PLAY75 厄災の鬼士②
「は?」
開口、ジエンドの言葉を聞いて言葉を発したのはアキにぃだった。
でも、その言葉はみんなが発したかった言葉に違いない。私もその一人だったからアキにぃがみんなの気持ちを代弁してくれたと言っても過言ではない。
アキにぃはジエンドに向かって聞いた。恐る恐ると言う雰囲気でアキにぃは聞いた。
「え? なに……? どういうことだよ……」
「ん? 簡単な話だぞ? 言ったはずだが……、どうやら闇森人には意味が通じなかったのかな?」
そんなアキにぃの言葉を聞いてか、ジエンドはアキにぃのことを見ながら鼻で笑って言う。
明らかに小馬鹿にするような音色で……。
それを聞いたアキにぃは『びきり』と口元を引きつらせながらジエンドのことを見て、感情のままに銃を上げようとしたけど、それを見ていたキョウヤさんは尻尾を使ってアキにぃの銃口にそれを巻き付けて、無理矢理下に下ろす。
ぎっと――アキにぃの事を睨みつけながら、小さな声でアキにぃに向かって。
キョウヤさんの言葉を聞いてかアキにぃは一瞬イラつくような顔をしたけど、すぐに納得したのか、銃口をやむなく降ろしていく。
その光景を見ていたジエンドは、くつくつと喉を鳴らし、アキにぃ達の光景をまるで余興のように見つめながらアキにぃ達に向かってこう言う。
「ほほぅ。どうやら闇森人よりも蜥蜴の方が脳のしわが多いようだ。状況理解をしてくれて感謝する。おかげで話が進む」
「気に食わねぇな……」
「言いたければ言えばいい。言うことしかできないのだから仕方がないからな」
「っ」
ジエンドの言葉に、キョウヤさんは言葉を詰まらせる。
正直な話……、キョウヤさんはきっと私達のチームの中でも群を抜いて強い方だ。
シェーラちゃんの師匠でもある虎次郎さんと互角の強さを持っている――槍の天賦の才。
そんな才能を持って、強い人なのに、キョウヤさんはジエンドの言葉に対して気に食わないと言いながら手を出さないでいる。
ううん……、手を出すことを恐れている。
現れた瞬間から、今までずっと……、キョウヤさんはジエンドに対して、恐怖を抱いていたのだ。
その恐怖は――殺されてしまうという恐怖。一瞬のうちに切り殺されてしまうという、緊迫の恐怖だった。
私もそれを感じていた。
誰もがそれを感じていたけど、ジエンドはそんな私達のことを面白おかしく見つめて、Drやアクロマのようにげらげらと笑うようなそれではないけど、それでも私達のことが面白そうに見つめていた。
さっきの言葉によって積み重なったピリピリした空気に押し潰されそうになっている私達のことを面白おかしく見つめ、私達の反応を見て……だ。
悪趣味すぎる。そう言いたかったけど、私はその言葉を呑み込んで、堪えるようにジエンドのことを見つめると、ヘルナイトさんはジエンドのことを見て、怒りを露にしながら声を荒げた。
「ハンナを……、殺すっ? ジエンド……ッ。自分が何を言っているのか……、わかっているのか!?」
「ああ。わかっている。十分わかっているが、それこそが本来あるべき姿だ。この世界のな」
でも、ジエンドはそんなヘルナイトさんの怒りを煽るように言うと……、ジエンドは私にその刃こぼれがひどく、血が滴り落ちている刀の先を突き付けながら、彼は私達の恐怖、ヘルナイトさんの怒りとは裏腹に――冷静な音色でこう言う。
私に向けて、心に巣食う地に混じった黒い絵の具のもしゃもしゃを放ちながら、私のそのもしゃもしゃをぶつけるようにジエンドは内心その心を剥き出しにしているのに、表面は至極冷静なそれを出しながら言ったのだ。
「その本来あるべき姿を壊そうとする小娘。否――本来あるべき姿を隠そうと、古の天族が引き起こしたことを繰り返す貴様を殺し、今一度、この国の創造主として、君臨する。この国のすべてを変え、此方がこの世界の本来あるべき王となる。そのためにも、弊害となる貴様と、心酔している哀れな武神を、この手で葬る。それが、此方がここに来た理由だ」
「っ?」
私は、内心混乱の渦に巻き込まれていた。ぐるぐると、洗濯機のように巻き込まれていた。
はたから見れば、これは混乱することではなく、この場合ゲームとして受け入れて、ジエンドの言葉に耳を傾けることが正論だと思う。
この場所にクルーザァーさんがいたら、きっとそうするだろう……。けど、私はしなかった。できなかった。
ジエンドの口から出てきた言葉に、首を傾げることしかできなかったから……、意味が分からなかったから、私は首を傾げることしかできなかったのだ。
本来あるべき姿。
古の天族が引き起こしたことを繰り返す。
この二つの言葉を淡々と言うジエンド。
――一体何を言っているのだろう……? ジエンドの言っていることがまるで理解できない。意味とかそういったことじゃなくて……、なぜ私を殺すことでこの国が本来あるべき姿に戻るの?
