PLAY77 帝国の死、そして新しい国に――②
『血魂鬼斬』
その詠唱は元来創造主に仇名す魔王族を処罰するために使用していた――鎮魂魔王族が持つギロチンでもあるのだ。
使用者が対象者に向けてその詠唱の刃を向け、斬りつけると……、対象者は斬られると同時に体中の血の気がなくなり、次第に意識が朦朧として、最終的に死に至るという……、ゆっくり時間をかけた処刑の詠唱なのだ。
簡単に言うと……魂を抜き取りながらその者の命を喰らい――生きる。
それは人命問わず、命あるものすべての魂を斬り、その魂を同時に喰らう。
まるで――死神のような詠唱。
その死神の詠唱は代々鎮魂魔王族の長が受け継いでいた。そして今のジエンドに受け継がれ――彼はその詠唱を今使おうとしている。
対象者――己の野望に仇名す存在にして、いずれこのままにしておくと弊害となる存在。そして鎮魂魔王族にとって因縁の相手でもある……。
退魔魔王族――ヘルナイトに向けて。
◆ ◆
ダンッ! と駆け出すと同時に、身の丈以上に膨れ上がり、伸びた血色の薄刃包丁――『血魂鬼斬』を大きく振るいながら、ジエンドはヘルナイトに向けてその刀を向けようとしていた。
やることはたった一つ。
これからの計画の支障となり、弊害になりうるであろうヘルナイトをこの場で、この詠唱を使って葬るために。
あわよくば――ヘルナイトが持っている特殊詠唱『断罪の晩餐』をこの手で壊すために、彼はあらんかぎりの力を振るい、血によって固められた刀を大きく振るったのだ。
「ぬぅぅぅぅぅああああああああああああああああああああーっっっ!!」
ジエンドは雄叫びを上げながら振るう。
ジエンド以上――否、ジエンドの三人分あるその刀を振るうと壁に当たり、そのまま壁ごと斬りながら最下層の壁を抉っていく。
がりがりがりっ! と、鉄と地面を抉る音が最下層に響き、その音を聞いたキョウヤはその光景を戦いながら見て――
「うぉっ!? なんだありゃぁ!」
と、驚きの声を上げていた。
そのくらい、ジエンドが抉った壁は、信じられないくらいの驚きの姿に変えていたからだ。
抉られた鉄と地面の壁は、急速な勢いで劣化していたからだ。
鉄はどんどん赤い色が帯びて錆ていき、地面の壁もその箇所から砂になりながら地面に落ちていく。まるで――その場で命が刈られたかのような光景だ。
抉りがどんどん進むにつれて、その抉られた箇所が魂を駆られたかのように死に至っていく。
これが――ジエンドが放つ詠唱の恐ろしさ。
しかしその恐ろしさを見ても、知っても――ヘルナイトは避けない。どころかその武器に向けて拳を構えている。
ジエンドはその光景を見て、内心ほくそ笑みながら――血迷ったか! と思い、それと同時に勝機を確信した笑みを浮かべて、その薙ぎをヘルナイトがいる方向に向けて振り下ろす!
