PLAY73 BATORAVIA BATTLE LOYAL!Ⅻ(局面へ)⑦
混沌と狂気が渦巻くような空気の中……、カグヤ達は負けを……、いや、絶望を味わっていた。
理由として上げなくともわかることではあるが、彼等が絶望を味わっている理由はDrにあった。
彼らは侮っていたのだ。
Drの本性を。
Drの芽生えてしまった『欲』の大きさを侮ってしまったのだ。
感情に対する絶大な、暴食とも云えるような『欲』の物欲しさ。そのDrの本能を侮ってしまったばかりに、カグヤと航一、そしてコノハは絶体絶命のピンチに追い込まれていた。
いいや……、下手をすればこのままジ・エンドになるかもしれないような絶体絶命だ。
ズーは操られている。助けは来ない。味方なんていない。単身で乗り込んできたかのような状況でカグヤは後悔していた。
もっと仲間を集めればよかったかもしれない。
もっと時間をかけた方がよかったのかもしれない。
そんなことを後悔しながらカグヤはDrの哄笑を耳にし、ズーの攻撃に対してきつく目を瞑ってしまう。
――もうだめだ。
――諦めるしか……、ないのか……?
そんなことを思いながら……、彼は何秒後の未来予想図を、したくもないがしてしまった。
瞬間――それは突然起きた。
――ガシャアアンッッッ!
「「「っ!?」」」
謁見の間の真上から聞こえたガラスが割れる音。その音と同時に雪のように降り注ぐガラスの破片。
ばらばらと床に散らばり、辺りをガラスの破片で覆ってしまう。歩けるところはあるがそれでも裸足で歩いてしまうと危ないような床の姿と化してしまう。
カグヤ達もそれを聞いた瞬間上を見上げてしまい、Drも上を見上げて「ひゃ?」と素っ頓狂な声を上げて首を傾げた。
ばらばらと降り注ぐ、きらきらと反射するガラスのそれと一緒に、割れた天井から舞い降りてくる鎌を持った人物。
その人物はその破片が舞い落ちる中、くるりと空中で鎌を振り回すように回転し、鎌に纏った赤い膜をどんどん膨張させながら、そこから発せられる熱気を纏うようにその人物はぐるんぐるんっと空中で落ちながら回転し、とある方向に目を向けると同時に――その人物は手にしている鎌を流れるように振るった。
Drに向けて!
「――『灼滅ノ鎌』」
突然現れ、突然落ちてきたその人物は、流れるようにDrに向けてその身の丈以上の鎌の攻撃を振るう。
それを見たDrははっとして、手に持っていたワイヤーを名残惜しむように手放し、その場からごろりと転がりながら離れる。
離れると同時に、Drの白衣の裾を巻き込むようにその鎌の攻撃が黄金の床に向かって振り下ろされ、白衣の裾を『じゅっ!』と掠め、その掠めと同時にその人物はDrがいたであろうその場所に、鎌を『がしゅんっ!』と突き刺す。
まるで――獲物を仕留めるように、深く、深く突き刺して。
「わ!」
「おっ!」
「っ! あ」
その光景を見て、そしてDrが己の命欲しさのために手放してくれたおかげで、コノハと航一、カグヤはワイヤーの拘束から逃れることができた。ぱさりと地面に落ちる圧縮球から出てきたワイヤー。
それを見降ろして、カグヤは視線をとある場所に向けながら尻餅をつく。『どてり』と大きな音を出しながら。
目を向けた方向は――Drがいた場所にいつ人物。その人物は突然現れてDrに攻撃したが、躱されたことに対して苛立ちを覚えたのか、その人物は大きな舌打ちを零す。
そして床に突き刺した鎌をゆっくりとした動作で持ち上げ、それを大きくくるくると回しながら、その人物はかつんっと鎌を地面に置く。
そんな姿を見たカグヤは、呆けた言葉を零し、唖然としながらその人物の姿を目に焼き付ける。
取材と言う面目でゲームをしていた時、とあるプレイヤーから聞いていた姿と重ね合わせながら、カグヤは思った。
――信じられない……。まさか、こんなところで大物に出くわしてしまうなんて……。幸運なのか悪運なのかはわからないけど……、今僕達の目の前にいる人物は……。
――『12鬼士』だ。
そう思ったカグヤの目の前にいる人物は、Drが転がって逃げた方向に目をやり、カグヤたちのことを全然見ていないが、その横顔に映るマスクのような薄紫の仮面。曝け出している黒い結晶のような吊り上がった瞳。その瞳の中にある蜘蛛の型。流れるような銀色の長髪に女性特有のしなやかさと、気軽さ、そして硬さを重点に置いた露出の少ない紫の鎧を見に纏い、曝け出されたしなやかな腹部に動きやすさを重視したスエットのように片側だけ切り裂かれたドレス。両手には鋭い爪のような作りとなっている紫の手甲に、ヒールのような太腿まで防ぐことができる鎧を履いた長身の女性だった。
その女性を見た瞬間、カグヤはいち早くその人物が誰なのかを理解した。情報でしか聞いてない存在であったが、都市伝説のような雰囲気を醸し出していたが、実在していた。
『12鬼士』が一人――『猛毒の女帝』。呪腐魔王族……クイーンメレブ。
風の噂で伝播したもう一つの通称は――『悪女帝』
そんな女帝が自分たちの目の前に現れ、そして自分たちを助けるために攻撃を仕掛けた。
その光景を見ていたカグヤは正直、驚きを隠せなかった。
傍らで心配そうにしているコノハの声など聞こえていないカグヤは、疑念を抱くその目でクイーンメレブのことを見ながら抱いた。
――なんでこんなところに『12鬼士』が? なんで僕達のことを、赤の他人でもある僕達のことを、助けてくれたんだ……? 何が目的でここに来たんだ……? なんでこんなところに、『12鬼士』の一人がここに来たんだ……?
