PLAY77 帝国の死、そして新しい国に――⑤
「――ううううがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!」
けたたましい咆哮が最下層中に響き、そんなジエンドの聞いたことがないシノブシとヘルナイトは、驚いた顔をしてその声を聞いていた。
耳を塞がずに、ただじっとその声を記憶に刻むように。
ハンナやハクシュダ達、レズバルダとカカララマはその大音量の声を耳を塞がずに聞くことなどできず、己の耳を守るように食いしばる顔をしながら耳を塞いでいた。
もちろん――眼も守るために、しっかりと閉じて。
ゆえに……、この状況をしっかりと見ているのは――『12鬼士』の二人。
ヘルナイトとシノブシだけ。そしてヘルナイトは負傷をしているが故、動くことはできない。これを踏まえると、現状動けて、ジエンドのことを止められるのはシノブシだけとなった。
「っ!」
ジエンドの聞いたことがない咆哮。絶叫。
それを近くで聞いていたシノブシは、顔を強張らせながら驚きの心を平静で押し殺してジエンドのことを見降ろしていた。
内心は困惑一色であり、シノブシ自身こんなジエンドを見るのは初めてだった。
――なんだ……っ!? この威圧は……。
――グランドビックボアの『弩威圧』に近い感覚……っ!
――動こうにも威圧のせいで無意識に止めてしまう……っ! これは……、ジエンドのスキルではない。ただの咆哮。叫び。怒りの叫び。
――その怒りだけの……、感情の叫びに己は気圧されかけている。
――ジエンドのこの感情の叫びの根源はきっと、悲願だろう。だからだろうか、その悲願が成就されることがこいつの願いであり、叶わないとなればジエンドでも強硬手段を選ぶ。
――そのくらい、ジエンドは躍起になっている。
そうシノブシは思い、即断即決の行動を実行しようとした。
これ以上厄災の隙にさせてはいけない。この世界を脅かす悪い芽を早く摘む。
二度と芽生えないように。
――不穏の種を、今ここで壊す!
その意思を固めたシノブシは、手に持っていた武器の苦無を逆手に持ち、逆手に持った状態で彼はジエンドの眉間に向けて狙いを定める。
ジエンドの刀を持っている手を強く踏みつけ、動けないようにしてから、シノブシは逆手に持った苦無を握る力を強め、ジエンドの息の根を止める勢いで、その苦無を振り下ろす。
ぐわりと――勢い任せに振り下ろすように、ジエンドはその苦無を振り下ろした。
しかしその光景を見ていたヘルナイトは息を呑み、傷を負ったその箇所を手で覆いながら前のめりになり――シノブシに向かって「っ! 待て――シノ」と言いかけた。
本当であれば、『待て――シノブシ!』と言おうとしていたヘルナイト。
ヘルナイト自身ジエンドは元々『12鬼士』の一人。そして仲間の一人。
このような状況でも、こんなことになってしまったとしても、ヘルナイトはジエンドのことを今でも仲間だと思っている。
きっと――彼の中にも微かな良心があるはず。
サリアフィアを――あのお方を殺してないと確信した時点で、ジエンドにもきっと良心と言う心がある。
そう確信したからこそヘルナイトはシノブシの行動を止めようとした。声を上げて、その攻撃を止めてほしい。止めて、ジエンドのことを止めて、話を聞いてほしい。
そう思ったからこそ、ヘルナイトはシノブシのことを止めようと声を上げた。否――上げようとした。が、その行動した時にはすでに遅かったのかもしれない。
いいや――遅かれ早かれ、シノブシはきっとこうなる運命だったのかもしれない。
何が言いたいのか? それは今から語ることになるが、ヘルナイトがその声を上げた瞬間、シノブシはぎょっと目を見開いて、動きを一瞬止めてしまった。
苦無を使い、ジエンドの眉間に突き刺そうとしたそれを突然止めてしまったのだ。
目の前に突然来た、赤くて鋭利な細い何かの襲撃によって――
――じゃきっ! しゃずっ! ずっ! きぃんっ!
目の前に来たそれから回避するために、シノブシは一時的に前のめりだったその体制を元の背筋を伸ばすそれに切り替えて体の形を変えるが、その切り替えと同時にシノブシの体を縫うように迫って襲い掛かってきたのだ。
シノブシの胴体を突き刺し、致命傷を与えるように、それが襲い掛かってきたのだ。
ジエンドの体に滴り落ちていた――赤い鮮血で作られた針が、『血魂鬼斬』のように、一人でに動いて!
