PLAY75 厄災の鬼士③
「………『魔王時代』、だと?」
ヘルナイトさんは驚いた面持ちでジエンドの言葉に耳を傾けていた。驚いた面持ちで……。
それは私達も同じで、みんながジエンドの言葉に対して首を傾げ、驚いた目で見ていた。
私も驚いた目でジエンドとヘルナイトさん、そしてシノブシさんを見ていたけど、シノブシさんもヘルナイトさんと同じように、驚いた目をして固まっている。
「『魔王時代』……? なんだそれは……」
セレネちゃんが疑念の言葉を零すけど、それは誰の耳にも届かず空気に溶けて消えて行く。
でも、そんな私達の驚きをよそに三人の会話は少しずつ進んでいく。一瞬止まってしまった会話に時間を戻してくれたのは――シノブシさんだった。
シノブシさんは驚きつつも冷静さを持ちながら、ジエンドの背後からこう聞いた。
「………なんだそれは。そんな言葉、聞いたことがない……。嘘も大概にしろ」
「嘘ではない」
でも、ジエンドはそんなシノブシさんの言葉を一蹴し、はっきりとした音色で、嘘などついていないもしゃもしゃを放ちながらジエンドは言った。
「これは事実だ。国の創生と共に、アズールの文明を築いてきたのは……、女神サリアフィアではない。此方達魔王族の祖先ともいえる『魔王』だ」
「魔王族が、だと……? そんなこと、今まで聞いたことがない」
シノブシさんは驚いた音色でジエンドの背後から忍刀を突きつけた状態で聞くと、それを聞いたジエンドは「それもそうだ」と言いながら続けてこう言った。
「当り前だ。それを知っているのは三千年もの間生きてきた此方と古参の輩、そしてとある魔王族しか知らない事実。此方を含めた四人しか知らないことだからだ。貴様らのように千二百年ほどしか生きていない魔王族には告げていない真実だ」
ジエンドの言葉に対して、私は驚いた顔を更に濃くして言葉を詰まらせてしまう。
それに対してはみんなも同じようで、驚いた顔の状態で固まっている。ピリピリしている空間だけど、微かに淀んでいるのが何よりの証拠だ。
当たり前だと思うけど、誰だってこんなこと想像していなかったと思う。この世界が仮想の空間、それもゲームの世界であってもこんなどんでん返しは誰も想像していなかった。
プレイヤーが企てた想定外なことは受け入れるとしても、こんなゲームの世界の設定で、こんなどんでん返しがあるだなんて誰も予想していないだろう。
私も想定していなかった。そして……、その事実を知らなかったヘルナイトさんが驚いているのならば、なおのことそれは驚愕の事実となる。
この世界を、この国を守ってきたのがサリアフィア様ではなく――魔王族であったことに対して……。
余談だけど、ジエンドの生きた歳 (年齢)や、ヘルナイトさん達の生きた歳 (年齢)対しても驚いたことは、心の中にしまっておこう……。うん。今は関係ないから。
「おじさん達って……、千歳以上生きているってこと? だったらえっと、コノハ達の年齢で言うと……、何歳なんだろう……?」
今、コノハちゃんが私が思っていたことを口にしたけど、それに対しても突っ込みを入れない。
空気を読んでいないことなので、突っ込みは控えよう。
そう思った瞬間、ジエンドは私達の言葉を無視して、前にいるヘルナイトさんと背後にいるシノブシさんに向かって――ジエンドは言う。
「聞いていないのなら教えてやる。部外者も聞いておけ。これがこの国の真実。嘘で塗り固められた本当の姿を、塗り潰された真の歴史を」
ヘルナイトさんと、シノブシさん。そして私達のことを横目で見ながら言うと、驚く私達をしり目に、ジエンドは続ける。
ううん……、長い語りを始める。
ジエンドしか知らない真実を。私達が初めて知るこのアズールの本当の歴史の一ページを。
そして……、ヘルナイトさんでさえ知らない事実を。彼は語る。
