PLAY76 親友の裏顔④
「っ! なにが……、なにが『これが壊れたとしても受け止める気でいるから』よぉ! 調子こくなぁこのやろぉっっ!」
私の言葉を聞いたメグちゃんは歯を食いしばり、擦り減らすようにぎりぎりと歯を擦らせると手に持っていた殴鐘を掲げて、下半身の人魚の鰭を地面に向けて『ばしんっ!』と叩きつける。
それはまるで――キョウヤさんがいつもしている尻尾を叩きつけて急加速するような行動。
初めて見る光景だけど、メグちゃんはキョウヤさんのように私に向かって急加速することはなかった。
どころか地面に向けて叩きつけたけど、メグちゃんはその叩きつけを利用して大きく跳躍しただけ。
ふわんっ。と、普通の跳躍よりも二倍ほど大きく跳んだそれ。
「キョウヤと同類のそれ……っ!? 一発芸が増えただけってこと……。拍子抜けね……!」
シェーラちゃんがそれを見て毒のような言葉を吐いていたけど、その言葉を聞いていたキョウヤさんは少し鋭い眼で見ていた気がする……。
でも、今はそんなの関係ない。
メグちゃんはその跳躍と同時に、持っていた殴鐘をぐわりと振り上げて、それを私が張っている『強固盾』に向けて振り下ろそうとしている。
ハンマーで殴るように――力を込めて。
「っ」
私はそれを見上げて、受け止める覚悟を決めて、メグちゃんの怒りの顔を見上げながら顎を引く。
受け止める。
メグちゃんの気持ちを真摯に受け止めて、メグちゃんの心を助けるために、体を張ることを誓って……。
そう誓った時だった。
「――? っ!?」
突然。
本当に突然で、それが迫って着た瞬間、私ははっと息を呑んで右目の視界の端を一瞬見た。見て――まずいと直感した。
なぜ? それは簡単なことで、私がメグちゃんのことしか見ていなかったから気付かなかっただけ。忘れてしまっていただけのことで、本当は気付かないといけなかったんだ。
今この最下層にいる人は――私達リヴァイヴとコノハちゃんとシノブシさんとセレネちゃん。そして、敵でもあるジエンドと、メグちゃんと……、ヴェルゴラさん。
つまり、もう戦いが始まった瞬間――誰かが動かないで怠けることはない。全員動く。
それは敵も同じで、私に向けて攻撃を仕掛けようとしているメグちゃんと同時に迫ってきたのは――ヴェルゴラさん。
槍を思いっきり引いた状態で、一気に私に向かって突こうとしてる体制で走ってきたのだ。
それを見た私は驚いて同時に来る攻撃をなんとか防ごうと、『強固盾』に力を入れようとした。瞬間だった。
――ギャンッッ!
と、何かが削られるような金属音が聞こえた。私の横から――ヴェルゴラさんがいる方向から、それは大きく聞こえた。
「え?」
その音を聞くと同時に、私は音がした方向に目を向けると……。
がぁんっ!
「あぐぅっ!?」
今度は真正面から大きな音が聞こえた。その音と同時にメグちゃんは私から距離をとるように『ごろんっ』と後ろに転がった後で数回咳込む。げふげふと、咳が出ているのか出ていないのかわからないような咳込みを。
その音と、横から聞こえた音が何なのかを見るために、私は最初、横にいたであろうヴェルゴラさんがいる方向を見た瞬間――驚きのあまりに呆れるような声が零れた。
「あ」
と言う、呆れた声。そして、私の目に映る竜の鱗の柄と、槍の刃。
その声と同時に、私の横で鎧の傷に手を添えながらバツが悪そうな雰囲気を出しているヴェルゴラさんの前に立ち塞がっている――槍を持ったキョウヤさんと、影から自分の影――『豪血騎士』を出して拳を構えているコノハちゃん。そして刀の柄を手に持って居合切りの構えをとっている虎次郎さん。
「人には『冷徹』とか、『血の涙もない』とかおっしゃっていたくせに、自分は容赦なくなるんですなー。ヴェルゴラさん」
「不意打ちも卑怯旋盤の行いなり。戦うならば正々堂々と、そして弊害となる儂らを倒せ。それが正々堂々の――すぽーつまんしっぽじゃろうて」
