PLAY75 厄災の鬼士④
「聞いていなかったのか? 冒険者。此方がこの世界を壊した張本人、禁忌詠唱『闇永の息吹』を発動させた張本人だ。死霊族を生み出し、この世界を闇に染め、人々を支配し、『12鬼士』の心の支えでもあったサリアフィアを殺したのは――此方だ!」
その言葉と共にジエンドは私達のことを見ながら、今まで気付かなかったヘルナイトさんとシノブシさんのこと……、気付いていないであろうトリッキーマジシャンさん、デュランさん、キクリさん、キメラプラントさん、アクアカレンちゃん、さっき出会って戦いそうになったクイーンメレブさんのことを馬鹿にするような嘲笑い方でジエンドは言う。
ううん。これは――真実。
こうなってしまった……、この世界がこうなってしまった真実を、ジエンドは笑いながら告げたのだ。
自分の目的のために身勝手に行動して、守るべき人を殺し、守らないといけない世界の人々を不幸に陥れた事実を、ジエンドは告白した。
自分がやりました。と――
それを聞いていた私は、頭の中が真っ白になった。
本当に真っ白になって、その時に賭ける言葉も、何もかも忘れてしまっていた。
真っ白な脳内の世界にあったものは……、驚愕だけ。
その驚愕を顔に出して、口を半開きにして、瞳孔を小さくさせることしかできなかった。
そのくらい私は驚きを隠せなかった。
そしてそれは……、アキにぃ、キョウヤさん、シェーラちゃん、コノハちゃん、セレネちゃんも同じ。虎次郎さんは一体何の話をしているのかわからないような顔つきで首を傾げていただけ。
そんな私達の驚きに、更なる驚きを重ねるように、事態は動き出した。
その事態を動かしたのは――シノブシさん。
「――っっっ!」
シノブシさんは今まで首に突きつけていたその忍刀を素早くその場所から引き抜き、ジエンドの鎧にこびりついていたその血を空中にまき散らしながら横に大きく振りかぶる。
びゅんっという音を出しながら。
その音と共に今まで動きが封じられていた拘束が解けて、ジエンドは哄笑しながら私達に向けてのめり込んでいたから、今までの支えを失ってしまうと同時に突然来た自由感に「?」という疑念の声を上げると、ジエンドはそのまま私達の方向に向けて少しだけバランスを崩す。
そのまま私達に方向に倒れるように。
「――っ! くっ!」
でも、そう都合よく倒れることはなかった。
ヘルナイトさんが虎次郎さんを助けるためにジエンドの腕を掴んでいたので、ヘルナイトさんは急な事態に対して思わず声を上げて倒れそうになるジエンドの腕を強く掴んで転倒を阻止した。
ぐっと綱引きを引くように、血で濡れているジエンドの腕を掴んで、そのまま引いて態勢を整えさせようとした瞬間……。
バスンッ!
と、空間に響く斬撃音。
「――っ!?」
「ひぃえっ!?」
ヘルナイトさんの驚きの詰まった声。そしてコノハちゃんの悲鳴。上ずった声がこの最下層内に響くと、その響きと同時に、『ごとんっ!』と鈍い音を立てて床に落ちるジエンドの刀。
その刀に降りかかる黒い液体。
驚いて見降ろすヘルナイトさん。
その手に残るものは―――力を失い、機能を停止してしまったジエンドの腕。
その腕はヘルナイトさんの手を黒く汚すと、すぐに黒い靄となって『ボフリ』と空気に溶けて消えてしまった。
消えてしまい、何もなくなってしまったその手を弱く握るヘルナイトさん。
そしてすぐに目の前を――ジエンドがいる方向に目をやった瞬間、ヘルナイトさんは叫ぶ。
ズタンッ! という大きな衝撃音に重なるように……。
「やめろ――シノブシッ!」
ヘルナイトさんは静止の声を上げた。ジエンドに向かってではなく……、シノブシさんの向かって。
でも、それは正解の静止の声。この場においてすれば、正解の行動だった。
なぜ? その答えはこうだ。
ヘルナイトさんと、私達の前で見せられているものは――まるで逆転した展開だった。
今まで立って、そして事実を私達に告げて交渉していたジエンドは、今も尚ほくそ笑みながら地面に仰向けになって倒れており、その胴体に座るように……、と言うか押し倒して馬乗りになったシノブシさんが忍刀をジエンドの目元に突き刺さんばかりに突きつけている。
