PLAY85 空の都市と竜の王④
「あれが私達竜族の故郷、動く国――ボロボ空中都市です」
その言葉を聞いた瞬間、私達はその言葉と同時に理解してしまう。
本当にボロボ空中都市は動く国だ。と――
何故そう思ったのか?
国なんて動くことなんてできないし、その国が人工島で、島の下層部にジェットか何かをつけて移動ができるようなことができればそう言えるかもしれないけど、生憎このゲームの世界の主幹はファンタジー。
秘器のような機械は元バトラヴィア帝国しかないから、ボロボにそのような技術があるかどうかわからないところ。
でも、一瞬見ただけでもわかる。
ボロボはそんな機械で動いていないと。一瞬見た瞬間その国が動いていることが目に見えていることも分かった。
と言うか、一瞬見た時は分からなかったけど、少ししてそれが理解できた。
の方がいいのかな……?
とにかく――私はクロゥさんの言葉を聞いて驚きを隠せなかったのは事実で、その国が他の国とは全然違うことを再認識した。
私達の目の前に広がっているのは――アルテットミア以上に大きな国で、最初に見た時のあの地図が嘘のような広さを誇っているような国だった。
よく漫画の世界で見るアラビアンに似ている白いお城に、周りにはその白いお城と同じように統一された家の数々。そのお城の周りには森や山、そして湖などの自然豊かな土地が見えたけど、その土地は土地なんだけど、その土地の下は剣山の様に尖っているような岩のようなものだった。
そして、私達の頭の中を混乱させる要因が――その大地の周りを飛んでいる機械のようなもの。
その機械は金色と銀色が混ざったかのような色をしていて、『ゴゴゴゴゴゴゴ』と鉄特有の音と歪なそれを放ちながら、その大地を取り囲むようにゆっくりと浮遊しながら回っている。
その機械の上下には真っ白くて大きな結晶が取り付けられていて、その結晶が日の光を浴びるたびにきらりと輝きを見せる。
そう――その国は、浮いていたのだ。
浮遊城と言っても同じような光景が私達の前に色がり、その国の周りには何匹もの鳥のような存在が飛び交っていた。
その国を見た瞬間、私達は理解する。
この国が――ボロボ空中都市だと。クロゥさんの故郷でもあり、次の『八神』……、シルフィードがいる国だと……、私はおろか、アキにぃ達も驚きながらも気付いて、目の前に広がる大きな国を見降ろしながら言葉を失っている。
言葉通りの、空に浮かぶ空中都市が、私達の前に広がっていたのだから、驚くのは無理もない。
「あれがボロボ空中都市……、すごい……」
「もうちょっと野性的なものを想像していたわ」
「お前怖がっていたことが嘘の様にけろりとしてんな。そして言葉には気をつけろ」
「ほほぉ! これはなんとも珍しい光景かな! これは今生の思い出にふさわしいっ!」
「おっさんやめぃその言葉。今生とか言うな」
私の言葉を最初に、シェーラちゃんが手すりに身を乗り出すように見降ろして言うと、その言葉に対してキョウヤさんが冷静に突っ込みを入れると、虎次郎さんがその光景を見ながらなんとも怖い発言をすると、それに対してもキョウヤさんは突っ込みを入れる。しかも……、冷静に――だ。
そんなみんなの姿を見て、私はさっきまであったことが嘘の様に思いつつも、控えめに微笑みつつ、みんなのことを見ながらいつも通りのみんなだ……。と思って見つめた。
すると、背後から何人かの足音を聞いて、その音となんだか疲れたような溜息が聞こえたのでその方向に向けて振り向きながら目をやると――私達四人は声を揃えて「あ」と零した。
ヘルナイトさんは安堵のそれを吐くと同時に、凛とした音色で背後から来た存在に向けてこう言ってきた。
「無事だったか――デュラン」
「ああ…………」
そんなヘルナイトさんの言葉に対して、どっと疲れた雰囲気を出して肩をだらーんっと地面に向けて振子の様にぶら下げて近付いて来たデュランさんと、その背後にはどっと疲れてやつれてしまっているしょーちゃん、つーちゃん、コウガさんに、コウガさんの腕の中できゃっきゃっとはしゃぎながらむぃちゃんは……。
