PLAY08 昔話ととある男②
レセの言葉が終わった後、今までの様々な感情がどんどんと頭の中に浮かび、その感情が混ざりあっていくような気持ちが沸き上がっていたけど、その感情も今となっては鎮火。と言うか、消滅されてしまい、それと同時にとある感情が私の心を支配していた。
それは――不安。
レセの話を聞き終えた瞬間に湧き上がってしまった突然の衝撃の真実に、私達は互いに互いの顔を見て、そして自分のバングルを見る。
レセが言っていたことが正しければ……。
このバングルは私の命。
浮き彫りになった命。
心臓。
これが壊れてしまうと、すぐに死んでログアウト。
『デス・カウンター』が出ない。つまり……、その時点でもう人生そのものが終わりになってしまうのだ。
たった二日で私達の神経は麻痺していたのかもしれない。
ゲームと同様……。メグちゃんが言っていた。
たとえ死んでも、蘇生さえできれば問題ない。と――
それの通り、たとえHPがゼロになって死んだとしても、一分間猶予がある『デス・カウンター』がある限り、その前に蘇生すればいい。
そう思っていたから、きっと罰が当たったのかもしれない……。罰なのかな……。
でも、私もその力に驕っていた。私は回復スキルの最終スキル『蘇生』が使える。
だから、たとえ『デス・カウンター』が出ても、そのスキルを使えばいいと、過信し、そして……、舐めていた。
私は膝に乗せている自分の手を、ぐっと握りしめる。
それを見たアキにぃは、私の名前を心配そうに呼ぶ。それを聞いた私は、はっとして顔を上げて……、控えめに微笑んで「大丈夫だよ」と誤魔化す。
それを見たアキにぃだったけど……、アキにぃは自分のバングルを見て、こう呟く。
「バングルが、俺の命……。あまりにも無防備だろうか……」
そう、アキにぃは自分のバングルを見て言った。
それを見ていた私も、「無防備……だね」というと、前にいたキョウヤさんは……。
「なーにお葬式みたいな顔してんだ?」
「「!」」
あっけからんっとして、頬杖を突きながら言うキョウヤさん。
それを見た私は、驚きながらキョウヤさんを見て、アキにぃはそれを見て、苛立った顔をして聞く。
「そりゃなるよ。俺たちの命……心臓は、二つあるのと同じなんだ」と言って、アキにぃは自分の左胸。そしてバングルを指でコツコツとつつきながら、言う。
「こことここ……。俺達は二つの自分の命を背負って戦わなきゃいけないんだ……。それがどういう……」
「ああ。オレも正直慌てている」
その言葉に、アキにぃは「んなぁっっ!?」と、素っ頓狂な声を上げた。
それを聞いたのか近くにいた筋骨隆々の冒険者が、私達の方をじろっと睨む。
私はそれを見て『何でもないんです』と申し訳なさそうに、控えめに微笑むと……。
……その冒険者は、にまーっと顔を緩めて、そしてまたカップのお酒を一気飲みしていた。
キョウヤさんは言う。
「要は今までと変わらねーけど、バングルを守ればいいってことでもある。それに、みんなログアウトになりたくねぇ輩でいっぱいだろう? そんなバングルを狙って攻撃する奴はそうそういない。そりゃ優しいと言われても過言じゃねえ。でも、狙われた時はどうにかしなきゃいけない。つまり……、そん時はそん時ってこと」
今くよくよ考えても仕方ねえだろう?
