PLAY74 BATORAVIA BATTLE LOYAL!FINAL(仮初の終り)⑤
「っ!」
「きゃぁ~っっ!」
突然来た大きな大きな岩の拳。
それを見た私は驚きの声を殺し、ナヴィちゃんの逆立つ慌てた声が私の耳に入ってくる。
大音量ではないけどそれでも大きな声が耳に入り、どんどん迫ってくる大きな大きな岩の鎧の拳が、私の視界をどんどん覆っていく。
動こうにも、あまりの衝撃と威圧に足の裏に接着剤がくっついてしまったかのように、アキにぃの『トラップショット』に引っかかったかのように足が動かなかった。
今までこんなことはなかったけど、今回は違う。今回は違うんだ。
サラマンダーさんもライジンさんも、リヴァさんも『終焉の瘴気』の所為で暴れて苦しんでいた。
だからその瘴気を取り除くために私とヘルナイトさんが浄化をしてきた。
みんなと力を合わせて……。
でも……、今回は暴れているんじゃない。操られている。
Drが使っている詠唱……、ボルケニオンさんを操ったあの黄金のカブトムシ――『マイドール・マイドール』という詠唱を使って操っているんだ……。
ボルケニオンさんを操った、魔王族が操られてしまうような詠唱を、『八神』が一体のガーディアンに付加しているんだ。
付加……と言うよりも項にくっついて操っているの方がいいのかな……。
って! そんなことを考えている場合じゃない。今は緊急事態で、こんなことをしている間にも、ガーディアンの拳が……っ!
と、思ったと同時だった。
「――っ!? ぃ……っ?」
突然背中と膝裏に感じた固い感触に、ぐぃんっと引き寄せられる感覚。私は驚きの声を上げそうになってしまう。
と言うか、小さな『い』という声が出てしまったけど、それでも私は驚いて、自分の視界に入った景色を疑った。
さっきまでいた場所を見降ろし、私はヘルナイトさんの腕の中で横抱きにされながら空中を跳んでいた。
跳んでくれたのはもちろんヘルナイトさん。
ガーディアンの拳を躱すようにヘルナイトさんは私を片手で抱え、もう片方の手で大剣を手にして、殴られそうになった時と同様に跳んで躱したのだ。
跳んだと認識した時、背後から『ドゴォンッッ!』と、ガーディアンが私達がいた場所に向けて殴る音が大きく響く。
耳をつんざくような音が聞こえて、私はあることに気付き、ガーディアンが殴った所を振り向きながら――
「コノハちゃん……っ!?」
そう。あの場所にいたコノハちゃんがいないことに気付いた私は、慌ててその方向に向けて悲痛に似た叫びを上げる。
でも、その声をかき消すように、ガラガラとところどころに置かれていた機材がその場所に向かって落ちて行くその様子を、どんどん私達がいた場所が形を変えていくその光景を、積み重なっていくその光景を見て、私は愕然としながらその光景を目に焼き付けてしまう。
まさか………! まさか………っ!?
脳裏に浮かぶ最悪な映像。
それを映像として見ると同時に、私は言葉にならない言葉を零しそうになり、そのままその場所に向けて、信じたいという気持ちと、こんなことありえないという気持ちを絶望の前に立たせながら……、コノハちゃんに向けて声を放とうとした瞬間……。
「おねーちゃぁんっっ! 大丈夫だよーっっ!」
「!」
コノハちゃんの声が聞こえた。
幻聴ではない。はっきりとした声で、私の耳に入ってきたのだ。
その声を聞いた私はすぐに辺りを見回して、どこかにいるコノハちゃんのことを探した。
あの映像が夢であったかのように、どんどん記憶から消えていく感覚を覚える。
そして私はある方向――声を頼りに探すと、驚いてその方向を見ているDrの近くにいたその子を見た瞬間……。
ほっと――安堵の息がこぼれた。
でも、元々私が早とちりしたから私が勝手に慌てていただけで、そうでなければ、ヘルナイトさんはこんな風に跳ばないだろう。あまりに衝撃的で、焦りの所為で冷静さを失っていた。
簡単に言うと、コノハちゃんは生きていた。
私達に向けてぶんぶんと手を振りながら、満面の笑みを浮かべて立っていた。
無傷で、埃一つついていない服装で彼女は立っていた。
いつの間にかだろうか……、コノハちゃんは私よりも早くあの場所から退避していたみたい……。すごい行動力……。
「おねーちゃぁーん! おじさーん! 大丈夫だねー! よかったーっ!」
私の心配をよそに、コノハちゃんは満面の笑みで私達の安否に対して安堵のそれを浮かべていて、手を振りながらコノハちゃんは安堵の声を上げる。