びりびりと赤くて、今にも噴火しそうなもしゃもしゃをずずずっと背景に出しながら、その布から見える目を血走らせながら、シノブシさんは私達が視認できないくらいの速さでこの状態に持ち込んだ。
本当に、いつの間にか、こうなってしまった。
「嘘……だろ……っ!?」
「おいおい……っ!」
「速すぎ……っ! と言うかどうなってのよこれ……!」
私は口に手を覆って、声を殺して驚き……、アキにぃ、キョウヤさんとシェーラちゃんは驚いた顔をして困惑して、その光景を見ることしかできなかった。
誰も、その光景を見て『止める』や『シノブシさんを止める』と言う選択肢を自分の中で揉み消してしまっていた。
私も悔しいことにその一人。
なぜなのかはその場にいないとわからない。だからこの場にいない人にとってすれば、『ただの弱虫』と言う認識かもしれない。
でも……、本心はみんな止めたい一心だった。声を出して止めたい一心だったに違いない。
でも……、でも……、それができない。ううん。することは正しい選択ではないと、理解したからしなかった。
あの場所で、シノブシさんを止めるようなことをすれば……、その人はきっとシノブシさんの手によって屠られていたから。
止めることは――シノブシさんにとって『邪魔をする輩』。『自分の正しい行いを邪魔する者』だから、『悪者』だから……、止める行為は死に直結する。
誰もがそう心の中で理解し、正しい選択をして、誰もその行為に対して止めなかった。
あのセレネちゃんも、愕然とした顔で、伸ばそうとしていた手を途中で止めてしまうほどに……。
そんな私達の状況を無視しつつ、ジエンドの胴体の上で馬乗りになって忍刀を目先に突きつけながら、感情任せの怒りの音色で、シノブシさんはこう言った。
言った……。では甘い表現で、本当のことを言うと、シノブシさんは殺すような目つきでジエンドのことを見降ろしながら言ったのだ。
「貴様……っ! 貴様……っ! 貴様ぁ……っっ!」
「ほぉ――いつも案山子のように無言の貴様が、言葉を発するとは思っても見なかった。それくらい逆上したのか? それとも……、それほどまであの女に忠誠を誓っていたのだな。それもそうだな。幻影魔王族はサリアフィアに対して深い深い忠誠心を捧げていた。いうなれば――心酔。していたからな。最初に同意を示していたのは――貴様たち幻影魔王族だったことも、たった今思い出した! あんな女に対してよく犬人のように尻尾を振っていたな!」
「――っっっっ! それ以上の侮辱はやめろっっ!!」
シノブシさんは目元に突きつけていた忍刀を更に近付け、ジエンドの目を後一ミリで突き刺さんばかりに構えると……、シノブシさんはセレネさんの言葉に耳を傾けずにジエンドに向かって叫ぶ。
「それ以上……、あの人の侮辱をほざくことはやめろ……っ! たとえ貴様が同じ鬼士同士であったとしても、己は貴様のことを許さないぞ……っ!」
「侮辱か。そうか貴様にとってすればあの女への言葉は侮辱なのか。だが此方が話したことは事実。すべて真実。此方は何も間違ったことは言っていない。そして! 殺したことも事実だ。更に言おう! 此方はその件に関して全く罪悪感などない。むしろ興奮した! 証明出来て嬉しかったぞっ!」
「証明…………、だと?」
「そうだ! 証明だ! 此方はあの時――『闇永の息吹』を発動させた。鎮魂魔王族の誰もが習得できなかった――選ばれなかった詠唱に選ばれ、そして発動することができた! さらに言うと――今まで勝つことができなかったヘルナイトに――勝てた! 更にはサリアフィアを殺すことができた! 此方はそれだけで充分だった!」
「ジエンド……ッ! 貴様の身勝手な行動で一体どれだけの犠牲や、狂い、歪みが出たと思う……っ!? あのお方は最後の最期まで、アズールの民のことを第一に考えていた……っ! その献身の志はあのお方にしかないもの……っ! ずっと祈りを捧げ『八神』の浄化にも勤しんでいた! なのになぜ貴様はあのお方に対して憎いと思った……! あのお方は……、何も」
