PLAY77 帝国の死、そして新しい国に――①
ギャリギャリギャリ……ッ!
ピキッ! ペキッ!
刀と鎧の間から発せられる切削音が、ヘルナイトとジエンドの耳にダイレクトに入ってきた。
その音を聞きながらジエンドは内心狙えなかったことに対して舌打ちを心の中でした。振り下ろした刀が当たっている箇所――右肩の近くを見つめながら……ジエンドは思った。
――くそっ! 勢いに任せにしたせいで軌道が逸れた!
――腕を切り落とすつもりが胴寄りになってしまったか。鎧のつなぎ目に向けて落としたにも関わらず、何というミスだ!
――おかげでまた刃毀れがひどくなりそうだ……。
ジエンドの言う通り、ヘルナイトに腕を切り落とそうとしたその刀は、軌道が逸れて肩に当たってしまい、今もなお切削音を立てながら小さな小さな花火を灯し、すぐに消えてなくなってしまう。
その花火と同時に、鎧の破片と刀の破片が少しずつ、本当に少しずつ地面に落ちていく。
本当に目を凝らさないといけないくらい小さな破片ではあるが、その破片が落ちると言うことは……、簡単な話――もう寿命が近付いているということだ。
ヘルナイトの鎧――ではない。ジエンドの刀の寿命が近付いていると言うことである。
しかし、ジエンドはそんな焦りなど微塵も表さず、且つそれすら思わないような雰囲気の中、彼はヘルナイトのことを見る。そして思った。
――だが、そんなことはどうでもいい、今はそのようなことなどどうでもいいんだ。此方が今、疑念に思うことは……。
ジエンドはそう思いつつも、ちらりと己の視線の下にいるヘルナイトのことを見降ろす。
ジエンドとヘルナイトの身長は僅かな差であり、ジエンドの方が少し大きいくらいの背丈だ。その状態だからこそ、ジエンドはヘルナイトのことを見降ろすことができる。
ヘルナイトは逆に長身であるジエンドのことを見上げている。
だからこそなのか、ジエンドはヘルナイトのことを見降ろし、全体の姿を見つめながらこう思った。
なぜ、武器を手に持たないのか……。と。
ジエンドはそのことに対して、疑念を抱いていた。
確かにヘルナイトは今現在武器を持っていない状態で、ボルケニオンのように拳を構えた状態で身構えていたが、ジエンドが刀を肩に向けて振り下ろしたせいで先制攻撃を許してしまった。これは痛恨の痛手である。
ジエンドもこの時までは、軌道が逸れるまでは『勝った』と思っていた。
そこまではいい。そこまではいいと、ジエンドは思っていた。
だが。
ここに来て、少し時間が経ったところで、ジエンドは疑念を覚えたのだ。
まず、ヘルナイトは未だに拳を構えた状態でジエンドのことを見上げている。
じっと、微動だにせず……、まるで痛覚を失ってしまった超人のように、ヘルナイトはただただ刀を力一杯押し付けているジエンドのことを見上げていた。
何の音を上げずに……、無言の状態で――だ。
そしてヘルナイトは今現在ジエンドのことを見上げながら拳を構えた状態で立っている。銅像のように一ミリも動かずに……だ。
腰に差し入れている短剣も引き抜かず、背に差し入れている大剣も引き抜く動作もせず、ただただ拳を構えている。
拳を構えながら……、自分のことを見上げているヘルナイト。
甲冑から覗く退魔魔王族特有の瞳孔が、ジエンドのことを捉える。
その目を見たジエンドは、先ほど感じた臆する感情を一瞬込み上げてしまう。
そのせいで雰囲気が僅かに軋んだ。顔を歪ませることはしなかったが、雰囲気がその思いを体現してしまった。
「――どうした?」
「っ!」
そんな雰囲気を察したのか、それとも違うのかはジエンド自身わからない。しかしそんなジエンドに対して、ヘルナイトは聞いた。
焦りも恐怖も、怒りも感じない――瘴気が世界を蔓延した以前と同様の、鬼士団長らしい落ち着いた音色で、ヘルナイトはジエンドに向かって、ジエンドのことを見上げながら、もう一度聞いた。
「なぜ私に対して恐怖しているんだ? ジエンド」
「っ! 此方が、貴様のような輩に臆する? そんな馬鹿げた話があるかっ! その言葉は逆ではないのか? 貴様が此方に対して恐怖を覚えているのではないのか?」
しかし、その言葉に対して屈することなく、ジエンドはヘルナイトに向かって反論の哄笑を浮かべた。
自分はお前のような格下相手に恐怖など覚えいない。そう相手に言い聞かせるように。自分に言い聞かせるように……。
