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PLAY74 BATORAVIA BATTLE LOYAL!FINAL(仮初の終り)⑥

 その音は――広い最下層に知れ渡るように響いた。


 自分でも驚くくらいその手はすんなりと出て、私よりも驚いているヘルナイトさんとコノハちゃんをしり目に、私はDrのことを見降ろす。


 怒りと叩いてしまった少しばかりの罪悪感、そして吐き出したくなるその感情が複雑に混じっている顔を出しながら、この中で一番驚いているDrのことをじっと見降ろして私は言う。


 自分でも驚くくらい低い音色で私は言った。




「なんで()()()()()()()()()? なんで、()()()()()()()()()?」




「………は?」


 素っ頓狂な声を上げて驚きの声を上げるDr。


 そんなDrに対して私は彼のことを見降ろしながら続けてこう言う。


 今まで見てきた光景を、今まで噛み合わなかったDrの表情と心の感情を思い出しながら――()()()()()()()()()()()()()()のことを見降ろしながら、私は言った。


「あなた……、この戦いが始まってからずっと、笑っていますよね? 顔は怒ったり虚勢を張ったりしていますけど、心は違う。ずっと何かを得たかのように嬉しそうに、ずっと笑っているもしゃもしゃを放っていた。()()()()()()()()()()()それを、ずっと私達に見せていた……っ」


 顔を歪ませて困っているDr。


 その感情()本当の様で、私が言っていることに対して本当だということを証明してくれた。


 その証明を聞いた私はふつふつ込み上げてくるそれを……、怒りを少しずつ露にしながら、私は言う。


 Drに向かって、なんでそんなことができるんだと、許せないと思いながら、私は言った。


「なんで笑っていたんですか? 色んな人達が傷ついているのに、色んな人達が死にかけているのに、悲しんでいるのに……っ。なんでそんな風に笑っていられるんですかっ? なんで人の気持ちを弄ぶようにその光景を面白おかしく見られるんですかっ? どうしてこんなひどいことをするんですか?」

「ハンナ――もういい」


 ヘルナイトさんの静止の声が聞こえた。


 肩を掴む感覚もあったけど、私はその静止も、静止の行動も無視して、私は初めて、ヘルナイトさんの行動に反するように叫んだ。


 あまりに異常な行動をして、そしてそれを楽しんでいるように見えるDrに対して……、嫌だという感情をむき出しにして、嫌いと言う感情をむき出しにしながら私は言った。


 ………………叫んだ。



「そんなことをして心を痛めるとかないんですかっ!? 私はこの国に入ってから辛い経験をしました! 怒る経験もしました! けどこんなに心が苦しくなってぐちゃぐちゃするような経験は初めてです!」

「落ち着くんだハンナッ」

「セレネちゃんの親やコノハちゃんのお母さんを手にかけて、挙句の果てにはその時に出た感情を眺めて、それだけのために手を染めるなんて、おかしいですっ! どうしてそんなひどいことができるんですかっ! どうして人の幸せを壊して、その不幸を笑うんですかっ!?」

「ハンナ――ッ!」



「心がないようなことを幾度もして、人の悲しみを嘲笑って――何が楽しいんですかっ!? その感情を見て、何が楽しいんですかっ!?」



 しぃん……。と、静まり返る最下層。その静まりに交わるように私の荒い呼吸の声がひどく響いている。誰も言葉を発していない。誰も……、私の豹変の様を見て、驚いて固まっているんだ……。