「何も? それは貴様の思い違いだシノブシ! 若造のくせにわかったような口を叩くなっ! 祈った? 民を思っただけで祈っただけか? そんな行動何のためになる? そんな無駄なことをする暇があるのならば戦う素質を磨き、戦えばいい話ではないかっ? わざわざ此方達を下僕にして己の保身を備える! 結局は何もできない無力な女だ! 反吐が出る! あの女はこの世界の……、アズールの神? 女神? そんなものは此方達魔王族が持つにふさわしい名なのだ! あんな小娘が神の名など烏滸がましい! 神の名は魔王族――いや! 此方が持つにふさわしかったのだ! たった小さな異常事態に成す術もなく殺されてしまったあの女なんかよりもなぁ!」
「ジエンド……ッ! なぜ、そんなことをした? なぜ貴様はこのようなことをしたんだ……っ? サリアフィア様を殺し、『12鬼士』を壊滅に追いやり、『八神』を暴走させ、この世界を黒く染め上げた……。何故そんなことをした……? もっと、もっといいやり方があったはずだ……っ! 答えろ――『終焉の厄災』!」
「決まったこと! この世界を洗い流すためだ! この国にはサリアフィアのことを心酔する民が多すぎた! 此方が統べる世界には不必要な存在! ゆえに一度すべてを洗い流す必要がある! だからこそ発動させた。すべてをリセットするために――民を、守り神を、全てを此方達鎮魂魔王族が望む世界にする! それこそが此方の目的! この世界をもう一度――『創造主』が作り上げた世界にする! 此方を『創造主』にした――『魔王時代』の再来をなぁ!」
「それで……、それだけでこのようなことをしたのか……っ!? 貴様……、頭腐っているのかっ!? 己の自己満足でよく生きてきたな! よくも我々の先祖たちを殺めたな! よくもあのお方を嘲笑って殺したな! よくもそのような面を己の前に晒したなぁああああっっ!」
「晒すさ。あの無力女がいなくなった後だ。此方も心置きなく再興できると思っていたが、案の定あの女の力を継承した小娘が現れ、浄化をして旅をしていると聞いた。これ以上此方の目的の邪魔をされては困る。ゆえに此方は動いた。あの女の二の舞にしてやろうとな。いいや、あの女の死に様はなんとも無様だったから、それ以上の方がいいかもしれんな?」
「次に侮辱を吐いた瞬間……っ! 貴様を殺すっ! すぐに殺すしてやる!」
「殺ってみろ? 殺れるのだろう? ほれ。殺してみろ。一突きで、グサッとな」
「っ!」
長い長いシノブシさんとジエンドの会話。
二人だけの会話。
相手からしてみれば悲しくて苦しくて、怒りがこみ上げてきそうな会話だった。
それはシノブシさんとヘルナイトさんが一番理解していると思う。
特に……、シノブシさんの怒りがもう百パーセントの内九十五パーセントに到達していたから、その怒りは新党と言っても過言ではない。
でも、ジエンドだけは違う。その会話をしながら。彼は自慢話のように語っていた。
ただ達成感に浸るような会話を、怒りで我を忘れそうになっているシノブシさんに向けて……。
その最中、私を殺す理由もこうさせた理由も語っていた。
かなり身勝手な理由で、祖先の遺言を縦にするような言葉を放っていたけど、結局それは……、自己満足で行ったこと。自分たちが神になるために行った非道行為。
それを正当化するために、ジエンドはこの国で起きたことを、自分で起こしたことを美化している。
いうなればいい言葉でまとめている。師匠がなれなかった『創造主』になるために、ジエンドはこの世界を自分色に染めようとしている。ひどい人だ。なんて外道なんだ。
そう私は思った。正直、怒りさえ込み上げてきた。アクロマ以上に、Dr以上に……。怒りを覚えたけど……、それでも人間としての理性は残っている。
その理性は――シノブシさんにも……、残っていた。
「っっ!」
ジエンドの目に先に忍刀の先を突き付けて、今にも突き刺さんばかりに右手で柄を掴み、柄の先に左手を押し付けていたけど……、その刀の先はガタガタと震えていて、焦点をグラつかせている。
その行動が指す心意はたった一つ……善意がその行動を抑制しているから。
そして――セレネちゃんの言葉もその行為を抑制していた。