「そうだそうだ! すぽーつま……、? あ! スポーツマンシップに則ってコノハ達を倒してからにしろー!」
キョウヤさん、虎次郎さん、コノハちゃんはヴェルゴラさんに向かって歯向かうように――そして私のことを守るように、三人は私の横に立って、ヴェルゴラさんに武器を向けていた。
「………キョウヤさん、虎次郎さん、コノハちゃん」
私はキョウヤさんたちのことを見て驚いていたけど、ヴェルゴラさんは対照的に小さく舌打ちをすると同時に、キョウヤさんのことを見ながら彼が冷静な音色でこう言ってきた。
「キョウヤくん……、いいや、キョウヤでいいのか? お前は意外と冷静な思考を持っていると思っていた。分かり合えると思っていたが、まさかあんな陳腐な言葉に動かされるとはな……、失望だな」
「失望って、あんたの見解でオレを決めつけんな。オレはあんたの思考で作られた人間じゃなくて、オレはオレだ。そんで今でも現在進行形で冷静な思考なんすけど?」
「冷静? 何を言っているんだか……。そこにいる無力な女を庇い、正義の味方の気取りで俺には向かおうと言うことが、冷静? それは違うな。それはな――ただの賭け。無謀な賭けだ」
「賭けは賭けでも、命を懸ける賭けだったら、オレはそれでいい。そんで――あんただってやっていること正義感溢れることじゃねえよ。ただの――殺人。罪人がすることだろうが」
そんな人の言うことなんて――一ミリも説得力ねえし、止まる気もねえよ。
キョウヤさんははっきりと言う。それを聞いたヴェルゴラさんはゆっくりと立ち上がり、そして槍を片手で器用にぐるんぐるんっと回しながら、ヴェルゴラさんは言う。キョウヤさん達に向かって――敵意の牙を向けながら言った……。
「分かり合えること自体無駄だったか。それなら――お前達邪魔者を殺して、そのあとでドクトレィル・ヴィシットを身体的に、精神的に断罪する」
「それはダメー! そんなことはさせたくないからコノハも全力で止める! それしちゃったらおじいちゃん償えないもんっ!」
ヴェルゴラさんの言葉に対してコノハちゃんはプンスコと怒りながらヴェルゴラさんに向けて拳を向けていた。上にいた豪血騎士』の攻撃態勢と連動するように。
ううん。この場合豪血騎士』がコノハちゃんの意思と連動したって言えばいいのかな……?
そんなことを思って見ていると……。
「あんた達……っ! 邪魔しないでよっ! なんで関係のないあんたたちが前にしゃしゃり出て来るの!?」
「!」
メグちゃんの奇声交じりの声が私の耳にダイレクトに入ってきた。
その声を聞いた私はすぐにキョウヤさんたちから目を話して、正面にいるであろうメグちゃんのことを見ようとした。
でも――目の前にいる人はメグちゃんではなかった。
目の前にいたその人達は……。
「しゃしゃり出てくることは、その人のことを大切に思っている証拠だ。そして、俺はハンナのことをこの人達の中でも一番大切に想っている。だから俺は前に出て来るし、ハンナのことをほんのちょっとでも傷つけて見ろ。その場で撃ち抜くぞ」
「あんたのシスコン持論なんてどうでもいいけど、私は自分の意思でこうしただけ。あんたってハンナの友達なんでしょ? 友達はあまりいない方だからわからないけど、友達でもない私でもさっきの言葉は苛立つわ。反論したいくらいに、反撃や一泡ふかしたいって思うくらい、むかつく。だから邪魔するわ」
「私も友と言う存在は少ない方ではある。しかしあの言葉は人として言ってはいけない言葉だ。その性根――不躾ながら私も参戦して叩きなおす。そして……、シノブシの無念も晴らす」
銃を構えて屈んでいるアキにぃ、両手に剣を持っているシェーラちゃんにレイピアを持ってフェンシングのように構えをとっているセレネちゃんが、メグちゃんの前に立ち塞がって私の前に立っていた。
キョウヤさん達と同じように、守るように――