考えれば考えるほど理解ができないクイーンメレブの思惑。
そんな彼女のことを見ながらカグヤは疑念の目をクイーンメレブに向ける。するとその視線を察してなのか、唯一動ける身でもある航一は、クイーンメレブによろけながら近付き、困惑している音色を出しつつ航一は聞いた。
「あ、あんた……、たしか……、『12鬼士』の……。なんで」
ここにいるんだ。そう聞こうとした瞬間――
ぶぅんっ! と、辺りに響く空を切り裂く音。それと同時に航一の前に迫ってきた突風。
それを受けた航一はぎょっと驚くと同時にきつく目をつぶってその突風を受ける。体で受けて、そしてその突風が収まったと同時に、航一はそっと目を開けて、驚愕に顔を染めて目を見開く。
彼の目の前にあったもの――それはクイーンメレブの鎌の先。その先が航一の目に向けられていたのだ。突き刺すようなそれはない。
しかし航一は突きつけられたと同時に、その鎌越しに見えるクイーンメレブの殺気を察知したのだ。
相手を目力だけで殺してしまいそうなそれを見て、航一は声を零すことができなかった。
「あ」を言うこともできないくらい……、威圧に押されていた。
息をすることもできない雰囲気に、航一は気圧されてしまっていたのだ。
そんな航一の青ざめと迸る恐怖に緊張を察知したクイーンメレブは、小さく溜息を零しながら航一の目を見て――
「情けない」と言った。
とてつもなく冷たい音色で、クイーンメレブは言った。きっぱりと。
「は? 情けないって、俺っちが?」
航一は呆けた声を出した。
その声を聞いてか、コノハもカグヤも首を傾げながら見ていたが、クイーンメレブはそんな航一達のことを……特に航一のことを見ながら彼女は再度深い溜息を落としながら肩を竦めて――
「あんたしかいないでしょうが。ほかにだれがいるの? 猫人でも吸血鬼の魔人じゃない。あんたに対して私は言っているんだけど? もう一度告げてあげる。まったく情けないって言ったのよ。あんたたちの戦闘風景見たけど、なに? あの有様。あんたそれでも、魔王族の血を引いている亜人なの? たった少量の血であろうと、あんたは他とが違う誇り高き魔王族なの? て、聞いているの?」
それを聞いた航一は、あまりに唐突な言葉と状況の飲み込めなさに困惑しながら、冷や汗を垂らしながら航一は言う。
人の本能なのか、そっと両手を上げて、敵意がないそれを出しながら、内心――一体全体、何がどうなっているんだ……? 突然の展開に、状況が飲み込めねえよぉ……。と思いながら、彼は言ったのだ。
「あ、いや……、それは……、お、俺っちはその……、身も心も魔王族じゃねぇし……、それに俺っちは『12鬼士』じゃ……」
「あぁ?」
航一の言葉を聞いた瞬間、クイーンメレブは魔王族特有の目を顰めながら航一のことを見ら見つけ、まるで目だけで人を殺すような目つきで見降ろし、苛立ちの声を上げてクイーンメレブは航一のことを睨みつけた。
その顔を見た航一と、傍らでその光景を見ていたカグヤはぎょっと目を見開いて肩を震わせるが、コノハはその光景を見ると同時に「ひゃっ!」と言う声を上げてカグヤに飛びつく。
己の肩にしがみつくように抱き着くコノハを横で見ながら、カグヤは思った。
――めちゃくちゃ怖いな……。さすが女帝……と。
そんなカグヤの思考など見ることなどできない。ゆえにクイーンメレブは驚いて固まってしまい、引きつった笑みを浮かべている航一のことをさらに鋭く睨みつけながら、低い怒りの音色でこう言った。鎌を突き付けているそれを崩さずに、だ。
「『12鬼士』でなくても下っ端であっても、魔王族は生まれた時からその宿命を背負っている。私達は他の種族よりも強い力を有しているんだ。他人のことを庇って戦うことは当然だろうが。魔王族じゃない? 『12鬼士』じゃないから弱いことは仕方がない? そんな甘っちょろい理由が通じると思っているのかい? 私の前で、そんな甘ちょろな意見が通ると思って言っているのかい? この軟弱虫。少しは自分のことを知れ」
突然の登場の上に、初対面に対しての罵詈雑言。まさに女帝と言う言葉に相応しいような威厳のある物言い。そして棘の言葉。
それを聞いていた航一は、引きつった笑みのまま青ざめ、一歩後ずさりたいような気持ちを押し殺しながら、航一はクイーンメレブの言葉に耳を傾ける。