「――っ!」
シノブシはジエンドの体から伸びている赤い針を避け、そして頬に感じる小さな痛みを感じながら、ぐっと固く口を噤み、視線だけでジエンドのことを見降ろそうとした。その時だった。
――ぐらっ。
「っっっ!?」
突然感じる揺れ。そしてそれと同時に来た足の鈍痛。
それを感じたシノブシは、驚いた顔をして鈍痛を感じた足を見ると、彼ははっと息を呑み、そして己の不注意を呪った。
不注意と言っても、この状況になればきっと誰もがこうなることになるだろう。
敵の咆哮。止めを刺そうとした瞬間に襲いかかる襲撃。それを避けるために体を捻じるように避ければ、常人であればバランスを崩してしまうだろう。
シノブシはその状況に嵌ってしまっただけなのだ。
ゆえに彼はバランスを崩すと同時に、足を捻ってしまい、そのよろけと同時にジエンドの拘束を解いてしまったのだ。
「――っ! くぅ! っ!?」
ジエンドの下に跨り、馬乗りになった状態から立ち上がる様に、シノブシはバランスを崩してしまい――すぐにその体制を戻そうとした時、シノブシの視界の下から襲い掛かる黒い何か。
それを見た瞬間シノブシはぎょっと目を見開いて驚くが、それと同時に来た黒い何かは止まることを知らないかのように、それはシノブシに向かってくる。
目にも留まらない。と言ってしまえば大げさかもしれないが、そのくらい速い勢いで来るそれ。それを見てシノブシはバランスを崩しながらも避けようと奮起する。体の捻りを使って、その攻撃から逃れようとする。
――が。
――だぁんっっ!
「っっっが!?」
そののがれも虚しく、シノブシの顎に向かってそれが直撃し、それを受けてしまったシノブシは、口元から黒いそれを吐きだして、脳がグラグラするその感覚を味わい、顎に来る激痛を味わいながら、背後に向かってどんどんよろけていく。
ぐらり……。と体が傾いていくシノブシの体。意識とは裏腹のこの行動が何とも恨めしい。そうシノブシは思った。
「シノブシッッッ!」
その光景を見ていたセレネは、愕然とするような顔で、表面を青く染めながら叫ぶ。しかしその叫びも虚しく、シノブシの体はどんどんと床に向かって逸れ、そのまま背中から倒れていくシノブシ。
だが、シノブシの『12鬼士』の端くれ。
何とかその場で持ち堪えようと体に力を入れて踏ん張ろうとした。しかしその行為でさえも虚しく、シノブシも胴体に向けて突き出される太い何か。
それがシノブシの胴体に、まるで丸太によって攻撃されたかのような衝撃とダメージを受け、シノブシはそのまま成す術もなく床に背中から倒れてしまう。
――がすんっ! と言う鈍い音がシノブシの耳に刻まれ、シノブシの胴体に――心臓の位置に鈍痛を残す。
「がは……っ!」
攻撃を受けたシノブシは、咳込みながら起き上がろうと身を起こすが、その前にシノブシの手によって押し倒されて動けない状態でいたジエンドは起き上がり、シノブシの胴体に向けて攻撃をした左足を、前に突き出した状態で――体中の血が鋭利な針と化している状態でシノブシのことを見ると、ジエンドは言った。
ふーっ! ふーっ! と、威嚇をするような呼吸を添えて、怨恨を添えたような低い音色で彼はシノブシと、周りにいる自分以外の陣営に向かって、こう言ったのだ。
「はぁ……っ! はぁ……っ! 小癪なことをして……、此方をここまで追い詰めるのか……! まさかあの小娘と貴様が共闘の関係だったとは……。これは此方の目も衰えたと言うことか? そしてよもや……『八神』が此方の邪魔をし、帝国の幹部と、前帝王が此方の邪魔をしたとは……っ! 世間がこれを聞いたらどのような南濃をするのか、見ものだ……っ! しかし……、運命の神はどこまで此方のことを毛嫌いしているのか……っ! どこまであの女に肩を持つのか……なぁ?」
「っ! や、『厄災』……っ! この状況でもあのお方のことを……っ! ただで済むと思うな……っ! 元凶めっ!」
ジエンドの言葉に対してシノブシは先ほど沈下していた怒りが再度沸騰したかのような感覚に陥り、震える体で起き上がり、立ち上がりながらジエンドのことを睨みつけて憎々しげに言葉を発する。
が、それもジエンドにとってすれば蚊に刺されたかのようなかゆい衝撃である。
シノブシの言葉を聞いたジエンドは、震える声でくつくつと笑い、そしてシノブシのことを蹴った足を地面につけ、よろめきながら立ち上がると、ジエンドは「くははははっ」と笑いながらジエンドは言った。
