PLAY84 vs死霊族(ネクロマンサー)? PIECE:CHAT③
「ネクロ………、マンサー?」
「初めて………、聞きましたね」
「そうだな……。これが、ネクロマンサー。漫画でよく見ていたネクロマンサーとイメージがかけ離れているな……。そもそも死体を侍らせていないし」
死霊族マキュリの登場に――セレネ、ボジョレヲ、そしてエレンは驚きを隠せないまま心の中で思っていたことを口にして零した。
まるで初めて見る恐ろしいものを見る様な目でエレン達はマキュリのことを見ていると、マキュリはそんなエレン達のことを見てくすくすと意地悪く微笑んでいた。
意地悪く、エレン達の顔を見ながら――だ。
エレン達が怖がるのも無理はないのかもしれない。ボジョレヲも、セレネが怖がるのもこの場合は無理はないかもしれない。
ただ単にマキュリと言う存在に対して怖いというわけではなく、道の存在に対してエレン達は緊張し、その道の存在に対してなんとも言えないような恐怖を抱いていたのだ。
エレンとボジョレヲ、セレネのチームは幾度となく戦いをして勝ちを得てきた強者集団。
エレン達は魔物に『八神』のサラマンダー、エレンとララティラは一時的だが『八神』のリヴァイアサンとも相対したことがある。そして『六芒星』相手に戦ったこともある。
ボジョレヲ達は魔物、そしてバトラヴィア帝国の『盾』や兵士相手に戦ったことがあり、セレネ達もボジョレヲ達と同じようなもの。
だが、そんな強者集団でも、唯一戦ったことがないのが――死霊族だ。
唯一戦ったことがない。ハンナ達にとってすればまた現れた強敵でもあるが、エレン達にとってすれば初めて戦う未知の敵に対して、彼等は武器を構えながら張り付けていく緊張に押し潰されない様に息を顰めてマキュリを睨みつける。
握りしめている武器と拳に、じわりと汗がにじみ出て、汗の湿り気のせいで武器を握る力が強張るような感覚を覚えてしまう。
そのくらい――エレン達は畏怖をしていたのだ。
言葉にはしなかった。顔には出さなかったが、そのくらい初めて見る存在に対して恐怖を覚えたのだ。
――初めて見る存在……、ネクロマンサー。
――話には聞いていたけど、ネクロマンサーって本当に人間に見えるけど、人間じゃないそれも感じられる……。
――はたから見ても分かる。一瞬見ただけじゃわからないけど、今見た瞬間分かった……。
――こいつは、死人だ。
そう思うと同時に、エレンは体中の汗腺からぶわりと吹き出す湿気った汗を全身で感じ、その汗が急速な勢いで冷えていくのを感じながら、エレンは手に持っている弓をマキュリに向けて焦点を定め、そして懐にしまっている矢を引き抜こうとした。
勿論――本気で撃つつもりはない。
威嚇のつもりで撃とうとして、エレンは自分の矢を引き抜こうとした。
が……。
――じゅるんっ! ぎゅちっ!