「なにそいつのことを庇っているのよっ! そいつは自分はただの役立たずで、ただ人の後ろに隠れていい子ぶっているだけの奴でしょう? メディックだって全然使えない所属で役立たずなくせに、なんであんた達がムキになって庇おうとしているのよ!?」
メグちゃんはそんな光景を見て、気に食わなかったのか――メグちゃんは私のことを指さしながら血走った目で怒鳴る。
私は本当に自分一人でなんとかしようとしていたんだけど……、うーん……。
そんなことを思っていると、目の前にいたシェーラちゃんがメグちゃんのことを見ながらため息を吐く。
そのため息と同時に、シェーラちゃんのことを見ていたメグちゃんの顔が突然、青ざめて強張った。その顔を見てか、シェーラちゃんは再度ため息を吐いてこう言う。
「庇うのは当たり前じゃない。こいつは一人にさせると何をしでかすかわからない草食系猪なんだから」
「んえっ!?」
シェーラちゃんの言葉を聞いた私は、変な声を上げて唸る。
それもそうだろう……。
シェーラちゃんは私のことを猪と例えたのだ。そして草食系と付け加えて……。
いくら何でも、猪は初めて例えられた気がする……。雑食系なんだけど、草食系猪って……、一体……。うぅ。
そんなことを思っていると……、シェーラちゃんは話の途中だったのか、メグちゃんのことを見ながら続けてこう言う。
「普段はあんたが知っているようにおとぼけているように見えるけど、本当は目を離してしまうと無理してでも体を張ってしまう。それは国境の村でよぉく知ったわ。本当だったらこっちにも頼ってほしい気持ちなんだけど、それをしないで、一人でなんとかしようとしている猫を被った猪なのよ。そんな危なっかしい子だからこそ――私達が何とかして力を合わせて助け合うのよ。傷を負った私達のことを助けてこっちは受け取ってばかりとか、筋が通らないでしょ?」
「………………っ!」
「あんたは助けられた恩がある。『恩は必ず返す』っていうコトワザ、ニホンにあるでしょ? なら、助けられた恩をちゃんと返すことが筋。助けられた恩をあだとして返すとか――常識なさすぎじゃない」
「…………う、うううううっ!」
シェーラちゃんの言葉を聞いたメグちゃんは、ぎりぎりと歯を食いしばり、その口の端から上がれる紅いそれに気付かず、彼女はシェーラちゃんのことを睨みつけている。
そんな光景を見ながらも、アキにぃはシェーラちゃんに向けてグーサインを出していた気がしたけど……、気のせい……、だよね?
そんなことを思って見ていると、セレネちゃんはシェーラちゃんの話を聞いて、くすりと小さな声で微笑むと、セレネちゃんはメグちゃんのことを見ながらレイピアの剣を握る力を『ぐっ』と強めながら、セレネちゃんはこう言ってきた。
「そうだな。私は友を持ったことがない。だが持っていない身であっても分かる。メグとか言ったな? 貴様の言動はあまりにも横暴すぎる。友ならば――助けられた感謝を無下にするな」
「っ!」
セレネちゃんの言葉を聞いたメグちゃんは、セレネちゃんたちのことを見ながら尾鰭を地面に向けて『バシンッ!』と叩きつける。その叩きつける音を聞いても、みんなは臆することをしない。怯むなんてこともしなかった。
むしろ――かかってこいと言わんばかりの顔で、みんなは私のことを守るように前に立ってくれた。
これは――私だけの問題なのに……。
そんなことを思ってみんなの背中を見ていると――
「ハンナ」
「!」
突然、目の前から声が聞こえた。
その声の主は――アキにぃだ。
アキにぃは私のことを見ずに、メグちゃんに向けて銃を向けた状態で私に向かって、いつもと同じ音色だけど、その音色に含まれる冷徹さや怒りがこぼれているような言葉で、こう言ってきた。
「ハンナはこう言っていたよね? 『受け止める気でいるから』って。それって――気付けなかった自分への罰?」
「! …………………罰と言うか、友達が苦しんでいたのに、それに気付けなかったから、これは私の所為でもあるって思って……、こうなってしまったのは私の責任でもあるから」