「そうだな! 貴様達からしてみれば此方は異常な奴。そして此方はこの世界を壊し、そしてサリアフィアを殺した張本人だ! そんな此方のことを許すことなど、貴様にはできんだろうな! 貴様はあの女に対して異常になついていたからな! クイーンメレブと同じ目だ! あの女も此方の行動をいち早く察知して、こうなる前にあいつは此方のことを止めようとしていた! だが返り討ちに遭い仮面の半分がなくなってしまっている! 魔王族にとって顔を晒すことは弱き者の証! そして魔王族の恥さらしだ! 顔を隠すと言うものは他種族に対しての建前だが、仮面は魔王族にとって強さの証! 壊れていない仮面こそが強き魔王の証なのだぞ? 忘れたか?」
「…………………………忘れていない。承知の上だ」
「ああそうだな! それに比べればお前はクイーンメレブ以上に愚かで弱気魔王族だ! 力の操作もママらならないアクアカレン仮面をはがされ、今はその布で顔を覆っている! 弱者以上の弱者だ! 此方の弱い詠唱――『針血虐絁』をろくに避けることもできずに、傷を負う魔王族なんぞ怖くもないな! そんな輩の言葉など痛くもかゆくもない! そして――それもいずれ無くなることになる! 此方のことを邪魔する輩の消滅と共になぁ!」
ジエンドは言う。高らかに言う。
シノブシへの冒涜とクイーンメレブの冒涜をげらげらと笑いながら吐き捨て、その吐き捨てと同時に手を広げると、ジエンドは宣言したのだ。
いずれ無くなる。いずれ自分がお前達を殺し、この世界を元の『創造主』が統べていた世界――魔王族の世界に変えることを、彼は宣言した。
その言葉を聞いていたシノブシ、セレネ、コノハとハクシュダ達、レズバルダとカカララマ、アキ達は表情を険しくさせてぐっと言葉を詰まらせて聞いていた。内心ジエンドのことをこう思いながら、彼らは聞いていた。
――狂っている。だがこいつは本気だ。
――本気でこの世界を自分のものにしようとしている。
――本気でこの世界を勝機で蔓延させ、芯の奥まで犯そうとしている。と……。
まるで絶対王政のような独裁政治のような光景だ。さながらジエンドは独裁者だ。ジエンドはこのアズールを『創造主』が統べている世界に戻そうと言っているが、その豪語は結局は取り繕った言い訳に過ぎない。
結局はエゴなのかもしれないが、ジエンドは本気でこの世界を我が物にしようとしている。いいや――この世界を、サリアフィアが統べていた世界ではなく、『創造主』が統べていた世界に戻そうとしている。
多大な――否、尋常でもない多くの犠牲を贄として。
それを考えたアキ達は、ジエンドに対して異常なそれを感じていた。ゆえに反論もせずにいた。
が…………。
例外はいた。
「私は――そう思いません」
『っ!?』
はっきりとした音色。そしてこの場にいる人達の心を落ち着かせるような音色。ジエンドにとってすれば、嫌気がさすくらい苛立つ同じ音色。
それを聞いた誰もが、声がした方向に振り向き、そして見る。ジエンドもその一人だ。
ジエンドを含めた誰もがその方向を見て、みんなの目を見ていたその人物――ハンナは、今までの感情が吹き飛んだかのような目で、儚げの目をしたその顔で彼女は、ジエンドのことを見て静かにこう言ってきた。
「ジエンド……、さん。でいいのかな……? なんでそんなにこの世界を『創造主』の世界に変えることに執着しているんですか?」
「っ!? ………………………。なんだと……? 此方に対して悠々と質問か?」
ハンナの言葉に対して、ジエンドはくつくつと微笑みつつも、手に持っている刀を手放さないでハンナの言葉に対して聞く耳を立てる。
しかしその光景を見てか、レズバルダの手によって拘束されていたメグは、ジエンドに向かって――
「ちょっ! そいつの話なんて聞かなくてもいいから! 早く目的を達成してよぉ!」
と、焦るような音色で彼女は叫んだ。
しかしそのその言葉を聞いてか、レズバルダは我に返るようにメグへの拘束を強めて、メグはその拘束を受けて「うげっ!」と絞るような声を上げてしまう。
そんなメグの言葉に対して記憶に刻みながら、ジエンドはハンナの言葉に耳を傾け、一体何を話すのかと思いながら彼はハンナのことを見ていた。
そんなジエンドのことを見てか――
「はい――質問と言いますか、私はあなたの言葉に対して、異議を唱えたいだけです」