ぐわぁんっ! と――湾曲を描きながらどんどんヘルナイトに向かって落ちていく血の刀。
その光景を見ながらも、どんどん己の死期が迫っているにも関わらず、ヘルナイトはその場から逃げずに、拳を構えている。まるで迎え撃つかのような動作をとりながら……。
「――っは! まさか、此方の詠唱を止めようという算段か? 無駄な足掻きだ! そんなことをしても、此方のこの詠唱を止めることなど――できるはずがないっ!」
そう言って、ジエンドは詠唱の刀をヘルナイトに向けて下ろしていく。
斜め下に――ヘルナイトの胴体を横に斬るように……、上下に分けて斬るようにジエンドはどんどんその重みを利用して加速させながら振り下ろしていく。
ががががががががっ! と抉れる最下層の鉄と地面の壁の音。
その騒音に乗じて、錆て朽ちていく鉄と地面。
その轟音と共に血の刀はどんどんヘルナイトに向けて距離を詰めていく。動かないヘルナイトに向かって。
「おいヘルナイトッ! 早く逃げろって!」
「っ!? ヘルナイトさん…………っ!」
その光景を後方支援として、そして遠距離射撃の立場として見ていたハンナとアキ。
二人はその光景を見ながら絶体絶命とみなし、ヘルナイトに向かって焦りの声と促しの声を掛ける。
アキは『逃げろ』と促し――
ハンナは焦りが勝ってしまい、心配の声を掛けることができなかったが、それでも彼女はヘルナイトの名を呼ぶ。
逃げて。そう声に出なかった想いを願いとして投げながら……。
すると――その二人の声を聞いたのか、ヘルナイトはふとアキとハンナの方を見て、何も焦っていないような雰囲気と心配しないでほしいという願いを込めた凛とした音色で彼は言った。
今まさに、己の頭の横斜め下に向かって振り降ろされているそれを見ずに、左手をそっと上げながら彼は言ったのだ。
「大丈夫だ――このくらい」
と言って、ヘルナイトは――
――ごしゃぁっっっ!
刹那。本当に、一瞬の出来事だった。
ヘルナイトが二人に何かを言おうとした瞬間、心配をかけないように声を掛けようとした瞬間、ジエンドが振り下ろしていた詠唱の刀が隕石のように落ちてきたのだ。
辺りにある機材を破壊し、地面を歪ませるほどの威力を出して、それはヘルナイトの体を斬るように落ちてきた。
いや、この場合は斬りかかってきた。の方が正しい。
それが降りかかり、ヘルナイトのことを包み込むように、朽ちかけた壁の土が土煙を引き起こした。
煙幕のように立ち込めるそれは、ハンナ達の視界を塞ぎ、それと同時に、ヘルナイトの姿をくらましてしまう。しかし……、その眼くらましがなくとも、ハンナたちはその光景を見て、愕然としてしまった。
ぺたんっと、あまりの衝撃に尻餅をついてしまったコノハもと同じくらい――みんなは愕然としていた。愕然として、ヘルナイトのやられる姿を見てしまったから。
誰もが予想だにしない光景を見てしまったせいで、みんな体を固め、茫然とした青ざめた顔をヴェルゴラ、メグに見せながら、固まってしまう。
固まっているハンナ達とは対照的に――ヴェルゴラとメグはゆっくりとした動きで構えを取り直す。そして……。
「くっはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっっっっ!」
土煙に乗じて姿は見えない。しかしげらげらと大笑いをしているジエンドの声が、最下層内に響き渡り、山もないのに山彦がそこらじゅうに飛び交った。
げらげらげらげら!
まるで悪魔の大笑いを聞いているかのような声。
魔王族なのに悪魔の血を引いているかのような邪悪な大笑い。
それを聞いていたハンナ達は、青く染め上げている表情と顔色でジエンドの声がする土煙の方角を見つめた。もう終わりかもしれない……。そんな最悪の未来が頭の中でぐるぐる回転しながら。
その方角にいるジエンドは…………。
「ついに! ついにだ! ついにヘルナイトを倒した! くっははははははははははははははははは!」
哂っていた。
折れていたはずの手で顔を覆い、手応えを感じた血の刀を握りしめながら――ジエンドはげらげらげらげら! と笑いながら反り返りそうな体を維持し、天井を見上げながら彼は言った。
