PLAY72 BATORAVIA BATTLE LOYAL!Ⅺ(やっと)⑤
「ダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーッッッ!」
それはもう絶叫と言っても過言ではないそれであった。
その言葉が正しいかのような魂の叫びが、アキ達がいる場所を中心に反響していく。
近くにいた兵士はその声を聞いてびくぅっと肩を震わせながら後ろを見ると、槍を支えにしながら「え? えぇっ!? なになにっ? まさか何かの詠唱……っ!? やべぇ……! 逃げよう!」と、そそくさとした足取りでその場から離れていく。
誰もがそんな叫びを聞いて、こう思うであろう。
きっとあの場所では悍ましい事が繰り広げられているのだろう。誰もがそう思うかもしれない。
しかし――それはとんだ早とちり。
アキの叫びが上がった場所では何の戦闘も起きてない。どころか戦闘が再開されていないのだ。
誰も知らないところで起きた叫びは、ただアキは心のストレスの限界を感じ、それを発散させるために叫んだだけのそれだったのだ。
そんな叫びを聞いたダイヤは、目を点にしてアキの肩から手を離して固まっている。
アキは頭を抱えた状態で叫んでいたが、肺に溜まっていた二酸化炭素がなくなってしまったこと、そして一気に来た呼吸のなさを感じて、命の危機を感じたのか、アキは一旦その叫びを止めて――七回深呼吸をした。
すぅー。はぁー。すぅー。はぁー。
ゆっくりと、己の肺に薄汚い酸素を取り入れながらアキは気持ちを落ち着かせる。
赤かった顔がどんどん平常の温度になっていくかのように、元の肌色を取り戻しながらアキは深呼吸をする。
その光景を見ていたダイヤは内心驚きつつも、冷静さを取り戻した顔になってアキの肩に手を伸ばしながら――「お、おい……。大丈夫か?」と聞くが、それを聞いた瞬間アキは……。
――ギンッッッ! と、まるで目をギラリと光らせて相手のことを威嚇する目を向けながら、アキはダイヤのことを見た。そんな目を見たダイヤはぎょっとし、伸ばしていた手をびくりと止めてしまう。
そして彼の目を見たダイヤは――すぐに察した。
こいつ……、ブチ切れている。と――
「あんた……、なんて言った?」
「? なんて言った……とは。」
「あんたが言っていた。『何をしても無駄だ』って言う言葉! 滅茶苦茶むかつきました……っ! 人が一生懸命勝とうとしているのに……、それを無下にするような言葉、滅茶苦茶むかつきます……っ!」
そんなアキを見て、ダイヤは思った。
――ああ、これがこの男のブチギレの理由か。俺の言葉に対してブチ切れて……、そして勝てると思っているのか。
そうダイヤは思った。
あのグゥドゥレィとは歴戦の差があり、もちろん実績も経験も差がありすぎる。何より秘器の性能が年老いた彼の体を補っており、彼の力を全盛期に保持していることは見抜けた。
だから今現在は全盛期。つまりは『盾』の中でも上位の強さを誇っている古参。
ダイヤはそれを見切り、アキを見抜いて確信したのだ。
勝てないと。
だからダイヤは本心でアキに向かって言ったのだが、アキはそれが気に食わなかった。と、ダイヤは見解している。
――まだ勝てると思い込んでいるんだな。幸せな脳味噌だ。
と思いながら、ダイヤは内心アキのことを夢見がちな人だな……。と見降ろながら見ていると、アキはダイヤに向かって、睨みつけながらこう言った。
「むかつきすぎて頭がおかしくなりそうです。『なんで無駄なんだ?』って聞いたところで、理由を聞いたところで絶対に無理一択だということは見てわかりました。だから――あんたのそのいかれた思考なんで定着したのか、それを教えていただけませんか? それ解決しないと多分怒りが収まらないと思うんで、理由がわからない分余計にイライラしますんで、なんでそうなってしまったのかを教えていただけませんか?」
「………なぜだ?」
ダイヤは怪訝そうな顔をしてアキに向かって聞き返す。
正直なところ、こんなことをしている暇はない。且つグゥドゥレィがいつ襲ってくるのかもわからない状況だ。そんな状況でのんびりと話すことは命取りに近いようなものだ。
元々負けるつもりではあった。しかし何もしないで終わらせたくない。そのような意地はダイヤにだってある。ゆえにこの場所でのんびりとした会話は、何とか避けたいとダイヤも抱いていた。
しかし――当の心配の種でもあるグゥドゥレィは、未だに秘器の急ごしらえの調整をしている。
先ほどのアキの叫びは近くで聞いていたが、一瞥しただけですぐに秘器に目を向けて調節に取り掛かり、まるでなかったかのように没頭するグゥドゥレィ。
正直な話――ダイヤが抱いていたそれは杞憂であり、全く心配をすることはなかったのだ。
