PLAY73 BATORAVIA BATTLE LOYAL!Ⅻ(局面へ)⑤
カグヤは颯に向かって宣言すると同時に――瞬時に駆け出す。
もちろん鎖を持っている手には力を入れ、その鎖が解けることなどさせないようにカグヤは力を力ませながら颯に向かって駆け出す。
「お、おい! カグヤ……ッ!?」
航一は慌てながらカグヤから手渡された小瓶を片手に起き上がり、立ち上がろうとしたが、それよりも前に颯は鎖でぐるぐる巻きにされた体でよろけながら走り出す。
「おおおおおおおおおおあああああああああああっっっ!」
自分に向かって迫ってくるカグヤに向かって駆け出し、大きな大きな声を上げながら颯は走り出す。
焦りをかき消すように――カグヤを見て感じたその恐怖を声で吐き出すように、颯は駆け出した。
そんな颯のことを見ながらどんどん緩くなっていくそれを見たカグヤは鎖を持っている手を一瞥した後――すぐに鎖から手を離し、颯の両手の自由を手放すと同時にカグヤは右手の五指を猫の手のように開いて指の先に力を入れる。
鋭く、殺気が際立つ猫の目を輝かせながら――
その目を見た颯はやっと自由になった腕に力を入れるが、カグヤの目を見た瞬間、背筋を這う寒気と湿り気を感じ、体中の体温が急激に下がったことを感じた。
しかしその行動を止めようという思考は――ついさっき捨てた。
カグヤの気迫を見た瞬間、それが崩れたと言っても過言ではなかった。
簡単な話――カグヤの気迫を見るまでは自分の勝利に確信を持っていた。
弟でもある航一を始末できる。
自分にとって疫病神でもあった航一を殺せると確信していたからだ。たとえ魔王族であろうと弟は弟。兄に逆らえない存在。弟にとって兄は逆らえない存在なのだ。
だから大丈夫と思っていた。
どんな弊害が来ようとも、刀を使って切り捨てればいい。
幸い航一の仲間はシーフゥー、エクリスターに魔獣族。一人攻撃に特化している種族であったが、その種族もDrの詠唱によって操られている。
残ったのは航一、シーフゥー、エクリスター。航一以外の所属は攻撃に特化されていない。
それを航一に対して相対しながら分析した颯は、シーフゥーのカグヤとエクリスターのコノハのことを、あまり脅威と認識していなかった。いうなれば楽に始末できるだろうと認識していた。
が、その認識も徐々に、ガラガラと崩れていく。
カグヤの気迫を見た瞬間、颯は確信する。
この猫男はまずい。と――直感が囁いたのだ。
「っっ! ぬぅうううああああああっっっ!」
颯は叫ぶ。
顔中から噴き出すそれを拭わず、叫んでかき消すそれしか思いつかない自分に嫌気をさしながら己の弱さに苛立ちを覚えつつも、颯は右足を前に踏み込むと同時に足に力を入れる。
そして――
だんっと、空中に向かって跳躍した。カグヤと入れ違うように、カグヤの頭上を飛び越えるように、颯は跳ぶ。まるで――空中で走っているかのような体制で、彼は跳んだのだ。
「っ!?」
それを見たカグヤは、目だけで颯のことを見上げて驚きのそれを一瞬浮かべる。
しかし怒りの表情が勝っているせいで、それがうまく顔に出ない。はたから見ても怒りだけが浮き彫りになっている。
そんな顔を見た颯は、本能の赴くがまま――このまま死ぬわけにはいかないと心に刻みながら……、振り上げた左足を飛んでいる状態で降ろす。
地面に足をつけて、そのまま蹴り上げるようにして走るように、その左足を下ろす颯。しかしその場所に地面などない。彼の足の下にあったものは、何もない――
――わけではない。
彼の足の下にあったものは――ものではないが床ではない。はたから聞くと一体何を言っているんだと思うかもしれないが、跳躍している彼でもしっかりと足をつけれるものが近くにあったのだ。
颯はそれに向けて足を下ろそうとした。それを踏み台にして飛び越えようとしている光景を見たカグヤは、振り上げた右手を一気に振り下ろす。
颯のどこかに切り傷を残すように、動きを一瞬止めたあとで――再度鎖を使って拘束しようと、カグヤは行動に移そうと……、振り上げた右手に力を入れて空気を切るようにカグヤは振り下ろした。
ザシュンッ! という音が聞こえるかのような音を出して――カグヤは颯に向けて攻撃を繰り出した!