――『八神』を浄化して、『終焉の瘴気』を浄化すれば、この世界は元通りになるんじゃないの?
――一体何が、どうなっているの……?
今まで聞いていたことがまるで違っていたかのような食い違い。その衝撃を受けながらも、私はジエンドの話の続きに耳を傾ける。混乱する思考の中で、何とか理解しようと奮起しながら……。
「いきなり何を言い出しているのか……、理解ができない。と言うか何よ? 本来あるべき姿とか、過ちを繰り返すとか、理解ができなさ過ぎる」
「!」
私ははっと息を呑んで、その声がした方向に――背後に向けて目を向けると、そこにいたシェーラちゃんは剣を持った状態で器用に腕を組み、ジエンドのことをじっと、強い眼差しで見据えながら彼女は凛々しいけど、虚勢にも見えるようなそれを隠すように、こう言った。ジエンドに向かって。
「と言うか、突然現れて、突然ハンナを殺す宣言且つヘルナイト殺す宣言したあとでこの国をあるべき姿に戻すとか……、意味が分からない。逆に悪循環を引き起こしているじゃない。『終焉の瘴気』に侵されているこの世界を救う術はたった一つ。ハンナが持っている詠唱の浄化と、ヘルナイトの詠唱の力がないと瘴気に侵されている『八神』の浄化をすることができない。まぁ私達もそれを達成しないダメな目的があるけど……、あんたがしていることは逆。救うどころか殺すようなことをしている。あんたはその二人を殺して、この国を見捨てるようなことをするの? 創造主として君臨するならば、もっといい方法でも考えた方がいいんじゃないかしら? 『終焉の厄災』の騎士様?」
シェーラちゃんは淡々と、言葉の遮りをさせないように言うと、ジエンドは黙って顎をくいっと引き、考えるように少しだけ俯く。
シェーラちゃんの言葉を聞いたアキにぃは、シェーラちゃんに向かってグーサインを出しながら小さな声で何かを言っていたけど、それを聞いていたキョウヤさんは呆れた顔をして頭を抱えると、蜥蜴の尻尾を使ってアキにぃの腰にその尻尾を叩きつける。
ばしんっ! と、小さな音がアキにぃの腰から聞こえて、アキにぃの唸るような声が聞こえたけど、シェーラちゃんと虎次郎さんはそんなアキにぃのことを軽く無視していた。
………ううん。無視と言う嫌な言い方だと違う雰囲気になってしまう。事実として言えば……、それを見ている余裕なんて、一ミリもなかったから見れなかった。の方が正しい。
セレネちゃんやコノハちゃんは無言の状態でジエンドのことを見つめている。いまだに、その場所から動けずに……。
そんな光景を見るために、ジエンドはそっと顔を上げて――「なるほどな……」と、何かを理解したのか、その言葉を零すと同時にため息を吐きながら、ジエンドは言った。
私と、私と同じ気持ちで聞いていたセレネちゃん達や、理解できないという顔でジエンドのことを睨みつけて――虚勢を張っているシェーラちゃん達。それとは正反対に怒りを堪えているヘルナイトさんのことを見回しながら……。
「異国では――この国を統べている存在は『女神サリアフィア』と言う認知なのか。ひどい語り継がれようだな。本当の歴史を嘘の歴史で塗り潰し、正当化しようとしているのか……。あの天族の女は」
「……それ以上、サリアフィア様のことを侮辱するな」
「侮辱? 此方は正論を言っているだけだ。侮辱などしていない。すべて事実なのだから――な」
「……もう、言うな」
「そう怒り狂うなヘルナイト。此方は嘘などついていない。納得がいかないのならば、此方が初めから丁寧に説明しよう」
この世界のことについて。
この世界がこうなった経緯を、話そうではないか。
ジエンドは言う。
何にも理解できない――混乱の所為で理解に苦しんでいる私達に……。サリアフィア様のことを侮辱されたことで怒りを堪えているヘルナイトさんに。ジエンドは語りだしたのだ。
この国――この仮想空間の一つの真実を。
私達が知っているこの国の姿とは違う――ジエンドが知っているこの国のある姿を、彼は長く、長く語りだす。
今の世界の在り方は違う。自分が求めている在り方こそが、本当のあるべき姿だ。
そのことを熱く語るように……。
□ □
