PLAY81 vs死霊族(ネクロマンサー)! PIECE:STRUGGLE③
「おまえたち。ころす。めいれいはいった。わるいめ。はやめにつめ。それ。めいれい。おだ。めいれいしたがう。おまえたち。ころしたあと。あのなかのてき。ころす」
ティックディックとロフィーゼの話を聞いていたクイーンメレブ、カグヤ、航一、シイナは息を呑みながらティックディックの背後で仁王立ちになり、先程まで出ていなかった殺気を放ちながら静かに言葉を放つグゥウ。
それを聞いたカグヤは、驚いた顔をしてグゥウのことを見上げながら彼は驚きの音色で言った。
「な……っ! どういうことだ……っ? さっきまで敵意なんてなかったのに、なんで今更っ!?」
「かわったから」
しかし焦りを顔に出しているカグヤをしり目に、グゥウは冷静な音色でカグヤ達のことを見降ろしながらひどく、ひどく冷静な雰囲気を出して続けて言った。
「はなし。かわった。はなししても。けっきょくむだ。おだ――おまえたち。ころさないといけない。もちろん。あのなかのやつら。ころす。みんなころす。でないと。あるたいるさま。おこる」
「――っち!」
――結局『死霊の王』の命令は絶対かっ!
クイーンメレブはグゥウの言葉を聞いて徐な舌打ちを出しつつ、手に持っている鎌を右手の中で円を描くように踊らせて回すと、彼女はその鎌を両方の手でしっかりと構えるように持ち――心の中でそのことを思うと同時に彼女はその場でグゥウの身長ほどまで跳躍する。
大きく鎌を振るい、腰の捻りも使って遠心力を最大限まで引き出せるように構え、空中で一瞬止まると同時にクイーンメレブはグゥウの首を刈り取るように、大きく、大きく振るった。
「なら――こっちも変更。死ね」
その言葉を低く吐き捨てながら……。
ぶぉんっっ! という風を切る音がカグヤ達の耳に飛び込んでくると同時に、鎌を振るうと同時に吹き迫る風がカグヤ達に体当たりしてくる。
「っ!」
「おぉっ!?」
「うぅ!」
その風を受けて、カグヤと航一は砂が入らないように腕で顔を覆いながら目を守るように体を少しだけ屈めてその風を受ける。
はためく服の勢いが風の強さを物語っている。
砂埃も相まってシイナも同じように受けて、目を腕で守り、ロフィーゼもその風を受けながらシイナ達と同じように腕で目を守っていたが、風が一瞬弱まると同時に、ロフィーゼはある光景を見てしまい、はっと何かに気付いて目を丸くさせる。
同時に彼女はその場で立ち上がり、覚束ない足取りでその風に同化するようにその場からそっと消えるように行ってしまった。
その光景を見ていたシイナもはっと息を呑み、ロフィーゼの名を呼びながら駆け足でロフィーゼの後を追いに行ってしまう。
そのことも知らずに、カグヤと航一はその風が止むまで目を腕で覆ってじっと耐えていた。ずっと長く続くかもしれないような、突き刺すような突風を受けながら……。
しかし、長く続くと思われていたその突風が突然、ふっと止み、それと同時に肌に突き刺さっていた砂利の痛みも無くなった。あるのは――当たったという感触だけ。
風が止むと同時にカグヤと航一はそっと腕を下ろし、視界を良好にさせて辺りを見回すカグヤと航一。
良好になった世界をすぐさま見ようと辺りを見回そうとした。
瞬間――
「避けろ馬鹿っ!」
「「っ! !?」」
クイーンメレブの焦りと怒り、そして僅かな心配の声が荒げるように吐き出される。
