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PLAY78 共和国の一歩――そして新天地へ①

 その衝撃発言の前に、語らなければいけないことがある。


 それは帝王にして帝王らしいことをしなかった――砂の国の『略奪の欲王』こと――ガルゼディルグト・イディレルハイム・ラキューシダー王十四世がなぜ突然失踪したのか。


 そのことを話さなければいけない。


 一応注意書きとして言っておこう。これは近況報告ではない。これは――状況報告。


 それも……、()()()()()になってしまったという報告であり、その時何が起きたのかという報告である。


 誰にも知られずにこの世を去ってしまった『略奪の欲王』


 欲王はなぜそのような最悪の結果になってしまったのか。


 それを今――語らなければならない。それも、それを引き起こした張本人視点で……。


 時はカカララマの衝撃発言から半日ほど遡る。



 ◆     ◆



 その時――バトラヴィア帝国がもうバトラヴィア帝国で無くなってしまった直後だった。


 帝国の仮初の空を飛ぶ大天使。


 そしてその手に乗せられていたいくつもの魂。


 最後にまっさらな空が見える世界。


 その光景はこの帝国の終わりを告げると同時に、新しい風が吹き荒れる様なそれを醸し出していた。


 新しく生まれ変わる世界。新しく生まれ変わる国。そして――


 ()()()()()()()()


 一言で言えば、新しくなった世界に前の王など必要ないと言うことをやんわりと指しているのと同じだった。


 その時――ハンナ達はジエンドと対面し、激戦を繰り広げていたが、それと同時にとあることも起きてしまっていた。


 それは――奴隷区、下民区にいた人々の反乱。


 戦いが帝国の負けと言う結果に終わり、今まで貴族区と平民区の者達、そして帝宮にいた者達を自分達の手で逆に立場にしてやろうと反旗をしたことがきっかけだった。


 その光景はまさに反乱と言う言葉が正しかった。


 今の今まで奴隷・下民の民達を苦しめてきた上層の者達。帝宮に仕えていた者達。


 そして……、元『(アイアン・ミート)』のガルディガル・ディレイス・グオーガン。ピステリウズ・ペトライア。ドゥビリティラクレイム・パーム。ブルフェイス・イラーガル。セシリティウム・アラ・ペティシーヌ。グゥドゥレィをこの手で精神的に、肉体的に殺すために、彼らは起こしたのだ。


 ()()()()()()()()()()()()――


 いいや、彼らなりの、正義の鉄槌を下そうとした。


 はたから見ても正義ではない。これは暴力なのだが、今までの記憶が彼等の精神と常識を上書きされ、この行為を、正義であると御認識した結果がこれなのだ。


 今まで帝国がしてきたことが帰ってきたかのような状況がこれなのだ。


 なお、レズバルダ・ウォーエン・ヴィジデッドはカカララマを連れて最下層に向かったので、この件が起きた時カカララマと一緒に大層驚いたが、それでもレズバルダが奴隷区と下民区の者達に声を掛けたおかげで、何とか惨事を招くことを阻止することができた。


 止めることに安堵すると同時に、レズバルダは思った。


 民達はここまで苦しんでいた。それを起こしたのは――前帝王。その前帝王と言うダムがなくなったことにより、民達の怒りが爆発してしまった。


 これは――前帝王が起こした罪。


 自分達に対して行ったことを、二つの区に住んでいる者達は()()()()をしようとしたのだ。


 道具のように使った彼等を、自分達と同じ運命に導くために。


 暴徒を起こした二つの区の人々は一時的に地下牢の牢屋にいれることにし、そのあとの決断は新しい王に決めてもらうことにしたカカララマ。


 その暴徒を起こしたきっかけを作り、そして国を歪め、且つそのきっかけを作った一族の捜索を続行を命令したカカララマ。


 その任を聞いたカカララマに忠誠を誓っている兵士とレズバルダは、一刻も早くそのものの捜索を行った。


 きっかけを作った一族――ラキューシダー一族の血を引くガルゼディルグト・イディレルハイム・ラキューシダー王十四世の捜索を。


 しかし、その捜索も無駄と言う結果に終わってしまった。帝国のどこにもいない。どこにいるのかもわからない。ゆえにカカララマはその捜索を後日改めて行うことに決めた。


 その決断が、大きな過ちに繋がるとは、カカララマ自身知る由もなかった。


 なぜ? 理由は簡単なことだ。


 ………理由と言われても、種さえわかればすべてのことは簡単に終わってしまう。しかしその種がわからないとなると、謎が大きくなり、深くなり、解けずらいものとなってしまう。