刀が突き刺さっているその感触を味わいながら――土煙の中で無残な姿を遂げてしまっているであろう亡き武神のことを思い出しながら……、想像しながら、ジエンドは言う。
感極まる明るい音色で……、彼は言った。
「退魔魔王族の長であり! 此方が就けなかった『12鬼士』最強の男を、今! この手で! 此方は倒したっっ! 最強の名を持つあの男に! 此方は勝ったのだ! 倒したのだ! これで此方がこのアズールに置いて最強の存在! そして――天族の小娘を殺せば――この世界は此方の思うが儘の世界! 此方が望む……、いいや! 鎮魂魔王族悲願でもある世界が成就される!」
ジエンドは言った。
顔に当てていたその手を天井に向け、その天井を掴むようにぎゅっと握りしめながら……、彼は言ったのだ。
やっとの想いで成就される悲願を。
やっとの想いで成し遂げた己の宿命を。
そして――
元々あるべきだった世界を取り戻す運命を手に入れた。そう思いながら、彼は叫ぶ。
喜びの声を上げて……。
「この世界はもう――創造主の世界だ!!」
◆ ◆
ジエンドは叫ぶ。成就された想いを吐き出すように、喜びを声に体現しながら、彼は叫んだ。
その声を聞いた瞬間、誰もが絶望を感じるであろう。いいや――絶望に打ちひしがれているであろう。
なにせ――最強の男がやられてしまったのだ。無理もない話だ。誰もが絶望して、戦うことを諦めるであろう。それが普通の反応だ。
そう。これが普通の反応。簡単に言うと――
本当にやられてしまっていたら、の話。
◆ ◆
「いいや、まだこの世界は――あのお方の物のままだ」
「――っっっっ!?」
刹那。
土煙の中から聞こえる声を聞いた瞬間、ジエンドは背筋が凍り付き、そして体中の高揚感が一気に鎮火していくのを感じた。そんな感覚を味わっている最中でも、土煙の中にいる声は続けて――
「………違うな。この世界は誰のものでもない。みんなのものとでも言えばよかったか」
と言って、土煙の人物はジエンドの名を呼ぶ。
凛とした音色で、その声が響くと同時に――土煙の向こうから大きな割れる音が耳を突き刺した。
――ベキンッッ! という何かを割る音と、その音の後すぐに鳴り響いた……。
――ガゴォンッッ! という地面に落ちる衝撃音。
鉄の何かが落ちるような音と共に、地面に落ちた何かの風圧によって形を変えていく土煙。
それを見ながら、聞きながらジエンドは愕然とした。愕然として、驚愕に顔を染めながらジエンドは手に持っている得物の違和感を微かに感じた。
いいや。微かと言う言葉では甘すぎるものだ。微かと言うよりも、あまりに急激な変化に、ジエンドは驚きを隠せなかったのだ。
ジエンドが使っていた『血魂鬼斬』は通常のジエンドの武器――『魂叫血刀』を数倍重くし、数倍硬くした詠唱であり、片手で振るうジエンドでさえ困難を極める詠唱なのだ。
普段は両手でしっかりと持って振るわないとうまく攻撃できない。これはこの詠唱の難点でもあるが利点でもある。
しかし、その『血魂鬼斬』の重みが急に――
――軽くなったのだ。
重い大岩が突然崩れてしまったかのような重みを感じながら、ジエンドは片手で簡単に持てる『血魂鬼斬』を目だけで見、そして声が聞こえる方向に耳を傾けながら、ジエンドは手に持っている刀をそっと上げる。
震える腕で、土煙で隠れてしまっているそれを見るために、彼はそれを上げた。
そしてその動作を見てなのか、土煙の向こうにいる人物はジエンドのことを見ながら、凛とした音色でこう言った。
「ジエンド、あまりの衝撃に困惑していると思うが……、一つだけ言おう。長くなるかもしれないが聞いてくれ。お前は私を斬ると同時に――私の背後にいるハンナやアキ、キョウヤ、シェーラ、虎次郎殿、セレネとコノハを斬ろうとしていただろう? 仲間の二人を巻き添えにして、お前は私を斬ろうとした。確かに、私はお前のやることを予測できた。そしてハンナたちを守るために、私は避けずにお前の攻撃を止めようとした。その詠唱を折ることはできないのは重々承知していた。『血魂鬼斬』は封魔石と同等の硬度を持っている詠唱。並大抵の力では壊せないことも、私が持っている『宿魔祖』の『地神の鉄槌』よりも固い強度を持っている。だから攻撃して壊すことは無駄だとわかっていた。しかし……、そんなことをしなくてもいいことを思い出した。だから私は――心置きなく止めることに専念できた」