「――っ!?」
突如聞こえた聞き覚えの無い音。その音はまるでぐるんっと何かに巻き付くような音と、締め付けるような音がいびつに歪んでしまったかのような音がエレンの耳に響くと同時に、エレンは腕に来る感触に驚きを隠せなかった。
驚愕のそれで固まりながら矢を引き抜こうとした手に来る激痛と違和感を感じ、どんどん締め付けてくるその痛みと共に、エレンは唸る声を上げる。
「エレンさんっ!」
「エレンっ!?」
ボジョレヲとセレネの声が聞こえるが、その声を聞いたエレンは二人のことを横目で掠める様な目で見つつ、痛覚が勝る様な雰囲気で彼は「だ、大丈夫だ……!」と言うが、顔の色は真っ青。
その顔を見ていた二人は困惑した目でその先にいる存在――マキュリに向けて目を向ける。
マキュリはそんなセレネ達のことを見ながらにたにたと歪な笑みを浮かべている。
右手から出している銀色のどろどろとした液体を出しながら……。
エレンの矢を持っている手に蛸の手の様に巻き付き、エレンの手をビキビキと鳴らし、焦らすように折ろうとしているそのどろどろとしたそのグミのような存在を見ながら、エレンは腕から鳴り響く軋む音と同時に激痛を感じて唸り声を再度上げる。
「死霊族ッッ! 何をするつもりですかっ! 攻撃をすればあなたを撃ち殺しますよっ!」
マキュリの行動を見て、銃口を彼女に向けていたトリッキーマジシャンは今まで見たことがないような怒りのそれを剥き出しにしてマキュリに向けていたが、マキュリはそんな剥き出しのそれを嘲笑うようにけてけてと小馬鹿にするように笑いながら彼女は言う。
手から出している――ガザドラと同系統に見えてそうではないその銀色の何かをエレンの腕に巻きつけながら……、彼女は言う。
「ふふふ! なに慌ててんのよ『12鬼士』。まるで大好きで大好きで仕方がないような仲間を殺してほしくないような必死さ。そんなにあの男が大事なの~? というかそんなに慌てなくても大丈夫だって、殺すわけじゃない。ただ折ろうかなって思っただけよ? あはは! あははははは! にしてもこの状況……、滅茶苦茶興奮してきたわ……っ! あははは!」
「……笑っているとは、かなり余裕ですね……っ! そんなに面白いのですか……? この状況が」
「ああ! 面白い!」
そう言って、マキュリは銀色の液体を出していないその手を上に上げ、そのままびしり! と――その手の人差し指を立たせながら彼女はその指先をトリッキーマジシャンに向ける。
トリッキーマジシャンは一瞬のその刺された指の行動を見て一瞬目を見開いて驚いたが、マキュリはそんなことを見ていないのか、はたまたは無視をしているのかはわからない。
だがマキュリはけてけてと笑いつつも鼻息を荒くし、はぁはぁっと高揚感に満ち溢れているその赤い表情を剥き出しにしながら彼女は言う。
いいや――言うだけでは曖昧だ。
彼女はトリッキーマジシャンのことを見て、己の主張をどんどんとトリッキーマジシャンに向けるも、顔だけは夜空と半月を見上げるような形で、彼女はトリッキーマジシャンに向けてぶつけて言った。
「この国で最も強く気高くも畏怖として恐れられている魔王族鬼士団『12鬼士』! しかも最も気位が高いと言われている煌雅魔王族と相対し、その強さをこの目で拝めることも! その個体の詳しい情報をこの目で、この手で、この舌で、この肌で感じられることが何よりアタシに「とってすれば嬉しい! そしてさっき捕まえた竜も珍しい個体も後で調べたい! そして魔王族を餌にしておびき寄せたその冒険者達も、かなり珍しい個体だ! 女は人間族でモンクはハイエルフで、アタシの手によって捕まっているあの男は――ダークエルフ! なんて研究しがいのある揃ったんだろうか! あぁ! やっぱりここに来た甲斐があった! 魔物だけじゃ物足りなかったけど、今日でそれも満たされそうだよっ!」
けらけらと、きゃはははと、マキュリは笑う。それはもう感極まると言っても過言ではないような笑いで、彼女は高らかに笑いながら叫んで言う。
マキュリの言葉にセレネが目を見開て固まっていたが、それよりもそんな彼女のことを見ていたトリッキーマジシャンは、かすかに揺れる銃口も、マキュリの行動を見て彼は小さな声で「狂人め……っ!」と罵る。