ジエンドは刀を振り下ろす力を強めながら、ヘルナイトのことを見降ろしつつ次の言葉を放つ。
『12鬼士』の時――よくクイーンメレブが言っていた……。相手を怒りで本気にさせ、時間をかけて屠り心身共に大きなダメージを負わせる――クイーンメレブ曰くの攪乱技――『逆撫で言葉遊び』を。
ジエンドは言った。
「此方はこの世界を一瞬にして瘴気で覆いつくした。そして此方はこの詠唱の力で、貴様等を打ち倒した。鬼よりも強い騎士団と言われた『12鬼士』を十一人も! 最強種族魔王族の猛者を十一人も倒した! そんな此方に対して、貴様は臆しているのだろう? 此方をここで屈服させることができるのか。此方を屈服させ世界を戻すことができるのか。そう思っているのだろ? 殺す、倒す、消すということを一ミリも考えず――此方を屈服させることしかできない! それは簡単な言葉で貴様を言い合わらすのならば――臆病者だ! そんな臆病者に、此方が屈服されることなど……微塵もないっ! 未来も見えんなっ!」
ジエンドはヘルナイトに向かって価値を確信したかのように高らかに言う。
ヘルナイトのことを臆病者と罵り、内心そのような思考で自分に楯突こうと思ったのか、軟弱にもほどがあると思い、それと同時にこれは勝てると確信したジエンドは、ヘルナイトに向かって勝利宣言をしたのだ。
しかし……、ヘルナイトはそのことについて何も言わない。どころか、構えを解かず、時間が止まったかのように体を止めた状態でジエンドの話を聞いている。
無言で、何も反論せず――怒りを露さず……。
その光景を見ていたジエンドは……。
――ほほぉ……。平然としているか。そこは『12鬼士』らしい……。いいや、退魔魔王族らしい風格と言うべきか。
――その風格ゆえに団長に選ばれたんだろうが、此方からしてみればまだまだ経験浅い若造だ。
――さっきの臆しも杞憂だろう。此方がこんな若造に臆することなどない。否……、そんなことありえないのだ。
――此方は鎮魂魔王族にして『12鬼士』! そして、創造主としての器を背負う鬼士なり!
――創造主としての資格を持つ此方が、こんな小僧に対して恐怖するなど――ありえないのだ!
そう思いながら、ジエンドは力を入れていたその刀に、更なる力を添えながらぐっと前のめりに押し付ける。ヘルナイトの体を二つにする勢いで、彼はその刀に力を入れる。
入れた瞬間……、『ピキッ!』、『べきっ!』、『パキンッ!』と言う音が聞こえ、地面に落ちる破片が多くなり、大きさも変わりつつある状況を見ながら、ジエンドはその変わりつつある状況を勝機と確信して渾身に力を入れようとした――
刹那。
「未来は――見えるものではない」
凛とした声が、ジエンドの鼓膜を揺らし、脳内のしわとして刻まれると同時に、ジエンドは一瞬目を見開いて、その力みを止めてしまいそうになった。
まるで――心臓が止まったかのような感覚。
その感覚を感じると同時に、その感覚は水を懸けられた炎のように消えてなくなる。
興奮した感情が一気に冷静に会ったと同時に、ジエンドは言葉を放ったヘルナイトのことを見降ろす。
瞬間――
「――っっ!」
ブワリと――また訪れた。
背筋を這うような寒気。そして同時にくる身震い。
ぶるりと、刀を持つ手が震え、軌道がそれ懸けそうになったが、そこを気力で持ち直して軌道を保つジエンド。しかし、背筋の寒気と鎧の中から流れる――血ではない嫌な液が身体中を覆う。
べたべたしているような感覚だ。
それを感じながらジエンドはヘルナイトのことを見降ろすと、ヘルナイトは平然とした面持ちで、鎧に打ち付けていたその刀の先を、右手でしっかりと掴み、少しずつ、本当に少しずつ押し返していく。
ぐぐぐっと押し返し、手から零れる黒い液体を無視しながら、ヘルナイトは言った。凛としている――脳内に残るような音色で、彼は言った。
「確かにジエンド――お前が放ったその詠唱は凄まじい威力だ。アズールを覆い、混沌へと導いた。私達『12鬼士』をいとも簡単に倒せる力を持っている。そのことに関しては正直に認める。ジエンド、お前の詠唱は凄いと」
「っ」
「だが――一つ訂正させてくれ。私はお前に対して臆してはいない。そして私は、貴様と戦い、殺し合いこともしない」
「……な、何を言っているっ!」
ヘルナイトの発言に、ジエンドは全身の血が頭に上り、自制が利かなくなってしまったのか……、ジエンドはその血の思うが儘に――感情に任せるように彼はヘルナイトに向かって怒鳴る。