どろり、どろりと塗られて、重ね塗りされていく拭いきれない黒いもしゃもしゃを――一族の憎悪を代表として、彼は語っていく。
「――この国の歪みを、心して聞け」
◆ ◆
まずはこの国ができた時から遡ろう。なに――そんなに長い話ではない。
この国ができた時の話など、昔話として語り継がれているからな、ちょっとした余興として聞いてくれ。
この国ができたのは唐突であった。この国は元々は名がついていない陸地ではない。本当の姿は海の海底地であり、本来であればこの国は存在すらしなかった地でもあった。
それがなぜできたのか? それはある争いが起きたからだ。
そのある争いとは……、この地の大きな空を飛来している古の魔物にして聖獣――竜の争いだ。
竜の争い。それは天変地異の始まりと同様の規模の争いだった。
海は荒れ、空も怒り狂い、そして大地も無くなる。それが竜の争い。たった二頭の竜の争いは数十年にも及び、それは忽然と終わりを告げた。
終わりの起因が何なのかは、此方にもわからない。しかしそのおかげで命の母でもある海がなくなり、その対価として――小さな大地がいくつも出来上がった。
それが今から三千年ほど前に創生された――アズール。
アズールは四つの種族によって造られた大地であり、たった三千年もの間独自の文明を発展させた飛躍的な土地としても語られていた。
そんなアズールを作った四つの種族は……、竜の争いよりも前に、古からその地に住んでいた――聖霊族。悪魔族。魔王族。天族であり、それぞれの種族のことを古来の人々は『創生の四族』と言う名で呼び、崇めていた。
それぞれの種族は異なる力を有しており、それぞれが己が持っている力を使ってこの国を築き上げてきた。
聖霊族はその命を賭して、力も何もない人々に自然の力を微力ながら支えを与え。
悪魔族は己達が有しているありとあらゆる英知の知識を与え。
天族は何もない大地に幾千もの生命を与え、育み。守護神――今でいうところの『八神』を生み出し。
魔王族は魔法を与えた。人間に、魔王の力を与え、力を与えた。と言った方がいいだろう。
それがギルド長――『魔女』の始まり。
いうなれば奴らは此方達の力を微力ながら受け継いでいる者達、つまりは子孫と言っても過言ではない。
それも今となってはたったの数人になっただけのことだがな……。
話が逸れてしまったな。戻すとしよう。
アズールを作った『創世の四族』は、そのあともこの国を支えるためにそれぞれの役割を担って行動を続けた。それぞれが何をしていたのかまでは定かではない。それほど親睦があった種族ではなかったからな。
だが此方たち魔王族と、サリアフィアの天族はともに行動し、天族は与えた命たちの静観を。魔王族は『創造主』としてこの国を見守ってきた。
アズールの王……、正真正銘の魔王として、君臨していた。
『創造主』
すなわち――神として、この世界の王として、この世界を築き上げた。
まぁ、厳密には――国の人間たちが文明を築き上げ、その文明を見守ってきただけのものだが、それでも我ら魔王族はこの世界を『創造主』として君臨していたことは事実。そしてその『創造主』として君臨し、その頂点に立っていた魔王は――退魔を司る王の一族。
すなわち――退魔魔王族が世界の『創造主』。簡単に言うとサリアフィアの前主でありこの国の神様だったと言うことだ。
ん?
ヘルナイト。どうやら困惑しているようだな? 当たり前だな? 貴様はまだ千二百と言う年月しか生きていないひよっこ同然の者。此方よりも人生経験が浅い。
まぁ――それを知っている人物にいったい誰が『創造主』だったのかを聞けばわかることではあるがな。
なら、貴様たちが一番に聞きたいこと、問いたいことはたった一つ。
『なぜ千年も前にサリアフィアがこの国の女神になったのか』
だろう?