いや――傾けなければいけない。そう直感が囁いたから、航一は黙ってクイーンメレブの話を聞いたのだ。傾けなければ何かをされる。傾けなければ彼女の得物でもある鎌で何かをされてしまう。
そう直感し、航一は反論もせず、クイーンメレブの言葉に耳を傾けることに専念した。内心……、怖ぇ女だ……! と思いながら……。
カグヤもそんなクイーンメレブのことを見ながら、さすがは女帝と言う通り名がついているほどの鬼士……。あ、女鬼士か。威圧から何もかもが別次元だな……。と思い、カグヤは航一の背後からその光景を観察していた。傍らで怖いものを見てしまった顔で怯えているコノハのことを隙にさせながら。
すると……。
「ぬぅううううううううううあああああああああっっっっ! 邪魔をしおってえええええええええええええええええっっっ!!」
「「「!」」」
「あ?」
突然の激昂の声。
それを聞いた航一とカグヤはぎょっと驚いてその声がする方向を見て、コノハは思い出したかのように、怯えていた顔が嘘のように消え去り、声がした方向に素早く顔を向けながら表情をこわばらせる。
クイーンメレブだけは首を傾げるように、細めた目でその方向を見ながら声を零すと、その方向にいた人物――Drは苛立つそれを顔に出し、クイーンメレブのことを指さしながら怒りのそれを上げた。
「この悪女がっ! よくも儂の『欲』の邪魔をしおって……っ! 儂の大切な『時間』と『瞬間』を水の泡にしおって……っ! ただで済むと思うな! この作られたものめがっ!」
「欲? 老いぼれのくせに、なにに欲求を抱いているんだか……」
しかし、Drの怒りのそれを嘲笑うように、呆れるようにクイーンメレブは今回三回目の深い溜息を吐いて、航一に向けて突きつけていた鎌をそっと上にあげて、地面に『コツンッ』と降ろすと同時に、クイーンメレブはDrに向かって呆れの音色で言った。
さらりと……、銀色の長髪を手の甲でたくし上げ、はらりとすり落ちて行くそれを見せつけるように落としながら、クイーンメレブはDrに向かってこう言ったのだ。
「そんな老いた体で『あれが欲しい』、『これが欲しい』とか駄々を込める餓鬼のように……、恥ずかしいとは思わなかった? 自分がよければそれでいいとか思っているのかい? 餓鬼でもあのアクアでもわかる善悪の教育だわ」
そんなクイーンメレブの言葉を聞いてか、Drは一瞬口を閉ざして黙ってしまう。カグヤたちはクイーンメレブの女帝のような意地の張ったそれを聞きつつ、Drの表情を伺うと……、Drは口を開いた。
呆気からんとした音色と表情で、Drは言ったのだ。
「よいと思っておるよ。それこそが儂の生きる意味なんじゃ。こうでもしないと儂は儂でなくなる。儂が生まれた意味が、なぜこのようにして生まれたのかがわからなくなってしまう。儂の存在が何か。儂が何なのかを理解するためにも、必要な小さな犠牲なのじゃ。だから儂は、いいと思って居るし、これこそが儂にとっての正論だと、正当方法だと思っておるよ」
はたから見れば……、理解できない言葉。自己中心的な言葉。
悪そびれたそれも、罪悪と言うそれが一切ない平然とした音色、表情、そして……、雰囲気。
それを見た航一とカグヤは再度Drと言う存在に対して、言いようのない膨大な悍ましさを感じた。
心にある罪の意識など一切ない。それをすることが己にとって大切なことでもある。他人など知ったことではない。そう言っているかのように言っているDrに対して、二人は思った。
――心を失ってしまった人間の様だ。と……。
そんなカグヤと航一の驚愕のそれとは対照的に、コノハはDrの言葉を聞いて、再度Drの異常性を垣間見て、ぐっと下唇を噛みしめる。
こんな異常な思考と人格を持った男に、母は狂わされてしまったのか。
こんな男の所為で、大好きな母は狂ってしまい、そして狂ったままその命を消してしまった。
ただ普通に生きたかった母の心を、そのような思考で、己の願望のために利用して、使えなくなったら切り捨てて見捨てたDrに対して、コノハは腸が煮えくり返る様な気持ちを再沸騰させる。
怒りがどんどん膨張していくようなそれを感じ、コノハはそんな人ことを言ったDrに対して――一言怒りの言葉を投げかけようとした。
が。
「生きる意味? そんなちっぽけな理由を生きる意味にするんじゃないよ」
「!」