その光景を見た航一とコノハ、そしてDrは、その光景から目が離せなくなったかのように二人のその一瞬を見つめる。
コノハの緊張と航一の困惑、そしてDrの知的興奮が入り混じるその目が謁見の間の空間を彩り、カグヤと颯のその瞬間を目に焼き付ける。
カグヤと颯はそんなこと気にする余裕などない (ズーは操られているので見ることはできない)。互いに目的のために行動しているのだ。
カグヤは颯のことを止めようと行動し。
颯はそんなカグヤの思惑通りにいかないように抗い、もう一度自分の優勢に空間を転じようと抗おうとしたのだ。
自分のこの状況を転じるために――もう一度戦える状態に戻すことに専念しながら。
だからなのか――
――ざしゅっっっ!
「う、ぐぅ……っ! うううぅ……っ!」
「っ!?」
颯は、カグヤの右手の引っ掻きを真正面から受けた。
己の右太腿に五本の赤い線を深く残し、そこから出る赤いそれの零れと連動する様に激痛を感じた颯は、痛覚に顔を歪ませる。ばたたっと、黄金に彩られた床に赤い点々を残しながら……。
「ふぅー……っ! ふぅーっ! ふぅ……っ! うぅ!」
ぎりぎりと歯を食いしばり、その一瞬の激痛に耐えながら颯は空中の態勢を崩さずに行動を続行する。
己の優勢を取り戻すために、彼は痛みに耐えながら、己のバングルに映されるHPの十分の三を見捨てて、彼は行動を継続する。
その光景を見たカグヤは目を疑う。錨のそれを崩さずに目を疑い、彼は思ってしまった。
――避けなかった?
――そんな空中で攻撃を受けるんだ。避けることはできなくても動きを止めることはできたはず。
そう思ったカグヤだったが、すぐにそれをしなかった颯を見たカグヤは、己の判断の甘さを呪った。いいや。そんなことをするはずはないかと。すぐに察した。
――こんなところで止まる敵はゲームの世界でも漫画の世界でもいない。そんな人は強い人を見た瞬間に固まってしまう敵キャラ。そしてこの戦いに対して己の勝利を信じていない人。己の負けを確信してしまった人がこの場で止まってしまう人。僕はそう思う。
――この人は多分それに入らない存在。
――こんなところで攻撃を受けて、止まってしまうことは負けに直結すること。そんなことをこの状況ですることは愚かな行為。
――それを簡単にすると見た僕の判断が間違っていた。ならその行為を強制的に促すしかない。
そう思ったカグヤは、左手のむき出しの爪を踏み込もうとしている颯に向けて、今度は右手に向けて切りつけようと振り上げようとした瞬間……、カグヤはふと、違和感を覚えた。
右肩に感じる重み。そして右耳に入ってきた――『どすんっ!』という音。
その感触と音を聞いた瞬間、カグヤはすぐに右目を右に向け、左目も右目につられるように右に向けると、カグヤは驚きと怒りを半分ずつ顔に出した。そして――
「え、えぇぇっっ!?」
コノハもその光景を見て驚いて声を出した。ズーを羽交い絞めにしながら、コノハはその光景を見た。Drもそれを見て、「ほほぅ……」 と顎を撫でながらその光景を見つめる。
まるで――あいつにもそんな度胸があったのだな。と思いながら。
航一もその光景をカグヤを見つつ、颯の背後から見て、口を開けながらその光景を見上げていた。
簡単な話だが……、この場にいる誰もが、颯の行動に驚きを隠せなかった。度肝を抜かれた。と言った方がいいのかもしれない。誰もが颯の行動に予想だにしなかったのだ。
颯が起こした行動。
それは簡単ではあるが、きっとこの状況であれば起こせないかもしれないような行動。
それは――ただカグヤの右肩に左足を乗せただけ。
カグヤのことを踏み台にするように、颯は激痛に歯を食いしばりながら、カグヤのことを飛び越えるようにカグヤに右肩にその足を踏み下ろしたのだ。
カグヤの右手が振り下ろされると同時に、斬られることを覚悟して、颯は決死の覚悟で立ち向かったのだ。
カグヤの背後にある――投げ捨てられてしまった己の得物を取り戻すために!