 それが謎だ。


 脱線してしまったが、話を戻そう。ゆえにカカララマはなぜ前帝王がこの場所にいないのかと言う謎を一日伸ばしたせいで、その謎が永久に解けないものとなってしまった。


 なぜそうなってしまったのかは簡単なことだ。


 帝国で行われた『バトラヴィア・バトルロワイヤル』が始まり少ししてから、前帝王は何者かに連れ攫われてしまった。それだけなのだ。


 音もなく前帝王を誘拐する。それが真相であり、その真相が明かされる前に前帝王は犯人の目の前でこの世を去ってしまうことになる。



 ◆     ◆



 ――ざぶざぶざぶっ! どぶっ! ざぶっ! ばしゃぁ! 


「はぁ! はぁ……っ! はぁ……っ! ふぅ! ぶひぃ……っ! ぜひぃ……っ! お、おおお……っ!」


 男は走っていた。走っていた。


 がむしゃらに、そして顔中をぐちゃぐちゃに濡らし、大人げなく泣きながら走っていた。


 足をドロドロに濡らし、高価そうな服をドロドロに汚しても、男はその汚れに見向きもせずに走っていた。


 半裸でふくよかにしてはふくよかすぎる……、肥満体質の頭に髪の毛がない脂汗がひどい男だが、そのひどさがより一層ひどくなっており、顔中に、その体中に付着している泥がそのひどさに加えてみじめさまでもが浮き彫りになっている。そして豪華な服も泥のせいで汚れており、もう着れるような代物で無くなってしまっていた。十指にはいくつもの指輪がはめられていたその指輪も無くなっており、今となってすればその人物の姿はみすぼらしい肥満体系の男であった。


 そんな男は地面に並々と溜まっている泥水に足をつけ、その泥水をかき分けながら何かから逃げていた。


 顔中に汗を流し、背後から来るその人物の魔の手から逃げようと、彼は走っていた。


「あ、あああぁ! はぁ! ひぃ……! ぶぃぃ! ふごっ! ふぅ! はぁ! だぁ!」


 男は吐き捨てる。口から零れる疲労の声を。そして贅肉で凝縮された手を精一杯動かし、足を精一杯動かして泥水をかき分けながら、男は走る。


 走る――と言っても、走る速度は速いと言えないような遅さ。遅すぎる速さであり、ハンナが普通に歩いても追いつけるような速度であった。


 そんな男は、一心不乱に足を動かし、その間の手から逃れようと足をせかせかと動かし、『ざばざば』と汚染され、色が黒くなってしまった汚水をかき分けながら進む。


 どこにあるのかわからない――永久に続く地下の道を走りながら……。


 もうお分かりだろう。この男が何者で、そしてこの男が今まさに逃げいる場所がどこなのか。


 そう――


 男の名はバトラヴィア帝国前帝王にして、『略奪の欲王』と謳われた欲の権化――ガルゼディルグト・イディレルハイム・ラキューシダー王十四世本人であり、彼が現在逃げている場所は、ハンナ達も訪れ、そしてその場所で死闘があった――アズールすべてに繋がっているダンジョンと言われている場所。


 どこからでも入れて、どこに出るのかわからないダンジョン。巨大で誰も踏破したことがないダンジョンとも言われている未知の場所――『奈落迷宮』


 その『奈落迷宮』のどぶ水に足を突っ込み、ラキューシダー王は一目散に、死に物狂いでその場から逃げようとしていた。


「う、うぅ……っ! ううううぐううううううっ。なぜだ……っ! なぜ吾輩がこのような仕打ちを受けなければいけんのだ……っ! 吾輩が一体……っ、何をしたというんだ……っ!」