「楽しかったですぅーっ!」と喜んでいた……。
すごいメンタル……、じゃないなこれは、すごい感性といった方がいいのかもしれない。
大の大人でもあんなに憔悴しきっているのに、むぃちゃんはそんなことなく、むしろ潤っている満面の笑みで笑っていたのだから……、むぃちゃんはきっと見た目以上にタフなものを持っているのか、はたまたは絶叫系が好きなのかもしれない。まだ十歳だけど……。
末恐ろしいとはこのことだと私は正直な気持ちで思った。
そんなみんなの憔悴を見て、シェーラちゃんは「あぁ……」と小さな声を零すと同時に、察するような顔をしながらコウガさん達を見ると、キョウヤさんはコウガさんに向けて手を伸ばし、おずおずと言った形で「だ、大丈夫か……?」と聞くと……、コウガさんはそんな風に聞くキョウヤさんに向かって、顔を背けながら――
「見りゃわかんだろ……っ!」
と言った。心底苛立っているような……、でもその中に含まれる疲れが勝っているせいで、なんだか覇気がないようにも感じられた。
凄みは今まで一番なんだけど……。
そんなコウガさんとは正反対に、むぃちゃんは私達のことを見ながら面白かったという笑みを浮かべて――
「すんごく面白かったですよぉ! まるで冒険アニメに出て来そうな激流の感覚でした!」
と言ってきた。子供らしい目をキラキラさせて、潤いを得たかのような魚の様にはきはきとした音色でむぃちゃんは言った。
それを聞いた私とシェーラちゃん、珍しく虎次郎さんも困惑のそれを浮かべてむぃちゃんのことを見ることしかできなかった。
なにせ……、シェーラちゃんでさえも怖がっていたあの出来事を、『冒険アニメに出て来そうな激流』という表現で、アトラクションを楽しく乗り終えたかのような満面の笑みで言ってきたのだから、無理もない……。
というか、ひどい話かもしれないけど、あれではしゃぐという神経を疑うのも事実なんだけど……。
コウガさんはおろか、つーちゃんとしょーちゃんでさえも憔悴しているのに……、むぃちゃん……。
「末恐ろしい子供じゃのぉ……」
「!」
と思った瞬間、虎次郎さんは私が思っていることをそっくりそのままむぃちゃんに向けて返したのだ。困惑と驚きが混じった顔で、だ……。
そのことに私はむぃちゃんと同等の驚きを見せると、むぃちゃんは目を黒ゴマのような目にして首を傾げていたけど……、そんな私達のことを見ていたのか――クロゥさんの声が私達の耳に入ってきた。
その声を聞いた私達は、はっとしてクロゥさんのことを見ると、クロゥさんは大きな竜の姿のまま私達の顔を覗き込み、目元を穏やかなそれにして私達に見せながら――
「皆様――ご無事で何よりです」と、穏やかな音色で言ってきた。
クロゥさんの声を聞いたシェーラちゃん達は、少し警戒をするような面持ちでクロゥさんのことを見ていた。
でも、これは普通の反応なのかもしれない。
さっきの竜人の姿よりは野太い声だったから怖く聞こえたのかもしれない……。それでももしゃもしゃは穏やかそのものだったから、私やヘルナイトさんは警戒無く話を聞くことができた。デュランさんも怖がらずに聞いていたんだけど、疲れが勝っていたのか、項垂れるようなそれでデュランさんはクロゥさんのことを見る。
クロゥさんの話を聞いた私は、開口クロゥさんに向かって「大丈夫でした。一人気絶しましたけど……」と、困ったように控えめに微笑みながらアキにぃのことを思い出して言うと、それを聞いたクロゥさんは驚いた声を上げつつ、ショックを受けたかのように顔で俯き……、心底申し訳なさそうな顔をしながら私達に謝罪をしてきた。
「そ、そうでしたか……。申し訳ございません。できるだけ安全のルートで通ったのですが……、同行者の方を怖がらせてしまいましたか。すみません」