「貴様本当に日和ったのかっ? 戦わない? 殺し合いをしないだと? ふざけるなっ! なぜそこまで日和った? なぜ魔王族の世界となるのに喜ばない? なぜ元々創造主であった一族が、その座をあっさりと譲るんだ? なぜ此方の決着を行わないんだ? 答えろっ! 『地獄の鬼神』ヘルナイトッッ!!」
怒鳴った音色で、ジエンドはヘルナイトの押し上げた刀にもう一度力を入れて押し返そうとしたが、動きは変わらなかった。いいや――変わったのは……、ヘルナイトの手から零れる黒い血の量が少し変わっただけ。
その状態を見て、膠着状態と化しつつあるその状況を見たジエンドは、驚いた目でヘルナイトのことを見ると、そんなジエンドとは正反対に、ヘルナイトはジエンドのことを見上げながら平静な音色でこう言った。
「理由など簡単だ。私はお前のことを今でも仲間だと思っている」
「……………っ!?」
「私は今でもお前のことを大事な『12鬼士』の一員として見ている。サリアフィア様も最後の最後までお前のことを信じていた。最後まで、いなくなるまで、あの時いなかったお前があのことを引き起こした張本人と断定しなかった。それは私も同じだ。ジエンド……、お前は私がサリアフィア様に感化されてこんなことを言っていると思うかもしれないが、私は私自身で、お前のことを今でも仲間だと信じているんだ。たとえどんなことを言わてもな」
「…………なんだ……、その夢物語のような未来は……っ!」
「言っただろう? 未来は見えるものではないんだ。未来を見る魔女がいることは知っているな? その魔女の力に頼らなくとも、私は分かっている。そしてその魔女も――わかっている」
「………………?」
「簡単に言おう――」
そう言って、ヘルナイトは手に持っていたジエンドの刀を掴みながら、力任せに前に押し出す。
ぐんっという圧迫に一瞬驚いたジエンドは、驚愕の顔を浮かべると同時に足を崩してしまいバランスを崩してしまうも、何とかバランスを保とうとよろけていた右足を後ろに回し、その転倒を阻止した。
ザシャッ! という音が二人の鼓膜を揺らすが、その音に気を取られる間もなく、ジエンドはヘルナイトのことを見、右足を後ろにし、見出し足の先を前に出して片手で刀を持ち上げ、左手を前に出しながら掌を見せるように構え……、刀の向きを斜め下に突き刺すような腰を落とした態勢になると同時にジエンドはぎっとヘルナイトのことを睨みつける。
さっきまで感じていた臆する気持ちが杞憂ではない。
これは――己の本心だ。と、遅まきで気付きながら……。
そんな状態になったジエンドのことを見ながら、ヘルナイトは言う。ジエンドとは対照的に、武器を構えず、拳法の構えをとりながら、彼は言ったのだ。
当たり前ではあるが、それを変えることは至難に等しいようなことを、彼は言ったのだ。
「未来は――自分の手で掴めるんだ。最悪の未来を変えることもできる。この状況も変えることができるんだと、私は言いたい」
そして――お前の心を変えることもできる。
はっきりとした音色で、ヘルナイトはジエンドのことを見て言ったのだ。
「お前の心が変わらないのならば、その未来がジエンド……、お前の思惑通りになり最悪の未来へと無意識に歩んでゆくのならば……、私はその未来を変えるために、犠牲も何も出さない未来をこれから築き上げていきたいんだ」
「なんだ……? なんだ? なんなんだ? 理解できんぞ……? なんだその脆弱な願望は……、酒を飲んでも一気に酔いが冷めそうな未来予想図だな……っ!」
「自分でも甘いなと思っているが、これは――ある人の願いでもあるんだ」
「ある……人?」
「ああ、ある人だ。そのものの愛する者たちを守るために、そのある人を守るために私は戦う。今私が掲げている決意だ。それはきっと――お前も含まれている。そして私も、お前のことを今でも仲間だと思っている」
「…………………………」
「だから私は戦いたくない。そして――欲を言えばこのまま諦めてほしいのが、私の本音だ」
「は」
ジエンドは聞いた。ヘルナイトの意思を、彼の本音の一部を聞いた。
それを聞きながら、ジエンドは思った。ふつふつと湧き上がるような怒りに似ているが、その中に含まれる呆れがその以怒りと混ざり合い、怒りに似た何かを作り出していく。
その何かが形成されている中――ジエンドは思った。
――此方のことを、今でも仲間だと思っている?