 ラキューシダー王はばしゃばしゃと黒い汚水をかき分けながら前に向かって歩みを進める。


 早足で、速度としては徒歩と同じだが、それでも本人からしてみれば早足で駆け出しながら前に向かって進んでいる。そして進みながらぶつぶつと、顔中から流れる涙と鼻水を拭わないで心の本音を口から零していた。


 まったく先が見えない世界を見つめ、見えない出口に向かって歩みを進めながら――なぜこうなってしまったのかと心の中で自分自身に追求しながら……、彼は歩みを進める。


 ラキューシダー王は思った。ぜぇぜぇと荒い息を零し、口の中に入る異臭を鼻と口で感じながら、彼は思った。


 ――吾輩がなぜこのようなことをしなければいけない?


 ――なぜ吾輩がこんな惨めな思いをしなければいけないんだっ?


 ――なぜ吾輩はみすぼらしい姿になってまで走っている?


 ――決まっておる! こうなったのは全部冒険者の所為だ! あ奴らが吾輩の国に入り、そして馬鹿げた余興をしたせいでこうなってしまった!


 ラキューシダー王は思い返す。脳裏に映し出される二人の冒険者と、その冒険者に協力している者たちのことを……。そして思い返しながらラキューシダー王は責任をその二人に擦り付けるようにしながら続けてこう思い返す。


 ――吾輩は元から彼奴等の協力は嫌だった! なのにグゥドゥレィの奴が協力を仰ぐようなことをし、あろうことかこのような余興を吾輩の許可なく認めた! あんなことがなければ、グゥドゥレィがもう少し吾輩に対しての忠誠がないせいだ!


 ――そのせいで吾輩は命の危険に晒された! 


 ――晒されたせいでこうなった! すべては冒険者と、グゥドゥレィの所為だ! こうならなければ吾輩は今も帝国で帝王として君臨してた! 神として君臨していた! 


「なのに……、なのに……っ!」


 ラキューシダー王は荒い息使いを整えるように一息つき、足を止めると――今まで呼吸をするために開けていた口をきつく閉じ、歯を食いしばりながらラキューシダー王は呟く。


 ぶつぶつ、ぶつぶつ……、小さく小さく呟きながら、彼は心の声を声に出してしまう。


 ざぶざぶと、ゆっくりとした歩みで近づいて来る()()()()()()()()()()……。


「そうだ……っ! そうなんだ……! すべてはあの者たちが悪いのだ……っ! 吾輩は悪くないぞ! 秘器騎士団(アーツ・ナイツ)の件も国のことを思って作ったこと……っ! そしてその国のためならば兵士達はその命を捨てる覚悟でいるのも当然……っ! 奴隷たちも苦に似なければいけない存在! 吾輩たちの道具なのだ……っ! なのになぜこうなってしまった……っ!? すべてはグゥドゥレィとあの冒険者達のせいだ! あ奴らさえいなければこうならなかった……っ! これは――完全なる反逆ぞ!」

 

 ざぶざぶ。ざぶ。ざぶ。


「しかもグゥドゥレィの奴……っ! 秘密裏に完成していた試作品秘器騎士団(アーツ・ナイツ)をどこかに持ちだしおって……っ! おかげで吾輩は何もできずに……、いいや、吾輩は誘拐されてしまった……っ! あの場所で、どこに試作品秘器騎士団(アーツ・ナイツ)があるのかを探していたら、背後から襲われてしまったのだ……っ! 何とついてないことか……っ! なぜ吾輩がこのようなことにならなければいけない……っ!」


 ざぶ。ざぶざぶ……。ざぶ。ざぶ。じゃば。


「こうなったのも全部反逆した者達に所為……っ! そうでなければ吾輩はバトラヴィア帝国を今まで衣装に繁栄させ、そしてアズールの新しき首都になるつもりだったのに……っ! なのに……っ! こんなの――理」


 理不尽ではないか! 


