PLAY82 落とし物②
ジルバ達対死霊族の激闘が始まり、そして終わりを迎えた――その日の真夜中。
ハンナ達はというと……。
□ □
ばさ。ばさ。ばさ――
青黒く染まる空にキラキラと散りばめられた星々。
その風景に映り込む紺色の鱗の翼。
それが大きく、大きく羽ばたくと、周りにあった雲がくるくると形を変えて丸くなり、そして最終的に消えていく。
その光景を見ながら私は溜息をついた。
溜息の理由は心が沈んでいるから。そのことに関しては後で話します……。
でも、心のどこかで沈んでいる私の心とは対照的に……、その日の夜はまるで天国の世界にいるかのような風景だった。
私達は現在――次の『八神』シルフィードの浄化をするためにボロボ空中都市に向かおうとしている。
けれどその通行手段が空路……、と言うか、紺色の鱗を持っている大きな大きなドラゴンに乗らないとボロボ空中都市には行けないので、私達は現在そのドラゴンの背につけられている天蓋……、と言うか、籠の中で到着を待ちながら二週間の空の旅を満喫していた。
ドラゴンの背から……というかドラゴンの背につけられた大きな家のテラスのようなところから見渡すその世界は地上では絶対に見られない風景で、私の視界をその色一色の染めてく。
下は雲の海。大きな雲や小さな雲がいくつも交差しているようなそれが、まるで波立つそれと重なっているようにも見えて、私の視界の横には大きな大きな満月が雲一つない世界を、薄暗さを保ちつつ、でも夜の世界を煌々と照らしている。
そんな光景を見ながら、私はテラスの様な広いところの手すりに身を預けながら黄昏ていた。
黄昏……と言っても、ただ何となく寝付けなくて、涼みにここにきているだけなんだけどね……。
だって、今日のお昼に話したことが頭から離れなくて、そのことをずっと頭に入れながら今日を過ごしてきた。そのくらい悩んだ。と言うか悶々と、もしゃもしゃしていた。
このもしゃもしゃは目に見えるもしゃもしゃじゃなくて、私自身の気持ち。
しょーちゃん達に対して、ジエンドのことやヴェルゴラさんのこと、そして……、メグちゃんのことを話してよかったのか。
本当にここまで話してよかったのかと、自分なりに後悔をしていたから。
あの時、なんで正直に話してしまったのだろう。
こうなるのならば嘘を入れながら話してもよかったのではないか。はたまたはみんなの顔を伺いながら正直に、そして嘘を入れつつ話せばよかったのではないか。
そんな後悔が私の心を軋ませていったから、私は寝ようとしても寝れなかったのだ。
これが真相。そして――今現在……。
「きゅきゅぅ。きゅうきゃぁ。きぃー」
「ぐぅううう。ぐるるるるっ。くるるうう」
「ききっ? きゅきゅきゅ。きゅきゃーっ!」
「くるう? ぐるるるる。ぐるぅ」
「きゅきゅっ! きゅきゅー!」
「ぐる! ぐるるるぅ」
「きゅきぇー」
現在、私は幻想的な夜空を見ながら手すりに座っているナヴィちゃんと、私達のことをボロボ空中都市まで運んでくれているドラゴンのどんなことを話しているのかわからない会話をずっと聞いていた。
ナヴィちゃんは真剣そうに手すりの上でぴょんこぴょんこと跳ねて喜怒哀楽を示しながら何かを話している。
その言葉 (?)を聞いていたドラゴンは、呻き声の様な唸り声の様な鳴き声を上げてナヴィちゃんの話を聞いていた。
正直、何の話をしているのかさっぱりだけど、本人達は真剣そうなのでその話を遮るようなことはしないでおこう……。うん。
なんとなく、中学校でやっていた進路相談の様な空気を感じるから……ね。
「……ふぅ」
そんなことを思い、ナヴィちゃんの話が終わるまで私は視界の端に広がる満月の風景をもう一度目に焼き付けておこうとその方向に振り向こうとした時――突然背後から声が聞こえた。
「あ、はなっぺ」