だがその罵りも聞こえていないほど興奮しているのか、マキュリは先ほどとは全く別人と思えるような興奮した笑みでぴょんぴょんっと跳ねながら、彼女は小さな声で「よっしゃ! よっしゃ!」と喜びの舞を自分なりに行う。
踊っている最中に、エレンは掴まれているそれがマキュリが跳ねるたびに引っ張られる感覚を覚え、そのたびに激痛が走るそれを感じていると、エレンを見てか、ボジョレヲはゆっくりと解いていた構えを再度組みなおすようにし直す。
そっと――右拳を肩のところまで上げ伸ばし、右足を右手と同様に前に出して、つま先を前に出し、反対に左足はつま先を横にして縦に足を開いて、左手の拳は脇腹辺りに固定するような体制にして――ボジョレヲは構える。
ボジョレヲはマキュリのことを見ると、マキュリは未だに高笑いをしながら興奮をしている様子だ。その光景を見ていたボジョレヲは、内心女性を傷つけることは自分のプライドに反するが、今は非常事態だ。そう言い聞かせるようにして、マキュリのことを止めようと足を動かそうとした――
その時だった。
「おい……、お前」
「?」
突然、ボジョレヲの近くにいたセレネが徐に無機質に似た声を張り上げ、マキュリに向かって声を掛けると、その声を聞いたマキュリは首を傾げながら「ん?」という声を上げると、トリッキーマジシャンもセレネのことを見て驚いた顔をしている。
ボジョレヲもエレンも驚いた顔をしてセレネのことを見ていた。
無理もない。なぜなら彼女の表情に普段見せる気品溢れる王女の風格など一切なくなっており、それと入れ替わるように怒りそのものの顔をマキュリに向けて、セレネは低い音色で言葉を零す。
「お前……、今、何と言った?」
「あ?」
セレネは言う。その言葉に対してマキュリは首を傾げ――ではなく、セレネのことを最初こそ横目で見ていたのだが、その顔をセレネに向けずに、そのまま状態で体を少しずつ、少しずつ曲げていき、そのまま立った状態で膝の裏に腕を回して――前屈をするように見つめながらマキュリが言うと、セレネは一歩。また一歩と歩みを進めながら静かな音色でマキュリに向かって聞く。
ぴったりと、その体と足をくっつける様な前屈をして――一目見て異常に柔らかいことを見せつけるような体制になっていくマキュリの姿を見ながら、セレネは聞いた。
「今、貴様は言ったな? 『さっき捕まえた竜』と。その竜は一体……どんな竜だった?」
「あぁ? 竜? あぁー…………」
セレネの言葉を聞いて、マキュリは前屈をした状態を維持しつつ、考える仕草をするという奇怪な行動を成し遂げながらも彼女はセレネの言葉に対して――質問に対して思い出したかのように返答を口にした。
「ああ、さっき捕まえた竜ね。水のように澄んだ水色で、珍しく人格を持った竜だったなー。神聖な存在の竜は喋らない輩が多いんだけど、喋る竜なんてめったにいない。どんなふうに喉が発達しているのか。喉から射出される八大魔祖の細胞は一体どうなっているのか。そしてその喉は人間と同じようなつくりになっているのか…………。ああぁ、あああぁ。考えただけで頭の中がとろけそうになる……っ! で?」
それがどした?
と言いながら、マキュリはセレネの向けて前屈をした状態で器用に首を傾げると、セレネはマキュリのことを見つめながら歯ぎしりを小さく起こす。
小さく……、歯のすり減りの欠片が口の端から零れていることですら、セレネ自身知らないほど、セレネはマキュリに対して感情的なそれを剥き出しにした。
「『それが……どした?』か……。ずいぶんな言い方だ。ならわかりやすく教えてやる」
そう言って、セレネは黄銅ともいえるようなセリフを吐きながら、セレナはすぐにきつく口を閉ざし、そしてぎっと――マキュリのことを睨みつけた。
マキュリは何も知らない。その竜が一体どんな存在なのかよく知っているセレネのことを逆上させたこと。
そしてその竜にしたことに対して、セレネは今の今まで掴んで留めていたその剣を一気に抜刀し、その剣を前に突き出した状態で右足を前に出し、つま先をマキュリに向けて突進のそれを構えると、セレネは未だに前屈をしているマキュリに向けて――怒りの眼を突き刺しながら放つ。
ボジョレヲとエレンの静止を聞かずに――彼女は放つ!
