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PLAY81 vs死霊族(ネクロマンサー)! PIECE:STRUGGLE④

※物語の都合上――苦痛になる展開が後半出ます。ご注意ください。

 一方その頃……、ジルバ達はと言うと……。


「ギャシャシャシャシャシャシャシャッッッ! どうだどうだぁ!? オイラのこの攻撃、痛えだろうっ! 怖ーだろうっ? これがオイラの実力だ! オイラは全然弱くねえ! お前達が弱すぎるんだ! わかったかこの弱肉者っ!」


 そんな大きな声を上げながら死霊族が一人――シャメザは水の半球体の中を素早い動きで、縦横無尽に泳ぎ回りながら、彼はげらげらと笑って水の半球体の中にいるジルバ達のことを見て大笑いをしていた。


 明らかにバカにするような笑い方で、シャメザは自分にとってすれば絶好のフィールド。


 相手もとい(エラ)呼吸ができない人間にとってすれば水の牢獄の中をぐるぐると急速な勢いで回りながら、牢獄の中で少しずつ、本当に少しずつ追い詰められているジルバ達のことを見降ろしていた。


 ギャシャシャシャシャシャシャシャッッッ! ギャシャシャシャシャシャシャシャッッッ!


 独特な笑いを上げながら……。


 シャメザがここまで大笑いをして彼等のことを見降ろすのも、無理はない話だろう。


 シャメザがジルバとセイントに攻撃を繰り出してから、ブラド達はその攻撃を何とかして止めて、その後でシャメザを倒そうと策を立てて武器を構えていたのだが、それもシャメザの前では無駄に近い行動になってしまう。


 水の牢獄内で高速に動く――否、泳いでいるシャメザをその眼球で捉えることができず、ブラド達はシャメザが通った後の消えかけた泡の線を視認することしかできなった。


 視認したところで、シャメザはその時には二回ほど回っている状況であり、それで細すぎるのだ。


 その光景を嘲笑うように見降ろしていたシャメザは、独特な笑いを上げながら彼らに向かって急接近し、その急接近を利用した突進と、鮫の牙を使ってブラド達に攻撃を繰り出していく。


 ばぐんっ! ばぐんっ! ばぐんっ! と――


 まるで死霊族のオグトのように、彼は何度も何度もジルバ達に向かって噛み付き、そして肉を抉りながら攻撃を繰り出していた。


 高みの見物兼無傷の勝利を確信しながら、彼は泳ぐ。


 頭は鮫。体は(マグロ)のマーメイドソルジャーの体()()()()()を接合して、彼は泳ぎ続ける。


『海の殺人鬼』


 その名の通り、鯱のような暴虐性を剥き出しにしながら……。


 話を本題に戻そう。


 そんな独特な笑いを聞きつつ、シャメザによって抉られ食べられてしまった右肩を左手で押さえつけながら武器を構えているブラドは、眉間にしわを寄せ、額に血管を浮き上がらせながらシャメザが泳いでいる場所に向かって――



「うるせぇっっっ! ギャシャシャシャシャシャシャシャばっか聞いているとこっちの耳が変になりそうだわ! いい加減その笑い方やめろっっ! 普通の攻撃しろっ! こっちは肉体よりも精神の方がダメージ大きくなっているわっ!」



 と、大きな声を上げて、唾を吐き捨てるような声を上げながらブラドは言ったのだ。


 もう耳の中に残って、エンドロールしてしてしまいそうな声を何度も何度も聞きながら……、怒りを露にしながら……だ。


 もう脳内でシャメザの笑い声が繰り返し、繰り返し頭の中を回って聞こえている感覚がまだあるブラドは、頭をがりがりと掻きながら苛立ちを露にしていると、その光景を見ていたキクリは低空を維持している状態で、右足から血を流している身体で周りを見回しながら、落ち着いた音色でこう言った。


「ブラド。そんな大きな声で叫んでいる暇があるならこの状況を止める方法を考えてよ。私だけでは防げないし、こんな時にシイナ君やロフィがいない状況。完全に危機的状況だからそんなふざけたことを言わないで考えて」