「シノブシ……ッ! それ以上の過ちを犯すな! それをしてしまえば――お前はお前でなくなってしまう! 気持ちはわかる! 私にもある! 大切な人が殺されてしまった気持ち、そしてその張本人が目の前にいる。私も怒りが収まり切れない苦痛を味わった! だが……、それをしてしまえばその憎しみを償わせることはできない! だから……、今は耐えてくれ……っ! 辛いだろうが……、耐えてくれ……っ! シノブシ……ッ!」
「――っっっ!」
セレネちゃんは言った。
シノブシさんの行動を止めるために必死になって……、苦しそうに耐えながら、親身になって大声を張り上げながら言った。
セレネちゃん自身――Drの手によって両親が殺されてしまった。身勝手な行為で殺されてしまったことに対して深い憎しみを抱いていたからこそ、今のシノブシさんの気持ちに対して同じ気持ちなのだろう……。
殺したい、大切な人を殺した目の前にいる人を殺したい。
けれど――殺してはいけない。それはだめなことだから……。
それを言い聞かせるように、セレネちゃんはシノブシさんに向かって叫んでいた。その行為を、間違った選択を止めるために……。
それに対してシノブシさんも理解しているような雰囲気を出している……。
けど、感情の方が勝っていたのか、シノブシさんは今も尚くつくつと喉を鳴らして笑っているジエンドのことを見降ろし、セレネちゃんにその意思を――声を向けながら、震える声でこう言った。
「耐える……? そんなこと、出来たら既にしている……っ!」
「っ! なら――」
「だがっ! この男は、こいつは――あのお方を己の欲望のために殺した! ただ自分が神になるために、あのお方を殺した! 国のことを第一に考え、世界のことを第一に考え、守るために最善の対策を我々と共に考え、共感し、議論し……っ! あの人は、あの人は女神である自分よりもこの国の民のことを第一に考えていた! そして民のことを第一に考え……、あの人は命を懸けて『終焉の瘴気』を止めた! この男が身勝手な理由で放った力に対して!」
「…………!」
「そんな輩に対して、今は耐えることなど、己にはできない……っ! この男は己の私利私欲のために、あの人が愛した世界を狂わせた! 闇に陥れた張本人! そんな男を許せる、この場で殺さない器など……、もうないっ! もう……、この場であのお方の無念を晴らしたい気分なんだ!!」
もう……、これ以上――己の決心を揺らがさないでくれ!
悲痛で、苦痛で、だからこそなのか……、それくらいになるまでサリアフィア様に忠誠を誓っていたシノブシさんだからこそ、その思いは私の胸にずっしりと突き刺さった。
その突き刺さりはみんなも体感したようで、セレネちゃんはぐっと下唇を噛みしめ、いつも真っ直ぐ向けられていたその視線を、わずかに揺らした。
シノブシさんの意思は本物。そして今している行動も本物。
それだけでシノブシさんの意思が十分すぎるくらい伝わった。
けれど……、ジエンドはその光景を見て、片目に突きつけられているそれに対して臆することもなく、呆れたようにため息をつきながら、ジエンドは言葉を発した。
シノブシさんの忍刀を右手でがっちりと掴み、ぐっと握りしめながら……、ジエンドは言った。
ぼたぼたと、自分の鎧にこびりついていた血が顔に落ち、更にその顔面を赤く染めていき、黒い液体も付着させながら、ジエンドは言う。くつくつと、面白いと呆れを重ねた音色で、彼は言った。
「ほぉ……、そうか。そんなにあの女に忠誠を誓っていたのか……。それは悪いことをしてしまったな」
「っ!」
ジエンドの言葉に体をわずかに震わせるシノブシさん。
そんなシノブシさんのことが余計に面白かったのか、ジエンドは更にくつくつと喉を鳴らす音を大きくさせながら続けてこう言う。
「だがなシノブシ。その忠誠心の深さは時に仇になる。貴様のようにあの女しか見ていない眼球だと、ほかのものを見落としてしまう。此方が企てていた計画も、貴様の視界の広さを使えば阻止できたかもしれないだろう? 此方は此方なりにこの世界を考えてやった。すなわちこれが本当のあるべき姿。魔王族が統べる世界。あの女が統べる世界こそが偽りで、この世界こそが本当のあるべき姿だ。違うか?」
「…………まだそんなことを言っているのか……っ? そんな正当化のために、あのお方は……、サリアフィア様は死んでしまったのか……っ!? お前の、貴様の自己満足のために……っっ!」