そうキョウヤさんは頬杖を突きながらにっと笑って言う。
それを見た私は、確かに……。と、少し納得してしまう。
エンドーさんの時だって、あの時どうすればなんて考えていたら、きっとコウガさんは、傷を深く負っていただろう。キョウヤさんの言うとおり、その時は、その時で……、なんとかしなければいけないんだ。
動けなくなったとしても……、戦わないといけない……。
そう思い、私はキョウヤさんに……。
「そうですね……。その時は、その時だと、私も思います」
と言った。
それを聞いたアキにぃは、納得していないけど、それでもキョウヤさんの言葉にも一理ある。そんな顔をして――
「そうだね……。でも、用心には用心だね」と頭を掻きながら言う。
キョウヤさんはそれを見て、「だな」とニカッと笑う。すると……。
遠くからこつこつとヒールの音が聞こえた。
その音を聞いた私達はその音がした――私からして右斜め後ろを見る。
すると、歩いてきたのはリオナさんとは違う受付の人。
にこやかな笑みを浮かべ、金髪の長髪で、毛の先をくるっと丸くカールしている女性だった。
その人は私達のところに来て――
「キョウヤ様。こちらがアムスノームまでのクエスト一覧と、政府から届いた謝礼金三万Lです」
と、にこやかな笑みを浮かべてトレーに乗せていたそれらを、私達に見せるように、トレーごとテーブルに『カタリ』と乗せた。
そこには、緑が一つ。討伐が六つと、極端な話……、討伐のクエストが多いものだらけだった。そして三枚の金色の硬貨。これ一枚で一万なんだ……。
「これは……」
アキにぃがキョウヤさんに聞くと、キョウヤさんはそれを聞いて当り前だろう。という感じで、彼はそれらを指さして言う。ちゃんと、金貨三枚受け取って。
「決まってんだろ? クエスト受けて、報酬貰って、軍資金集めねーと」
「……軍資金」
その言葉を聞いた私は、今気付いた事だけど、私は重大なことに気づいてしまう。
当たり前な話……。
お金がないのだ。
今私達の所持金……、というか、Lは、四万で、三万増えたから七万が全財産。
メグちゃん曰く、どこでもかしこでも、どんなところでもリアルな話……、お金は必要だ。と言っていた記憶がある。
普通に遊んでいた時と、今の私にはいらないものと思っていた。だけど今は違う。
最低限の防具や、キョウヤさん達は武器や、回復アイテム。
それを集めるために、クエストをする。
安直で、それでいて至極当然なことだったけど、こんなことになってしまっていて、忘れていた私も……、かなり抜けていたのかもしれない……。うぐぐ。
「軍資金か……、となると、やっぱり最低限の防具は必要だ」
「あとアクセとか、逃走アイテムとかも必要。でもって、今のオレたちは生身に近い。空腹もあれば休息も必要」
「そのための……、生活必需品も、ですね……」
アキにぃ、キョウヤさん、私の順で言っていく。そうなると……、かなりの大荷物だ……。
そう思って、私は今もいる受付の人に聞いてみた。
「あの……、このギルドに、生活必需品とか売っているんですか?」
そう聞くと、受付の人は「はい」とニコッと微笑んで――
「冒険者様達のサポートをする。それが私達ギルドのお仕事。そのようなキャンプセットでしたら……」
と言って、それをそっと取り出す受付の人。
取り出したものは――そう、私達が昨日見たそれと似ていて、透明な瘴輝石だった。
「こちら――収納の瘴輝石です。呪文は『マナ・ポケット』で、出したいときは『レォット』。入れたい時は『インボックス』と唱えると、出したり、入れたりできる素晴らしい瘴輝石なのですっ!」
「おぉ……」
「テレビショッピングみたいだ……」
「これが、な?」
受付の人が見せているそれを見て、私は驚いて声を上げる。二人の声が聞こえたけど、それよりも驚きの方が勝っていた。
冒険なら荷物が多くなるそれが、その瘴輝石だけならかさばらないで持つことができる。
甘言に誘惑されかけているけど……、事実、それはいるものだと思った。
きっと、この先野宿とかがあるだろう。そんなとき、これがあるといいと思う。野営のテントがあるだけで、寝心地もいい。きっと……。
私はそれを見て、受付の人に聞いてみる。念には、念をというそれで……。
「その、冒険者の人は、持っているんですか?」
「はいっ。今出て行かれる冒険者の方達も、ちゃんと夜通しを考えて持っています。ちなみに、買うのでしたら……、四万Lです」
「高っかっっっ!」
受付の人が、今しがた出て行こうとする五人の冒険者を指さしてにこやかに言うと、さらりとお値段も言ってきた。それを聞いたキョウヤさんは突っ込みを入れる。
しかし――アキにぃはそれを聞いて、うんっと頷いた後。
「――買おう」