「えぇっ!? 俺ってふざけているように見えたのあんた。俺ふざけているように見えたの? マジで言っているの? 俺は至極真面目に」

「ブラドー。ちょっとばかし黙っててネ。今の俺神経びりびりだから」

「………はい」


 キクリの冷静ではあるが余裕のない言葉を聞いて、ブラドはぎょっとした目でキクリのことを振り向きながら大声を発する。


 水の牢獄内から聞こえる水の中で何かが走るような音。その音を聞きながらブラドはそんなことはない! と突っ込みを入れながらキクリに反論をしようとしていたが、ジルバの突然の言葉によってかき消されてしまう。


 いいや――強制的に終わらせるため、ジルバは低い音色でブラドに向かって言ったおかげで、ブラドはジルバの背後を見て青ざめながら身を縮こませた。


 そんなブラドのことを見ていたズーは、破れてしまった服を横目で見ながら呆れた目でブラドを見ていたことは、彼だけの秘密であり、その秘密は永遠のものとなっていくのだが、それは別のお話であり、これ以上は語らない。


 ジルバは水の牢獄内を急かしなく、急速な勢いで泳いでいるシャメザのことを見上げ、目で追えないその姿を目視しようとしながら、彼は思った。


 最初こそ激痛になっていた右脇腹の痛みも鈍痛になっていき、出血も少なくなると同時に、自分の体力も少しずつ減っていく光景をバングル越しに見つめ、ジルバは小さく溜息をつきながら思ったのだ。


 ――これじゃぁ本当に全滅してしまいそうだな。


 ――なにせ相手は水の中で優雅に……、じゃないな。(マグロ)のように泳いで、そして獲物を狩るときだけは気配を殺して、相手に気付かれる前に攻撃をする。まるでスナイパー。暗殺者だ。俺もその所属だけどネ。


 ――おかげで俺達の体、ボロボロだなー……。


 そう思いながら、ジルバはみんなのことを頭の先からつま先まで見落とさないように一瞥する。今の状況を整理するために、ジルバは皆の状況を判断しようとしたのだ。


 しかし、結局見たところで現状が変わるわけではない。事実上――危機的状況に達しようとしていることは真実であるが、それでもジルバは見ようとした。


 今の状況で、この状況を――絶望的状況を打破する方法を。


 ジルバは見る。じっと、脇腹を手で押さえながら、鈍痛と言う名の体の訴えに耳を傾けながら……。じっくり、じっくりと……。


 右肩を手で押さえつけながら辺りを見回して慌てているブラド。


 右足の太腿を抉られてしまい、その箇所から血を流して、浮くこともできず、低空の状態を維持しているキクリ。


 左腕を失ってしまい、その手を庇いながら右手に握られている剣を構えているセイント。


 体こそけがはないが服が所々破けており、その箇所から微量の血を流しているズーに、同じように服をボロボロにさせているコノハと、彼女の背後から出ている切り傷まみれの『豪血騎士(ブラットゥ・ナイツ)』と一緒に、三人は水の牢獄を見上げながら奇襲に備えていた。


 そして己の体を――右脇腹から出ている血を見つめ、明確な状況判断をしたジルバは、とある結論に至った。





 これは無理だと。





 そう彼は結論付けた。


 仮説ではない。これは決定論。つまるところのリアルな話である。


 ジルバは飄々としているが、どことなくリアニスト傾向があり、かつ厳しい一面を兼ね備えている。


 いうなれば表が見えない。


 食えない性格であるが、そのリアニストが災いしたのか、それとも判断をただしたのかはわからない。


 だが――これだけは言える。


 ジルバは()()()()()()勝てないことを察した。


 何故そう思ったのかなど、言うこと自体時間の無駄になる。彼は見た限りの状況で勝てないと判断をしたのだ。


 なにせ、相手は死霊族で水の中を泳ぎながら自分達のことを見降ろし、そして高速ともいえるような動きで攻撃を繰り出している。


 現在は抉るような小さな攻撃ではあるが、相手が本気になればきっと丸呑みは確実だ。


 鮫であるが故、自分達が喰われるのも時間の問題だ。


 そしてジルバ達の戦力で言うと、戦力的には申し分ないが、それでも足りないものがあった。


 ジルバは『キラー』で、相手の四肢を切り裂いて壊す術を持ち、影でもある『花魁蜘蛛(じょろうちゃん)』を使うことができるが、『花魁蜘蛛(じょろうちゃん)』を使って動きを止めることは可能だが、あの速度だ。止めることで精一杯だろう。