「自己満足? 違う! これが運命だ! これこそがこの世界に与えられた運命! この世界にするために運命は此方達を導いたのだ! それに此方はあの女をこの手で直接殺していない。此方の詠唱によって無様に醜く死んだ! どうせだったら直接手を下したかったよ。此方の手で、その女神としての生を終わらせる瞬間を、この目に収めたかったわっ!」
「――それ以上言うなっ! それ以上この世界を、この世界を愛したあのお方の侮辱をするなぁっっ!!」
なんだろう……。これは。
私は茫然と、息をすることさえ忘れてしまったかのように、茫然とした面持ちでシノブシさんとジエンドの会話を聞いていた。
ううん……、厳密には聞いていたけど、右の耳に入った言葉が左の耳の穴を通って通り過ぎていき、内容でさえも抜けていってしまうような感覚を覚え、最終的にはその話を聞いているふりをしながら私はその光景を見つめていた。
なんだろう……。これは。
そんな言葉を頭の中でループさせながら、私は聞いていた。
みんなもその言葉を聞いて、なんて声を掛ければいいのかわからないような雰囲気を出し、セレネちゃんも愕然とした顔でその光景を目に焼き付けることしかできなかった。
唯一……、ひどい話かもしれないけど、関係のないコノハちゃんはおどおどとしながらシノブシさんとジエンドのことを交互に見て、更に私達の反応を見ながらおろおろと首を振って見ていたけど……。
私はちらりとある方向を見る。
その方向にいたのは――ヘルナイトさん。
ヘルナイトさんはその光景を見つつ、右手で頭の蟀谷を押さえつけながら少し俯いている。「う」と、小さく唸る声も聞こえた時……、その光景を見た私はすぐに察した。
あれは――何かを思い出した時の仕草。
何かを思い出したのだ。と……。
でも、それを知ると同時に、私は更なる疑念をヘルナイトさんに向けながら私は思った。
なぜシノブシさんとジエンドのことを止めないのだろう……。なぜジエンドの言葉に対して、怒りを露にしないのだろう……。と
ジエンドは言っていた。自分が『創造主』になるために、ジエンドは禁忌ともいえるような詠唱をアズール中に蒔き、アズールを闇に染め上げた。魔物と、ネクロマンサーを生み出し、アズールの国を一番に考えていたサリアフィア様を――殺した。
直接ではないけど……、間接的に……。
それでもジエンドがサリアフィア様を殺したことに変わりはない。
だから、だからこそ、シノブシさんは怒っている。
守ろうとした存在である大切な人を殺したジエンドが憎くて憎くて仕方がない。それはきっと誰の心にもある気持ち。シェーラちゃんだって、ティックディックさんだって……、セレネちゃんだって、みんなある感情なんだ。
大好きであればあるほどその反転した気持ちも比例して大きくなる。
好きが大きければ大きいほど、大切であればあるほど――その憎しみも、怒りも、同じになるように大きくなる。
1:1になるように、それが変わる。
シノブシさんもそれに変わった。だからジエンドのことを赤くて黒い燃えるようなもしゃもしゃを出しながら手を出そうとしている。けれどそれを嘲笑いながら、ジエンドは未だに自分の理想郷のことを話している。シノブシさんのことを逆上させるように、言葉巧みに……。
そんなシノブシさんとは対照的に――ヘルナイトさんは……。ヘルナイトさんは…………。
冷静そのものだった。
冷静、と言っても本当に冷静と言うか冷酷と言った感情ではない。『そんなこともう過ぎたことだろう』という感情ではない。もしゃもしゃも出していないからそれははっきりと言える。
けれど……、それでもヘルナイトさんは、あんなにサリアフィア様に忠誠を誓っていたにも関わらず、怒りなどを見せることもなく、ただじっと何かを考え……、思い出すような動作で止まっているだけだった。
――怒りのもしゃもしゃも、悲しいもしゃもしゃも出していない。さっきまでのもしゃもしゃが嘘みたい……、一体何があったんだろう……。
私は少し驚きつつも、ヘルナイトさんに身に起きたことに対して疑念を持ちながら見ていると……。
――ゴシャァッッッ!
