PLAYOUT REALPARTⅤ DISSOLUTION(秘密)
※このお話には後味の悪い展開が含まれます。ご注意ください。
こんにちわ。僕は久郷改です。
職業はアシスタントもといクズイン兼ダメイン兼ヒロインになりそこないの女の奴隷として――『万探偵事務所』働いている不遇な人生を歩んできた男です。
その不運も今現在進行形で継続中で、最近僕は現実逃避と言う面目でよく夢を見ます。
異常な人生とは正反対の幸せ人生の光景を。
そんな僕の人生に光……、じゃないな。奴隷として招いたのは――『万探偵事務所』の所長にしてクズイン兼ダメイン兼ヒロイン以下の女――蛇崩実地莉さん。
まぁ僕自身この出会いも不運だと思っている。
給料もないしコキ使われるし挙句の果てには残業なんて日常茶飯事だ。
もう訴えてもおかしくないんだけど、それをさせないのが蛇崩実地莉。
というか僕は過去にやらかしてしまった過去があるため、それをしようにもそれをネタにするに決まっている。絶対にする。それは確実。
結局僕は蛇崩さんの前では無力に等しい――奴隷のような存在なのである。
以上――簡素な自己紹介でした。
え? なぜ自己紹介なんてこんな時にするのって?
そんなの当たり前じゃないですか。僕のことを忘れている人のために、僕は説明をしただけであり、この状況に対して混乱のあまりに頭がいかれてしまったわかでは決してない。
断じてない。
断じて――僕の目の前にいる人が来栖病院の院長でもある来栖智で、その人物が人物像からかけ離れていた。その存在が詐欺だと思って、その現実逃避としてこんなことをしているだなんて――断じて、ないっ!
はい。嘘です。
少し驚愕の事実に直面してしまいまして、それから逃げたいと思ってやってしまった結果です。ごめんなさい。
事実僕は混乱しています。目がくるくると渦巻きになって混乱しています。もちろん――隣にいる蛇崩さんもです。
だって目の前に現れたチャラい人――もう一度人相説明をするけど……、金髪で少し長くしたそれを小さな三つ編みにして、赤いフレームが印象的なメガネをかけ、服装は着崩れすぎている。白衣を肩に通さないで腕で止めながらファッションの様に着こなし、その白衣の中は上のボタンをはずしたワイシャツにジーパン。靴はスポーツ性が高い軽そうな靴を履いている人が、目元にピースサインを掲げている人を院長として見ますかっ? 僕は見れませんっ! イメージとかけ離れている云々ではなく、衝撃の所為で頭の思考回路が壊滅しそうになったからだ。
なんでこんなチャラい人が院長なのか……、なんでこんな人が院長なのか、もう困惑が混乱を招いて頭が痛くなってしまう……。だが――これも事実。真実……。
これからは嘘偽りのないことを語ろうと思います。僕は誓います……。
そんなこんなで長くなってしまったが――これから本題に入ろうと思う。
『橋本華』のことを知っている存在である来栖智に、橋本華が一体どんな人物なのか、RCがなんでその子に対して執着しているのか、それを追求するために……。
● ●
「はいはいはぁーい。こんにちわーっ! 僕はこの病院で院長を務めております、来栖智って言いまーす! って! これ殺気も言いましたねーっ! ごめんなさーいっ。許してチョッ」
「あらら~! もしかして目が点状態ですかっ? すみませーん! 僕こんなイメージですから、いろんな患者さんにも疑われるんですよ~! 初診に来た人が僕を見たら、開口『詐欺だーっ!』って叫んでいましたからね~! もう慣れましたけど事実ですよー! 個人情報少しだけ露見しちゃいますかー?」
「あれれ~? おーい。聞こえていますか~? おーい」
今、僕達の目の前にいる来栖病院の院長――来栖智はけらけらと笑みを浮かべ、ハイテンションの状態で僕達に話しかけているけど……、正直な話……、僕も蛇崩さんもその言葉に返答する気力も何もなかった。
と言うかギャップの所為で頭が痛いんだよこんの野郎っ!