「ええっと、大丈夫だと思います。気を失っているだけだし、アトラ……、じゃないっ。こう言ったことに慣れていないので、終わった瞬間に気を失うのはいつものことなんです」
「そうなのですか? ですが今回のことに関しましては私の責任でもあります。どんな処罰も受けますがゆえ」
「そ、そこまで怒っていないと思いますから……、大丈夫ですよ」
クロゥさんの謝罪の言葉を聞いた私は、そこまで大袈裟なと思いながら大丈夫と促すけど、クロゥさんは大真面目なのか、アキにぃが起きた後にすることに対して曲げることはしないみたいだ。
その光景と会話を見ていたのか、キョウヤさんは小さな声で「あいつ――お化けも怖いとか言っていたし、案外怖がりなんだな……」と言っていたけど、その言葉を聞く余裕はなかった。
と言うか……、私達の背後から「グシャシャシャ!」という笑い声が聞こえると同時に、どんどんとその声は横から聞こえ、そしてクロゥさんがいる方向から聞こえると、その声は突然上から降りてくるように、私達の前に現れた。
ぶわりと――降下するように、降りてきた青い鱗の竜アクルさんは、私達のことちクロゥさんのことを見て「グシャシャシャ!」と笑いながら――
「なぁに罪悪感にどっぷりつかってんだよ! あの時はああするしかなかったんだし、結果オーライだろうがっ! てか、こんなちっぽけなことで気絶するとか、どんだけビビりなんだよっ! グシャシャシャ! 笑いが止まらねぇっ!」
と笑いと共に言葉を発しながら首を揺らしてお腹を抱えるアクルさん。その光景を見ていたクロゥさんはアクルさんのことを横目で睨みつけながらこう言ったのだ。
「いい加減にしろ――アクルジェド。この御方達は私達とは違うんだ。普通の人間であろうとあの脅威に耐えられる人がいると思うか? 普通なら恐怖に囚われてしまう。忘れたのか?」
「グシャシャシャ! わかっているよ。まぁ仕方ねえよなぁ――なにせ、何も知らされていないんだからな。俺等の王様も罪な人だと思うぜぇ? グシャシャシャ!」
「いい加減にしろアクルジェド。王は国のことを思って行動しているだけだ」
「その行動が仇になっていることも目に見えているじゃねえか」
「?」
私はクロゥさんとアクルさんの話を聞きながら、みんなと一緒に首を傾げていた。
一体この人達は何の話をしているのだろう。そんなことを思いながら私は二人が言った言葉の要点を頭の中で繰り返し唱えながら脳内に濃く刻む。
普通の人だと耐えられないあの脅威。
知らされていないのに、ボロボの王様はそれを話していない。
王様はそれを思って離していないけど、仇となっている。
いくら考えてもその話の終着点が見えない。ううん。接点どころか一体何の話をしているのか理解ができないのも事実。誰もがその言葉に対して首を傾げていると……、ヘルナイトさんが私達の前に出て、凛とした音色でクロゥさん達のことを見て一言――
「聞いてもいいか?」と聞いた。
それを聞いてか、クロゥさんは今の今までアクルさんに対して怪訝そうな顔を浮かべていたのに、ヘルナイトさんの言葉を聞いた瞬間、びくりと肩らしきその場所を揺らして素早い動きでヘルナイトさんのことを見て……。
「な、なんでしょうかっ」
と聞くと、その言葉を聞いたヘルナイトさんはクロゥさんのことを見て、ボロボ空中都市に目を向けてから続けてこう聞いてきたのだ。
「いや……、最初に進言をしておく。もしかすると私は以前にも質問をしたのかもしれない。しかしその時の記憶がないんだ。だから――また同じ質問をするかもしれないが、聞いてくれないか?」
「ええ、大丈夫です。どのような質問に対しても我々は甘んじて受け取り、そして返答を致します。どのような質問が来たとしても――です」
「ありがとう。なら言葉に甘えるが……、もし、もし私達がお前達の案内を無視して別のルートで行った場合、どうなっていたんだ?」
「!」
