PLAY81 vs死霊族(ネクロマンサー)! PIECE:STRUGGLE⑤
※この物語には苦痛になるような展開が含まれます。ご注意ください。
シイナはティックディックの前に出て、そしてロフィーゼのことを守るように仁王立ちになってティックディックのことを睨みつけている。
そんなシイナのことを見て、シイナの言葉を聞いていたティックディックは首を傾げながら呆れるような音色で――
「……何を言っているんだ? なにが『謝れ』だよ犬っころ。俺に対して、初対面の俺に対して何が言いたいわけ?」
「言葉通りです」
と聞くと、シイナはそんなティックディックの言葉に対して射殺すような睨みを利かせながら彼は言ったのだ。
はっきりとした言葉で、ティックディックのことを見ながら彼は言ったのだ。
「――訂正の申請です。ロフィさんに、面と向かって謝ってください。しっかりと、ロフィさんのことを見て、謝ってください」
その言葉を聞くと同時に、ティックディックは仮面越しで目の色を変えて、シイナのことを睨みつけながら低い音色で……。
「………嫌なこったって言ったら?」
と聞くと、それを聞いていたシイナはその目の色を変えず、内心は怖いという感情を押し殺している様子ではあるが、それでも背後で俯いて茫然としてしまっているロフィーゼのことを守るためにシイナは避けず、彼女の盾になるために反論をするように、己の気持ちを奮い立たせるために言ったのだ。
「いやでもなんででも……! ぜ、絶対に謝ってもらいますっ! このまま別れるだなんて……、お、おれは納得がいきませんっ! どんなことをされても、おれはあなたの逃亡を止めます! ロフィさんのためになるなら、お、おれはあなたをどんな手を尽くしてでも――止めます!」
シイナの言葉を聞いていたティックディックは睨みつけるようなその面持ちを崩さず、むしろ余計に神経を研ぎ澄ませるように仮面越しでシイナのことを睨みつけながら徐に右手を祖っと首元まで上げ、そのままワイシャツのボタンに手をかけた。
『ップ』という取れる音がシイナの狼の耳に入ると同時に、シイナはつい先ほどまで起きていた出来事を思い出しながら彼は思った。
ゆっくりとそのワイシャツのボタンをはずしているティックディックのことを見ながら――彼は思った。
――あの時、ロフィさんは仮面の人のことをティックって呼んでいた。そしてロフィさんはおれ達が知らないようなことを話していた。
――ロフィさんは意外と自分のことや過去を語らない。その話を切り出してもはぐらかされたり別に話題にしたりして誤魔化していた。
――だからおれは知らなかった。いいや、知ろうとしていたのは最初だけで、だんだんロフィさんのことを知ろうとしなくなった。
――おれのことを知ろうとしてくれたのに、ちゃんと面と向かってくれたのに、おれはそれをしなかった。ロフィさんのことだから過去に対して干渉してはいけないと、女の人だからデリケートなところがあるのだとおれは勝手に認識してしまい、それを怠った。
――結果として、おれはロフィさんを傷つけてしまった。
――あの時、初めて出会った時、おれのことを元気付けてくれたロフィさんのことを助けることができず、何もできずに!
――だから、今からでもおれは動くしかない。
――恩人さんのことを傷つけたこの人に、しっかりと謝ってもらうように! そして、泣かせたことを謝らせてもらう!