 私も、ここまで言うつもりはなかった。


 声を荒げて言うつもりはなかった……、でも、押さえることができなかった。


 感情の枷が外れてしまったかのように、私は心のそれを吐きだしてしまったのだ。


 今まで感じたことがない気持ちを吐き出すように、もうやめてほしいと願いながら私はDrのことを掴んで叫んでいた。


 ヘルナイトさんの静止を聞かずに……。


 自分でも驚いている。信じられないという感情を出しながら……固まっている。


 けどそれ以上に……、止めることができなかった。


 Drのその感情を見て、常に何かを得た高揚感を浮かべているDrのことを見て、その感情を見て、もしゃもしゃを見て……、私は思ったのだ。


 いやだと。


 この人は――()()だと、そう思ってしまった。


 心の底から思ってしまった。


 だから……、吐き出してしまった。


 我慢の、限界だった……。


「…………あ」


 心の奥底に溜まっていたそれを吐き出した私は、力が抜けてしまったかのように、俯いて黙ってしまう。


 さっきまでの言葉が嘘のように止まってしまう。力も出ないような感覚が私を襲う。もう思考も疎かになっているような、そんな感覚を覚える。


「っ! ハンナ!」

「お姉ちゃん! ダイジョーブ? ねぇ大丈夫?」

「きゅぅ! きゅきゃぁ!」


 頭に溜まっていたそれが一気に鎮火して、正常な思考が私の心を落ち着かせていく。


 ヘルナイトさんやコノハちゃん、ナヴィちゃんの心配の声が耳に入ってくる。けど、その言葉に対して返す言葉が出ない。


 どんどん落ち着いてくる私の心。でもその落ち着きに並列して現れてくる……、困惑と後悔。


 なぜあんなことを言ってしまったのだろう、なぜあんなことをしてしまったのだろう……。なんで私は、あんなことをしてしまったのだろう……。


 感情任せに動いた半面、やってしまった後の後悔がどっと私の上に乗っかってくる。重りのように、重しのように、どっと乗っかってくる。その重しが、私の心をグラつかせていた。


 そんな私の心の隙間に入り込むように……。





 ――かちゃり。





「? ………え?」


 私は呆けた声を出す。


 そして音がした方向に目をやった瞬間、私は全身の血の温もりがなくなるような感覚を覚えた。声も出なかった。


 なぜ? それは簡単に言うと――私はDrのことを掴んでいた。だから至近距離にいた。だからだろうか、私は油断していた。忘れていた。


 Drは下劣な笑みを浮かべて、両手でしっかりと掴んで、私の()()()()()()()()()()ともいえるような右手首の白いバングルを――掴んでいたのだ。


 私の手首を掴んで、バングルに手をやりながら、Drは私のバングルを壊そうとしていた。命と同等の価値があるバングルを――



 ◆     ◆



 ハンナの悲痛にして激昂のマシンガントークは当たっていた。及第点と言う甘いものではなく、百点満点に相当するものであり、Drは砂の国の決戦は始まった瞬間から、嬉しさを隠しながら戦っていた。


 嬉しさの根源は十中八九――感情の芽生えに対して、次々と滝のように出てくる己の感情に対して、Drは歓喜さえ覚えるようになった。喜びを体感し、それを骨の髄まで感じながら、彼は戦っていた。


 こうなることを想定して、万が一の武器として、奥の手として残していたガーディアンを使いながら……。


 少しばかり種明かしをしよう。なぜガーディアンがこうなったのかを――


 Drは自分が持っている詠唱――『永遠道化(マイドール・)人形(マイドール)』は、確かに一日一回もとい一日一匹しか出せない強力ではあるが使い方が難しい詠唱ではある。


 一日限定の詠唱。一体の操り人形を作るだけと言う詠唱に対して、Drはいかに効率よく、そしてどのようにすればこの詠唱をより強力に、より強大な力として使えるのか、Drは試案をした。


 が――それも数時間ほどで解消できた。天才の頭脳を持って、それはすぐに解消されのだ。


 簡潔にその結論を告げると――一回しかできない詠唱も一日たてば元通りに回復して、また一回使える。ボルケニオンの時Drが放った詠唱は一日経過しても消えずに、長い間Drの操り人形として作動していた。


 これから察するに、Drのような詠唱は壊されない限り消えることはない。発動するそれとは違い、詠唱所有者が消えろ地念じない限りは消えることはない。そうDrは結論をつけた。