 セイントは『聖騎士』で守りと攻撃を両立する術を持っているが、それも腕が片方無くなってしまえば両立などできない。


 現在は剣を持っているが、その手で盾を持つことなどできない。


 ゆえにセイントの戦力も半減されてしまっていることが証明されてしまった。


 ブラドは『ソードマスター』であるが、彼自身属性系など使えないに等しい。仲間の属性攻撃に追撃するように使うことができるだけの補助。そして彼の所属は今となってすれば必要のない所属に等しいのだ。ブラドには悪いが……。


 そしてズーは魔獣族で、相手の体力と魔力を狩ることしかできない魔物。その力ではこの空間内ではブラドと同等の力不足。


 コノハはジルバと同じ『暗殺者』系列の『エクリスター』で、少しばかりの回復スキルと浄化スキルなら使える。そして攻守ともに高い影――『豪血騎士(ブラットゥ・ナイツ)』を使役している身ではあるが、その影でも傷だらけになっているのだ。スピードが最もない影であるが故、彼女も今回ばかりは回復と浄化しか期待ができない。


 キクリに至っては回復のスペシャリストの『12鬼士』だ。攻撃も高い力を有しており、まさにオールラウンダーと言われてもおかしくないのだが……、彼女自身その攻撃も高いわけではない。火力はあるが大火力ではない。ヘルナイトやクイーンメレブのように攻撃が高いわけではない。


 この条件を踏まえてジルバが組み立てた今の状況。


 それは――()()()()()()()()()()()()と言うことである。


 しかし、今の火力でもシャメザを倒そうと思えば倒せたのだ。今の戦力でも十分すぎるくらい戦力はあるのだが、シャメザが水の中に入ってしまったせいで状況が変わってしまった。


 水の中に入って高速に泳いで逃げたり攻撃をしたりするシャメザ。自分達の肉眼では捉えることができない状況に陥ってしまい、結局最悪の事態――常に高校の状況になってしまったせいで、ジルバは頭を抱えながら思ったのだ。


 このもう少しの火力がない中で勝てることは……、不可能と。


 もし、この状況でヘルナイトのような火力を持っている人がいれば、それはそれで話が別で、その力があればシャメザなど倒せる可能性が大きくなるのも事実だ。が――そんな都合のいい話などない。


 現状として、火力を上げる存在も、相手の火力を下げる存在もいない中、勝てる要素なんて一個もないことが事実だ。そうジルバは確信している。


 その火力を下げる存在――『ドラッカー』のシイナも、その支援担当『トリカルディーバ』のロフィーゼも、攪乱の『シーフゥー』カグヤも、『12鬼士』で『猛毒の女帝』もいない。火力を上げる存在――『武士』の航一もいない状態。


 つまるところ、彼等がいればできたかもしれないが、それがいないとなると――お手上げに近い状態なのだ。


 ()()――


「ふぅ」


 小さく溜息を吐いて、今の状況を呪うように項垂れるジルバ。


 項垂れた瞬間右脇腹に感じた鈍痛が激痛に一時的に変わったが、それを感じると同時に激痛が鈍痛に切り替わる。


 その感触を味わうと同時にジルバは顔を苦痛に歪めたが、それも一瞬で消え去り、その消え去りを感じながらも、彼は三時の老木の上を見上げながら、今もなお空気があるこの場所で餌と化している自分達のことを見降ろしているシャメザのことを、目で追えずと見上げながら彼は思った。


 溜息を吐きつつ、彼は思ったのだ。


 ――どうじようかなぁ。シイナ君もロフィーゼもいない。且つかなり有望な所属のカグヤくん? だったっけな……。あとはこーいち君っていう男の子もいない。


 ――状況からして最悪のさらに下。絶望的な状況。


 ――この状況の中、敵に成す術もなく怪我を与えることもできず、泳いで餌を見降ろしながら待ち構えている光景を見つめながら死を待つとか……、それでこそくそゲー。

 