シイナは思った。今までのことを想い出し、ロフィーゼにしてもらってきたことを想い出しながら彼は決意を固めた。
最初こそ本当に一人で行動しようとしていたシイナ。吃音症と言う障がいで心の底から病んでいき、しまいには自分がこの障がいを抱えて生まれたことに対して恨んでさえいた。
治そうとしても治すことができず、負の連鎖に取り込まれて行きそうな自分を救ったのは、ロフィーゼだった。
彼女自身シイナの犬耳 (狼耳)に引き寄せられて、流れに乗っただけのきっかけなのだが、それでもシイナにとってすれば、それだけでも救われた。
その後に現れたコーフィンやショーマ。
そして自分のことを『カッコイイ』と言ってくれたブラド。
自分のことを評価してくれるジルバ、キクリ、セイントのおかげもあり、シイナはどんどん心が救われてきた。
救われた。そのきっかけを作ってくれたのは――ロフィーゼ。
そのロフィーゼが今心の底から絶望に打ちひしがれている。
そんな彼女を見て、そしてティックディックの言葉を聞いたシイナは思ったのだ。ティックディックのことを見て――
許せないと思ってしまったのだ。
――ロフィさんのことを見ないで色んなひどい言葉を言うこの仮面の人は、とてつもなくひどい人だけど、ロフィさんはそんな人のことを見捨てないでここまで追ってきたんだ。
――それはきっと、並みならない想いがあってのこと。おれじゃあわからないことで、ロフィさんとあの仮面の人にしかわからない感情なんだ。どんなことがあったとしても貫くような……、固い意志の想い。
――その想いをこの仮面の人は穢した。ロフィさんの心を傷つけた。それだけは許せない。
――何があったとしても、どんな理由があったとしても、ここまで信じてきた人を穢すことは……、許せないことだ。
そう思ったシイナは面と向かい、仮面に隠れている無表情で静かな怒りを剥き出しにしているティックディックのことを見つめる。杖を構え、その時が来る体制をとりながら……。
対照的にてティックディックは、徐に晒されている己の胸のところにそっと手をかけ、そしてそのまま『がぱり』とその胸のところを開けた。
機械仕掛けのようになっている胴体を開けて、その中に手を突っ込み、ごそごそと何かを探しながら……。
忘れているかも知れないが、ティックディックは魔人族で、エルフとトリッキードールと言う魔物のハーフである。
トリッキードールとは――MCOでは意外と人気がある操り人形姿のモンスターで、元々人形だったのが、とある魔物使いよって動くことができるという設定のモンスター。胴体に収納されている色んな武器を使い、それを使って変則的な攻撃をするのが得意なモンスター。
その魔人族でもあるティックディックは自分の懐に――否、胸元に収納されている武器を手に取ろうとワイシャツのボタンを取り、その武器を使ってシイナを殺そうとしている。
それだけはシイナでもわかった。なにせ――ティックディックはこの場から一秒でも早く逃げたいのだ。
目をくらますことでも逃げれるので、きっと武器も目くらまし程度のものだと思うが、それでもシイナはティックディックのことをしっかりと睨みつけ、足に踏み込む力を入れながら彼は決意を固めたのだ。
この男を今逃がしてはいけない。この男を今野放しにしてはいけないのだ。そうシイナは思った。
野放しにしてしまえば後々脅威になる。と言うことは一切考えていない。どころかそんなこと考えるという思考がなかった。
今シイナの心の中にあるのは――たった一つの想い。
それは――ロフィーゼに謝ってほしいという一心だけ。
自分を救ってくれた恩人を傷つけ、あろうことか忘れないでいてくれた人に対して彼は禁句を言い放ってしまったのだ。その禁句を訂正するために、その思考を消すために、シイナは思う。
顎を引き、そして弱虫なその気持ちを一旦押し殺し――目の前にいるティックディックのことを死ぬ気で止めるために、ロフィーゼに向けて謝ってもらうために、彼は決意を固める。
――この人を今この場で逃がしてしまえば、きっとおれは後悔する。そしてロフィさんももっと傷つく。そんなことにはさせないためにも、おれ一人でも……、この人を止めないといけない!
――ちゃんと待っててくれた、あなたのことを大切に想ってくれた人の目を見て、ちゃんと謝ってもらうまで!
シイナは決意をする。恩人を傷つけた怒りも然りだが、それ以前に恩人と親しい関係でもあった仲間が恩人の目を見ず、顔を見ずに、あろうことかひどい罵倒を突き付けたことをしっかりと謝ってほしい。
ちゃんと待っててくれた人の――目を見て、心の底から謝ってほしい。
たとえシイナの自己満足と言われてもいい。我儘だと言われてもいい。余計なお世話と言われてもいい。関係ない話だと言われてもいい。それでもシイナは謝ってほしい。
成り行きであろうと――自分のことを救ってくれた。あの時優しい言葉をかけてくれた。勇気を与えてくれた恩人に、心の底から謝ってほしい。
そう願いながら、シイナは踏み込もうとする足に力を入れ、そしてティックディックが胸元から鉄製のナイフのようなもの……、否、コウガや紅がよく使っていた苦無を素早く胸の中から引き抜き、それを勢いよく投擲すると同時に、シイナは駆け出す。
だっ! と一直線に、ロフィーゼを背にして、ティックディックに向かって一直線に向かって!
