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PLAY83 キモチ①

 ひゅんひゅんひゅん! 


 という何か細いものが素早く通るような、いいや、が辺りの風を切る音が聞こえた。


 そんな音を聞いたエレンは一瞬首を傾げながら『何の音だ?』と思っていたが、すぐのその音の正体を知り、音がした方向に向けて視線を向けようとした時――


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()退()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 ぶつんっ! ぶつんっ! ぶつんっ! ぶつんっ! ぶつんっ! ぶつんっ!



 そんな音がエレン達の耳に、セレネ達の耳に、そしてボジョレヲ達の耳に入ると同時に、ダンの「おおぉ?」と言う素っ頓狂な声がエレン達に耳に入ってきた。


 その声を聞いて、三組は目を点にするような表情で音がした方向、そしてダンがいる方向に目を向けた。


 幸いにもダンとその音は同じ方向だったので、二つの方向を見ずに済んだのだが……、三組はその光景を見て点にしていた目を更に小さい点にし、驚愕のそれを浮かべながら彼等は見た。


 いつの間にか――『殺戮蟷螂』の両腕、エレン達から見て左足、そして顔の一部が()()()()()()()()()()()()()()()()()


 しかもダンの手に負傷させていたその鎌の手だけは念入りに、細かくして……。

 

 突然のことに困惑していたエレン達は、一体何が起きたんだと思いながらその光景を見、どすどすと落ちていくその一部を見ようともしないで彼等は切られてしまった『殺戮蟷螂』のことを見上げる。


 唖然として、武器で応戦することも、動くことですら忘れてしまいながら……。


 何度も何度も見たことがあるにも関わらず、それを見た瞬間動きを止めてしまい、その光景を凝視してしまう自分に対して、若干の驚きを感じながら――だ。


 そう。彼らは何度も見ている。


 見ているのだが、何度も何度もその光景を見るたびに驚きを隠せなくなる。


 なにせ――今彼らの目に前で起きていることは、この世界に入る前まではフィクションの世界。漫画のような世界と同じ芸当なのだ。


 まるで新しいものをつい見てしまう人々のように、過激なアクションをする映画を食い入るように見るように――その光景をリアルで見ると言うことはなかなかの刺激であり、彼らにとってすれば驚くような光景なのだ。


 その光景を作り上げている彼は、それを難なくこなしながら『殺戮蟷螂』の背に乗りながら、彼は己の手に嵌められている武器を指の先で動かす。


 薄紫色の髪で前髪に一部が少し長い。そして癖がひどく少しだけはねがひどい、その髪型と相まってか――服装はキチンとしている服装ではなかった。ボロボロだが汚れていない灰色のローブに、赤黒いズボンにブーツ。両手首には重そうな機械をつけて、それと連結されているのか、指先に鉄でできた指嵌めをつけている右目に宝石が縫い付けられている眼帯をしている男は、十指の指につけられた鉄の指嵌めを『くいっ』と少しだけ動かす。


 瞬間、日の光でようやく視認することができたが、『殺戮蟷螂』の周りに浮くように宙を舞っていた細くて長い何かがその彼が動かした指と連動して、ひゅんっ! と一人で動くと同時に――


 ――ぶつんっ! と、『殺戮蟷螂』の後ろの足を一本ぶつ切りにした。


 彼の武器でもあり、防具でもあるそれを――指先の鉄の指嵌めに括り付けるように出しているその糸を使って、彼は『殺戮蟷螂』の足を切断したのだ!


「ぎゃぁっ!?」


 その切断を見た瞬間、ララティラの叫びも一際大きく、素っ頓狂な声を上げて青ざめたそれを浮かべる。


 その光景を見ていたノゥマは――本当に虫苦手なんだな……。と思いながら彼女のことを見ていたが、そのことに対しては誰も指摘することはなかった。


 なにせ――誰もが男と『殺戮蟷螂』の戦闘を食い入るように見ているのだから。


「キシャアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!」


 そのぶつ切りと同時に、激痛がその全身に行き渡ったのか、『殺戮蟷螂』は虫ではないような奇声を上げて残った足でじたばたと動きながら痛みを緩和させようとする。


 ドスンドスン! と、まるで巨人が暴れているかのような動き方をして、暴れ方をして『殺戮蟷螂』は暴れる。暴れる――


 背に乗っている男と、驚いて避けていくエレン達を踏み潰そうとしながら、痛みを緩和させながら、暴れまくる。


 しかし、その暴れている背に乗りながらも、男はそのまま振り落とされないように右手の五本の糸を使って『殺戮蟷螂』の体に括り付けて落下を防ぐ。きつく糸で体を絞めて、その体に食い込ませながら……。