「結局は償いのためだろう? それならそんなことはしないでくれ」
私の言葉を遮るように、アキにぃは少し怒っている音色で、張り上げながら言葉を返した。
その言葉を聞いた私は、驚いた顔をしてアキにぃの頭の後ろを見た。かすかに、腕が揺れた気がしたのは気のせいではない。
その驚きを見ず、銃口をメグちゃんに向けて、メグちゃんに視線を向け続けていたアキにぃは、私のことを見ないで小さな声で謝罪をすると、謝罪に付け加えるように、アキにぃは私に向かってこう言ってきた。
「確かに、責任を感じることはいいことだと思う。俺よりも責任感あると思っている。けれど、その責任はただの間違った罪悪感だ」
「?」
「罪悪感と責任感は違う。ハンナがしていることは、あの半魚人の言葉を聞いて罪悪感を感じてしているだけのエゴだ。本当ならそんなことしなくてもいいんだ。あれはあの女がただ自分の不幸を相手のせいにしているだけ。だからそんなことはしなくてもいいんだ」
「で、でも……」
「それに――あの子を見ていると、重なって見えてしまう。だから無性にむかつくんだよな」
「?」
アキにぃの言葉に対して『それは違う』とか、『これは私達の問題だから、アキにぃ達が私のことを庇わなくてもいんだよ?』と言いたかったけど、アキにぃはそんな私の言葉の続きをさせないように、溜息交じりの言葉を吐き捨てながらアキにぃは言う。
体から出ている悲しいけど、温かい色を放っているもしゃもしゃを放ちながら……、アキにぃは言った。
「あの半魚人は自分の不幸は相手の所為だと思っている。それは――俺も同じだ。同じだった。俺は小さいとき、親も誰も俺のことを見捨てて、ごみのような目で見ていた。そんな目を見て、俺は思ったんだ。『あぁ、俺は誰にも必要とされていない。家の道具として生まれて、その家のために人生を捧げられる。でもそれができない子が生まれたから、俺は見捨てられたんだ。好きでここの家に生まれたわけでもないのに、俺は見捨てられたんだ。こいつらのせいで俺は不幸になったんだ。だから俺は相手のことを恨んでも、誰も文句は言えない。それで天罰が下れば――嬉しい』て」
「それで、その恨みが通じたのか、それとも親の行いが駄目だったのか、両親は事故……、で、亡くなった。親戚は誰も俺のことを引き取らなかったけど、輝夜のおじいさん達が俺のことを引き取ってくれた。色んな経験をしてきた。色んな苦難を体験してきた。だからある程度の不幸も苦難も受け入れることができてきた。だから、だからこそ――小さいとき自分だけが不幸で、自分が不幸になっているんだから相手は自分よりももっと不幸になればいいと思っているこの半魚人を見ていると、小さい時の自分と重なって見えてイラついて仕方がないんだよ……っ!」
「…………………アキにぃ」
アキにぃは言う。
メグちゃんのことを見て、そして……、小さい時の自分とメグちゃんを重ねているのか、本当にいらいらしている音色でアキにぃは言う。
アキにぃがこんなにもイライラしている理由――それはメグちゃんと自分が同じ思考を持っているからと言う嫌悪からではない。
アキにぃは私にカミングアウトをした。今まで話してくれなかった……、輝にぃやおじいちゃんおばあちゃんにも告げなかった過去を。その過去は幼少の時に体験した記憶。その記憶は普通の小さい子が体験したような楽しい記憶なんてなかった。
言葉だけで聞いていたけど、その内容は悲しいものだ。
そんな悲しい記憶をカミングアウトして、アキにぃは言ったのだ。
メグちゃんは幼い自分と似ている。だからむかつく。と……。
きっと、アキにぃはメグちゃんを見て、幼かった自分がどれだけ愚かな思考をしていたのかと言うことに気付いたんだと思う。
人の不幸を願い、その不幸を喜ぶ人は心がすごく汚れている人なんだ。
そうおじいちゃんは言っていた。だからアキにぃはイライラしていたんだ。