クイーンメレブははっきりとした音色で言った。その言葉を聞いた瞬間、コノハは怒りのそれを爆発させようとしていたが、クイーンメレブの言葉が緩和剤になったのか、コノハはその怒りを無理やり押し込んで制止をする。
カグヤも航一もその光景を見て驚いた顔をしてクイーンメレブのことを見る。
対照的に、首を傾げて「はぁ?」と声を上げて疑念を抱いているDr。そんなDrのことを見ながら、クイーンメレブは呆れと淡々がまざったかのような音色で続けてこう言った。
「己の存在意義のために、ちょっとした犠牲は必要? その言葉を使うなら、聖人になってもうすぐ死にそうになった時に使いな。それに……、善悪の理解ができていない時点で愚かとしか言いようがないわ」
「……………………………」
「人にとって生きる意味っていうのは、自分が本当に生きていている意味なんだ。この人のことを救うために自分はいる。この人のことを幸せにするために自分はいる。救う人を守るために自分がいるって感じで、人は生きているんだ。目標を持って生きているんだ。あんたのように幼稚でそれだけを抱いて生きている人間はほとんどいない。あんたは我儘だけで優雅な人生を生き抜こうとする愚か者ってことさ。私が最も嫌いな人種だね。いいや――嫌いな天族の性格だね」
クイーンメレブは言った。客観的な言葉でもあるが、どことなく言い聞かせるような言葉。
それを聞いたDrは、今までの笑みや怒りが消え去ったかのように、無表情でクイーンメレブのことを見つめている。ぶすぶすと焦げる白衣を無視しながら、Drはくいークイーンメレブの言葉に耳を傾けていた。
カグヤも航一もコノハも、話しに割り込むことを忘れてしまうくらい、その空間は重いそれを醸し出していた。
まるで――クイーンメレブとDrがメインの舞台で、カグヤ達はステージから外された役者であるかのように、話が進んでいた。
否……、状況が変わっていた。
突然登場し、そして己の欲の発散を邪魔したクイーンメレブ向けて、Drは大きく、大きく露骨な舌打ちを零し、手に持っている圧縮球をクイーンメレブに向けて掲げながら、彼は言った。
怒りと狂気の笑み。そして殺気を混ぜこぜにした表情で、Drは言う。まるで――挑発するように、彼は言ったのだ。
「なんとも、講師めいた発言をするのぉ。そのような道徳をいちいち考えている暇などないんじゃ。人間は本能のままに動いたほうが得なんじゃよ。相手のことを考えるなど、儂には到底できん。それをすればするほど、己のことを見失ってしまう。儂はそうなりたくないからこそ己のことに忠実に生きようと思っておるんじゃ。お前さんの説教など聞いている時間はない。早急に終わらせるかのぉ」
「………………………ふぅん」
Drの言葉に、クイーンメレブは顎を少し上げ、見下すように彼女はDrのことを睨みつける。鋭い細いんで睨みつけて……。
「まぁいいさ。こっちも苛立ちのせいでおかしくなりそうだったし、そろそろだと思うから」
と言った。
それを聞いていたカグヤは、一瞬首を傾げて――なにが? と言う顔をしていたが、その言葉を聞いていたDrは、「はぁ?」と素っ頓狂な声を上げて、首を傾げながらクイーンメレブのことを見つめ、彼は彼女に向かって聞いた。
「いったい何がそろそろなのじゃ?」
「ん」
クイーンメレブはDrの白衣を――己の鎌で掠った個所を指さしながらその場所を示した。ちょいちょいと、小さな埃があるよと言い聞かせているかのように、彼女はその場所を指で指示した。
それを見たカグヤと航一、そしてコノハは驚いた顔をしながらDrのかすれてしまった白衣を見る。Drはそんな三人の顔を見て、興奮と同時に、疑念を抱いた。
一体何に驚いているんだ? まるで何か衝撃的なものを目撃したかのような……。
と思った瞬間、Drは顔をピクリと、顰めた。
「…………? ?」
顰めると同時に、Drは己の口元を手で覆う。その行動をした理由は、突如鼻腔を刺した異臭に気付いて、とっさの行動で鼻と口を守り、己の肺を守ったのだ。
鼻腔に入り込んでくる、焦げ臭い何かから。
それを感じると同時に、Drは背中の辺りから熱を感じ始めた。
じわりじわりとくるそれではない。もっと……、直接熱が当たっているかのような、めらめらと燃えるそれがじかに当たっているかのような、そんな熱と痛み。
――この痛みは……。まさかっ!
