PLAY80 悲嘆④
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!」
『っ!?』
突然聞こえた叫び声。
それはジルバ達が言う猫人の男の子 (カグヤ)の声でも、その男と一緒にいた仲間の声ではない。聞いたことがない人の声だ。
その声を聞いた瞬間ジルバ達は目の色を驚きに変えて声がした方向――亜人の郷方面に視線を向けると、その先から何やら埃のようなものが立ち込め、それがジルバ達に向かってどんどん接近していたのだ。
その砂埃の中央には黒い何かが見えるが、それを追うように砂埃がどんどん大きくなっている様子が窺えた。
「なんだ? ありゃ」
「見ればわかるでしょぉ? 砂埃でぇ、誰かが何かに追われているのよぉ」
「んなもんわかっているよっ! 誰なんだよってことを言いたいんだけどっ!?」
「誰もそのことに関しては知らないだろう。今は追われている者の救助だ」
「わんっ!」
ブラドがその光景を見て怪訝そうに眼を顰めて見ると、ロフィーゼがそのことに関して冷たい目を向けながら冷ややかに突っ込みを入れる。
本当に冷たい眼だとシイナは思ったが、それはぐっと言葉にせずに飲み込む。
そんな彼女の言葉を聞いたブラドはぐわりと蜥蜴の牙を剥き出しにするような怒りを見せながら大声で叫ぶと、セイントは国境の村で新しく新調した剣と盾を流れるように抜刀し、取り出した。
セイントの右手に握られている剣は、今まで持っていた剣と違い、白銀の刀身が朝日に反射してきらりとまばゆく光り、翡翠の色でコーティングされた柄と鍔に、剣の付け根と鍔の中央には青く光る石がまるで海のようにキラキラと輝いていた。
さながら万華鏡のように。
そしてセイントの左手に握られている盾は――今まで見てきた盾と比べたら異質さを放っていた。
よく見る盾。よく想像する盾は鉄でできてるようなイメージだろうが、セイントが持っているそれは、鉄でできているものはほんの少ししかなかった。しかもほんの少ししか使われていないところは取っ手のところだけ。他のところは別の素材でできていたのだ。
盾の役割を担っている大部分は鉄ではなく、ガラスのような透明な素材でできていたのだ。盾の向こうにいるであろうセイントの姿も丸見えで、そのガラスには薄く十字架の紋章が彫られていた。
プラスチックにも見えるようなその盾と、白銀の剣を持ってセイントはブラドのことを見て鶴の一声のようなはっきりとした音色で言ったのだ。
今は喧嘩よりも救助を優先にしろ。そう言い聞かせるように。
その言葉に対して、さくら丸はセイントの肩の上でちょこんっとお座りをしながら元気に鳴く。
セイントのその言葉に対してシイナも立ち上がり、頷きながら「そ、そうですよね……っ」と言い、杖を構えて戦闘態勢をとる。
ロフィーゼもその言葉に同意をするように「ふふふ」と微笑みながら殴鐘を両手で持ち、キクリはくすりと微笑みはしたが、何も言わずに扇子を構えながら臨戦態勢をとってふわりと宙に浮く。
そんなみんなの光景を見てジルバは溜息を吐きつつ、つい先ほど組み立てた予測を頭の中にしまい込んでから、彼は腕の中に仕込んでいた仕込みの剣を『シャキリ』と抜刀すると――ジルバは呆れながらも飄々とした音色で言った。
「まぁ――渡りに船って思って解釈するけど、あまり無茶はしないことネ。こっちだって帰らないといけないんだから……、そのこと頭に入れてヨネ? 死んだら元も子もないんだから」
「言うなおバカッ! それ多分フラグ立ちそうだからやめちょってっ! お前が言うと本気でそうなりそうだからっ!」
しかし、ジルバの言葉を聞いた瞬間――ブラドは泣きながらジルバから目を逸らして大剣を構える。