「その竜は……、私の大事な人達の一人だっっ!」
そう言い放つと同時に、セレネは構えていた剣を持つ手とは反対の手で己の腹部に触れる。
ひたりと触れると生地とその身に纏った鎧が重なる音が、小さな甲高い音が聞こえた。
その音が奏でられると同時に――セレネは自分に向けてスキルを放つ合図を送った。
「付加強化魔法――『俊足強化』ッ!」
そう言うと同時に、彼女の体に覆われる青い靄。
ぶわりと彼女のことを守るように覆われたそれは、セレネの体に纏わりつくと同時に体に染み込んでいきそのまま青いそれが消えていく。
それを感じたセレネは、腹部に触れていたその手をすぐに放して、そのまま彼女は足に力を入れた瞬間、その足のつま先で、地を蹴る。
どぉんっ! と、人間とは思えないほどの素早さで、セレネは未だ悠長に前屈をして、逆さの状態でセレネのことを見ているマキュリのことを見ているだけ。
一瞬見れば変な見方をしている体が異常に柔らかい奇怪なお姉さん。
しかし、そんな奇怪な行動をしているマキュリのことを見ていたセレネにとってすれば、逆撫でになる原因にしかならなかった。
彼女の心を揺さぶる怒りの言葉――竜……、この場所にいる竜と言えば一人しかいないその存在を傷つけたことに、セレネは怒りの頂点を利用して、その怒りを攻撃に変換してマキュリに向けて攻撃を繰り出す。
あの時――Drに仕向けた攻撃と同じような刺突の攻撃を!
セレネのその行動を、その攻撃を見ていたマキュリは、今現在もその前屈を止めずにその姿勢のまま、逆さの状態の頭でセレネのことを見ている。
すっと目を細め、先ほどの興奮していた面持ちとは打って変わって至極つまらないという顔をしているマキュリ。
そんなマキュリの顔を見て、セレネは更に膨張する怒りを攻撃に変える。どんどん膨張していく怒りが一体何なのかと言う究明をせずに、セレネはその怒りを好都合と見て攻撃に転ずる。
マキュリの顔を、その笑みを――自分の両親を殺したあの天才老人と重ねながら……、彼女は付加したスピードに己のなけなしの脚力を使ってセレネはマキュリに向かって急接近する。
レイピアの如く、彼女はその剣先を今まさに前屈をしながら黙っているマキュリの喉元に向けて突こうとしていた。
が。
「ほいっと」
と、マキュリはとぼけているような声を出すと同時に、いつの間にかだろうか……、突然彼女の足元からドロドロとした銀色の液体をぼこぼこと凹凸の波を発生させ――その波を出すと同時に『ばしゅっ!』と銀色の水の槍のようにそれをセレネに向けて射出した。
「――っ!?」
セレネはその光景を見て驚きを隠すことができず、止まることもできなかった。
それはボジョレヲもエレンも同じで、動くことですら忘れそうになる奇天烈で異常な攻撃だった。
トリッキーマジシャンもそれを見て声を殺すように驚きを上げると同時に、両手の拳銃をマキュリに構えていたが、その両手の内セレネに近いその手をセレネに――否、銀色の液体に銃口を『ちゃきり!』と向ける。
その銃口の穴から微かな冷気を出しつつ――トリッキーマジシャンはその銃口をセレネに向かって……、セレネのことを攻撃しようとしているその銀色の液体に向ける。
――あれが一体何の液体なのかは知りません。しかし液体となれば――凍らせることが可能のはず!
――攻撃を止めた隙に、あの女の嘘くさい蟀谷にこの銃弾を撃ち込むっ!
