PLAY82 落とし物①
「――おおおおあああああああああははははははははは! かははははははははははははは! かはははははははははははははっっっっ!」
セイントは――否、セイントらしい存在はところどころから外に向けて水を吹き出している牢獄の天井を……、半壊状態になっている水の牢獄の天井を見上げながら嗤っていた。
半音高いような声を上げて嗤っているセイントらしき存在。
げらげらと無邪気な子供のように――ではなく、その無邪気さに邪悪さを付け合わせたかのような顔をしながらセイントらしき存在は笑っている。
その光景を見ていたジルバは彼のことを見ながら内心一言……。
――こりゃ、あの時以上にやばいかも……。というか、これはもう聖騎士じゃなくて悪魔騎士って感じかな?
そう思いながらジルバは小さく、小さく溜息を吐き捨て、前のめりになって地面に手をつけた状態からそっと立ち上がり――セイントらしき存在を鋭い眼で睨みつけながら彼は思った。
否――組み立てた。の方がいいだろう。
なぜ? その理由はこうである。
ジルバはあの時、この作戦が始まる前――セイントに言われた。
「もし、もし私が道を踏み外しそうになったら、躊躇わず私を殺せ。躊躇など必要ない。できるだけ一撃で殺せ」
その言葉を聞いた瞬間、ジルバは表面上はけらけらと笑いながらおちょくる様にセイントに向かって言ったが、内心は彼の真剣さを汲んでいた。
セイントは誰よりも正義を重んじる男だ。
ゆえに彼が言う道を踏み外すと言う言葉は自分のポリシーを踏み外す行為のことを指すことだとジルバは思った。
自分のポリシー。
それは彼が思う正義とは全くの真逆――つまりは人を殺すといった犯罪を指す。
犯罪は正義を重んじる彼にとってすれば大罪、つまりは道を踏み外す行為そのものなのだ。
誰であろうとそれは踏み外してはいけない行為だが、セイントはそれを他人以上に毛嫌いをする。
ゆえに彼はジルバに頼んだのだ。
たとえゲームの世界であろうと、人に危害を加える、障害を与えるような行為をしようとしたのならば――相手を殺すようなことをしようとしたのならば……自分を躊躇いもなく殺してほしい。と……。
しかしその願いを聞いたジルバは、未だに黒く変色した鎧に身を包み、水の牢獄の天井を見上げながら哄笑しているセイントらしき存在を見て、ジルバは一言――こう呟いた。
か細く笑みを浮かべ、頬や額を伝う汗を拭わずにそのままにさせながら彼は彼らしくない引き攣った笑みを表情に上げながら、小さな声で呟いたのだ。
「これ……、本当に俺殺せるのかな……? 殺せる気がさらさらないんだけど……。自信なくすわ。俺」
ジルバは呟く。今まで表したことがない焦りを含んだ笑みを浮かべながら彼は言ったが……、それは至極正論でもあった。
ジルバの言う通り、彼はセイントがシャメザを倒した後で速攻でHPをゼロ――つまりは息の根を止めるつもりだった。
もちろんそのあと『デス・カウンター』が消える前にセイントが持っているであろう『蘇生薬』を仮死状態になってしまったセイントに飲ませるだけなのだが……。
その『デス・カウンター』を出す前の工程に辿り着けるかが難題なのだ。というか辿り着く前に死ぬ。殺される。
そうジルバは思った。
今更ながら、あの時軽く承諾した過去の自分を殴りたいと思ってしまうくらい、ジルバは今の状況を呪った。