Drははっと息を呑み、口を塞いだ状態で素早くその場所を見降ろす。見降ろした瞬間、Drは目を見開き、絶句してその光景を――眼鏡に照らされるゆらりと揺らめく紅いそれを焼き付けながら、Drはそれを見つめた。
一瞬、目を疑うように、彼はそれを見つめた。
クイーンメレブが掠めたそこから、めらめらと燃えて浸食していく白衣を見つめて――!
「ぬぅ! ぬぅああああっっっ!?」
Drは叫びながら乱暴に白衣を脱ぎ棄て、めらめらと燃えて行く白衣を後方に投げつけて、バチバチと燃えて消えていくそれを見て荒い息を吐き捨てながら、Drは茫然とその光景を目に焼き付ける。
航一もコノハもその光景を見て言葉を失っていたが、カグヤだけはその光景を見て冷静に見たことを心の声で復唱した。
――クイーンメレブが掠ったところから、どんどん火が燃え上がっていった。さっきまで焦げていただけだったのに……。
そう思いながらカグヤはその光景を目に焼き付けつつ、目の端に映るクイーンメレブのことを見上げながら、一体何をしたんだ……? と言う顔をして見上げると、Drは大きく舌打ちをして、クイーンメレブのことを振り向いて睨みつけながら、Drは苛立ちの音色で聞いた。
「貴様……っ! 儂に何をしたのじゃっ!?」
「何をした? 決まってるでしょうが」
攻撃。あっさりとクイーンメレブは言う。チリチリと燃えて消えていく白衣を指さしながら、鎌を片手で振り回して、彼女は言った。手品師が種を明かすように、彼女は言った。
「私が使った火の『宿魔祖』――『灼滅ノ鎌』。あれは切ると炎系の攻撃ができると同時に、時間差で炎の追撃と『火傷』のダメージが蓄積されていく。まぁ炎の二重攻撃が来るって思えばいいけど。それ――私からの初対面のプレゼント」
じわじわと体力が減っていくそれをね。
それを聞くと同時に、Drは燃えカスと化している白衣の方を振り向き、そして再度クイーンメレブのことを睨みつける。そんなDrのことを虫のように見下すクイーンメレブ。
さながら女帝のような見下しだ。そうカグヤははたから見て思った。
しかし――クイーンメレブはそんなDrにぐるんっと回した鎌を突き付けながら、こう言った。女帝のような見下しで、彼女は言ったのだ。
「ほらどうしたの? 早急に終わらせるんでしょ? 終わらせるために私もあんたの相手をするから。本気でかかってきな」
「………偉そうに……、しおって……っ!」
「偉そう? 御冗談を。私はこう見えても寛大な見解で受け止めて、苛立って即刻倒そうと思っているのに、わざわざあんたのペースに合わせて戦おうとしているのに、最初の攻撃も優しいそれよ? それを偉そうだなんて――勘違いにもほどがあるね。そう思うなら私のことを殺す気で倒しに来なさいな」
「………………………………っ!」
「できない? でしょうね。なにせ――私は『12鬼士』。鬼よりも強い騎士団。そんじょそこらの魔物よりも強いし、私は優しくない」
覚悟して……かかってきな。
その言葉を合図に、Drは切れてしまったワイヤーをしっかりと、ほどけないように左手の手首に括り付ける。
玉結びにして縛ると、Drは左手を背後に向けて振るう。
ぐぅんっと振るうと同時にワイヤーに繋がっていた圧縮球がそれに引っ張られるように湾曲を描きながらクイーンメレブに向かって距離を詰めていく。
彼女の後頭部に向かって――圧縮球の側面から鋭利な剣を『じゃきりっ!』と出して、Drはクイーンメレブに先制攻撃を仕掛ける!