 それを知ったDrは、消えない条件を強みにしようと、ガーディアンの体の至る所――厳密に言うと六ヶ所に『永遠道化(マイドール・)人形(マイドール)』を寄生させ、ガーディアンのことを操って、万が一の武器としてそれを隠してきたのだ。


 帝王にも、七人の団長達にも、颯以外の『バロックワーズ』達にも告げず、Drはそれを続けてきた。


 自分の都合の悪い展開になったら、ガーディアンを脅しの道具にするために――


 己の感情の研究をより引き立たせるための道具にするために、Drはガーディアンを詠唱を使って操り、それを隠してきたのだ。


 が、その奥の手も、自分の強みも――最強の鬼士の前では歯が立たなかった。いとも簡単に破壊されてしまった。


 その光景を見ていたDrは、言葉を失い、慌てながら動けと念じていた。が、その最中でも、彼は内心――





 嬉しさを噛みしめていた。





 ゾクゾクと這い上がってくる、芽生えてくる感情に対して、Drは幸福を噛みしめていたのだ。この戦いを通して――彼は目の前にいるヘルナイトたちに向けて、あろうことか感謝をしていた。


 ――おぉ、おぉ、おぉぉぉぉ! 何ということじゃ! 儂の感情がここまで芽生え、儂を感情ある人間に形成していく彼奴等は凄い輩じゃ! 儂に『焦り』を、儂に『死に対する恐怖』を与えた! 


 ――感謝じゃ! 感謝しかない! 儂にこのような感情を与えてくれたことを! 空っぽの儂にこのような褒美を与えてくれたことに……、感謝する!


 Drは歓喜に打ちひしがれる中、表面上はそれを隠して焦りに焦る。


 その焦りの中で、コノハにぶたれながら彼は次にこう思った。体中の血液の熱が上がり、その熱が身体中を温め、高熱を起こしているかのような興奮を抱えながら、Drは思った。


 ――この感謝は忘れんぞヘルナイトよ! そして孫であるコリーンよ! お前さんたちと猫人の小僧、そして魔王族の颯弟! 儂のこのような感情を与えてくれて感謝する! 儂にはない感情を芽生えさせてくれて、悲願成就の手伝いをしてくれて感謝する! そして――!


 ――その芽生えのきっかけを作ってくれたハンナ(小娘)よ! 儂は今、ここで退()()してもいいと思っておる! この感情を与えてくれたお礼じゃ。儂からより良い()()()()()を与えよう! 


 そう思い、Drはコノハにぶたれたと同時に、逃げる()()をしてこの場をやり過ごそうとした。瞬間だった。




 ぱちぃん!




 と、Drは、頬に感じた別の何かを感じると同時に、今までの幸福感も歓喜も、すべてが脳からすっぽりと抜けてしまった。きれいさっぱり忘れてしまったかのように。


 受けながら困惑するDrをしり目に、目の前で、Drのことをはたいたハンナは彼のことをきっと、泣きそうで、苦しそうだが、それでも怒りを露にするように、目じりに涙を貯めながら、彼女は言う。言い続ける。


「なんで……、()()()()()()()()()? なんで、()()()()()()()()()?」


 その言葉を聞かされた時、Drは頭に疑問符を浮かべながら、ハンナの怒りの言葉を耳に入れていた。しかし……、Drはその言葉を聞きながらこう思った。内心……、鬱陶しい。そう思いながら……。


 ――なぜ笑っている? 何故喜んでいる? そんなの簡単じゃ。


 ――儂は『普通ではあるが、感情欠落した人間』なのじゃ。感情のない空間で育ち、その感情を知らずに生きてきた外れ者。


 ――儂は感情と言うものが何なのかを知りたい。それだけを糧に生きてきた。自分にはない感情を知りたい。感情の心理を、感情と言うものが、心に秘める感情が一体人間にどのような結果をもたらすのか、それを見たかった。記憶に収めたかった。


 ――ゆえに儂は今、感情を得て……、心の底から満たされた。その感覚しかない。が……。


 と思いながら、Drは未だに怒っているハンナのことを見る。見て、彼はそんなハンナの感情を見ながら、ふと思った。疑念に思った。今までにない高揚感の感情とは違うそれを感じながら、彼は思ったのだ。


 ――この小娘が一体どのような感情を持って儂に対して怒っているのか、なぜ泣いておるのに怒っておるのか、てんで理解ができん。儂が一体何をした? 儂でも理解はできる。が、なぜこの小娘は儂に対して何もされておらんのに泣いておるのじゃ? 怒っておるのじゃ?