土煙の人物の言葉を耳に入れつつ、ジエンドはそっと、本当にそっと手に持っている『血魂鬼斬』をジエンドがその全容を見れるところまで上げる。
まるでドライアイスに入ってしまったそれをとるように、土煙に入っていたそれが煙を払いながら姿を現していく。
「っっっ!? あ、な……んだとぉっっっっ!?」
ジエンドは叫ぶ。己の詠唱――『血魂鬼斬』の姿を見ながら、彼は愕然とした表情を浮かべる。
刀の真ん中のところで真っ二つにへし折れてしまっている『血魂鬼斬』を見つめながら――
「な、なぜ『血魂鬼斬』が折れているんだ……っ!? この詠唱が壊れることなど、今までなかった……っ! 何をしたんだ……っ!」
ジエンドは言う。震える声で、土煙の中にいるであろうその人物に怒りの矛先を向けながら、彼は搾り取るような声で唸りの声を上げた。
「何をした……! 一体何をしたんだ……っ! 答えろっ! 『地獄の武神』――ヘルナイトッッッ!」
ジエンドは叫ぶ。
今現在も、揺れ蠢ている土煙の中に乗じて隠れているヘルナイトに向かって。
「何をした? それ簡単だ。私は何もしてない」
その声を聞いたヘルナイトは、ジエンドの返答に対して答えようと土煙の中からこう言葉を返した。
ばた……。ばたた……。ばたり……。
己の足元を汚す黒い液体を見つつ、体から発せられる鈍痛の信号を感じながら、彼は凛とした音色で答える。
「私は――止めただけだ。ハンナ達に被害が及ぶ前に、その軌道を止めただけだ。おかげで重傷とまでいかなかったが、怪我はしたな」
そう言うヘルナイト。
技を止めるために受け止めたであろうその左わき腹からは、黒い液体がどろどろと零れ出ていた。
左の足元にいくつもの黒い血の線を残し、その足に水たまりを作るその姿は――満身創痍までいかずとも、無茶をして受け止めたことが目に見えていた。
そのくらいヘルナイトは武器を取ることを拒んでいた。
目の前にいるであろう――元であろうと仲間であったジエンドに対して、攻撃をすることを拒んだ。
ハンナ達が傷つく姿は見たくない気持ちを持って守ろうという選択と、変わってくれるという淡すぎる希望を抱き、彼のことを変えるために殺さない二つの選択をしたヘルナイト。
二つの優しさを掲げながら、彼は止める選択をしたのだ。
ハンナ達を傷つけない。ジエンドの武器を壊し、彼の心を仲間として変えるために――ヘルナイトは攻撃しない選択をしたのだ。
これは――使命感でも何でもない。
これは――ヘルナイト自身の我儘。
人間も、仲間も、もともと仲間であったものも仲間で、大切だからこそ――彼は願ったのだ。
罪を償い――殺さないで、皆が血を流さずに生きていける世界を。
「な、何もしていない……っ!? 下手な嘘をつくなっ! 貴様は此方のこの刀をへし折ったのだぞ………っ! まさか……、ボルケニオンのように無茶をして折ったのかっ!? だが生身で折れるほど、この詠唱はやわではないっ!」
「ああ、それは百も承知だ。私も理解している。それに言っただろう? 私は止めただけだ。と……」
「だから……っ! ?」
しかし、ジエンドはヘルナイトの言葉に対してありえないという気持ちを表しながら反論を返す。
お前が折らなければこうはならない。嘘はやめろ。
そう示唆させながら――
だがヘルナイトはその言葉に対して反論という言葉で返す。正直な意思を添えながら言うと、それを聞いていたジエンドは再度反論しようとした。
が。
「…………………………あ?」
ジエンドは上を見て――愕然とした声を上げた。
いいや、この場合は愕然ではない。ジエンドはその光景を見た瞬間、しまったと己の驕りを叱咤したのだ。
なぜこんなことを忘れてしまっていたのだろう。なぜ自分はこんなものを見落としていたのだろう。
確かに、冒険者の手に一度落ちてしまったが、それでもこいつは生きている。永劫の命を持ち、この国を守ってきたのだ。ちょっとやそっとのことでは――倒れない。そして……。