ヘルナイトさんの言葉を聞いたクロゥさんは、その言葉を聞いた瞬間に目を見開き、そしてそれ以上の言葉を紡ぐことはなかった。もちろん、アクルさんも何も発さず、その代わりに「グシャシャシャ」とくつくつ喉を鳴らしただけだった。
そんな光景を見て、私やみんなはなんとなくだけど察した。
ヘルナイトさんの言葉に対して、質問に対して答えない。それはまさに――無言は肯定と言う言葉が正しいようなそれで、クロゥさんはその言葉に対してちゃんと返答しないところから、あの危険な場所を通らなかったら、もっと危険な目に遭ったと言うことを指す。
「………………わかった。何も言わないのならばそれはしっかりと汲み取ろう。そして――意地悪な質問をしてしまった。すまない」
「い、いえ……っ! そのようなことはないですっ。頭を上げてください。むしろ私がちゃんと話せばよかったのですが、この話は王からも他言無用と言われていますので、申し訳ございません」
言葉の内容、無言の内容を理解したヘルナイトさんは、成程と言わんばかりの表情を浮かべると同時に頭を抱えて謝罪をすると、それを聞いたクロゥさんはかぶりを振って、そんなことはないと言いながらヘルナイトさんの頭を上げてもらうように促す。
頭の抱えを見た私は、ヘルナイトさんのことを見上げながら内心……、何を思い出したんだろうと思って見ていると、クロゥさんは私達に向かって再度深く、深く頭を下げて――心底申し訳なさそうな音色でこう言ってきた。
「皆様も、恐怖するようなことを強要してしまい申し訳ございません。ですが、あのことを話すのはまだ早い。そのことに関しては王から直々に話すと言われましたがゆえ、あの場で話すことはできなかったのです。あなた方を煮て焼いて食おうなど一切考えておりませんのでご安心を」
「その図体で言われても全然説得力ねえんだよ。竜のくせにそんな例えを下等な俺達に使うな」
でも、クロゥさんの言葉を聞いたコウガさんは、青ざめた顔のままクロゥさんに向けて言う。
心の底から怒りが湧き出るような黒い音色で――だ。
その声を聞いていた私は、内心ご愁傷様ですと言う気持ちを体現するように、頭を伏せて目を閉じる。心の底からコウガさんの憔悴を労わるように――だ。
コウガさんの言葉をきっかけに、そう言えばと言う顔をしてはっと何かに気付いたシェーラちゃんは、クロゥさんのことを「ちょっとそこの黒竜」と、少し乱暴な素振りで呼ぶと、シェーラちゃんの言葉に対してクロゥさんはすぐに「はい」と言いながらシェーラちゃんのことを見降ろすと、シェーラちゃんは今まさに私達の目の前にあるボロボ空中都市に向けて指を指しながらこんな質問をした。
「そう。煮て焼いて食わないのならば聞くけど――あれはボロボでいいんでしょ? ならば私達はどこに下りればいいのかしら?」
「! あ、ああ。降りる場所ですね。それでしたら……」
シェーラちゃんの言葉を聞いて一瞬目を点にしたクロゥさん。皆も目を点にしていたけど、みんなも鬼ッと思っていたことみたいで、誰もその言葉に対して言葉を遮るようなことはしなかった。
あ……、違う。しょーちゃんたちはそんな力も残っていないからそれをしなかっただけで、きっとつーちゃんなら体力があれば、元気があればそれをしただろうけど、今回ばかりは疲れ切ってしまっているしょーちゃん達に私は感謝をした。
なにせ、あのまま重苦しい質問を繰り返していたら、どうなっていたのかわからないし、それに、これから向かう国なのだ。しっかりとどんな国なのかを聞かないといけないし……ね。
そのことに関して言うとシェーラちゃんには感謝しかない。
その質問は今まさに重苦しい空気になりかけているこの場を和ませるための急ごしらえに近いようなものだったけど、シェーラちゃんは今自分が持つ疑問を使ってクロゥさんに質問をしたのだ。
いうなれば場面を変えるために質問。
そのことに関して私はシェーラちゃんのことを見て、控えめに微笑みながら彼女の気遣いに感謝をした。