 ――まるで、意味が分からん。そう思ったDrだったが、ハンナの怒りが収まり、困惑が出てくる光景を見て、ますますわからない。そう思ったと同時に、Drは結論を出した。


 ――まぁいい。そのことについては後で考えるとしよう。今は目の前のことをするとしよう。


 ――儂がお前さん達のサンタクロースとなり、お前さん達に対して感謝の意を込めて、最高級のプレゼントを与える。





 ――()()()()()()()()()()()をのぉ!





 無表情にハンナに目をつけながらDrは行動に移そうとして、足に力を入れながら――Drは動く。




 目の前にいる、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に、Drは動く!




 ゲームクリアのカギであり、この世界を救う希望を消す。それこそがこの世界にも、自分達にとってしても絶望の引き金になる(ハンナ)。その彼女を消すために、Drはハンナに向かい、彼女に気付かれないように、ハンナの右手首につけられているバングルを奪おうとしたのだ。


 奪って、壊してもいい。あわよくばそれをアクロマのように脅しの道具にしてもいい。アクロマもそのようにして手中にいれたのだから、簡単だ。そうDrは思っていた。


 だが最終的にはハンナのバングルを壊して、アクロマのも壊して、自分のバングルも壊す。これがDrが考えた最終的な最終章。


 もう感情をここまで知れたのだ。


 長くない自分にこれほどの感情を教えてくれたのだ。


 悔いはない。


 ゆえにDrは捕まる選択も、死ぬという選択もせずに、()()()()()()を選択したのだ。


 しかしただ逃げるだけではない。ちゃんとプレゼントと言う名の絶望を残して、彼は退場する。それこそが――Drが組み立てた置き土産。




 これが彼が組み立てた……、ハンナ(希望)を失ったアキ達に与える最悪のクリスマスプレゼント。




 ――この小娘を失えば、このゲームの世界の者達も、プレイヤーも絶望し、儂はその絶望の中で繰り広げられる感情の波を外から傍観する! 儂の権限があれば、儂の処遇も見送られる。現実に帰ったとしても儂は普通に過ごせる! これで儂の悲願も外の世界で堪能できるというわけじゃ! 


 ――悪く思わんでくれ。これも研究のため、悲願のため……。そして……。


 と思いながら、Drは驚くハンナのバングルに手をやり、更にそのバングルを外そうとしながら、Drは下劣に笑みを浮かべながら、ハンナのことを見る。その驚愕を目に焼き付けながら、その驚愕に対していいものを見たかのように、彼は笑みを刻みながら、彼は手に力を入れて……。




 ――儂のためなんじゃっっっ!




 と思い、Drはハンナのバングルに手をやり、それを『カチリ』と外そうとした瞬間――





 ()()()――()()()()()()






 〷     〷



「?」


 Drは首を傾げながら目の前に広がる世界を見渡していた。


「? ? なんじゃ……、これは……」


 一人ごちり、そして独り言のように呟きながら、Drは辺りをきょろきょろと見渡しながら、がらりと変わってしまった世界を見渡しながら、Drは突然の出来事に対して、初めての困惑を見せていた。


 目の前に広がるのは――黒い世界。


 しかしその黒い世界はただの黒い世界ではない。


 ところどころにバーコードのようなものが下から上に向かって流れており、その中には数字のようなものも流れている。自分だけはゲームの世界の姿で、色も黒くない。正常だ。耳に入る『パチ』、『バチリ』となる電子音に、黒くなって固まっているハンナたち。人物の輪郭は白い線で描かれており、Drはそれに触れようとした。