ハンナは言う。
さっきまでの恐怖や困惑、悲しさがあった顔ではないそれで、彼女はジエンドのことを見て言ったのだ。ジエンドはそんなハンナのことを見て、内心――雰囲気が変わった? と思いながらも、杞憂に近いそれだろう。臆することはないと自己完結して、ジエンドはハンナの言葉に対してこう返した。
「異議か……、ならば言え。貴様た此方に対して何の異議を唱えるのだ? そこまで言い張るのだから、さぞや己の意見に対して自信があるようだが……、一体此方に対してどのような意見があるのかな?」
ジエンドの言葉に対して、ハンナは答えない。そしてその光景を見ていたカカララマは、頬に伝う汗を顎からポトリと落としながら固唾を呑んでその光景を見守る。
一体何をする気なんだ? この小娘は……。さっきまでの雰囲気とは違う雰囲気を放ちおって……、一体この小娘は、この狂った鬼士に対して何を申すのか……。
そんなことを思いながら、カカララマはハンナとジエンドの会話に耳を傾け、そんな二人を見守りながら、アキたちも耳を傾ける。
誰も邪魔など考えることもせず――止めると言うことも忘れて……。
そんなカカララマたちの不安と困惑、そして少しばかりの好奇心のもしゃもしゃを察知したハンナは、内心みんなに対して怖い思いをさせてしまっているという罪悪感を感じ、彼女は心の声でアキたちに謝罪をすると――彼女はジエンドのことを見て、ゆっくりとした動作で口を開いて、こう言った。
真っ直ぐジエンドのことを見つめながら、言ったのだ。
「異議……、と言ったら違うと思います。でも私は思うんです。『創造主』だった時代の時は、確かにその時代特有に文化があったと思うんです。時代が変わればいろんな文化が移り変わりますから」
「そうだな。此方はこう見えて長生きしている身だ。それゆえに此方が生きていた時、戦争が絶えなかった。しかしそれは文明の進化だ。戦争が起これば時代はより住みよい世界になる。今の世界があるのも、過去の戦争の犠牲と教訓を得ての結果だ」
「戦争……、その時代は、戦争がありすぎたのですか?」
「まぁあったな。『創造主』も魔王族であったが故――かなりの時間を生きていた。その間に戦争など幾度となく行われ、文明はここまで繁栄した」
「………………………」
「分かるか? 『創造主』がほざいていた――『力は守るためにあるもの』じゃない。世界を統べる存在は――力を持つ者がその力を振るい、ほかの国の者たちに畏怖を植え付け、支配する! それこそがアズールの姿! この国の――本来あるべき姿なのだ! あのサリアフィアが統べている世界など、世界ではないっ!」
「でも……」
が、ジエンドの言葉に対して反論する様に、ハンナは静かな音色で、落ち着いた面持ちを見せながら、彼女は目を見開いて驚いているジエンドのことを見てこう言ってきた。
胸に手を当て――恐怖など感じないようなその表情で、彼女は言ったのだ。
はっきりとした音色で彼女は言った。
「私は――サリアフィア様が統べていたこの世界も素敵だと思うんです。ううん。この世界の方が――好きです」
「………………………。なんだと?」
ジエンドはハンナの言葉に拍子抜けをし、ビタリと体を固めながら彼は聞く。意味が分からない、そんな思いが音色と共に伝わっていく。
その声を聞いたハンナはもう一度――「私は、この世界が好きなんです」と言い、彼女はジエンドに向かって、自分が思っていることを口にする。
脳裏に映る――今まで出会ってきた人々のことを思い出しながら……、彼女は言う。
「確かに、前の世界なら戦争が起こり、そのおかげなのかはわからないけど、その戦争が起こると文明が繁栄して、新しい時代へのきっかけになったと思います。でも、そのきっかけのために、多くの犠牲が出た。これは私の想像ですけど……、『創造主』様はきっと、その犠牲が悲しかったんだと思います。人が死ぬ。それは誰だって悲しいことです。その気持ちに対して、『創造主』様は人一倍心を痛めていたんだと思います。幾度となく怒る争いで息絶えてしまう人々。その人々を守りたい。死なせたくないって思ったからこそ――サリアフィア様に『創造主』様の後のことを任せて、自分は見る側から守る側になろうとしたんだと、私は思います。力があるものがただその力を振るうんじゃなくて、力を正しい方法で使って、見守ってきたみんなを、今度は自分の手で守ろうとしたんだと思います」