「――っ!?」
その光景を見て、投擲した苦無に対して驚かないシイナに対して驚きを隠せないティックディックは、一歩後ろに下がるが、その後退よりも素早く前に向かって駆け出すシイナ。
ドラッカーのスキルも使わず、彼は何の攻撃もしないで駆け出す。目の前に投擲された苦無を見ても動じず、且つ背にいるロフィーゼに当たらないように、避けないで駆け出していく。
そのせいで――『どしゅっ!』と右肩にティックディックが放った苦無が深く突き刺さり、突き刺さると同時に、その刺された箇所から赤いそれがローブ越しに滲み、シイナの神経が危険信号を発する。
その信号を激痛と言う名のそれに変えて――
「っ! う、うぅうううぐううううううううううううっっっ!」
肩に突き刺さった苦無の痛みに走りながら気付くシイナだったが、それを引き抜く暇などない。
どころかそんなことをしている暇があるなら走った方がましだと、シイナの脳内回路が一時的に支障をきたしていた。
普段のシイナであればそんなことは一切しない。むしろ即座に引き抜いて回復薬でも何でも使うだろうが、今のシイナはそんな思考は持ち合わせていなかった。
一種の興奮状態と言うもので、興奮と言う名のアドレナリンが彼の痛覚を麻痺させていたのだ。
痛覚を感じていたとしてもそれほどシイナは激痛を感じていなかったのはそのせいで、シイナはその状態でどんどんとティックディックに向かって接近していく。
駈け出して、駆け出して、駆け出してどんどんティックディックに向かって近付くシイナ。
「――っ! お、おぉぉおっ!? おいおいおい! ちょっと待てって!」
その光景を見ていたティックディックは、心の奥底から湧き上がった身震いを感じ、それと同時にこんなことを思っていた。
狩られる。自分の命が狩られる。
まるで目の前に現れた自分以上に強い存在との対面を錯覚したかのような感覚。それを感じ、命の危険を感じたティックディックは胸の穴に両手を突っ込み、即座にそれを大きく腕を左右に開くように引き抜く。
「っち! 来るなってぇのぉっっ!」
すらりと引き抜き、それを両手でしっかりと持ちながら、ティックディック怒りを露にし、それをどんどん自分に向かって接近してくるシイナに向けた。
彼の両手に握られていたものは――二本の刀。どちらも『武士』が持つ刀で、切れ味は普通であるが、それはエンチャンターであるティックディックが持つには不適切なものであった。
彼は武士ではない。彼はエンチャンター。
スキルもない状態で、付加していない状態でティックディックはそれでもその刀を自分に向かって突っ込む勢いのシイナに向ける。向けて、ティックディックは迫り来るであろうシイナのことを逃げずにじっと待つ。
まるで――何かを待っているかのような素振りで、面持ちで……。
そんなティックディックのことを見て駆け出していたシイナだったが、彼の挙動を見て一瞬目を疑うように首を傾げそうになったが、もしかしたら逃げる準備かもしれない。
そう思ったシイナは走った右足の踏み込みに力を入れて、そのまま踏み込んだ足をバネのように見立てて、地面を蹴る。
どぉんっ! と地面を蹴り、そして低空に似ているような長い跳躍でシイナはティックディックに向かってどんどん急接近する。両手を広げ、そしてそのままティックディックのことを捕まえるように、シイナは両手を広げて歯を食いしばる。
――何が何でも、何があろうと離さないように、捕まえる!
そのような意思を固めて。
しかし……。
「――っへ。はは」
ティックディックはそんなシイナのことを見て、自分の思った通りに動くシイナのことを見て内心と表面で嘲笑いながら彼はこう思っていた。
――かかった! マジでそうやってくるとはな! そのあとのことを考えずに済んだぜ!
そう思うと同時に、どんどん自分の胸に向かって突っ込み、そのまま自分にしがみつこうとしているシイナのことを見降ろし、そしてそんなシイナの従順な行動に、思考に感謝しながら――ティックディックは徐に両手に持っていた刀を力一杯振り下ろす。
ごっ! と、空気を斬るような音とともに、ティックディックはシイナの両腕にその刀二本を振り下ろし、『どしゅっ!』と言う鈍い音を発生させたのだ。
あからさまに、シイナの両腕を斬るために!