「そんな引っ掻きで……っ!」
「っ!?」
颯は言う。激痛に耐える噛みしめるような顔で、見上げたカグヤのことを見降ろしながら――余裕のない顔で彼は言った。
内心――これで俺の番だ。と思いながら……、彼は言ったのだ。
「俺を止められると思うな……っ! 盗賊風情の口先野郎……っ!」
「っ! ちぃ!」
カグヤは珍しく舌打ちをしながら振り上げようとした左の方向を急転換させるように、振り上げを止めてその爪を己の肩に乗っている颯に向けて、爪を立てる。
その勢いに乗るように、素早い動きでカグヤはその爪を颯に向けて繰り出す。
びゅんっ! と言う空を切る音を出しながらカグヤは繰り出そうとしたが……、それを見た颯は輝夜に右肩に踏み込んだ足に力を入れ、右太腿に走る激痛に耐えながら――
颯は再度跳ぶ。まるで策を飛び越えるように、彼はカグヤの肩を土台にして飛び越えたのだ。
カグヤが繰り出す爪の攻撃をぎりぎりの距離で逃げ切る颯。空中でバランスを崩しかけたが、そのバランスを取り戻すように体をひねり、床に向かって落ちて行く。
「! あ……っ!」
カグヤはその光景を見上げながら目で追い、驚きの顔を表に出しながら颯のことを見上げる。空中を飛び越えるように跳び、そのまま床に向かって落ちて走り出した颯のことを目で追いながら――
それは航一もDrも見ていたが、すぐ目の前に迫って来ていたコノハは、己の力で止めようと手をかざそうとした。もちろんエクリスターのスキルで止めようとしての行動である。しかし――
「うううううぐううううああああああああ……っ! あああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!」
「っ!? うわわっ! ちょっとズーッ! 暴れないでっ! お願いっ!」
「あああああがあああああああああああっっっ!」
「あーばーれーるーなーっ!」
突然暴れ出したズーに、コノハは慌てだしてしがみつきながら彼の動きを止める。ばたばたと体中をばたつかせ、まるで魚の最後の足掻きのように動くそれを体感しながら……、コノハは「もぉーっ!」と頭から蒸気を噴出させながら怒りを露にする。
「っ!? !」
その光景を見ていた颯は内心疑念を覚え、ズーのことを操っているであろうDrのことを目だけで見ると……、颯ははっとした。
Drは『豪血騎士』を相手に圧縮球を使って攻防を繰り広げている。老人らしからぬ体力を持ち、そしてほかのところに視野を入れて戦っているところから察するに、Drはまだ余裕なのであろう。
余裕だからこそ――Drはズーのことを操り、颯の壁になるかもしれないコノハの邪魔を阻止する。
これがDrの本心なのかはわからない。これが本心ではなく、己の本能の弊害にならないために、わざと颯のことを助太刀したのかは――Drにしかわからない。颯にはその心境など知る由もない。
だが、颯はそんなDrの行動に――ありがとうございます。と、感謝をしつつ、激痛がリズムよく襲い掛かる足を庇いながら、彼は走った。『ばたたっ!』と金色の床に飛び散るそれを無視し、颯は駆け出す。
「うー! ぎー!」
唸ってズーの動きを止めているコノハの背後を通り過ぎ、カグヤの振り向きと同時に颯は手を伸ばす。
コノハの背後の近くに転がり落ちている――己の刀に向けて手を伸ばして!
「っ! ちぃ!」
カグヤはそれを見て舌打ちをすると同時に、手に持っていた鎖を大きく振るい回して、その鎖を颯に向けようと、外側に大きく振り回して叩きつけるようにその鎖を砲丸投げのように放つ。
びゅぅんっっ! と言う空気を切る音が響き、その鎖の先が颯に向かってどんどん突き進んでいく。磁力によって引き寄せられているかのように、鎖の先は颯の背中に向かって突き進む。
――当たってくれ。そうカグヤは颯の背中に当たることを願う。その行動が止まるように、カグヤはその攻撃を颯に向けて止めるように攻撃を繰り出した。
が。
――ガァンッッ!