 が。

 

 ハンナに触れようとしたDrだったが、まるで幽霊のようにDrの手がハンナの体をすり抜けてしまったのだ。するりと、何にも触れられず。


「…………っ!?」


 Drはそれに対して驚きを隠せず、両手を出して何とかして触れようとハンナの体に触れようとする。しかし『すか、すか』と通り過ぎるだけで、何にも触れられない。顔にも、髪にも、バングルにも――


 何にも触れられなかった。


 ――どういうことじゃっ? どうなっておるんじゃ!? 一体全体、何が如何なっているんじゃ……っ!?


 焦りと困惑、混乱、不安。恐怖。


 いくつもの感情が芽生えるDrだったが、その感情に対して嬉しさなど芽生えなかった。どころか今はこの現状が一体どうなっているのかわからない状態で、その状態を一刻も早く解消しようと、Drは焦りながら打開策を模索していた。


 考える余裕などない。


 ただ手探りに探りながら、彼はどうなっている? と言う言葉を頭の中で連呼して探す。


 この世界が一体何なのか。


 そしてなぜ自分だけ動けるのか。


 なぜ触れることができないのか。


 そして――これは一体どういう状況なのか。


 それを証明するためにDrは焦りを募らせながら模索を続ける。


 真っ黒になってしまった最下層を闇雲に、何もないことに対して恐怖を、不安を感じながら、鼓動がどんどん早くなるそれを体感しながら……、どうしたら元の世界に戻るのか、気が遠くなるくらい、彼は模索をして、して、して……。




「いくら探したって見つからないよ~だってここ何もないもん」

「この世界はいわば骨組みなんです。今回だけは特別にその骨組みの世界に案内いたしました。」




「――っ!?」


 突然だった。声が聞こえた。はっきりと、Drの耳にしっかりと入り、その声が脳にインプットされる感覚を、Drは体感した。


 聞いたことがある声を、彼は聞いたのだ。


 Drはすぐに立ち上がり、黒く流れていく文字やバーコードの滝を見渡しつつ、声がした方向にむけて、Drは叫んだ。


「どこにおるんじゃっ! 隠れてないで出てこいっ! お前さん達のことは知っておるぞっ! 会ったことがあるじゃろうっ!」


 Drは叫び続ける。


 どこにいるのかわからない声に対して、Drは叫び続ける。


 その声に応じてくれたのかは分からない。Drの叫びが届いたのか……、その声の主達はふと――Drの前に現れた。


 何の前触れもなく――だ。


「きゃはははっ! 『なぁにが隠れていないで出てこい』ぃ? あたしら隠れていないしー! ここにずっといたしぃー!」

「ええそうです。私達はここにいました。あなたがボケーッとした顔で辺りを見回していた時から、ずっと――ね。」

「あはははは! ボケーッて! それはぽけーんっ! でしょっ!?」

「――っ!?」


 その二人の男女の声を聞いたDrは息を呑み、声がした方向……、前。ではなく、斜め上、つまりは天井を見上げた瞬間、それはいた。否――その二人はいた。


 顔は整っており、紫の前髪を垂らして黒いネクタイに右手には黒い手袋、左手には白い手袋をはめて、口元をニコッと微笑んでいる口元が描かれたトランプのような厚紙で隠している片眼鏡をかけた男と、横にはゆるフワヘアーに黒のベストに紫のワイシャツ。少し小さめにシルクハットをかぶり、黒いリボン、ふわっとした紫のショートパンツ。黒と紫の縞々タイツに黒いブーツといった服装で、目元をプラカードで隠して満面の笑みを浮かべている女性が横一列になって立っていた。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、二人の人物――レセとマイリィはDrのことを見降ろしながら()()()()()()()で立っていたのだ。


「おひさねー! ドクトレィル!」

「お久しぶりです。息災なくでしたか?」


 女性――マイリィは目元のカードをくるりとにこやかな目元に変えてDrの本名を言うと同時に手をひらひらさせながら陽気な音色で言うと、レセは上品に微笑みのカードで口元を隠しながら首を傾げる。