――何の犠牲も出さずに、此方を止めると? 傷つけずに、此方の心を変えるための戦いをするというのか?
――馬鹿げている。あまりにも夢を追うような願いだ。そんな願いが叶うわけないだろう。
――だが……、あの目を見ればわかる。
――あの男は、本気だ。
――本気で此方の心を変えるために戦うつもりだ。
――犠牲も何も出さないために、此方のことを救おうとしている……。
ジエンドは握られている刀をぐっと握りしめ、顎を少しだけ引くと、彼は視線を床に移した。
その光景を見ていたヘルナイトは、内心理解してくれたようだな。と思いながらじっとジエンドのことを見ていた。
わかってくれた。ではなく――理解として……。
拳を突き出している構えを解かず、ただただじっと、ジエンドの行動を見ていた。
ヘルナイト自身、ジエンドが自分の言葉ですんなりと折れることなどありえないことは知っていた。
だからこの先は戦い必須と言うことも予測していた。
だからヘルナイトは構えを解かなかった。
…………と言うよりも思い出した。の方がいいだろう。
ジエンドは『12鬼士』の中でも特に仲間意識が乏しい存在で、いつも単独行動をしていたクイーンメレブと比べたら別格の個人主義を持っている。
それが一体なぜなのかは今になって分かったことであるが……、その個人主義ゆえにジエンドは『12鬼士』内でも孤立しているようなそれを出していた。
理解もしないで仲間割れすることもしばしば。ゆえにヘルナイトは分かっていた。
たとえ話を聞いたとしても、ジエンドがその意思を他人に対して同調することはない――と。
しかし、だがしかし……、それでもヘルナイトは信じているのだ。
仲間として、ジエンドが変わってくれること、昔も――今も信じているのだ。
だが……、現実はそう甘くはない。それはヘルナイト自身がよく知っている。ゆえに彼は構えるのだ。構えると同時に、ジエンドの行動を止めるために、彼は戦う意思を固める。
反逆者として殺すのではなく――仲間として、止めるために。
武神と厄災は少しの間――言葉を発さなかった。
長い長い沈黙がこれからも続くだろうと誰もがその空間を見て思うかもしれない。しかしその空間は有限の時間で固められているが故――その時間が永遠の続くことはない。
そして現在進行形で経過している永遠の時を崩したのは……切り崩したのは……。
「ふ」
切り崩す合図として、その声は二人がいる空間をチャイムのように響かせ、その響く一瞬の反響と同時に、声の人物は――駆け出した。
ダンッッ!!
割れる轟音が響くと同時に――『バキィッッ!』と床が抉れ、床の下にあった黒い地面が露出すると同時にその人物は駆け出し、手にしている得物を振るい上げると、それと同時に受ける人物も防御の構えをとる。
流れるような高速の動き。
その高速の動きと共に、二人の人物はその得物を振るい――互いにそれぞれの思いをその勢いに乗せながら。
――ガギャァァンッッ!
と……、その音は一際大きく最下層に奏でられた。
たった一音のそれであるが、それを聞くものは誰もいない。皆が皆――目の前のことで手いっぱいなのだ。ゆえにそれを聞く余裕などない。それは――ヘルナイトとジエンドも同じだ。
「……………………っ! ぐぅ…………っ!」
大きな音を奏でたと同時に、ジエンドはヘルナイトに両手でしっかりと持ったその刀をぶつけながら歯を食いしばる。
目の前で――自分の得物を難なく鎧の腕で止めているその姿を目に焼き付けながら、ジエンドは再度彼方を振るい落とす手に力を来ようとした。
刹那――
「――遅い」
ヘルナイトは言う。
刀が振るい落とされたと同時に、防御に沿えた左手で刀を押し出すように――盾を持っているかのように力を少しずつ加えると、ヘルナイトは右拳をぐっと丸め、握る力を込めた瞬間――その拳をグワリと、一直線を描くようにジエンドの胴体に向けて放った!