そう思い、トリッキーマジシャンはセレネに向けた銃の引き金をそっと引っかけ、そして勢いよく引くと同時に……。
どぉんっっ! っと、トリッキーマジシャンの一つの銃口から勢いよく冷気を纏った氷の弾丸が回転をしながら飛んで行く。
勿論――飛んで行く方向にはセレネ達と、そんなセレネのことを襲おうとしている銀色の液体があり、氷の弾丸はその黒い液体に向かってどんどん回りながら飛んで行く。
被弾を試みるように、回転をしながら――
「トリマーッ!」
「その名を口にしないでくださいっ!」
エレンがトリッキーマジシャンの行動に驚きつつも、内心はファインプレーを褒めるように声を上げるが、名前が気に食わないトリッキーマジシャンにとって禁句に等しいものであった。ゆえにトリッキーマジシャンは怒りをエレンに向けてぶつける。
今までとは違う怒り方をしたトリッキーマジシャンを見たエレンは、驚きを浮かべて口を閉ざしてしまうと、氷を纏った弾丸はドンドン回転を速くさせ、加速させながらセレネのことを襲おうとする黒い液体に向かって行く。
後少し、あと数センチで当たるところで、トリッキーマジシャンは内心――良し、と思い、もう片方の銃口をいまだに前屈をして小ばかにするように見ているマキュリに向けて、マキュリの顔が見えているその隙間に向けて銃口を合わせて、そのまま引き金に指を指し入れようとした……。
その瞬間だった。
ぐにゅんっ。
ちゅんっ! バァン! パキィンッ!
「――っ!?」
「「っっ!?」」
突然聞こえた聞こえてはいけない音。そして目を疑うような光景に、トリッキーマジシャン達三人は驚きを隠せずにいた。武器を構えている状態で、三人は困惑を隠すことすらできずにいた。
唯一――その行動をし向けたマキュリだけは、三人の顔を見て前屈をやっとやめて、腰に手を当てて伸ばしながらその光景を嘲笑うように見ていた。
彼女がなぜ嘲笑っているのか。などと疑問を提示したところで誰もわからないかもしれない。そしてこれをもし見た人がいれば、誰もがこんなことありえないと言ってしまうかもしれないだろう。
理由は至極明白にして、異常な光景。
エレンたちが見た異常な光景は――まるで夢でも見ているかのような光景だった。
セレネのことを襲おうとしたマキュリが出した銀色の液体。
その液体を凍らせるためにトリッキーマジシャンは氷の弾丸をその銀色の液体に放って凍らせようとした。ここまでは言い。ここまでは分かっていることだ。
しかし問題はここから。
トリッキーマジシャンは確かに、氷の弾丸を銀色の液体に放ったが……、氷の弾丸がどんどん銀色の液体に急接近し、そのまま黒い液体の辺り――アキやノゥマがよく使う『ヒョドショット』のように凍る……………はずだった。
しかし、それも不発に終わってしまったのだ。
不発。と言っても、ちゃんとその弾丸は機能しており、その弾丸はトリッキーマジシャンから見てマキュリの横の向こうにある一つの木の幹に当たった瞬間に凍り付いたので、機能は生きている。
そう機能はあったが、問題でもあるセレネのことを襲うその液体を凍らせるということができなかった。
無理もない。
なにせ――マキュリが出した液体が生きているかのように一人でに動き、トリッキーマジシャンが放った弾丸をいとも簡単に避けたのだから。
「――っ!? …………っ!?」
まるで石を持ったかのように避けるその光景を見ていたトリッキーマジシャンは、愕然とする顔を仮面越しに浮かべると同時に、どんどん凍っていく木の幹、そしてどんどんとセレネのことを覆うように襲う液体を交互に見ながら、トリッキーマジシャンは視界の端で何度もちらちらと映るマキュリの嘲笑いを見て、放っていない銃の引き金を怒り任せに引こうとした――
が。
「――動くな」
マキュリは言う。静かに、嘲笑うその顔で、冷徹で感情がこもっていないような音色で彼女が言うと、その言葉に連動されるかのように銀色の液体がセレネの目の前で止まり、エレンの腕を覆う銀色の液体の中から――鈍い音が森中に小さく響く。