これしかなかったが、それでもこの後のことを重要視して考えるべきだったと、ジルバは自分の浅はかな考えも呪った。
そう思いながらジルバは未だに哄笑をしながらゲラゲラと笑っているセイントのことを見ているが、そのようなことを考えていたのはジルバだけではない。
この男もその一人だ。
「なあああああぁぁぁーっっ! これまじぃぞこれ! まずいって! 絶対に折れ死ぬパターンじゃねえかっ! このまま俺未練を残したまま死にたくねえよぉ! そしてセイントの手によって無残に死にたくねえよぉ! たすけてくださあああいっっっ!」
「うるさいですよ女性嫌いの蜥蜴さん。と言うか僕達敵を倒して助かったんでしょ? なんでそんなに怖がっているんですか」
「そうだよトカゲのおじさん。もう怖い事なんてないんだよ? 確かに鎧のおじさん今怖いけど、それも治まるでしょ?」
ジルバと同じことを考えていたのか、ブラドは半分泣きべそをかきながら上に向けて叫ぶが、状況を理解していないのか、ズーとコノハは冷静な面持ちでブラドに向かって言葉を返す。
返す必要性もないが、それでも二人はブラドに向かってその言葉の返答を返した。ブラドのことを『ブラド』ではなく、『蜥蜴の何とか』と言う返しでだが。
「ちょっとそこのキッズッ! 俺はこう見えてまだ二十代だ! おじさんと言うレベルじゃないっ! 謝れこの野郎っ! そしてお前達――解釈が甘すぎるぞっ! ああなったセイントはマジでやばいんだっ! 止めたことはないけど」
ブラドはぶち切れながらコノハとズーを見て怒りを露にするが、最後のところだけは小さく、小さく言葉を発したのはここだけの話……。
そんな状況の中、コノハとズーはブラドの言葉を聞いて首を傾げて、二人は同時にブラドに向かって「「なんで (ですか)?」」と聞くと、それを聞いてか、キクリが未だに扇子を構えた状態で交渉をしているセイントのことを見ながら二人に向かって言った。
「そうね――二人は知らないかもしれないけど、今のあのセイントは危ないのよ」
「? 暴れているだけに見えますけど?」
「暴れてる……。それならどれだけよかったか。その暴れも時間が経つにつれて治まっていくでしょうね」
「? どういうことですか?」
「ズー。コノハちゃん。先にあなた達に告げておくわ。あれはただの暴れじゃないの」
そう言って、キクリは目の前で牢獄の外で浮かんでいるシャメザのことを見上げながらげらげらと壊れたように笑っているセイントらしき存在を見て、真剣だが緊迫も含まれているような音色で、彼女は言う。
ぎゅりんっ! と――まるでブリッジをするように背中から丸まるように体制を変えてコノハたちのことを獲物を狩る様な笑みを浮かべているセイントらしき存在のことを見て……、その黒く変色してしまった甲冑から覗く鋭い牙を剥き出しにし、その牙を剥き出しにした笑みを浮かべているセイントらしき存在を見て……、キクリは言う。
「あれは――暴走よ」
その言葉を放った瞬間だった。
セイントらしき存在はキクリ達のことを見た後すぐに動きをブリッジから直立に変えて、コノハ達がいるであろう背後を体の捻りを使ってぐるり! と回ると、その回りと一緒に動きを始める。
その牙を向け、まるで魔物のように下劣な笑みを浮かべ、その口からぼたぼたと肉食恐竜の様に零れる唾液を拭わすに――セイントらしき存在はコノハ達に向かって駆け出す!