――ごぉんっ!
という鈍い音が響くと同時に、ジエンドの体にも多少ダメージが上乗せされる。
びりびりとくる衝撃とじわりじわりとくる激痛が、ジエンドの体を襲い………………。
「………………っ! ぐぅ!」
その衝撃を受けたジエンドは口のところから体中に流れているそれとは違う黒い液体を吐き捨てて地面を赤い点々ではなく、黒いそれで彩っていく。
「………………っ! くぅ! この青二才がぁ……っ!」
ジエンドはかふりと黒い液体を吐き捨て、それを唾液と一緒に『ぷっ!』と吐き捨てると、ジエンドは両手で持っていたその構えを解き、右手を天井に向けると――その右手の五指を蛙のようにカパリと開くと、彼はその五指の先に力を入れながら唱える。
「――『焦手滅刀』ッッ!」
ジエンドがその言葉を放った瞬間、力ませていた右手の五指が突然発行をし、赤く変色していく。
変色すると同時に、その五指から湯気が立ち込め、辺りをどんどん熱していく。
手からゴポゴポと鳴り響くそれはまるで――マグマのように赤く光る五指。それを開いた状態から閉じる状態に切り替えるジエンド。その手の形はまさしく……。
手刀。
その手刀をヘルナイト目掛けて勢いをつけた突きを差し向ける。
「――はぁっ!」
ジエンドは声を張り上げ、掛け声のようにその手刀を繰り出し、ヘルナイトのがら空きになっているその胴体に向けて――心臓の位置に向けて、ゴォッという空気を斬る音を出しながら繰り出すジエンド!
――この『宿魔祖』は心の臓を焼き切る火の魔祖の技!
――一撃必殺に等しい此方達鎮魂魔王族が持つ技の一つ! そしてこの技はどの種族にも適応できる!
――たとえ最強の魔王族であろうと、体中の血液を循環させるポンプ、種族の核とも云えるその心臓を貫けば、必ず死に至る! どの種族にもある抗えない構造!
――この『宿魔祖』はその行動に最も適している!
――此方の手で心臓を貫き、ヘルナイト……、その減らず口が叩けないように一瞬で殺してやる!
――それが、此方にできる……。
唯一の慈悲っ!
ジエンドは振るい落とす。
ヘルナイトに対して唯一の慈悲として、一瞬でその息の根を止めるために、己の想いを成就させるために、ジエンドはヘルナイトの心臓の位置に向けて手刀を仕向ける。
しかし……。
「――っふ」
ヘルナイトは短く息を吐くと同時に、その呼吸と連動させ――ジエンドの胴に打ち付けていたその拳を即座に平手の形に変える。
わかりやすく言うと――ハッケイの形と言えばいいのだろうか。
その手の構えた瞬間、即座に行動に移して――ジエンドが放った貫手に向ける。
大きく薙ぐように――その手を本当の剣のように見立てて……、ヘルナイトはその手刀を薙いだ。
刹那――
ダスンッ! という鈍い音が小さく響き、どこからかぴしりと言う音が聞こえる中……、ジエンドの貫手が――マグマのように熱せられたその手が空を彷徨った。
ヘルナイトの心臓を貫くこともなく――ただただ空中を崩れた手の状態で彷徨わせてしまったジエンド。
その感覚を受け取っていたジエンドは、愕然とした顔でヘルナイトのことを見降ろし、それと同時に手刀にしていたマグマの手に違和感を感じながら、ジエンドは舌打ちをし――
「……っ! な……、んだとぉ……………っっっ!?」
彼は憎々しげにヘルナイトのことを見降ろしながら睨みつけ、そして搾り取るような激昂の声を上げた。
それもそうであろう。
ジエンドは己の手をマグマのように熱した『宿魔祖』を使って、ヘルナイトのことを倒そうとした。しかしそれを難なく薙いで防いだヘルナイト。何の力も使わず、ただの手刀の力で、鎧だけと言うそれを纏っただけの手刀で、難なく弾き返されてしまったのだ。
あろうことか――ジエンドの、マグマの手の腕の骨に罅を入れて――
「く、ぅぅぅううううううっっ! この此方が……っ! このような仕打ちを……!」
ジエンドは唸りながら片方の手に持っていたその刀を即座にヘルナイトから引くと、ダンッ! と一歩後退して距離をとりつつ、即座にその刀を横に薙ぐように変える。
折れている手を自分が持っている魔王族の力で修復しながら、ジエンドは構えを取り直しているヘルナイトのことを一瞥し、一旦深く息を吐く。
すぅー。ふぅー。
と呼吸をし、荒れていたその感情に冷静を上乗せしたあと……、ジエンドは彼方を持っている手に力を入れて――再度ヘルナイトのことを睨みつけると、彼は唱えた。
ずるるっと――血で濡れているその刀にさらなる血を上乗せするように、どろどろと体中の血をその刀に集中させながら彼は唱える。
「――『血魂鬼斬』ッッ!」
ジエンドの言葉が――詠唱の言葉が放たれると同時に、体中に滴り落ちていたその血が一人でに蠢き始める。まるで蛇のように蠢き、そのいくつもの赤い線はジエンドの刀にどんどん集まり、形を変えていく。
ずりゅりゅりゅりゅりゅっ!