「……っ! レセ……ッ! マイリィ……ッ!」


 Drはその光景を見て異常性を感じたが、その恐ろしさを隠しながら二人の名を切羽詰まったかのような音色で発する。


 そして続けてこう聞いた。


 この場所にいないはずの存在でもあり、一応監視者としている二人がなぜここにいるのか、それを知るために、Drは聞く。


「なぜここにおるんじゃ! お前さん達一応監視者なんじゃろうっ!? 儂等の行動に干渉しない存在じゃなかったのか……っ!? なぜこのようなところにおる! そしてこの空間はっ!? 儂は一体どうなってしまったんじゃっ!? 一体全体どういうことに」

「あーあーあーあーあーあーあー」


 と、Drの言葉をかき消すように、Drの言葉を自分の言葉で覆い被せるように、マイリィは大きな声を上げる。片耳を塞ぎながら、だんだんボリュームを上げるような音色で、彼女は遮ったのだ。


 その声を聞いたDrは、驚きのあまりに瞳孔を開きながら言葉を失う。内心……、疑念を抱きながら……。


 そんなDrを見降ろしながら、マイリィは言う。目元を鬱陶しいようなそれに変えて、彼女は心底五月蠅いという音色で言ってきたのだ。


「質問多すぎ。そんな多すぎる質問に答えられるほど、あたしたち暇じゃないんだよ? 年がら年中監視をして、悪いことをしている人がいないかあと何回でこの人は()()だとか見ているんだから、時間なんて本当はないの。あんまり時間をとらないでよー」

「?」


 マイリィの言葉を聞いたDrは、マイリィの言っていることに対して、理解する思考が追い付かなかった。話の内容が理解できないということではない。Drが理解できないと思ったこと。それは――


 彼女の言葉を聞いて、()()を感じたからだ。


 マイリィは確かに言った。暇ではないと。そして年がら年中監視をして、時間などないと言っていた。それは本音のようだ。Drも一応種族としては天族。ゆえに感情感知はできる。だからマイリィの感情を見て、それが嘘ではないことは確信した。


 なら――? と、Drは思う。


 ――ならなぜ……、こやつらは儂の前に現れた? 多忙が嘘でなければ、何故こやつらは儂の前に現れたんじゃ? なぜこのようにしてまで、儂の前に現れた……?


 そうDrは疑念の渦に巻き込まれながら、何もない空間で、逆さになりながら立ち、Drのことを見降ろしているレセとマイリィのことを見上る。怒っているマイリィのことを宥めているレセのことを見上げなあら……。


「まぁまぁ、これも仕事と思えば苦ではありませんよ。それにいつものことと思って解釈すれば、少しは苛立ちもおさまると思います。我が妹マイリィ。今は仕事ですよ。」

「むぅ~。そうですかぁ~……。仕方ないかぁ。監視者として任されているから仕方ないかぁ。ボーナスなしだけどねぇ~。うんうん。仕方ないかぁ」

「そうです。仕方がないと思いながら――始めましょう。()()()()()()を。」

「はいはーい。()()()()()()、開始しますか~」


「?」


 ――()()? とな? Drは二人が言うアレと言う言葉に引っかかりを感じ、首を傾げながら二人のことをじっと見つめ、静観を徹する。


 宥める笑みとカードで言うレセを見ながら、マイリィは一瞬むすっとした顔を見せながら唇を尖らせるが、レセの言葉を聞いて割り切ったのか、ため息を吐きながら目を閉じた絵に変えてマイリィは言う。肩を竦めながら、マイリィはプラカードを持っていない手で空間を『トンッ』と叩くと――


 ヴンッ! と、彼女の手の前に黄緑色の線で描かれたキーボードの液晶画面が現れた。いくつもの画面と一緒に、空間に出して。


「っ!? なんじゃ……っ!?」


 驚きの声と表情を上げるDr。


 そんなDrを置き去りにすように、レセもマイリィと同じように、カードを持っていない手を空中に差し伸ばし、自分の目の前にマイリィと同じようなキーボードといくつもの画面を出すと……。