それを聞いた二人は驚きのあまりに肩を震わせてしまうが、その震えも一瞬のうちに止まる。否――汗が恐怖のあまりに一瞬で退いてしまうのと同じように、彼らもその震えが一瞬のうちに引いてしまったのだ。
なぜ。なぜ彼らは震えが止まってしまったのか――それは簡単な話だ。
よくあることだ。人間命の危険に晒された瞬間、思考も何もかもが一旦停止し、頭で動くよりも先に体が勝手に動いてしまうこともあれば、パニックになり体が動く動かないことだってある。
急な危機的状況となれば、なおのこと頭の回転など回らないだろう。
人間急な危険や事態に陥ると頭の回転が正常に機能しなくなる。それはパニックから起きることだが……、今まさに、カグヤと航一の目の前には。そのような事態が起きていたのだ。
そのような事態。
それは二人の目の前に迫って来ていた長く、細いなにかが二人の胴体を通り過ぎるように――否、通過して切り裂くように迫って来ていたのだ。
その細い何かを持っていたものは――グゥウ。
グゥウはまるでゴルフのスィングをするように、上から下に向けて振るい、そしてそのまま下から上へと振るい上げるような動作をし、腰の捻りも使ってその遠心力を加速させて威力を上げながら――己の武器でもある大きな大きな包丁を振るっていたのだ。
もちろん――峰ではない。ちゃんと刃をカグヤたちに向けて、その包丁を使ってグゥウは航一とカグヤのことを切り殺そうとしていたのだ。
グゥウの顔にはかすかに切り傷が右頬に残っている。それを見てあれがクイーンメレブが振るった鎌の攻撃の後だと察したカグヤ。
斜め下から迫り来る包丁の攻撃。
地面でさえでも斬るように抉る攻撃を見たカグヤははっとして、手に持っていた鎖を盾のように使おうとジャラジャラと音を出しながら束にして、自分の胴体を守るように鎖を持って腹部とグゥウの武器の間にその鎖を差し入れる。
まるで――盾のように扱いながら。
――これでちゃんと防げるかはわからないけど、今はこれしかないから一か八か!
そんなことを思いながら、カグヤは鎖を盾に見立てて防御に徹していた。
この時、カグヤはシーフゥーなのだが、『窃盗』をするという試案はこの時一時的ではあるが消滅していた。
焦りによるど忘れでもあるのだが、カグヤ自身そんなことをしても無駄だと悟っていた。
前にも話したかもしれないが、『窃盗』は運が高ければ高いほど成功率が高くなるスキルだ。
しかしそのスキルを使った人の神力が低くなかったら成功率は高くなるのだが、低ければ成功率も低くなってしまう。
今のカグヤの現状――神力はかなり下がっている状況。精神的にも困惑しているせいもあり、もし今『窃盗』をしたとしても、失敗することが目に見えているだろう。
そのことに関してカグヤは何も知識はなかった。しかし彼はそれをするよりも鎖を使っての盾を急遽として作ったのだ。
その方が生存率が高い。そう本能的に察したカグヤは鎖の盾を作って、迫り来るグゥウの攻撃に備えた。
カグヤのその思惑を知らないグゥウであったが、彼はカグヤと航一を殺すためにその大きな大きな肉切り包丁を振るい、彼らの加田らを真っ二つにしようとゴルフのスィングをするように、風を斬るように振るった。
巨体に反して素早い攻撃。
それを見て、瞬きをした瞬間カグヤたちの目の前に広がる黒色の横一線――刃の横線。その線に驚いてはっと息を呑もうとした瞬間――
ギャァンッッ!