「はなちゃん」
「!」
背後から聞こえた声。その声を聞いた私ははっとして背後を振り返ると、その場所を見た瞬間、その場所にいた人達を見て、私は驚きの声を上げながらその人達の名を呼んだ。
「しょーちゃんにつーちゃん」
そう――私の背後にいたのはしょーちゃんとつーちゃんだ。しょーちゃんは頭を掻きながら欠伸をかいていて、つーちゃんはそんなしょーちゃんのことを汚そうに見て顔を歪ませている。
もしゃもしゃを見ても、つーちゃんがしょーちゃんの欠伸を汚いと見ていることは明白だったけど、そんな二人は私のことを見て聞いてきた。最初に聞いてきたのは――つーちゃんだった。
「何してんの?」
「あ。えっとね……、ちょっと寝付けないから、涼んでいただけ」
「あー。僕達と同じね」
「だな。俺も寝付けなかったからツグミと一緒にここに来た」
「ショーマの場合は寝付けないんじゃなくて……、ただベッドの寝心地が悪い殻ってだけでしょ?」
「おいツグミッ! お前オレのことをそんなリッチ坊ちゃんのように見ていたのかっ?」
「いんや。ただのマウント野郎に見えた」
「んだよそれっ! 俺は山頂に上ったことなんて一度もねえよっ!」
「マウンテンじゃなくてマウント。要は上げ足をとることが好きな人のこと」
「お前そんな目で俺のことを見ていたの?」
「ふふ」
つーちゃんは私に聞いてきたので、私は正直に寝付けなかったことを話すと、どうやらつーちゃんたちも同じだったらしく、安堵のそれを吐きながら言うとつーちゃんはしょーちゃんのことを見ながらけらけらニヤつくように笑って言ってきた。
それを聞いてか、しょーちゃんはつーちゃんのことを睨みつけて指を指しながら反論をしたけど、そんな反論に対してつーちゃんは反論返しをしてきて、しょーちゃんはいつものようにつーちゃんに言葉負けされてしまった。
その光景を見ていた私はくすりと笑いながらしょーちゃん達のことを見る。なんの危険もないような平和な一日の中で見られる懐かしい風景を見て、私は内心懐かしいと思いながら二人のひと悶着を聞いていた。
本当に懐かしいな。こんな騒がしい光景。
そう。そうだった。
この世界に入る前――ううん。閉じ込められる前までは離れ離れになるなんて思わなかった。そしてしょーちゃんとつーちゃんのこの騒ぎがこんなにも懐かしいと思えるなんて、現実世界にいるときは考えられなかった。
これが俗に言うところの……、いなくなって初めてわかるその人の大切さ。と言うものなのかもしれない。
そんなことを思いながらしょーちゃん達のことを見る私。その光景を見て、懐かしいけど物足りなさを感じながら現実と今の光景を重ねていく。今の二人と、平和だったときいつも騒いでいたあの時のことを――
「あんたなんて――ここで死んで、現実でも死ねばいいんだ。あんたのことなんて一ミリも親友としての『好き』として見ていない。ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと――大嫌いって思って、首を絞めたいくらいあんたの存在が、憎たらしかった。存在そのものが――大嫌いだったよ」
と思った瞬間……、と言うか、その映像と今を重ねた瞬間……、私はまた思い出してしまう。
今ここにいないけど、それでも私にとってすれば友達でもあるその人のことを……、その人が言った言葉を思い出してしまった。
しょーちゃんじゃない。つーちゃんでもない。今いないみゅんみゅんちゃんじゃない。私が思い出したのは……、メグちゃん。
メグちゃんのことを思い出して、そしてあの時……、元バトラヴィア帝国で言った衝撃の言葉を思い出して、私は俯いてしまう。その光景を見ていたのか、つーちゃんが私の名を呼んで心配そうにしている。しょーちゃんもその一人だ。