 まるでロデオのように男は『殺戮蟷螂』から離れないようにすると、その糸の締め付けに『殺戮蟷螂』は「キィ……ッ! キィキィ……ッ!」と、苦しそうな声を上げながらなおも暴れて背に乗っている男を振りほどこうとするが、逆に男は落ちないようにきつく括りつけていたその糸を更にきつく括りつける。


 落ちないようにするというよりも――このままぶつ切りにして倒すという意志を強くさせながら、男は()()()()()を教訓として、へまをしないように行動する。


「――っ! ふん!」


 男は未だに暴れている『殺戮蟷螂』の体中に巻き付けた右手の糸を動かす。ぐっと、ただ握るだけの行動だったのだが、それでも力一杯握っているので、『殺戮蟷螂』の胴体には食い込んだ糸が更にその体に食い込み、『殺戮蟷螂』の体に『ぴきぴき』と言う音の悲鳴を与える。


 悲鳴と同時に――『殺戮蟷螂』の体から零れだす虫特有の体液。


「キシャアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」


 その体液が出た瞬間、『殺戮蟷螂』が絶叫を上げて馬のように前足を空中に向けてあげると、そのまま無事の前足を地面に向けて『どすんっ!』と着地させると、『殺戮蟷螂』はとうとう後ろにしがみついている (もっとも、糸を使ってしがみついているのだが)男の存在に気付いたのか、『殺戮蟷螂』はそのまま……。




 ()()()()()()()()()()




 バッタが跳ぶように、『殺戮蟷螂』も跳んだのだ。と言っても、後ろ向きなんのだが。


「っ!?」

「後ろっ!?」


 突然の行動をした『殺戮蟷螂』のことを見て驚きの顔を見せるエレン達。その中でも声を上げたのは驚きの顔を浮かべたエレンとルビィだった。そしてそれと同時にルビィは思った。


 ――あの魔物、後ろに跳んでいる! あんな行動今まで見たことがないわ。まるで後ろにいる敵の状況を見て、且つ武器もない状況の自分を理解して、どうやって相手を一発で殺そうかと()()()()()かのような行動。


 ――知能を持った行動。


 ――しかも、周りを見ての行動だわ。こんなの……、普通の人間でも遅まきに気付くようなことなのに、あの魔物は……『殺戮蟷螂』は自分が今怒荒れている状況をいち早く理解して行動した。


 ――()()()()()()()()()……、()()()()()()


 そう思ったルビィは、一瞬全身の血がざわつき、そしてそのまま温度が低下していくような感覚を覚えたが、すぐに首を横に振ってそれはないだろうとその思考を否定する。


 否定し、首を横に振りながらもルビィは再度『殺戮蟷螂』のことを見てこう思った。


 ――いいえ、あれは魔物! 動物と同じ存在よ。猿や知能の高い存在でもないし、これは偶然よ。きっと……。


 ――偶然……、にしては、変、よね……?

 

 ルビィは否定をしながらちらりといまだに後ろに向かって行く『殺戮蟷螂』のことを見ると、ところどころ斬られてしまった足を器用に、補うように走っているその姿を見て、ルビィの思考からどんどんその偶然が偶然でないと思い始めてしまう。


 まるで、人間の頭脳を持った魔物が――摂食交配生物のような行動をしている摂食交配生物でもない『殺戮蟷螂』を変異種のように見ながら……、ルビィは心の中に、僅かなしこりを生んでいく。


 そんなルビィが思っている中でも、状況はどんどんと緊迫したものに変換されていく。二人の声が響いた中でも、『殺戮蟷螂』は虫とは思えないような動きをして、びょんびょんっと跳ねながらその場所から遠ざかるように、どんどん後ろに向かって行く。


 背にへばりついて攻撃をしていた彼を道ずれにして……、背後にある大木に激突を試みようとしながら、『殺戮蟷螂』は後ろに向かう。


 その木に向かって突っ込み、彼をサンドイッチの具にしようとして――!