アキにぃは意外とプライド高い人だ。
妥協もしないし、何に対しても手を緩めない。求めるものは上だけ。そんなアキにぃだからこそ人を不幸に陥れ、自分の幸せを勝ち取るようなしている人と同じ気持ちだった言うことに嫌悪感を覚えたのだろう……。
つまり――アキにぃからしてみれば、メグちゃんは幼かった自分と同じに見えてしまう。
私はそう思う。
そんなことを思っていると、アキにぃはライフル銃を『じゃきり』と鳴らして、弾丸を装填しながらアキにぃは私を見ないでメグちゃんに狙いを定めて、私に向かってはっきりとした音色でこう言った。
「だからハンナ。確かに気付けなかったことに関してはショックだったと思う。でも……、あいつはその責任をお前に全部押し付けようとしている。頭の中が餓鬼だから自分の所為とか思うことができない奴を助けようとか思うな!」
「!? アキにぃ……っ! それはできないよ……っ! だって……」
「ああできないのは分かるよ!」
アキにぃの衝撃的発言を聞いて、私は驚きの声を上げてアキにぃに対して反論をする。友達なのに、そんなことできない。その気持ちを添えながら――
でも、アキにぃは私の言葉を遮るように声を荒げると、その荒げを繋げるように、アキにぃは言った。
私のことを見ずに、私に向かって――私の気持ちを分かっていたかのように、アキにぃは言ったのだ。
「だから、手を下すのは俺たちの役目だ! ハンナは手を伸ばすことに専念しろ! これは――卑怯だから本当は使いたくなかった兄の命令だからな!」
「………………!」
アキにぃの言葉を聞いた私は驚いた顔をしていたに違いない。それは当たり前だろう……。
アキにぃは最初――メグちゃんを殺す殺気を放っていた (本気)。でも、アキにぃは言った。
手を伸ばすことに専念しろ。
これは簡単な話……、アキにぃは私がやることに協力してくれると言うこと。ちょっと物騒な気がするけど、それでもアキにぃは言ったのだ。私に協力すると。遠回しに……。
それを聞いた私は不思議と今まで熱かったけど、どことなく冷たいような感触を覚えたそれが消えて、穏やかな風が舞い込む温かい風を感じていた。
心から落ち着くような気持ちにさせるような、そんな風を――
◆ ◆
その頃……。
「……っ! くそっ!」
ハンナのことを守るようにアキやキョウヤ達がメグとヴェルゴラの間に入り込むように武器を構えている姿を見て、ジエンドは内心舌打ちをした。
厄介だ――と、アキ達に対しての感情と、何をしているんだ――と、ヴェルゴラたちに対しての無能さへの嘆きを添えながら。
ジエンドは思う。なくなってしまった腕の喪失感を覚えながら、彼は怒りを殺しながら思った。
――まさか、ここまであの小娘の手中力が凄まじいとは思わなかった。
――しかし、それは予測すべき要点だったかもしれないな。それを予測しなかったのは……、此方が侮っていたと言うことか……? いいや、いいや違う! ここまで順調だった! 順調すぎるくらい事はとんとん拍子に進んでいた!
――此方の力でこの世界を瘴気に埋め尽くし、『12鬼士』という希望を滅ぼし、サリアフィアと言う危険因子を排除した! これでよかった! よかったはずだった。
――だが、それを壊したのは……、あの小娘だ。サリアフィアと同じ容姿のあの小娘が、サリアフィアが持っていた唯一の切り札――『大天使の息吹』に選ばれた!
――それから此方の計画が崩れていった……。罅割れの如く……。
――『火』のサラマンダー。
――『雷』のライジン。
――『水』のリヴァイアサン。
――そして『土』のガーディアンを浄化した。もう四体も浄化した。あと四体……。
――『闇』、『氷』、『風』に、そして……、最古の『光』……。
――四体は浄化されたが、あとの四体が浄化されなければまた瘴気で操ればいい。だからここでヘルナイトと、あの小娘を葬ればよかった。
――なのに……っ! なのに……っ!