それを聞いた私は、控えめに、そして安堵のそれを浮かべながら小さく手を振って応える。ヘルナイトさんはそんなコノハちゃんに向かって、凛とした音色で――
「コノハ――私達はこのままガーディアンの浄化に専念しようと思う。つらいかもしれないが君は君の目的に専念してくれ。無理だったらこっちに協力を申し出てもいい」
と言うけど、コノハちゃんはそんなヘルナイトさんの言葉を叩き落とすように、ヘルナイトさんの言葉が終わると同時に首を横に振りながらきっぱりと言う。
「ううん。コノハだけでいいよ! おじさん達はそのままジョーカ? に専念して! コノハはこのままおじいちゃんと一騎打ちするからっ!」
「そうか……。それならコノハの意見を尊重するが、無理だけはしないでくれ」
「おーけーだよ! 無理しないよー!」
ヘルナイトさんの言葉を聞いてか、コノハちゃんはグーサインを出しながら笑顔で言うけど、正直な話――本当にわかっているのか心配になるところ……。
そんなことを思っていたけど、状況が状況。私達はコノハちゃんの優しさを汲み取りつつ頷き、私はコノハちゃんのことを見ながら無理しないで。と願いながら、目の前にいるガーディアンのことを見た。
最下層の床から見上げていても、すごい大きい体で圧巻だったけど、ヘルナイトさんが跳んでくれたおかげもあってか、その圧巻がさらにすさまじく感じた。
目の前に広がる苔がついている岩の鎧に身を包んだ岩の体の巨人。それはさながら怪獣のような巨体で、私達なんてその巨人の小指……、ううん。小指の第一関節ほどの大きさしかない。最悪それ以下かもしれない。
難しいかもしれないから、一言でわかりやすく、そしてキョウヤさんがきっとこう言うであろうその言葉を言い表すと……。
『でっっっかすぎるってぇぇぇっっっ! なんだよこのデカさ! 怪獣バーサス小人の戦いに見えちまうってっっ! なんだよこのデカさ! スケールがデカすぎるって!』
と言うことである。つまり私達は今生身で、しかも巨大な怪獣に戦いを挑むことになっているのだ。まさに怪獣対小人の戦いだ。
私は目の前にいるガーディアンのことを見る。
今は動きを止めている。口のところから白い息を『こふー』と出しながら荒い息を吐いては吸っている。
その最中、ガーディアンは私達のことを鎧越しの血走った目で見つめながら、訴えてきた。
私とヘルナイトさん――天族と魔王族にしか聞こえない声で、ガーディアンは訴えてきたのだ。心の、悲痛の、嘆願の願いを訴えてきた……。
――クルシィ。クルシィ……。イキガデキナイクライクルシィ……ッ!――
――イタイ。イタイ……。カラダジュウガナニカニヨッテツキササッテイルカノヨウナイタミダ。カラダジュウガイタイ。コンナイタミハハジメテダ……ッ!――
――クルシインダ。カラダジュウガゲキツウデオカシクナリソウナンダ……ッ!――
――オマエタチ……、テンゾクとマオウゾクダロウ……ッ!? ソウナンダロウ……ッ!? オネガイダ……、キコエテイルノナラバ……、ワタシノコエヲキイテクレ――
――ワガママカモシレナイガ……ッ! ネガイヲ……、キイテクレ……ッ!――
私は思う。
ガーディアンの声を聞きながら、ボルケニオンさんと同じような声を、苦しみを聞きながら、胸の奥からこみあげてくるそれを心の中で押し殺し、ガーディアンの体からドロドロと、ボロボロと……、涙のように零れだす青くて黒くて、そしてところどころに血のような赤い点々を残すようなもしゃもしゃを出しながら、ガーディアンは言う。
聞こえているよ。ちゃんと聞いているよ。あなたの声、あなたの苦しみ、ちゃんと聞いているよ。
そう思いながら、私はガーディアンの声を一言も、一文字も残さずに聞き取りながら、彼の願いを、今の願いを聞く。
心なしかなのかな……。どことなくガーディアンが泣いているような、そんな雰囲気を出している。そんな気がした。
そんな状態で、ガーディアンは私達に、助けを求めた。
――コノクルシミヲトリノゾイテクレ。コノイタミヲケシテクレ。コノジュバクヲホドイテクレ。ワタシノナカダニスクウモノヲスベテ……ッ、トリノゾイテクレ……ッ! ゼンブ……、ナカッタコトニ……ッ!――
――ソシテ……ッ! ワタシガマモッテキタコノクニヲ……、テラシテクレ……ッ!――
ガーディアンの言葉を聞き、悲痛だけどこの国のことを想っているような言葉を聞いた私とヘルナイトさん。ヘルナイトさんは何を思っているのかはわからないけど、きっと私と思っていることは一緒だ。