そのことに関しては今から話す。お前が知らないこともすべて――この場で話しておこうと思っている。そう急かすな。急かさなくてもすべて話そうと思っているさ。
目を覚ましてもらわないと此方も困るからな。
退魔魔王族の『創造主』が誕生して二千年余り――アズールが誕生し、アズールに住んでいた者達が文明を築き上げていき、その世界を見守ってきた『創造主』もそんな光景を見て安心していた。
王都ラ・リジューシュをはじめとした国々――アルテットミア公国のエストゥガ、アムスノーム、アルテットミア。
アクアロイア諸国のアクアロイア帝国。のちに水の国――ユワコク、アクアロイア、砂の国のバトラヴィア帝国。
ボロボ空中都市。アノウン台地。そして天界フィローザ。
どの国も文明を築き上げ、互いに協力し合い、助け合いながら国を大きくしてきた。築き上げながらアズールと言う世界を広めてきた。
血生臭い戦争もない。争いもない。何と平和な世界が出来上がってきた。それは誰もが望む光景であった。
アズールは未来永劫泰平の世界になる。
そんな生ぬるい未来予想図を脳内で描いていたのだろう。だがな、それを快く思っていない輩もいた。
そんな生ぬるい思考を持つ退魔魔王族に対して憤慨していた……。
此方の一族――鎮魂魔王族の長が。つまりは此方の祖先……、いいや、此方の一族と言ったほうがいいのかな。鎮魂魔王族が退魔魔王族のやり方に対して快く思っていなかった。
退魔魔王族の長がしていること云々よりも、魔王族の中でも群を抜いて強い力を有している此方達一族が『創造主』になれなかった。
更に『創造主』となった退魔魔王族のやり方に対して、鎮魂魔王族は苛立ちしかなかったのだ。
もちろん――此方もその中にいた。その光景を見て、そして怒りを覚えたことも鮮明に覚えている。
その時の鎮魂魔王族の長は『創造主』でもある退魔魔王族に対してこう言った。
『なぜ静観を徹している? 武力を酷使しない。泰平を望むことをなぜ優先にする。貴様はこの国の『創造主』であろう? 神なのだろう? ならば貴様は欲するべきだ。国の拡大を。国の勢力を。国の在り方をもう一度考え直すべきだ。貴様は神であろう? 魔王にして神であろう? ならばこのような平和な世界を作り上げることが目的ではない。世界を作ると言うこと――国を作ることとは、王の才能の表れ。つまりは国の鏡なのだぞ。それでいいのか?』
この言葉に対して、此方も同意した。どの鎮魂魔王族が同意した。
国の鏡。
それは――真似をすると言う言葉がわかりやすいな。
人間は知識無く行動することはできない。基本お手本となる存在のことを真似て、知識を得、個人のやり方にそのやり方を加える。いうなれば人間は『創造主』の真似をして繁栄を築き上げてきたと言えば、理解しやすいかな?
しかし……、彼奴の口から出た言葉は、あまりにも意外であり、我々の意思を、魔王族の意思を踏みにじるような言葉だった。
何と言ったかわかるか? ヘルナイト、そしてシノブシよ。貴様らの祖先が何を口にしたのかわかるか?
わかるわけないか。だがな……、今の貴様らと同じような面影を残し、且つ……、もし貴様らがその立場ならば、必ず口にするような言葉を放った。と言ったほうがいいだろう。
そう思ってくれ。この言葉を口にすると――否が応でも吐き気がする。
その言葉を聞いた鎮魂魔王族は憤慨を更に大きくした。此方や他の者達も――だ。
何せ――世界を牛耳るような力を有している魔王が、世界を混沌や恐怖で縛るだけの力だけではなく、その力だけで全人類を、全種族を我が物にすることができるような力を持っているにも関わらず、あいつは泰平を選んだ。
日和に腑抜けてしまう末路を選んだ。
憤慨はした。
しかしそれでも目の前にいるのは『創造主』であり、同胞の魔王族。仲間殺しはしたくなかった。少しばかりの慈悲があった。此方にはよくわからないが……、それでも此方達一族は説得を幾度となく試みた。
しかし――結果は同じ。何度も同じそれであった。
憤慨は次第に焦燥と疲弊に変わり、次第にその二つの感情還元されてしまったのか、再び憤慨に変わり、新たに憎悪が加わった。
簡単な話だ。
理解してもらおうと何度も説得しても、命あるものに同じ魂など存在しない。その魂の中には釣り合わない魂もある。簡単に言うと意見が合わない。永遠に釣り合わない人がいる。
それが――『創造主』と此方達鎮魂魔王族だ。
何度説得しようとしても、結局『創造主』は力でねじ伏せるよりも平和を選択する。それで『そうだな』と納得するものなど――此方達一族にはいなかった。
他の一族は納得したもの、折れたものがいたが、それでも此方達は折れなかった。
これは魔王族のすることではない。この平和は魔王族が欲するものではない。均衡と言われて納得するものなどいない。力が必要な時代は終わったなど理想郷の戯言。