「……………………っっっ! 痛って………! あああああああぁぁぁぁっ!」
エレンの腕から放たれた小さな軋みを聞いて、ボジョレヲははっと息を呑んでエレンのことを見降ろすと、エレンの右手首につけられていたバングルに赤い文字で『ARM GOA』の文字が表示される。
それを見た瞬間、ボジョレヲは理解する。
エレンの片腕が折られた。この状況で遠距離に長け、且つ知らせを伝える脚力を有していたエレンが再起不能となった。しかも一瞬で、得体のしれないもので……、あっさりと……。
トリッキーマジシャンの攻撃を躱して、だ――
「…………………っ!」
先ほどまでの何とかなる。どうなるかはわからないがやってみる価値があるという可能性が、ボジョレヲの中でどんどん崩れていくのを感じ、どんどん今まであった力が自然と外に放出される喪失感を感じながらボジョレヲは震える瞳孔でマキュリのことを見る。
今起きているこの状況を知ると同時に、マキュリと言う存在に対して畏怖を少なからず覚えて……。
セレネも目の前で固まった状態で、うねうねと液体が波打つように動いているそれを見、そしてその液体越しにマキュリを見て、口の中に溜まっていた唾液を喉を鳴らすほど飲み干し、尻餅をつかないように直立をかろうじて維持することしかできない自分の体に驚きつつ、セレネは小さく息を零す。
エレンは激痛に耐えながら折れてしまい、銀色の何かで覆われているそれを覆いかぶせるように体を突っ伏して震わせている。大の大人でも、骨折は痛い。しかしエレンは泣かずに、声を殺して痛みに耐えている。
トリッキーマジシャンは撃とうとしていたその行動を、意思を、得体のしれない死霊族相手にいとも簡単にへし折られ、そして今の状況を冷静に見て確信したトリッキーマジシャンは、内心舌打ちをしながら銃口を唯向けて威嚇のように見せているその状態でトリッキーマジシャンはマキュリに向かって言う。
至極――イラつく音色で……、彼は言った。
「まさか……、子のようなことを私の目の前でするとは……っ!」
「でもそれに気付かなかったあんたもあんたで、未熟者だってことを証明できたけどね。こぉんな簡単でちんけな作戦にまんまと引っかかるとか……、どうしたの? 最強の魔王族様……?」
「!」
その言葉を言うトリッキーマジシャンに対して、マキュリはけてけてと嘲笑うそれを剥き出しにして、犬歯が丸見えになる様な笑みを浮かべながら言うと、トリッキーマジシャンは更なる怒りを膨張させる。
が……、その言葉に対し、反論と言う正論をぶつけることはしなかった。
否――トリッキーマジシャンは理解していた。マキュリの言うことは正論で、自分は最も犯してはいけないことをしてしまった。仲間でもある人達の前で、彼は重大なミスを犯した。
それをトリッキーマジシャンはつい先ほど知ったのだ。遅まきながら、知ってしまったのだ。
何を言っているのかわからないかもしれないが、それでも彼女はそれを行いトリッキーマジシャンもそれを見過ごしてしまい、最悪のケースを引き起こしてしまった。本当に――遅まきながら気付いたのだ。
――そう。この女性は攻撃をするそぶりも防ぐという素振りも、逃げるという素振りも何もしていなかった。殺すという行動も甚振るという行動も何もしなかった。
ボジョレヲは思う。今まで彼女が行ってきた行いをおさらいしながら、やはり最初からこうするために仕組んでいたことだと確信をしながら……、彼は思った。
――ただ……、私達をこの場所に留めることしかしていなかった。
――そう。何人かを戦意喪失させ、多少の負傷をさせながら、彼女は今の状況を完成させた。
――私達と言う名の人質をトリッキーマジシャンさんに見せつけるために、自分を優位に立たせるために、私達を利用した………!