と言う金属と金属が鬩ぎ合う音がその一帯に広がり、それと同時にカグヤは迫ってきた黒い一閃に押し出されてしまい、そのまま彼は押し負けてしまったかのように後ろの吹き飛ばされてしまう。
「っ! がふっ!」
カグヤはグゥウの攻撃によって吹き飛ばされてしまい、鎖で守っていたその箇所からくる鈍痛を、腹部の鈍痛を感じながら、彼は喉の奥から胃の中には溜まっていたのかともいえるような息を吐きだす。
それと同時に唾液も吐き出されて、カグヤは咳込みながらそのまま低空状態で吹き飛ばされてしまう。
地面に向かって――どんどん降下していきながら。
「っ! う! ぐぅ!」
背中から落ちたせいか、背中に来た衝撃と激痛。そして背中から鼻腔を刺す土の匂いに目を指す土埃。それを感じたカグヤは、唸るような声を上げて、震える体で地面に手を付けながら彼は思った。
じくじくとくる腹部と背中の鈍痛を感じながら、カグヤは思った。
――たった一振りで、この威力……っ! これはマジでやばい……っ! 肋骨イッたかもしれない。マジで痛いっ!
――てか……、鎖で防いだのに、それでも痛いとか……、あのネクロマンサー……、どれだけ力強いんだよ……っ!
そんなことを思いながらカグヤは震える体で立ち上がろうとする。その光景を見ながら航一は大きな刀を盾のように持って一歩後ずさるように着地すると、カグヤの方を見ながら焦りの声で航一の名を呼ぶ。
「大丈夫かっ!?」
「な、なんとか生きている……。というか、航一凄いね……。無傷とは」
「俺っちは刀で防いで流したから軽傷で済んだんだ! てかカグヤ本当に大丈夫じゃなさそうだな! 立てるか?」
「な、何とか……」
そのような会話を一通りしてから、カグヤはゆっくりと膝に手を付けて立ち上がり、そして未だに肉きりの包丁を片手に持っているグゥウのことを見つめる。
グゥウは片手に持っている己の得物を、上から下に向けてぶんぶんっと振りながら腕を動かしている。自分の腕を見て、性能を確かめるように……。
その光景を見て、カグヤと航一は慎重な面持ちを抱えつつ、武器をそっと構えながら小さな声で呟き合い話し合う。
「で? どうするんだ? あの包丁をぶんぶん振り回されちまったら、俺っちでも間合いに入れねえよ」
「長さも何もかも足りない。圧倒的にあっちの方が有利な状況だ。もし航一が近づいたとしても上下真っ二つか……、あとは足裏のゴミと化してしまうかの二択。あ、蠅たたきの三択になるかもしれない」
「三択とも嫌だってっ。なぁカグヤ、何とかしてあの巨人に勝つ方法はないのかっ?」
「今のところ……なぁんにも」
「マジっすか……っ」
「あと言っておくけど、今更僕も気付いたんだけどさ……。ロフィーゼさんとシイナさんがいないから、今いる僕達三人でなんとかしないといけない。でもそれでも、対策なんて全然浮かんでこないのが事実」
「マジっすか……。マジで言っているんだな……」
カグヤの言葉を聞いて、航一はどんどん顔を青くさせながらグゥウのことを見つめる。
話の話題となっているグゥウは、未だに肉きりの包丁を持って切れ味を確かめているのか、ぶんぶんっと振っている。
その光景を見て、常に冷静に物事を考えているような面持ちでいるカグヤは内心グゥウのことをこのように見解した。
グゥウは巨人族である。しかし彼は巨人族の巨体に似つかず、内面は冷静で物事をしっかりと考えた後で的確に相手を殺すことを思案している――いわゆる頭脳型と肉体型のハイブリットと。
ハイブリットとなると相当厄介だと――カグヤは思った。
肉体派でも頭脳派でもない。両方を兼ね備えた巨人族の死霊族――グゥウ。
大きな巨体を生かした攻撃を使って、相手をどのように殺そうかと模索をしながら戦っている。何も考えていないダンのような存在であればどれほど楽だったか。頭脳派で攻撃が全くできないレパーダであればどれほど楽だったのか。
そのダンとレパーダを合わせたような存在がグゥウと言うことになり、その事実を知ると同時にカグヤは厄介だと思ってしまったのだ。この場所にいる三人では勝てないかもしれない。そんな不安もよぎっていた。
――クイーンメレブは確かに『12鬼士』が一人だ。でもそれでもクイーンメレブの弱点は光属性。それを出されてしまえば勝てる確率なんて大幅に下がってしまう。
――それだけは避けないと……っ!