「今から二百五十年前、この地――アズールは四つの種族によって造られた大地なのは真実だ。その四つの種族――この世界の基盤を作った存在とも言われているのも事実だ。聖霊族。悪魔族。魔王族。天族。かれらが、このアズールを作り上げた種族であり、その四つの種族を称え、人類は営みを、生活を、そして文明を作り上げ……。人々は種族の頂点に君臨していた天族・サリアフィアを信仰し、『サリア教』を作り上げたことが、この国で語り継がれている記述だ」
しかし……。
ジエンドはつらつらと語っていたその言葉を濁すように、一旦口を閉ざす。
そんなジエンドのことを見ていたコノハちゃんは、首を傾げているけど、不安そうな表情を出しながらジエンドに向かって、恐る恐る「しかし……?」と言葉を繰り返す。
コノハちゃんの言葉を合図にしていたのか、はたまたはただ言葉を斬っていただけなのかはわからない。
けど、ジエンドはコノハちゃんの言葉の後に、すっと顎を少しだけ動かして私達のことを見ながら彼は言う。
「それは――すべて幻。嘘の記述だ」
静かな怒りと、憎悪を含んだ音色で、しょーちゃんがよく読んでいた漫画の吹き出しを筆で書いているような音色で、彼は言い放ったのだ。
「この国の民達は、嘘の記述によって踊らされ、この国のあるべき姿を見ずにずっと嘘の世界の中で生き続けてきたのだ。それをあの女はアズールの民達を嘲笑うように見続けてきた。あの女は……! 真実をその手の中に隠し続けてきた偽善者だ……!」
「っ!」
ゾワリ……ッ! とくる寒気。ううん、威圧……。その威圧に近いような音色を聞いた私は、肩を震わせて体全体の神経を強張らせてしまう。
他のみんなを見る余裕はなかったけど、みんなもきっとそうに違いない……。
肩にいたナヴィちゃんが「きゅぅ……っ! きゅぅぅぅう~……っ!」と震えるような声を上げて、そそくさと私の帽子の中に避難したのだ。相当怖い威圧だったに違いない。
ジエンドの背後から『ぞぞぞぞっ』と吹き上がる黒い霧を見たら、感じたら、誰だって怯えてしまうことは確実。そう私の心が囁いてきたから、みんな私と同じようになっているのかもしれない。
でも、そんな威圧にあてられても、ヘルナイトさんはまるで空気のようにその威圧に当たり、変わらない音色と感情を出しながら、ジエンドに向かって聞いた。
背後にいる私の肩にそっと手を添えて、守りながらヘルナイトさんはジエンドに向かってこう言った。
「ジエンド……。お前は何を言っているんだ? あのお方は、サリアフィア様はこの国の者達のことを嘲笑うように見ていない。あのお方は己よりも、この国の生きとし生ける者達のことを優先にして考えている心優しいお方だ……。それを偽善者と罵るのか……っ。それ以上の罵倒は許さない。そんなこと――ありえないだろう」
はっきりとした音色。いつものような凛とした音色。
それを聞いたジエンドは、ヘルナイトさんのことを見て黙ってしまっている。私はその声を聞いて、今まで強張っていた。まるで小鹿のように震えていたその足が不思議と治まっていくような感覚を覚えた。
本当に不思議だ。と私は思う。
今まで震えていたのに、怖いと思ってへたり込んでしまうくらい怖かったのに、ヘルナイトさんに触れられたと同時に、その恐怖もヘルナイトさんの手からするりとすり抜けてしまうような感覚が私を襲い、私を安心へと導くのだ。
それが本当に不思議で、不思議であると同時に心なしか、心までも緩んでしまいそうになる。
でも、そんな私の心境でこの状況が変わることなどない。どころか悪化するように、どんどんと、どろどろとこの最下層の空間を黒く汚していくように、ジエンドはヘルナイトさんのことを見ながらこう言ってきた。
くつり、くつり……。と笑みを零し、ぼたぼたとその笑みと同時に零れだす赤い液体を最下層の床に落として汚しながら、ジエンドは言ったのだ。
「ありえない……か。なるほどな。さすがはあの女に心酔している鬼士団長様だ。そんな事実は受け入れたくない一心だな。言い見世物だ。くくく……」
「………………何が言いたいんだ。本当に、何が言いたいんだ……。お前は」
あまりの言葉に、ヘルナイトさんは私のことを庇うように前に出て、理解できない――ジエンドの光景に理解ができないような雰囲気を出しながら、ヘルナイトさんは言う。