ジルバの言葉に現実味を感じてなのか……、腕に鳥肌を立てていることろから察するに、ブラドも本気で言っているのだろう……。
ブラドのことを見て、内心面白いと思ってシルバだったが、その感情も次の一言で一気にかき消される。
「――来ますっ!」
『!』
シイナの大きな声に、カオスティカの緊張は一気に張り詰める。
びりっとした空気があたりに漂い、その空気と一体化になるように、カオスティカの緊張も大きくなり、その大きくなる金武町に比例するように、こちらに向かって走ってくる何かと誰か。
それが近づくにつれてどんどん明確になっていく姿。
その姿を見て、誰が追われているのか、一体何に追われているのかを認識しようと、目を凝らして見た時、ジルバは目を点にして、「あらま」と素っ頓狂な声を上げた。
その素っ頓狂な声を出したかったのはブラド達も同じで、ブラド達もその光景を見た瞬間驚きの顔をして目を点にした。
彼らが驚いた理由。それは目の前に広がる光景に大いに関係していた。
彼らの目に前に広がるものは――追われている人らしものと、土煙をまき散らしながらその人らしきものを追っている何か。
それははたから見れば一見普通に襲われている人と遅そうとしている何かなのかもしれないが、それとは一味違うものだった。
まず襲われている人――その人は手に大きな剣を握っており、装備も重厚そうな銀の鎧に身を包んだもので、首元には青いスカーフを巻いている刈り上げた黒い髪が印象的な壮年の男性だった。体格からして屈強そうに見えるのだが、男はそんな屈強とは正反対のつたない足取りで走り、「ぜぇ! ぜぇ! ひゅぅ! ふひゅぅ!」と――息も絶え絶えになりながら逃げている。
これでは鍛えたであろう (仮ではあるが)体が悲しむであろう。
しかし、そのことに関してはいいのだ。どうでもいいのだ。
なにせ――その体と本体が別ならば、それは仕方がない事なのだ。
なぜそんな変なことを言うのか?
当たり前だ。
なにせ彼の右手首にはジルバ達と同じバングルが嵌められており、彼はその手を胸のあたりで隠すように抱きしめて走っていたのだ。どたどたと、疲れ切ってしまっている足に鞭を入れて――
剥き出しの己の命を己の体で守りながら……。
そしてそんな男の背を追いかける魔物は――鶏のような姿をした魔物だった。
体長は五メートルほどであろうか、ぎょろりとした目が印象的で、白い羽毛で隠されているが、その体の肉付きがくっきりと分かる様なふくよかさ。『ゴゲッゲッゲッゲッゲッゲッゲッ!』という鶏の声ではないがそれに似ているようなガラガラの声。そして鋭い鉤爪の足をどたどたと動かし、地面を抉るように走りながら、前にいる男の後を追う。
ついばむように、その鋭いくちばしをその男に向け、がちがちと鳴らしながら――
「はぁ! はぁっ! ひゅぅ! ぎぃっ! ひぃ! は! ひぃ! ああああっ! げほっ!」
息も絶え絶えになり、走っているせいで目から涙を流して走る男。その目から零れているものは生への渇望、そして死にたくないという足掻き。
その二つの感情が彼の目から――涙から見えていた。
そんな光景を見て、そして彼のことを追っている鶏を見たジルバは、『ひゅぅっ』と唇を尖らせて遠くを見るような動作をした後、彼は驚いた音色 (表情は驚いていない)で――
「うひゃぁー。あれって『鴛鶏鴦』だヨネ。しかも雄だー。こんなところにもいるんだネー」
と、なんとも間の抜けたような言葉で言った。
それを聞いていたセイントはジルバのことを睨みつけているのか、鋭い音色で怒るように……。
「そんな悠長なことを言っている暇があるなら、行動に移せっ!」