 ――そうなったら運営告訴ものだネ。


 ――あんな風に素早く泳がれたら何もできないじゃん。もう少し力のバランスを考えてほしいものだヨ。


 ――あれなら……、『スナイパー』でも、攻撃が当たらない。


 ――相手が着た瞬間に『パラディン』とか『ガーディアン』とかの盾の防御で防ぐ手もありだけど、そんな所属はいない。


「…………クソゲー万々歳」


 ぼそりと、ジルバは呟く。


 まるで、もう負け確定だから抗うことをやめるかのような言葉。その言葉を言って、そしてこのまま自分のゲーム人生ログアウトになろうか。そう諦めかけていた時……。



「この状況はやばいですよ。なにせ相手が自由に縦横無尽に泳いで、僕達餌をどのように食い殺そうか考えながら泳いでいるんですからね。僕達も何とかして対策を練らないと」

「いやだーっ! コノハまだお肉にされたくないー! ズーこわーいっ! それにコノハのお肉は皮と骨だけだもんっ! おいしそうで言うと騎士のおじさんとトカゲのおじさんだけだよーっ! コノハは最後にしてーっ!」

「発端を生んだ張本人が何を言うか」

「ちょっと二人とも喧嘩しないっ。今は冷静になって対策を練りましょう!」

「そうだぞコノハとズー! あと生贄は聞き捨てならないぞっ! 正義感を持っているのであれば己が身を挺していけっ!」

「わんわんわんわんっ!」

「ああ! そうだなさくら丸! ここは私は身を挺して何とかする! だからお前たちはこの場から離れろっ!」

「セイントの場合はただの自暴自棄よっ! そして無謀! やめなさいっ!」

「やーだーっ! コノハ死にたくなーいっ!」

「ぎゃんぎゃんきゃんきゃん五月蠅いです」

「――てめえらが一番うるせえわっっ!! ちょっとお静かにしてくれねーっ!? 俺の堪忍袋がすでに切れそうになっているからマジでお静かにじゃ! ドントトークッッッ!!」

 


 ジルバは諦めかけていたその気持ちを一旦セーブし、大声で大喧嘩をしている彼等のことをそっと横目で一瞥した。心底五月蠅いというしかめっ面をして、呆れたため息を口から零しながら……。


 ジルバが見た限りで言うと……、この状況を見てどうにかしようと冷静な面持ちでいるズーの背後で、コノハはわんわん泣きそうな顔をしながら首を左右に振って何かを喚いている。けれどその言葉に対してズーは呆れた言葉で突っ込みを冷静に入れる。


 しかしその光景を見ていたキクリとセイントが仲裁に入って対策を練ろうと言葉をかけるが、セイントだけは何を先走っているのかズー達の前に立って両手を広げながら自ら盾になろうとしている。その光景を見ていたさくら丸は興奮した面持ちで鳴きながら応援していた (気がする)。


 だが、キクリはそんな彼のことを見て正気を保てと促すと、背後でわんわん泣いていたコノハとズーの言葉を最後に……。


 ブラドがぶち切れながらコノハ達に向かって激怒の突っ込みを放った。


 それはもう額の血管がはちき切れてしまったかのような怒り。


 その怒りを見ながら、呆れた目でジルバは溜息を吐く。


 ブラドの言う通り本当に五月蠅いが、それでもブラドの声の方がうるさいと感じたので、ジルバはその場で怒り任せに『五月蠅い』と怒鳴りたかったが、現在は戦場……。ぐっと堪えて我慢をする。


 我慢して、内心――なんでこんな人達がこの場に残ったんだろう……。シイナ君がいればもっと戦況がいい方向に傾いたのに。と思いながら呆れた目でジルバ達を見た瞬間。


 ジルバの脳内に――とある映像が砂嵐越しに映し出された。


 それと同時に、ジルバはある人物のことをじっと見つめ、脳裏に映された映像を残した状態で水の牢獄内を見渡す。


 牢獄内には出口など一切ないまさに水の壁しかない空間。そして人間にとって水の壁は空気が一切ないもので、その水の厚さが一体どれほどなのかもわからない。ゆえにその壁の中を通って抜け出すことは不可能。