そう思いながら、ジエンドはぎろりと……、血が滴り落ちる甲冑越しで、目の前にいるヘルナイトのことを睨みつける。
睨みつけて、シノブシの手によって斬られてしまった腕を勢いよく上に向けて振り上げ、斬られてしまった腕に力を入れるジエンド。
「う、ぐ……ぎぃ……っ! がぁ!」
唸るジエンド。その唸りに呼応するように、びき、ぴき……と音を鳴らす斬られてしまった腕。
びき、びききっ。ぴきき……と軋むと同時に、その腕に滴っていた血が、斬られてしまった腕に集まっていく。一人でに――いくつもの赤い血の線が重なり、ジエンドの手を模っていく。
そして――
「――うがぁっっ!!」
ジエンドの叫びと同時に、赤い線と化していたいくつもの血の糸が、一気に膨張し、ジエンドの斬られた手を覆うように『ばぁんっ!』と爆ぜ、その爆ぜに紛れるように、ジエンドの腕が現れる。
まるで手品のように――その手が再生したのだ。
荒い息使いと共に、上に向けていた手をだらりと力を失ったかのように振り下ろし、滴り落ちるそれで地面を赤く染めながら、ジエンドはヘルナイトのことを見て言う。ジエンドの腕の再生を見て、驚いた顔をしているヘルナイトのことを見て……。
くく。と笑いながら……彼はヘルナイトの心をかき乱す言葉をかける。
「これは、予想外の展開だな……。まさかあの小娘が立ち向かうとは……、と言っても、武器を持たず、殺さずに立ち向かうという軟弱なものだがな」
「軟弱……か。お前にはそう見えるのか? ジエンド」
「?」
しかし、ヘルナイトはそんなかき乱しの言葉に耳を傾けず、否――むしろその言葉に傾けながらもかき乱すようなこともない雰囲気でジエンドのことを見ながら、ヘルナイトは言う。
よく聞く――ジエンドにとってすれば耳障りにしか聞こえない凛とした音色で――彼は言った。
「私は見てきたからわかる。ハンナは今まで出会ってきた冒険者の中でも、より強いものを持っている。この国の強者。そして、歴代の『12鬼士』に魔王族の猛者でも、数人しか持っていないものを――彼女は持っている」
「持っている?」
ジエンドははっと鼻で笑い、再生した手を横に向けて振り上げると――近くに落ちていた刃こぼれがひどい刀が一人でに『カタカタ』と蠢き、そして急速な勢いでジエンドの手の中に吸い込まれて、その手に収まる。
がちゃんっ! という、握る音と共に――
その握る感触を覚えると同時に、ジエンドは手にした刀をぶぅんっと振るい、刀に向かって落ちていく血の線を見せつけながら、ジエンドは言った。
馬鹿らしい。そんな気持ちが乗せられたかのよな音色で――ヘルナイトに向かって言ったのだ。
「何を持っているというのだっ!? 此方からしてみればあの小娘は何の力を持たない! まるで無力の小鬼と同じもの! 何にもない! 無力と言う言葉がふさわしい小娘だ! ヘルナイト――あまりの絶望に先見の明が劣ったか? まさかサリアフィアと重ねているのか? だからあんな恥ずかしいことはを吐き捨てたのかっ!? となれば……、とんでもない見世物だ!」
「そうか……、お前にとってすれば恥ずかしい言葉だったか」
「当り前だ――なにが『人は変わる。変われるんだ。憎しみに染まっていた者も、憎しみで殺そうとしていた者も……、変わることができるんだ』だ! そんなことない! 変わることもしないものが、種族が魔王族以外の種族! 何の知性も何もないくせに、欲だけはいっちょ前にある種族たち! それがこいつらだ! 買われるという貴様の見解は――ただの妄想だ! 奴らは表面上で変わっていると御認識しているだけだ!」
「……………………そうは思えない」
しかし、ヘルナイトはジエンドの言葉に対してかぶりを振るうと、手に大剣も何も持たない状態で、己が生まれたときから持っている拳を前に突き出すように構えたヘルナイトは、ゆっくりとした動作で構えをとりながら――ヘルナイトは言う。
彼特有の――凛とした音色で、ヘルナイトは言う。
「私はここまでくる間――色んな種族と出会い、冒険者と出会い、魔女と出会ってきた。確かに、お前の言う通り変わらずに力に振り回されている種族もいた。だが……、それよりも、変わろうとするものたちや、状況を変えようと自分の身を犠牲にして奮起する者が多かったことも事実だ」
「…………なにを」