「っっ!?」
「あっ!」
鎖の先に突如降りかかった丸い何か。それが鎖の先に当たり、軌道を変えてカグヤの思惑を呆気なく砕いてしまう。それを見て、床に転がってしまった鎖を見たカグヤは驚愕し、コノハは玉座がある方向を見た瞬間声を上げて驚愕に顔を染める。
コノハが驚愕するその先にいたのは――Dr。そして『豪血騎士』から噴き出す白い煙と呻き声を見て、コノハは気付いてしまう。
Drは『豪血騎士』に傷を負わせた。その傷をつけた隙に、Drはカグヤの行動を妨害したのだ。
己が持っている圧縮球を砲丸投げの容量で投げつけて、颯の行動の支障を阻止したのだ。
キュルルルルルルルルルルッ! と、投げられた圧縮球から聞こえる何かを巻き付ける音。
その音と同時に、鎖と一緒に床に向かって落ちようとしていた圧縮球は意思を持ったかのようにその場で一瞬止まり、そのままDrの手に向かって湾曲を描きながら『キュルルルルルルルルルルッ!』と音を出しながら戻っていく。
空に差し出したDrの手に向かって戻っていき、そのまま『とすんっ』という音を立てて、すっぽりとその手に収まる圧縮球。
それを横目で見て、驚愕に顔を染めようとするカグヤ。
コノハはその光景を振り向きざまに見て、自分の影でもある『豪血騎士』に向けて、再度命令を下そうとした瞬間……。
――がちゃっ!
という、音が聞こえると同時に、カグヤとコノハ、そしてDrはその方向に目を向ける。向けると同時に、その視線を浴びるように注目されていた颯は……、手に戻ってきた己の得物の感触を味わいつつ、歪に歪む笑みで「はは……」と微笑みながら、颯は――
「はははははは。はははははははっ! あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっっっ!」
笑った。
げらげらと、航一のことを嬲っていた時の笑みを浮かべながら、彼は己の長刀を手に持ち、構えながら彼はカグヤのことを見つめてこう言う。Drに対しての感謝を忘れずに、彼は言ったのだ。
「ありがとうございます! 主! あなたのおかげで転機を手にしましたっ! この御恩――忘れませんっ! そしてその恩として、この颯――この場にいる四人をこの場で仕留めますっ!」
「そうか。ならば手短に頼むぞ。そろそろあ奴らもここに来る。その前に仕留めておけ」
「承知!」
颯はDrの言葉に頷きつつ、刀を腰に差し入れて構えながら――彼は目の前にいるコノハ……ではなく、カグヤに鋭さと狂気が入り混じった目線を向けながら、彼は足をアキレス腱を伸ばすような体制にして、前に出した右足に力を入れる。
そしてその状態のまま右足の指先に力を入れ――
「まずは――俺のことを虚仮にするような言動。そして気位をズタボロにしようとした愚か者の――」
と言って、颯は右足の指先に力を入れ、蹴り上げるように彼は駆け出す。構えを解かずに――カグヤに向かいながら。
「――排除っ!」
と叫んで、颯は長刀を抜刀する動作をとりながら、彼は駆け出して彼方をカグヤに向かって振るおうとする。
もちろん――普通に切り捨てるなんて甘いことはしない。しっかりとこの世界上の死を与えるように、スキルを発動させる準備をしながら、颯は駆け出してカグヤに向かって言う。
勝った。これですべてが終わる。俺の人生が明るくなる! そう確信しながら――颯は恐怖にかられそうな笑みをカグヤに向けながら言った。
「さんざん言っておいて、『僕が止める』とほざいておきながら、結局はこの体たらく! なんとも無様! なんとも格好の悪い結果だ! この俺のことを止めることなどできるわけがないだろうっ! 所属の差! レベルの差! そして乗り越えてきた戦場の数が違う! そんな輩に、俺が負けるわけがないだろうっ!」
「…………………確かに」
カグヤは構えをしながら颯のことを見て、鋭い視線を向けながらカグヤは言う。
鋭さとは不釣り合いな冷静な音色。その音色を発しながらカグヤは続けて言った。
「感情任せにするって僕らしくなかった。今になってそれは後悔しているし、あんたの言う通り僕の所属ではあんたのことを止めることは不可能だ。それは分かっていた」
「分かっていた? と言うことは己の運を信じて止めようとしたのかっ!? それこそ愚行! 相手のことを見定めなかった結果お前は今危機に瀕している! 見誤ったと言っても過言ではないっ! この結果を招いたのは――航一率いるお前のチームが絶滅に追い込まれたのは貴様の所為! 貴様のその先走った感情が破滅を舞い込んだんだっ!」
「破滅ね……、その言葉は格好いいね。言葉の箪笥にしまっておくよ。あと言っておくけど、判断を誤ったのは、あんただよ」
「………………っ! 減らず口を……っ!」
カグヤの冷静な音色を聞いた瞬間、颯はびきり。と額に青筋を立てながらさらに駆け出しに力を入れ、加速をしながらカグヤの近くで跳躍をし、長刀を抜刀し、己の頭上にその刀を振り上げながら、縦一文字に真っ二つにするように力を入れる颯。
カグヤのことを見降ろし、逃げないカグヤのことを見降ろしながら――颯は思う。
――判断を誤ったのは俺だと? そんなことありえない。俺は確かに一瞬この男に気圧されかけた。
――武器がなければ勝てないと思っていたが、今の状況を見れば一目瞭然だ。判断を誤ったのは、感情論に身を委ねたこいつだ。
――ただの負け犬の遠吠え。これは俺の判断を鈍らせる策略に違いない。付け焼刃の戦略だ。そんなものに引っかかるほど、俺は素直ではない。
――そんな言葉で、俺の行動が鈍ると思ったら大間違いだ。
――この男を殺せば、後は小娘と魔獣を殺し、そして最後に航一をじっくり、じっくりと甚振って、その後で嬲るように屠る。
――これで俺の復讐は完遂。そして現実に戻った後で、本当の復讐を完遂する。
――それが俺の悲観であり野望!