と怒鳴った。
そんな怒鳴りに呼応するように、さくら丸も毛を逆立たせながら「わんわんっ!」と吠えると、それを聞いてか、ジルバはへらへらとした顔でセイントに向かって手を振りながら「はいヨ~」とすごく適当に生返事をする。
シイナはそんな光景を見て、内心――やっぱり犬猿に近いような光景……。と思ってしまったが、その言葉を言わないように喉の奥にそっと呑み込んでしまう。
だが、セイントの言う通り、悠長なことなど言っていられない。時間は止めることなどできない。どころか……、現在進行形で進んでおり、そしてその魔物と男は――ジルバ達に向かって走ってきているのだから――悠長などできないのだ。
「ゴッゲッゲッゲッゲッゲッゲッゲッゲッゲッゲッゲッ! ゴォオオオオオオオオオオッッッッ!」
『鴛鶏鴦』は走りながらも大きな大きな声で、左右に頭を揺らしながら吠える。否――鳴く。
嘴から吐き出される雨のような涎。血走ったぎょろ目が更に血走りを見せ、鶏の顎に下にある赤いもの――肉髭が顔を左右に振ると同時に、それと連動してぶるんぶるんっと揺れる。
その鳴き声に似た叫びを聞いた瞬間、目の前を走っていた男がその声に驚き、ダイレクトに入ってくる声を耳で受け止めてしまい、鼓膜が破れてしまいそうな感覚を察知した男は、すぐにそれを塞ぎ、「ぎゃっ!」と言う声を上げて足を止めてしまう。
「ッ!」
「もぉ……っ!」
「ぎゃああああああっ! うるせぇええええっ!」
「う……っ! くぅ……!」
「シイナ、くん……っ! く、う……っ!」
「さ、さくら、まる……っ! 大丈夫か……っ!?」
「くぅ~ん………」
そして遠くにいたが、その声がジルバ達がいるところにまで届き、彼らの耳にもダイレクトに入っていく。
が、遠いせいかそれほどの威力はなかったものの、声の音量はすさまじいもので、耳を塞がないと嫌悪感が引かないような音がギンギンと耳に入り、内臓を振動させるような感覚が彼らを襲い、平衡感覚を失っていく。
地面も、木々も、草木も揺れるようなチャイムを聞きながら――体でさえも震えるような、痺れるようなそれを感じながら、彼らは一瞬動きを止めてしまった。
この声は『鴛鶏鴦』が使う技の一つで、叫ぶと同時に相手を『麻痺』状態にさせてしまう技である。
その名も――『朝の超目覚まし』
余談だが、よく漫画の演出で、朝になると鶏が鳴くそれと同じもの。よく聞く『コケコッコー』と思ってほしい。
『鴛鶏鴦』が出すこの技もその演出を参考にして作られたものである。
しかし、その『コケコッコー』も、今この世界になった瞬間、それも攻撃となり、爆音となってジルバ達を大いに苦しめていた。
目覚ましなど優しいような……、鼓膜を破壊するような汚い轟音を放って――!
「ゴッゲッ? ゴゲゲッ? ゴッゴッゴッゴ…………。ぐるるる。……ゴッゲッゲッゲッゲッゲッゲッゲッゲッゲッゲッゲッ! ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!」
しかし、『鴛鶏鴦』はジルバ達のことを見て首を傾げた。
ぐり、ぐり……。と、梟を彷彿とさせるような首の回し方をして、ぎょろりとした目でジルバ達のことを見ながら首を傾げるも、追い打ちをかけるようにさらなる大声を上げる『鴛鶏鴦』
その光景を見ていたジルバは、自分達のことを見て首を傾げている『鴛鶏鴦』のことを内心――案外頭を使っているのか……? と思いながら見つめ、そして続けてこう思った。
――もしかして……、俺達のような人物は初めてだったのか?
――あんな顔をして首を傾げると言うことは……、普段出くわしている人たちは叫んだ瞬間に気絶しているのかもしれない……?