 そうラキューシダー王は言おうとした。


 しかし、それ以上の言葉が紡がれることはなかった。その言葉が放たれる前に背後から迫ってきた何かよって、王はその言葉を紡ぐことを忘れてしまったから。


 否――それどころの話ではなくなってしまったから。


 ラキューシダー王がぶつぶつと愚痴を言っている最中、気配もなくラキューシダー王の背後にいた人物は左手を振り上げ、その左手を黒く纏わせていく。


 ずずずずずっ。と、蟻が体を這いあがるように、左手を覆うようにその黒いものを纏っていく人物。


 そしてラキューシダー王が理不尽と言う言葉を放とうとした時、その人物は振り上げていたその手を一時止めて、ラキューシダー王の背後を捉えると同時に――彼は唱える。



「――『怨恨絁(ソーイング・デネス)』」



 まるでスキルを唱えるような言葉。


 その言葉を唱えた瞬間、振り上げていた黒い手が『ぼごり』と一気に膨張し、その膨張を合図に黒くて太い糸が男の周りをうねうねと蠢いていた。


 先ほどまでの蟻のそれが嘘のような糸の動き。


 それを目の前にいるラキューシダー王に向けて、男は『くんっ』と乱暴に、雑に降ろした瞬間――それは突然動いた。


 振り下ろされた瞬間、『ギュオォ!』という空を切る音と共に、汚水の上を滑るように滑空する。


 ざぁぁぁぁぁっ! と、水を裂くようなそれがどんどん大きな水飛沫を上げ、急速な勢いでラキューシダー王に背後に迫り、後少しで刺さると言うところで――


 ぐぱぁっ! と、いくつもの糸が枝分かれをし、そして――




 ――ざしゅしゅしゅっっっ! ぴちゃっ! ぴちょん。




『奈落迷宮』に響く斬撃音と水の滴る音。


 その音は『奈落迷宮』中に反響するように響き、そしてラキューシダー王の耳にも届いた。


 否――ラキューシダー王だけは違った。


 その音を間近で聞き、音を聞くと同時に右手に高温の熱を感じたのだ。


 その熱はまるで併発する何かを持っているかのように、熱と共に痛覚も研ぎ澄まされていく。


「ふぇ…………? お、ふぉ?」


 言葉にならない声の文字。


 そして震える瞳孔が、今起きた現実から背けたいというそれを駆り立てているような感覚を覚えるラキューシダー王。いいや――背きたいのだ。


 この痛みが嘘で、今日起きたことが夢であってほしいと願っていた。


 が――その夢も虚無にかき消され、現実が欲王の心を絶望へと蝕んでいく………。


「っ!」


 ラキューシダー王は熱を帯び、そしてその熱と並列して体を蝕んでいく痛覚の根源でもある右手を見ようと、そっと目だけを下に落とした。ゆっくりゆっくり落とし、そしてその激痛が一体何なのかを確かめようとした。


 どくどくどくと鳴り響く心音が大概に出そうな音量で奏でられる。


 その心音を感じつつ、聞きながら、ラキューシダー王は己の右手を見ようと目を動かす。動かしながら――杞憂だ。大丈夫だ。そう言い聞かせながらラキューシダー王は目を右手に移した。


 瞬間――




「……っ! ひぃ! い、いぃ……、いいぎいいいやぁあああああああああああああああっっっっ!?」



 

 ラキューシダー王は叫んだ。


 己の右手を見、手首を掴みながらラキューシダー王は汚れた水に向けて膝を崩してしまった。


『ばしゃり』と水の音が鳴ると同時に、右手から滴る赤いそれを見つめ、その赤が黒い水と混ざるその姿を見つめながら、ラキューシダー王は愕然とした。


 暗くてよく見えないが、()()使()()()()()()()()()()()()()()右手の亡骸を見、そして感覚がもう無くなりつつある右手首を掴みながら、ラキューシダー王は叫んだ。


 子供が泣き叫ぶように、その目からぼろぼろと涙を零しながら、彼は叫んだ。


 見えない世界で突然使えなくなってしまったその右手を見つめながら……。


 すると――


「へぇ……、右手が串刺しになっただけでそこまで泣くのか。お前は」


 唐突に声が響いた。ラキューシダー王の背後から、それは聞こえた。


 その声を聞いたラキューシダー王は叫ぶことを『びたりっ!』とやめ、自分のことをこの場所に連れて誘拐した張本人のことを見ようとぶるぶる震える顔とぐちゃぐちゃになった表情のままがくがくと震える。