「! 危ないっ!」


 その光景を見て、まるで知能を持ったかのように動いている『殺戮蟷螂』のことを見て行動に移したのは……、焦りの声を出して狙撃銃――『フェンリーヌ』を出しながら構えるノゥマ。立ち膝をして銃を構えながら、その焦点を『殺戮蟷螂』の脳天に合わせる。


 幸い――『殺戮蟷螂』は彼のことしか見ていないらしく、他の彼らの言葉など無視している状況だ。それを見てエレンはセレネ達に向かって……。


「っ! ぼうっと突っ立っている暇なんてない! 銃や遠距離に長けたやつで相手を引き付けるぞ!」


 そう言って、エレンはその場で矢を構えながら狙いを『殺戮蟷螂』の脳天に向ける。


 そんなエレンの言葉を聞いて、トリッキーマジシャンも二丁の拳銃を構えながら「分かっていますよ!」と言ってその焦点を『殺戮蟷螂』の足に向けて放とうとする。それほど命中率に自信があるのだろう。


 それと同時に遠距離の武器を持っていたダイヤも内心面倒なことになったと思いながら銃を構え、シャイナとセスタも鎌を構えながら――


「ならおれ達は影でおうせ~ん!」

「やってやるわよっ!」


 と言いながら、二人は己の影を出そうと、足元の影を『どぶり』と、泥水のように揺らめかせると――突然彼らの背後から声が響き渡った。


「あ、あの――っ! 待って下さい!」


 その声を上げたのは――この中でも戦力にはならないが、生命線の要でもあるメディック……、レンだった。


 レンの声を聞いたボジョレヲ達は、驚いた顔をして彼女がいるであろう背後を見て、ダイヤは横にいる彼女のことを横目で見る。レンはそんなみんなの視線を、些か冷たいようなそれを感じてはいたが、レンは意を決するように声を上げてみんなに向かって言った。


「た、多分大丈夫です。今回()、問題なく倒せると思います」

「………今回()って、今回はかなりやばいと思うんですけど……、今現在進行形で危ない目に遭いそうですよ?」


 そんなレンの言葉に、モナは信用できないような目で強張っている顔を向けると、その顔を見ていたレンは、それでもと言わんばかりに貫く言葉を放つ。


「それでも大丈夫です。長い間私一緒にいたんです。信じてください」


 そうレンが言うと、レンはきっと目の前――否、『殺戮蟷螂』とその背に乗っている彼のことを見て、彼女ははっきりとした音色で言った。


『殺戮蟷螂』がその木に背後から衝突する寸前に、彼女は言った。



「彼なら――勝ちますから。彼なら――」



 と言いかけた瞬間だった。


 ――どぉんっっ! とと言う何かが衝突した音と、その音と一緒に鳴り響くバキバキと言う木々がへし折れる音。その音が野営地に広がると同時に、エレン達は驚いた顔をしてその音がした方向に目をやると……、彼らは愕然とした顔でその光景を目にした。


 誰かが息を殺すような声を上げたが、誰がその声を放ったのかはわからない。否――そのことに関して気にする余裕などなかったのだ。何故なのか? それはこうである。


 今の今まで後ろによろめきながら走っていた『殺戮蟷螂』は、なぜが人間のような知能を持って、己の背にまるでセミのようにへばりついている彼のことをサンドイッチの具にしようと、いくつか使えない足を補うように使って跳びながら潰そうとした。


 それが今、成し遂げられてしまったのだ。


 いくつもへし折れてしまった木々をソファーのように座り、尻餅をつくようにへたりこんでしまっている『殺戮蟷螂』は、虫特有の口をかさかさと動かして人間が呼吸を整えるように呼吸をしている。