そんな言葉を聞いたジエンドは、くつくつと喉を鳴らして、ばたばたと零れる赤い液体を無視しながら (と言うよりも、これは日常的になっているのかもしれない)、ジエンドは話の続きを再開した。
「何が言いたい? その件に関してはじっくりと教えるとするが、最初に話さなければいけないことはたった一つ……。アズール創世記は三千年の歴史があるが、三千年もの間、サリアフィアたった一人がこのアズールを守ってきたというのは――嘘だ」
「………………?」
「嘘?」
ジエンドの言葉に対して、疑念の声を上げたのはセレネさんとコノハちゃんだった。
セレネさんは顔を顰めつつその話に耳を傾けているけど、コノハちゃんは首を傾げて口元をへの字にして唸っている。
そんな姿を見てか、ジエンドは頷きつつ、話の続きを再開させながら私達に向かってこう言ってきた。
「ああ。嘘だ。あの女は三千年もの間この国を守ってきたのではない。あの女が守ってきたのは――たったの千年だ。つまりあの女は千年しかこの国を守っていない。三千年と言うおひれはあの女を心酔する信者たちが勝手に捻じ曲げた歴史と言うことだ」
ジエンドは言う。はっきりと、私達に聞こえるように、脳に響かせるようにして言った。
私は心なしかと言うか、何と言うか……、千年でも長い年月の間この国を……、アズールを守ってきたんだな。と思っていた。それは驚きと言うよりも、関心。ううん。すごいという歓喜のそれが正しいのかもしれない。
年齢的なそれが大きいのだけど、三千年が嘘であったとしても、千年もの間アズールを守るために奮起してきた。それだけでもすごいと私は思ってしまったから、すごい。そう思ってしまったのかもしれない。
…………場違いかもしれないけど。
そんな私の場違いな思考をよそに、ジエンドの話を聞いていた虎次郎さんは、恐る恐ると言う語りではあったけど、それでも平静を装った面持ちでジエンドに聞く。
「捻じ曲げ……とな? 確かに嘘は悪いことではある。しかし歴史と言うものはどれが真実でどれが嘘なのかわからないことだらけだ。儂らの世界でも、時代を重ねるごとに新たな真実が発覚することもある。それが気に食わないからと言って、恨むようなことをするのは、少々はき違いにも思えるぞ」
「…………なんだと?」
すると――虎次郎さんの話を聞いたジエンドは、カチャリ、と剣先をわずかに揺らし、虎次郎さんにその鋭い眼を向けながら、低い音色でこう聞いてきた。
「はき違いだと? 貴様はたった何十年しか生きていないくせに、此方の言葉を嘘と断言するのか?」
「む! いいや、そうはいっておらん。儂はまだまだ六十八という歳。しかしこんな老いぼれでも、歴史の真実と言うものを知っておるのはその歴史の時代に生きていたものだけ。未来で生きているものには分からないこともあると言っただけじゃ」
「……………………」
「お前さんは未来で生きる者。過去で生きておらん。どこから聞いたのかは知らぬし、儂もこの国の人間ではない。が――そのことに関してあまり固執をするのはどうかと思っただけだ。たった一つの真実を捻じ曲げと断言するのは」
ジエンドの怒りを鎮めるように……虎次郎さんは宥めるように言った。その時だった。
と言うよりも、それはもうすでに訪れていた。
「む?」
虎次郎さんの呆けた声がひどく響くように聞こえた。
けれど、私達はそんなことよりも、虎次郎さんのことを見て、言葉を失いかけていた。それはもう――時間が止まったかのように……。
ううん、実際止まっていたのかもしれないような事態が、今――目の前で起きていた。
虎次郎さんの目の前で――虎次郎さんの目の先にそれはあり、刃こぼれがひどく、血が滴っているそれを、虎次郎さんの目の先に向けたのだ。
虎次郎さんの目の前に瞬間移動した――ジエンドが。
「――っ!?」
「っ! ジエンドッ!」
私の驚愕に重なるように、ヘルナイトさんの静止の声が最下層に響く。セレネちゃんとコノハちゃんはその光景を見て絶句していた。けれど、それ以上に驚いていたのは……。
近くにいたアキにぃ、キョウヤさん、そして――シェーラちゃん。