そう思い、カグヤは気持ちが落ち着いてきた頃合いを見て、そっとグゥウに向けて手を伸ばして構える。その光景を見ていた航一は刀を両手でしっかりと持ち、そして剣先をグゥウに向けながら敵意を剥き出しにする。
そんな二人の緊迫した顔を見つめながらも、冷静な面持ちを崩さないグゥウは無言の状態になりながら一歩。否――カグヤたちからしてみれば大きな大きな一歩で、グゥウはその一歩をカグヤたちに向けながら歩みを進める。
ズンッ。ズンッと歩みを進めながら、グゥウはカグヤたちに向かって歩みを進めていく。
手に持っているその肉切りの包丁を片手に、それを肩から回すようにぐるん、ぐるんっと動かしながらーー準備運動をしながら……。
「っ!」
「……だぁー! もう! こうなったら自棄になるしかねぇ! 相手もやる気なんだ。俺っちもあの姿になれば対抗できるはず!」
「! 航一待って! 闇雲にそれをしても無駄になる可能性がある! 今は状況を判断しておかないと……」
「~~~っ! じゃぁどうすればいいんだよっ! 本当にこのままだと俺っちたちじり貧だぞ!?」
航一の言葉を聞いていたカグヤもそんなことを思ってはいた。歯がゆさも相まって、カグヤはぎりりっと歯を食いしばりながらこの状況を呪った。
巨人族、しかも死霊族相手の戦いに振りしかないことに。彼は呪っていた。
しかし、呪っても状況が変わるわけではない。できないのが事実だ。
航一が言っているあの姿と言うのは――十中八九魔王族の力のこと。
あの力を使えば確かに互角に渡り合えるかもしれない。しかし相手は自分たち以上に身長が高い存在の種族であり死霊族。それは人間対大きな魔物のことを指し、大きな魔物は小さな人間を捉えながら動くが、人間の視野はその大きな魔物や存在達よりも視野が狭い。
見ている世界が違うというのはこのことで、彼らや大きな魔物は大きな視界で見て動くので、狭い視野で戦っている彼らのことを見ても普通に戦えるが、カグヤたちは小さいがゆえに、視界もその巨体で覆い隠されてしまう。
つまり――視界の死角から迫ってくる攻撃が来る可能性もある。
その不意打ちをされてしまえば、魔王族の力も無駄に終わってしまう。巨人族の力の前では人間の強度は用紙以下。ゆえにあっけなく倒されてしまう可能性もあると言うことである。
カグヤはそれを危惧していた。
自分たちは種族のこともあって強いかもしれない。だが相手は巨人で、自分達のことを簡単にミンチにしたり潰してしまうことだって簡単にできる。
脳筋の巨人族ならばまだ策があったかもしれないが、彼は頭で冷静に考える巨人族で、常に落ち着いた面持ちでいる。
つまり――不意打ちをしたところで見破られるかもしれない。
そうカグヤは思ったが、それでもなんとか勝つためには、死なないためには何とかしてでも策を立てないと。そう思い彼は自分の頭に詰まっている脳味噌を酷使して、策を練る。
――考えろ……っ! 考えろ……っ! 考えるんだ!
――この状況を打破できる策を!