私はそんな二人の言葉に声を掛けることもできず、俯いたままあの時の言葉、そして帝国……、あ、ちがう。元帝国で起きたことを思い出してしまう。
今でもあの光景が嘘なんじゃないか。もしかしたらジエンドが作り出した幻影なのかもしれないと、今でも思ってしまう。今でもメグちゃんがあんなことを言わないと思ってしまう自分がいる。
あの時、目の前で告げられたのに……、結局私はそれから逃げているような感じでその言葉からも逃げている。受け入れたくないような気持でいる感じがする。
あんな言葉は嘘だ。あれは嘘だ。夢だったんだ。あんなことありえないだろう。
そんなことを囁く弱い自分がいる。
まるで……、自分の中にもう一人の自分がいる様な、そんな感覚を覚えた私は、手すりに突っ伏するように顔を覆ってしまう。もちろん――両手でしっかりと顔を隠すようにして……。
本当は、あんなことが嘘であってほしかったって思っていたけど、あの時私が見たあの光景が全部現実。ヴェルゴラさんの件も、メグちゃんの件も、そして……、ジエンドの件も、全部全部本当のことだった。全部本当で、メグちゃんの気持ちも全部……、本当と言うことを知ってしまった。
それだけでもショックなのに、私はこれからメグちゃんと何度か対決することになるかもしれない。
ジエンドがヘルナイトさんのことを殺そうとしているのだから、必然なのかもしれない。だからその必然に導かれるように、私はメグちゃんと再会するかもしれないのだ。
親友としてではなく、友達としてではなく――敵として……。
「………………なんで、こうなっちゃったんだろう。!」
と、私は言葉にした瞬間、無意識に言葉にした瞬間はっと息を呑んで驚きながら首を傾げてしまう。
私……、なんで口に出してしまったんだろう……。そんなことを思いながら、自分の口なのに自分の口ではない口が動いたかのような感覚を覚えながら何故と思いながら首を傾げていると……、不意に私の右の視界が暗くなった気がした。
その暗がりが一体何なのかを見ようと顔を上げた瞬間、私の右隣に来た人は私と同じように手すりに腰かけて、その状態でその人は――しょーちゃんは言ったのだ。
「だよな。はなっぺの気持ち、俺も分かるな。そんな風にナーバスになる気持ちもわかる」
しょーちゃんは徐に、そして突然と私の隣に来て語り掛けてくる。と言うか話しかけてくる。
その光景を見た私は驚きつつも、しょーちゃんのその温かくて優しいもしゃもしゃを見ながら、先ほどまで感じていたそのじくじくしていた気持ちが少しだけ晴れる様な気分を感じた。
そんな私の気持ちを知らずか、しょーちゃんはいつもの雰囲気を出しながらも、真剣な音色で私のことを見ないで私に向かって言う。
普段からしていることをするように――
「もし俺がそうなっていたら、悩む前にそいつと話して、話して話して話しまくって――それでも全然噛み合わなければ拳で語り合う! そんな感じで無理矢理解決しちまうけどな。だっていつまでもうじうじ考えたくねーし。それに俺はうじうじが似合わねえと思う。俺も、はなっぺも、誰でも」
「……………………そう、だね。私は何も言えなかったし、結局喧嘩離れしちゃったような気持ち……。何もできなかったのは心残りかな……」
「でもはなっぺは俺とは違って結局は暴力で解決なんてしなかっただろう?」
「えっと……、ごめん。私、多分暴力で解決しようとしていたと思う。メグちゃんの攻撃受けるから敵なことを言ったから……」
「マジか。意外だな」
「しょーちゃんに言われると言うことは、相当なんだね」
「え? 逆に俺はそんな感じなの? 人から見られている俺って意外と危ない存在なんだ」
「……………………」
「ごめんなんか言ってっ」