 その光景を見ていたエレンは、ルビィと同じように驚いた目をしながら魔物でもある『殺戮蟷螂』に対して違和感を覚えた。が――その違和感もすぐにかき消されてしまう。


「へばったかっ! あいつの仇は俺がとる! そして――今度こそ俺の手でぇーっっ!」

「おっさん五月蠅いっ! けが人なんだから少しはおとなしくしててよっ!」

「これはかすり傷だ! ほれほれ動く!」

「動かすなっ! ちょっとモナちゃんと掴んでてよ! おっさんだけだよこんな風に暴れるのっ!」


 かき消されてしまったエレンは、自分の横で戦いたいという欲が爆発してしまい、暴れそうになっているダンのことを止めているモナのことを見て、ダンに向かって怒鳴っているシャイナの声を流すように聞きながら、頭の頭痛を抱えて項垂れそうになった。


 しかしそれを何とか踏み留めて、頭を抱えるだけに留めたエレンのことを見ていたガーネットは、首を傾げながら吊り上がった目で彼のことを見ていた。


 が――それでも状況は最悪だろう。


 彼のことを潰したと確信したのか、『殺戮蟷螂』は虫特有の「キシャァアアア」という声を出して、虫特有の口を動かしながらそのまま起き上がろうと体を動かす。


 頭の触角を使って平衡感覚を利用し、足を使って失った足と手の補いをしながら立ち上がろうとする。その光景を見ていたボジョレヲはすぐに拳を構えて『殺戮蟷螂』に向かって接近しようとした。


 ――瞬間だった。


「ボジョレヲ。大丈夫だよ」

「!?」


 またもやレンの声。その声を聞いたボジョレヲは驚きの顔をしてレンのことを見ると、レンは未だにその場所で肩幅まで足を開いた状態で立っている。


 顔は真剣ではあるが、どことなくみんなとは違う顔をしている彼女を見て、ボジョレヲは首を傾げながら彼女の名を呼ぶと、ノゥマもそんな彼女のことを振り向きながら見て、誰もがレンのことを見ようと首を再度動かそうとした瞬間――レンは言った。


 はっきりとした音色で、そして、『殺戮蟷螂』の頭上を見上げながら、彼女は言ったのだ。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のことを見て、彼女は言う。


 最も信頼して、そしてこの中では『12鬼士』の次に強い彼のことを見上げて――


「彼なら――ハクなら、絶対に勝ちます」


 だって、今までだってそうだったから。


 そう言った瞬間だった。


『殺戮蟷螂』の頭上で一瞬浮遊しているかのように浮いていた彼――ハクシュダは、その一瞬の浮遊と同時に己の目の前で両腕を使って罰点のマークを作るように交差させると、どこかで『ひゅんひゅんひゅん!』と言う空を切る音が響き、それと同時に『殺戮蟷螂』の体が突然、不自然に強張りを見せた。


 強張り――否。それは強張りではない。


 何かによって拘束された時の動きだ。


 ぎちぎちと締め付けられるような締め付けを受けた時の体のびくつきだった。


『殺戮蟷螂』はそれを受けて、体中に締め付けられる感覚を覚えながらどうにかして逃げようと体中に力を入れながらもがく。じたばたともがき、そのまま逃げようとしたが、それも簡単に叶うわけがない。


 むしろ暴れると締め付けられているところから微量の液体が顔を出し、痛覚も敏感になってしまう。それを見ていた頭上にいたハクシュダは――一言、真下にいる『殺戮蟷螂』に向かってこう言った。


「無駄な足掻きはやめておけよ。それすると――じわりじわりと痛みが沸き上がっちまう。俺はそんな拷問みたいなことはしたくねぇから、一気に楽にしてやるよ」


 そう言ったハクシュダは鉄の指嵌めに括り付けていた糸を動かそうと、交わらせていたその手を勢いよく大きく、腕を広げるように振るうと同時に言う。


 自分が持っているであろうスキルを――『殺戮蟷螂』に向けて!