と、血がどんどん集まり、一つの集合体として――否、一つの武器となっていく。大きな大きな薄刃包丁に――
その光景を見ながらヘルナイトは思った。
――まさか、こんなところであれを使うとは……。厄介だな。
そう思ったヘルナイト。そしてそれと同時に、ヘルナイトの気持ちに引き締めが入る。
それもそうであろう。
今まさにジエンドが使おうとしているその技は通常詠唱だが、その詠唱の力は群を抜いて強い詠唱。ヘルナイトが持っている詠唱と比べれば劣るところもあるかもしれない。しかしそれを抜けば――ジエンドが持っているその詠唱は物理的攻撃の中では強力な分類に入る。
何故ならその詠唱――『血魂鬼斬』は元々……。
「ヘルナイト! これで終わりと思えっ!」
ジエンドは叫ぶ、血によって固められ、そして巨大な薄刃包丁と化したその刀を――一振りですべてを切り落としてしまいそうなその武器を構えながら、ジエンドは言った。
何の武器も持たないヘルナイトに向けて――彼は言ったのだ。
「此方がこれを使ったと言うことは――わかっているだろう? わかるだろう? 貴様の最後が!」
「確かに、それを使うと言うことは、お前のその意思が、それほど本気と言うことにもつながる」
「そうだな。これは此方であろうと時と場所によって使い方を分ける。そして、今がその時なのだ!」
ジエンドは哄笑しながら叫ぶ。
その刀を振るいながら、彼は叫んだ。
そう。ジエンドが使う『血魂鬼斬』は本来このような場所で普通に使うことがない技。
その技はジエンドにとってしても時と場所を選んで使う技で、この技が発動するその時は――対象者の死を意味する。
死と言っても、ジエンドが持っているこの詠唱はそれだけでは終わらない。
ジエンドが使う『血魂鬼斬』は――斬った瞬間からその命を奪い、魂を喰らい、ジエンドの糧にしてしまうという――恐ろしい詠唱なのだ。
そして――この詠唱が使われる時は、絶対に対象者の絶対的死……。つまりは処刑をする時に使われるのだ。
ヘルナイトは知っていた。いや――思い出した。
『血魂鬼斬』が処刑のための詠唱であり、ジエンドは自分のことを処刑対象として殺し、己の糧にするつもりだと――
しかし――
「………だが、今のお前では、私を倒すことは愚か、傷一つつけることなどできない」
「………なに?」
ヘルナイトの凛とした声が有言実行を示唆するような音色がジエンドの耳に届くと、ジエンドはそれを聞いて顔を引き攣らせながら聞き返す。
その言葉を聞いたヘルナイトはさも当たり前のようにジエンドのことを見つつ、武器など持っていない拳を構えながら彼は言う。
「言葉通りの意味だ。お前は私に勝てない」
それだけだ。
そうヘルナイトははっきりと言う。まるで――この先の未来が分かっているかのような音色だ。
否――わかっているのかわかっていないのかは定かではないが、それでもヘルナイトははっきりと言ったのだ。
お前は私に勝てない。勝つことなどできない。
と。
それを聞いたジエンドはびきりと刀を握っているその手の欠陥を浮き上がらせ、体中の血がどんどん熱を帯びていく感覚を味わい、その熱と連動して込み上げてくる怒りを暴発させながら――
「なら――試してみようではないか! その言葉が真なのかをなっっ!!」
ジエンドは足に力を入れ、ダンッと床を抉りながらヘルナイトのところに向かって駆け出した!