そんな言葉が喉から出そうになった。言葉にして発しそうになったけど……、僕は冷静を尊重してその言葉を呑み込むように噤む。
ごくりと生唾を呑む音が聞こえた気がしたけど、その音をかき消すように、蛇崩さんが引き攣った笑みをを浮かべながら来栖先生 (仮)のことを見ながら……。
「あ、はぁ……、いえ、いいですよ。その胸元のネームプレートが何よりの証拠ですから、いいですよ。それに、サイトにも書いていましたから、疑うことなんてしません。先日お話しましたとおり――こちらの捜査のご協力ありがとうございます」
とか何とか言いながら滅茶苦茶疑いのそれだしているじゃねえか。滅茶苦茶口元ぴくぴくしているじゃねえかっ!
そんな心の声が言葉になって出そうになったけど、それも胃の中に放り込んで飲み込むと、来栖先生はそんな蛇崩さんの言葉を聞いてにこーっと微笑みながら「そうですか~!」と言って、応接室のソファに腰かけながら足を組んで、その膝に肘を乗せて自分の顎の位置で両手を合わせると……、来栖先生はにこやかな笑みで僕たちに向かってこう言った。
「捜査のためならご協力なら何でもしますよぉー? 僕は院長をしていても、外では一般の市民と同じ! 解決に導くのであればいくらでも協力しますよぉ!」
「それはよかった。すみません多忙の中で」
「いいえいいえ! この病院はあの大きな病院――えっと、ラビット・コーポレーションに比べたら小さい病院ですが、一応大まかな処置ができるくらい設備は整っていますし、優秀な医師もいます。まぁ僕は主に心療内科ですけど、今回は非番ですので安心してくださいねっ!」
「そうですか……、なおのこと申し訳ない。大切な休日を壊してしまいまして」
「もぉー! 警官さんでしょあなたたちっ! そんなに謝らないでくださいなっ! それに仕事もあったから好都合ってもんですよー!」
来栖先生はニコニコと微笑みながら右手を出してパタパタと動かす。まるでご近所にいるおばあさんの手ぶりと同じだ……。そんな光景を見ながら、蛇崩さんは引きつった笑みを浮かべながらも気丈な声で「ありがとうございます」とお礼を述べていた。
僕は、その光景をただただ見ることしかできなかった……。
因みに――蛇崩さんがアポをした内容は、僕達はとある部署の警察官で、とある事件を追うために捜査協力を頼みたい。と言う理由で、僕達はここに来たということである。嘘は見逃してほしい。これは調査のための手段なんだ。うん。
僕はそう思って、心にその罪悪感をしまい込む。
………若干ごり押しのようなそれだけど、それでもこうでもしないとこの院長に話を聞くことができない。僕達が聞きたいことについて――橋本華のことについて、聞くことができない。
そう思った時――来栖先生は僕達のことを見て、にこやかなそれを崩さないで微笑んだ状態でいると、来栖先生は言った。
その笑みからは想像できない――真剣で核心を突くような音色で……。
「でも……、嘘はいけませんよ~。あなた達がここに来た本当の理由を、教えてくださいよ? ここ、防音だから、誰にも聞こえませんし、僕がここにいるから、誰もここに来ませんよ。偽警官さん」
「「っ!?」」
僕達は言葉を失った。いいや……、この人の言葉を聞いた瞬間、全身の脂汗が噴き出したのほうがいいだろう。なぜ? 簡単な話――僕達の嘘をあっさり見抜き、そして僕達を警察官ではないと素早く暴いたから。
いずれ暴かれると思っていた。でもこんなに早く暴かれるとは思ってもいなかった。不意を突かれたかのような衝撃を受けながら、僕は蛇崩さんが言っていたことを思い出していた。
蛇崩さんは言っていた。
『まぁ暴かれたとしても、ある程度の情報は引き出せる所まで行けるだろう。私はそう直感している』
と、彼女はそう威張るように言っていた。けど……、それも呆気なく、たった数分程度で崩れてしまった。すごい速さで……。
驚く僕をしり目に、蛇崩さんは平静をすぐに取り戻して、にこやかな笑みを浮かべながら彼女は来栖先生に向かって――
「どういうことですか? 変な言いがかりはやめてください」と、ぴしゃりと言った。
ぴしゃりと言っても、結局は嘘なんだよな……。結局嘘に変わりはない。それを空気を吸うようにしている蛇崩さんは、嘘の達人だ。
そんなことを思いながら蛇崩さんのことを目だけでちらりと見ていると……。
「変な言いがかりはこっちのセリフと言いますか……、あなたたちは一体だれなのか、そこまでは分かりません。ですが私一個人に対して用がある人はかなり限られています」