と言っても、これはほとんど私の想像だから、本当なのかはわかりませんけど……。
そうハンナは言い、ジエンドに向かって自分の意見を述べた。これは空想ではある。しかし彼女なりに『創造主』が一体何を考えてその座を降り、そして『12鬼士』と言う存在を作ったのか、それを自分なりに、その人の気持ちになって考えた結果……、言葉で結論を述べたのだ。
幾度となく戦争が起きた時、多大なる犠牲を生んだ己の無力さを痛感し、そして何もしなかった自分への戒めとして『魔王時代』を己の手で降ろし、自分は持て余しているであろうその力を他のために使う。
そう思ったのだろうとハンナは思い、そしてそれをジエンドに伝える。
これが本当のことなのか、そしてこれが真実なのか――
それは当の本人しか知らない。そしてその時の心境も、当の本人しか知らない。
が――
「…………な、なんだ、と……っ? 戦の時代に対して、心を痛めた? そんなことで、偉大なる『創造主』の座を降りて、あの女にその座を渡したのか……? そんなこと、ありえない……っ! ありえるわけがないっ! 『創造主』はこの世界にとってすれば神だ! サリアフィアが女神ならば『創造主』は神! その神の座を降りるだなんて、ばかげている! たった繁栄の犠牲に心を痛めるなんぞ……、魔王族の恥さらしだろう! いい加減なことを言うな部外者めっ!」
ジエンドは違った。
ジエンドはハンナの意見に対して反論を唱えたのだ。そんなことありえない。偉大なる『創造主』が、たった数人の、数百人の弱小の種族の死に心を乱しているなど、ありえない。そんなこと――空想の産物だ。
お前の都合のいい妄想だ。
そう言いながら、ジエンドはハンナに向かって吐き捨てる。有り余る怒りを彼女に向けて捨てるように……。
だが、ハンナはそんなジエンドのことを見て、今までの表情に曇りを醸し出し、きゅっと唇を噤みながら、彼女は小さな口をそっと開く。
「でも……」
サリアフィアと瓜二つのその顔に浮かぶ――サリアフィアが見せたことがないような……、可哀そうなものを見る様な寂しい目を見せながら己の胸に手を添え――ハンナはジエンドに向かって言った。
「でも――魔王族であろうと、感情はあります。心もあります。悲しい気持ちとか、嬉しい気持ちとか、苦しい気持ちとかたくさんあります。どんな人であろうと、どんなに怖い人でも、怖いものや嫌なものがあるし、願いだってあります」
「……感情……? こころ……? 願いだと? そんなちんけなものが一体何の関係がある」
「あなただって願っていますよね? この世界を『魔王時代』に戻す。これも願いです。私もこの世界を元の世界に戻したいからこそ、ここまで頑張ってきました。これからも頑張っていくつもりです。そして……、『創造主』様もきっと……、願いがあってこうしたんだと思います。ヘルナイトさんと同じ……、人間が大好きだからこそ、これ以上に犠牲を出さないために、行動した。それだけのことなんです」
『創造主』様は――その願いと共に生きようとしたんです。
ハンナのその言葉に対して、誰も口を挟む人はいなかった。メグもヴェルゴラも、その言葉に対して反論も何もできずに、ただただハンナの言葉に耳を傾けることしかできなかった。
ジエンドも、一瞬その群衆に中に入っていた。
確かに――ハンナが言っていることは誰もが思い当たるようなことだ。
人は、生きとし生きる者は、その願いをかなえるために耐えやまぬ努力をし、そしてやっとの想いで成就する者もいれば、志半ばに息絶える者もいる。その願いを叶えるために、人は叶えたい夢のためにその人生を捧げる。
その想いは――ジエンドも含まれている。そしてヘルナイトも含まれている。アキ達も含まれている。
そして――今はいない『創造主』も、きっとそうだったに違いない。
願いのために、彼は別の道を歩むことを決意した。その願いのために、『創造主』は見る側から守る側に変わり、その手に武器を握り、守るべき存在達のために、戦ったのだ。
ヘルナイトと同じ気持ちで、守るために………………――
「……………………………。人間が、大好きだから……、『魔王時代』を終わらせた……?」
ハンナの言葉を聞いて、ジエンドは落胆したかのような音色で、困惑するその音色も含ませながら言葉を地面に向けて落とす。そしてハンナのことを見ながら、ジエンドは――
――だぁんっっ!!