「うん……。ごめんね。でも、なんだかしょーちゃんと話していると気持ちも治まってきた。しょーちゃんの話を聞いて、なんだか荒んでいた気持ちが和んだよ。なんか、話したらすっきりした。根本的な解決にはならないけど、それでも心はすっきりしている。ありがとう」
「お! そうか! 良かったな! って、あれ? なんか俺の方がしこりができたような……?」
「ふふ。うん。しょーちゃん優しいね。ありがとう。さすがは警察の息子」
「………。まぁ、そうだよ。な」
私の言葉を聞いて、しょーちゃんはにっと犬歯が見えそうな活発な笑みを浮かべる。
その笑みを見て、私もつられて微笑む。最後の言葉はなんだか歯切れが悪いような気がしたけど、気のせい……、だよね? うん。
そんな話をしながら、私はしょーちゃんとの会話を楽しみつつ、心の中にあったくらい気持ちが少しだけ和らいでいくのを感じる。巷で言うところの……、人に話したら気分が軽くなったかのような感覚で……だ。
少しだけ、救われるような感覚を覚えながら、私はしょーちゃんと和むようなもしゃもしゃを出しながら話していた。けど……。
「あーあーあーっ」
「「!」」
突然、私の左横に歩み寄り、そして私としょーちゃんがしているように手すりにもたれかかるように居座ったつーちゃんが、何だろうか、いじけているような顔をしながら私……、ではなく、私越しにしょーちゃんのことを細い目で見つめながら (睨みつけているのかもしれない)いじけているような音色で――
「ショーマはいつも突然だよねー。そんな風に女の子の隣にしれっと入って、そのあとで流れるように会話に入ってさー」
「な、なんだよ……」
と、つーちゃんの話を聞いていたしょーちゃんはむっとする顔をしてつーちゃんのことを私越しに見ると、つーちゃんは唇を尖らせ、つーんっとした雰囲気を出しながら「インエー」と言い……、そして、しょーちゃんに向かって衝撃的なことを言い出したのだ。
「ショーマって本当は飢えているんだなーって。女の子に対してそんな感情を抱いていたんだなーって思っただけでーす」
「何にっっっっ!? ドユコトッッッ!?」
「? ??」
つーちゃんの言葉を聞いた瞬間、しょーちゃんは顔を赤の原色を塗ったくったように真っ赤にさせて怒鳴り始める。
その言葉を聞いていた私は、しょーちゃんの反応を見て首を傾げながら二人の顔を交互に見ていると、つーちゃんははっと鼻で笑うような顔と息を吐き捨て、左手を左の方に向けて肩をすくめながら――ふぅーっとため息を吐きながら言う。
若干……、小馬鹿にするような顔をしながらつーちゃんは言った。
「いーえ。ショーマも僕も男子高校生です。女の子に対してモテたいっていう気持ちはなくもないんですよ? でもショーマに限ってはそれはあまりにも直接的と言うか、なんともわかりやすいなーって思っただけなんですぅー」
「何がわかりやすいだっ! 俺は真剣に悩んでいるから相談相手になろうって思って」
「あーそれですーっ! そうやって女の子の心を掴もうとしているように見えますけど、はたから見たら『え? なにこの人、なんで突然私の隣に来たの? なんで話知っているの? まさかこの人……っ! っは! ストーカーさんっ!?』って思われそうな登場の仕方だから思わずねぇーっっ!?」
「なに? もしかしてツグミ嫉妬してんのっ?」
「嫉妬って何さ。と言うか僕だけののけ者にしてなにを話しているのかなーっ!? 僕もいるんですよ? 蚊帳の外にされる気持ちわかってほしーなーっっ!?」
「わかったわかった! 仲間はずれにして悪かったよ! ほら話ししようっ! せっかく馴染み同士なんだからねっ!」
「いいですよー? このままはなちゃんとあつぅーく語り合ってもいいですよーっ? 僕はこのままおねんねしようかなーっ?」
「ごめんごめんっ! 本当にごめんっ! 仲間外れはだめ! 絶対だった! ごめんってばツグミさんっっ!」