と、来栖先生は言った。
にこやかに、いいや……ニヒルの笑みを浮かべ、彼は言った。僕と、蛇崩さんのことを見ながら――
「私の専門は心療内科。つまりは心のケアを専門にしています。もちろん私が担当している人もいます。でもね……、そのせいなのかな……? 嘘を見抜く力が備わってしまいましてねぇ。あなた達が嘘をついていることは出会った瞬間からわかってしまいましたよ」
「!」
来栖先生の言葉を聞いた蛇崩さんは、はっと息を呑むように目を見開き、今までの嘘笑みが嘘のような神妙な顔で来栖先生のことを見る。
僕はその光景を、ただただ凝視するだけで、何も語ることも、話すこともできなかった。
いうなれば――入る隙間がないということである。
そんな状態で僕は二人の会話を、蛇崩さんと来栖先生の言葉に、耳を傾けた。傾けることしかできないので、僕は耳を傾けることしかできなかった。
この場所では無力な僕にしかできない唯一の仕事だ。
二人はそんな僕のことを空気のように接しつつ、二人の世界を作り上げながら会話を続けた。
「なぜ、わかったのですか?」
「至極簡単。あなた達の言動に不可解なところがあったから」
「それはあなたの姿に対して衝撃を……、失礼。その、あまりにもインパクトがありすぎて」
「ですけどねぇ。あなた達は僕を見て、そして僕との会話の最中――身分を証明していません。普通なら警察手帳でも見せて『自分達は警察です』と証明するのが警察でしょう? でもあなた達はしなかった。穴がありすぎる潜入ですよ? これ」
「……………………………」
「そしてあなた達は捜査でここに来たと言っていましたけど、具体的な事件内容を言っていない。そしてあなたの内ポケットに入れているボイスレコーダーは何なのか、そのことについて話していただけないでしょうか?」
来栖先生が言った瞬間、蛇崩さんははっと息を呑んで懐に入れていたのだろうか、その箇所に手をやりながら顔を歪ませる。
でも、蛇崩さん以上に僕は驚いた。なぜ? まぁ聞いたらわかる話かもしれないけれど、言おう。
知らなかったから。
僕は蛇崩さんからその話を聞かされていない。初耳。と言ったほうがいいのかもしれない。何故言わなかったのかはわからない。けれどそれでも、そんな状況でも、蛇崩さんは僕に対して目配せをしなかった。どころか……、相手のことをじっと見て、ひとりで戦っているようなそれを見せつけながら、蛇崩さんはぐっと言葉を詰まらせている。
僕のことなど、本当に忘れてしまっているかのような――焦り様だった……。
先生は僕と蛇崩さん……いいや、蛇崩さんのことを凝視しながら、虚構の笑みを刻みながらこう言ってきた。
「ああ、できないんですよね? 仕方がないですよ。お話の内容は察しています。華ちゃん……、橋本華ちゃんのことについてでしょう?」
「――! なんで」
僕は会話を遮るように席から立って、テーブルに手を付きながら来栖先生のことを見た。そして叫ぶと、その言葉を聞いた来栖先生は僕のことを一回じっと見つめ、すぐに蛇崩さんに目を向けると、彼はすっと――目を細めた。
今までの虚構の笑みも、ニヒルの笑みも、すべてがなくなってしまったかのような笑みを浮かべながら、彼は蛇崩さんに向かって、口を開いた。
「でしたらなおのこと話したくなくなりました。アポが来た時点で薄々察していましたし、あなたの顔を見た瞬間から確信していました」
「っ!」
来栖先生の言葉を聞いた蛇崩さんは、言葉を詰まらせるように顔を顰め、そして来栖先生のことを睨みつけながら歯軋りをした。ぎりぎりと、まるで目的を忘れてしまったかのように……。いいや、すでに忘れているだろう。ここに来た理由を……。
そのくらい蛇崩さんは怒りで我を忘れていた。そして……、自分のことで夢中になっていた。
そんな蛇崩さんを見た僕は、慌てながら蛇崩さんと先生のことを交互に見て、理解できない状況をどうにか理解しようとしたけど、そんな光景を見ていた先生は、蛇崩さんのことを見て、すっと――流れるように僕たちが入ってきたドアを手で指さしながら……、冷静で、冷徹な音色でこう言ってきた。
「お帰り下さい。あなたに話すことは何にもありません。どころかまだ執着しているようでありましたら、速攻お引き取りを。いいですね? 蛇崩さん。いいえ――『ロドムカンパニー』の代表取締役、傾郷司の娘……傾美玖さん」
? 何を言っているんだ? この人は……。
ロドムカンパニー? 傾郷司? 傾美玖? 娘? 執着?