私でもそこまでの気を遣うことはできないので、正直な話――シェーラちゃんには感謝しかない。
そんなことを思っていると、クロゥさんは背後にあるボロボ空中都市を見つめながら、竜の爪が尖っている手で私達から見て右の端を指さしながら――
「あの場所です。あの場所がボロボの『竜停所』になっています」
と言うと、それを聞いたキョウヤさんは思い出したかのような顔をして腕を組みながら私達のことを見てこう言う。
「そう言えば……、王都にも『竜停所』ってあったな」
「……………………。そうでしたっけ………………?」
「思い出せサモナーツグミ。あまりの衝撃でその記憶でさえも嵐の中に捨ててしまったのか? 思い出せ。王都にあっただろうが」
でも、キョウヤさんの言葉を聞いていたつーちゃんは、気怠いというよりも憔悴と言う言葉では言い切れないような疲れ切ったような音色で、死にそうな音色で言葉を発すると、それを聞いていたキョウヤさんははっとした顔でつーちゃんのことを見て真顔になって突っ込みを入れる。
そんなつーちゃんの言葉を聞いてか、クロゥさんは再度申し訳なさそうに「すみません……!」と謝ってきたので、それを聞いていた私とシェーラちゃんは大丈夫だと言いながらクロゥさんのことを宥めていた。
大丈夫です。大丈夫だから切り替えなさいっ。そんなことを言いながら……。
すると――今の今まで『グシャシャシャ』と言う言葉しか発しなかったアクルさんが、私達とクロゥさんの話を聞いて少しだけ顔を近付けていくと……、アクルさんは私達のことを見ながら「グシャシャシャ!」とけらけらと笑い、大きくて鋭い爪の指を私達に突きつけた。
びっと、私達のような小さい存在をその指で刺そうつするように、その指を私達――私の胸の位置にそれを添えながら、アクルさんは狂気の笑みを浮かべながらこう言ったのだ。
「なんだなんだぁ? たったあれだけのことでへばるなよぉ御一行様方ぁ。こんなの俺等の国で言うと序の口。いいや――まだその域に達していないかもしれねえんだぜぇ?」
「!」
その言葉を聞いた瞬間、私達はアクルさんのことを見たけど、クロゥさんだけはアクルさんのことを見て「アクルジェドッ!」と、荒げた声を出した。
でもアクルさんはそんなクロゥさんの言葉を無視しつつ、そのままクロゥさんの前を陣取るように私達の前に割り込んでいくと、アクルさんは私達に向かってけたけたと笑いながら続けてこう言ってきた。
「お前らは確かに浄化をすることができる唯一の存在かもしれねえ。でもなぁ――お前達が見てきた国で、この国をこんな風にした『終焉の瘴気』を、しっかりとその目で見てきたのか? 見ていないのにそれを倒すとか大見えを切っているところを見ると、かーなーり、イラつくんだよなぁ? 俺たちは何度も何度も見たのになぁーってな」
「アクルジェドッ! やめろっ!」
「――っ!」
アクルさんが言った言葉を聞いた瞬間、穏やかに鳴かれを変えていたその空気が、突然緊張のそれに変わってしまった。
なんだか空気は凄く切り替わるようなそれを感じるけど、それでも私はアクルさんの言葉を聞いてはっと気づいてしまう。アクルさんの言う通りだと思いながら、私は気付いてしまった。
忘れかけているかもしれないけど、この国は『終焉の瘴気』のせいで国が変わってしまった。魔物だらけになってしまったと聞いていたけど、マースさんから聞いた話だと……、『終焉の瘴気』は未知数な存在である。そしてジエンドから聞いた話は、『終焉の瘴気』はジエンドが放った詠唱だと言うことが分かった。
けど……、アクルさんの言う通り、私は、私達は知らない。
誰も知らない。ヘルナイトさんは見たことがあるかもしれないけど、忘れているからわからない。
『終焉の瘴気』そのものの姿を――誰も知らないのだ。
誰も知らない存在。この道中そんな存在を見ること知らなかった。一瞬でも見ることもなければ、その気配ですら感じられなかった。