獲物を見つけて高揚としている獣のように――セイントらしき存在は……、否。この場合はセイントらしき存在は語弊がある。
今の彼はセイントでもなければセイントらしき存在でもない。
今の彼は――けだものだ。
けだものはそのままコノハ達に向かって襲い掛かるために駆け出す。二本の足で、シャメザよりは小さい口ではあるが大きな口を開けて、コノハ、ズー、キクリ、そしてブラドに向かって駆け出す。
「っ! ちょ待ったーっヨ!」
その光景を遅まきながら見たジルバは、彼の動きを止めるために駆け出して、仕込みの剣を使ってけだものの四肢をスキルを使って破壊しようと試みる。
その光景を見ていたキクリは、今自分がすべきことをすぐさま理解し、そしてすぐに行動に移そうとする。
今自分がすべきこと――それは、攻撃をジルバに任せて、自分はコノハ、ズー、ブラドのことを守ることに専念しようと。
「――『双楯騎士』ッ!」
キクリが叫ぶと、眩く彼女の背後で光を発する五つの光。
その光がすぐに消えると、その光が出た場所に現れたのは――五体の巨人だった。
巨人と言っても、キクリの身長二人分の高さであるが故、そこまで身長は高くない。だがその五体の巨人は重厚そうな鎧に身を包み、そしてその手には身の丈ほどの盾を持っている。
キクリはその五体の巨人に命令をするように、手に持っていた畳んだ扇子を腕ごと大きく外に向けて振るうと、その動きを見てか、五体の重厚な騎士はキクリの背後にいるコノハ、ズー、ブラドのことを守るように、キクリ達が先ほどしたような円状になり、その目の前で大きな盾を地面に突き刺した。
ざぐり! と言う音が空気がある空間内に響くと同時に――キクリの背後では大きな大きな鉄の壁が形成され、一種のバリケードが出来上がる。
そのバリケードを見て、キクリはその場でふわりと浮遊する様に跳躍し、そのまま盾の頭のところ――先に足をつけてその場で待機をする。
高いところから見降ろし、けだものの進行を、攻撃を防ぐその光景を見降ろすために。
「があああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!」
大きな口を開け、本当の獣のように叫び急接近してくるけだもの。
そしてそのままキクリが発動させた通常詠唱――『双楯騎士』が張った盾に向けて、あらんかぎり力を込めた拳を使い、彼はそのまま左足を前に出し、その勢いを乗せるように――高速とは言えないが、それでも勢いがあるその拳を……。
――ゴォオオオオンッッッ! と、盾に向けて放つ。
その盾をへし折るのではないかと言うくらい、あらんかぎりの力を拳に込めて殴るけだもの。
「ぎゃーっっっ!」
「きゃーっっっ!」
その衝撃を聞いたブラドは、盾の牢獄の中でズーとコノハのことを抱きしめながら絶叫を上げる。コノハもあまりの衝撃に、驚きながら叫ぶ。
それはもうこの世の終わりと言わんばかりの叫びで、ズーの「ちょっと……! 離してくださいっ!」と言う声ですら聞こえていないくらいブラドは切羽詰まっていた。
しかし……。
「――? あぁ? あぁぁ?」
けだものは首を梟のようにぎゅり、ぎゅりっと回しながら首を傾げる。そして中にいたブラド達も首を傾げながら盾の周りを見る。
しかし、その光景を見ていたキクリだけは、安堵の息を吐きつつ――「やっぱり硬いでしょ?」と言いながら、キクリは盾の先に立ちながら聞くこともできない。会話もなりたたないけだものに向けて言う。
自分が出した詠唱の盾を二回、『こん、こん』と軽く音を立てるように踏みながら――
「私が出した『双楯騎士』は、普通のだけででは絶対に壊れない。ある程度の通常詠唱ならば完全に防ぐほどの防御力を有している詠唱。ガザドラの時は予想以上の攻撃だったから防ぐことでやっとだったけど、あなたのようなけだものなら難なく防ぐことができるわ――ジルバ!」