一体全体どうなっているんだ? もう思考回路が追い付かない。というか……、何を言っているのか、まるで理解できない。頭の中がこんがらがっっている。いったい何なんだ? 僕はそう思いながら、しぃんっと静まり返り、静寂と冷えるようなそれを漂わせている空間にいながら、先生と蛇崩さんのことを見た。
蛇崩さんはそれを聞いた瞬間、目を見開いて言葉を失って茫然としてしまい、来栖先生は今も冷徹な顔をして蛇崩さんのことを睨みつけている。
僕はその光景を、二人の顔を交互に見て黙ることしかできなかった。あまりの急展開に、僕は言葉を出すことができなくなってしまった。いろんな気持ちが脳内をリレーのように走り回し、僕のことを混乱させる。指がわずかに痙攣しているような感覚が、僕を襲った……。
どころか、体中の感覚が何かによって奪われたかのような……、脳が回っているかのような奇妙な感覚を覚えた。体の感覚が抜けて行く……、そんな感覚に勝とうと抗おうとした瞬間――
――ダァンッッッ!
「っ!?」
突然、僕の横で大きな音が聞こえた。
その音を聞いた僕は肩を震わせ、今まで朧げだった感覚が一気に鮮明に戻っていくと同時に、僕はふと、音がした蛇崩さんのことを目で見た。見て――やっぱりと思うと同時に、さらなる衝撃が僕を襲った。
音を出したのは――もちろんのこと蛇崩さん。蛇崩さんは項垂れた状態で突っ伏し、テーブルに両拳を打ち付けた状態で固まっていた。その顔は髪の毛の所為でよく見えない。そんな状態で、僕はやっと蛇崩さんのことを見つめ、控えめに彼女の名を呼びながら手を伸ばそうとした。
けど、それを拒むように、蛇崩さんはその場ですっと立ち上がり、僕の指に蛇崩さんの服が『ちっ』と掠める。それを感じながら蛇崩さんのことを見上げると、蛇崩さんは僕のことを冷たい目で見降ろし、そしていまだに冷徹な目で見つめている来栖先生のことを見つめると、彼女は小さく、本当に小さく溜息を吐くと同時に――
すっ――と、踵を返すように、出口に向かって歩みを進めた。
「え?」
驚く僕を無視して、彼女はドアノブに手をかけ、そのままドアを開けてその場から立ち去っていく。僕から、来栖先生から逃げるように、今まで見たことがないような失意のそれを出しながら、彼女はその場から出て、小さく僕の名を呼ぶと、彼女は言った。
僕のことを見ないで、背中を向けながら――低い音色で……。
「外に出て待っている。あとのことはお前の判断でいい」
それだけ言って、蛇崩さんはその場所から立ち去るように、部屋のドアをゆっくりと音を立てて『バタン……ッ』と閉めた……。
僕に、不可解な言葉を残して……。
● ●
僕はその言葉を聞いて、唖然とした状態で蛇崩さんのことを見ていたけど、蛇崩さんはそんな僕のことを見ないでその場から立ち去ってしまった。僕のことを見ないで、今まで見せていた強気なそれを見せないで……。
「じゃ、蛇崩さん……」
ふと、僕の口から彼女の名が無意識に零れだす。まるで縋るような声だ。自分でも驚くような弱々しい音色。
それを聞いてか、小さくため息を吐いて足を崩した来栖先生は、呆れるような音色でこう言ってきた。
僕に向かって――
「じゃくずれ……、ですか。なるへそ。あの女名前を変えていたってことですね。偽名だけど、そこまでしたいことだったってことか~。まさか身代わりまで用意して」
「――っ!?」
その言葉を聞いた僕は、今まで黙っていた反動か――来栖先生のことをギッと睨みつけ、蛇崩さんと同じようにテーブルに手を『バンッ!』とつけると、僕は来栖先生に向かって怒鳴った。
「あんた院長だからって調子こいているのかっ!? あの人の名は蛇崩実地莉! 傾美玖じゃないっ! あんた何を言っているんだっ!? さっきから意味わかんないことを――ふざけるのも大概にしろっ!」
「………………僕は事実を言っているだけ。その事実を知らなかった君が悪いだけ。運が悪かっただけさ。あの女の目に入った時点で、君は危うくその命を無駄にするところだったんだ。あの女の道具にされて――ね」