 まるで壊れたレコードではない。


 この動きはまるで……、壊れてしまい、がくがくと震えてその終わりまで動こうとするロボットのように、ラキューシダー王はゆっくりとした動きで振りむく。


 そして――その人物がいる背後を見た瞬間、ラキューシダー王は悟った。




 ――これは、夢ではない。現実だ。そして……、吾輩はここで、死ぬのか……?




 と……。


 右手をやられてしまい、負傷してしまったラキューシダー王の背後にいた人物――その人物は爬虫類の片目に鉄でできたマスクと眼帯。黒い髪は伸ばしているけど肩まであるそれで、前髪も無造作に伸ばしている。そのせいか、その紙の隙間から見える目は怖い印象を植え付ける。服装は黒を基準としたカットシャツのような襟が立ったものに皮のズボンにロングブーツ。そして両手がなぜか機械のような両腕で、右手は壊れてるのかない状態の男。


 そんな男を見て、ラキューシダー王は更に思った。それは悟りではなく、混乱と言う目で、自分のことを誘拐し、この『奈落迷宮』に閉じ込めた張本人のことを見て、欲王は思った。


 ――なぜ、吾輩が死ぬ……っ? なぜ死ぬことになっているっ? なぜこの男に吾輩は殺されなければいけんのだっ!


 ――この男は――帝国の検体だったはずだ……っ!


 ――なぜ、ここにこやつがいる……っ!


 ラキューシダー王は思った。背後で黒い何かを腕に纏い、そして自分のことを普段以上に鋭い眼付きで見降ろし睨みつけている男――『六芒星』が一角機械人(ヒューマ・ノイド)にして『憎悪機動兵』と呼ばれている男――憎悪の魔女……。型番N00(ゼロゼロ)。ロゼロのことを見て、ラキューシダー王は右腕の激痛を感じつつも体をひねって振り向きながら言った。震える声ながら、ラキューシダー王は言った。


「か、型番N00ッ! 貴様なぜここにいる! 貴様はもうこの世にいないはずだっ! 処分したはずなのに、なぜ貴様がここにいるんだっ! 答えろ型番N00ッ!」

「……………………」


 しかし、ロゼロは言わない。無言のままラキューシダー王のことを見つめると、彼は言葉ではなく、行動でその答えを――否、答えにならない答えを示した。


 黒いそれを纏っていたそれに力を入れ、そして力一杯引っ張ると同時に、彼は左手を外に向けて動かした。ぐんっと、ただ振るった。


 刹那――王の右手の激痛が数度訪れ、そして黒い水に赤い液体が混ざる比率が大きくなった。その大きくなる比率に応じ、欲王の叫びにも張りと絶望が上乗せされる。


 その叫びを聞きながら、ロゼロはゆったりとし足取りで歩み、そして顔を黒い水につけているのではないかと言うくらい蹲っている欲王のことを見降ろしながら、彼は言った。


 心がないかのように、冷たさしかない音色で、彼は言った。


「その名を言うな。俺はあまり気に入っていないが、それでも与えられた名前――『ロゼロ』と言う名があるんだ。その名を口にするな。人間の屑」


 ロゼロは言う。淡々とした音色で歩みを進めながら、ロゼロはラキューシダー王のことを見降ろして続けてこう言う。


「だが、その名を覚えなくてもいい。何せお前は俺の本当の名を覚える前に俺をこんな風にした。国のためにとかほざき、幾万の命を食い潰し、己の私欲のために数多の人生を滅茶苦茶にした。そんな奴が生きている。おかしいと思わないのか?」


 淡々とした音色で、ロゼロは続ける。


 その目に映る色がどんどん黒く侵されながらも、彼は続ける。


「お前は自分が死ぬことがおかしいと思っているんだろう? だから俺がここに閉じ込めたときも逃げた。生きたいから逃げた。でも――本当はそうじゃない。お前のような存在は死んで当然の奴なんだ。死んで当たり前の存在で、死んだとしても誰も悲しまない。そんな存在がいないと言われているかもしれないが、お前はその教えを壊す反面第一号だ。死んで当然の存在――それがお前……いいや、お前達一族なんだ」


 ざぶりっ! 