マースさんが見せてくれた欠片しか見ていない私だけど、その全容を見たことは一度もない。そう――見たことが一度もないのだ。
普通……、RPGのラスボスと言う存在は主人公の進行を阻害するために出てくる物語もあれば出ない物語もある。
私達の場合はきっと出ない物語に近いものだと思うんだけど、それでも私は今更になって気付いてしまった。
私達はその存在の名を口にしている。でも、その存在の名を知っているだけで、その存在の姿をこの目で一度も見たことがないことに、私は気付いてしまったのだ。
「お?」
気付くと同時に、私はアクルさんのことを見上げる。その言葉を聞いて、興味本位というような顔ではなく、神妙だけど強張りを見せるようなその顔でアクルさんのことを見ると、アクルさんは私の顔を見て、みんなの顔を見ながら「ほほぉん?」と、悪ふざけのような相槌を打って、くつくつと喉を鳴らしながらアクルさんは私達のことを……、特に私のことを見つめながら聞いてきた。
突きつけている尖った爪を引かずに、アクルさんは聞いた。
「その顔――興味が湧いただろう? この国よりも、お前達が追っている何かの正体について、知りたくなったよなぁ?」
「………アクルさん、何を知っているんですか?」
「グシャシャシャ! 『何を知っている』だぁ? そんなことを俺に聞くな。俺達竜族は……いいや、この国にいる奴らは知っている。王も知っている。知りたいなら王に聞け」
お前達が知りたいことは――全部王が知っている。
この国ができたてほやほやの時から生きているお方だからな。
そう言ってアクルさんは私の胸に突きつけているその爪をそっと離していき、そのまま踵を返すように空中でくるりと空中都市に向けると、そのままゆっくりとした飛行で行ってしまった。
「アクルジェドッ! お前はいつもいつも……っ!」
そんなアクルさんのことを止めるように、叱りつけるように怒鳴るクロゥさんをしり目に、私の隣にいたヘルナイトさんはそっと私の近くでしゃがむ。
ヘルナイトさんのその行動の気配を感じた私ははっと気付き、そのまま見上げるようにヘルナイトさんがいる方向に目をやると……、ヘルナイトさんはよろけてしまったのか、私の肩に手を添えて顔を覗き込みながら――凛とした音色でこう聞いてきた。
「ハンナ、疲れているようだが、大丈夫か?」
「あ、ヘルナイトさん……」
ヘルナイトさんの言葉を聞いた私は、支えられているその手のぬくもりを感じつつ、ヘルナイトさんのことを見上げながら少しの間ヘルナイトさんの顔を見る。
ヘルナイトさん自身一体どうしたのだろうと首を傾げていたけど、私はただ近くにいてくれているだけなのに、それだけで安心する自分の心に何度も驚かされつつも、何度も何度もこの安心感に助けられたことを思い出していき、その感謝を込めた控えめな笑みでヘルナイトさんのことを見上げると、私は言った。
しっかりと、ヘルナイトさんのことを見て――心配を掛けさせないように小さな嘘も加えて……。
「大丈夫です。ちょっと、さっきの疲れが出ているのかもしれませんけど、大丈夫です。すぐに回復しますよ」
そう言って、私は両手を自分の胸の辺りまで上げてガッツポーズをすると――それを見ていたヘルナイトさんは一瞬、考える様な雰囲気を纏ったと思ったと同時に、その雰囲気を消して、私のことを見降ろしながらヘルナイトさんは言ってきた。
ぐっと、私のことを支えている手に僅かな力を込めながら――ヘルナイトさんは言ったのだ。
「ならいいが……、私もただ一緒にいるだけではない。君に事は少なからず理解していると思っている。今も少し無理をして嘘をついていることもバレバレだ」
「ぎゅぅ」
その言葉を聞いた瞬間、私はぐさりと心臓に突き刺さるような痛みを感じて、強張る顔を見せてしまう。
ヘルナイトさん……、ばれていたのか……。少し悪い事をしちゃったかな……?
