、恐怖が勝っているような顔をして固まってしまって待っているけど、シェーラちゃんは何だろう……。何故か疼いているような顔をして剣に手を伸ばしている。
まるで――早く戦いたいようなそんな目をしながら……。ううん。早く倒そうと試みようとしているような目で、だ。
そんなシェーラちゃん以上に興奮しているのは――意外にも虎次郎さん。虎次郎さんも目の前にいる存在に対してなぜか楽しそうな顔をしている。その光景を見ながらシェーラちゃんは「おぉ? 師匠疼いている?」と聞くけど、私はそんなみんなのことを見ながら、首を傾げながら思った。
なんで……、みんなは怖くないのだろう……? と。
シェーラちゃんや虎次郎さんは見ていても恐怖なんてものを感じない。てアキにぃとキョウヤさんも驚きよりも恐怖が勝っているから違うかもしれないけど、さほど恐怖のもしゃもしゃを感じない。そしてアキにぃとキョウヤさんはそんな恐怖を抱えながらも武器を手に持って戦おうとしている。
それを見ながら私はみんなのことを見て、驚きの目で私はみんなのことを見てしまう。
みんな怖いはずなのに、立ち向かおうとしている。その光景を見て私は再度『残り香』のことを見上げると、『残り香』は私達のことをいくつもの目が入っているような眼球で見据え、そして私のことを見た瞬間――
『おぉぉぉぉぉおおおおおおぉぉぉぉオオオオオオオオオオォォォォォォォォォぉっぉォォぉォぉォぉおおオオオオオオオオオオォォォォォォォォォぉおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉがああああぁぁぁぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁぁぁぁああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッっっっっッッッ!!』
グワリ! と、いくつもの竜の口を大きく開けて、首を使って頭を後ろに引くと同時に、『残り香』は噛みつきの攻撃を仕掛けようとした。
――私に向かって!
「っっ!?」
突然襲ってきたその存在に、私は驚きのあまりに息を詰まらせるような声を上げ、そして無意識に手をかざして――
「しぇ……っ! え……っ! 『囲強固盾』ッ!」
と、多分初めての大きな声で叫んだ。
その叫びと同時に私達の周りを覆う半透明の球体。
その球体を見上げながらアキにぃ達は『おぉ!』という声を上げ、つーちゃん達は『囲強固盾』を見上げながら驚きの顔をしている (しょーちゃんは現在も固まったまま動かない)。
エドさん達もそれを見上げて驚きの顔をしながら見上げていると、ドラグーン王だけは驚きも何もせず、微動だにしない状態で迫り来る『残り香』のことを見つめている。
一歩も動かない、仁王立ちの姿勢で――
「っ!? 王様っ!? ちょっと危ないですってっ!」
王のことを見てか、つーちゃんが慌てた様子で叫ぶ。けどドラグーン王は何も言わず、ただただその光景を見上げているだけ。
そんな状況でも、『残り香』の総攻撃は止まらない。
どころか、夥しい叫びを上げながらどんどん加速してる。加速して、そして……。
――ぶぉぉぉ!
「――っ!?」
「ぎゃっ!」
「うぎゃぁ!」
「あいてっ!」
「おぶっ!」
突然だった。本当に突然私達の世界が急に傾いたのだ。それはもう――回転をするように、世界が回ったのだ。みんなの驚きの声と私の驚きの声、そして痛みを訴えるような声と同時に鼓膜を揺らす風の波の音。
まるで洗濯機に入ってしまったかのような音と回転。それを感じな私はその回転に耐えることしかできなかった。
そして……、ぐぅうん! と――大きく迂回をするようにその世界が回ると、その光景を見ていた私は驚きながらも、とっさの判断で動いて、私のことを抱きしめて投げ出されないようにしてくれたヘルナイトさんの腕の中で、私は外の世界をもう一度見つめる。
『囲強固盾』の中で、その光景を――真正面にいたはずの『残り香』の位置が変わっているその光景を……。
ううん。違う。変わったのは――私達。
だって、ここは空の世界。飛べない私達は地面を歩くことしかできないし、そして飛ぶこともできない。だから私達はここまで――王の竜でもあるドラゴンの背に乗っている。
そう……、位置が変わったのはそのせい。王のドラゴンが攻撃を躱してくれた。簡単なこと。そしてそれだけ。
それだけのことなんだけど、大きく迂回をしたせいでつーちゃん達はバランスを崩して『囲強固盾』に背を預けるように転んでしまっている。
結果としては――私がしたことは結果オーライなのかな……?
「よくやったぞ――グワァーダ」
「ごぉおおおおっ」
ドラグーン王は言った。自分達のことを運んでくれて、そして『残り香』の攻撃から避けて守ってくれたドラゴンに向かってお礼の言葉をあげる。その言葉を聞いてか、今まで一言も唸る声も何も上げなかった竜が嬉しそうなもしゃもしゃを出しながら野太い声を放った。
あんな声だったんだ。そんなことを思っていると……。
「――ハンナッ!」
「っ!?」
突如として聞こえたアキにぃの焦りの声。しかも私達のことを見て蒼白ともいわんばかりの血の気を引かせながら叫ぶと、ヘルナイトさんは私のことを庇うようにそのまま二人一緒にその場で地に顔を近付ける。
まるで――伏せをするように、私達は身を屈める。
瞬間――
――ぶぉぉんっっ! と、何か大きなものが風を切る音と共に振るう音を放つと同時に、『ガシャァァンッ!』という、ガラスが割れる音が私達の耳に入って行く。
目の前でに広がるみんなの驚愕と、散りばめられていくガラスの破片が空気と同化していくその光景を見た瞬間、私は視界の端に入ったそれを見て、理解した。
私が発動した『囲強固盾』は壊れてしまった。しかも、一撃で、ただの……『残り香』のただの尻尾の振るいによって――壊れてしまったのだと。
「!」
私は即座にその尻尾がある方向を見て、そして目で追っていく。
いくつもの竜の尻尾が束になり、そして巨木の根っこのように入り組んで編み物のようになっているその尻尾を見て、『残り香』が回転すると同時にまたこっちに向かって攻撃してくるその光景を見た瞬間……、私は息を殺してしまう。
それはみんなも同じで、迫って来るであろうその尻尾に攻撃を見た瞬間殆どの人が動けずにいた。つーちゃんに至ってはどうやら気絶をしてしまったしょーちゃんのことを起こそうと両頬を往復ビンタで叩き起こしている。
そんな状況の中でも尻尾の追撃が止まることを知らない。どころか――すごいスピードでこっちに向かって来ているっ!
「――っ!」
私はすぐに手をかざしてもう一度『囲強固盾』を発動させようとした。
瞬間――
「占星魔法――『反射鏡』ッ!」
むぃちゃんの声が辺りに響き渡った。