そんなダイヤのことを見て、ダイヤの言葉を聞いたアキは、すっと目を細め、ダイヤのその怪訝そうな顔が気に食わないという顔をしながら彼は、ダイヤに向かって溜息を吐きながら、こう言う。
内心。この人と話していると滅茶苦茶イライラする。俺とこの人きっと釣り合わないな。と思いながら……。
「正直あんたが何でそうなったのかはわからない。でも……、さっきの話を聞いたことを簡潔にすると……、あんたは自分の所為で大切な人が死んでしまったって思っているんだろう?」
「………そうだ。」
「自分の所為で死んだ。自分が殺したようなものだとか思って、自分が心の底から信じてしまった人が死ぬのは自分の所為って思っているのか?」
「………当たり前だ。いろんな輩からそう言われてきたんだ。『俺に関わらないほうがいい。あいつは悪魔だから、呪われる』と――そう言われたが、あの人は笑いながら呪えばいいと言っていた。だが……それが本当になるとは思わなかった……。」
「それが呪いなのかは分からないだろうが。だから俺がやっても無駄だから、勝てるということを信じないで負け戦でもしろって言いたいのか? 負けろって言いたいのか?」
「そうとは言っていないだろう。」
「言ってるよね? 完璧に言っていますよね? 『何をしても無駄』はこの場所ではそういう風にとらえられるんですけど? なんで勝てるって信じられないのかが意味不明」
「言ったはずだ。お前と俺は絶対的弱者で、それは俺が見たからもう証明されている。自慢じゃないがこの目で見てきたからこそ、使用人の中に暗殺者がいることだっていち早くわかったんだ。」
「んな情報入らないし、聞きたくもなかった! てかあんたの家って本当に狙われること多々あるんだなっ! と言うかそんなことが日常茶飯事で、その人も狙われることは分かっていたのなら、殺される覚悟だってしていたんじゃないの? だからあんたの目を信じて雇ったんだから」
「だが――俺はそれを裏切ったんだ。」
ダイヤは己の掌を見つめ、苦しそうに眼を僅かに細めながら、彼は言った。
「信じてくれた。それはとても嬉しいことだ。だがその信用を仇で返すように、俺はあの人のことを見殺しにしてしまった。こんな便利な目があったのに、まるで機能しなかったんだ。あの時……、ドクトレィルのことを見たとき、何も見えなかった。今まで見えていたそれが見えなかった。敵意も殺意も悪意も何にも感じられなかった。だから大丈夫だと思っていた。結果……、俺は驕ってしまい、信じていたその人のことを殺してしまった。」
「………さっきから聞いてて少し疑問だったんですけど……。その見切りって、一体どんなものなんですか? 『目』、『目』言って、結局その本質がわからないから、一体どんなものなのかがわからないんですけど……」
ダイヤの言葉を大体聞いていたアキは、唐突に疑念をダイヤにぶつけた。
それを聞いたダイヤは驚いた目をしてアキのことを見ると、ダイヤは顎に手を当てながら考える仕草をして……、小さな声で「分からなかったのか……。」と、アキの頭に血管が浮き出るようなことを言う。
――やっぱつりあわねーっ! 絶対に馬が合わないタイプだわコレッ! と、怒りの心の声をダイヤに向けて放とうとした。
が……。秋はそれを喉まで出かかったが、それを一旦胃の中に戻して、飲み込む。
ごくんっと。言葉と一緒に空気を飲み込んで。
アキは怒りを露にせず、心の中でこう思った。なだめるように深呼吸をしながらこう思ったのだ。
落ち着け……。落ち着くんだ秋政……。
ここは冷静に聞くことを最優先にしよう。
単独はきっと……、無理だ。
癪に障るけど、この人の言う通り、今の俺一人であのジジィを倒すことは不可能。
つまりは協力が不可欠。
きっとこれからの戦いのカギになると思う。
今は落ち着け……、秋政ぁ。
自分の心を諫めるように、アキは心に溜めていた怒りを一旦しまい込み、冷静を保ちながらダイヤの話に耳を傾けることにする。ダイヤはそんなアキのことを見ながら左手で目元を指さしながら――彼はこう言った。
「まぁ……、あまり話したくないが……。俺は昔から人がどんな風な人なのかがなんとなく察していた。この人はいまこうなんだ。この人はこうだから関わらないほうがいいだろう。この人はいい人だ。そんな風に見て生きてきた。それだけのことだ。」
「それって……」
アキは言葉を零しながら、脳裏に浮かんだ己の妹のことを思い出す。
ダイヤが言っていることはなんとなくだが、ハンナの『もしゃもしゃ』と類似しているところがある。その『もしゃもしゃ』は、人の感情、心の感情を視認した形と言っても過言ではないと、アキやみんなは認識している。