と言うと、キクリはけだものの背後でけだものに向かって走っていたジルバに向かって叫ぶと、それを聞いていたジルバは駆け出しに更なる加速を加えながら「分かっているヨ!」と言って、仕込みのナイフを抜刀し、そのままけだものに向かう。
「まったく……、敵より味方に苦戦するってあるの?」
と言いながら、ジルバは駆け出す。
しかし――けだものもただやられるわけにはいかない。
けだものはそんなジルバのことを横目で見て、唸るように声を漏らすと、そのまま盾に向けて正面を向けると、その盾に向けてもう一度――拳を『ごぉんっ!』と叩きつける。
今度は無くなってしまっている左手を使っての殴り。
その音と光景を見て聞いていたキクリは驚きながらその光景を見て――盾の中で待機していたブラドも「きゃーっっ!」と女かと言わんばかりの甲高い声を上げて叫び、コノハもブラドにしがみつきながら「きゃーっ!」と叫ぶ。ズーだけは驚きで声ですら漏らせない状況になるが、そんな三人のことなどお構いなしに――
けだものは――『ゴンドンガンゴンガンドンゴンカンドンッ!』と大きな金属音を出しながら打撃の応酬を繰り返す。
その衝撃を受けながらも、『双楯騎士』は怯むことなく防ぐが、盾に響く振動を感じていたキクリは――内心冷や汗を流しながら思った。
――これは……、まずいかも……。
そう思いながら、彼女はけだものの想定外の力を見て、すぐにジルバを見て彼の名を叫ぶと、ジルバも状況をいち早く察したのか、加速を速めて、仕込みの剣を抜刀しながら彼はけだものに向けてそのスキルを振る――
「暗鬼剣――『即」
――おうとした瞬間だった。
「――『絶凍』」
突然だった。その声がジルバ達の耳にはっきりと聞こえ、脳内に刻まれると同時に、突如として空間が一気に移り変わる。
今の今まで水の牢獄内にいたジルバ達であったが、その状況でさえも忘れてしまうようなことが起きてしまったので、空間のことを頭の中から消え去ってしまっていた。
しかし、その声が聞こえた瞬間――そしてそれと同時に水の牢獄だったそれが、一瞬のうちに氷の牢獄と化した瞬間……、『バギィンッ!』と言う氷の悲鳴が聞こえると同時に、ジルバ達はその光景を見て思い出し、そして言葉を失った。
「っ!? ほぉ?」
その牢獄での光景を見ていたジルバでさえも驚きの声を上げて、上空で一瞬のうちに出来上がった水の牢獄――否、今となって氷の牢獄であり、氷のかまくらが出来上がった光景を見て、ジルバは驚きの声を上げる。
けだものは突然の出来事に混乱しているのか。きょろきょろと辺りを見回しながら凍らせた張本人を探している。
ブラド達も盾の上から覗き込むようにその光景を見、キクリもそれを見て、そしてあの声を聞いた瞬間、彼女は小さな声で「まさか……」と声を漏らすと……。
「死にたくなかったら避けなっ!」
「!」
また聞こえた声。しかもその声はこの牢獄を凍らせた張本人の声であった。
その声を聞いて、ジルバは即座に後ろに跳び退きながらけだものから距離をとる。その光景を見たけだものは、今度はジルバに標的を変えて、後ろに逃げたジルバを追おうとした瞬間……。
「――『白き楔の呪縛』ッ!」
また外から聞こえた声。しかも今度は男の声で、その声が響いたと同時に、『ぱきぃんっ!』というきめ細やかな音を立てて氷のかまくらの壁を突き破る六本の白い鎖。
ジャラジャラと音を立てながら驚いて足を止めてしまっているけだものの四肢に、体に巻き付いて、けだものの体をロープでぐるぐる巻きにするように拘束する。
「――っ!? あ、がぁ! があああああああっっっ! あああああああああああっっ!」
体に巻き付いたその白い鎖を力で引きちぎろうと体を力ませるけだものだったが、その力も思うように引き出せないのか……、うごうごと動くだけにとどまってしまっている。