カグヤは試案をする。もう頭を拳を作って殴りたいくらいさえた考えを思い浮かべたい。そう思いながらカグヤは何度も何度も思った。
考えろ。考えろ。考えるんだ。と――何度も、何度もそう思った……刹那。
カグヤ達に向かって近付いて来たグゥウの背後から飛び上がるように出てきた――鎌を振るおうとしているクイーンメレブ。
その顔には怒りに混じった凄みがあり、それを見たカグヤたちは驚いた目をしてグゥウの頭上――否、背後の頭上を見上げながら口を半開きにする。
そんな二人の顔を見てか、グゥウは頭に疑問符を浮かべて、すぐさま背後を振り向こうとした。
獲物を持っている手とは反対の手に、食パンが焦げてしまったかのような色の瘴輝石を手に持って――彼は唱える。
「まな・えくりしょん――『どりゅうのいきて』」
マナ・エクリション――『土流の生手』と言う言葉を放つと同時に、グゥウは瘴輝石をぐっと力一杯握りしめる。それはもう手の甲に血管が浮き出るくらい。力一杯――
その言葉と同時に、グゥウの背後からぞぞぞぞっと這い出てくる土の手。地面をかき分けて、クイーンメレブのことを捕まえるために敵意を剥き出しにする土の手がそこにあった。
それはザンバードが出していた気の手とは違い歪ではあるがしっかりとした五指を持っている手で、まるで本物の生きている手に土がこびりついているかのような繊細さがあった。
それがいくつも這い出てきて、グゥウのことを守るように這い出てくると同時に、その土の手はクイーンメレブのスカートを掴んで、そのまま地面に引きずり込もうとしたのだ。
「――っ!」
その光景を見たクイーンメレブは驚きの顔を浮かべるが、慌てて振り払うようなことはしない。
どころか彼女は鎌を持った状態で、その刃を土の手に向けながら彼女は静かな音色で言ったのだ。
「――『腐土混沌』」
クイーンメレブがその言葉を放つと同時に、彼女の周りにどす黒い靄がどろどろと彼女のことを覆い始めたのだ。
まるで殻にこもる様な光景で、ものの一秒でその靄は彼女のことを卵状に形を整えていく。
それを見ていたカグヤ達は、一体何をするつもりなのだろうと思いながらクイーンメレブの姿を見ていたが、彼らは見送れてしまっていた。
なぜ? もうすでに彼女の魔祖術が発動していたからだ。
「?」
どす黒い靄を纏ったクイーンメレブのことを見ていたグゥウは、内心何をする気なのだと思いながら彼女のことを見ていたが、ある音がグゥウの耳に入ってきたのだ。
じゅわぁあああっと……、まるで何かを焼くような音。
その音共にグゥウの鼻腔に入ってくる香ばしい――否。花が曲がるような焦げ臭く、そして腐った臭い。
一言で言うと、異常な異臭が当たりを覆ったのだ。
更に詳しく簡潔に言うと……、腐った卵………以上の異臭であり、それはカグヤと航一の鼻腔にも入り、その匂いを嗅いだ二人も言葉を失うような驚きと気絶するような戦意喪失性を味わったことも相まって――共に鼻を守るように己の鼻を手で覆って口も塞いでしまう。
口に入ってもその匂いが分かってしまうかのような匂い。
それを感じると同時に、グゥウは鼻を押さえずにその匂いの根源を辿りながらスッと、目だけでその箇所を見降ろした瞬間、彼は内心なるほどと思った。
そして――敵ながらあっぱれと思ってしまった。
異臭の根源となっていたその臭いは――クイーンメレブの足辺りから臭っていた。
その箇所から何が出ているのかと思いながらその先に視線を落とすと、クイーンメレブのことを掴んでいた瘴輝石の土の手がその靄に触れると同時に、切断されるように遮られたと同時にドロドロと溶け出していたのだ。
じゅうじゅう。じゅわああああ。
煙とはいいがたいような黒い煙を放ち、その煙から出てくる異臭。