「!」
突然響き渡った轟音。
それが耳に入ると同時に、その大きな音に私は肩を震わせてびくりと体をこわばらせてしまった。そして――その轟音に沿って流れるように、次の音が耳にするりと……、ううん。急速な勢いで入ってきた。
「――シノブシッッッ!」
セレネちゃんの驚愕と、悲痛が入り混じった声。
その声が耳に入ると同時に、私は無意識にその声がした方向に体と視線を向けた。そして……、私は目を見開き、背中化から這い出てきた熱いのか、寒いのかわからないような気持ち悪い体温を感じ、目の前に広がった光景を目に焼き付けてしまった。
みんなも驚きながらその光景を見ている。コノハちゃんはその光景に対して見たくなかったのか、両手で両目を隠して見ないようにしている。けれど……、事実は事実。起きてしまったことは事実なのだ。
私達の目に前に広がっている光景――それは……、今までジエンドに跨って忍刀を突きつけていたシノブシさんが、最下層の壁にめり込むくらい激突している姿だった。
車が衝突したかのような壁のめり込み、そしてめり込んで尻餅をついてぐったりしているシノブシさんは、口 (だと思う)ところから『ゴフリ』と黒い血を吐き出して口元を汚していた。
一瞬にして、その体をボロボロにさせながら……。
「………………っ!」
その光景を見た誰もが言葉を失っただろう……。だって――目の前で、ゲームの時はすごく強かった『12鬼士』の一人――シノブシさんが、一撃で倒されてしまったのだから、驚くのは無理もない。
そして――
「まったく――融通の利かない若造だ」
「!」
その声が聞こえると同時に、『ばきり』と何かを折る音が聞こえた。
それを聞いた私は、すぐにシノブシさんから視線を外して、ジエンドの声が聞こえた方向に目をやると、ジエンドはあおむけの状態からゆっくりと起き上がりつつ、手に持っていたシノブシさんの忍刀を真っ二つにへし折り、地面にそれを『ガシャガシャ』と落としながら、彼は前のめりになって私達のことを見ながら静かな音色でこう言ってきた。
「感情の左右されやすい。なのに躊躇いを持ち合わせ、そして中途半端な忠誠心の肥大化。これが最強と謳われる『12鬼士』の姿なのか……? その集団に此方も存在していたのか……。頭が痛くなる」
ジエンドは言った。頭を抱えて、ぼたぼたと鎧の隙間から流れる赤い液体を地面に流して、濡らして描きながら溜息を零す。
はぁぁっと、重くて長いため息を。
その溜息を吐いたジエンドに対して、セレネちゃんはキッと目じりに溜めた少しだけの涙を零し、ジエンドのことを睨みつけながら彼女は叫んだ。
「貴様……っ! よくもシノブシを……! 仲間なのになぜこのようなことを……っ!」
「仲間――だと?」
でも、ジエンドはそんなセレネちゃんの必死の言葉に対して、心底うんざりするような音色を放つと、ジエンドはセレネちゃんに向かってこう言った。
静かな音色だけど、その音色に含まれる苛立ちを醸し出しながら彼は言ったのだ。
「こいつらは仲間ではない。こいつらは――『12鬼士』は此方の悲願を邪魔する駒の一角でしかなかった。つまりは邪魔者の集団と言うことだ」
「邪魔……者?」
「ああ。此方はこの世界の『創造主』になることを目標にしていた。その目標の画被害となる存在が『12鬼士』と『闇永の息吹』を唯一浄化できるサリアフォア。反対の力を持っている『大天使の息吹』の詠唱者。それが邪魔だった。だから始末をしようとした。結果として――サリアフィアだけは殺せたが……、残りの『12鬼士』は意外にもタフだったからか、強い衝撃を受けて記憶が飛ぶような事態になっただけにとどまってしまった。結果として――此方の計画は半分成功。半分失敗。だからこそ――今度こそ此方の計画の邪魔をするものを排除しようと、ここまで来たんだ」
そうジエンドが言い終わった瞬間、ジエンドはじっ――と……、ある方向を見つめた。
見開かれた目をすっと細め――何かに向けて狙いを定めるように、彼はその方向に目を向け、足を『ズリッ』とすり足で動かして足の先をその方向に向ける。
私に向けて、その足と、体を向けて――
「………………あ」
私は思わず声が漏れる。体が痙攣したかのように強張り、その場所から動くということができなくなっている。恐怖なのか、それとも脳の信号が誤作動を起こしたのか、それは分からない。けれど、動けなかったことは事実。同時に空気が冷たく、重くなる雰囲気を感じた。
そんな私を見て――『大天使の息吹』を持っている私のことを見ながら、ジエンドはゆっくりと、ゆっくりと……、一秒一秒時間をかけるように、私の方向に向けていた足を上げて、そのまま前に向けて動かし……。
「あとは――ここにいる邪魔なタネを潰し、残りの処分を済ませようと思う」
――ずしゃ! と、足にも付着していた血を辺りにまき散らしながら、歩みを一歩進める。背中からぞぞぞぞぞぞっと黒くてメラメラ燃えるもしゃもしゃを……。
違う……っ!