その光景を見て、そして先ほど聞こえた声を聞いていたジルバは、内心まさか……。と思いながらその声の主が一体誰なのかと思い出していると、その声を聞いていたのか、盾の中に閉じこもっていたコノハが、その声がした方向を見ながら小さな声でその人物の名をつぶやく。
本当に、小さな声で……「………カグちゃん?」と呟いた瞬間だった。
「――『死ノ神の怨恨鎌斬』ッ!」
突如として放たれた気高き声。そしてその声と同時に現れた――否、『バギィンッッ!』と言う大きな音とと共に、氷のかまくらの壁に大きな斜めの亀裂を作るように現れた黒いマントをすっぽり羽織り、鎌を手に持った髑髏の死神。
まるで死神の斬撃波のようにそれは現れ、白い鎖によって拘束されているけだものにどんどん接近し、そしてそのまま大きな鎌を大きく振るい、大きな声で叫んでいるけだものの前で止まると同時に――その鎌を……。
ブォンッッッ! と振るった。
瞬間、その黒い斬撃はけだものの体を上下真っ二つにするように放たれ、それを見ていたジルバも驚きの顔を浮かべて足を止めながらその光景を見てしまう。
キクリもその光景を見て固唾を呑みながらそのあと起きるであろう未来を願い、ブラド達はその光景を糧と盾の隙間越しから見ていた。
そして――その攻撃を受けたけだものは切られたまま微動だにしなかった。いいや……、斬られたのかも定かではない。なにせ、斬られたにもかかわらず傷跡など一切残っていなかったのだから。
だがけだものは一瞬で叫ぶことをやめ、そして少しの間その状態で止まると、そのままゆっくりと首を前に向けて傾け、そのまま――
かくんっ。
と、首をだらん……っと項垂れた瞬間、けだものの体が一瞬のうちに黒から白銀の鎧の色に変わり、黒いそれは空気と共に同化するように溶けてなくなっていく。
その溶けてなくなると同時に、けだものはようやくセイントに戻り、そして――セイントの頭上に……、電子表示のマークが出て、『デス・カウンター』のカウントが始まった。
その光景を見て、ジルバはようやく緊張の糸が切れたのか……、安堵の息を吐き、すぐにはっとしたのかセイントに駆け寄って懐をまさぐる。彼が持っているといっていた『蘇生薬』を使うためにだ。
そしてその光景を見ていたキクリも、これで安心と思い『双楯騎士』を引っ込める。その引っ込めと同時にブラド達もようやく光を感じたのか、暗闇に慣れてしまった目を細めて唸りながらブラド達はあたりを見回すと……。
今の今まで静寂を取り繕っていた氷のかまくらが、鎖の攻撃と先ほどの死神のような攻撃を受けてもう限界だったのか、その傷ができた箇所からどんどん亀裂を大きくしていき、そのままかまくら全体を罅で覆いつくす。
びしびし、びしびしと亀裂の音を立てて広がっていくと、とあるところで一際大きな『ビシリッ!』と言う罅割れの音が響いた瞬間……。
ばりぃんっっ! と、氷のかまくらが一人でに、否――衝撃に耐えきれずに氷の雨をジルバ達に降らせながら崩壊していく。
ぱらぱら。キラキラ。ぱらぱら。キラキラと――まるで季節外れの雪が降っているかのような光景。
その中にはかまくらの上にいたシャメザも破片と一緒に落ちていき、そのままどさりと地面に落下して突っ伏してしまう。幸い――全身打撲で済んだ事が事実ではあるが……。
よく見る宝石が破壊された時の光景と全く同じ光景がその場所で起こり、幻想的にもみえる光景を見上げながらブラド達は唖然とする。その光景を見ながらジルバはようやく『蘇生薬』を見つけて飲ませようとした時――
「まったく――どういう状況なのか……、説明してほしいんだけど?」
カツン。と――ヒールの音を立ててかまくらの外にいたその人物は、すでに詠唱を解いていたキクリに向かって歩みを進めている。その人物を見ようとその声がした方向に目を向けたキクリは、肩を竦めるような笑みを浮かべながら彼女は言った。
向いた先にいるであろう逸れた一人――クイーンメレブと、そんな彼女の背後にいたカグヤと航一のことを見て、彼女は一言言う。