と、右足を出したジエンド。びりびりと振動するような一歩を踏み出し、周りにいる者達の気持ちを張り詰めさせ、その電撃を送り恐怖を誘電させながら、彼はハンナに向かってこう叫んだ。
刀をハンナに向けて突きつけ、その先から滴るそれをぼとぼとと流しながら、彼は叫んだ。
「なんだその夢のような妄想の結論はっっ! それこそありえないだろうっ! あんな脆弱な存在を守るために、幾万といる存在を守るためにその座を降りたっ!? 馬鹿げている! それで『創造主』を降りるとは……、それこそ魔王族の恥さらしだ! そんなこと――ありえないだろうっ!」
「でもそれしか考えられないんです。私が考えた結果なんですけど、あなたは言っていましたよね? 過去を語っていた時――『確かに、世界を統べる資格はまだないかもしれない。だが……、今のままではだめだと思ったからこそ、私は変えようと思った。その思考も、そのしきたりも、運命も変えようと、私は思った。今のままでは国が安泰になることはない。力を持っていたとしても、泰平になればその力も無駄な荷物だ。力を間違えば傷つける力になり、暴力となってしまう。それでは支配と同じだ。そのような過ちを起こさないために、私は降りた。私のような力を持つものが世界を統べるのではない。私のような力を持つものは――何かを守るためにその力を使う。そう決めたんだ』と」
「…………っ! ああ……! ああ! 言ったさ! だがそれと今は関係ない話であろうっ!」
「関係大ありです。だって――『創造主』は自分が持っている力を守るために使うって決めたんですよね? いなくなってしまった人の気持ちを知ることはできませんけど、それでも私はなんとなくなんですけど、わかった気がします」
「何が分かったというんだ――小娘がぁ!」
「分かった気がするだけです。わかったんじゃない。ただ……、同じだったから」
ジエンドの怒声に対してもものともしないような気丈な振る舞いを見せつつ、彼女はジエンドのことを寂しいその目で見つめながら、ふと――ハンナはある方向に目を向けて振り向く。
振り向くと同時に、ハンナはその人物を目に焼き付け、その人物にそっと触れる。
右手で触れ、深手を負っている場所を押さえつけて話を聞いていた――ヘルナイトに手に触れながら、ハンナは言った。黒い血で右手が汚れてしまうことなどお構いなしに、彼女は言ったのだ。
控えめに、微笑みながら――
「――ヘルナイトさんと、同じ考えだったから。きっと……、ヘルナイトさんだったらそう考える。人間が大好きで、この世界のことを第一に考えているヘルナイトさんなら、そう思ったかな……て」
ハンナのその嘘も偽りもない――真実しか言っていない言葉に、ヘルナイトは驚いた目をしてハンナのことを振り向きながら見降ろす。そんな彼の顔を見て、ハンナは控えめに微笑みながら『ね?』と言わんばかりに首を傾げる。
そんな二人の光景を見ていたアキは、今にも襲い掛かりそうな気迫を放ち、銃口をヘルナイトに向けていたが、それをやんわりと止めて剣先をアキに向けているシェーラは、ハンナの言葉を思い出しながら………。
――確かに、そんな気がするわね。と思った。そして続けてこう思う。
――ヘルナイトはああ見えて自分よりも他人……、と言うか、自分以外をとことん優先にする傾向がある。最強って言われているけど、その分自己犠牲も大きい。
――なんとなくだけど、ハンナが言っていることに対して納得してしまうわね。
――だって……、同じなんだもん。
――その『創造主』と、ヘルナイトと、ハンナが、とことん似ているなぁって。
――自分より他人のことを優先して、人のことを優先し過ぎて傷ついて、傷つくような道を歩んでしまう。そんで結局傷ついているのにそれを隠す。
――似ていると言うか、そっくりなのよね。
――ヘルナイトとハンナは……。
――でも。
と、シェーラはその穏やかな思考を一旦遮断し、再度厳しい目つきでハンナとヘルナイト、そしてジエンドのことを睨みつけながら彼女は思う。
穏やかからの厳しい面持ちで彼女は先ほどまでの思考を否定するかのような思いを、心の声で吐き捨てる。
――それとこれとは全然違うわ。
――このまま終わらせるわけにはいかないっ!