――でも、今はそんなこと考えている暇はないネ。なにせ、このままでいると、俺たちの鼓膜は破裂してしまうかもしれないからネ。
となれば……。
そう思った瞬間、ジルバは背後に目をやり、そしてすぐに目の前で首をぐわんぐわんと振り回して叫んでいる『鴛鶏鴦』に狙いを定めて、彼は耳を塞ぎながら叫んだ。
耳を塞いだ状態で、彼は呼ぶ。
「出ておいで――『花魁蜘蛛』っ!」
ジルバの叫びが『鴛鶏鴦』の『朝の超目覚まし』の声に乗じて行動するように、ジルバの背後からドロドロとした黒い液体が形を作っていく。
ドロドロと、人なのか、いくつもの手を持った存在になのかわからないような形を作っていき、その黒い何かを見た瞬間、『鴛鶏鴦』の叫びが突然止まった。
その黒い何かを見た瞬間、驚愕のそれを見るように表情を強張らせ、声を「ゴゲ……ゲェ?」と、恐怖に塗られた音色を放ち、一歩、また一歩と後ずさりをしながらジルバの背後から出てきたそれから距離を置く。
距離を置くのは当然かもしれない。ジルバの背後から出てきた存在は――所属:暗殺者が使うスキル『影』であり、彼が使役する影は『鴛鶏鴦』よりも大きかったのだ。
明るい色の着物を着、少し崩れた江戸時代の女性の髪型。頭には蜘蛛の釵が刺さっており、まるで花魁を彷彿とさせるような雰囲気。しかし蜘蛛の巣柄の帯に足は六本の節足の足。手は人間のような手なのだが、人間の肌の色素と比べると白い。否――血の気がない。そんな大きな女性が、蜘蛛のような顔をした女性がジルバの背後から、黒く形成されたそれから作り出されるように出てきて、『鴛鶏鴦』のことをにたりと……、獲物を見るように見降ろしていた。
べろり……。
裂け口から覗く紫の舌が女性の下唇をなぞり、そして唾液でてらてらに濡らされる光景を見た瞬間、『鴛鶏鴦』の顔に青みがかかり、『ゴギョギョギョ……ッ!』と言う恐怖の声を上げる。それと同時にまた数歩後ずさりをする。
その光景を見ながら、ジルバはようやく収まった大声に対して安堵をしながら耳から手を放し、そして仕込みのナイフを手の装備から『じゃきりっ!』と出す、ほかのみんなも大声を聞かなくなると同時に、フタタ武器を構えると、ジルバは駆け出すと、ジルバは叫ぶ。
「『花魁蜘蛛』――あの男の人を抱きかかえて。今すぐ!」
『そんなぁっ! やぁよぉっ!』
「……………………ほわっと?」
しかしその言葉を聞いた『花魁蜘蛛』は驚きと落胆、そして驚愕が入り混じるような音色で言う。
そんな言葉を聞いたジルバは、『花魁蜘蛛』のことを見上げて、予想外と言わんばかりの顔をすると、目を点にしているジルバのことを無視して、『花魁蜘蛛』こう言ってきたのだ。
『ジルジル以外の男を抱えるだなんて……、そんなことできるわけないでしょぉっ!? だって私が心の底から愛しているのはジルジルだけ。そんなこと絶対にしたくないわっ! ジルジルを抱きしめる手が汚れてしまうわっ! それになんであの男を助ける必要があるのよ。あの男が勝手に巻き込まれたんだから助ける義理なんてないわよっ! 運が悪かったと思って放っておきましょ?』
「わーお…………………………うそーん……」
まるで我儘娘のように怒り出す『花魁蜘蛛』。
その光景はまさに浮気を疑う彼女のような嫉妬である。
良く言えば彼のことを一番に想っている。悪く言えば要領が悪い。まさに今起きている現状は後者である。