更にはドロドロに溶けてしまい、そのまま地面に向かってぼたぼたと落ちてそのまま溶けていく土くれの手。
溶けたと同時にその破片からも微かに異臭が放たれている。
それを見て、そしていまだに無傷でいるクイーンメレブのことを振り向きながら見上げていたグゥウは、彼女に向かって冷静な音色でこう聞いたのだ。
「とかした。つち。ぜんぶ。そのもや。ふれたしゅんかん。とけた。それ。あぶないもの?」
「ああ。そうだね」
そんなグゥウの言葉に、クイーンメレブは素直に頷くように言葉を返すと、彼女はそのままグゥウに向かって近付き、鎌を大きく振るい、視線をグゥウの首元に向けながらひどく冷静な音色で言ったのだ。
「とぉおっても危ないものだ。触れた瞬間に腐ってしまう私の魔祖術。私が最も得意とする攻撃方法。そして――これを覆った瞬間、あんたの防御なんて無駄に終わってしまう。なぜ? だって――」
と言って、クイーンメレブは振るっていた鎌に冷気を纏わせ、そしてもう片方の鎌を持っていない手をグゥウに向けながら、彼女はどんどん降下してグゥウとの距離を詰めていく。
「っ!」
その光景を見て、その手に纏わりついている黒い靄を見た瞬間、グゥウははっと息を呑み、そのままカグヤ達に向かって後退していきながらクイーンメレブから距離を離していく。
そんなグゥウを見ても、クイーンメレブはどんどんと距離を詰めていき、そしてかざしている左手をグゥウの顔面に向けながら、彼女はひどく冷静で、冷たい音色で言ったのだ。
まるで――心無き女帝のように……。
「『腐土混沌』に触れた瞬間にあんたは腐ってしまう。防御の無駄ってことさ。無駄な足掻きってことでね」
「――!」
「でもね、話しをしてくれたお詫びとして、今回だけは腐るという殺しはしない。今日の私はとても優しいんだ。今日はとても気分が良いんだ。だからあんたを腐らせるという殺し方をしないで殺そうと思う」
慈悲として受け止めな。
そう言った瞬間――クイーンメレブは掲げている手に力を入れ、その手から熱気を出しながら彼女は唱えたのだ。
もう一つの――魔祖術と宿魔祖を!
「――『焼滅陣』! そして『凍結ノ鎌』!」
クイーンメレブが言うと同時に、彼女が持っている鎌から出てきた凍えるような冷気。キラキラとした氷の粒子がグゥウの目を一瞬奪い、彼の思考も奪っていく。
しかし、それと同時に来たグゥウの目の前に迫ってきた熱気。
それはまるで灼熱の熱風を顔面で受けているかのような感覚で、眼球の潤いが急速に渇く感覚を覚えるグゥウ。そして口腔内の唾液も一気に渇き、喉も渇いて行く。しかしそのおかげで思考が戻ってきたことも事実だが……。
それを感じた瞬間、グゥウはまずいと初めて命の危険を感じた。
………と言っても、死霊族は元々死んでいる体を使っているが故、そう言った表現はあまりしない。しかしグゥウは初めて感じたのだ。
死ぬという直感を。
「――っ!」
その直感を信じ、そしてその熱気に当たらないように、彼女のことを追おう黒い靄にも注意を払いながら、グゥウは小さな唸り声を上げてそのまま後退していく。
だが、背後には航一とカグヤがいる。前方にもクイーンメレブがいて、彼女が目の前で自分のことを焼き殺すのか。腐らせて殺すのか。はたまたは氷漬けにして殺すのかも知れない状況でどんどん降下して近付いて来る。
それを見ていたグゥウは、心の中でそんなことはさせないと決意をし、懐に隠し持っていたもう一つの章輝石――今度は黒と茶色が混ざったかのような悍ましい色のそれを出し、それを力一杯握ると、彼は叫ぶ。
「――まな・いぐにっしょん『がんしゅじゅん』っ!」
マナ・イグニッション――『岩手楯』と叫び、その叫びに呼応するように、グゥウの手の中に納まっていた瘴輝石がまばゆく光り出し、その光と同時に地面がボコリと盛り上がる。