ううん……、最初からそのつもりでここに来たんだもの。
変更する気も、その答えに対してノーと答えることもしない。むしろ……。
最初から――イエス一択。
「………はい。わかりました。そして心配しないでください」
「最初からそうするつもりでここに来たのです。ゆえにご安心を」
それを聞いた私は言う。ヘルナイトさんもそれを言って、そして私は……、私達は言う。
偶然なのか、それとも同じことを言おうとしていたのか……、ヘルナイトさんと声が重なるように、二人でハモるように声が重なった。その状態で、私はガーディアンのことをキッと――鋭くないけど睨みつけるようにして見てから、私とヘルナイトさんは言った。
「「――必ず救います」」
まるで心が一つになったかのように、同じことを言う私達。
少しおかしいような、こそばゆいようなそれを一瞬感じたけど、ガーディアンはその声を聞くと同時に、Drに命令されたのか、顔を悲痛に歪ませて、がくがくと体を震わせて「ウグウウウウオオオオオオ……ッ!」と唸りながら、ガーディアンは大きな左拳を振り上げて、私達に向けてその政権を打ち込もうとした。
それを見たヘルナイトさんは抱えている私のことをぐっと更に自分に向けて抱き寄せて、その抱き寄せに驚く私のことを見ながら、彼は言う。凛とした音色で、彼は言った。
「ハンナ――回るぞ」
「は、むぐっ!」
その言葉を聞いた私は、すぐに何なのかを察して口に手を押し当ててきつく口を閉ざす。と言うか塞ぐ。両手でしっかりと塞いで、口が開かないように細心の注意を払う。
それを見てなのか、ヘルナイトさんはどんどん迫ってくるガーディアンの拳の上を転がるように、空中で私を覆うように前転したのだ。しかも空中で。
「きゅぅぅぅう~っっ!」
ナヴィちゃんの声が聞こえて、服を引っ張るような感覚を覚えたけど、今はそれに集中している暇なんてない。
もう正念場なのだ、今は目の前のことに集中しよう。
だからごめんね……、ナヴィちゃん、今は少しの間我慢して……。
ぐるぅん! と、私の視界が上下に回りだし、あの時よりも驚きを増した私のことを抱えながら、ヘルナイトさんは前転をして『ガンガンッ!』という音を立てながら何かに転がる。
「――っ!」
私の視界に広がったものは、薄暗いヘルナイトさんの鎧と、苔がこびりついた岩の鎧。
前転の速度はあまり早くなかったので、それが何なのかがはっきりと認識することができた。それが見えたと同時に、ヘルナイトさんはガーディアンの腕に足を乗せて……、すとんっと着地する。
着地したと同時にガーディアンの拳は壁に『ドゴォンッ!』と激突してしまう。
その激突と同時に最下層が揺れ、私達が乗っていた腕も揺れていた。壁に突き刺さっていないけど、それでも揺れは大きく、ヘルナイトさんの足が大きく揺れているようなそれを感じた。
「っ」
「っ! むぐっ!」
「きゅぅ!」
ヘルナイトさんがその揺れを感じてバランスを崩しかける。それに驚く私とナヴィちゃん。でもヘルナイトさんはバランスを素早く戻して保つと、大剣を持った状態で腕を地面にしつつ、足に力を入れて……。
だっと駆け出す。
ダッダッダッダッダッ! と、ガーディアンの腕を蹴るように、ヘルナイトさんはどんどのその腕を登って、ガーディアンの顔に向かって上っていく。
どんどんと、私達の体重などないかのようにどんどん駆け上って、大剣を大きく背中に振るい、それを大きく振り回そうとヘルナイトさんはガーディアンの顔面に向けてその大剣を向けると……。
「っ!」
「っ!」
「きゅきゅっ!?」
ごごご……っ! と軋み動くガーディアンの腕。それと同時に足場にしていた場所が大きく揺れる。まるで地震のようにグラグラ揺れ出すと、ガーディアンは反対の手を使って私達のことを掴もうとしてきた。まるで腕に乗っているそれを掴んで捨てるように――その手を伸ばしてきたのだ。
足場にしているその腕を動かそうとして――
それを見て、感じた私やナヴィちゃんは驚き、ヘルナイトさんはそれを見てすぐに体制を攻撃から回避に切り替える。その最中――私は下にいるDrに視線を移す。
ちらりと見るように目の端でコノハちゃんがDrに向けて攻撃を仕掛けている。シャイナさんと同じよう影から赤黒い西洋騎士を出しながら、彼女はその影の拳をDrに向けて――
「たあああああぁぁぁーっっ!」