そんな『花魁蜘蛛』の恋する乙女の我儘……いいや、本性のようなことを聞いていたジルバは、唖然とした面持ちで引きつった笑みを浮かべながら固まっていた。もちろんその硬直はブラド達も同じで、男性三人は体全体を白くさせ、白目をむきながら『花魁蜘蛛』を見上げている。
キクリはそんな『花魁蜘蛛』を見て、驚いた目をしながら――すごい自己主張が強い『影』なのね……。と思いながら、ジルバからそっぽを向きながら頬を膨らませ、腕を組みながら怒っている『花魁蜘蛛』を見上げる。
だが、そんな『花魁蜘蛛』の身勝手な言葉に待ったをかける人物がいたのだ。
「ちょっとぉっ。こんな時に何を言っているのよぉっ!」
その人物は――ロフィーゼ。
ロフィーゼは『花魁蜘蛛』のことを見上げ、殴鐘を持った手を指さすように持ち上げ、『ゴォン』という鈍い音を鳴らしながら、彼女は『花魁蜘蛛』に向かってこう言った。
「あなたジルバの影なんでしょぉ? ならば主の言うことをちゃんと聞いてよぉっ。今は我儘なんて言っている暇なんてないんだからぁっ!」
伸ばしているような妖艶な音色は健在ではある。しかし彼女の心境は真剣そのもので、ロフィーゼは『花魁蜘蛛』のことを見上げながら、両手を合わせてお願いをするが……、そんなロフィーゼの願いも虚しく……、『花魁蜘蛛』は未だにそっぽを向きながら――
『いや! いやいやいやっ! いやったらいやよっ! ジルジルと親しい人達でもいやよっ! ジルジルのために戦うのならまだしも、誰かを抱えるのは生理的に無理よっ! 私はジルジルのために戦いたいのっ!』
と言うと、それを聞いていたロフィーゼは内心呆れながらも『花魁蜘蛛』のことを見てぐっと言葉を出すことを堪える。
心の声になると……、大音量で――もおぅ! わがままぁっ! と叫んでいたが……、その叫びを通訳するように、その言葉を聞いていたのか、ブラドはダッと駆け出しながら大剣を大きく振り上げて――跳躍しながら、彼は怒りの声を張り上げた。叫んだ。
「今はそんなことをしている場合じゃねーっっっっ!!」
その叫びと同時に、ブラドはいつの間にかだろうか、先ほどまで固まっていた『鴛鶏鴦』が急接近しており、ジルバ達に向かって突くような動作をした状態でいたその魔物に向けて、跳躍をすると同時に空中でくるりと回って、『鴛鶏鴦』の右肩の付け根に向けて、その大剣を突き刺した。
――どしゅり! と、突き刺さると同時に微量の赤い血がこぼれだし、突き刺さった激痛を感じたのか、『鴛鶏鴦』はぎょろ目を血走らせて、上空に向けて顔を上げながら激痛の叫びを上げた。
声にならない。鳴き声にならないような声。
その声を聞くと同時に、今の今まで唖然としていたジルバ達もやっと敵に集中することができた。ばっと驚く顔を魔物に向けて、いつの間にか接近していたその存在に対して、やっぱり抜け目ない奴だと思いながら、ジルバは仕込みの剣を構える。
表情も気持ちも引き締め――目の前にいる敵に集中して。
「ブラドォ。珍しいわねぇ。あなたが先陣を切るだなんてぇ」
「じゃかぁしぃ! てかそんなところでもちゃもちゃと話すなっ! おかげで『いつ出ようかな?』とか『出ないでおこうかな?』とか『いいや出るべきかな?』って思っちまったじゃねえかっ! やるならさっさとしろっ!」
ロフィーゼは先ほどまであった呆れなど嘘であったかのように、いつもの雰囲気を出しつつ、ブラドのことを見上げながら驚いた声を発すると、それを聞き、痛みで暴れて地団駄を踏んだり、体を左右に振ったりしてブラドのことを振り落とそうとしている『鴛鶏鴦』にしがみついているブラドは、ロフィーゼのことを横目で睨みつけながら怒りの声を上げる。