「買うのかよっ! 四万だぞ!? あ、でもこれからのことを考えたら……妥当な値段か……?」
アキにぃの言葉に驚いたキョウヤさんだけど、そのあとうーんっと腕を組んで考えだす。私もそれを聞いて、アキにぃの意見に同意するように……。
「買った方がいいと思います……。それに、これから貯めるって決めたんですから……。頑張っていきましょう?」
控えめに微笑む。
すると、それを聞いて……、キョウヤさんは少し考えて、アキにぃを見て頷いた。
それを見たアキにぃも頷いて「それください」とその瘴輝石を指さしながら、私とキョウヤさんに手を伸ばす。
それを見た私は、ポーチに入れている布の袋を手に取って、それをアキにぃに渡す。
キョウヤさんも同じように、そして金貨三枚を取り出して、アキにぃも布の袋を出して、その三つを受け付けの人に渡した。
それを受け取った受付の人は「はい。受け取りました」と言って、透明な瘴輝石を私たちに渡した。
アキにぃは見ながら私にそれを手渡す。
私はそれを見て、アキにぃを見上げると……。
「持っててほしいんだ。俺はちょっとね……」と申し訳なさそうに言うアキにぃ。
それを聞いた私は少し疑問に思ったけど、「うん。わかった」と頷いて、それをポーチに入れる。
「あ。そう言えばですが……」
はっと、受付の人は私達を見て、聞いてきた。疑問の声だけど、少し明るい声で受付の人は聞いた。
「皆様は、アムスノームに行かれるのですか?」
「え? はい……」
「ダンゲルギルド長。マースクルーヴギルド長から聞いています。皆様は『極』クエストを受けていると。そうなると、アムスノームの『ライジン』さまを浄化しに……?」
そう聞かれ、アキにぃとキョウヤさんは、私を見る。
私はそれを見て、受付の人を見て、頷いた。
すると――受付の人は、申し訳なさそうに微笑んで……。
「申し訳ないのですが……、アムスノームに入るためには『入国許可証』が必要になるんです。ですので、それがないお方は……、少々面倒なことになってしまうんです」
え?
つまり――
そう思っていると、アキにぃも、キョウヤさんも驚いた顔をして、アキにぃは受付の人に震える手で仰ぎながら、小さい声で聞いた。
「つ、つまり……?」
「つまり入れないということです……」
申し訳ございません。と、受付の人が悪いわけでもないのに、申し訳なさそうに頭を下げて謝る受付の人。
それを見た私は慌てながら頭を上げてと促す。
聞いてたアキにぃは、頭を抱えて、机とにらめっこをして……。
「……マジかよ……」と、悔しそうな声を上げた。
キョウヤさんも顎に手を添えて、これは意外なことにという驚きと不安が混じった顔をして……。
「てか、入国許可証って……。どこまで厳重な国なんだ……? エストゥガがおおらかすぎたのか? それとも、何か理由とかがあってか……?」
もんもんと疑問を口に出して言っていた。
たしかに、何か理由があるのかな? そう思っていると、受付の人は乾いた笑みと笑いを出して……、知らない私たちに言った。
「異国のお方達は知らないと思うんですけど、アムスノームのお話は、このアズールでは絵本にも書かれている有名な話なんです」
「絵本?」
「桃太郎とか、赤ずきんとかか?」
「人魚姫もありますけど、絵本になるようなお話ってなんですか?」
アキにぃがその受付の人の言葉を聞いて首をかしげていると、キョウヤさんは一指し指を立てて「あぁ!」と言った感じで有名な名作を上げる。
私も好きな名作を上げて、受付の人に聞くと、受付の人は私たちの言葉にたいし、アキにぃのように首を傾げながら――
「ももたろう? あかずきん? にんぎょひめとは……、ウンディーネのようなそれですか……? 異国にはいろんな絵本があるんですね……」と驚きながら言って、受付の人はこほんっと咳込みながら、私達に語った。
「えっとですね。昔々、今から二十年前のお話で、アムスノームにはすごく正直者の王様がいたんです。王様はすごく正直者で、疑うなんてことは一切ない御方だったんです」
「完全なる正直もん、というか純粋だな……」
キョウヤさんが驚きながら言う。
「王様にはそれとは正反対の、すごく人を疑う弟君がいたんです。弟君は何に対しても何かがあるとか、それを信じてするような人ではなかったんです」
「疑心暗鬼だね……」
アキにぃは呆れながら言う。私も少しそれはひどいのでは? と思ってしまう。
受付の人の話は続く。
「それでも兄弟はアムスノームをいい国にするために頑張っていました。それはもう血と汗が滲むほどの……って、言ったら変ですけど……。そんな時、一人の兵士が国に帰ってきたんです。王様は兵士を城に入れて、謁見の間にて兵士を迎え入れたんです。しかし……」