大きな声を上げながら攻撃を繰り出そうとしていた。
けれど……、Drはいたって冷静な顔で両手を交差するように斜めに降ろすと、その動きに連動されてしまったのか、その動きに抗えないガーディアンは、体を震わせながら体を動かそうとしている。
私達が乗っている手でコノハちゃんのことを攻撃しようとし、その隙をついて私達のことを捕まえようとしているんだ。
あの時――Drは言っていた。こいつはもう儂の武器だと。その言葉通り、有言実行のように、Drはガーディアンを操り、武器のように操る。手足のように、都合のいい道具のように、Drは操る。
私達のことを――捕まえるか、殺そうとして……。
「………………っ!」
私はそのDrの考えに対して、どんどん赤いもしゃもしゃがお湯のように噴き出すような感覚を覚えた。それは……、アクロマの時と同様の感情。怒り……。
それを感じた私は、こみ上げてくるその感情を吹き出しそうになったけど……、今それをしてしまうことは死に直結する。と言うかだめだ。
当たり前だけど、今私達は……、違う。私を抱えたヘルナイトさんは、ガーディアンの腕に足を乗せて、その腕を足場にしているんだ。
つまり――動いた瞬間こそが最も危険になる場所。
更に言うと――それが……。
今。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!」
ガーディアンの声が最下層の部屋中に響くと同時に、私達が足場にしていたその腕の反対の手が、私達に向けて、掌を見せるように開いて捕まえようとする。
私はそれを目の端で見て驚き、塞いでいた手を離しそうになった。ナヴィちゃんも驚いていたけど、すぐに首を横に振るように体を『ぷるぷる』と振り、私の肩の上で毛を逆立たせて、ドラゴンになろうとしている。
きっと、私達の力になりたいと思っての行動だ。
でも――
「ナヴィ。ここで巨大化してはいけない」
ヘルナイトさんはナヴィちゃんに向けて制止をかけた。
ナヴィちゃんはぎょぎょっ! とした顔でヘルナイトさんのことを見ながら「きゅぅっ!?」と言う声を上げると、ヘルナイトさんはナヴィちゃんや私のことを見ずにこう言った。
驚いている私達のことを見ずに、どんどん斜めに傾いて来る足場の腕に注意を払いつつ、目の前に迫ってくるガーディアンの手を見ながら、ヘルナイトさんは言った。
「ここは帝国の最下層。つまりは国の真下だ。ここでドラゴンになり戦うことは国の破壊を意味する。だから今ここでドラゴンになることは控えてほしい」
その言葉を聞いてか、ナヴィちゃんはむすっとハムスターのように頬を膨らませながら怒りを露にしようとしていたけど、ヘルナイトさんはそんなナヴィちゃんの気持ちを鎮めるように、片手に持った大剣をすっと――ガーディアンの掌に突きつけるように構えながら、彼は言った。
凛とした音色で――彼は言った。
「そう怒るな。それに、浄化をする隙を作るのに少しばかり時間を要してしまいそうだが、勝てない相手ではない」
と言うと同時に、次第に足場になっていた腕が次第に下に向かって落ちて行くと同時に、迫ってきた掌も私達事を掴もうとどんどん距離を詰めていく。
それを見てもヘルナイトさんは焦りを見せない。
いつものように、冷静なそれを見せている。その顔を見上げていた私は、その顔を見ると同時に焦りや恐怖が少しずつ、本当に少しずつ和らいでいくのを感じていたけど……。
それも一瞬で消える。
というか……、考えることを強制的にやめさせられてしまう。
それもそうだろう……、突然来たと言うか、突然その場所から動いたヘルナイトさんの動きに、私は驚いてしまったのだ。景色も素早い動きでよく見えなかったので、どのようにして動いたのかわからない。
でも――その一瞬の間に、ヘルナイトさんは行動したらしい。
――ジャキンッ! と、どこからか斬りつける様な音その音が耳に響いたと同時に。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!」
ガーディアンの叫び。
「っ!?」
それを聞いた私は驚いた顔でガーディアンの方をヘルナイトさん越しに見ると、ガーディアンは私達のことを掴もうとしていた手を上にあげて、その掌から零れ落ちる岩の破片を落としながらがくがくと震えている。
それはまるで、手を斬られて血を流しているそれと重なってしまうそれだった。