それを聞いたアキは、ダイヤのことを見ながら内心こう推測をした。
――それって、ハンナの感情感知のようなものなのか? でもこの人の目は人の内情――つまりは本性を見抜くような目だ。ハンナの感情感知とは違う……と思いたい。
――ハンナ曰く――その人の心の感情が見えるとか、何とかだから、あまり関係ないのかもしれないけど、似すぎている……。
――その感情感知がこの人は現実の時から見えていたっていことか? いいやそんなことありえない。現実世界のハンナはそんな風な目を見っていなかったし、心を読むようなことも言っていなかった。
――でも似すぎている。本当にしつこいけど似すぎている。あまりにも似すぎていて気持ち悪いけど……、今この人が嘘をつくような状況でないことは確か。つまりは本当のことを言っている。
――なんで類似しているのかはわからない。でも、これがもし、現実とは違う視点で見ているのならば……、ハンナのように感じ取れるようなそれだったら……、もしかしたら……、行けるかもしれない。
――………なんか俺が弱いことも正式に公認されることになっちゃうけど……、それでもこの人の目が本当ならば……、勝機はあるかもしれない。
そう思ったアキは、ダイヤのことを見ながら真剣な視線を向けて――こう言った。
「ってことは、あんたのその目って、人の本性とか見抜けるってことでいいですよね? 俺があんたに対して異常な嫌悪感を抱いていて、そして馬が合わないっていう心境も見てわかっているってことでいいですよね? よくある人の目を見て嘘を見破る的な!」
「そうだな……。と言うかそれを声にして言うこと自体おかしいと俺は思うが……、何でそれを今聞く?」
ダイヤはアキの言葉を聞いて、頬に冷や汗を流しながら呆れた音色で言う。若干引いた顔をしながら……。
それを聞いたアキは続けてこんな質問をした。
「それじゃ……、あんたの種族は天族でメディック。これは本当でいいんですよね?」と聞くと、それを聞いたダイヤは呆れた顔をして「嘘をついて得するようなことはない。」とはっきりとした音色で言った。
アキはその言葉を聞き、内心――良し。と思い、心の中でガッツポーズをしながら彼はダイヤに向かって畳み掛けるようにこう言った。
畳み掛けるように――アキは、提案をしたのだ。
これなら勝てるかもしれない。これならあの老いぼれに勝てる。その確信を胸に秘めながら……。
「なら――あんたの目、俺に預けてほしい。俺の目になって周りを見てほしい」
◆ ◆
「…………………何を言っているんだ?」
ダイヤはアキの言葉に驚きと疑念を抱くような音色で顔を顰めながら言うと、それを聞いていたアキはダイヤのことを見て、嘘ではない顔を見せながら彼は続けてこう言った。
「だから、あんたの目を俺に預けてほしいって言っているんです。あんたの目があれば、相手に勝てるかもしれないって思って、それで提案したんです」
「…………………………提案?」
ダイヤの言葉に、アキは頷く。そして頷いた後で、アキはダイヤに向かって「いいですか?」と言い――
「まず――俺は動くけど、あなたは動かない。メディックならば『盾』スキルを使って俺の防御を担って、その目を使って相手の動きを見てほしいんです。今のあなたならできることだと俺は思います。だから協力してください。それが俺が提示する提案です」
協力。その言葉を聞いた瞬間、ダイヤはすっと目を細めて、そしてアキのことを見ながら彼は冷たく、そして重い雰囲気が取れるような音色で口を開いた。
「協力? それはできない。と言うかそんなことをしても無駄だと思うぞ。なにせ相手はきっと――この帝国で強い分類に入る存在。そして俺たちははっきりと言って弱い。」
「む」
ダイヤの言葉を聞いたアキは、先ほどと同様に怒りを急上昇させるが、一文字声を漏らして、じっと耐えるように顔をしかめる。それを見たダイヤはグゥドゥレィがいるであろうその向こうを見ながら、彼は言った。
「あの男は強い。俺達二人で協力したところで勝てないことも分かっている。俺がサポートに回りお前が攻撃に回るというそれかもしれないが、それでも勝てない。と俺は思っている。」
「……………………………」
「俺は確かに、『回復』スキルは『大治癒』しか使えないが、『盾』スキルはオーバースキルまで使える。でもそれでも勝てない。相手の火力がデカすぎる。」
「…………簡単に言うと、俺達では火力が不足しているから勝てない。ダメージを与えることができないから無理。と言いたい。ってことでいいんですよね?」
「…………………そうなるな。」
頷くダイヤを見て、アキはそっと後ろのほうを向きながら顔をわずかに不安に歪ませる。
