PLAY08 昔話ととある男⑤
「お前等なんか知らんっ! お前等のせいで俺は大恥をかいたんだっ! そんな反則のようなENPCを引き連れて……、何の役にも立たないくず所属になって、そんなに俺を慰めて清々しいかっ!? 目障りなんだよ役立たず駄目天使っ! どこへでも行けっ! そしてログアウトになれっっ!」
――これが、グロクルーズさんが私達にかけた最後の言葉。
ゴロクルーズさんも一緒に行こうと、私は誘った。
目的は違うけど、それでもアムスノームに行きたいのならエレンさんと同じように、一時期のチームを組んだ方がいいと提案したのだ。
あ、そういえば……。
もう一つ重大なことをここで思い出したんだ。
それは関係ないことなので、今は保留。
でもゴロクルーズさんは断った。
私の手を叩いて、怒鳴った結果がこれということ。
理由はおじいさんにさんざん虚仮にされて、挙句の果てには大恥をかいた。
それがきっかけでゴロクルーズさんは私達に八つ当たりするように銃を乱射した。それはもう当たってもおかしくないような乱射で……。
これが本当に命がいくつあっても足りないような状況なのだろう……。
それを見て私はヘルナイトさんに守られるように、キョウヤさんとアキにぃでその銃の攻撃を避けるように、おじいさんと一緒に森の奥へと足を進めた。
アキにぃは銃を乱射したゴロクルーズさんに向けて何か罵倒のようなものを叫んでいたけど、すかさずキョウヤさんがそれを静止するためにアキにぃの頭を叩いて止めたのが見えたけど、アキにぃが一体何を言っていたのかはわからない。
少し遠かったので聞こえなかったけど、かすれかすれで『くそデブッ!』とか……、『地獄に落ちやがれっ!』とか色々と言っていたような気するけど、大丈夫……、だよね?
アキにぃ……、何かしてないよね……? 大丈夫……。って思っておこう。うん。
そんな淡い思いを抱きながら歩みを進めていると、おじいさんが指定した場所に着いた私達……。
何の苦もなく、心構えは一応していたけど、それでも何もないとなると拍子抜けしてしまいそうになった。でも結局――心に大きなしこりを残してしまった私。そう、私だけ。
さっきのゴロクルーズさん言葉を聞いて、豹変したゴロクルーズさんの言葉を聞いて……、私は大きなしこりを作ってしまったのだ。
いや……、この場合は、今まで忘れていたしこりが再発したと言った方がいいのかもしれない。
「はぁ……」
今まで吐いたことがないような重い想い溜息を吐いてしまった。
くず所属。
駄目天使。
明らかに、私の所属と種族を見ての言葉。悪口……。
ゴーレスさんにも言われたけど……、再度言われると、心に来るものがある。
乗り越えたと思っていても、結局これ。
なんも乗り越えていない……。ただの自己満足だったのか……、なんて情けない。
そんなことを悶々と思いながら歩いていると……。
「着いたぞ」
おじいさんは急に立ち止まった。
私達もその場所を見て、驚いてしまった。
その場所は、さっきの一本道から逸れている小道のところで、行き止まりについたと思っていたのだけど、その場所はまるで……、自然の闘技場のように開けていて、生えた巨木がそのリングを取り囲んでいる。
でも、それは人工的というか、手が加えられた場所でもあった。
その正真正銘のコロシアムを見た私は、驚きながら……、おじいさんに聞いた。
「これは……?」
「ここに奴が現れる」
それだけ言って、おじいさんはすとんっと入り口付近に「どっこいしょ」と座る。
私達はきょとんっとしておじいさんを見た。おじいさんは私達を見上げているのに、見下しているように見上げる。
フードで顔は見えないけど……、おじいさんはきっと、私達を嘲笑うようにして、こう言った。
「時間は丁度正午。まだ二時間はある。それまで、心の準備なり、サリアフィア様に御祈り、命乞いの練習でもしておけ」