私はその光景を見て、ヘルナイトさんを見ようとした瞬間、ヘルナイトさんはぐるんっと私達を抱えながら周り、そのまま天井近くの壁に足をつけて、すぐにどんっとその場所を足場にして跳躍する。
跳躍……、と言っても――最下層の床に向かって直進しているような、斜め下に向かって飛んでいるだけで、私達からしてみれば斜め落下。
その状態で、ヘルナイトさんは無防備になっているガーディアンの背中に向けて、大剣を脇に抱え込むようにして……、ガーディアンの横をすれ違うように――
ザシュッ! と、斬る。
その音がこの場所に響くように反響し、誰もがその音を聞いて一瞬動きを止めると、ヘルナイトさんはそのまま地面にスタリと着地をすると、抱えていた私を下ろして、私のことを見降ろしながら――
「すまない。降ろすことが遅くなってしまい」と言うと同時だった。本当にその言葉を言ったと同時に……。
バガァンッッ! と、ガーディアンの背中から大きな罅割れの音が聞こえ、その背中から大きな小岩。小さな小石がボロボロと零れ、そのこぼれが生じると同時に――
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!」
と、ガーディアンは叫んだ。痛みを訴えるように背中を押さえながら叫んだ。
その光景を見ていたコノハちゃんは驚きの顔をして見上げ、Drも驚きの顔をしていた。
私はその光景を見て、もう何度目なのだろうかと思いながら……、ヘルナイトさんの強さを目の当たりにした。今にして思うと、サラマンダーさんの尻尾の球体を剣の柄で壊して、リヴァさんの時はスキルだったけど大ダメージを与えていた……。
そう思うと、やっぱりヘルナイトさんだけで倒してしまうんじゃないかという思考も浮かんだけど……、ガーディアンのその光景を見たDrは大きな舌打ちを零しながら怒りの音色で、表情でこう言う。両腕をまるで演奏会の指揮者のように振り上げながらこう言う。
「ぬぅうぅぅぅうっっ! なんじゃガーディアン! それでも貴様は『八神』が一体なのかっ!? それでも貴様は神であり儂の武器なのかっ!? そんな傷ごときで狼狽するのではないっ! それでは大事な輩たちを捕まえることができんじゃろうがっ!」
その言葉を言いながら、Drは指の先にも力を入れるように身体中を力ませ、びきりと指の中から出る音を無視しながら、Drは叫ぶ。
ぐわりとその両手を勢いよく振り下ろしながら、Drは言った。
「さっさと捕まえろっ! そして儂のために、儂の欲求のために、研究のために――そ奴らを生け捕れぇいっっ! 儂の武器――ガーディアァァンッッッ!!」
その言葉と行動に連動され、痛み苦しんでいるガーディアンは痛む体に鞭を打ち付けるように、がくがくと体を揺らし、大きな唸り声を上げながら、視線を私達に向けると、ヘルナイトさんによって切り裂かれてしまった手を――右手を拳にするためにぎゅっと握り、その拳を私達に向けてごぉっと放つ。
動きこそはゆっくりだけど、それでも威力と重みがあるその正拳を見て、ヘルナイトさんは大剣を構え、コノハちゃんも影の拳を構えると――
先に動いたのは、コノハちゃん。でも、先に言葉を放ったのは、ヘルナイトさん。ヘルナイトさんはコノハちゃんに向かって言った。
「あの拳の腕のところを狙えっ! 傷がある個所にありったけの力を打ち付けるんだっ!」
「ふぇっ!? あ、アイアイサーッ! 『豪血騎士』ッ!」
コノハちゃんは手をガーディアンの拳に向けて手を向けると、その言葉に反応するように、影――『豪血騎士』は『御意』と言葉を発し、そのまま足元の壁を伸ばすように『ぎゅーんっ!』と飛んで行く。
ガーディアンの拳の腕に向けて、ぐっと握りこぶしを構えて、力を貯め込むように脇の当たりでぐっと動きを止める。その最中、どんどんガーディアンの腕に向かって飛んで行き、そして近距離になった瞬間……、コノハちゃんは叫んだ。
ヘルナイトさんが最初に切りつけた箇所……、の近くにあったきらりと光る何か。目を細めないと見えないような小さな切り傷によって動けなくなってしまっている……、金色のカブトムシに向けて――
「――ロケットパーンチィッッ!」
と、拳を振り上げながら、コノハちゃんは叫んだ。
その言葉に応えるように、『豪血騎士』は今まで貯めていたその力を放出するように、力いっぱいその拳をガーディアンにくっついていたその金色のカブトムシに向けてありったけの力を打ち込んだ!