府割れると同時に宙を舞う両足が気になるが、今はそれどころではない。ブラドは手に力を入れながら振り落とされないように声を上げると、その言葉を聞いていたシイナは驚きの顔を浮かべつつ……。
――すごい光景……。そしてブラドさんのタフさがすごい……。と、驚きながら見ていたのは、シイナだけの秘密である。
そんな光景を見ていると頭上から声が聞こえた。
その声は魔物の声ではない。人の声であった。
「おーい! ロフィ達ぃー!」
『!』
その声が聞こえると同時に、ジルバ達ははっと声を漏らし、そして声がした頭上を見上げると、彼らの真上には一人の女性がついさっきまで走って逃げていた男性を抱えて宙を浮いていた。
ふよふよと、背中に翼が生えているような前屈みで、男を両腕でしっかりと抱えて――だ。
その光景を見ていたロフィーゼは頭上にいるその女性――キクリに向かってサムズアップをしながら「ナイスゥ!」と言うと、それを聞いていたキクリも仮面越しに微笑み返す。
その姿を見て、抱えられている男性の安否を見て大丈夫と見たジルバは、内心安堵をしながらよし――と心の中で意気込み、そして仕込みの剣を構えると同時に、彼は仲間であるシイナたちに向かって言う。
「シイナは魔物の動きを止める。セイントは俺と一緒に戦い、ロフィは援護、キクリはその人を下ろしたらその人の守りを固める これ徹底してネ! いい?」
「は、はい……っ!」
「承知したぞ!」
「オーケーよぉ」
「ええ!」
ジルバの言葉を聞いていたシイナ達は、張り上げるように声を上げて頷く。
キクリもそれを聞いて即座に浮遊から降下して行動に移す。
「え? ちょちょ! ちょ! 俺は? 徹底することを指示されていない人いますよ! ここにいますよ! どうしましょうか首振るのやめろやぁこのめんどりっ!」
しかしそれを聞いていたブラドは現在進行形でしがみついて落ちないようにしているが、自分はどうすればいいのかと思い、困惑しながらジルバに聞いた。怒りを混ぜながら……。
その言葉を聞いてなのか、ジルバは即答と言わんばかりの言葉のキャッチボールでこう言ったのだ。
「ブラドはそこにしがみついて! 以上!」
「――役立たずってかぁっ!? 俺は役立たずなのですかこん畜生! 役立たずだからこの場でしがみついて終われってかこの野郎めっ! 後で覚えてろへらへら傷男っ!」
………ブラドは叫ぶ。ジルバの言葉に、ジルバの予想外言葉に、彼は泣きながらも叫んで突っ込みを入れた。
内心……、その言葉だけでズタボロになり、神力も一気にマイナス値になるほどのショックを味わいながら……。
しかしそんな感傷に浸れるほど状況は余裕と言うものではない。むしろ緊迫――否……、むしろ、急速な終わりに近づいているのだから感傷などは後に回すしかない。
そんなことを知らないブラドは……、怒りを露にしながらも行動を開始したジルバ達のことを見ることしか出ない。ゆえにしがみつきながらその結末を見ることに徹した。
この後、自分の身に起きるであろう結末を知らずに……。
「ゴッゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲエエエエエエエエエエエエエエエッッ!」