「しかし?」
私が効くと、受付の人はそれを聞いて、少し悲しそうな笑みで……こう言った。
「王様は、その兵士によって――暗殺されてしまったんです」
……一瞬にして、言葉を失った。
でも、それを聞いていたアキにぃは、すぐにその理由がわかってしまった。
「もしかして……」
「はい」
その意図を察したのか、受付の人はこう言った。
「その兵士は、アクアロイアの略奪帝国……『バドラヴィア帝国』が、兵士に扮装していたんです」
「……純粋が、あだになっちまったな」
キョウヤさんは納得したように、言うけど、私は……、納得がいかなかった。
「なんで……?」
その言葉に、受付の人は少し考えてからこう言った。
「……『バドラヴィア帝国』の帝王は、通称『略奪の欲王』と云われています。いくつかの王には、その二言名が語り継がれています。その中でも、『バドラヴィア帝国』の帝王は欲望の塊の王です。彼が統括している国は、貧富の差が激しく、奴隷の売買も平然と行われ、かつ……それでも、贅を肥やすといった国なんです……」
どれもこれもが、ひどいことだらけのそれだった……。
貧富の差も、奴隷も、日本では考えられないことだらけ。そして、非道なことが、平然をその場で行われている。
考えるだけで、苦しくなる。青いもしゃもしゃが、込み上げてくる。
それを聞いていたキョウヤさんは「それと、その暗殺の件はどう関係しているんだ?」と聞いた。敢えて冷静に、それを聞いて私は受付の人の話を聞く。
すると……、真剣だけど、静かに怒っているような顔をして。
「暗殺の理由は――財や食料、そして魔導機器の強奪。それが彼らの目的でした」
「…………だから、略奪帝国」
アキにぃは言う。
私にもわかってしまった。
つまり、その財と食糧を奪うために、目障りな王様を殺した。
自分の国のために、私欲のために……。欲しいものがあれば、どんな手を使っても手に入れる。
とてもありがちなことだけど、こうして聞いてみると……、なんて身勝手な……。そう、思ってしまう。
ふつふつと、苦しさが込み上げてきた……。
受付の人ははっとして、すぐににこやかな顔になって「すみませんっ! 素の顔がっ!」と言って、またにこやかな笑みになった。素って……? そう私は思ったけど……、それでも、受付の人は笑っている。けど、心の奥底は、まるで受け継がれているかのように、怒りが押し殺されている。
アムスノームの人にとって、バドラヴィア帝国は――
悪。なんだ。
「絵本になった時、『正直すぎると痛い目を見る』と教訓を教えるように、子供向けに変わっていますけど……、それがきっかけで、弟君が兄の後を継ぐように即位。そして……、兄を失った弟君は、更に疑心暗鬼を加速させるかのように、全国民に魔導機器の生体認証を付けたそうです。誰が誰なのかを知るために。そして入国する人も信じられないので、アムスノームから出たクエストをクリアした人しか入れないように、『入国許可証』を作った。これが、『入国許可証』が作られた小さな歴史です」
……たとえ世界の歴史からしてみれば、小さいものかもしれない。
でも、アムスノームの人達にとってすれば、それは大きな歴史。
小さい大きい関係ない。
これは、悲しい歴史の一ページだ……。
「もしかして……、私の話を聞いて、悲しくなってしまいましたか……?」
「!」
受付の人が私を見て心配そうに、そして悪いことをしたなという顔をして私に言った。
「今までの冒険者は『面倒くせぇことしやがって』とか『なにそれ?』とか言って馬鹿にする人が多かったんですけど、あなた様は違うんですね。私もアムスノームの人なので」
ちょっと、嬉しいです。
受付の人は言う。控えめに泣きそうにな顔をして言うと、私は首を横に振って……。
「ご、ごめんなさい……っ! 感受性というかなんというか……」と誤魔化したけど、それでも受付の人は「いえいえ」と宥めるように言う。それを聞いたアキにぃは――
「だから入国許可証が……というか、そのクエストをクリアすれば、入国許可証が貰えるってことですよね?」
「へ? あ、はい……」
「あ、おいアキッ」
アキにぃは受付の人に聞く。それを聞いて受付の人はぎょっと驚きながら言うと、キョウヤさんはそれを制した。腕を掴んでキョウヤさんはアキにぃに言う。少し厳しいような声音で……。
「お前聞いてなかったのか? 今その話は不謹慎だろうがっ。少し間を置いて……」
「それだと時間がないっ。早く行かないといけないのに……っ!」
「こんの合理的っ!」
二人が言い合おうとした時、受付の人は私にこそっと近付いて……耳元に唇を寄せた。私は耳を澄ますように聞くと……。
「少し、仲良くなったよしみということで教えます……。実はですね……」