そんな夢の妄想を今すぐやめてくれ。目を覚ませ。そう何度も説得をしたが……、結局その言葉を受け止めることなどしなかった。むしろ――否定された。
そんな世界は誰も望まない。とな――
それを聞いた此方達一族は、憎悪を通り越して呆れてしまった。
こいつはここまで腑抜けてしまったのか。退魔魔王族はここまで廃れてしまったのか。これが――此方達と同じ魔王族なのかと思うと、虫唾が走った。そのくらい此方達は退魔魔王族に対して怒りを覚えた。
その怒りは――怨恨であった。
怨恨がどんどん増殖し、他の鎮魂魔王族に感染し、繁殖して……、一個の集合体を形成して此方達の心を変えていく。そんな感覚を覚えた。怨恨がどんどん膨張していくのを感じた。
その膨張を発散したいがために、此方達一族は『創造主』でもあるヘルナイト……、貴様の祖先に対してとある要求をした。
難しい要求? 死ねという要求? そんな幼稚な要求はしない。ただ殺すことは此方達一族の気位に反する。ゆえに殺すことはしない。今は……、な。
此方達は『創造主』のことを殺すことはしなかった。が、その代わりに――此方達は『創造主』に告げたのだ。まぁ――代表として言ったのは……、此方の師匠。つまりは此方の祖父、と言う存在が、言ったのほうがいいな。
あのお方は『創造主』の前でこう言った。
『貴様の言い分は分かった。貴様は確かに、我々よりもこの国のことをよく思っている。だが……、それだけではこの国の繁栄は拡がらない。貴様の甘い判断ではこの国は廃れてしまう。いずれ崩壊に向かってしまう。そうなる前に、我々が……、いや。儂が貴様のその名を襲名する!』
襲名。その言葉を聞いた『創造主』の顔は驚きに満ち溢れていた。
それもそうだな。我々の襲名とはただ名を譲り受けるだけの生易しいものではない。
我々魔王族の襲名は――その名を持つものを完膚なきまでに打ちのめしてその名をとる。
それこそが魔王族の襲名なのだ。
その襲名を申し出た鎮魂魔王族は『創造主』でもある退魔魔王族に戦いを申し込んだ。正々堂々とした決闘を申し込み、此方の師匠は目の前にいる『創造主』を倒し、この世界をさらなる繁栄への道に導く存在になる。そう意気込んでいたことは今でもたった今告げられたかのように覚えている。
が、その結果――此方達はさらなる醜態をさらした。
簡潔に言うと……、師匠は『創造主』に負けた。
呆気なく、成す術もなく、師匠は負けた。
鎮魂魔王族の中でも群を抜いて強かった師匠が、あっけなく負けてしまった。日和ってしまった『創造主』によって、情けと言わんばかりに止めを刺されず、師匠は幾層もの汚名を着せられ、数々の羞恥を植え付けられてしまった。
なんの武器も持たず、素手だけで倒した『創造主』
襲名と言う名の下で行われた場で、『創造主』は本気でかかってきた師匠を手加減をしたうえで無傷で倒してしまった。
今でも忘れられない光景だ。何度も何度も脳裏に映りこむ。そして同時に思った。これが本当の雲泥の差。歴然の差なのだと。この時にこの言葉を使うのだと、此方は理解した。
と同時に思った。まるで――悪い夢だとな。
それから一族達は『創造主』に対して反論することを、襲名を行うことをやめてしまった。
あんな光景を見せつけられた。且つ一族の中でも最強の師匠が倒れた。つまり師匠がやられることは、此方を含めた全鎮魂魔王族ではあの『創造主』を倒せないという結果になる。
結果として、誰も襲名をすることをやめてしまった。
師匠も心を病み、神力も低下して思うように技も出せなくなり、成果も出せず、次第に言葉を交わすこともできなくなっていった。
精神的に病んでしまった結果なのか……、師匠はそのまま寝たきりの状態になってしまった。
心に『創造主』に対するやり方への反発はあった。しかしその反発に対して変えようとする力などなかった。襲名をしようにも、あの力だ。できるわけがない。
そんなしこりとわずかな恐怖を残しながら、此方達は日々を過ごし、此方も歳を重ねた。
あぁ――言い忘れていたが、此方達魔王族は人間族とは違い年齢を多く重ねることができる。今現在此方の年齢は三千ほど。人間で言うところの五十代と言うところか……。ヘルナイトとシノブシは千二百ほど、人間族で言うと二十代だ。
だが、その年齢に反し、身体能力の衰えはあまりない。此方でもまだまだ現役を全うできる。
しかし……、他の鎮魂魔王族は五千を超えると同時に、衰えも急速に起き始める。
同胞もその衰えに抗えず消滅し、僅かな希望を此方達に残して逝く……。不死身と恐れられそうな魔王族でも、老いには勝てない。ゆえに此方は決心をつけた。
此方が襲名を行う。
そして――『創造主』の名を、此方が背負う。
師匠や他の一族ができなかったこと。そしてほかの魔王一族がしなかったこと。且つ、この世界の繁栄を間違った方向に向かわせた『創造主』を元『創造主』にし、此方がこの世界を変える!