シェーラちゃんがこの場で一番驚いていて、顔中を青く染め上げて、瞳孔をキュゥゥゥッと小さくして、言葉を失いながらもその方向を見ていた。
「はっ…………っ!?」
「ちょ!」
「――っ! 師匠っっ!!」
キョウヤさん、アキにぃ、最後に我に返ったシェーラちゃんの悲痛な叫びが響くと、いつの間にか虎次郎さんの前にいたジエンドに武器を向けようと、シェーラちゃんは剣を鞭状に変えてジエンドに向けて攻撃を繰り出そうとした。
赤一色で、燃えるようなもしゃもしゃをガスバーナーのように出して……。
ひゅるんっ! という音が空気を裂くと、剣の鞭は虎次郎さんの前にいるジエンドに向かってその剣の鞭を怒り任せにし向けようとしたシェーラちゃんだった。けど……。
「――待てっ! シェーラッッ!」
ヘルナイトさんが声を荒げながらシェーラちゃんのことを止める声を上げる。
その声を聞いたシェーラちゃんはヘルナイトさんの声を無視して……、ううん。シェーラちゃんはどうやら頭に血が上っているらしく、ヘルナイトさんの声が聞こえていないみたいだ。
赤一色のもしゃもしゃに乱れなどないそれを放ち、シェーラちゃんはヘルナイトさんの忠告を無視してジエンドに向けて攻撃を繰り出した。
けど……。
「………………あ」
私は、声を漏らして見てしまった。
ジエンドのことを、見てしまった。
シェーラちゃんの攻撃を氷よりも冷たい目でじっと見つめ、虎次郎さんに向けたその刀の先をあと数ミリと言うところで止めると同時に、シェーラちゃんに左手の人差し指を指をさすように向けると、ジエンドは――言った。
赤と黒のもしゃもしゃを放っているのに、そんなもしゃもしゃの色とは正反対の青くて冷たい音色で彼は言った……。ううん……。
唱えた。
「――『魂喰蛇』」
その言葉が出た瞬間、ジエンドの指の先から『ずるり』と、半透明だけど、少しだけ白く濁っている何かが出てきた。幽霊のようにうねうねと……、ぞぞぞぞっと出てきたのだ。
まるで蛞蝓のような粘り気と、長い長い体を持っている蛇が、口を『くぱっ』と開けて祖の口からちろちろと長くて細い舌をうねらせ、『シャァァァァッ!』と言う声を発し、その視線の先をシェーラちゃんに向けた。
「――ぅ!?」
半透明の蛇が大きな口を開けて威嚇する。その口は本当に人が入ってしまいそうなほどの大きさで、本当に言葉通りのアナコンダと同じ口の大きさだった。
シェーラちゃんはぎょっと目をひん剥かせて肩を震わせると、その進行と攻撃の動きを止めてしまい、剣の鞭は勢いをつけていたけど、そのまま地面に向かって力なく落ちて行く。
その目に映っていたものはきっと……。
食べられてしまうという――恐怖。
かしゃり、という音が最下層内に小さく響くと……、ジエンドはその指の先にいた幽霊に蛇に向けて、指だけでくいっと曲げてから、ぴんっ! と伸ばして命令をした。
シェーラちゃんに向けて、『やれ』と命令をするように……っ!
「――っ! シェーラちゃんっっっ!」
私はその命令を見た瞬間、最悪の未来を予言したかのように想像してしまい、シェーラちゃんにその視線を向けて、喉の奥から叫ぶようにその声を出した。
でもその声を合図にしたのか、ジエンドの指の先から出ていた幽霊のアナコンダは『キシャァァァァァッッ!』と奇声を発して、体をバネのようにしてシェーラちゃんに向かって飛ぶと、その口を大きく開けてシェーラちゃんのことを食べようと、呑み込もうとした。
「――っ! 『強固盾』ッ!」
「『豪血騎士』ッ! 魔人のお姉ちゃんを助けてっ! お願いっ!」
私は慌てて、シェーラちゃんのことを助けようと手をかざしてスキルを発動させる。
コノハちゃんも自分の足元から自分の影――『豪血騎士』を出してシェーラちゃんを助けようと命令をする。
命令と同時に私が発動した『強固盾』はシェーラちゃんを覆うように出現して、『豪血騎士』はジエンドが放った半透明のアナコンダに向けて拳を振るった。
ぐるんっと、正拳を打ち込むように振るい、半透明のアナコンダを地面に叩きつけようとした。
けど……、それは私達の甘い判断で、相手のことをよく知らなかったからこそ、それは甘い判断と化してしまった。
なぜ甘い判断なのかって?