しかし……、来栖先生はそんな僕のことを冷たい目で見つめ、そして事実を追求するように言うと、ぐっと言葉を詰まらせる僕のことを畳み掛けるように彼は続けてこう言った。
「……君、の名は聞かないよ。すぐに分かれて何年もすれば忘れてしまうから、君の名を聞くつもりはない。僕の脳内で君のことは『ただのモブA』と言う認知でいようと思っている。そしてあの傾の娘も、君のこと切り捨てるから――まぁよかったね」
「………………っ!」
僕は来栖先生の言葉を聞いて、今まで黙っていたけど、もう我慢の限界に近づいていた。
内心――何を言っているんだこの野郎は、そんなことを思いながら、僕は来栖先生のことを見つめながら、固唾をのむように顎を引くと、僕は聞いた。
「――なにが……言いたいんですか? 先から意味が分からない」
「それはそうだね。君はあの人のことについて何も知らない。だから華ちゃんのことも話さない。話したくない」
「なんで、ですか……?」
「それも言えないけど、僕からしてみれば、華ちゃんは――」
来栖先生は僕達が知りたかった橋本華のことについて、一言言った。たった一言だけ、言った。
それを聞いた瞬間、僕は目を点にして、来栖先生のことを見つめる。今までのことなど嘘のように、虚無に陥ったかのように、僕は黙ってしまい、ぼすり、とソファに座り込む。そして頭を抱えて、何がどうなっているんだ。謎が謎を呼んでいるような苛立ちを表しながら、僕は黙りこくってしまう。
もう、何が何だか意味が分からねぇ……。そんなことを思いながら……。
そんな僕を見てか、来栖先生は僕に向かって――こう言ってきた。
「これから話すことは――君にとっても重要なこと……、になるか、ならないかという曖昧な情報だ。本当だったら僕はこんなことを赤の他人でもある君に話すことはしない。でも――君は巻き込まれた。だから教訓として、あの女の異常性を知って、このことから縁を切ったほうがいい。そのための忠告として、僕は君に言おう」
もちろん――関わりたくないなら聞かなくてもいいよ。
と言っていたけど、僕はもう理解ができないような感覚の中……、茫然とした中で僕は来栖先生の話を聞いていた。頭を抱えて、ずきずきと鳴り響く警報と共に……。
来栖先生は言った。僕が見ていない中、彼は言ってきた。
「それじゃぁ話そう。彼女のことについて。最初に言った通り、彼女はロドムカンパニーの社長、傾郷司の娘――傾美玖。傾社長が起業した会社は元々ゲーム会社で、いろんなゲーム制作をしてきた会社でもある。そして、今の時代のゲーム時代を築き上げてきた一人だ。わかるだろう? VRMMO。オープンワールドの世界を作った人物でもあるんだ。いわゆる生みの親。そんな革命家の元で、彼女は何不自由もなく十歳まで育ってきた。でも、それも長くは続かなかった。ある時――傾社長はある社員の裏切りにあい、すべてのものを失ってしまった。金も、地位も、居場所も、生み出したVRMMOの基盤も、すべて奪われてしまった。残された家族はそんな裕福な生活とは正反対の貧困の生活を強いられながら生活してきた。元社長は妻と娘を守るために、懸命に働いてきた。そんな父を見て、美玖も家族のことを支えようとしていたが……、それも長くは続かなかった。しかも突然それは起きた。これはとある人から聞いた話だ。十二歳になり、美玖が学校から帰ってきたとき、美玖は見てしまったんだ。母の亡き姿を。自らの手で命を絶った光景を、見てしまったんだ。父が別の場所で自殺をした数時間後に。両親の他界を気に、彼女の心に残ったものは復讐だけだった。ただの復讐。父のすべてを奪ったやつへの――のちに大企業社長となり、通称理事長と言われるようになった……、親の技術を奪った元部下の當間純一郎に対して、傾美玖は復讐を誓った。以上。それからのことは分からない。けれど一回だけ警察のお世話になったと聞いたけど、あの様子から見てあまり反省していない。どころか……、溜め込んでいたみたいだね。君も災難だ。まさか身分に目を向けられることを見計らって替え玉を用意したとは……、あの女は姑息で、そして人間ではない。人の心なんてない……。あの女は目的のためなら手段なんて択ばない。あんな女と関わった時点で、君の人生は本当に不運に満ちてしまったね。ん? わからないような顔をしているね。わかりやすく言うと……」