 どころかシャメザの手によって噛み殺されてしまうだろう。


 よって脱出は不可能。戦うことが不可避だ。しかしその戦いでも絶対に勝てる要素などなかった。だからジルバはあの時無理ゲーと、クソゲーと罵ったのだ。この状況を。


 しかし、あることを思い出したことにより、そのクソゲーも無理ゲーも、普通の攻略可能のゲームへと変わっていく。


 変わると同時にジルバはにっと笑みを浮かべ、脇腹を抱えた状態で彼はとある人物に近付くために歩みを進める。


 すたすたと普通の足取りで言い争っているブラド達へと歩みを進め、ジルバは歩みを進めながらにっと不敵な笑みを浮かべ、脇腹を抱えていない手をそっと上げてその手をとある人物の肩にそっと置くと、彼は言ったのだ。


「ネぇ――ちょっとばかし手を貸してくれない?」


 そう言ってジルバのことを見て驚いている人物に向けて、ジルバは飄々としている笑みで不敵に笑いながらその人物に向かって言う。


 この場において、最大の火力を有している人物に向かって、彼は扇いだのだ。


「君なら絶対にこの状況を打破することができる。だから俺達のことを助けるために、力を貸してよ――()()()()

「………なに?」


 ジルバは言う。


 ブラドとコノハ、ズーとキクリが驚いていることをしり目に、一番驚いて首を傾げているセイントに向かって彼は畳み掛けるように続けてこう言ったのだ。


「頼むよ――最大の火力庫さん」



 ◆     ◆



 ジルバ達がそんなことをしている頃。


「……ほんっと、ここまで来ないでほしかったんだけどなぁ……。言ったよな? もう無理だって。俺言ったはずなんだけど、なんでこんなところまで追ってきたんだよ。なぁ? ロフィーゼ」


 クイーンメレブ達がいる場所から少し離れた森の内部で、ティックディックとロフィーゼは互いの顔を見て、離れすぎてもいないが近付いてもないような微妙な距離で二人は互いの顔を見つめ合っていた。


 愛おしい人と対面した時のようなときめきも何もない。逆に二人の間にあるものは――悲しい悲しい亀裂だけ。しかもしっかりと破れた亀裂ではなく、切れかけの亀裂で修復すれば治りそうなそれだった。


 しかし、その修復もちょっとやそっとでは治らない。


 片方が治そうと思っても、片方が治したくないのだから、治すことは困難を極めている。


 その存在でもあるティックディックは、一刻も早くロフィーゼから離れたい気持ちを込み上げていきながら、彼はロフィーゼの泣きそうな顔を見ながら呆れたようにからからと笑いながら言った。


 内心、そんな顔を見たくなかったのにと思うと同時に、いいや、俺がこんな顔をさせてしまっているんだ。と思いながら……。


 ティックディックはそんなロフィーゼのことを見て、呆れた音色で溜息をつきながら彼はこう呟いてきた。


「なぁ――なんでここまで来たんだよ。俺はもう殺人者なんだぜ? それでも俺を追うとか、ロフィーゼ。お前はフリーライターかって」

「なんで」


 しかし、そんな彼の言葉を遮るように、ロフィーゼは張り詰めているような切ない音色を張り上げながら彼女は言葉を発する。ロフィーゼらしくない、妖艶ではない切ない音色で、だ。


 そんな声を聞いていたティックディックは、聞いたことがないロフィーゼの声に体をこわばらせ、脳裏に浮かんだ最愛の人の顔を連想すると同時に、彼はゆっくりと、慎重な面持ちでロフィーゼのことを見る。


 恐る恐る。と言う言葉が正しいだろう。


「なんで――そんなことを言うのよ。なんであんなことを言って、突き放すのよ。大体……、言っている意味が分からないわ。あなたの行動も理解できない。なんで何もしていないのに殺人鬼なのよ。なんであんな集団と手を組んでいるのよ」


 ちゃんと、わかるように説明して。


 まるで問い詰めるように聞いてきたロフィーゼ。声色もどことなく震えが生じている。その声を聞いた瞬間、今までティックディックの体に纏わりついていた覚悟の鎖が緩む。


 もう何もかも覚悟が決まったというのに、その覚悟でさえも一言で緩んでしまう。その歪みを感じながらティックディックは己の心の弱さに嘆きつつ……、遅る遅るという行動をしながらロフィーゼのことを見た瞬間――