これは、もしゃもしゃなんていう甘い表現で収まり切れない……、負の感情。
それを私に向けて当てながら、ジエンドはゆっくりと、ゆっくりと近づいて来る。
ズシャ……。ズシャ……。ズシャ……。と……、本当にゆっくりと私に近づいてきて、私に向けてゆっくりと手を伸ばしながらジエンドは私に目を向ける。
氷よりも冷たく感じるような冷たい目で、その手で私のことを処刑しようと言わんばかりに、ジエンドは私に近付いて来る。セレネちゃんやみんなの声が聞こえたけど……、擦れるような声でよく聞き取れなかった。
当たり前だ……。だってそんな余裕――今の私には持ち合わせていなかった。
なぜ――? それは……、こういうこと。
「……………………っ! あ、はっ」
私は動けなかった。理由はもう自分でもわかっている。
怖いって思ったから。今まで見た中でも飛び切り怖い存在を見てしまい、私は全身の神経が止まってしまい、震えて動くことができずにいた。
エンドーさん。
サラマンダーさん。
ポイズンスコーピオン。
ネクロマンサー。
カイル。
『六芒星』。
ネルセス。
アクロマ。
Dr。
その人達が可愛く見えてしまうくらい……、目の前にいる黒い存在――ジエンドが怖かった。怖いと思い、逃げることは無駄なことだと認識されてしまいそうな感覚に陥りそうになるくらい、私は怖くて震えることしかできなかった。
呼吸も、できないくらい……。
そんな私のことを格好の得物として認識するように、ジエンドはゆっくりと、やっと念願が叶うと言わんばかりの笑みを浮かべながら私に近付いて来る。
「っ……、あ、う……は……っ! あ、あぁ……」
そんな顔を見ていた私は、何もできず、動こうにも動けない状態を維持することしかできない。動いたら、その瞬間に背後から殺される。そんな最悪の未来の妄想が頭の中を支配して、余計に足が動けなくなってしまう。
まるで蛇に睨まれた蛙そのもの。
私はどんどん距離を詰めていくジエンドに対して、動けない苛立ちや目の前に当たる強大な恐怖、かすかに零れそうになった生への諦めを感じ……、私は迫り来る手を見ないように、ぎゅっと目を閉じようとした。本当に、視界がどんどん黒く染まる景色を眺めながら、私は目をぎゅっと閉じようとした。
でも――ばさりと……、かすんだ視界に広がった見覚えのあるボロボロのマント。
それを見た瞬間、私は目を見開いてその光景を見上げると――私の目の前で声が聞こえた。
「いい加減にしろ――ジエンド」
凛としているその声の主は……、私の前に立って、武器を持たずにジエンドの前に立ちふさがったヘルナイトさん。そんなヘルナイトさんの左右に立っていたのは――アキにぃとキョウヤさん。
「これ以上妹を怖がらせるな。一歩でも近付いた瞬間、頭をぶち抜くぞコラ」
「ヤンキーか。でもオレもその心意気に対しては同意見だ。もうこれ以上好き勝手するなら、オレも本気でてめぇを叩き潰す。近付いた瞬間からだ」
アキにぃはヘルナイトさんの左側でジエンドに向けながらライフル銃を構え、キョウヤさんはヘルナイトさんの右側で槍を手に持ち、その刃をジエンドの首元に突きつけながら進行を阻止している。
そして――
「女の子を怖がらせるような趣味を持っている男は嫌われる。見てわかんないのかしらね? この強欲男は」
「まったく――私欲の行為は己の心を乱し、汚し、崩していく。まさに言葉通りじゃった。この男は異常じゃな」
今気付いたことだけど、私の横には私のことを抱きしめて守るように立っているシェーラちゃん、そしてシェーラちゃんの隣に立っている虎次郎さんは腰を低くして携えていた刀に手をかけながらその時をじっと待っていた。斬る瞬間をじっと待ちながら……。
「………ち」
舌打ちをするジエンド。そして私はそれを見ながら、みんなのことを見渡す。みんなの行動力に驚きの顔を浮かべていたけど、すぐに来てくれたという安心感とぬくもりに感謝をした。