「!」
その盛り上がりを見たクイーンメレブははっとして、すぐにそれを避けようと、出していた魔祖術『焼滅陣』と、鎌に付着させていた『凍結ノ鎌』を一旦消して、彼女はその岩に向けて足をぐっと伸ばした。
地面に足をつけるように伸ばすと――直後、クイーンメレブの足に向かって急速な勢いで伸びてくる楕円形の岩の盾。
ごごごごごごごごっ! という地割れのような音が出て、その岩の盾がクイーンメレブの足からどんどん剥き出しの殴打を喰らわせるように迫ってくる。まるで大きな大きな岩の拳だ。
それを見ていたカグヤと航一は驚きの顔を浮かべてクイーンメレブのことを見ると、カグヤは内心グゥウのことを目の端で見て、そして彼の頭の回転さに驚きを隠すことができなくなっていた。
グゥウも言っていただろう。
『岩手楯』は元々防御のためにしか使わないイグニッションクラスの技。しかしそれは普通に使えばそうかもしれないが、この時のグゥウは命を優先にし、何とかしてこの状況を打破することだけを考えたのだ。
その結果――彼は防御の技を隙を作るための技。そしてあわよくばの攻撃手段として使ったのだ。
よくある話だ。
攻撃は最大の防御。グゥウはそれを逆手の変化球でとり、防御の技を攻撃と隙を出すためだけの技にしたのだ。
しかし、そのせいでイグニッションクラスの技を無駄に使ってしまったが、それでもいい。
今は――命を優先にするほうが先だ。
そうグゥウは片言交じりに思った。
「! っとぉ」
己の足元から来たその岩の盾。それを見たクイーンメレブは驚きの声を上げるが、さほど驚いていないらしく、彼女がその岩の盾に足で触れた瞬間、彼女のことを覆っているその靄のおかげもあってどんどん塩酸を掛けられたかのように解けていく。
じゅうじゅうっ、じゅうじゅうっと、またも鼻を曲げるような異臭を放ちながら……。
クイーンメレブはその溶けていく岩を見て、それでもどんどん地面から這い出てくるその光景を見ていたが、その溶け具合を一瞬見ていたことが災いしたのか、クイーンメレブは息を呑んで目の前を見た。
目の前にはグゥウがいたが、彼は振り向きざまの行動――腰の捻りを駆使しながら、クイーンメレブに向かって巨人族の拳をお見舞いしようとしていた。
ガーディアンよりは小さいが、それでも彼女の顔以上に大きいその拳を向けて、その拳をクイーンメレブの顔面に向けて放とうとしている。
その拳を見て、まずいと察知したクイーンメレブは、惜しいと思いつつもその場から距離を置くように即座に自分のことを取り巻いていた黒い靄を取り消し、そして溶けた岩場に足を一瞬乗せてそのまま後ろに向かって飛び退く。
グゥウの拳が迫り来ると同時に、彼女はその場で少し高めの跳躍をし、その拳が当たらないように、体をぎりぎりまで丸め、スケートで言うところのイナバウアーをするように跳躍をする。
空中で一回転し、その背中の空白にグゥウの拳が通り過ぎるように跳んだクイーンメレブは、さほど余裕の状態でグゥウの拳を避け、そのまま彼の岩の盾の後ろに着地してからすぐに後ろに飛び退いて、次の攻撃を避けるように僅かな思案をするために彼女は飛び退いてグゥウから距離を置く。
しかし、グゥウはその行動を見たとしても追うようなことはせず、そのままの状態で彼はクイーンメレブのことを見るだけだった。
背後にいるカグヤと航一のことなど無視――いいや。そうではない。しっかりと彼らを視野に入れたうえで、グゥウはクイーンメレブのことを品定めするようにじっと、冷静な目つきで見つめる。横目で、じっと見つめながら……。
そんな彼の行動と次の一手を見たうえで、クイーンメレブは思った。
思った以上だ。
そう思うと同時に、彼女は続けて思った。