長い長い会話を聞いていた私は、なんだか懐かしいような光景を見て、不思議と無意識に笑みがこぼれる。くすりと微笑みながら私は、私を挟んで話しているしょーちゃんとつーちゃんの話をただただ聞いている。
ただただ聞いているだけなのに、なんだか心が穏やかになるから、私はあえて二人の会話に挟むこともせずに、ただただ話を聞いていた。
もちゃもちゃと話している二人の話に、耳を傾けながら。
思えば、しょーちゃんとつーちゃんはいつもこんな感じだ。
しょーちゃんは――いつもこんな感じで困っている人や私たちの話、そして他の人の話を聞いている時がある。
それも隣に駆け寄り、真摯になって耳を傾けて、解決しなければいけないときがあったらそのことに対して真剣に向き合って、時に緊急事態の時もあって、その時は考えもなしに突っ込んで大けがをしたり……、または暴力的なことになったら暴力で返すけど、結局返り討ちになったりすることも多々あったりしていた。
けれど……、それでもしょーちゃんはやめなかった。
どころか先生に『やめろ』って言われても、『いやだ』と即答してやめないくらい、しょーちゃんのこの行動は止まるところを知らなかった。
そんなしょーちゃんのストッパーだったつーちゃんは、いつもしょーちゃんのことを止めていた。本人は『もう関わりたくない』とか、『悪運が取り憑いてしまう』とか、『こんな奴となんで幼馴染なんだろう』とか、最近では『縁切りたい』とか言っているけど、それでもつーちゃんはしょーちゃんとの関係を斬るどころか、中学、高校、そして進路も偶然一緒になる様な生活をしている。
進路のことを聞いた瞬間、つーちゃんは都内の大学に行くと言っていた時、しょーちゃんも偶然そこに行くことを目標としていることを聞いたとき、つーちゃんはまるでホラー漫画の驚きの顔をしていたことは、今でも忘れられない。
そんな関係だけど、二人はいつでもどこでも、一緒だった。
そして――今でも……。
「ふふ」
私は、ほくそ笑みながら二人のことを思う。その声を聞いていた二人は、一旦会話をやめて私のことを見ていた気がするけど、私はそんな二人の視線に気付き、口元を手で隠して「あ、ごめんね……」と謝ると、つーちゃんが私のことを見て首を傾げながら冷静な面持ちでこう聞いてきた。
「何笑ってるの? はなちゃん」
「あ、えっと……、ごめんね。なんだか懐かしいというか、面白くて」
「?」
私の話を聞いていたつーちゃんは、首を傾げながら私のことを見ていたけど、私はそんなつーちゃんのことを見ながら控えめに微笑んで、目元に溜まった涙 (笑い過ぎて涙が出た)を拭いながら、私は言う。
心の底から思ったこと。そしてそんな二人に私は今少し心が救われたことにお礼を言おうと、私は言ったのだ。
「なんだか……、つーちゃんとしょーちゃん、息があったお笑い芸人って感じで、面白くって。ふふ」
「……………………」
「でも、もうさっきの気持ちはないんだ。二人のその会話を聞いていたら、なんだか心が和んだと言うか、しこりが一時的になくなったような気がし」
「……………………はぁっ!? きもいこと言わないでよはなちゃんっっ!」
「ふぇ?」
でも、私が言い終わる前に、私の言葉を聞いたつーちゃんは、引きつりと絶叫、そして絶句の表情を合わせたかのような顔と素っ頓狂な声を出して私に顔を近付けて言葉を遮った。
驚く私を無視して、その顔を私に近付けながらつーちゃんは私の背後 (右隣だけど)に向けて指を指しながら――
「こいつとコンビを組んでいるようなお笑い芸人な感じなのっ? こんな超超超超超ケーワイ野郎と僕が釣り合うっ!? やめてよ穢れるからっ! 僕の血統穢れるからっ!」
「お前短い単語の中でも俺へのディスりは最上級のものをっっ! 許せる俺でも許せねぇことだってあるだぞっ! 謝れこの野郎っ!」