 ティックディックは、仮面越しに目を疑った。


 ロフィーゼはティックディックのことを見て……、()()()()()のだ。


 勿論顔には表してない。


 ロフィーゼが目から涙をボロボロと流しているわけではない。


 泣きそうな顔をしているが、涙を流してはいなかった。


 しかしそれでも、彼女が泣いていることは目で見ても明白だった。


 ハンナがよく言う――青い雨を降らしているもしゃもしゃを、ロフィーゼは出していたから……。


 彼女の()が――さめざめと泣いていたから、ティックディックは気付いてしまった。


 ロフィーゼが心の中で泣いていることを。


 ロフィーゼは言う。泣きそうな顔をしながらも涙を流さない苦痛の顔で、彼女はティックディックに向かって詰め寄る。一歩、前に足を出しながら――


「答えてよ……っ。ティック。あなたはなんでこんなことをしているのよ? なんであんな集団と一緒にいて、なんであんなことを言ったのよ」

「……………………」

「答えられないの……? 答えたくないの? 答えたくなかったらわたしは何度でも聞くわ。あなたの口からその言葉が出るまで、ずっと聞き続ける」

「……………………」

「なんでこんなことをしているのか……。わたしだって知りたいの」

「………お前が知ることじゃねえよ」

「知って当然でしょ? わたし達一時的だけどチームだったっ。『オヴリヴィオン』の一員で、一時的だったけど共闘もしたっ。仲間としての意識はなかったかもしれないけど、わたしはあったわ。コーフィンだってあった。だから」

「っ!」

 

 一歩。


 本当にゆっくりとした一歩を踏み込みながら、ロフィーゼはティックディックに向かって近付いて行く。


 しかしその行動に反してティックディックは一歩、一歩と後ろに足を動かして引き下がる。


 まるで――彼女に近づきたくない……。否、俺に近付くなと言わんばかりに、彼はロフィーゼを拒絶する。


「……………………! ううう……っ!」


 その拒絶を見て、ロフィーゼは更にその表情を苦痛に歪ませ、握り拳を作りながら彼女はティックディックに向かって――あらんかぎり叫ぶ。


「いい加減にしてよティックッ! 話さないとわからないでしょうがっ! なんでこんなことをしているのか、なんで離れようとしているのよっ! なんで話そうとしないのよ!? そんなにわたしのこと嫌なのっ!? 答えてよっ!」


 ロフィーゼは叫ぶ。彼女らしくない叫び。彼女らしくない心の叫び。彼女らしくない……、本音。


 その叫びを、声を頼りに彼女の元に急いで向かっていたシイナは、やっとの思いでロフィーゼのことを見つけ、その背中を見て声を掛けようとした瞬間……。ティックディックは――彼女に向かって叫んだ。


 対抗するように――いいや、彼自身も心の底から叫ぶように、仮面を握り潰すように指先に力を込め、その仮面に触れながら彼は叫んだのだ。






「――ああ嫌いだよ! 嫌い過ぎて二度と会いたくなかったっっっ!!」







 ティックディックの声が森中に木霊し、風がざぁっと吹き荒れる。


 風が彼らの服をなびかせ、感情でさえも吹き飛ばしてしまいそうな風だったが、それも叶わず、感情だけを取り残して風は病んでしまう。


 だが、耳に残った木霊のせいでロフィーゼは今までの怒りなど嘘のような……、更なる悲痛と絶望。そして……、その目に映る悲しさを顔に出しながら、頬に伝ったそれを気持ちの証明として表してティックディックのことを見つめる。


 その木霊を現実として、彼が言い放った言葉を現実として受け止めて……。


 シイナもそれを聞いて、彼が滅多に感じなかったものを歯と言うそれで表し、ぎりりっと食いしばり、我慢の限界と認識すると同時に前に出ようとしたが……。


 ロフィーゼのその傷心を更に抉るように、シイナの怒りを誘発させるように、ティックディックは仮面に触れる手に力を入れつつ、前のめりに屈み、感情を爆発させながら彼は叫ぶ。叫ぶ。


 ()()()()()()()()()()()()()()()――叫ぶ。



「俺があのネクロマンサーと手を組んだのは自分の保身のため! 誰だって命が欲しいから俺はあいつらと手を組んで利害の一致として命の保証をしてもらっている! そのおかげで俺は一人でもここまで生き残ってこられたんだ! ネクロマンサー万々歳だ! そして俺はもう人殺しなんだよっ! カイルをこの手で殺した時点で、もう俺は普通じゃなくなったんだ! あいつに復讐をした後で残ったものはただの喪失! 結局何も残らない復讐だった! だから俺はもう面倒くさくなった! 何もかもが面倒くさくなったんだよ! グレイシアのことを想い出すこともあの日々を懐かしむことも楽しい日々が戻ると信じることも全部全部全部全部面倒くさくなったんだよぉ! もう何もかも考えたくないって思った! けど、けどなぁ――!」