ダガァンッッ!
と、大きな岩と石が破裂したかのような音と共に、最下層の床に落ちる崩落音と、ガーディアンの唸り声が響き、拳を動かそうとしていたその手が、だらりと力を失ったかのように落ちてしまう。
「んなあああああっっ!? まさかっ! なぜこのようなことがっ!? まさか……っ! まさかあああああっっっ!?」
Drの奇声交じりの悲痛な声が聞こえる。その声を聞いた私はDrの方を見ると、Drは初めて見る焦りのそれを顔に出し、頭に手を添えながらまずいという顔をして青ざめている。
けど……、なんだろう……。Drの顔が変な気がする。なにか、別の何かが隠れているような……。
「………………っ」
でも、すぐにもしゃもしゃを感じて、その変な何かが何なのかも理解した瞬間私は……、すごく複雑な心境と表情になってしまう。
何といえばいいのかわからない。でも……、なんとなくだけど、私の中に巣食う感情の中には、一つだけ僅かに勝っているものがある。その勝っているものが他の感情と入り混じり、複雑なそれを生み出しているんだと、私は察した。
その感情は……、勝っている感情は……、赤い――
と思った瞬間だった。
「――これで、あと五」
ヘルナイトさんは、私の前に立って手をかざし、大剣を風のようにふわりと纏わせると、その大剣がいくつもの手裏剣のように形を変えていく。変わるとそのままヘルナイトさんと私の周りを飛び交い、ヒュンヒュンッと言う音を発して飛ぶ。
それを見ていた私は、一体何をするつもりなのだろうと思って見ていると……ヘルナイトさんはすぐにかざした手を丸め、指を鳴らすような形に変えると、すぐにヘルナイトさんは鳴らした。
――パチンッ! と、指を鳴らして……。
「――『鎌鼬』」
と、ヘルナイトさんが言うと、その言葉と同時に、周りを飛び交っていたいくつもの風の刃は、ぎゅんっと高速な勢いでガーディアンに向かって飛んで行く。
一つ一つの刃が別々の軌道に沿って飛んで行き、交差するように跳んでいく風の刃。
「っ!? ぬぅぅぅ!」
それを見たDrは、驚いた顔をして両手を自分の胴体のところまで上げて、そのまま幽霊の手のポーズをして顔の前で罰マークを作るようにクロスさせる。
Drの動きに反応したのか、ガーディアンは言うことを聞きたくけど、無意識に体を動かしてしまうそれに顔を歪ませて、どんどん自分に向かってくる風の刃を叩き落とそうと大きな腕を振るった。
けど、ガーディアンから見て小さな風の刃はまるで蠅みたいに、ガーディアンの指の間をすり抜けて飛んで行く。
いくつもの風の刃が別々のところに飛びながら――
「ちぃ……っ!」
「すっごーいっっ! ラジコンみたーいっ!」
Drの舌打ち声をかき消すように、コノハちゃんが驚きと興奮が入り混じった声で目をキラキラさせながら言うけど、ヘルナイトさんは風の刃を操る。
ガーディアンのことを囲んで動けなくするように、風の刃の檻を作るように、ヘルナイトさんは操っていく。
「オオオオオ……ッ! オオオオオオッ!」
ガーディアンが呻く。呻いて、自分の周りを飛び交って自由を奪うそれを叩き落とそうとしたけど、それが来る前に、ヘルナイトさんは行動に移した。
ただ――手をガーディアンの前にかざして、そのまま……ぐっと握る。
それだけだったんだけど、それだけで充分だった。
ヘルナイトさんが握ると同時に、風の刃は檻の編隊をほどき、急速な勢いでガーディアンの体に向かって飛んで――
――ガシュガシュガシュガシュガシュッッッ!