此方が――この世界の『創造主』になると、そう誓った!
すべては――一族の無念のために。
そんな状況の中で、再び此方達の心を軋ませるような事態が起きた。
それは今から千年前のこと、突然だった。突然過ぎて、此方は理解が追い付かなかった。それは……、ほかの魔王族もだった。だが……、混乱する此方達のことを諫めるように、『創造主』は言った。
いいや。
もうこの時、奴は『創造主』ではなかった。
此方が襲名をする前に、『創造主』は元『創造主』となり、此方達に向かって、その時各々の一族の中でも最強の力を有していた魔王族の代表に向かって、彼奴は言った。
『今日をもって――私は『創造主』の名を降りる。そして、これから私達は新たな『創造主』を守る騎士となる。名は『12鬼士』。それぞれの魔王族の強いものがその鬼士となり、『創造主』を守る永久任に就く』
それを聞いた誰もが理解ができない顔をしていた。此方もその一人だ。
当たり前だ。
今まで二千年もの間『創造主』の名を我が物にしてきた輩が突然その任を降り、且つ意味が分からないことを言いだした。はたから聞けば理解できないことだ。
此方はこの時思ったよ。
魔王族が魔王族を守るのか? と、そんな恥さらしなようなことするわけがない。
その意見に対して、幽鬼魔王族も声を荒げながら、透明の体に鎧を纏わせながら意見を述べていた。
が、その意見をひっくり返すように彼奴は言った。
背後にいる――『創造主』であるものが座るべき玉座に、その場所にはふさわしくない存在を座らせた状態で、あいつは言った。
かぶりを振りながら、奴は言ったのだ。
『我々が守るべき存在は、同胞ではない。私達が守るべき存在は……、あのお方――新しく『創造主』、いいや。女神となってこの世界を守る存在となったお方だ』
その言葉を聞いて、その玉座に座っている存在を見た瞬間……、此方は愕然とした。
此方がいずれ座るはずだったその席にいたのは――魔王族ではない。それ以前に、別の種族がそこに座っていたのだ。優雅に、控えめに此方達のことを見つめ、微笑みながら、そいつは言ったのだ。
青い髪をうねらせて、白い服装に身を包んだ……清楚で穏やかな笑みが印象的な、背中に翼が生えた女性……、今思い出すだけでも忌々しいと思えるようなそれを見せつける……。魔王族とは対極の非力な一族の女……っ!
天族――サリアフィアは、此方達に向かって言ったのだ……!
『――不束者で、そして何の知識もない身ではあります。皆様のような方々にご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんが……、何卒――よろしくお願いします』
此方は受け入れたくなかった。
日和ってしまった『創造主』の人格も否定したかったが、それ以上に、此方は理解できなかった。
なぜ――力ある者が力なき者を『創造主』にしたのか。なぜ此方達の中ではなく、あの天族にその任を任せたのか。更に言うと……、なぜ貴様がその任を降りた――?