驚いてはっと息を呑むカグヤに、声を上げて逃げろというコノハ。航一はそれを見て、すぐに圧縮球を叩き落とそうと刀を振るおうとしたが……、それを背後を見つつ、横目で見ていたクイーンメレブ。慌てる素振りもしない。
Drはそんな光景を見て、狂喜の笑みを浮かべながら――彼は思った。
――ほほぅ。動かんのか。動いて避ける素振をすれば、背後で待機させておる魔獣小僧を使って切り落とそうと思っていたのじゃが、どうやら叩き落とす度胸があるらしいのぉ。さすがは『12鬼士』。
――しかしそれをしたとしても、魔獣小僧を使って攻撃をさせると同時に、背後から術式錬成魔法――『道具錬成』で作る網を使って、この女を拘束して……、ボルケニオンの二の舞にする。
――そうすれば『バロックワーズ』の戦力が大きくなり、今いる輩たちを一掃できる。一石二鳥とはこのことじゃ……っ!
Drは思う。自分が勝つという未来予想図を立てながら、自分はクイーンメレブに勝てる。そう自分に言い聞かせながら圧縮球をクイーンメレブに向けて仕向ける。
――所詮はボルケニオンと同じ。操る準備さえできれば、一日待てばいい。それだけでこの魔王族は己の手中に入るのだ。恐れることはない。この魔王族も、己の詠唱の前ではただの操り人形。だから恐れることなどない。
そう思いながら――そう言い聞かせながら、Drはクイーンメレブに向けてその攻撃を、隙を作る攻撃をし向けたが……。
「ふぅ」
クイーンメレブは溜息一つした後、鎌を振るい、柄を地面に向けて『コォンッ!』と突き付けると――彼女は言う。自分が持っている魔祖術を唱えた。
「――『混濁流蛇』」
その言葉と同時に、柄でついたところから黒い水が『コポリ』と吹き出して膨張していく。そこから黒い湧水が湧き出たかのように。
それがどんどん膨張から細長い何かを形成していき、クイーンメレブの鎌に纏わりつくように、それがうねうねと軟体の動きをして上に向かっていくと……、背後から迫り来るDrの圧縮球に向かって――勢いよく飛びつき、『がぱり』と口を開け……。
ばくんっ! と、Drの圧縮球を丸呑みにした。
「「「「っ!?」」」」
その光景を見たカグヤ、コノハ、航一、Drは目を見開いて言葉を失ってしまう。
なにせ――得体も知れないものが突然Drの武器でもあり、オーダーウェポンでもある圧縮球を食べてしまったのだ。驚かない方がおかしい。
肝心の圧縮球を食べてしまった黒い半透明のそれは――大きな黒い半透明の蛇だった。うぞうぞと地面を這うようにうねうねと動き、細長いその体の中にDrの圧縮球を『こぐり』と飲み込んで、大きな口を開けてげっぷを吐き出す。
体の中に取り入れた圧縮球をどんどん黒く変色させながら……、それと繋がっていたワイヤーを巻き添えにするように、どんどん腐らせていきながら……Drに向かって浸食していく。
「っ!? くぅっ!」
それを見たDrは、括り付けていたそれを慌てて取り払おうとするが、玉結びにしたのと、焦りの所為でうまくほどけない。ほどけないワイヤーに苛立ちを覚えるが、どんどん侵食して、己の手に向かってくるそれ。
それが一体何なのかはわからない。しかし相手は『猛毒の女帝』。きっと何かしらの毒付加がついているものに違いない。それを察知したDrは、「~~っ!」と歯ぎしりをしながら懐にしまっていたワイヤーを切る器具を取り出す。
それを取り出すと同時に、Drは手首に括り付けたワイヤーにそれを近づけ、『バチンッ!』と勢い良く切断した。
切断すると同時に、少し距離をとるように離れるDr。圧縮球に繋がっていたワイヤーはゆっくりと床に落ちて行き、どんどん侵食していくそれに呑み込まれるように、黒く変色して……どろりと黒く溶けて、黄金の床を汚していく。
「…………っ!」
その光景を見て、Drは青ざめ、その光景をじっと見ていたカグヤたちも驚いた面持ちでその光景を見ていた。その黒い蛇を出したクイーンメレブだけは、近くに駆け寄ってくる黒い蛇の顎を撫でながら――
「あらら? 逃げるの? あんなに意気込んでいたのに」と、距離をとったDrのことを見下すように見つめながら、クイーンメレブは言う。