「この悲惨な状況を変えようとしている者。色んな者達の敵になろうとその仮面を被りその時を待っていた者。苦痛の記憶を背負いながらも祖国を守る者。祖国に新しい風を吹かせようとする者。言葉にするだけでもたくさんの思いを背負っている者達と出会った。いろんな想いと共に生きようとしているものがいた」
「…………………」
「冒険者もだ。苦痛の記憶に向かい合って戦う者や今まさに向き合っている者。記憶を背負いながらも他者を優先にする者。色んな冒険者と出会った」
「……………いい観光だな……。そこまで日和っていたとはな」
「日和ってはいない。ただ私は……、思い出しただけだ」
「?」
ヘルナイトの言葉に、ジエンドは目元をかすかに歪ませる。
その歪みを見てなのか、そうでないのかはわからない。しかしヘルナイトは自分の胸の位置に手を添えて、少し顎を引いてから彼はこう言った。
「私は昔から、見れない存在――他種族や人間の存在に対して、強い興味を抱いていた。兄や師匠はそこまで強い興味は抱いていなかったが、私は強く――抱いていた」
「………………ほぉ」
「そして、初めてその存在を見て、その生活を見て、生きる姿を見続けてこう思った」
アズールという国で生まれた者達は、天界と言う世界の下にいる世界の者達は――私達よりも強い。と――
そうヘルナイトは言った。
その言葉を聞いていたジエンドは、ヘルナイトの言葉に対して疑念に似た滑稽さを覚えた。覚えると同時に、ジエンドははっと鼻でヘルナイトの言葉に対して笑った後、哄笑する音色で彼はこう言った。
「はは! 何を言っているんだ武神! 長年瘴気に侵されてしまったせいで頭の中も瘴気が蔓延して腐ってしまったかっ!? そんなことないだろ! ここにいる者達は弱い! 此方のあの弱小の攻撃を避けることすらできなかった! 弱すぎるにもほどがあるだろう? それを貴様は強いと見たのか? これは滑稽な言葉だ! これを先祖達に聞かせたいものだ!」
ジエンドは言う。ヘルナイトの言葉に対して最上級の虚仮にする言葉を――
しかし……、ヘルナイトは何も言わない。怒ることも、悔しく顔を歪ませることもしない。
むしろ――普段と変わらない冷静な面持ちを出しながら、ヘルナイトはジエンドのことを、じっと見ていた。その胸に手を当てながら、じっと……。
「…………?」
ジエンドはそんなヘルナイトの雰囲気を見て、内心首を傾げて (なんだ……?)と思い、そして、続けてこう思う。
――なぜ怒りを表さない? なぜ、此方の言葉に対して、一向に激情を現さないんだ?
――再会したときのそれはない。穏やかなそれだな……。どういうことだ? なぜ彼奴は怒りを露さない? なぜ、そこまで冷静でいられる? なぜ……、此方の言葉に対して乱れを現さない……?
ジエンドは思った。ヘルナイトのことを見て、なぜ自分の言葉に対して感情を乱さないのか。そして……、なぜヘルナイトはずっと冷静な面持ちでいるのか。そのことに対して疑念を覚えた。
ジエンドはヘルナイトとハンナを殺すためにここにいる。しかしジエンドはヘルナイトのことをよく知っている。初代の時から、ずっと彼の一族のこと、そして今のヘルナイトのことを知っている。
ヘルナイト達退魔魔王族は――どの魔王族よりも強い力を有しているが、その力を発揮しないように、常にセーブをかけている。つまりは手加減を常にしているのだ。
ジエンドはそれを知っていた。だから、だからこそ、彼は本気であるヘルナイトに勝つために、わざと言葉の揺さぶりをかけてヘルナイトの感情を煽った。
煽って、本気で相対した時に、ジエンドはヘルナイトを殺して、そのあとでハンナを殺す。これが当初の計画だった。
これならば――浄化を持つ者も死に、最強の名もジエンドに譲渡される。これで、自分はこの国の創造主として君臨し、最強の存在として君臨する。二つの名どころか、三つ名を背負うことができる。
そうジエンドは思っていた。
しかし……、それも崩れかけている。理由はもう見てわかる通り――ヘルナイトが攻撃をしてこないのだ。本気で、立ち向かおうとしないのだ。
その光景を見て、ジエンドはヘルナイトに聞こうとした。
なぜ――怒らないんだ? と。
だが、その言葉を言う前に、ヘルナイトはジエンドのことを見て、凛とした音色でこう言ってきた。