――普通なら逃がさないように追い打ちを掛けに来るはず。それが普通の戦闘をする人の思考回路。距離を置かれることはまさに相手の冷静さを取り戻させてしまうから、その冷静さを欠いている間に倒したいのが普通の判断。
――だから私の行動を見たら次にすべき該当する正解は……、追って追い打ちをかけること、相手の思考を正常にさせないために行動すること。
――でも、それは該当する正解。戦場において最も正しい事なんてない。いくつもの中から一番正しい選択を選ぶことは至難に等しい。
――等しいけど、こいつは最も正しい判断をしている。新参者だけど、そこらへんは最も長けている。
――私と云う存在を目に前にしても逃げず、驕らずに戦っている。過大も過小もせずに戦い、且つ背後にいるカグヤ達のことを無視しないで、全体を見たうえで私を最初に倒すことを前提に置きつつ、カグヤと航一を倒す算段も組み立てている。
――あの横姿勢が何よりの証拠。戦闘に置いて背中を見せることは『どうぞ攻撃をしてください』と言わんばかりの行動だ。でもあいつはそれをしていない。私がいる場合なら私に正面を向いて戦う輩がほとんどだ。
――あいつらに出会う前に出会った死霊族がそれだったから様な気がするけど……、でもこいつは違う。こいつはカグヤも航一も危険人物と認識して、背中を見せないようにしている。
――そして両方を見れるように、背中を見せないようにしている。
――これは私達のことを強敵として見ている証拠。もともと肉体派と頭脳派のハイブリットだからなのかは分からないけど、それでもこいつは思った以上だ。
クイーンメレブは思う。グゥウのことを見て、彼女は一切の油断もしない姿勢を保ちながら彼女は思った。グゥウのことを見た結果、彼女は思ったのだ。
彼は――新参者であるが厄介に等しい存在であると。もしかすれば……、アルタイルの片腕として君臨してしまいそうな実力を持っていると――
「ふぅ」
クイーンメレブは一息つきながらグゥウのことを見て一言――冷や汗を流すような小さな笑みを浮かべてこう言った。
ひどく、これからが大変だと言わんばかりの音色で、彼女は言った。
「ほんと……、厄介な奴と絡んでしまった」
その言葉を聞くと同時に、カグヤと航一も武器を構えてグゥウのことを警戒しながら見ている。グゥウもクイーンメレブ、カグヤ、航一のことを交互に見て、そして手に持っている肉切り包丁に力を入れながら、彼も頷き……「まったく。だ」と言葉を零した。
◆ ◆
そのような会話と共に、再度激闘が始まった少し前……。
クイーンメレブ達のところから少し離れた森の中で、その場所から逃げて体勢を立て直そうとしていたティックディックは、帽子のツバをそっと下し、そして小さく溜息を零しながら彼は言った。
気怠そうに、吐き捨てるように言いながら……。
「……ほんっと、ここまで来ないでほしかったんだけどなぁ……。言ったよな? もう無理だって。俺言ったはずなんだけど、なんでこんなところまで追ってきたんだよ」
そう言いながらティックディックはそっと目の前を仮面越しで見据えて、呆れたかのようにもう一度溜息を吐くと、彼はその正面にいるであろうその人物に向かってその人の名を呼んだ。
本当に呆れているように、そしてここに来てほしくないことを願っていたのに、来てしまったその人のことを見ながら彼は呼んだ。
「なぁ? ロフィーゼ」
そう言うと同時に、森を隙間を通り抜けるように風が舞い込んでくる。
さぁぁぁっという音色を奏でると同時に、ティックディックの服と目の前にいる女性――ロフィーゼのドレスも風で靡くと、彼女はそんなティックディックのことを見て一言も言葉を発さず、無言で彼のことを見ていた。
納得がいかない。そんな不満を表したかのような複雑な顔をむき出しにして……。