弟がいない世界こそ……、俺の桃源郷!
「――ぬかすなぁっっっ!」
その想いを胸に、颯は長刀をふるい落としながら叫ぶ。カグヤのことを真っ二つにするように、その刀を勢い良く振り落としながら――颯はカグヤの息の根を止めようとする。
「か、カグちゃんっっっ!」
振り下ろされる刀を見た瞬間、コノハは叫ぶ。
顔面を青ざめさせながらカグヤのことを見て叫ぶ。
このままでは死んでしまう。死んでほしくない。逃げて――そう願いながら、その言葉を声に出そうとコノハは続けて口を動かそうとした。
瞬間、コノハはその動きを一瞬止めて、目を疑う。カグヤのことを見た瞬間、目を疑った。
カグヤは颯の刀が振り下ろされ、まさに絶体絶命の状態であった。しかし、逃げる素振りなどしなかった。むしろ――カグヤはコノハのことを見て、右手の手首を使ってコノハに見えるように上げながら、彼はその右手でピースサインを見せつける。
かすかに見せた微笑みと一緒に、彼は見せたのだ。
大丈夫。それをコノハに見せ、その光景を見ていたDrにも見せつけながら。
「――っ? っっ!?」
その顔を見たDrは、カグヤの体から噴き出る感情の変化に気付き、何かを企んでいると見たDrは辺りを見回すと、すぐにカグヤの目的を理解した。
いち早く理解したが……、そのいち早くももう遅い理解であり、その光景を見たDrは颯に向かって――珍しく叫んだのだ。
「颯! そこから逃げぃっっ!」
「え?」
Drの聞いたことがない叫びを聞いた颯は、目を点にさせて、振り下ろそうとしたそれを止めることができず、流れに沿うように彼は行動を続行してしまう。空中で行ってしまった行動を簡単に変えることは不可能に等しい。それゆえに颯はDrの言葉に従うことが無理だった。
その光景を見上げると同時に、カグヤはその場でしゃがむ。流れるようにしゃがむと同時に、カグヤは頭を伏せながら――叫ぶ。
「いまだっっ!」
カグヤの叫びが謁見の間に広がり、それを聞いた颯とコノハは、首を傾げるように頭に疑問符を浮かべながら目を見開く。颯に至っては振り下ろそうとする動作のまま目を点にして「え?」という呆けた声を出してしまう。
が、時間は止まらない。そんな颯の疑念を長考するよりも早く……、いいや……、その兆候をする前に、颯の視界に広がったものがあった。それは一瞬のうちに広がり、再度零れた「え?」をかき消すような世界が、颯の視界一杯に広がった。
彼の視界に広がったものは――縦に真っ二つになった世界……ではない。
己の視界を二つに切り落とすように、真ん中に白い鉄のような棒が出現したのだ。
それを見たと同時に、颯の視界は一瞬のうちにひしゃげるような、罅割れてしまったかのような暗転と、言いようのない激痛と『ごしゃりっ!』と言う音が颯の顔面に広がり、颯の耳を刺激した。
「ふぎゅぅ………………っっ!?」
そんな声を己の口から、豚のように零して……。
その光景を見ていたコノハは、言葉を失いつつ、その光景を見た瞬間芽生えた明かりを目に焼き付けるように見つめ、「はぁ……」と言う声が口から自然に零れる。
Drはその急展開した光景に驚き、怒り、そして踊らされていたという二重の怒りをふつふつと沸騰させながら、Drは小さく、小さく呟く……。颯に向かって――
「………………っ! だから逃げろと言ったではないか……っ! この役立たずめがぁ……!」
と言い、その光景を眼鏡越しに見つめ、挑発めいた笑みを浮かべて立ち上がったカグヤのことを睨みつけながら、Drは思った。
――まさか……っ! あの小僧……っ! 最初からこうするつもりじゃったのか……っ!