こいつなら、此方の詠唱をいとも簡単に折ることも可能だ。
と――
そう。
ジエンドは、見たのだ。それと同時に、見落としてしまっていたのだ。この場所が一体どんな場所なのか。そしてこの場所にはハンナ達以外に、もう一人役者がいたことを思い出したのだ。
今の今まで気絶していたからヴェルゴラも、メグもその光景を驚愕の顔を浮かべて見上げ――ハンナ達はその光景を見て驚いた顔こそしているが、淡い希望が添えられているような顔を浮かべて彼らは見上げていた。
帝国の最下層で幽閉され、Drの手によって操られていた『八神』が一体――『土』のガーディアンのことを。
「………改めて見ると、でけぇな」
「おおきーい!」
「おぉ、これは圧巻な……」
キョウヤ、コノハ、虎次郎が言う中――ハンナはヘルナイトの目の前で自分以上に大きな手を伸ばし、ヘルナイトの横で血の刀を摘まんだのだろう……。
そして摘まむと同時に折れてしまい、一部が地面に落ちてしまったのだろう。ヘルナイトの近くには地面に落ちてしまった血の刀の破片が転がっている。
ガーディアンは指の間に挟まっている血の刀の先を見ながら首を貸している。
その光景を見て、ガーディアンがヘルナイトのことを助けてくれたことに、安堵と感謝をしながら、ハンナは震える声でガーディアンの名を呼んだ。
その声に、対し、完全に意識を取り戻したガーディアンはゆっくりとした動作でヘルナイトの体に刺さっていたであろう赤い刀の先を摘まみ上げ、そのまま指と指ですりつぶしながらガーディアンは言った。
この場で、ハンナとヘルナイト、そしてジエンドにしか聞こえない声で言ったのだ。
――すまないな。起きるのが遅れてしまった――
その言葉に、ハンナは震える体で、泣きそうな顔をして首をフルフルと振るう。
ハンナのその姿を振り向き、横目で見たヘルナイトは、心に突き刺さる罪悪感を味わい、左わき腹に突き刺さる鈍痛を緩和するように、その箇所を手で押さえると、その光景を見ていたのだろう――ガーディアンはハンナに向かって言った。
――天の使い。今は早急だ。私が時間を稼ぐ。その間に――武神の傷を癒してくれ――
「え……? あ、っ!? ヘルナイトさんっ!」
ガーディアンの声を聞いて、ハンナは一瞬呆けた声を出して首を傾げていた。
しかしヘルナイトのことを見た瞬間、ガーディアンが何を言いたいのかが理解できた。一瞬で理解できたと同時に、彼女はヘルナイトのところに向かって駆け出した。
アキの静止を聞かずに、彼女は無我夢中で駆け出し、ヘルナイトに向かって駆け寄ろうとした。
しかし――
「逃げるなぁ! この野郎っ!」
メグはその光景を見て、アキとシェーラ、セレネのことを無視してハンナに向かって直進して飛ぶ (人魚族のメグは足がないので、この場合は飛んで移動すると言う言葉が正しい) と、メグは手に持っていた己の武器――殴鐘をトンカチを叩きつけるように振るい上げると、そのままハンナの後頭部に向けて叩きつけようとした。
「――っ! させないわっ!」
その光景を見て、声を上げたシェーラは剣の鞭をメグに向けて狙いを定め、アキは即座に銃口をメグの腕に向ける。引き金に指を指し入れ、そのまま発砲しようとした。
セレネはそんな二人のサポートとして、剣先を二人に向けながらスキルを発動しようと、口をそっと開けた。
刹那――
三人の前を通り過ぎる何かが、三人の視界を遮った。
「「「っ!?」」」
アキ達はその光景を見て目を見開く。しかし三人の視界を遮ったその存在は――ハンナの背後でその武器を振り下ろすメグを捉える。
捉えると同時に、腰に差し入れていたそれに手を添え――
「秘器――『一閃刀』」
そう言葉を放った瞬間――否、それよりも前に、メグの殴鐘の柄がすぱぁんっ! と、斬れてしまった。斬られたのだ。
アキ達の視界を遮るように、背に小さな老婆を背負いながら、この国では特殊な存在であり異種のエルフでもある彼……、偵察軍団団長――レズバルダ・ウォーエン・ヴィジデッドは、メグの武器をいとも簡単に切り、そして流れるように腰に差し入れていた秘器の刀を納刀した。
かちんっ。