確かに、見た限り簡単に止められると思えるようなそれかもしれない。でも……、現実はそう甘くはなかったから。攻撃しても防ごうとしても、無駄な浪費だったから。
何が言いたいのかわからないかもしれない。けれど、私は見てしまったのだ。みんな見てしまったのだ。
『豪血騎士』の腕を『するり』とすり抜けて、そのまま『豪血騎士』に向けて大きな口を開けると同時に、そのまま胴体を貫通するようにすり抜けて行く。
まるでよく漫画で見る幽霊がすり抜けるような光景が、私達の目の前に広がり……、それと同時に、『豪血騎士』が呻くような声を上げると、その声を金切りに――
『豪血騎士』は砂のように消えてしまった。
ドフゥン。
と――泡となって消えるように、『豪血騎士』は砂となって、消滅してしまった。
「え?」
誰かがそんな声を発したけど、誰がそんな声を発したのかだなんて今は関係ない。
というか、私はそれを見た瞬間、『豪血騎士』のことや、コノハちゃんのことも心配になると同時に、シェーラちゃんの危機を更に上に上げる。
ジエンドが出したアナコンダに『豪血騎士』が触れた瞬間、すり抜けて、砂となってしまった。
難しいことはこんな場所で考えられないけど、わかることはある。
あれに触れたら、だめだ。
そして、あれに物理攻撃は無駄。幽霊のような存在だから、触ることもできない。攻撃もできない。防ぐことも――できない……っ!
「シェ――ッ!」
私はきっと、顔中を青く染めていただろう。当たり前だ。だってシェーラちゃんが今絶体絶命の状態になっているんだ。落ち着いてなんていられない。
でも、状況は無慈悲で、幽霊のアナコンダは『強固盾』の中にいるシェーラちゃんに向かって、一直線に向かって行く。どんどん加速して、シェーラちゃんのことを丸呑みにしようと、その大きな口を開けて威嚇の声を出しながら迫る。
シェーラちゃんは息を止めたかのような声を上げて、立ち上がろうとしたけど、腰を抜かしているのかうまく立てない状態だ。そんな状況を嘲笑うように、どんどんその蛇は近づく。
その光景を嘲笑うことしない――冷徹な目で見ているジエンドの思惑通りの動く状況に抗うこともできずにいると……。
「スキル解けぇっっっ!!」
「っ!」
突然、アキにぃの声が聞こえた。
私はその声に即座に反応して、その声に従うがままに『強固盾』のスキルを解いた。
私がそのスキルに対して『解除』と命じるだけで簡単に消えてしまう『強固盾』。それと同時に、シェーラちゃんの驚きが勝った。けれど、それもすぐに別の驚きに切り替わる。私もそれに切り替わって、口を開けると同時に、私は見て感じた。
感じたのは――頭から消えていた温もり。そして新しく芽生えた一人の感覚。
見たのは――シェーラちゃんの横から割り込むように出てきたアキにぃと、その後ろから出てきたキョウヤさん。二人共歯を食いしばるように手を伸ばして、驚くシェーラちゃんにそれを向けていた。
驚いているシェーラちゃんのことを無視して、アキにぃはシェーラちゃんのことをぐっと抱きしめて、その勢いに乗るように横にずれていく。
けれど、それを無視するようにアナコンダはどんどんシェーラちゃんたちに向かって行く。
それを見てか、今度はキョウヤさんが私のことを見て、食いしばっていたその口を大きく開けると、その口から大きな声を私に向けて発した。
「わりぃ! そっちに向かうっ!」
「え? あ、へ?」
張り上げた声と言葉に、私は驚きつつも何とか理解しようとする。
ワタワタとしながら、キョウヤさんが一体何をしようとしているのかを理解しようとすると、キョウヤさんは蜥蜴の尻尾をしならせて、地面に向けてその尻尾を叩きつけるキョウヤさん。
バシィンッッッ! と、久しぶりに聞いた尻尾の音。
それと同時に、キョウヤさんは急速な勢いで私に向かい、通り過ぎようとしていたアキにぃのポンチョを掴んで、アキにぃとシェーラちゃんと一緒に私に向かって突進してくる。
幽霊のアナコンダからすれすれで回避して――私に向かって、ダイブしてくるように迫ってきた。
「あ、わわわわ……っ! え、あ、えっと……っ!」
どんどん迫ってくるキョウヤさん。ううん……、三人!