「一言で言うと……、疲れたわ」
「何それ」
キクリの言葉を聞いたクイーンメレブは、はっと鼻で笑うような息を吐き捨てると、呆れたように笑みを浮かべてキクリに向かって歩みを進める。
その背後で、コノハとズーのことを見て二人の名を呼んで慌てた様子で駆け寄るカグヤと、ブラドのことを見て「なにしてんだよっ!」と、状況を把握していないような物言いをして迫る航一の怒りを収めようと焦りの顔を浮かべているブラドのことを無視して……、二人は話す。
「まぁおいおい話すとするわよ。こっちだって命がいくつあっても足りないとか思っていたのよ?」
「あっそうかい」
「む。その言い方はないんじゃない? 女帝さん。と言うかロフィたちは? シイナ君とロフィは一緒じゃないの?」
「お前……。とことん私の感情を逆なですることに力を入れているのか? 知らないよ。いつの間にかあの二人はいなくなっていた」
「ええっ? いなくなっていたって」
「あーあーあー。安心しなって。簡単に死ぬ奴らじゃないでしょ? 後で探すから」
「なにやけくそになっているのよっ。少しは心配しなさいよっ。でもブラドならともかくあの二人なら、大丈夫かもしれないけど……。うーん」
「ほら。なら大丈夫だ」
キクリとクイーンメレブは会話をする。なんとも和んだ……、とまではいかないが、それでも鬼士らしい話をしながら二人は話している。特にこの場にはいないロフィーゼとシイナのことを話していたが、その件に関しても大丈夫と言う結果で終わってしまうが、事実そうなることは高確率であっただろう。
なにせ――あの二人も実力を有している。ゆえに心配すること自体不要だと思っていたからだ。
…………事実は、そんなに甘くはないのだが。
その会話の中にブラドのことを小ばかにするような言葉も含まれていたが……、それを聞いていたブラドは航一に詰め寄られながらもキクリたちに向けて顔を向けながら「うぉいそこの女野郎どもっ! 俺のディスり入っていたぞこの野郎!」と怒鳴ったが、二人はそれをさらりと無視をする。
その光景を見て、セイントに『蘇生薬』を飲ませたジルバは乾いた笑みを浮かべて、虫をされて鳴いて膝をついてしまうブラドのことをため息交じりに見ていると、ようやく頭上の『デス・カウンター』が消え、蘇生に成功したセイントはガバリと起き上がり、辺りを見回す。
その眼には混乱と不安が入り混じるような顔をしていたが、その不安は見事に的中してしまう。
そう――彼の目に映ってしまったのは、自分のことをじっと見つめて、不安そうに見ているズーとコノハの姿。
その眼の色をセイントは覚えている。その火の色を、彼は鮮明に覚えている。
それは――覚えていないがあの状態に初めてなった後で見た……仲間の怯える目。そのものだった。
その目を見てセイントは内心後悔し、膝をついた状態で俯きながら彼は思った。
――またやってしまった。また私は傷つけてしまった。また私はこの力を制御することができなかった。
――こんな詠唱だからと言う言い訳など通用しない。怖がらせてしまったことは明白だ。
――まして……、みゅんみゅんよりも年下の子供の心を深く傷つけるようなことをしてしまった。
「…………情けない……っ」
セイントは呟く。小さく小さくか細く、彼は呟く。
自分の愚かさに、力不足に、制御できない愚かさに、そして――シイナの力がないと解除もできない無力さに、彼は嘆いてしまう。
正義感を持っている彼だからこそ、その苦しみの重さは伊達ではなかった。
「ふぅん」
そんなセイントのことを見降ろし、彼の苦しみを一応聞いていたジルバは、呆れるように溜息を吐き、そして頭をがりがりと掻きながら彼はセイントの肩に向けて、徐に手を落とす。
ぽんっ。と項垂れているセイントの肩に手を置くと、ジルバはいつもの飄々とした音色で――