「「監視者権限により――ハンドルネーム:Drの()()を開始する」」




 そのキーボートのタイプに指を『タタタタッ!』とタップしながら、二人はDrを見降ろさず、その画面を凝視しながら言うレセとマイリィ。


 まるで機械質のようにも聞こえ、機械に見えるその表情を見たDrは、ただならない不安を体中で感じた。二人がしている行動に、Drは言いようのない何かを、体中から鳴り響く警報音を聞きながら、彼は思ったのだ。


 ――まずい。と……。止めないと! そう思った。


 が、動けない。


 動けないようにされているわけでもないのに、Drはその場から一歩も動けずにいた。金縛りにあったわけでもない。何もされていないのに、Drは動けないまま訳も分からない二人の審議に耳を傾けることしかできなかった。


 そんなDrのことを無視しながら、レセとマイリィは片手でキーボートを打ち込みながら言い続ける。最初に言ったのは――レセだ。レセは無表情の顔で、音色で言う。


「審議内容――ペナルティ判決。ハンドルネーム:Drがこのゲーム内で行った不正行動により審議を開始。『承認完了』――これより不正行動の照合開始。」


 そんなレセの言葉に続くように、マイリィもレセと同じように機械室の音色で、表情でキーボートを叩きながらつなげるように言ってきた。


「照合開始――開始一日目、ハンドルネーム:Drは『リング』を着脱――減点一。開始七十六日目。ハンドルネーム:Drは『AREA:GUARDIAN』にてハンドルネーム:アクロマの『リング』を着脱。脅迫材料として保管――減点二。開始七十七日目。ハンドルネーム:Drは同エリアにてハンドルネーム:『()()』の『リング』強奪未遂――減点五」


 マイリィの言葉が途切れると同時に、今度は同じようにレセも繋げるように言葉を発する。これを繰り返し、二人は繰り返しながら淡々とした音色で言う。


 Drに対して、その真偽を突き付けるように――地獄へと叩きつけて行く……!


「『照合終了』――照合の結果合計減点八点。減点規則に則り、ハンドルネーム:Drのペナルティを下す。」

「『ペナルティ』――ハンドルネーム:Drのレベル剥奪。レベル80からレベル1に降格」

「『ペナルティ』――ハンドルネーム:Drの装備一式剥奪。」

「『ペナルティ』――ハンドルネーム:Drの武器廃止。アイテム・資金廃止」

「『ペナルティ』――ハンドルネーム:Drの『リング』緊急措置設置。」

「『ペナルティ』――ハンドルネーム:Drの詠唱剥奪。『永遠道化(マイドール・)人形(マイドール)』を廃棄」

「『ペナルティ』――ハンドルネーム:Drが犯したハンドルネーム:『()()リング』の強奪未遂を重く見、ハンドルネーム:Dr――()()()()()()()()()()()()。」

「「以上――『ペナルティ』課付加(かふか)。『審議終了』」」


 あっという間のような『審議』内容。


 その内容を聞いていたDrは、言葉を失いながら元の笑みを浮かべているレセとマイリィのことを見上げながら、固まり、尻餅をつきながら、彼は思った。困惑が混乱になり、混乱のあまりに頭が爆発しそうなそれを耐えながら、Drは思った……。


 ――なんじゃ。これは……っ! これは、一体何なんじゃ……っ!? どういうことじゃ……っ!? 一体何なんじゃ……っ? 『ペナルティ』っ? 何のペナルティなんじゃ……っ!? これは、一体どういうことなんじゃ……っ!?