それを見た私はどうやって受け止めようかと思っていたけど、急加速で来る三人を受け止めるなんてことはできない。
今の三人はもしかしたら大きな大砲みたいだから、まともに受けたらきっと大けがをしてしまう。
そう思った私は、手をかざして――
「ごめんなさいっ! 『盾』ッ!」
と謝りつつ、自分を覆うようにスキルを発動させた。
「ってそれもそうかぁっっっ! とぉぉぉぉっっ!」
キョウヤさんはそれを見て、驚いて白目をむいているアキにぃと驚いているシェーラちゃんを脇に抱え直すと、ぐるんっと低空で滑空しながら回ると同時に、尻尾を『盾』に向けて、ぐんっと伸ばす。
そして、『盾』を地面のように見立ててぐっと力を入れると……。
バリィンッッ! と発動した『盾』が壊れると同時に、キョウヤさんは壊れる前に空中に跳んで回転しながらそのまま地面に着地をする。
スタリと着地をすると同時に、アキにぃとシェーラちゃんを下ろして、キョウヤさんは顎に伝った汗を手の甲でぐっと拭う。
「ふぅ」と一息安心のそれを吐きながら……。
私はその光景を見て、夢でも見ているのかと言う目で見てしまう。
でも、あまりの緊張とやり遂げた感を出して、肺にいっぱい溜めこんだそれを吐きだして荒い呼吸を繰り返しているアキにぃと、驚きのあまりに茫然として固まっているシェーラちゃんを見て、それは夢ではなく、現実であるということを自覚する。
「………………ほ」
私も、それを見て安心してしまったのか――ほっと安堵のそれを吐いてしまう。かすかに、口元も緩んでいたと思う。
だって……、シェーラちゃんも無事で、アキにぃもキョウヤさんも無事だった。それだけで、充分安心してしまった。
「ちょ……っ。何してんのよ馬鹿っ! あんたたちどういうつもりだったのよっ!」
「はぁっ!? 怒るのっ!? 俺達シェーラのことを助けようとしただけだよっ! なんでそれで怒られなきゃいけないのさっ! というか今怒るところっ!? 怒る場面なのっ!?」
「怒る云々じゃなくて――あんた達一歩間違えてたら死ぬところだったのよっ!? 馬鹿じゃないのっ? あのまま犬死したかったのっ?」
「役に立たない死とは失礼なぁっ! だったらあんなところで尻餅着くな! 腰抜かすなって言いたいわっ! こん畜生!」
「仕方ないでしょっ! 私だって動きたかったけどできなかったんだから!」
「じゃぁ文句言うなっ!」
「うるせぇっ! 二人してうるせぇっ! 犬猿の仲の様にうるせぇ! ちょっと黙ってろや馬鹿野郎どもっ! シェーラも素直に感謝しろ! アキもわんわん喚くな!」
シェーラちゃんは緊張の糸が切れたかのように、安心したのか――状況を把握すると同時にアキにぃに向かって牙を向ける。
アキにぃはその牙に対してイラッと苛立ちに来てしまったのか、その牙に対抗するように牙を向けて怒鳴りつける。
ぎゃんぎゃんわんわんと響く場違いな痴話喧嘩。
それを聞いたキョウヤさんは怒りを露にして、二人に向かって怒りの突っ込みを入れる。
そんな光景を見ていた私は、安堵と同時に来たおかしくなるようなそれを感じて、くすりと微笑むと……。
「シノブシッ!?」
「!」
セレネさんの慌てた様子の声。
それを聞いた私は、すぐにその声がした方向に目を向けると――セレネさんは驚いた面持ちである方向を見て口を開けて固まってしまっている。コノハちゃんも同様だ。
そんな光景を見て、私はセレネちゃんが見ている方向に目をやった瞬間……、私も驚いて固まってしまう。
私の視界に広がるもの――それは異様な光景だった。
虎次郎さんに向けようとしていたその刀の先は、虎次郎さんの目の近くで止まっているけど、その剣先は震えていて、虎次郎さんはそれを見て驚いているけど、私達よりは落ち着いているような面持ちだ。
そんな虎次郎さんの前にいるのはジエンド。
でもジエンドは、動けずにいた。その場所から、一歩も動けずに……。
「ち」
ジエンドの声がこぼれた。舌打ちの声だ。
その声を発すると同時に、ジエンドは言った。