そうシェーラは思った。刹那だった。
「――っ!」
ヘルナイトは何かに気付いたのか、ジエンドがいる方向を見て、すぐにハンナに向かって動く。
ヘルナイトの行動を見て驚いたハンナは、「ひゃっ」と上ずった声を上げて驚きを表現すると、その声と同時にヘルナイトは彼女のことをぐっと自分の方に抱き寄せて、そのまま二人一緒に地面に向かって倒れる。
どさり! という音が聞こえると同時に――ハンナの視界に入った赤い赤い線の束。
目にも留まらない速さで、それはハンナの視界を横切り、ヘルナイトの背中の上を通り過ぎる。
まさに、自分が座っていた箇所に――頭がある箇所に向かって飛んできたそれは、カカララマを避け、そのままガーディアンの横を通り過ぎていき、反対の壁に『ごしゃぁっ!』と激突する。
激突した瞬間、大きな土煙が当たりを包み、その土煙の中から機械が散乱する音と電流が漏電する音がハンナたちの耳に入っていく。
その音が鳴り響く中、赤い糸の束は一人でに『しゅるり』と動き出し、ゴムによって引っ張られているかのような勢いでジエンドの方に向かって戻っていく。
ハンナはその光景を見て、束が帰っていく光景を目で追いながら、ジエンドの体に戻って元の赤い血になっていくそれを見つめてヘルナイトと一緒に起き上がると、ジエンドは手に持っている刀をがくがくと左右に震わせ、甲冑からでも聞こえる様な歯ぎしりをしながら、ジエンドは言う。
理解できない。そんなことありえない。そんなこと――『創造主』が思っていたなど、ありえない。
そう顔に出しながら、彼は言ったのだ。
「なにが……、なにが……、なにが……っ! 何が人間が大好きだから『創造主』の座を降りただぁっっっ!! 『創造主』を含め、此方達は最強の魔王族だ! 最強にして全種族の頂点に君臨する存在だ! そんな種族が……っ、たかが弱い種族の盾になるためにその座を降りて盾として生きる道を選ぶと!? あまりに滑稽で笑いが出ない! むしろ呆れが飛び出す! そんな理由で、『創造主』の座をあの女に与えたというのかっ!? 滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽滑稽――滑稽すぎるぞ! そんな冗談通じんぞ小娘! この世界はやはり此方が統べるべきなのだな! 元々あの男に『創造主』を任せたのが間違いだったのだっ! これからは此方が――鎮魂魔王族がこの世界を統べるのだ! 世界を、元の世界に戻すために――此方が! 此方がぁ!!」
ジエンドは言う。認めない。その一択を晒しながら、ジエンドは言ったのだ。
そんなこと滑稽すぎる。やはり『創造主』はジエンド達一族――鎮魂魔王族が統べるべきだった。そう言い聞かせるように、彼は言った。叫びながら、くはははは! と笑いを上げながら――
だが、ハンナはそれを聞いて再度座るような態勢になると、彼女はジエンドのことを見つめた。見つめて、彼女は言葉を零す。
「どうして?」
「?」
じっと――目元を少しだけ歪ませ……、そして一言。ハンナはジエンドに向かって言った。それは、疑念を問うような音色で、彼女はジエンドに向かって聞いたのだ。
「どうして――あなたは悲しい選択しかしないんですか?」
「――っっっっっ!?」
ハンナの言葉に対して、ジエンドは今まで表したことがないような驚愕の顔を浮かべる。そんな彼の驚愕に追い打ちをかけるように、ハンナは続けてこう聞く。
変わらず――悲しそうな目で、彼女は聞く……。
「なぜ――あなたはそんなに悲しんでいるの?」
「う、ぐぅ……っ! うううううぐうううあああああああ………………っ!」
ハンナは聞く。ジエンドに向かって、その体から発せられる僅かな青いそれを見つめながら、ハンナは聞く。しかし……、ジエンドはその問いに関して答えると言うことをせず、むしろ――
「喧しいぞぉ小娘があああああああああぁぁぁぁーっっっっ!!」
その問いを掻き消すように、ジエンドは叫ぶ。そして刃こぼれがひどく、血がべっとりと付いたその刀を最下層の床に向けて――『ざすっ!』と、深く突き刺すと、ジエンドはハンナとヘルナイトのことをぎろり……っ! と、まるで怨念めいた眼付きで睨みつけると……。
「今回は分が悪すぎる。此方達では今の貴様たちを葬ることは無理そうだ。『八神』に『12鬼士』、そしてバトラヴィア帝国の最強格がいては、かなり分が悪い。今日のところは退くが……、覚えていろ――ヘルナイト。そして浄化の小娘」
ぎりぎりと手に握る刀をへし折らんばかりに握りしめるジエンドは、ハンナとヘルナイトに視線を向け、角膜と記憶にその姿を焼き付けながら――彼は言ったのだ。
このままでは終わらない。そう言い聞かせるように――
「いずれ、この続きをしようじゃないか……。今度は、邪魔などいないところで! この世界の終りの場所であり、始まりの場所でな!」
逃げるなよ――武神。
そうジエンドが言った瞬間、刀に滴り落ちていた血が、鎧に付着していた血が一人でにジエンドの体を伝い、そのまま足元に集まって赤い水たまりを作ると……、ジエンドはその赤い水たまりに目を移すと同時に、その水たまりに向けて、唱えた。