 ぐるぐると思考がぐちゃまぜになるDrの頭の中。


 その光景を見降ろし、『審議』を終えたマイリィはDrのことを見て、くすりと狂気の笑みの目元に変えながら彼女は言った。くすくすと微笑みながら――


「ふふ! 聞いた? あんた凄いことをしちゃったみたいだよー? 驚きだよねー? ここまでペナある人は初めてだよーっ! ふふふ! あ、一応言っておくけど、課付加っていうのは、課金の課に付加をつけた重しみたいなものねー!」

「? …………っ!?」


 マイリィの言葉を耳にし、首を傾げながらDrはすぐさま己のバングルのHPとMPが出ている画面を見た瞬間、背筋が凍り付くような感覚を覚えた。正直な話、死にかけたかのような衝撃を受けた。バングルの腕が震え、動悸も激しくなるくらい、衝撃的な内容だったからだ。


 バングルに表示されているものは――HP五百三十六。MP二千五百三十六。そして……。その帯線グラフの上に書かれている黄色い文字と黄色い三角の中に描かれている注意マーク。黄色の文字で書かれた『緊急措置』の文字。


 それを見た瞬間、Drの全神経が止まり、二人の声すら聞けない状況の中、レセは丁寧な音色でDrの近くにすとんっと落ちながら、彼は説明を始めた。


「あなたは多くのペナルティを犯しました。その代償として、いくつもの権限の剥奪と措置を取りつけました。レベルの剥奪。武器、防具。アイテム、(リンズ)……、いいえ。この場合は資金でしょうね。それを剥奪しました。更に詠唱の剥奪とあなたが持っていた詠唱の永久破棄をいたしました。もうあなたが持っていた詠唱がこの世界に出ることはありません。そして――バングルに書かれている『緊急措置』と言うものは――爆弾。あなたがもう一回ペナルティを犯した瞬間、あなたのバングルがそれに反応し、自動的に爆発する仕組みにしました。これでも甘い方なんですよ。もっと悪い人はその場で『ボカン』ですから。最後に、あなたはこの世界にとって、私達にとって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を葬ろうとした。それは重罪です。()()()()()()()()()()()()()()()。この世界に、いなければいけない。クリアをしてもらわないといけないのです。()()()()()()――ね? ですのであなたのRCでの権限を全剥奪しました。これ以上権限を使って暴れないように、措置をいたしました。」

 

 レセの言葉がDrの耳に入る。


 しかしDrはもう聞く耳が持てなかった。どころか……、もう聞こえていなかった。


 絶望に叩きつけられ、まるで地獄のようなそれを課せられたDr。しかしその表情は――虚ろに微笑んでいた。天井を見上げ、けら、けら……。と微笑みながらDrは壊れた心の状態で微笑んでいた。


 本能的にその感情を堪能しながら、Drは虚ろな笑みを浮かべる。


「聞こえていないですか。まぁいいでしょう。」


 レセはにこやかで上品な笑みを浮かべながら踵を返し、マイリィがいるところに向かって歩みを進める。


「もともとあなたは危険人物でした。あなたの息子も危険人物でしたが、減点は二。ギリでした。しかしまぁ――あなたには感謝をしなければいけません。()()()をいち早く見つけてくれて感謝します。これを修正し、よりよいゲームライフを皆様にご提供しなければ。命がすっぽりと取れるなんて、冗談でも笑えません。なので――あなたには最後にこのような感謝をしなければ。」


 彼は口元に隠していたカードを『くるり』と回し、足を止めてDrの方を振り向いた。


 マイリィと共に邪悪に歪む笑みを浮かべて、彼は壊れてしまったDrのことを見降ろしながら下劣な音色で告げる。


 ()()を――




「ありがとうございました。『不廃天才』。いいえ――『腐敗天才』。」




 なぁんっちゃって。


 そう言いながら、レセとマイリィは流れるバーコードの壁にずずずっと入り込みながら消えて行く……。


 黒い世界に残された――壊れてしまったDrを一人残して……。


 そんな二人が消えると同時に世界に色が戻り、ハンナ達が動き出し、変わり果ててしまったDrを見て彼らは困惑する。


 一瞬ではない時を過ごし、壊れてしまったDrを見ながら……。

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