君は本当に――あの女に人生を狂わされかけた哀れな人だ。
● ●
それから、僕は来栖先生の話を聞くというそれだけをして、追及も何もしないで、その場から気怠く、倦怠感を残すような雰囲気を出しながら、茫然とその場を後にした。
まるで……、逃げるように。
その光景を見ていた来栖先生は僕のことを止めなかった。けど……、僕が出ていくとき、先生は陽気な音色で「それでは」と言って、そして僕に向かって、本当に最後の一言を発した。
「あとのことは――君の判断に任せるよ。それと、彼女の本当の一人称は――『あたし』だ」
その言葉を耳に入れ、脳内で再生しながら、僕はその場を後にした。
結局、この時聞けたことは――聞きたかったことではない。聞きたくなかった……、いいや、少し知りたかったという欲があった――蛇崩さんの、過去だ。
あまり過去を話そうとしない彼女の過去を聞いた僕は、ふらふらしながらその場を、病院を後にしようと、入り繰りに向かって歩みを進めていた。普通なら五分くらいなのに、もう五分過ぎている……、気がする。でもまぁ……、もうそれもどうでもいい。そう思ってしまった。
なぜ? 何故って……。
「あー……、えーっと……、なんだっけ? こう、なんだろう……、あー………………」
なんだろう……、考えがまとまらない。と言うか、今は考えることもできない。ぽっかりと開いた穴が体の中心にあるような感覚、その穴から風が通り過ぎるような虚無感を覚えたからか、僕は茫然とした目で歩いていただろう。
この場所に人がいたらどうなっていただろう。そんなの見る暇もないけど。
そんなことを思い、茫然と、漠然とした面持ちで俺は病院のドアを開けて、外に出た。
外に出ると、僕の目に入る日の光が僕の視界を襲い、そのまぶしさから僕は目を細めて、唸りながら照らす太陽を見つめた。肌を刺す熱さにも少なからず嫌悪を抱きながら見上げていると……。
「終わったか?」
「!」
突然、蛇崩さんが聞いてきた。僕はその声を聞いて、今まで茫然としていたそれを覚醒するように蛇崩さんがいたであろう、病院の近くの茂みの煉瓦に座っている彼女のことを見降ろす。彼女はその煉瓦に座りながら、僕のことを横目で見ていた。
僕と同じように、気怠い顔で――
そんな彼女のことを見て、僕は慌てながら二、三段の階段を駆け下りて、蛇崩さんに近づきながら僕は慌ててこう言った。
「蛇崩さん! 待っていたなら言ってくださいよっ!」
「別にいいだろう? 私の勝手なんだから」
「勝手でも何でも……、あんた俺にすべてのことを押し付けて逃げましたよねっ? 少しは責任をもって下さいって!」
「私はすべてにおいて全力。そして、今回のことはお前が最適任と思ったから、そうさせただけだ」
「いやいや……、いやいや……っ! あんたも身勝手に人のことをコキ使わないでくださいよっ! なんなんですかあれっ! あんな嘘誰も信じませんって! なんですかあの男! いいような作り話を作って、本題になると話さないとか抜かして……、もう災難ですって!」
「ふぅん」
「と言うかあの人、僕のことを災難な人って認識だしたよっ? 蛇崩さんの借り玉とか、替え玉とか言っていて、ほんっと、あの人ドラマ見過ぎてんじゃないかっていう内容でしたよ! そんなことないでしょうが! あんたは蛇崩! 傾とか言う女じゃないんですから! 人間同じ顔の人間が三人いるとか何とか聞くじゃないですか! それと同じ要領で、あの人も間違っているんですよ! ていうか、ドッペルゲンガー的なものを見たんじゃないんでしょうかねー。あ、でももし本当だったとしても、僕のことを替え玉にしないでくださいよ? 怖いですし」
長々と、ぐだぐだと語る僕と、それに対して頷いて相槌を打つ蛇崩さん。僕のことを見ないで、彼女は頷く。
その光景をはたから見れば『口喧嘩』と言うそれで処理してすごすごと言ってしまうようなそれだと思うけど、僕の場合は違った。