それを聞いたアキにぃとキョウヤさんはイラッとした顔をしていたけど、そこは大人として、ぐっと押さえているように、引きつった笑みを浮かべて、キョウヤさんは「へーへー……」と近くで槍を構えて練習をする。
アキにぃは引きつった笑みのままどこかへ行ってしまう。
ヘルナイトさんは私の近くで私を見降ろし、私はそれを見上げて動じたのだろうと思ってみたけど……。
ヘルナイトさんはそっと私の頭に手を置いて……、ゆるゆると撫でる。
私はそれに驚きながらなんだろうと困惑していたけど……、すぐにヘルナイトさんは手を放し、近くを見る。
私はそれを頭を抱えながら見ていると、おじいさんはそれを見ていたのか……。
「何とも、異色の光景じゃな」と言った。
それを聞いた私は、ぎょっと驚きながら、恐る恐るおじいさんを見る。おじいさんは平然として私を見ていた。それを見て……、私は聞いてみた。
「あの……、おじいさん」
「なんじゃ?」
「その、なんでそんなに意地悪なんですか……?」
「元からこんな性格だからだ。仕方ないだろうか」
そう言われ、私は言葉を失う。
簡単な話、どんな言葉をかければいいのか、わからないからだ。
私は会話を途切らせないようにして、なんとか会話の話題を考えようとした時……。
「……お前さんは」
「!」
おじいさんは、私を見て、私に声をかけたのだ。
私は振り返っておじいさんを見ると、おじいさんはフードの中でどんな顔をしているのかわからないけど……、きっと意地悪そうな顔はしていない。
そう確信した。
おじいさんは言った。
「あの三人を、どう見る?」
「三人?」
「武神卿……。わしら老いぼれは、武神卿のような魔王族を、敬意を込めて通り名で呼んでおるんじゃ。その武神卿とあのエルフの小僧、蜥蜴人の小僧を、どう見ておる?」
そう聞かれて、私は少し視線を外して、考える。
三人を、どう見ているのか……。
アキにぃは頼れるお兄ちゃん。
キョウヤさんはまとめ役で、天賦の才を持ったすごい人。
ヘルナイトさんは、なんだろう……、いいように言えない。
でも、三人まとめてなら……言える。
私はおじいさんを見て言った。控えめに微笑んで……。
「――信頼できる人達です」
それを聞いていたかもしれないけど、三人は何も言わなかった。でもおじいさんはそれを聞いて……。溜息ひとつ。そして……。
「その信頼も、結局は氷のように、いとも簡単に壊れる」
おじいさんの言い回しを聞いて、私は何となくだけど……、おじいさんが言いたいことがわかってきた……。
「絆、友情、信頼などの人間関係など必要ない。脆くて崩れやすいものなら、いっそのこと切り捨ててしまえばいい。所詮な……」
と言いながらおじいさんの言葉を聞いて、だんだんむっとする気持ちが込み上げてきた私だったけど、おじいさんがフードをぱさっと取り払うと、それを見て私は……。
目を見開いて見てしまった。
ひどい傷と……、私は言葉を失って、ただその痛みを見て……、胸の奥がきつく……、苦しくなってきたのだ。
おじいさんの顔は……、顔の口以外の上部分が、ひどいことになっていたのだ。
顔の上半分が、大きな大きなケロイド状の傷で埋め尽くされていたのだ。その傷はまるで、切り傷と火傷を合わせたかのような顔。痛々しく、そして赤くかさぶたのようになっている……。皮膚が抉れたかのような傷を見て、私は口元を手で隠して、青ざめてみてしまう。
左目だけは何とか無事なようで、私を捉えてみている。でも、右目は何の機能をしていないかのように、白く濁っていた。
おじいさんはフードをとった状態で言った。静かに、怒りなど感じない無表情のそれで、言った。
「皆――自分が大好きなんだ。他などそうでもいい。それが人。エルフはそれが表面に出るもっと汚い種族でもあるが、誰だって自分が好きで、他人を平気で蹴落とす」
「!」