そんなことを思いつつ、ヘルナイトさんに対して罪悪感を覚えながら黙ってしまう私。後ろからシェーラちゃんの声に出した「じぃーっ」という声が聞こえるけど、その言葉に対しても返答することもができず、私はただ申し訳なさそうに黙ってしまっている。
控えめな笑みがその申し訳なさのせいでへんてこな形になっている自分でも思う。
そんなことを思っていると、ヘルナイトさんは私のことを見て「だからこそだ」と言って、私のことを見降ろしながらヘルナイトさんは凛とした音色で言う。
まるで私に対して言い聞かせるように、真剣で優しさも含まれている音色で、ヘルナイトさんは言ったのだ。
「だからこそだ。もし、無理だと思ったら無理と訴えてもいい。苦しかったらできる限り私が話しあてになる。だからハンナ――これからは無理をしないこと。それだけは、約束してくれ」
この戦いが終わるまで――
ヘルナイトさんは言った。私に対して、約束を交わすかのような言葉を放ちながら――だ。
約束めいたその言葉に対して、私は返答をしようとしたその時、ヘルナイトさんはそっと私から手を離して、その場で立ち上がる。
何事もなかったかのようにしているヘルナイトさんのことを見上げると、ヘルナイトさんは再度私の視線に気付いたのか右手をそっと私にしか見えないように出すと、指を親指、人差し指、中指、薬指を折り、小指だけを突き出したそれを見せつけると、ヘルナイトさんは反対の手でその小指を指さす。
その光景を見た私は、はっと声を漏らそうとした時――ぐらぁんっと、私達が乗っている宿が――竜が動き出した。
「うぉっ!」
「ひぃえっ!」
「おおおぉ?」
シェーラちゃん、キョウヤさん、虎次郎さんが驚きの声を上げ――
「「ぎゃぁっっ!」」
「っ!」
「わーおっ!」
「!」
しょーちゃんとつーちゃんは、揺れると同時にお互いを抱きしめ合いながら顔面蒼白になり、コウガさんも肩を大袈裟に揺らしながらむぃちゃんのことを抱きしめる。そんな三人とは正反対の喜びのそれを浮かべながら、むぃちゃんは興奮した面持ちで両手をぶんぶんっと振って進んでいく景色を見ながら声を零す。
デュランさんがその光景を見てバランスを崩しかけたけど、すぐに体制を戻して飛んで行く方向を見る。
私もその方向を見て、アクルさんが向かって行った方向について行く光景を見つめると、私達を乗せている竜の隣からクロゥさんは顔を出して、私達のことを横目で見ながら申し訳なさそうに謝ってきた。
「すみません、あいつはあいつなりに考えを持っている奴で、ああ見えてもいい奴なんです。気を悪くしないでください」
「あ、いいえ……。良いんですよ。大丈夫です」
「そんな奴わんさかいるし、いちいち構っていたら疲れがたまってしまうから大丈夫よ。無視をすればいいんだから」
「お前の毒の方が危ないって。その毒どこかで清血しろ」
クロゥさんの言葉を聞いた私は、手を目の前で振りながら『大丈夫です』と言う動作と雰囲気を出して言うと、背後でシェーラちゃんがツンッとした面持ちで言ってきたと同時に、キョウヤさんがそんなシェーラちゃんに対して突っ込みを入れる。
少し冷たさが帯びているような真剣な突っ込みで――
その言葉を聞きながら、私は目の前に広がる大きな国――ボロボ空中都市を見つめ、胸に手を当ててその手をぐっと握りしめる。
その握りと同時に、張り付けていたその緊張が私の中に吸い込まれて行き、その緊張と私の緊張が混ざり合い、私の心に新しい感情を生み出していく。
今の今まで緊張や穏やかさ、混乱や怖さなどが私の感情を支配していたけど、今は一つの感情が私の気持ちと同化して、前に立って主張をしているような感覚。
その感覚を覚えながら、私は一緒に前に立っている感情――決意を固めるように、私は覚悟を決める。
この国で起きること、そしてボロボの王が知っている――『終焉の瘴気』が一体どんなもんなのかを、受け入れるために……。
そう思ってぐっと顎を引いて気持ちを切り変えようとした時――
「おっぷ……」
「?」
ふと、背後から突然声が聞こえて、その声を聞いた私達は声がした背後を振り返る。
くるりと何の疑いもなく振り返ると、私達の背後にいたその人物は壁に手を添えて、青白くなっている顔の状態で口元に手を添えながらふらふらと歩み寄っている。
その人を見ると同時に、私は「あ」と声を漏らしそうになると同時にその人は私達のことを見て倦怠感丸出しの顔で鉄のマスクを手で覆い隠すと、「うっぷ」と声を漏らし……。
「二回目でも……、キツイ……かも……っ」
と、今まさに顔の色素を白くさせて気を失いそうになっている音色で――エドさんは私達のことを見て言った……。
それを聞いた誰もが言葉を失い、唯一そんなエドさんに対して言葉を発したシェーラちゃんはエドさんのことをゴミの見つめるような目で見つめた後、氷のような……、ううん。シェーラちゃんの詠唱――『氷河の再来』のような零度の声で絶対零度の毒吐きをした。
「――使者のくせに酔うな」