だって……、一人だと怖くて何もできなかったけど、みんなが来てくれたおかげで、孤独と今までの恐怖が嘘のように薄まったから。
さすがに消え去ると言うことにはならなかったけど……、それでもうれしかった。みんなが近くにいてくれるだけで充分だった。それだけで、私の心が少しずつ、温かくなる。その優しさだけで、もう私は大丈夫。
だから――私もみんなと同じように前を向いて、立ち向かえる。
そう……、この時は思っていた。
でも……、この時の私は気付いていなかった。この後起こる事態に、私は予想さえできなかった。ううん、予想なんてできないだろう。
だって――相手はジエンドだけ。相手が一人だけなら、なんとかできる。そう思っていた。
私はみんなと一緒に目の前にいるジエンドのことを見据えて、わずかな敵意を表す。
それと同時にアキにぃ、キョウヤさん、シェーラちゃん、虎次郎さんも私以上に敵意を見せて、ヘルナイトさんはその敵意を言葉に乗せながら、静かに怒りを露にしてジエンドに向かって言った。
「ジエンド。お前の目的、なぜこのようにしたのかも理解した。そして、クイーンメレブがなぜ執拗にここに行こうとしたのかも理解した。クイーンメレブはこうなる前からお前のことをずっと疑いの目で見ていた。そして――あのお方への忠誠心も大きかった」
「ほほぅ。あの女も来ていたのか」
「ああ。だからだろうな……。クイーンメレブは止めようとしていた。帝国をついでとして、本命でもあるお前の野望を止めるために、そして罪を償ってもらうために、あいつは一人でここまで来た。なら、私もクイーンメレブの行動の手助けをしようと思う」
「手助け? それは此方を殺すと言うことか? 言っておくがヘルナイト。あの女は此方のことを殺すためにここまで来た。償わせようと思うならあんなに殺気立たないだろう? つまり――奴もシノブシと同じ思考回路だということ。貴様と同類の――な?」
「………私は」
「これ以上の言葉は無駄な時間だな」
ジエンドはヘルナイトさんの言葉を無視して、徐に斬られていない手を上げながらジエンドは言った。高らかに、ヘルナイトさんのことを見ながら言ったのだ。
「此方は一族の悲願のためにこの世界を完全なる『創造主』の世界。『魔王時代』へと築き上げていく。魔王が王として統べる世界へと! そのためにも、弊害となる貴様と――背後にいる『浄化』の力を持っている小娘! 貴様達を殺し、邪魔者となる者達を完膚なきまでに殺す! これで、此方が望む世界が完成される! これは大きな一歩だ! まずは手始めに、ここにいる者達をこの手で葬ってやる!」
「させない。私は誓ったんだ。守ると――命を懸けて守ると誓ったんだ」
「そうか! そうか! お得意の『誓い』か! 己のことを縛り続ける『誓い』を、今でも立てていたのか! それはご苦労なことだ! そして――!」
ジエンドの欲望めいた悲願の言葉をばっさり切り捨てるように言い放ったヘルナイトさん。だけどヘルナイトさんの言葉を聞いたジエンドはまるでヘルナイトさんの意志を馬鹿にするように哄笑しながら言うと、上げていたその手を丸めて、指を鳴らすような形にする。
それを見たキョウヤさんははっとして、首元に突きつけていたその槍を素早い動きで首元を突こうとした。ぼっと、空気が破裂するような音と共に――
それに連動するようにアキにぃも銃の引き金を引こうとして指を動かし、シェーラちゃんも私のことを守るように剣を引き抜き、虎次郎さんも刀に手を添えた。
でも、その前にジエンドは動いた。
合図を送るための動作をしながら、彼は私達に向かって言った。
これも予想通り、よくも思い通りに動いてくれる。
そう嘲笑いながら、彼は丸めて鳴らす動作をしていたそれを力一杯『パチンッ!』と鳴らした瞬間――言った。
「――虫唾が走るくらい、苛立つ思考だ」
喜怒哀楽の、喜と怒が合わさったかのような音色で……。
 