「大丈夫でしょ? あの子たちだって理解力が足りなかったかもしれないけど、承諾したんだヨ? それは自分の責任だから仕方ないし、それに……、あの子達だってこれから色んな苦しい思いをするんだから、このくらいは序の口でしょ」
と言うと、それを聞いていたセイントはぴくり――と、地面に手を付けた右手の人差し指と中指をわずかに動かし、そしてセイントのことを見ずに彼は低い音色で、小さな声で反論をする。
「お前に……、心と言うものがあるのか? あの子達に、心的外傷を植え付けたんだぞ……?」
「あれでトラウマになるほど人間軟じゃないヨ。それに――セイント。君って案外甘いところがあるネ」
「?」
「子供と思って侮ってはいけないヨ。コノハもズーも、小さい時に辛いことを経験した。ズーにとってすれば俺がもっとしっかりしていれば対処できたかもしれないことなんだけど……、それでもあんな風に明るく、強かに生きているんだから――ちょっとはあの子達の気持ちに、耳を傾けてみな」
後ででも――ネ。
その言葉を言って、ジルバはその場で座り込む。セイントの横に腰かけるように、どっと来た疲れを息と共に吐き出すように。
セイントはジルバの言葉を聞いて、俯いたまま微動だにしない。そのまま俯き、そして二人の顔を見ることが無性に怖くなり、彼はそのまま地面と目を合わせていた。
二人とも――それ以降言葉を掛けずに……。
すると。
「しゃめざ。やられた。まけ。かくてい」
『!』
この場にいる人の声ではない声が、クイーンメレブ達の耳に入った。
しかしクイーンメレブ、カグヤ、航一はその声が一体誰のものなのか瞬時に理解し、そして声がした方向にキクリ達と一緒に顔を向けるとその場所にいたのは……、この場の誰よりも身長が高い甲冑を被った巨人族――グゥウだった。
「あ、あの人……」
「何しに来やがったんだ?」
突然のグゥウの登場に、困惑の色を見せるカグヤと航一だが、当の本人はそんなカグヤ達のことを無視して、シャメザのことを見降ろしていると……。
「あ、が……! ぐ、グゥ、ウ……ッ! な、なで……。げふげふっ! ぼほっ!」
「しゃめざ。なさけない」
「おまえの……ような……! 新参者……、に、ゴホッ! 言わ、れた、く、ねぇ……っ!」
「……………………ふー」
グゥウの言葉を聞いて意識を取り戻したのか、シャメザは突っ伏した状態で顔を上げながらグゥウのことを見上げるが、セイントの蹴りが予想以上に大きかったのか、唸るような声を上げて腹部を押さえている。
そんな光景を見て、グゥウは心の底から出てきた言葉を口の言葉として率直に言うと、それを聞いていたシャメザは、鮫の歯をぎりぎりと食いしばり、ぎろりと睨みつけながら苛立ちを露にすると、その光景を見ていたグゥウは、再度呆れるような溜息を吐くと――
「かえる。おまえもかえる。おだもかえる」
「は……っ、はぁっっっ!?」
唐突に、グゥウは言ったのだ。帰ると、彼は言ったのだ。その言葉にはシャメザはおろか、キクリ達も驚いたが、クイーンメレブとカグヤ、航一だけは彼の行動を見て、別の意味で驚いて見ていた。
あの時の言葉を聞いて、気が変わったのか? そんなことを航一は思いながら見ていたが、グゥウは彼の言葉を聞いて慌てながら理由を問い詰めているシャメザのことをまるで重いものを持ち上げるように片手でシャメザのことを担ぐと――そのまま肩に担いで踵を返そうとした。
その光景を見たカグヤは、はっとしてグゥウの背を見ながら――
「あの!」
と、声を掛けた。
その声を聞いてか、グゥウはぴたりと歩みを止めて、そして徐にカグヤに向けて首を回し、体を回して見ながら、彼は「なんだ?」と聞く。
その言葉に対して、ブラドとコノハ、ズーはぎょっと驚いた顔をしていたが、カグヤはグゥウに向けてとあることを聞く。
なんともあいまいだが、それでも聞いていることがわかる様な言葉を――
「――決めたんですか?」