「……っ! う、ぐぅうう!?」
苦無以上の激痛を感じ、捕まえる寸前で手を止めてしまった――否、その手でさえも止められてしまっているので、至近距離にティックディックがいるのに捕まえることができない状態で、硬直しながらその動作で止まっているシイナ。
腕から脳に来る激痛の信号は苦無以上で、その激痛を感じながらもシイナは歯を食いしばり、奇しくも苦無の激痛が両腕の激痛を相殺してくれたおかげでなんとか動くことができた。
ぶるぶると両腕を動かし、どんどん食い込んでくる痛みを耐えながらシイナはティックディックに向けてその手を伸ばそうとした。
が――
「っ! おいおい! そこまで俺に対して食いつくのかよぉ!? そこまで食いつくと逆に引かれるし、俺はそんな趣味はない! だから」
と言いながらティックディックはどんどん近付こうと顔を左右に急かしなく動かし、どんどん距離を縮めようとしてくるシイナのことを見て何とかしようと、両手に持った刀を振り下ろした状態で器用に足を上げた。
その足は右足。
その右足を徐に上げて、できるだけ高く自分とシイナの間でその足を上げると、彼はそのまま足を勢いよく振り下ろす。
自分が持っている刀の背に向けて!
「っ! く!」
その光景を視界の端で見ていたシイナはティックディックの思惑を知り、即座にその腕を引こうとしたが、もう遅かった。
どんっと刀の背に下ろされた足は、そのまま勢いをつけて地面に向かって降下していく。シイナの視界も突然斜め下に向かって揺らぎ、腕の激痛も加速して、止まることを知らないような勢いで、シイナの腕を巻き添えにして、そのまま地面に向かって――
どぉんっ! と、踏みつけたのだ。
自分が持っていた刀と、地面に突っ伏しかけたシイナ。
その刀によって斬られてしまったシイナの左腕だったそれとその地面を濡らす赤いものを見降ろしながら――ティックディックはよし……。と心の中でほくそ笑む。
シイナの激痛の叫びを耳に入れながら……、彼は内心安堵を浮かべた。
――これで片方の手を部位破壊した。あとはもう片方の手を部位破壊すれば、こいつは掴む手も無くなり、俺のことをなくなく逃がすことになる。
――まぁちょっとばかしひどいことをしたが、それでもこうしないと俺はこのまま逃げれずに迷子になるかもしれないし、それに……、あいつにこっぴどく怒られることは避けたい。
そう思ったティックディックはなく泣くと言った形でシイナの腕を傷つけたのだ。動けなくなるくらいまで、すっぱりと――
そしてその切り落とされた手を見て、未だに叫んでいるシイナのことを見降ろしたティックディックはすぐさま別の行動に移すために、徐に今度は左足を上げる。
その左足の焦点を――狙いをもう片方の刀が突き刺さっている右手に向けて……!
――念には念を入れないといけない。このまま片方の手だけでもいいんだが、もしかしタラ片方の手だけでも掴んでくる可能性も高いから、用心に越したことはない。
――だから、こいつの両腕を部位破壊する。それが一番の得策なんだ。
――俺だって本当はな、こんなことしたくないんだよ? でもこうでもしないとお前は俺のことを追うだろう? それだと本当に面倒くさいんだよ。本当に嫌なんだよ。
――何せ俺は今現在お前達の敵。ネクロマンサーの味方なんだから、俺を助けてもメリットなんて一つもないんだ。
――ないから俺は、教えようと思うんだ。
――俺を助けても、何のメリットもない。デメリットしかない。だから俺のような殺人鬼とは縁を切れってね。
そう思うと同時に、ティックディックはその足を先ほどと同じように勢いをつけて、部位破壊されていない手に向けて斬り落とすような勢いで降ろす。
シイナの両腕を壊すように、彼はその足でシイナの最後の腕を切ろうとした!
斬ろうとした――瞬間だった。
「――うううううううううぐうううううううううおおおおおおおおおおあああああああああああっっっ!」
「っ!?」
突然だった。突然シイナは呻き声のような野太い声を上げて、振り上げたその足を振り下ろしているティックディックに向かって、低い体制の状態から立ち上がる様に駆け出したのだ。その行動にティックで一句も驚く。そして一瞬の硬直をしてしまう。
その硬直の隙に――地面に足をつけ、そのまま斜めに立ち上がる様に、膝の屈伸を利用してシイナは立ち上がり、ティックディックの足を壊されていない手で『ばぁんっ』と手の甲で払う。
乾いた音が森中に響くと同時に――そのままシイナはバランスを崩したティックディックに向かって急接近し、そのまま彼の首元に向かって顔を近づける。
その接近に驚くティックディックは心の中でも慌てふためき、シイナのことを見ながら――マジか。と思いながらもう一度胸の穴に手を突っ込もうとした瞬間、シイナはその行動を止めるように、そしてティックディックを止めるために、シイナは首元に近付けていたその口を――大きく、大きく開け、そのままシイナはティックディックの首元に……………。
「はあああああああああああ!」
と息を吸い――そして……。
「はぐぅ!」
――ぶつぅうんっ!