ボジョレヲは思うと同時に、己の行動に対して後悔もした。
あの時、エレンと一緒に行くことなどせずに、みんなを無理やりにでも起こしてここに来ればよかったと。そうすれば少しばかりは優勢に事が運んだはずかもしれない。
そう思いながらボジョレヲはぎっと、今まで見ないような睨みつけをマキュリに向けたが、マキュリはそんなボジョレヲの顔をにらめっこで面白い顔を見せられているかのように「あはは!」と笑いながら、マキュリはボジョレヲたちに向かって言う。
「そんなしかめっ面しないでよ。アタシはあんた達をじわりじわりと殺すためにここに来たんじゃない。別の意味でここに来たんだから」
「別の意味……? 一体何なのですか……?」
「そう急かさないでよ。そんな風に急かされると心の準備ができていたのにまた崩れかけてしまうから、アタシのペースでやらせてよ」
「死霊族な何を、死人のくせに何が自分のペースですか。あなたたちにそのような選択肢などないと思うのですが」
「あらら? そんなこと言っちゃっていいの? そんなことを言っちゃったら、アタシうっかり堪忍袋の緒がキレて、取り返しのつかないことをしちゃうかもなー?」
「……………………っ」
「そうなりたくないでしょ? ならその場で銃を下ろして、無防備になること。大丈夫。あたしはあんたに用があってここに来たんだから」
「私に…………?」
「そう。だから武器しまって。ほいほいしまってしまって。そしてあんた達はただ観戦しててほしいの。もしていこうなんてしたら、続きを再開する。いいね?」
マキュリの言葉を聞いて、トリッキーマジシャンは一瞬疑うような顔をするも、今はこちらが劣勢、何をされるのかわからない。その状況で抵抗することは無謀に等しい。
ゆえにトリッキーマジシャンは、震える手で、成す術もない状況の中、ただ死霊族の思う通りにされる苦痛に耐えて、その銃を懐にしまった。
情けない。そう自分を責めながら……。
三人もマキュリの言葉に嘘などないことを確信し、その言葉に従うように、彼らも抵抗する意思をかき消す。しっかりと、戦意を一気に鎮火させ……。
トリッキーマジシャン達のその行動を、率直な行動を見て感心しながらマキュリはにこやかな笑みを浮かべて乾いた拍手を送る。
ぱちぱちぱちぱち。そう己の掌を叩きながら「うんうん」と頷き……。
「よしよし。それじゃぁ本題だ。よく聞いてね。『12鬼士』。あとの三人はおまけみたいなものだし、ついでに聞いててね」
そう言ってマキュリは足からドロドロとまた謎の液体を放出させ、それを椅子のように見立てて形作り、そしてその得体のしれない液体の椅子にすとんっと座ると、マキュリはその場で足を組み、前屈みになりながらエレン達のことを品定めするように見つめると、彼女は言う。
エレン達に対して少しとげとげしい言い方をしたが、それでもマキュリは言う。トリッキーマジシャンに向かって、彼女は言ったのだ。
ここに来た本当に理由を――
「『12鬼士』が一人。『煌きの奇才』にして煌雅魔王族のトリッキーマジシャン。あんたとは一度でもいいからお話をしたかった。だからお話をしよう。この夜空を背景にした――アタシとあんただけのお茶会をしようよ。ちょうど手元にアムスノームで作られたお菓子があるから、それをかじりながら、お話をしよう」
「………は?」
マキュリの言葉を聞いたトリッキーマジシャンはおろか、エレン達もその言葉には一文字を捧げることしかできなかっただろう。
なにせ、魔王族からしてみれば憎き死霊族から仲良くお話をしようと誘われることなど滅多にないのだから驚くのは無理もない。
しかしマキュリは本気だ。
本気の目で笑みを浮かべながらトリッキーマジシャンのことを見ている。
その目を見て、トリッキーマジシャンはこの状況を見て、そして空気を察知して、これは断れる空気ではないと察し、トリッキーマジシャンマキュリに向かって言う。
はっきりとした音色でこの状況に対しどうにかして覆そうと心に決めながら、トリッキーマジシャンは鼻で彼女のことを見て笑い、腕を組んで前のめりになりながら言ったのだ。
「いいでしょう――お話をしましょうか。それでは何から話します? 自己紹介からでしょうか? それとも、趣味のことから話しましょうか?」
「そうだねぇー。それじゃあつもる話もなんだし、座りなよ」
その言葉に対して、マキュリも笑みを浮かべながら承諾をして着席を促す。
驚きと困惑に顔を染めているエレン達をしり目に、魔王族トリッキーマジシャンと死霊族マキュリの他愛もない会話が始まろうとしていた。