Drはそんなクイーンメレブのことをぎろり……、と、眼鏡越しに睨みつけ、そして彼女に隣にいる黒い半透明の蛇を一瞥しながら……「それは……、なんじゃ?」と聞いた。
それを聞いたクイーンメレブは、首を傾げつつ隣にいる黒い半透明の蛇を横目で見つめながら「ああ、この子?」と言うと同時に、彼女はその蛇に向けて指で命令をしながら淡々とした口調で説明を始めた。
「こいつは私の水の『魔祖術』――『混濁流蛇』。こいつの体に触れるか、飲み込まれたりしたら一瞬の内にこいつの体の一部と化してしまう。意思を持った私の『魔祖術』とでも言っておいた方がいいね。私のために戦ってくれる。守ってくれる。物分かりがいい……いい子だよ」
そんな彼女の説明の間に黒い半透明の蛇はうねうねと床を這いずり、近くで怪我をしているカグヤの近くに寄ってDrに向けて『シューッ』と声を上げながら黒い舌をちらつかせていた。
その光景を見ながら、クイーンメレブはDrに向けて一言、見下すように、女帝のような眼差しで彼女はDrに向けて揺さぶるような言葉を投げかけた。
「で? もう降参? 反撃されたらもうできない。だから降参? ならいいよ。所詮あんたの思想なんて、そんなもんだったってことが証明されただけだからね。ちっぽけで幼稚なことに対しての執着――ご苦労様」
「~~~~~~~っっっ!」
その言葉を聞いた瞬間、Drはぶわりと――体中から湧き上がるそれを体の奥底から体感した。
それはコノハの時に感じたそれよりも、大きく、吹き上がるようなそれであり、Drは体中にしみわたる『怒り』を体感し、興奮しながらも、怒りの方を優先にしてDrは右手をクイーンメレブに向けて掲げ、右手を力一杯広げながら叫んだ。
「何が、何がちっぽけで幼稚なことじゃぁぁぁぁっ! 儂にとってすれば命よりも大事なことであり、儂が生涯解明せねばならない課題でもあるんじゃ! 貴様のような心無い輩に何がわかるっ!? 感情と言うものを知らず、世間から機械と言われてきた儂の気持ちがわかるかっ!? わからんことじゃろうっ!? 何も知らぬ輩が、儂の解明課題に首を突っ込む出ないわっっ!」
そうDrは叫ぶ。まるで――心の奥底から叫ぶように、Drは言う。
それを聞いていたコノハは、はっと息を呑んで動きを止めてしまったが、Drは激昂のまま、掲げていたその手を勢いよく握りしめる。空を握り――
ズーに向けて命令を下した。
「っ! う、う、う、うううっ! ううううううううううううううううううう…………っっっっっ!」
ズーはその命令を首の後ろ――項に引っ付いているDrの詠唱の虫から信号を貰い、動きたくもないのに動いてしまうその体に抗うことができず、鎌を振るいながらクイーンメレブの背後に向かって駆け出す。
彼女の胴体を真っ二つにするように――ズーはその鎌を振るう。
苦痛に歪むその顔で、斬りたくないのに。逃げて。そう願いながら、ズーはDrの命令に逆らえずに、肩幅まで足を広げ、鎌を大きく振るい、クイーンメレブの背後からその鎌を振るおうとした瞬間――クイーンメレブは……。
「ち」と小さく舌打ちをすると同時に、目にも留まらな速さで右回転で振り向きながら、振り上げた左足をズーの顎に向けて――
――バキィン! と、蹴り上げた。
「うぎゅ……っ!」
クイーンメレブの蹴り上げを受けたズーは、かふりと口から微量の血を吹き出して、そのまま空中で後転一回転をしそうな勢いで反り返っていく。
しかし、クイーンメレブは蹴り上げた左足を地面につけると同時に、手に持っていた鎌を両手で掴み、それをズーに向けて勢いよく振るう。
さながらバットの素振りのように、配慮として――鎌の刃を向けずに、ズーの胴体にその柄をぶつけて、めり込ませながらクイーンメレブはズーを吹き飛ばす。
ぶわっ! と空中で回転しながら吹き飛んでいくズー。その光景を見ていたコノハはズーの名を叫びながら立ち上がろうとしたが、そんな彼女の横を通り過ぎるように、ズーの背後に回って彼を受け止める航一。
「おっふ……っ! とぉ!」と、声を上げながら、気絶してしまったズーをしっかりと支える航一。その光景を見ていたコノハは、胸に手を当てながらほっと息を吐く。カグヤも安堵のそれを吐くと――