と、大きな音を立てて――噛み付いた。
吸血鬼のように、いいや。狼のように――彼は噛み付いたのだ!
「いっっっ!? 痛てええええええええええええええええええええええっっっっっ!!」
流石のティックディックも、シイナのこの行動には驚いたのだろう。シイナが己の首に噛みつくと同時に仮面越しに目をひん剥いたが、それと同時に首元に来る激痛の信号を感じたティックディックは、そこから発生する熱と液体の感触、そして――命がすり減る様な危機感を覚え、彼はそのままシイナと一緒に後ろに倒れ、シイナのことを引きはがそうと両手両足を使ってシイナを掴んだり、攻撃したりする。
「あああああああ! 痛てええってっ! 痛てぇえから離れろこの野郎! このままじゃ死んじまう! 死んだら元も子もねえんだよっ! 離れろこの野郎! 早く離れてくれ! お願いだ!」
ティックディックは慌てた音色でシイナの髪の毛を掴んだり、顔を突っぱねるように押したり、胴体を足で蹴ったりして何とかしてシイナのことを引きはがそうとしていた。
だが、シイナはそんな彼の想いを逆の感情でお返しするように、力一杯顎の力を使ってティックディックの首元に噛みついて、離れないように抗う。
前にハンナたちが出会った最長老と同じ顎の力を使って、シイナはティックディックから離れないように抗う。
ぶつり……という音が聞こえたとしても、口の中に広がる鉄の味を感じても、シイナは嫌悪感など後回しにして、逃がさないように噛み付く。噛みつく――
噛みつきまくる。
「痛てえって! マジで痛いって! おいやめろ! このままじゃ俺の体力も無くなるから! 本当に噛まないでくれ! いいから逃がしてくれ! そうでもしないと俺もやばいんだ!」
ティックディックの声が、叫びが聞こえる。ティックディック自身も自分のバングルに映る赤い帯がどんどん減っていく光景を見て、流石にまずいと思ったのだろう。ティックディックの焦りがシイナにも伝わってきた。
しかしシイナはそんな言葉を無視して、なおも噛み付く。
がつがつと、がぶがぶと噛み付きながら、強く噛みつきながら、シイナはその時をずっと待つ。その言葉をずっと待つ。暴れながら待つ。
ロフィーゼに謝ると言うまで、ずっと噛み付く意思を固めるように。
「おいやめろっ! イデデデデッッ! マジでやめねーとまずいんだ! このままじゃ本当にまずいんだって! わかってくれ! 俺だってこんなことはしたくねえんだよっ! 俺の話を聞けこの馬鹿犬っっ!」
噛みつかれて、どんどん血が流れていくような感覚を覚えるティックディックは、焦りの声を上げながらシイナのことを諫めようとするが、シイナはそんな諫めを無視して、更に噛み付いて彼の動きを止めようと、一度口を開け、そして間髪入れずその傷口に更なる歯型をつけようと口を開けた。
その時だった。
「――シイナくん!!」
「……………………!」
声が聞こえた。それは――シイナが救われた人の声。そして今目の前にいる人が傷つけた人の声。
その声を聞いた瞬間、シイナは噛み付こうとしたその動作を済んでのところで止めて、目を見開いて瞳孔が開いた状態で硬直してしまった。
口の中で充満する鉄の味と生暖か。そして視界の下で広がる赤黒い何か。それを見たシイナは自分がしたことに対してぶわりと――罪悪感のような寒気を覚えた。
駆け上がるその寒気を感じ、シイナは上ずりそうな声を上げそうになった瞬間、視界に広がる回転する世界。
「――っ!?」
その世界を見て、そのまま地面に大の字になってしまったシイナは、すぐさま起き上がり目の前を見た時、シイナははっと息を呑み――
「ま、待てっ! まだ終わってない!」
と怒りの声で叫び、その叫びを向けている人物――ティックディックに向かって声を荒げた。
ティックディックは荒い息遣いで呼吸を繰り返し、シイナによって噛みつかれたその首元を押さえつけながらその場から逃げようとしている。
その光景を見たシイナはすぐさま立ち上がろうと足に力を入れようとした。もちろん――声を荒げて『待て』と言いながら、彼は立ち上がろうとした。
が――それもできなかった。否――阻止されてしまったから、できなかった。の方がいいだろう。
「!?」
シイナは突然背後に感じた温もり、そして柔らかさ。背後から来た衝撃に更には自分のことを抱きしめるような締め付けを感じて、驚きつつもシイナはその正体が一体何なのか、背後を見て確かめようとした。
振り向いて、背後に一体何がついているのかを確認しようとした瞬間……、シイナは目を疑った。
地面に膝をついて、立ち上がろうとしているシイナの背後には――ロフィーゼがいたのだ。
シイナのことを背後で抱きしめ、シイナの背に顔をつけるとその両手でシイナの進行を阻止するように、彼女は尻餅をつきながらシイナのことを止めていたのだ。
「……………………ロフィ……さん……?」
「……………………っ」
その光景を見降ろしていたシイナは、驚きつつもロフィーゼのことを見降ろし、彼女の名を呼ぶと、ロフィーゼはそんな彼のことを見上げず、俯いた状態でロフィーゼはか細い音色で言ったのだ。
「もう、今はいいから……、今はシイナくんの手当てを優先にしましょ……?」
ね?