と、岩石の鎧の体に五つの大きくて深い傷を残すように、斬った。それはもう……、抉るように。
ガーディアンの項。左手の人差し指。右の胸部。左足の太腿、右足の脛。
その箇所を深く抉ったのだ。
驚いてガーディアンのことを見上げる私達をしり目に、ヘルナイトさんは凛とした音色で風の刃を大剣に戻しながら、こう言う。
形勢逆転の合図ともいえるようなそれを、言ったのだ。
「これでお前の武器は無くなったぞ。Dr」
そんなヘルナイトさんの声に対して、私ははっとしてそれが何なのか気付いた瞬間――抉られて、ガーディアンは痛みの唸りを上げる。
コノハちゃんはそれを聞いて慌てながら見上げていたけど……、その唸りと同時に、ガーディアンはその場で膝をついて項垂れる。
体にいくつもの傷を作り、そして糸が切れたかのようにガーディアンはその場で膝をついた……。
傍らで慌て、ガーディアンを見ながら何度も手を振っているDrをしり目に――
「……あれ?」
首を傾げて目を点にするコノハちゃん。その光景を見て、私は驚きとやっぱり……、ヘルナイトさんは凄い。と、再度ヘルナイトさんの強さを痛感してしまった。
だって、ヘルナイトさんは的確に攻撃をして、ガーディアンの願いを一つ叶えたのだから。
ガーディアンを苦しめる痛み、そして呪縛となっている――Drの詠唱のカブトムシを (見えなかったけど)的確に攻撃して破壊したのだから。
「…………すごいですね。いつ確認したんですか?」
私は聞く。
それを聞いたヘルナイトさんは私の声を聞いて気付いたのか、私のことを見降ろし、そして平然とした面持ちでこう答えた。
「飛んで回避している時、そして腕に乗って大剣で切ろうとした時に見ただけだ」
「そ、そうですか」
それを聞いた瞬間、その時になんだ、すごい……。と私は驚きにあまりに硬直してしまったけど、すぐにその硬直も治って動けるようになる。
だって――今はそれどころではない。ガーディアンの動きを止めたからって、それで終わりではないのだ。
そう思った私はある方向を見る。ヘルナイトさんとコノハちゃんもその方向を見て、キッと見据える。その方向にいた――Drに向かって……。
「ふん! ふぅん! ふんぬぅ! な、なぜ動かん……っ! なぜ命令に……っ!」
Drは慌てながら手をぶんぶん振っているけど、命令を伝達する詠唱を壊されてしまったせいで動かなくなったガーディアン。ガーディアンを見上げながらDrは慌てながら早く動けと言い続けている。
何度も、何度も……。
その光景を見ていた私は、Drの表情ともしゃもしゃを照らし合わせてみる。
さっきのあれが嘘だと願いながら、あれが嘘であってほしいと願いながら、私は見る。
見る。見て……。
ぎゅっと唇を噤んで、さっきまで入り混じっていた私のもしゃもしゃが一つのそれになり、主張をしだすような感覚を覚えた。あの時……、アクロマの時と同じ感情をふつふつと再発させながらその光景を見ていると――
「もうお前の武器はない」
と、ヘルナイトさんは言う。ずんっと一歩、重く、ずっしりとした歩みを一歩前に出しながら、彼は言う。その言葉にDrはぎょっと目を点にして、一歩後ずさりしながら言葉を詰まらせる。
けど、その後ずさりをなくすように、ヘルナイトさんはもう一歩前に足を出し、ずんっと歩みを進めると、凛としているけど、怒りがこもっているような音色で、彼は言った。
「いや、元々お前の武器などここにはない。ここにいるのは――この帝国を守る、砂の国の神だ」
「…………っ!」
「異国の冒険者がこの国の神を道具にした愚行は前にも見たことがある。アムスノームの時、ある男が『八神』を利用してアズールを牛耳ろうとしていた。それと同等の愚行な行為――それはこの国を守ろうとしていた女神への愚行に等しい」
「……っ! な、なにを言うんじゃっ? この国の女神はとうに死んでおるんじゃろうっ? 自らの命を犠牲にして雨雲を封印した! 言い伝えにもあるじゃろうっ? そんな亡き女神のことを出されても痛くも痒くも」
「――それでもだ」
「………はぁ?」
ヘルナイトさんの言葉を聞いたDrは、今までの虚勢が嘘のように、ぽかんっとした顔でヘルナイトさんのことを見る。私も、コノハちゃんも (コノハちゃんは首を傾げながら目を点にして、頭に疑問符をたくさん浮かべているけど……)ヘルナイトさんはDrに向かって言った。
「それでもこの世界は、このアズールはあのお方が命を懸けて守った国。あのお方が命を懸けて守ったのならば、私達『12鬼士』は、その意思を汲み取り、このアズールに再び光を照らし、国を守る」