「ナイスキャッチ」と言い、振るっていた鎌の刃に黒い瘴気を纏わせながら、クイーンメレブは言う。
その言葉を言うと同時に、彼女はDrに焦点を合わせ、狙いを定めるように、黒いそれを纏った鎌を下に向けて駆け出す。
「っ!」
その光景を見て驚きのそれを上げるDr。
クイーンメレブは駆け出し、鎌を両手で器用に振り回しながらその鎌を左横に掲げて、そのまま時計回りにDrに向けて切りつけようとする。
「――『瘴死ノ鎌』」
低い音色で、Drの存在を消す勢いで、クイーンメレブはDrに向けてその鎌を振るおうとした。グワリとくるそれを見て、Drもぎょっと目を疑うそれで見て、すぐに逃げようとした瞬間。
鎌がDrの体を貫こうとした瞬間――それは突然起きた。
否――やっと来たのだ。
「『強固盾』ッ!」
謁見の前に広がった少女の声。その声と同時にDrの周りに出現した白い半透明の半球体。
それを見た瞬間、クイーンメレブは目を見開くと同時に、それに当たってしまった鎌は『ゴォンッ!』と言う音を立てて反動して左に向かって跳ね返ってしまう。
それを受けて、びりびりと来る衝撃を手で感じながら、クイーンメレブは声がした方向に目をやる。
カグヤも、コノハも、航一もその声がした方向に目をやると――謁見の間の扉が、いつの間にか開いていた。その扉の向こうにいた人物を見た瞬間、コノハと航一は驚きの声を上げ、カグヤは言葉を失いながらその人物を見つめ、クイーンメレブは大きな舌打ちを零しながら……。
「…………あんたもここに来ていたんだね。遅いよ」と言って、彼女は扉の向こうにいる人物に向けて、名を呼んだ。
傷だらけの白銀の鎧。ボロボロになってる紫のマント。腰には丈が短い黒い刀身の短剣。そして、片手には黒い刀身の大剣を手に持ち、傍らにいる青い髪の白いロングスカートを着ている一人の少女に視線を向けて、クイーンメレブは言う。
「――ヘルナイト」
「……お前は、クイーン、メレブ、か?」
白銀の鎧の鬼士――ヘルナイトは、突然の再会を果たしたクイーンメレブのことを見ながら、驚きと困惑が入り混じる音色で、頭を抱えながら凛とした音色を零す。
そして、そんな彼の横にいる少女は、謁見の前の光景を目に焼き付け、その場所にいる人達を見て、彼女は不安と言うそれを顔に出すと同時に、カグヤのことを見た瞬間――目の色を驚きのそれに変えて……。
「輝にぃ……っ!?」
「は、華……っ!?」
少女――ハンナは驚愕と困惑のそれで、カグヤのことを見る。自分と同じ顔をして驚いているカグヤのことを見つめながら……。
◆ ◆
混沌が混沌を呼び、その混沌もまた、混沌を呼ぶ。
その混沌も、まるで導かれるように、帝国の入り口の前に立ち、その黒い半球体を見つめながら――「なるほどな」と男は言った。
背後にいる鎧の男と、人魚の少女を引き連れ、片手には血が付着している刀と、もう片方の手にはボロボロになってしまった兵士の首を掴みながら引き摺っている。
鎧のつなぎ目から零れ出す赤いそれを滴らせながら――男は言った。
「これがこの帝国の要か。いや……、楽園を隠すための檻だな」
男は兵士の男を砂地をボトリと落とす。
血が付着しているそれを天に向けて掲げ、その黒い球体に視線を向けながら、男は言う。
「この楽園の奥底に――土の守り神がいる。ならば彼奴もこの場所にいるはずだ。ならば此方がすることは一つ」
と言って――男はその刀を大きく振るい、帝国のドアにその刀の先をとんっと突きつける。
それと同時に……、帝国のドアが『どろり』と溶け出す。溶解液に出も当たったかのように帝国の入り口のドアが溶けていき、砂地に向かってどんどん広がっていく。
その光景を見て、血まみれの男は歩みを進めるように、一歩前に足を出して。
ずしゃり。
と、地面に赤い足音を残して歩みを進める。
仮面に隠された笑みを隠しながら、男は二人の仲間と一緒に歩みを進めて行き、中央にそびえたつ帝宮を見上げながら男は言った。
滴り落ちるそれを拭わず、彼は言ったのだ。
「待っていろ――武神ヘルナイト」