納刀の音が響くと同時に、メグの殴鐘が大きな音を立てて、ガサツな音色を立てながらその場に崩れ落ちる。
ごとんごとん! そんな音を聞いたハンナも、背後で起きた異変に気付き足を止めて振り返ると、彼女も驚いた顔をしてレズバルダと彼の背にいるカカララマのことを見た。
「え……? なんで……、こんなところにあなたが……?」
驚きのあまりに混乱しているのか、ハンナは困惑する表情でレズバルダのことを見ていたが、レズバルダよりも先に、背にいた老人カカララマはその背からひょいっと降り、そのままハンナに向かって歩み寄りながら彼女は――怒鳴った。
彼女の言葉を遮るように、カカララマは怒鳴った。
「そんなこと今は関係ないわいっ! さっさと向かえ大馬鹿もんがぁっ!」
「っ!?」
カカララマの登場に困惑、そして怒られたという驚きに、目を点にしてしまうハンナ。そしてそれを見ていたアキたちも困惑しているが、そんなことお構いなしにカカララマは怒鳴り続ける。
ぴょんぴょんっと、杖を使って一歩一歩跳んで歩みながら――
「儂らの登場に驚いていることは十分承知じゃ。しかし今はそんなこと紙屑と同様にどうでもいいことじゃっ! 今は死と隣り合わせの状況じゃ。儂に構っている間にも、お前さんが向かおうとしていた魔王の輩の命はどんどん削られておるのじゃ!」
「っ!」
その言葉を聞いたハンナは、はっと声を上げ、すぐさま目の前にいるヘルナイトのことを見た。見て――斬ろう液体が流れている箇所全体を見た。
ヘルナイトは今もなお仁王立ちで立っているが、それでも左わき腹を押さえている箇所からはドロドロと血が流れ、足を伝って黒い水たまりは大きく面積を広げていく。
その光景を見て、ハンナは苦痛に顔を歪ませたが――カカララマはそんな彼女の手をがしりと掴み……、そのまま驚くハンナの手を引っ張り、前かがみになっているハンナを見ながら跳んで進む。
「止まる暇はないっ! 早く来るんじゃ小娘っ!」と怒声を浴びせながら……。
「っ! ちょ」
「このまま行かせるわけにはいきません」
カカララマの行動と、そんなカカララマの手によって連れていかれるハンナを見たメグは、斬れてしまったその武器の亡骸を持って突っ込もうとしたが、その前に、そんなメグの進路を塞ぐように、彼は前に躍り出た。
メグの背後にいるアキ達と一緒に、メグを挟み撃ちにしているレズバルダは――もう一度秘器の刀に手を添えながらこう言った。
「これ以上この国を穢すのであれば……、私も容赦はしません」
「………っ! もぉ……っ! なんでいつもいつも……っ!」
レズバルダの行動と言葉を聞いたメグは、苛立ちを顔に出しながら、思い通りにいかないことに怒りを募らせていた。
その光景を見ていたアキたちは、突然のレズバルダの行動には驚きはした。そして疑いもした。まさか自分たちを殺すために単身でここまで来たのか? と……。しかし……。
「彼に敵意を感じない。あの老婆にもだ。そして私達を守ろうと前に出たあの行動に嘘偽りなどなかった。彼の行動は本物だ。今は彼との共闘を喜ぶべきだ」
そんなセレネの言葉で、アキとシェーラは腑に落ちないこともあったが、状況も状況。そして助けられたことも事実なのだ。その恩を仇で返すことはしたくない。敵であろうと、助けてくれたのだ。
今はその返すためにも、現状的に苦しいこの共闘を喜ぼう。
そう解釈して、二人は渋々ながらセレネの言葉を信じ、そしてレズバルダと共闘を共にしようとした。一時的な共闘を。
困惑と怒りで顔を染めているメグを見ていたヴェルゴラは、内心舌打ちをし、レズバルダの登場を驚きの目で見ていたキョウヤ達を見て、ヴェルゴラは動く。
二人に向かって急速な加速をし、手に持っていた槍を大きく半球を描くように、刀を振るうように槍を振るうと、ヴェルゴラは至近距離のところで足を止め――音で気付いたのだろう……、三人の驚く横目を見て、ヴェルゴラは唱える。
ヴァルキリーしか持っていない。横一列の全体攻撃を。
「『ヴェーラ・ヴァルタ』」
唱えた瞬間、ヴェルゴラは大きく振るい、己の脇にしまうようにしていたその動作をやめ――横に薙ぐように、その攻撃をキョウヤ達に向けて放った。
びゅおんっ!