刀を持っている腕に巻き付いている黒い糸と、喉元に突きつけられている短い刀――忍刀を見降ろしながら……、ジエンドから見て右側でジエンドの甲冑を掴んでいるヘルナイトさんと、喉元に忍刀を突きつけて背後に回って構えているシノブシさんを見ながら、彼は言ったのだ。
「まさか、一介の人間族に対してそこまで怒りを見せるとは……。驚きを通り越して、呆れてしまう」
それは……、ヘルナイトさんとシノブシさんに対しての言葉。呆れの言葉。
でも、ヘルナイトさんはそんなジエンドの言葉を踏み潰すように、こう言葉を返した。
「私も呆れている。貴様がそこまで外道だったとは……。同じ『12鬼士』として、情けなくなる」
ヘルナイトさんの言葉に対して、ジエンドは言葉を発しない。
図星なのか、それとも余裕のそれなのかはわからない。でも……、これだけは分かる。
ヘルナイトさんの雰囲気が、少しだけ温かくなった。
怒りではないそれが沸き上がったのだけは――ちゃんと感じられた。すると……。
「己もだ」と、ジエンドの背後にいたシノブシさんが、初めて言葉を発した。
それを聞いたセレネちゃん以外のみんなが驚きの顔をしていたけど、そんな顔を無視して、シノブシさんはジエンドに向かって言う。冷静な音色で、饒舌に言う。
「己もお前も同じ『12鬼士』だ。しかし貴様の言動に対して、己はもう限界を感じていた。主に対しての罵詈雑言。主に対しての反旗心。そしてセレネの戦友を二人も殺そうとした。その行為――万死に値する。いくら同じ鬼士であろうと、許せることと許せないことがある」
「………良く回る舌だ」
シノブシさんの言葉に、ジエンドは鼻で笑いながら言う。
その言葉を聞いた瞬間、シノブシは喉に突きつけていたその忍刀を更に喉に食い込ませようとした。けど……。
「待て――シノブシ」
ヘルナイトさんはシノブシさんの行動に制止をかけた。
それを聞いたシノブシさんは、はっと息を呑んで小さく驚くと、ヘルナイトさんのことを見てヘルナイトさんの名前を言う。
そんな光景を見ていた私達は、ただただ三人の会話を見ることしかできない状況にあった。
割り込むこともできないような威圧に入り込める余裕がなかった。と言った方がいいのかな……。まるで、壁ができているかのような雰囲気に押されかけていた。の方が正しい……。
そんな状況の中ヘルナイトさんは言った。ジエンドに向かって――
「ジエンド。お前がなぜあのお方のことを憎んでいるのかわからない。私はあのお方に仕え、そして守ってきたことに対して誇りに思っている。今でもだ」
「だが――お前はその誇りよりも、怨恨の方が大きかったのか?」
「そうだ」
ヘルナイトさんの言葉に対して――質問に対して、ジエンドは即答に近い返答をする。
その言葉を聞いていたシノブシさんは再度忍刀を突き刺そうとしたけど、それを再度静止するヘルナイトさん。
シノブシさんはぐっと詰まるような声を上げて忍刀を握る手に力を入れて、やむなくその手を止める。
ヘルナイトさんはそれを見つつ、再度ジエンドのことを見ると、横にいる虎次郎さんのことを一瞥しつつ、シェーラちゃんのところに行って『やれ』と目配せをしがら……。
それを見た虎次郎さんははっと我に返ってシェーラちゃんのことを見ると、すぐにヘルナイトさんに向けて小さな声で「かたじけない」と言ってその場から離れると、ヘルナイトさんは再度ジエンドのことを見ながら聞いた。
「なら……、その怨恨を生んだ理由は、なんなんだ?」
「私達にはなく、お前にはある怨恨。その怨恨が一体なんなのか。私はそれを知りたい」
「お前の怨恨の根源――それはなんなんだ?」
ヘルナイトさんの言葉に対して、ジエンドは黙るという一択をする。
そんな光景を見ながら、私は、私達は固唾を吞みながらその光景を見る。シノブシさんも黙ってその光景を見届けている。
そんな時間が長く続くと思われ、虎次郎さんがシェーラちゃんのところに着いた瞬間――ジエンドは響くような音色でこう言った。
「根源? そんなの簡単だ。言っただろう? 此方はこの国の創造主となると」
私達にとっても衝撃的で、不可解なことを――
「サリアフィアが女神として君臨していた前に君臨していた、此方の種族――魔王族の『魔王時代』を、取り戻すために、此方は動いているだけだ」