属性剣技(エレメントウェポン・)魔法(スペル)――『豪焔硬線(フィアガ・ワイヤー)』!」

 


 ハクシュダの声が辺りに広がると同時に、彼の十指の先から――ではなく、その糸から糸の先にいる『殺戮蟷螂』に向かって糸伝いに広がっていく強い炎。ぼぉおおっという音を出しながら、その炎は急速な勢いで『殺戮蟷螂』に向かって迫り、そしてその炎に気付く暇もなく――


『殺戮蟷螂』は、その炎の餌食になってしまった。


 めらめらと、ごうごうと燃える炎の向こうで、「キシャアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」と何度も叫びながら藻掻く『殺戮蟷螂』。


 その光景を、この場所には絶対にないで熱風を感じながら、エレン達は驚きながらその光景を凝視してしまう。レンに至っては、ホッと安堵のそれを吐いて、丁度地に降り立ったハクシュダのことを見る。


 ハクシュダは背後でごうごうと燃える光景を振り向きざまに横目でじっと見る、手に括り付けていたその糸はもうすでに腕の武器の中に収納されており、ほのかに腕の中がカイロのような熱い感覚を覚える。


 そんなことを感じながらハクシュダは、背後で燃えて、いつの間にか消滅してしまった『殺戮蟷螂』のことを見終えると、ハクシュダはそのまま前を向いて、エレンたちに向かってゆっくりと歩みを進めながら彼は言った。


 めらめらと未だに燃えるその光景を背景にしながら、彼は言ったのだ。


「終わったぜ」

「………………あ、お、うん。ありがとう」


 なんとも短く、なんともわかりやすく、淡々とした言葉。


 素材を燃やしているのか、勢いを忘れていない炎を背景に戻ってきたハクシュダは、エレンのことを横目で見て、そして淡々とした音色で――


「これでいいよな? もう敵はいないみたいだから大丈夫だぜ」

「あ、ああ……、と言うイかなんでそんなこと知って」

「跳んだ時に周りをざっと見た。けど大きいなものはいなかった。それだけだよ」

「あ、そう……、なんだ」


 と言うと、それを聞いていたエレンは驚きと絶句、そして困惑を合わせたかのような強張りを見せながら頷き、そしてそのまま自分の横を横切るハクシュダのことを目で追い、そして背中を見る。


 つかつかとみんなの横を通り過ぎるように、少しだけ俯いて歩みを進めるハクシュダ。


「おつかれー」

「毎度のこと思うけどすごいね~」

「またあなたのお手柄ですね。ありがとうございます」


 ハクシュダは歩みを進める。自分のことを褒めて笑みを浮かべながら労うノゥマ、セスタ、そしてボジョレヲの言葉など耳に入っていないかのように、そのまま通り過ぎ……。


「ほんと――あなた強いわね。なぜ『バロックワーズ』の戦力としていたのか今になって理解できるわ」

「あの時戦わなくてよかったと思うな。」

「……………………」

「無視するな。元悪人」


 ハクシュダは歩みを進める。ルビィとダイヤの褒めの言葉に耳を傾けず、そのまま彼らの横を通り過ぎて歩みを進めていると、後ろからガーネットの毒の声が聞こえたが、それでさえも無視して、ハクシュダは歩みを進めて通り過ぎていく。


 ガーネットの犬のような威嚇を見ずに……。


「お前また横取りかよっ! 今度は俺に戦わせろっ! お前も休め!」

「あーもぅ! ダンさんがお休みですってっ!」

「おっさんうるさい」

「ハクシュダ……、くん。あの……。あー……」


 自分に向けて怒り (戦いを邪魔され、挙句の果てには倒してしまったことに対しての怒り)をぶつけては、次は自分が戦うから手を出すなと大々的に宣言するダンだったが、モナがそのことを聞いて、むすっとした顔をしながら怒りの顔を浮かべてダンのことを押さえる。


 そんな光景を見ながらシャイナが呆れたような毒を吐き捨てると、そんな三人のことを横目に見つつ、いつもの光景やな……。と思いながら、ララティラはハクシュダに向かって声を掛けるが、ハクシュダはそのまま彼女の横を通り過ぎ、そのままレンに向かって歩みを進める。


 すたすたすた……。と歩みを進め、そしてレンに向かって歩みを進めていくハクシュダ。その光景を見てレンはハクシュダの名を呼ぼうとした……。


「ハ」

 