「謝るかこっちはお前のせいでいろんな厄事に巻き込まれまくってんだよっ! 四歳と五ヵ月の時なんて隣の家の窓を野球ボールで割った時もショーマが悪かったのに僕まで怒られて! 結局あの時親にこっぽどく怒られて散々だったんだぞっ! なんで王道のテンプレ行動をしちゃうんだよっ!」
「なにゅおーっっ! あれは不可抗力だろうが! 野球をしていたらそうなることなんて普通だろうがっ! と言うかあそこまで飛ぶとは思わなかったんだよっ! と言うかよく覚えていたなお前っ!」
「当り前だよ! ショーマのせいで僕はどれだけ災難に巻き込まれたのかノートにびっしりと書いたんだっ! そのくらいショーマの運の悪さは犯罪物。そして僕に対する傷害罪だっ!」
「俺の運自体を犯罪物にするなっ! それはこのゲームの中だけでだろうが! 確かにモルグ-9だけど!」
「っ!?」
今、なんかしょーちゃんの言葉から異常な言葉が流れたような……。
そんなことを思っている私をしり目に、二人のいつもの喧嘩もヒートアップしていき、私を挟んで二人はわんわんぎゃあぎゃあと騒いで怒りをぶつけあう。
こんなに騒いでいるのに誰も来ないこの状況に驚きつつも、慌てて止めようと思い、わたわたとしている私のことを無視して二人は言い合う。
「あーもうっ! なんでショーマと幼馴染になったんだろうっ!? なんでこんな奴と腐れ縁を結んでしまったんだろうっ! 親を恨みたいよぉ!」
「仕方ねえだろうが! 親が仲がいいし、親も小学生のころからの知り合いだったんだから仕方ねぇだろう! 嘆くなそんなことでっ!」
「僕にとっては重要なことだよぉ! 大体僕はなぜかショーマと組む比率が高すぎるんだって! 肝試しの時も! 水泳の時のチームを決める時もバスケの時も挙句の果てにはキャンプの買い出しの時も席も隣同士! 席替えをしてもショーマと一緒とか、もう僕呪われているよっ!」
「本人の前で言うことじゃねえだろうがっ!」
「もぉこれもショーマの運の悪さのせいだっ! 今回だってショーマと一緒にいたせいで僕達は――」
すると……、突然つーちゃんの嘆きに似た叫びが止まった。頭を抱えた状態で止まってしまった。
突然のことで私達は首を傾げながらつーちゃんのことを見たけど、つーちゃんは微動だにしない。どころか……つーちゃんは頭を抱えた状態で固まり、その状態でつーちゃんは突然、私の名を呼んだ。
先ほどの興奮した音色とは違って、真剣でひどく落ち着いたような音色だ。
私はその声を聞いて、驚きながらつーちゃんに返事をすると、つーちゃんは私に向かってこう聞いてきた。
頭を抱えて、私を見ないで聞いたのだ。
「はなちゃん。言っていたよね? 理事長はすでに故人で、僕達がこの世界に入る前に話していた理事長は――偽物だって」
「あ、うん……。五年前に病で亡くなったって言っていたし、アクロマのもしゃもしゃを見ても、嘘をついているようには見えなかった」
私は言う。つーちゃんの質問に答えるように、前にアクロマが言っていたことを思い出しながら、私は言う。
あの時――アクロマはこんなことを言っていた。
當間理事長は……、すでに故人だ。つまるところ……、もうこの世にはいない。あの時映っていた映像も、俺達と対話していた理事長も……、すべて偽物――コピーによって作り出された偽物だ。理事長は病で倒れてもういない。もう五年前の話だ。
その話に、嘘偽りなんてないと思う。そんな嘘をつくようなもしゃもしゃはなかったし、私のことを引き入れようとしていたから、嘘なんてついてしまえば私を引き入れることなんて不可能だろうと思ったに違いない。
だからアクロマの心に嘘なんてなかった。ダディエルさん達に対してはひどい人だったけど……。