 叫び、叫び、叫びまくったティックディックは、今もなお仮面に手を添えて、その指先で仮面を壊してしまうのではないかと言うくらい強く力を入れると、その状態でティックディックはロフィーゼのことを見る。ぎろりと――睨みつけるように。


 その顔を見て、雰囲気を察したロフィーゼは肩を微かに震わせるが、ティックディックはロフィーゼの気持ちなど無視するように、畳み掛けるように彼女に向かって低く言葉を発した。


 怒りを乗せた音色で、彼女に言い放ったのだ。


 ()()()()()()を――


「けどなぁ……、お前っている存在が俺のことをどんどんかき乱していく……っ! グレイシアと瓜二つのお前のせいで、お前のせいで俺は今でもあいつの温もりを求めてしまうっ! 未だにあいつがいるかもしれないとか、あれが悪夢だったとか夢見がちになっちまう! お前のせいで俺は俺でなくなりそうなんだ! 殺人鬼じゃない俺が本当の俺なんじゃないかとか自惚れちまうっ! だから会いたくなかったんだっ! お前とは! 二度と会いたくなかった! だからもう……、これ以上俺を苦しめるな……!」


 吐き出すように、苦しそうに零すように、ティックディックは両の手でその仮面に触れ、そしてその指先に力を入れて顔を――仮面を手で覆う。


 隠されている顔を更に隠すように、その気持ちから完全に決別させるために、ティックディックはロフィーゼに向かって、今の彼女に絶対に言ってはいけないことを、敢えて口にする。


 苦しそうに……、拒みたい気持ちを押し殺して、体中を震わせながら……、彼は言ったのだ。


 ()()()()を――グレイシア(ロフィーゼ)にとってふさわしくない自分を……、受け入れるために。







    「もう俺を、苦しめるな……っ! く、そ……、女ぁ………っっっ!!」







 最後の言葉には、なぜか水が含まれているような声だったが、そんなことは今のロフィーゼには関係なかった。


 否――関係ないというよりも、彼女はそれを聞くと同時に、自分の心の中の何かが崩れ去り、そしてその崩壊と同時に足の力も抜けてしまった。


 へたりと、力なく、草木が渇きのせいでへたれてしまうように……。


 彼女はその場で、尻餅をついて座り込んでしまった。


 ティックディックの言葉を聞いて衝撃を受けてしまったのだろう。虚ろな目にその目から流れるそれを見つめながら、ティックディックは顔を覆っていた両の手をそっとどかし、そして地面とにらめっこをしている彼女のことを見降ろしながら彼は小さな声で何かを言う。


 そしてそのまま――踵を返してその場から離れようとした。


 刹那――




「――謝ってください!!」

「!」




 突如聞こえた声。しかもロフィーゼの声ではない。男の声だ。


 その声を聞いたティックディックは驚いた面持ちでその声がした方向――ロフィーゼがいたであろうその方向に目をやると……、彼は仮面越しでまた驚きの顔を見せ、小さく舌打ちをすると体の向きを再度ロフィーゼに向け、ロフィーゼではないその人物に向けて彼は呆れたように言葉を発した。


「おいおい。なんでお前がここにいるんだ? お前には関係ないだろう?」


 なぁ――いぬっころ。


 そう言うティックディックのことを見て、いぬっころ――否。シイナはロフィーゼのことを守るように前に立ち、ティックディックのことを睨みつけながら彼は言った。


 怒りがこもっているような音色で――シイナは言ったのだ。


「関係あります。おれは、か、彼女と一緒に行動しているチームです。仲間を傷つけたのであれば、あ、謝ってください。彼女のことを見て、謝ってください」


 そう言って、シイナは自分のことを苛立つ目つきで睨んでいるであろうティックディックのこと睨みつける。


 ロフィーゼに向かってひどい言葉を放った彼に対して――敵対心を剥き出しにしながら……。

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