「まだわからないんだな。ジエンド。だから創造主の名は退魔魔王族が代々引き継いでいたのだろうな」
「…………っ? どういうことだ……っ? なぜそんなことが言える」
「――この世界を見たら、すぐにわかることだ。この世界の者たちを見れば、わかることだ」
ヘルナイトは言う。その胸に手を添えながら、彼は凛とした音色でこう言った。
キッと、ジエンドのことを真っ直ぐ見つめて、ヘルナイトは言った。
「この世界の者達の心は――私達魔王族の誰よりも、強いと」
「な……、心だと……? そんな目に見えないもので、こんな矮小な種族たちより此方達は劣っていると言いたいのか……っ!? ふざけるな! そんなもので」
「そんなものではない」
ジエンドの反論に対して、ヘルナイトは切り捨てるように遮り、その反論の声が放たれる前にヘルナイトは続けてこう言う。
「私達は確かに、強大な力を有している。どの種族にも負けない力を有している。力があればどの種族にも負けないだろうが……、それだけでは国を動かすことはできない。むしろ、力による暴力は暴力しか生まない。創造主の時代は戦争が毎日のように行われ、幾人もの種族が死んでしまった。だから創造主は思ったんだ。『この世界を泰平に導くのは力じゃない。この世界に必要なものは――繋がりだ』と、きっと、今は亡き創造主はそう思ったに違いない。だから創造主はサリアフィア様に――最も命のことを尊重しているサリアフィア様を創造主に……、このアズールの女神の座を譲ったんだ」
「そ、そんなことで……、そんな不必要なものを必要と思える思考で、あの創造主はあの女に譲渡した……? バカげている! やはり貴様達退魔の魔王族は」
「ジエンド」
ヘルナイトは言った。
ジエンドの言葉を再度遮り、ジエンドのことをぎっと睨みつけながら……。その目を見たジエンドは、彼らしくない顔で目を見開き、そして手に持っている刀を一瞬左右に揺らしながら言葉を詰まらせる。
そして、ジエンドは気付く。
自分が――ヘルナイトに対して、歳の差がありすぎるヘルナイトに対して、ジエンドは臆したことに。
「………………っ!?」
ジエンドはその臆したことに対して、驚きを顔に浮かべながら頭を片手で抱える。頭痛に悩まされている人のように頭を抱えながら、ジエンドは混乱する思考でヘルナイトの話に耳を傾ける。
内心……、なぜ恐怖した? なぜ、自分はこんな若造に臆しているのか……? そんなことを思いながら……。
ヘルナイトは言う。ジエンドのことを見ながら、彼は言った。
「魂胆は分かっている。私の感情を高ぶらせ、正常な思考ができない状態の、本気の私を殺そうと、今まで煽るようなことをしていたんだろう? それで殺せば――貴様が晴れて最強だからな」
「っ!」
「だが――私はどんなことがあろうと、同胞相手を殺すことはしたくない。たとえ――貴様であろうと」
「な……っ。なにを……、何の冗談だ……っ!? 貴様瘴気のせいでおかしくなってしまったのかっ!? 此方はこのアズールを瘴気に染め上げた張本人! そして、サリアフィアを殺したんだ! 貴様と此方は戦う定めなんだ! 女神を殺した此方を殺すために、貴様は動く! そして此方は貴様を殺すために戦うのだ!」
なぜそんな甘い判断ができるんだっ!?
ジエンドはあまりの衝撃の言葉に、ヘルナイトに向けて刀の先を突き付けながら叫ぶと、ヘルナイトはそんなジエンドの言葉に対して頭を振りながら「いいや」と言い……。
「違う。私は覚えている。あのお方は――サリアフィア様は……」
生きている。
そうヘルナイトははっきりとした音色で、そして凛とした音色ではっきりと言ったのだ。
ヘルナイトのその言葉を聞いたジエンドは今まで怒鳴っていたそれをぴたりと止め、ヘルナイトの真剣そのものの目を見て、顔を見て、ジエンドは甲冑越しでぎりっと歯を食いしばると――
――ギャァンッッ!
と、刃毀れがひどいその刀を振り下ろした!
ヘルナイトの右肩の付け根に向けてそれを振り下ろし、腕を斬り落とす勢いの力を振り絞り、ジエンドはヘルナイトのことを邪神の怒りのような血走り、吊り上がった目で見降ろしながら低い音色でこう言った。
「それは……、笑えない冗談だなっっ!!」
それを聞いたヘルナイトはその返答をせず、武器を持たずにジエンドのことを見上げる。
鎧に食い込む刀と鎧の切削音を聞きながら……。