と……。
此方は不思議で理解ができなかった。いいや、理解なんぞしたくなかった。受け入れることもできなかった。
今まで築き上げてきた魔王族が、どの種族よりも力を有している魔王族が、『創生の四族』の中でも非力な力しか持っていない種族――天族を『創造主』にしたのが理解できなかった。
その受け入れたくない気持ちは誰もが持っていた。
紅蓮魔王族。
混合魔王族。
煌雅魔王族。
海王魔王族。
幽鬼魔王族。
天魔魔王族。
幻影魔王族。
豪傑魔王族。
聖霊魔王族。
呪腐魔王族。
その代表となる者達が、元『創造主』である退魔魔王族の長に対して批判を申し出た。なぜ天族の一族が『創造主』なのか。なぜ悪魔族でも聖霊族でもない……、何の力も持っていない女が『創造主』の器を持っていると思っているのか。道を間違えたのか。どのような理由があってそうなったのだ。
誰もが質問の雪崩を元『創造主』に向けていた。
が、そんな雪崩をものともしない面持ちで、元『創造主』は言った。はっきりと、苛立つような凛とした音色で、あいつは言ったのだ。
『確かに、世界を統べる資格はまだないかもしれない。だが……、今のままではだめだと思ったからこそ、私は変えようと思った。その思考も、そのしきたりも、運命も変えようと、私は思った。今のままでは国が安泰になることはない。力を持っていたとしても、泰平になればその力も無駄な荷物だ。力を間違えば傷つける力になり、暴力となってしまう。それでは支配と同じだ。そのような過ちを起こさないために、私は降りた。私のような力を持つものが世界を統べるのではない。私のような力を持つものは――何かを守るためにその力を使う。そう決めたんだ』
………元『創造主』は言った。
意味が分からない戯言を、何の価値もない進言をした。
今までの此方達の苦労が水の泡になり、我々の思いが打ち砕かれ、退魔魔王族の思うが儘の世界になってくことに此方は悲しさまで覚えた。
目尻が熱くなるのを感じたよ。あの時は――な。
涙など流さない一族が、涙を流しそうになったのだ。そのくらい――此方は……、悔しかった。
今までの苦労が無駄に終わるとは、このことなのだな。そう思え、此方は驚く輩たちの背後で、膝をつきそうになった。
頭の中が真っ白になったのも覚えている。背景もすべてが真っ白になるような感覚だ。その白い背景に浮き上がる文字が、此方の心の表れを示してくれた。
文字は……、言ったよ。此方に向かって、此方にすべてを賭けるように、文字は言ったのだ。
『なぜ――この男はこんなにも日和ったのか』
『この男は一体何を考えてこの考えに至ったのか』
『なぜ――力あるものが上に上がらず、その座を降りて力無き者に服従するのか』
『この男の思考回路がわからない』
『これでは――先に逝かれてしまった師匠の苦労が、一族の苦労が……、まるで一芝居の余興ではないか』
『暴力? 違うだろう? それは支配するために必要不可欠な才能だ』
『こいつは弱いからこのような言葉で正当化しているだけだ』
『この男の甘言に耳を傾けるな。その思想に呑まれるな。これは我々鎮魂魔王族への冒涜。逝ってしまった者達への暴力だ』
『許すな――その言葉を。傾けるな――この軟弱者の想いを。委ねるな――この男の、『創造主』の器を身勝手で降りた男の夢物語の世界に』
『変えるのだ――貴様が。その手で、貴様の手でこの世界を貴様の世界に染め上げろ! 貴様にはそれができる! 我々の無念を背負え! 貴様はその資格がある!』
『世界を統べる力も、無念を晴らす力も、そして――新たな『創造主』となる力を持っている!』
『貴様が……、新たな時代――『魔王時代』を築くのだ! 無念をもって散った我々のために!』
『無念を――晴らすのだ!!』
その言葉を聞いた瞬間、此方は決心した。
いいや……、これは――悲願だ。
此方は文字の声を――師匠の声を聞き、受け継ぎ……、此方はその時が来ることをじっと待っていた。
此方が鎮魂魔王族の悲願でもある……、アズールの『創造主』になる時を、ずっと……、ずっと……、ずっと……、千年もの間温め続けた。
温め続け、元『創造主』の言葉を受け入れるように、サリアフィアの周りには今の『12鬼士』が揃い始めていた。
平和によって綻ぶ団員たちの緊張。そしてそんなサリアフィアの近くにいる若くして団長になり、そして無敗にしてモルグ100の力を有している未知数の鬼神――ヘルナイト。
その光景が、あまりにも憎々しかった。此方達一族の無念を踏みにじり、今の時代をのうのうと生きている貴様達が、許せなかった。
いいや、それよりも……、支配の力を有している此方ではなく、何の力を有していない小娘が世界を統べることが、最も許せなかった。
ゆえに此方は千年もの間……、いいや、実際は八百年ほどかな? 八百年もの間此方は温め続けた。
この世界を天族の女の思うが儘の世界にさせないように、此方は心身共に鍛え続けた。その力の所有者に相応しい存在になるように。
此方達鎮魂魔王族が代々所有していた禁忌の術を持つにふさわしい存在になり、その力を使って『八神』を暴走させて此方の力を知らしめ、聖霊族と対となる僕――死霊族を生み出し、サリアフィアと此方を除いた今の『12鬼士』を殺す。
この世界を――此方の、鎮魂魔王族のための世界にするために……。
本来あるべき『魔王時代』を実現させるために――!