 ロゼロは蹲り丸まっているラキューシダー王の目の前で足を止め、そしてラキューシダー王のことをじっと見降ろしながら、その血走った目に映る黒い怨恨を剥き出しにし、己の中に巣食う恨み、憎しみを剥き出しの牙に造形しながら、ラキューシダー王の後頭部に足を添えて――乗せながら彼は言った。


 後頭部に感じる滴る黒い水と、僅かな重みを感じていたラキューシダー王は何も言わずに蹲り、がくがくと震えてしまう己の気持ちと激痛に(さいな)まれながら、ラキューシダー王は成す術もなくロゼロの言葉に耳を傾ける。


 ロゼロはそんな欲王のみすぼらしい姿を見て、内心滑稽だと思い、嘲笑いながら彼は続けてこう言った。


「ははは。『略奪の欲王』と言われたあんたがこんな惨めな思いをするとは思わなかっただろう? 想像していなかっただろう? どの人もお前のことを紙として崇めていたから、お前に対しての反逆なんてないと確信していた。だがあるんだなコレが。あるというそれを確定したのは――この俺だ」

「……………う、ぎ。ひぃ……」


 唸るラキューシダー王。唸ると同時に、黒い水に少しずつ大きくなる水の円の波が出来上がるが、その光景を見たとしても、ロゼロは止めようとしない。


 むしろ――滑稽だ。こんな惨めな姿こそが、この男にはふさわしい。そう思いながらロゼロは続けてこう言う。


「泣きたいだろうな? 嫌だろうな? だがな……、お前は俺に対してそうしなかったよな? 俺がまだ子供で、自分以外の全国民が殺された瞬間を目の当りにして、『帰りたい』。『殺して』。『楽に死にたい』そう願っても、お前達はそれをしなかった。どころか――俺を次の犠牲の道具にした」

「う、う、うう……」

「俺を実験台にして、お前たちは俺の国でひそかに計画していたものを、俺を使って実行した!」


 どんどん音色が荒々しくなるロゼロ。


 踏みつけているその足にも力が加わり、どんどんその黒い水に顔をつけてしまうのではないかと言う距離にまで押されていくラキューシダー王の頭を見降ろしながら、ロゼロはその怒りを、恨みを、憎しみを彼にぶつけるようにして暴発し、吐き捨てる。


 己の国が死んでしまったその光景を思い出し、そして頭を抱えながら、彼は叫んだ!




「俺が住んでいた国――()()()()『マキシファトゥマ王国』を壊滅し、その財も計画もすべて奪い、唯一生き残った俺を使って『鉄の魔人計画』――いいやぁ! 秘器騎士団(アーツ・ナイツ)を作ろうとした――最低で異常で、自分のことしか頭にない低能クズ野郎がっ! 自分は正しいことをから悪くないです? 自分は神様だから何をしても悪くないんです? むしろいいことをしているんですとか言いたいのかっ!? 俺の国を壊して、あろうことか俺を使ってもう戻らないような体を作りやがって……っ! それで使えなかったら廃棄処分っ!? 俺がどれだけ惨めな思いをしたかわかるかっ!? 砂の国の帝王! いいや――『略奪の欲王』っ!!」

 



 ロゼロは叫ぶ。


 血走った目で、心の奥底に秘めていた怨恨を根源でもあるラキューシダー王に向け、突き刺しながら彼は叫んだ。


 自分が生まれ育った国――今は無き『マキシファトゥマ王国』を壊し、唯一生き残った自分のことをここまで改造し、使えなくなった途端に捨てたラキューシダー王のことを睨みつけ、見降ろしながら彼は叫んだ。