ただ――不安で、蛇崩さんに聞かないと気が済まなかった。ただ不安だったから、僕は蛇崩さんに聞こうとした。
あの話が嘘で、すべてあの来栖が話したくないという面目で作り上げた妄想話だと、言ってほしかった。違うと、言ってほしかった。
普通に――蛇崩さんにこう言ってほしかった。
『そんなことないだろう? 私にとってお前は部下だ』
と、そう言ってほしかったのかもしれない。
彼女と話している間、僕は思っていた。
違う。違う。違うんだ。違うんだ。あれは違うんだ。別人のことを言っていたんだ。あいつは蛇崩さんのことを間違っていたんだ。あの人は別人のことを僕に話していたんだ。可哀そうな人だ。絶対に違う。
この人は――違うんだ。
まるで願うように、今まで感じなかったのに、それを願いながら僕は蛇崩さんに向かって、冗談のように、ふざけ半分に言った。違う。そう願いながら――
でも……、それも、無駄に終わった。
蛇崩さんは、僕のことを見上げ、そしてふっと、力なく微笑みながら、彼女は言う。僕の気持ちを無視するようなことを、僕の願いを無下にするようなことを、言ってきた。
「そうだな。お前を替え玉にしても、結局は証拠が揃っちまったら何もかもがパァになるし……、お前を巻き込むことも……、間違いだったんだ」
蛇崩さんは言った。僕に向かって――
僕に向かって――言ったんだ。正直に、面と向かって……。
全部本当ですよ。と彼女は言ってきたのだ。
その言葉を聞いた瞬間、僕の中の何かが、何枚も。何枚も、何枚も崩れ落ちて、破片となって地面にばらまかれる。
ガラスの破片のように、その破片に映る色んな光景が僕の心を軋ませていく。あの光景も、言葉も、全部全部……、復讐のために言葉遊びで、試行錯誤で……。
全部――嘘だった。
復讐の道具のために、僕は使われていたんだ。その事実に直面した瞬間、蛇崩さんは僕の喪失感を見てか、すっと立ち上がり、そして僕に背を向けながら――彼女は冷静で、冷たい言葉で言い放った。
「お前――今日でクビな。もうこの件に関しても、あたしのことも、すっぱり忘れろ。いいな? それではサヨウナラ。久郷改。ただのモブ。今度からはあたしだけの復讐を完遂しようと思うよ。どんな手を使ってでも――ね」
やっと巡ってきたチャンスなんだ。今まで被っていたそれを剥ぐ時なんだ。
だから、邪魔なんてすんなよ――モブやろう。
そう言って、彼女はそのまますたすたと歩みを進めて、行ってしまった。
僕を残して、茫然とした状態で、膝を地面につけてしまう僕のことを無視して、彼女は本当のことを告げて、僕のもとを去っていく。
愕然としてしまう僕を置いて行き、彼女は一人でどこかへと行ってしまう。そんな彼女の茫然と見つめながら、僕はあの時、来栖先生が言っていた言葉を思い出した。
「あとのことは――君の判断に任せるよ。それと、彼女の本当の一人称は――『あたし』だ」
ああ、そういえば、あの時、蛇崩さん言っていたな……。彼女あの時、自分のこと、『私』じゃなくて、『あたし』になっていた。となると……、『あたし』が本性だったんだ。
「…………あ、はは、ははは……」
もう笑みが零れる。と言うか零すしかないだろう……。今まで関わってきたあの人は、嘘のあの人。僕は今、彼女の本当の彼女を見たんだ。そして僕は言われた。
本性のあの人に――クビと。そして、サヨウナラ。と……。
今までいい天気だったのに、いつの間にか空は灰色の雲の世界になり、ぽつり、ぽつりと、その灰色の雲から水滴を零していく。
その水滴に打たれながら僕は濡れる道路と一体化するように、自分の服も髪も濡らして、無気力に、ただ茫然と笑いを上げる。
気味悪く、自分のそれなのか、はたまたは水滴なのかもわからないそれを目から、鼻から流しながら――僕はその灰色の世界で小さく小さく笑っていた……。
何度目かになる不幸を感じながら……。
彼女の本性を知り、そして僕を雇った本当の理由を知った僕は冷たくなる体でこう思った。
もう――何もかも面倒くせぇ。と……。