□ □
「――これが此方が語る真実だ」
長い長いジエンドの会話を聞いていた。映画のように、私達はその言葉にじっと耳を傾けて、言葉を遮るようなこともせずに、私達は聞いていた。
このゲームの世界にあった真実。それは私達が聞いても驚きの連続で、最初に聞いていた歴史とは違うような展開が盛りだくさんで、正直――それは真実なのですか? と聞いてしまいそうな物語だった。
でも……、私は思った。それは――疑念だった。
――ジエンドがなぜこの世界の神様になることを望んでいるのか。それは分かった。けど……、まだ知らないことがたくさんあった。
なぜヘルナイトさんを殺すのか。そしてなぜ私を殺さないといけないのか。
そこまで深く語ることはなかったジエンド。というか全く語らなかった。これでもかと言うくらい……、ジエンドは自分の身に降りかかったことしか語らなかった。
でも……。
ヘルナイトさんとシノブシさんは無言の状態で、静止したまま動きを止めていた。武器を掴んでいる手を動かさず、且つジエンドから視線を外さず、二人はジエンドのことを見ていた。
驚愕と、もしゃもしゃの中から零れ出す赤いそれをどんどん放出させながら……。
その赤いもしゃもしゃは、シノブシさんの方が大きかったけど……、ヘルナイトさんはそんなシノブシさんの心境を察しつつ、ジエンドに向かって、静かに、低い音色で聞いた。
信じたくない。それを胸に秘めている雰囲気で……。
「ジエンド……、それは、本当なのか……?」
「ん? 何が、本当なのかな?」
ヘルナイトさんは聞く。でもジエンドはとぼけるように言葉を濁す。
そんなジエンドの言葉に対して、ヘルナイトさんは更に声を低くして、今まで聞いたことがないような冷たい音色で――
「答えろ」と聞いた。
それを聞いたジエンドは、ふぅっと観念したかのように溜息を吐き、そしてヘルナイトさんのことを見ながら……、彼は言った。
「ああ、そうだ」と……。
私とアキにぃ達、コノハちゃんとセレネちゃんは、意味が分からないような顔で首を傾げていたけど、ヘルナイトさんとシノブシさんは、顔を隠しているそれ越しに目を見開いてジエンドのことを見ていた。
そんな光景を面白そうに、くつくつと微笑みながら見つめるジエンドは私達がいるところに視線を向けながら「そういえば……」と言い、私達のことを見ながら――
「これではわからないよな? 貴様等の頭では、一体なぜこの二人が怒っているのか理解できないからな」
と言うと、ジエンドは私達のことをじっと見つめ、私達がいる方角に体を少し傾けながら彼は言う。
首に当てられたシノブシさんの忍刀が首元を掠める。けれど血で濡れているジエンドにとってすれば、そんなことをしてもあまり変わりはない。けれどシノブシさんの忍刀にその血を付着させながらジエンドは言った。
私達のことを見て、特に私のことをじっと見つめながら――彼は甲冑に隠された狂気の笑みを浮かべて言った。
心の底から悲願の成就を喜ぶ顔で、彼は言ったのだ。
「聞いていなかったのか? 冒険者。此方がこの世界を壊した張本人、禁忌詠唱『闇永の息吹』を発動させた張本人だ。死霊族を生み出し、この世界を闇に染め、人々を支配し、『12鬼士』の心の支えでもあったサリアフィアを殺したのは――此方だ!」
その言葉はあまりにも残酷で、あまりにも無情で、そして……、あまりにも身勝手な言葉だった。あまりにも、自分勝手なことだった。
ヘルナイトさんやシノブシさんが怒るのも無理はなかった。
自分のために、ジエンドはこの世界を危険に晒した。
守るべき存在を、その手で殺した。
守る存在だったのに、自分の勝手で彼は殺した。すべての人を不幸に陥れた。
それを自慢げに、悲願を達成した快感を私達に見せつけながらジエンドは言う。
愕然とする私達のことを目に焼き付けながら……ジエンドは……。
哂っていた。
 