 許せない。許せない。許せない。


 許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない。


 その言葉が脳内と心の中を支配させ、その憎しみを増幅させながら、彼は怒りの低い音色で、完全にみじめになったラキューシダー王のことを見降ろしてこう囁いた。


 もう終りを告げるように、彼はラキューシダー王のことを目に焼き付けながら――()()()()()()。と思いつつ、囁いたのだ。


()()に聞く。()()()()?」


 そう聞いたロゼロは、その足をそっとどかし、ラキューシダー王のことを見降ろしてその時を待つ。じっとその時を待つと、重みを失い、そして一次と言えど自由になった欲王は、ぶるぶる震える体でその身を起こし、そして震える呼吸を整えてから、ラキューシダー王は、ロゼロのことを見ずに、俯きながら小さな声でこう言った。


「吾輩は……、吾輩は……」

「吾輩は?」


 ラキューシダー王の言葉を繰り返すように、ロゼロが言ったその瞬間――


「――生きたいわぁっ!」

「!」


 ラキューシダー王は重いであろうその体に鞭を打ち、脇腹の激痛と右手の激痛を押し殺すように下唇を噛みしめながら足を動かす。


 つい先ほど自分が向かっていた――出口に向かって!


 ロゼロはその光景を見て目を見開いて驚くが、ラキューシダー王はそんなロゼロのことを振り向きつつ、がはははははっ! と大声で笑い、汗をだらだらと流しながら彼はロゼロに向かって叫ぶ。


 これで勝ったと思うな。そう言わんばかりの顔で、欲王は言ったのだ。


「ぐあははは! 吾輩はこのまま生きるぞ! 例え帝国が壊滅であったとしても、吾輩は今でも神の存在! 吾輩がいなくなったことにより民たちは吾輩のことを必死に探しているであろう! そして民たちが吾輩を見つけたときが最後だ! 貴様のことを肉体的にも精神的にも壊し、そして今度こそ――秘器騎士団(アーツ・ナイツ)の要として改造する! わかったな型番N00ッ! 貴様は吾輩に何ぞ勝てんのだ! ぐあはははは! ぐあはははは! あーっはっはっはっはっは!」


 ラキューシダー王の笑い声が『奈落迷宮』中に広がる。


 その声を聞きながら、ロゼロは追う素振りをせずに仁王立ちでいる。その光景を見た欲王は、内心『勝ったと思い、一生懸命に足を動かして、出口に向かって足を進める。


 暗いが、きっとその先に一筋の光がある。出口がある。そう思いながら、ラキューシダー王は走る。走る。走る――!


 ――吾輩は死なない。そう思いながら、彼は走る。一刻も早くロゼロから逃げて。


 ――吾輩は死なん! 吾輩は、神だ! 帝国の神だ! 神は死なん! 死なないのだ! 吾輩は死なない!

 

 ――吾輩はまだ生きるのだ! 帝国を王都にし、この世界を……、我が物に……………。




 ――()()()()! 




 ――()()()()()()………ッ。




「……………………………………」


 しかし……。


 その願いも虚しく呆気なく散ってしまった。否――その願い事、ロゼロが断ち切ってしまった。と言ったほうがいいだろう。


 ()()()を失ったラキューシダー王だったそれは、そのまま黒い水にダイブするように前のめりになって倒れ、大きな水の音を立てて沈む。


 その光景を見、そして機械の手にされてしまったその手を――赤いそれがこびりついてしまったその手を見ながら、ロゼロは、脱力するように吐き捨てる。そして、空も何もない『奈落迷宮』の天井を見上げながら、彼は小さく――呟いた。


 何を言ったのかはわからない。しかしそれでも、彼の心が晴れる――





 ――ことはなかった。





 むしろ……、まだ巣食っていた。


 まだ足りないのだ。根源を倒したとしても、ロゼロの恨みは晴れない。


 このアズールを壊さない限り……。


()()()()()()

「!」


 そう思った瞬間、誰かを呼ぶ声が聞こえた。


 しかしその名を聞いた瞬間、ロゼロははっと息を呑み、そして背後から聞こえた声に応対するように振り向くと、そこにいた人物を見て、ロゼロは溜息交じりに呆れた顔をして――