そう言い聞かせるような音色だが、震える声なので説得力がない。しかし椎名はそれを聞いて、ロフィーゼの気持ちを汲み取り、言葉を汲み取って……、彼はその場でどすんっと尻餅をついて、そのままロフィーゼの抱きしめる感触を、温もりを噛みしめていた。
彼女の温もりを感じながら、シイナはティックディックに対して成しえなかったことを後悔し、そしてロフィーゼのことを傷つけてしまったことを更に後悔して、シイナはその場で俯く。
俯きながら下唇を噛みしめて、シイナは小さな小さな声で言う。
ごめんなさい。と――ロフィーゼとティックディックに向かって……。
◆ ◆
そんなシイナ達の戦闘が終わったその頃……。
「な、お前……っ! それは本気で言っているのかっ!?」
「うん。俺本気」
「本気……って! お前も見てわかっているだろうっ!? あれは」
「あーはいはい。今はそんなことしていたら命とりヨー。だから今はとやかくは禁止ネ。はいちゃちゃっと」
「……………………っ!」
そんな話をしてひと悶着を繰り広げようとしていたのは――ジルバとセイントであった。
セイントはジルバの話を聞いて驚愕の顔を浮かべ、ジルバに向かって拒否をするように言葉をかけるが、ジルバはそんな彼のことを無視してやってほしいと願うように言葉をかける。
その光景を見ていたズーとコノハは首を傾げながら二人のことを見ていたが、そのことを知っているブラドとキクリは成程……、と思いながら二人のことを見ていた。
なにせ――セイントのアレがあれば、必ずシャメザの動きを止めることができると確信したから。
まるで掌で踊らされているような感覚を味わっていたセイントはぐっと握り拳を作りながら顔を甲冑越しで歪ませ、溜息を吐いて呆れたように首を振ると……、セイントはそっと顔を上げて、ジルバのことを見ながら彼は言ったのだ。
「………わかった。だがこれだけは約束してほしい」
「ん? 言ってみて?」
「もし、もし私が道を踏み外しそうになったら、躊躇いもなく私を殺せ。躊躇など必要ない。できるだけ一撃で殺せ」
「それしちゃったら、あんた死んじゃうよ? 現実的とかじゃないけど」
「大丈夫だ。私の懐に『蘇生薬』が入っている。それを無理矢理でも飲ませろ。いいな?」
「うわーお。そんな高価なものをですかーっ!? わかりましたヨー! 俺しっかりと無駄遣いしまーす!」
「………ふぅ。頼んだ」
若干皮肉にも聞こえるような言葉を聞いたセイントは、項垂れるように溜息を吐いてジルバにお願いをすると、セイントはそのままブラド達のことを見て、そして覚悟を決めた顔つきで彼は言ったのだ。
「お前達も――頼んだ。今はシイナがいないからな」
「わーってるよ!」
「ええ。死んでも私が何とかしてあげる」
「コノハも頑張るよ! わからないけど」
「分かりませんけど、策があるなら僕は全力で協力をします。それでこの牢獄から出られるのなら」
「………頼もしいな」
ブラド達の言葉を聞いたセイントはふぅっと安堵のそれを吐き、そして彼等はそのまま上を見上げる。
未だにシャメザが泳ぎ回っているであろう水の牢獄を見つめながら――ジルバはにっと口元に緩い弧を描き、飄々とした面持ちで彼は言った。
いかにも――あくどいことを考えているような顔つきで彼は言ったのだ。
「それじゃ――反撃開始と行きましょうネ」