カグヤの言葉に、グゥウはカグヤのことを細めた目で見つめる。その光景を見ていた牢獄内にいたブラド達は首を傾げて見ていたが、航一とクイーンメレブだけはカグヤとグゥウのことをじっと見守るように見つめている。
そのような光景を見て、グゥウはそっと甲冑越しに目を閉じ、そして再度目を開けると、彼ははっきりとした音色で――
「ああ」と答えた。
はっきりとした音色で――だ。
その言葉を聞いたカグヤは、それ以上の追及も何もせず、ただ……「そうですか」とだけ答えて、彼はそのまま視線を下に落として緊張の息を零す。
そんなカグヤと、クイーンメレブ。そしてジルバ達のことを一瞥するように見回してからグゥウは、徐に懐に手を差し入れると、すぐに手を出して、その手に握られているであろう何かを航一に向けて投げつけた。
ぼーんっと、キャッチボールの容量で。
「! ? なんだこりゃ」
それを見て、自分の頭上に向かって飛んで落ちて来るそれを見た航一は――それを難なく手の中に収めて、その手に入ったそれを首を傾げながら見降ろす。
彼の手に収まっていたものは――半透明の四角い箱で、その箱の大きさは丁度手に収まるほどの大きさなのだが、その箱の中に入っているものは、今まで見たことがないものだった。
その箱の中に入っているものは――言葉にできないようなもので、一言で言うと、小さな惑星が入っているかのようなキラキラしたものや黒い物体が入っているようなものだった。
そのキラキラの中には数字のゼロや一が出ているようにも見えるが、気のせいだろうと航一はこの時思った。
これが一体何なのかと聞かれれば何なのかわからないと言う言葉がすぐに出て来そうなもので、本当に何なのかわからないものだった。
アイテムでも、瘴輝石でもない。ましてや魔道具でもなければ希少なアイテムでもない。それを見降ろした航一は首を傾げつつ、自分の方に投げたグゥウのことを見て、彼は聞く。
「なぁ――これ」
「みちばた。おちていた。おだ。わからない。あるたいる……さま。わからない。だから――やる。きっと。ふりょうひん。つかえないもの。それ。てうちきん」
「………ほぉん」
グゥウの言葉を聞いて、航一は頷きながら再度その半透明の箱を見降ろす。
見降ろしてもキラキラしたものが箱の中で小さな花火を起こすように爆ぜている。
その光景を見ていると、グゥウは徐に声を荒げて何かを言っているシャメザを無視して、その体を掴んでいない手に力を入れながら――
「まな・えくりしょん――『かげかいろう』」
と言うと、彼の目の前に大きな黒い穴が出現する。まるで黒い世界への入り口の様だ。
その光景を見て驚くブラド達だったが、誰もその進行を止める者はいなかった。
否――逆にありがたいと思っていたのかもしれない。
いくら情報源を持っている存在と言えど、味方共々満身創痍になってしまえば、これ以上の争いは命取りになる。敵でもこれ以上の争いは間違えれば死んでしまうかもしれない。それだけは避けたいと思ったからこそ、彼らは選択したのだ。
無意識ながら、彼らはこれ以上の戦いは避けよう。自分達のことも考えて、これ以上の戦いはやめておいて、次に出会った時に必ず仕留めようとしたのかもしれない。
両方死ぬこということを避けるために、敵と味方はそれ以上の行動にセーブをかけた。
ゆえに――ジルバ達は止めなかった。グゥウ達がそうしたように、彼らもその流れに沿った。のほうが正しい。
そんなジルバ達の行動に感謝も何もせず、グゥウは暴れるシャメザのことを担ぐと暗闇に入っていき、そのまま闇は空気と共に同化して消えていく。
まるで……、煤のように。
黒い煤が消えると同時に……、その後で合流したシイナとロフィの帰還と同時にこの場にいる全員の緊張の糸が緩み――アクアロイアでの激闘は不完全燃焼に見える様な終わりを迎えた。
航一の手に残されている謎の箱と、死霊族の協力者――ティックディックの情報を戦利品として。