己が持っている詠唱を――この場所で、この場面に最も適しているその詠唱を放った。
「――『波血転召』ッ!」
ジエンドがその詠唱を放った瞬間――足元に溜まっていた血がいきなり質量を膨張させ、ジエンドを中心にどんどん大きくなり、そのまま大きな大きな波を発生させる。さながら血の波。津波と言われてもおかしくない様な大きな波だ。
その波を見上げ、飲み込むような威圧を感じながらも、ハンナはぎゅっと目をつぶってその衝撃に備えると、ヘルナイトはそんな彼女のことをもう一度抱きしめ、背に背負っていた大剣を地面に向けて『がしゅっっ!』と、深く突き刺す。
そのままヘルナイトは大剣と一緒にハンナを抱きしめて、血の波の飲み込まれを逃れようとする。彼女のことを大剣で傷つけないように、細心に注意を払いながら――
アキはシェーラの腰にしがみつき、シェーラのスキル『属性剣技魔法――『竜巻鞭』』の力でなんとかその血の波を吹き飛ばしながら耐え。
コノハと虎次郎はヘルナイトと同じようにキョウヤにしがみつき、キョウヤは槍を地面に突き刺して流れに耐えて。
レズバルダはカカララマを即座に抱え、そしてこの国を混乱に導いた張本人の一人――Drのことを脇に抱えて跳躍して、壁に引きの剣を突き刺して宙づりになり。
ガーディアンはその波を受けながら何が起きているのかと見降ろし。
シノブシはセレネを横抱きにして機械の影に入り込んで危機を脱し。
ハクシュダはレンを横抱きに抱えてワイヤーを使って頭上に向かって宙吊りになる。
それぞれがその血の波への対処をして、ヴェルゴラとメグは何の対処もなくその波に呑まれるがまま流されていく。
最下層中が血の波によって赤く染まり、どんどん赤い面積が広がっていく最中、ジエンドはその波の中央で刀を突き刺した状態でいると、ずぷり……と、赤い血の溜まりに沈んでいく。
どぷどぷと、底なし沼に嵌ってしまったかのような沈み方をして……。
「ふ」
しかし、ジエンドは焦らない。むしろうまくいったことに対して安堵のそれを吐きながら、ジエンドはくつり……。と、甲冑越しに笑みを零した。
そう――
つい先ほどはなった詠唱『波血転召』は、攻撃系の詠唱ではなく、転送系の詠唱なのだ。
よく聞く戦闘から逃げたり、ダンジョンから出るための技と思ってくれればいい。
それはジエンド自身あまり使いたくないもので、これを使ってしまうと転送する場所がランダムで指定され、どこに飛ばされるかジエンド自身わからない。
そしてこれを使ってしまうと、ジエンドは一週間詠唱が使えないというデメリットを背負ってしまうのだ。
ジエンドの詠唱は、体にこびりついた赤い血がないと発動できないものが多く、それがないと彼は詠唱が放てないという誓約を背負っているのだ。
その血が一体何なのかは今は明かせないが、それでもジエンドにとって体に付着している赤い血は必要不可欠の道具なのだ。
その道具を失う。それはジエンドにとってしても強い痛手だ。だが――今はこれしかこの場から逃げる方法はない。
そう思いながら、ジエンドは血の波の隙間から見えるハンナとヘルナイトのことを見つめながら言う。
波の音でヘルナイト達は聞こえない。しかしそれでもいい。その言葉を独り言にして、ジエンドは言った。
怨恨をむき出しにした、その音色で――
「この決着――いずれどこかでつけよう。必ず……、あの場所で!」
そうジエンドは言い放つと同時に、血の波がジエンドも呑み込み、辺りを血の池へと変えていくとすぐにその血の池はひとりでに引いて行く。
まるで栓が抜かれ、その穴に向かって吸い込まれて行くような流れと共に、ヘルナイト達を呑み込んでいたそれはジエンドがいた場所に向かって――刀を突き刺した場所に向かって渦を巻くように最下層の地面へと浸透していく。
ザザザァ……。ザザザァ……。
耳に残るような浪打音を奏でながら血の池は急速な勢いで吸い込まれ、そして最下層に一滴の血が残らない状態になった時には――ジエンドはいなかった。
そしてメグも、ヴェルゴラも、その場所にはいなかった。
その場所にいたのはハンナ達リヴァイヴと、レズバルダ、カカララマ、セレネ、シノブシ、ハクシュダにレン、コノハと、未だに気絶しているDrに、ガーディアン。
まるで嵐のように現れ、そして嵐のように去って行ったジエンド陣営。
その陣営が去った後はその名の通り嵐が過ぎ去った後で……、一同の心に混乱と困惑、そして――あっという間のような時間を残し、ハンナの心に深く、深くその傷を残して行ってしまった。
友の裏切りへの悲しみ。そしてこれから戦うかもしれないという不安を――
◆ ◆
これが、この先の旅にどのように影響していくのか――それは分からない。
しかしジエンドの言葉通り――ジエンドとヘルナイトはもう一度相対することになる。
この世界の終りの場所であり、始まりの場所で、彼らは相対することになり――最後の戦いを開始するのは、まだまだ先のお話……。