その話を聞いていたしょーちゃんは首を傾げていたけど、つーちゃんはその話の続きと言わんばかりに、私達のことを見るために頭から手を離して、私達にその目を向けながら、真剣な目と音色で続けてこう言った。
「じゃぁ……、あの時僕達の前に現れた理事長は、理事長じゃなくて、偽物ってことでいいんだよね?」
「うん。そうだね」
「? 何の話?」
つーちゃんの言葉を聞いて頷く私とつーちゃん。そしてその話を聞いて首を傾げているしょーちゃん。
しょーちゃんは一体何の話をしているのかと言うところでよくわからないみたいだけど、つーちゃんは私の話を聞いてうんうん頷き、手すりから手を離して腕を組みながら考える仕草をする。
その光景を見ていた私は、しょーちゃんと同じように首を傾げて、頭に疑問符を浮かべながらつーちゃんのことを見ていると、つーちゃんは考える仕草を止め「じゃあさ――」と言いながら私のことを見て――
今まで考えなかったことを告げたのだ。
「――それじゃぁ……、この世界に僕達を閉じ込めた張本人は、誰?」
つーちゃんのその言葉を聞いた瞬間、私としょーちゃんは目を点にしてつーちゃんのことをじっと見つめていただろう。どのくらいの時間? と聞かれても分からないと答えてしまうけど、現実ではほんの少ししか経ってないだろう……。
そのくらい、私は衝撃を受けた。
だって――今までそんなこと考えることもなかった。つーちゃんのその言葉を聞いた瞬間、私はどこか抜けていたのかもしれないと思ってしまったから。
「……誰って、理事長だろ?」
「その理事長は死んでいる。その死んでいる理事長がどうやって僕達をこんな世界に閉じ込めた? どんな風にして仮想空間に閉じ込めたんだよ」
しょーちゃんはあまり理解できていなかったのか、首を傾げながらつーちゃんに向かって言うけど、つーちゃんはしょーちゃんのことを見てすぱりとその言葉をバッサリと切り捨てる。
その言葉を聞いていたしょーちゃんは未だに首を傾げている状態で、今でも理解ができていないような雰囲気だ。
つーちゃんはそんなしょーちゃんのことを見て溜息を吐いたけど、つーちゃんは私達のことを見て真剣だけど少し恐ろしいことを考えてしまったかもしれないという顔をして私達に向かって説明をした。
身振り手振り――ほどではないけど、手を動かしたりして、つーちゃんは説明を始める。
「いい? 頭が悪いショーマがわかるように簡単に、そしてわかりやすく説明をするから。ちゃんと聞いててね」
「さり気ねぇディスりだな。わかったよ聞くよ」
「よし――ではまず、理事長は僕達のことを閉じ込めました。そこまではいいね?」
「うん。それは俺でもわかる」
「よしよし。僕達はこの世界から出るためにいろいろと行動しましたけど、なんとこの世界に閉じ込めた人物――理事長は五年前に亡くなっていました」
「へぇー。って……、あれ?」
と言うところで、しょーちゃんもやっと何かを察したらしい。私もそれを聞いて、疑惑がどんどん膨張していくのを感じた。
そんな私達のことを見て、つーちゃんは続けてこんなことを告げた。
私達にとって衝撃的で、なんで今まで気付かなかったんだろうと思えるようなことをつーちゃんは告げた。
「ショーマも気付いたと思うけど……、このまま説明を続けるね。僕達は理事長がいると思って、理事長に嵌められたと思ってこの世界に飛ばされた。でもそれは違った。本当は理事長は五年前からいない。と言うか亡くなっている。テレビ出演の時はあの時と同じように映像を流せばそれでいいんだけど、問題はそこじゃない。もっと根本的で簡単なことなんだけど、そんなことを考える余裕なんてなかったから、僕も今になって気付いたよ。だって――理事長が五年前からいないとなると……」
あの時映像を流した人、そして五年間の間今まで世間の目を欺いてきたその人は、僕達を閉じ込めた人は――
一 体 誰 な の ?