 が――


 レンがハクシュダの名を呼ぼうとした時、ハクシュダはその声を聞く前にそのままレンの横を通り過ぎてしまう。


 彼女の声を聞く前に――否……、彼女の声を聞かないようにしている行動をとりながら、ハクシュダはそのままその場を後にしてしまう。


 その行動を見て、そして自分のことを見ないハクシュダに対して、レンは一瞬驚きの顔を浮かべたがすぐにその顔を消し、少しだけ俯いてきゅっと唇を噤む。


 目を伏せ、流したいそれを堪えるように――レンは俯く。


 その光景を見ていた誰もが、複雑な思いを抱くようにその光景を見ていたが、ガーネットだけはそんなハクシュダに向かって……、「元悪人の行く末」と毒を吐くと、その言葉と同時にルビィの強めの拳骨が彼女の頭に落ちてくる。


 ごちんっ! と言う音と共に、ガーネットは脳天を抱えて唸りながらしゃがむ。そんな彼女のことを見降ろし、ルビィは少し怒っている雰囲気の顔をしながら「空気読みなさい」と念を押すような音色を吐く。


 そして――そんなハクシュダのことを見ていた『12鬼士』のアクアカレンとトリッキーマジシャンはその光景を見て互いの顔を見ながら (アクアカレンは背が小さいので見上げ、トリッキーマジシャンはそんな彼女のことを見降ろすような状態)、アクアカレンはトリッキーマジシャンに向かって聞いた。


「う、うむむ……、これは一体……どういうことなのだろうか……? 妾にはてんで理解できんぞ? トリッキーマジシャンは分かるか?」

「私にそれを聞くとは、ずいぶん偉くなったものですね」

「ほわわ……っ! ち、違うじょ……っ! 妾はただ……。あわわわ……」

「真に受けないでください。あと噛んでいますよ? 更に言いますと、そんなこと聞いても私にもわかりませんよ。こればかりは」

「う」


 そう言いながら、己の冗談で本気で怖がっているアクアカレンのことを見降ろし、訂正を加えながら自分で思ったことを口にし、そのままアクアカレンから目を離したトリッキーマジシャンはこう言った。


 内心、本当になぜこうなってしまったのかと思いながら、彼はハクシュダのことを見て神妙な音色と面持ちで言う。


「なぜ、彼が守りたいと思っていた人と一緒になれたというのに、あそこまで避けるようなことをしているのか。()()()()()()()()()()()()()()()()。私にはてんで理解できませんね。人間の、あ、いいえ。ましては元々敵であった魔王族の血が混ざっている亜人の考えていることだなんて……」


「ほわわ…………」

 

 その言葉を聞きがら、アクアカレンとトリッキーマジシャンはそのまま再度ハクシュダに目を移す。


 ハクシュダは野営地の散乱状態を腰に手を当てながら見ているようだが、その背中には最初に出会った時のような、ハンナ達の加勢に向かった時の温かい背中はなく、今となってあるものは、まるで厚い壁で背中を守っているような、閉ざしているような雰囲気だけ。


 その雰囲気を見ながら、エレンは腕を組んで神妙な面持ちで彼のことを見ながら、こう思った。


 ――あのハクシュダって男……、なんだか()()()()()()()を感じる。


 ――あの時、マドゥードナでティラ達のことを裏切って、罪悪感にのまれそうになっている俺と……、全く同じだ。


 そう思いながらエレンはじっと、ハクシュダのことを見る。


 昔の自分と同じ雰囲気を出し、もしあの時……、ララティラが来なかったら、もしかしたら自分がああなっていたのかもしれない。


 そんなことを思いながら、彼はこの先に待ち受けるみんなも忘れかけている歴史碑の捜索を頭に入れ、頭をがじがじと掻いて再度溜息を吐く。


「これは……、色々と苦労しそうなお仕事だ」


 頭を掻き、溜息と共にその言葉を零しながらエレンは内心――これからどう接していこう。と思い、再度ハクシュダの厚い壁の背中を見つめ、VRの世界では感じられない片頭痛を感じながら思った……。

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