「年寄りからの人生のアドバイスだ。簡単に人を信じるな。そして言葉は刃だ。安い言葉であればあるほど……、人は傷つき、そして疑心し合って、蔑み合う」
「っ」
「そうだな……」
ふぅっと息を吐き、フードをそっと降ろして、おじいさんは……。
私達が来た道を見て、おじいさんは言った。
「丁度あんな風にな」
と言った瞬間だった。
私はその道をじっと見ると……。遠くから、がさがさと音が聞こえ、それはだんだん大きくなってきた。
そして……、大きくなってくるにつれて、その全貌が見えてきた。
こっちに来たのは……魔物ではない。人。それも……。
「――あああああああああああっっっっ!」
ゴロクルーズさんは、大慌てで泣きながら、走りながらこっちに来て、転がって逃げてきたのだ。
「え? ゴロクルーズさん?」
私は驚いてゴロクルーズさんを見る。
アキにぃ達もそれを見て、何事かと驚きながら見る。ゴロクルーズさんははぁはぁっと息を荒くし、そして私を見るように見上げて……。
「た」
と言った時、ヘルナイトさんは動いた。
ゴロクルーズさんの背後を守るように、大剣を抜いて――
「――だずげでぐれぇっっっ!」
涙声で、ぐちゃぐちゃの顔で泣き叫んで言った瞬間だった。
ヘルナイトさんは大剣で、何かを防いだ。ガギィィィィンッと、金属音特有の音と、火花を散らして……。ヘルナイトさんをそれを大剣を逆手に持って、それを受けたのだ。
私はそれを見て、驚きながらヘルナイトさんの大剣を見る。
大剣の上、受け止めた刃物を見ると……、ナイフよりも大きいけど、カーブがかかっているそれだった。
キョウヤさんとアキにぃが駆け寄って。
「なんだありゃっ!」
「大丈夫? ハンナ……、と、おじいさん」
「うん」
「わしも大丈夫じゃ」
アキにぃは私とおじいさんを心配して聞く。でも結構おじいさんに対しての嫌悪感はひどい気がする……。キョウヤさんは槍を構え、だんっと駆け出し、ヘルナイトさんが受け止めている何かに向かって、槍を突く。
でも、その敵はヘルナイトさんを土台にしたのか、ぐらっとヘルナイトさんは後ろによろめいた。そしてキョウヤさんが驚いてそれを見て「あ! てめぇ!」と怒鳴る。
敵は空中でくるんっと後ろに回転しながら着地する。
ふわりと、黒いドレスが……、え? ドレス?
それを見て、私達は驚きを隠せなかった。
襲撃しに来た敵は、女の人。しかも……、モナさんと同じくらいの人で、黒いイブニングドレスのようなドレスを身に纏い黒いレースショールを羽織り、首の項までにしかない黒い短髪。セミロングに見えるようなその髪型だけど、頭には黒くて小さいミニシルクハット。黒くて長い手袋にハイヒール。手には身の丈以上の……、黒い刃の鎌。
全てに於いて黒一色で統一して着ている、細身の女の人だった。
その人着地した状態で、手に持っていた鎌を両手で掴んで、ゆっくりと立ち上がって……、女の人はじろっと私達……、違う。私達じゃない。
私の横にいる――ゴロクルーズさんを睨んで……低く、そして怨恨を込めた音色で言った。
「許せない……。許せない……っ!」
ぐぐっと鎌を握る手に力が入る。そして……。
ぐあっと顔を上げて、怒りを露わにした顔で彼女は叫んだ。
「――さっさと出て来いくそデブッ! その体切り刻んで、何度も何度もお前を苦しめて殺してやるから……、とっとと出てこぉぉぉぃいっっっ!!」
そんな狂気の怒りを露わにした女の人は大きな鎌を片手に持って、指をさすようにゴロクルーズさんにその鎌を向けて叫んだ……。
それを聞いて、私はゴロクルーズさんを見降ろす。
未だに頭を抱えて、蹲っている彼を見て……。
◆ ◆
彼は大きな過ちを犯した。
それはどんなに謝罪しても許されない。
罪が晴れる方法は……、きっとないのかもしれない……。
彼は彼女に対して大きな罪の言葉を口にし、彼女を深く深く傷つけたのだから……。