その言葉を聞いた私達は、ずっと喋っていたその口がまるでチャックをしたかのようにきつく閉じてしまう。
錆びついてしまったかのようにうまく口が開かない。
そんな状況の中、私は愕然としているしょーちゃん。そして新たな疑念を提示したのに、その顔には困惑が入り混じっている顔を見ながら私は思った。
つーちゃんの言った通り、理事長が死んでいるとしたら、あの時私達の前に現れたその人は違う人か、もしかしたら別の何かなのかもしれない。
そしてそれが本当ならば、私達のことを閉じ込めた人物は理事長ではない。それと同時に、私は遅まきながら発覚してしまう。
私達を閉じ込めた人物は理事長ではない。理事長になりすました――別の人物だと。
その別の人物が一体誰なのかはわからない。でも私達を閉じ込めた人物は、私達と同じ生身の人間。
別の誰かが――私達のことを閉じ込めた。
一体何の目的があって? 一体どんな理由で、私達のことを閉じ込めたのだろう……。
満月がきれいなのに、私達はそれを見ないで、互いの顔色を見ながら茫然としている。顔中を青く染めながら、私達はそのあと一言も言葉を発しなかった。
一体……、何の目的があって犯人は私達を閉じ込めたの?
そんなことを思いながら、私達は少しの間――その場所で立ち尽くしていた。
□ □
一つ解決したのに、まだいくつもの疑念が私達のことを襲う。私達の心を少しずつ抉るように、その傷跡を大きくさせながら、その疑念は私達を苦しめていく。
でも、私達はこの時知らなかった。
まだこの苦しみは序の口だと。
そして――私達が仮説として立てたこの事実は、まだ氷山の一角にすぎないことを……。
▼ ▼
ヴヴ……ッ。
と、夜を思わせるような部屋で、電子音が微かに聞こえる。
電子音の出所は――部屋の中央に壁に埋め込まれたテレビの様な電化製品からだった。その映像に映っているのは――先ほど話をしていたハンナ、ショーマ、ツグミの三人。三人を上空からとっている映像だった。
三人はその映像に映っているにも関わらず、カメラ目線にならずに互いの顔を見たまま固まっている。
まるで――映っていることなど知らないような、否……、カメラなんてないと思っているような雰囲気でそこにいる。
当たり前だ。それは現実の映像ではない。
彼らの映像が映っているその場所は――ドラゴンの背に乗せている宿泊籠のベランダなのだ。
つまり――今映っている彼らは、仮想世界にいる彼らなのだ。
更に言うと、映っているのは彼らだけではない。否――この言い方は甘い方だ。現実的に言うのであれば、こうだ。
広々とした薄暗い部屋一面に埋め込まれた億――いいや、兆を超えるかもしれない小さな液晶画面には、いろんなプレイヤーの顔が一人ずつ映っているのだ。
ところどころ画面が黒くなっているところがあるが、殆どの画面には色んなプレイヤーの顔が移されており、その中にはアキやキョウヤ、ジルバやエレンの姿が映されている。
壁一面に、天井一面にその液晶画面が埋め込まれており、そのすべてに全プレイヤーの映像が移されていたのだ。
リアルタイムで、ずっと……。
まるで異常な空間ともいえる様なその場所は、以前はモニタールームと呼ばれており、そのモニタールームは、RCの最深部にある最高管理棟の奥の方に位置している。元々は全プレイヤーの監視塔となっており、プレイヤーが違反をするかどうかを見るために使われていたのだが、今はもう使われていない。
今使用されている監視棟は別のところにあり、この場所は何年も前から封鎖されている場所なのだが……、今もなお使われているような雰囲気を出している。
まるで――囚人を監視するように……、その場所は使われていた。
そんな部屋の中央には、これまた異質なものが置かれていたのだ。
その部屋の中央には……、一つの白い二十インチの薄型テレビが置かれており、その映像もちかちかと光りながら薄暗い部屋を照らしている。
薄暗い部屋の中央でその映像を微笑ましく、家族ムービーを見るように愛おしく見つめている一人の人物がその液晶画面に手を添えながら一言呟く。
中央の薄型テレビに映っている――青髪の天族の少女……、ハンナの頬を指で撫でながらその人物は言う。
「あともう少しだね。華さん。あと少しで、会えますね。楽しみですよ。華さん」
その人物は言う。
裂けるような笑みを浮かべ、その机の端に置かれている一つの写真立てに映っている――黒い長髪に清潔感溢れる白いワンピースを着て控えめに微笑んでいる……、ハンナと瓜二つの女性のことを見つめながら、再度言う。
「華さん。待っててください。後少しだから。あと少しで――」
会えますから。
 