それが――『12鬼士』団長にして、二つ名を賜った私の運命だ。
そうヘルナイトさんが言うと、それを聞いたDrは、苛立ちが顔に出たのか、顔面を真っ赤にさせて額と頭皮に太い血管を浮き上がらせると、近くに置いていた鉄の棒を乱暴に拾い、それを剣に見立てて掴むと、Drは荒げる音色で――
「何が守るじゃ……っ! なにが愚行じゃ……っ! そんなことで、儂の研究が、儂の悲願がこんなことで、こんな呆気ないことで終わるわけにはいかんのじゃ……っ! こんなところで、こんな結果で、終わらせるわけにじゃ行かんのじゃよ! 邪魔をするでないわぁああああっっっ!」
Drは、鉄の棒を振り上げてどたどたと駆け出す。私達に向かって――
それを見たヘルナイトさんとコノハちゃんは戦闘の態勢を構えたけど、私はそんなDrの光景を見て、もしゃもしゃを見て、いてもたってもいられなくて、私は言う。
ううん――発動させた。
「――『大天使の調律』」
その言葉を言い終えると同時に、私は深く息を吸い、肺にいっぱいの酸素を取り込むと、その酸素を二酸化炭素に変換して、声にして、そして音色にして――発する。
オグトに初めて与えた、ジュウゴさん曰く『敵意ある人の動きを止める』詠唱を――私はDrに向けて、旋律として発した。
「っ!?」
「?」
ヘルナイトさんとコノハちゃんは、私の行動に驚きながら振り向く。それとは対照的に、Drは体に痙攣を起こしたかのようにびくつかせ、「うぐぅっ!?」と唸る声を発すると、そのまま動きを止めて固まってしまった。
がくがく震える体に驚きを隠せないDr。それでも私は詠唱を止めない。止めないで、敵意がなくなったら聞きたいことがあったから、それまでは止めないと決めた。
Drにあるその感情に対して聞くまでは――
「? ? なにが……、!」
コノハちゃんは私の行動に首を傾げていたけど、目の端に映ったのか、Drの姿を見てはっと気付き、そしてがくがく震えている隙を見てか、コノハちゃんはダッ! と、Drに向かって駆け出す。
「うおーっっっ!」
と、大きな声を出しながらコノハちゃんは駆け出す。
その声を聞いたヘルナイトさんはコノハちゃんの名前を呼んで制止をかけたけど、それも無駄に終わり、コノハちゃんはDrの目の前でトンッと小さく跳躍し、そしてそのまま右手を振るい上げながら――
「どぉりゃぁっっ!」
と叫ぶと同時に、コノハちゃんはDrの左頬にその拳を叩きつける。
ボカァンッ! と、一発、彼女は宣言通り、Drの顔に一発――殴りを入れた。
殴られたせいで顔を歪ませるDr。それを見て言葉を詰まらせ、黙ってしまうヘルナイトさん。ナヴィちゃんは目を白目にして驚きの顔。私は声を発しながらその光景を見て、コノハちゃんの着地を見る。
すとんっと地面に降り立つと同時に、Drは手に持っていた鉄の棒を離してしまい、『カラカラ』とその棒を放り投げると、Drも地面に転がって潰れるような声を出して蹲る。
コノハちゃんはその光景を見て、殴った右手を前に突き出しながら、彼女は怒りの顔で、音色でDrに向かって怒声を浴びせた。
「痛い? 痛いよね? これね――お母さんや色んな人達が受けてきたんだよっ? 顔じゃなくて、全身に、心に傷を負って! それでも、その叫びを聞かずに、おじいちゃんは続けてきた! それはほんの一部、一握りの痛みだよ! お母さんの痛みよりも全然小さい! かすり傷なの! その痛みを知ってもらうためにも、おじいちゃんには全部の罪を償ってもらうから――覚悟してねっ!」
「ぬぅぅぅぅっっ!」
コノハちゃんの言葉を聞きながら、Drは怒りの形相で顔に手を添えて、眼鏡越しにコノハちゃんのことを睨みつける。
けど……。
「――っ!」
私はそんなDrを見て、あまりに不釣り合いなそれを見て、心の底から湧き上がって来たそれと気持ち悪さがいい具合に混ざり合うようなそれを感じると、吐き出したくなるような気持ちが込み上げてきた。
込み上げてくると同時に、私は発していたその詠唱を強制的に止めた。
ぐっと――唇を噤むように私はその詠唱を止めて、驚いているヘルナイトさんやコノハちゃんの声を無視しながら私はDrに歩み寄る。
「は? な、何じゃ……っ!?」
驚いているDr。
強張った顔が印象的な顔だけど、その顔を見ても私はやっぱり吐き出したいという感情の方が勝っていて、どころかの感情はより吐き出したいという気持ちになり――私はDrに向けて……。
手を上げて――
――ぱちぃん!
と、Drの頬を引っ叩いた。
驚いているみんなをしり目に……、私は感情任せになってDrの頬を叩いた。
Drが放っているもしゃもしゃに対して、怒りを覚えながら……。
 