「うぎゃっ! 大人しくしろやこんの焼鳥野郎っ!」
ブラド達がそんなことを話している間、痛覚が激痛に変わってしまったのか、『鴛鶏鴦』は激痛の叫びを上げながら地団駄を踏み、辺りに赤い液体交じりの唾液を零し、振り撒いて行く。
その光景を見たブラドは、驚きつつも振り落とされないようにしっかりと掴んで踏ん張りを見せる。
それを見て、ジルバはヨし――と思いながら駆け出し、杖を構えて待機しているシイナのことを見てこう言った。
「シイナくん――相手の足にスタン系を!」
「はい! 状態異常魔法――『足止め』!」
ジルバの言葉を聞いてシイナは自信を持ちつつ頷くと、『鴛鶏鴦』の足をじっと見つめ、そしてその足に杖を向けながら、彼はスキルを発動する。
発動と同時に、突然『鴛鶏鴦』は両足を痙攣させて足を止めてしまう。
『ゴゲェッ! ゴゴゴゴゴゴゴ…………ッ! クワァ……ッ!?』
と、電流が走ったかのような激痛の顔を浮かべ、がくがくと足を震わせながら、『鴛鶏鴦』は地団駄をしていたので、片足を上げた状態で固まったそれを見て、ジルバはシイナに向かって「ナイッスー」と言ってグーサインを出す。
そのサインを見て、シイナも同じようにサインを出して安堵の笑みを浮かべる。シイナのその顔を見たジルバは、次にセイントとロフィーゼを横目で見て、声を張り上げた。
脳内で再生される自分の想像の未来絵図を何度も、何度も再生しながら……。
「ロフィは俺とセイントに攻撃力アップの付加を! んでセイントは俺の合図が出るまで待機!」
「えぇっ!? ちょっ!」
ジルバの言葉を聞いてか、今の今までしがみついていたブラドは驚いた顔をしてジルバがいる方向を振り向くが、それを無視してジルバは命令を終えると同時に、その場で地面に向けて足を強く踏み、そして――そのまま高く跳躍をする。
どんっと、自分の身長以上の跳躍をして――
キョウヤやヘルナイトほどの高さはないが、それでも人間族の中で言えば常人以上の跳躍と言えるような高さ。その高さを記録すると同時に、ロフィーゼはジルバの言う通りスキルを発動させる。
くるり、くるりとその場で舞うように踊り、両手に持っている殴鐘を『ゴーンッ!』、『ゴーンッ!』と鳴らしながら彼女は言う。
「――『攻鐘』!」
その言葉と同時にジルバの体とセイントの体に赤い靄が纏わりつき、やがて同化するように消えていく。それを見て、感じたジルバは、跳躍をしていた体をそのまま『鴛鶏鴦』の頭に落ちていくように、どんどん降下していく。
空中でぐるぐると回るように両手を広げ、そして足を閉じた状態で――落下していく!
「ちょちょちょちょっ! え? なんで落ちて来るのっ!? プラン考えているんだよねっ!? なんで落ちて来るんっ!? まって! 俺のこと考えて! 俺を殺さないでっ! あのこと謝るからおねがい! おねでぇしやすぅっっっ!」
ジルバの行動を見て、一瞬でも見てしまったのか、自分の最後を嘆くようにブラドは叫ぶ。声が嗄れないことが凄い事ではあるが、それでもブラドは叫ぶ。ジルバに許しを乞うように、彼は叫ぶ。
すると、ブラドの声を聞いてなのか、『鴛鶏鴦』は上を見上げ、ジルバがぐるぐると空中で回りながら落ちていく光景を見た瞬間、『鴛鶏鴦』は『ゴゲエエエエエエエエエエッッッ!』と声を上げ、最後の足掻きを見せるように落ちていくジルバを飲み込もうと、ぐぱりと口を開ける。
大きく、大きく、鰐が獲物を狩るような大きな口を開けて!