「なんだ……。フルか」


 と言うと、それを聞いていた人物は、ロゼロに対してぺこりと頭を下げながら、礼儀正しい言葉と少しだけ高い音色でこう言った。


「はい。あなたの側近にしてあなたの体の整備士――フルフィド・レードンゴラ・マルクリーファム・()()()()()()()()でございます」


 背後にいた人物……ラキューシダー王並みにふくよかな体つきで、肌と髪の毛を隠すようにすべてを白い防護服で覆っているかのような姿をしているが、その背に背負っている大きな機材がそのふくよかな体よりも目立つ姿をしている。手に嵌められている緑色のゴム手袋。黒いゴム製の長靴。そして素顔を隠すかのようにつけている『六芒星』の仮面をつけた男――フルフィドはロゼロのことを見て、ざぶざぶと水をかき分けながら進んで近付きながら、ロゼロに向かって聞いた。


「とうとうやり遂げたのですね。国を滅ぼした元凶を……」

「ああ。何とかな。これで天国にいるみんなも安らかに天国に行けるだろうな」

「フィリクス様。よくぞやり遂げました。ワタクシも嬉しいです。これで、マキシファトゥマ王国の皆が喜ぶと思うと……っ」

「………いや、俺だけじゃない。俺が廃棄された時、視察で長期滞在していたお前がいてくれたおかげで俺は生き永らえた。そして俺達のことを拾ってくれたザッドがいたからこそ成し遂げられた。これは俺だけの成果じゃない」

「しかし――その成果を刻んだのはあなた様ですよ? フィリクス様――胸を張ってください。きっと、領主さまも奥様もお喜びになっているはずです」

「………そうか」


 フルフィドの言葉を聞いたロゼロはしばらく俯き、そして沈んだ所から浮かび上がったそれを見て、彼は未だに消え失せない黒い感情を感じながら思った。否――確信した。




 まだ俺の復讐は――始まったばかりだ。




 と――


「いや――まだみんなは喜んでいない」

「え?」


 ロゼロは心に思ったことをそのまま口にして言うと、それを聞いたフルフィドは首を傾げて背負っていたそれを整え治すように背負い直すと、フルフィドは聞いた。


 一体、何が? と、それを聞いたロゼロは、今まで進んでいた道とは正反対の――()()()()()()()に足を進めながら彼はフルフィドに向かって言った。


「まだなんだ。俺達の復讐は――まだ終わりじゃないんだ。これからなんだ」

「これから……、ですか?」

「ああ」


 ロゼロは言う。天空が見えないその空を見上げるように――『奈落迷宮』の天井を見上げながら、彼は言った。


 これから起こそうとすることを想像し、そしてこの世界に住む者達の絶望するその姿を想像しながら彼は言った。


 機械のマスク越しで笑いながら――彼は言った。


「これからが俺達の復讐に始まりなんだ。そのためにも早く行こう。フルフィド」


 その言葉を聞いたフルフィドは、内心ロゼロのことを――なんという執念。そして姑息にして絶望を与えることがお好きなお方だ。


 そう思いながらフルフィドは言う。


 ロゼロが歩むその背中を見つめ、そしてその未来が明るいものであることを願いながら、たとえ暗い未来であったとしても明るい未来が必ず訪れることを信じて――彼は歩みを進める。


 ロゼロに向かって一言添えながら――


「分かりました。あなたが望むのであれば私はどこまでもついて行きます。フィリクス様」



 ◆     ◆


 

 こうして――ラキューシダー王はあっけなくこの世を去ってしまった。


『六芒星』ロゼロの手によって、その人生に幕を下ろしてしまった。


 しかし、その死が誰かの耳に入ることは永遠になかった。


 ()()()()()()()()()()()、誰も来ないであろう『奈落迷宮』でその幕を閉じてしまったのだ。


 見つけることなど困難なもの。


 そしてその死を知っているロゼロとその腹心――フルフィドは復讐を完遂するために、()()()()()()に向かって歩みを進める。


 奇しくも――後にハンナ達が向かうであろう場所に歩みを進めながら……。

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