空気を裂く音が響くと同時に、先に攻撃を受けそうになった虎次郎は、ルビィの手によって新調された盾を持ってヴェルゴラの攻撃を塞ごうと掲げようとした。
瞬間――
「『完壁盾』!」
――ごぉんっっ!
この場所にいる人の声ではない声と、何かに当たってしまう鈍い音。
「っっ!?」
「むお?」
「!」
その音を聞いて見たヴェルゴラと虎次郎。同時にその光景を見てはっと息を呑んだキョウヤ。
コノハもそれを見て、自分の周りを見て驚きを隠さず、「ひぇー! すごーっ!」と大きな驚きを上げながら、自分の周りに張り巡らされているそれに手を触れて興奮した面持ちでそれを見る。
先ほどから言っているそれとは――虎次郎を、否――虎次郎達を覆うように張り巡らされた黄金色に輝く半球体。
その半球体に攻撃を当てた瞬間、ヴェルゴラの攻撃はいとも簡単にはじかれ、そのまま効力を失った槍は僅かに左右に揺れながらその場所で留まってしまう。それを見て驚いてしまう虎次郎であったがキョウヤだけは知っていた。
この半球体は誰が発動したものなのかを――彼は知っていた。
知ると同時に、キョウヤは流れるような動作で自分達が入ってきたところ――階段への道を見て、にへら。と笑みを作る。
「………ったく」
困り、嬉しさ、そして有難さを味わい、それを顔に出しながらキョウヤは言った。
「来るの遅せーよ。いつまで反省会してんだよ。馬鹿ップル」
その言葉を聞いて――最下層の階段出口付近に立ち、キョウヤ達に向けて手をかざしている女性と、隣でワイヤーの武器を操っている男はキョウヤのことを見ながら怒りと羞恥交じりの反論をした。
「う、うるせーなっ! 人をバカップルとかいうんじゃねえっ!」
「そうだよ! 恭也君のことが心配でここまで来たのに……! ひどい言い草だよっ!」
キョウヤの言葉を聞いて反論してきた男女――元『バロックワーズ』の一人ハクシュダと、『ローディウィル』のレンはワタワタと顔を赤くしながら言葉を返していた。
「っ。新手か」
攻撃を止められてしまったヴェルゴラは、レンとハクシュダの姿を見て小さく舌打ちを零す。
そして……、ジエンドもその光景を見て、今までの余裕が泡となって消えていくような感覚を覚え、どんどんと焦りと言う名の泡を感じ、膨れ上がり自分を覆うようなそれをふつふつと感じながら彼は顔を険しいそれに変えていた。
体中の神経が一部麻痺したかのような感覚を感じ、予定外の事態が生まれたこの瞬間を見てジエンドは苦痛の言葉を零す。
ガーディアン。
レズバルダ。
ハクシュダとレン。
そして――帝国の元帝王カカララマ。
その御人の存在と共に、一気に劣勢になってしまった状況を見ながら、ジエンドは零した。
「――悉く……っ。運命は武神の味方をするのか……っ!」