「っ!? ジルバさんっ!」
「!」
『鴛鶏鴦』の行動を見て愕然としたシイナとキクリが驚きの顔を浮かべ、シイナは顔を青ざめながら叫ぶ。どんどんその口に吸い込まれるように落ちていくジルバを見ながら――
しかし、ジルバは混乱しない。驚かない。いいや――むしろ、にっと笑みを浮かべて、小さな声で、自分にしか聞こえないように囁きながら彼は落ちていく。
ぐるぐると、回転速度を上げて――「ヨッシャ」と言いながら……。そして――
「――『花魁蜘蛛』!」
彼は叫ぶ。背後から黒い液体と共にどろりと出てきて、逆光のせいなのか、はたまたは本当に見えていたのかはわからない。
しかし妖艶ではあるが不気味さが勝っているような笑みを浮かべて――その影、『花魁蜘蛛』は色素が薄い手の指先を動かしながら、非常に明るい音色で言った。
『そうよ! これでいいのよっ! ジルジルのために戦えるのならば私は戦える! この手を赤く染めてでも戦う! たとえ――どんなことに使われようとも、どんな風に壊れたとしてもっ!』
そう言うと同時に、『花魁蜘蛛』は大きく手を振り上げ、抱き着くような体制で一瞬止まると、その手をぐわりと己のことを抱きしめるように振るうと――『花魁蜘蛛』は叫ぶ。
『――『絶縁拒絶の糸』!」
その言葉を言うと同時に、その手から無数の細く、そしてきめ細やかな蜘蛛の糸が『鴛鶏鴦』に向かって放たれる。ばしゅぅ! と言う音を出すと同時に、瞬く間にその糸が『鴛鶏鴦』の体に巻き付いていく。
ぎゅるぎゅると音を立てながら、腕に、胴体に、足に、くちばしに、ブラドを避けながらそれがどんどん巻き付いて行くと、最終的にその糸は地面に繋がるように引っ付くと――白糸で作られた銅像の完成となる。
その光景を見ていたブラドは、唖然とした顔で見降ろしていると……。その背後で、喰われる心配も無くなったジルバがどんどん降下し、腰の捻りを使って回転の速度を上げながら、彼は言う。
低い音色で――冷たい眼を『鴛鶏鴦』に胸ながら――彼はスキルを発動させる。
「暗鬼剣――『四肢切断斬』」
その言葉が放たれると同時に、『鴛鶏鴦』の脇をすり抜けるように、斜めに降下したジルバ。脇には目を点にして驚いているブラドを抱え、驚いている『鴛鶏鴦』を背にして、ジルバはゆっくりと立ち上がる。
刹那――
――ザシュシュシュシュ!
――ごどん! ごどんっ!
彼の背後で何か大きな音が聞こえた。それと同時に……『鴛鶏鴦』が善教寺見た叫びを上げて、空を見上げながらぎょろ目から涙を流して叫び続ける。
支えられて分からないかもしれないが、歩くことができなくなってしまった足元に転がっている己の羽毛がついた二つの大切なものを目の当りにしてしまえば、誰であろうと、魔物であろうと叫んで泣いてしまうであろう……。
その光景と絶叫を聞きながら、ブラドとシイナ、ロフィーゼは引き攣った表情を浮かべるが、それとは対照的に対を成すようにジルバは飄々と笑みを浮かべ、背後で叫んでいる『鴛鶏鴦』を見ずに言った。
魔物に対して慈悲などないような冷たい笑みで――
「しかたがないヨネ? だって俺達はこれで生計を立てている。あんた達も俺達を喰って生きている。あんたは負けたからこうなるだけ。これ所謂弱肉強食。それにケチをつけることは論外だヨ。だから――これも運命として、受け入れてネ」
そう言った後、ジルバは最後の仕上げと言わんばかりに言う。
最後の仕上げとして、セイントに向かって――
「いいヨー」
と言うと、それを聞いていたセイントは構えていたその体制から一気に『鴛鶏鴦』に向かって急接近し、構えていた剣を大きく自分の懐に差し入れると同時に、彼は『鴛鶏鴦』の首元に向かってその剣を大きく、大きく振るう!
――じゃきんっ! という音が出ると同時に、一瞬動きを止めていた『鴛鶏鴦』がどんどん体を黒く変色させていく。そしてその変色が全身に行き渡ると同時に……。
ぼふぅん! と黒い靄を出して消滅した『鴛鶏鴦』。
その靄から出てくる『鴛鶏鴦』の素材。それが地面に『ぼとぼと』と『花魁蜘蛛』が出した糸の上に落ちていく光景を見てジルバは小さな声で、自分にしか聞こえない音色で言う。
「冒険者稼業は――意外と辛いもんだネぇ……」
◆ ◆
こうして――彼らは『鴛鶏鴦』を討伐することができた。討伐対象ではなかったがそれでも人命救助を兼ねた討伐活動をした。
しかし……、この救助のせいでカオスティカと後に合流するカグヤ達――バミューダは相対してしまう。
後に自分達が相手にするであろう存在と、とある人が心の底から会いたいと願っている人物と……。