「っっ!」
ぎりぎりぎりっ! と、Drは歯を食いしばりつつ、すり減らしながらカグヤのことを睨みつける。その光景を見たカグヤは、肩を竦めて右手を空に向けながら普段と変わらない音色でこう言った。
「僕の言葉から抜粋。『僕が言いたいのは、航一はあんたの弟で、あんたは航一に兄だろう? 兄なのになんで弟のことを殺そうとしている? 弟はあんたのことを倒さないようにしていたのに、ちゃんと家族として見ていたのに。あんたはそれをしなかった。血が繋がっているのにそんなことをしなかったあんたに対して、僕は心底幻滅したって言いたいんだ。他人の事情に首は突っ込みたくないけど……、あんたの人間じゃない言動にさすがにブチ切れた。だから――少しの間気絶してもらうよ』確かに僕はこう言った。あまり自信はないけど、僕はそう言った。少しの間気絶してもらうよ。って。でもこの魔人は僕に対してこう言っていた。『さんざん言っておいて、『僕が止める』とほざいておきながら』と。この魔人が言っていることは少しばかり本人の解釈が含まれている。僕は確かに気絶してもらうとは言ったけど、僕が気絶させるとは一言も言っていない。それは都合のいい解釈だ。僕は確かに怒りを露にしたけど、武力行使で止めれるほど力はない。そんなことは他人に任せるよ。僕じゃなくて、それに自信がある他人にね。だからこれはこの魔人男の早とちりが招いた敗因」
肩を再度竦めながら、舌をぺろりと出して、カグヤは言った。
「教えてあげるよ――お前達の敗因を」
目の前で、颯の顔面に大きな刀の背をぶつけ、峰内を縦に打ち込みながら攻撃を繰り出している航一のことを見ずに、カグヤは言った。
未だに力を振り絞ろうとして歯を食いしばり、唸り声を上げながら体を震わせている航一の声と重ねるように――カグヤは言った。
顔中を赤くして、激昂寸前になりかけているDrのことを、見下すように見つめながら―カグヤは言ったのだ。
「お前達の敗因は――一つ」
颯が負けてしまった敗因を――そしてこうなってしまった起因を、ぴっと人差し指を突き立てながら、口にする。
「僕達のことを侮ったから」
「どおおおおおおりいいいいいいいりゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっ!!」
カグヤの言葉に反応するように、航一はあらんかぎり叫び、顔中から零れだす汗を拭わす、嗄れそうな声を労わらず、体中の力を魔王族の力ごとあらんかぎり発揮するように、彼は刀を振るった。
前に向けて、床に向けて叩きつけるように、振り下ろすように彼は得物の大きな刀を『ぶぅんっっ!』と振るった。颯ごと彼は振るい――颯ごと彼は地面に『どがぁっっ!』と、叩きつける!
めごしゃぁ! と言う音が謁見の間に広がり、それに連動されるように床の崩壊の波が広がっていく。まるで罅割れたクレーターのようにそれが広がっていく。
航一を中心に――航一が振り下ろした刀と、それの餌食になり気絶してしまった颯を中心に広がり、それを見たDrはこの時初めて……、焦りと一抹の恐怖を覚えると、その顔を見てカグヤは腰に手を当てながら、「あれ?」と首を傾げて言う。
冷静な目で、落ち着いた面持ちでDrのことを見上げる。
内心――これで本当の逆転。これで多対一になった。
そう思いながらカグヤは言った。近くにいる航一とコノハのことを目だけで一瞥しながら彼は言う。
「これであなた一人になっちゃったよ? どうする? 殴られるか、降参するか」
選ぶ時間いる? と言う言葉を付け加えながらカグヤは言う。傍らにいる航一と今も暴れているズーにしがみつき、勝利の光を見出して睨みつけているコノハと一緒に彼は言う。
窮地に陥った――劣勢に追い込まれたDrのことを見つめて。
「ぬぅううううううう…………っっっ!」
カグヤの言葉を聞いたDrはぎりぎりと歯を食いしばり、焦る気持ちを押さえつけながらカグヤ達のことを見降ろす。
こうなることは想定外だ。
そう思いながら……、彼はカグヤ達のことを見降ろす。
微かに感じ取っていた帝国の敗北と、『バロックワーズ』の敗北をふつふつと体感しながら……。