グゥドゥレィの力云々の問題も然りだが、自分たちの火力のなさに驚き、そしてこの提案は破棄されてしまうのではないかと言う不安に、一瞬狩られてしまった。
確かに――アキは火力が小さい所属『スナイパー』。
そしてダイヤは最も火力が小さいという話では済まされない。攻撃系のスキルが全くない『メディック』
他のみんなのように、アキ達は大火力の力を持っていない。詠唱は持っているが、これは万が一の時のために取っておきたい。奥の手は使わない方針で勝ちたい。
そう思っていたアキだった。しかしそれを使わないとなるとかなりきつい。これが本音。
銃だけでは勝てないこともある。コーフィンの様に銃の多数持っていれば別の話かもしれないが、それもない。
更に言うと、アキにはキョウヤのような、シェーラのような、虎次郎のような力や技量、そしてセンスを持ち合わせていない。
ここにキョウヤかシェーラ、虎次郎がいたら戦況が変わっていたかもしれないが、今はそんなことは過ぎたこと。
この状況の中で勝たないといけない。
そうアキは思っていた。内心この組み合わせにした帝国 (Dr)のことを恨んでいたが……。
アキはダイヤのことを聞いて、顎に手を添えながら考える仕草をする。仕草をしてダイヤのことをちらりと一瞥して
――確かにあのジジィは強い。現に歯が立たなかったことも事実。うねうね動いて狙えなかったし、それに今の状態で立ち向かっても無理だ。
――だから、だからこそ……、協力が必要なんだ。
仕草を少ししてから顎に添えていたその手を頭に乗せて、抱えるように持つと、アキは意を決する。
このままで負けるなんてことをしたくない。
その想いを胸に、アキはダイヤのことを真剣な目で捉えながら言った。
「確かに無理かもしれませんね。でも単体同士ではと言う話しで、協力をすれば、負け戦ではなく勝ち戦になると俺は思います。その方が――お嬢様も納得してくれるんじゃないですか? 負け前提で戦ったんじゃなくて、勝つために必死に足掻いて負けた。こっちのほうが俺はいい響きに聞こえます。負け戦で負けただと……、かえって怒ると俺は思いますよ?」
「!」
アキの言葉――特に『お嬢様』の言葉を聞いた瞬間、ダイヤは言葉を詰まらせてアキのことを見降ろす。
それを見たアキは内心良しと思い、このまま畳み掛けるようにして、アキはダイヤに向かって言った。
若干――相手の弱みに付け入れているようなことではあるが、今ダイヤの協力を仰ぐにはこれしかない。そう思ったアキだからこそ、時間がないからこそ、これにかけるしか方法はなかった。
アキはダイヤに向かって言う。真剣な目で見つめながら、彼は言った。
「このまま己の目を信じることはいいことだと思います。俺も自分の腕を信じたいっていう気持ちは大きいし、その気持ちはわかります。でも、自分が信じてしまったから相手が不幸になった見殺しにしてしまった。だから信じないっていうのは、おかしい」
「っ!? 何を言って……っ!」
「おかしいからこそおかしい。だからおかしいと言った。自分の意思が相手を殺すっていうこと自体がおかしい。それはあんただって人間だ。目だって正常じゃない時だってある。疲れて目がかすむ時だってある。人間は万能なんかじゃない。あのジジィだって老いに勝てずに機械に頼って今の地位を築いているんです。人間は誰しも万能で、機械じゃないんです。そんな万能じゃない時にあんなことが起きた。きっとルビィって人もみんな理解していると思います。結局あんたは自分のことを責めすぎているだけなんです」
無言になるダイヤ。そんなダイヤのことを見ていたアキは、ずんっと一歩前に歩みを進めて、ダイヤの心臓に位置に指を突き付けながら、彼ははっきりとした音色で、自分で思ったことをダイヤに向けて言った。
まるで――手を伸ばすように……。伸ばしていないが、それでもアキはダイヤに向かって言った。
「だから信じないという思考を今はやめてほしい。俺に協力して、信じてください。勝てる方法はいくらでもあります。可能性だっていくらでもあります。それでももしできないのならば、俺の提案に乗ってください。乗るだけでいいんで協力してください。それだけ、言いたかっただけです」
アキはダイヤに対して思っていたことを、すべてぶちまけた。
ダイヤが抱いている目のことも、そして信じたくないという心境もすべて、アキは思ったことを吐き出すと、それを聞いていたダイヤは、無言になり、そのまま少し俯いて口を閉じてしまう。
ただ反論できないということではない。ダイヤ自身も何かを考えているのだろう。そうアキは思った。だからこそ、アキはダイヤの言葉をじっと待つことを決める。口を閉じて、じっとダイヤのことを見ながら……。
アキの言う通り、人間は万能ではない。
体も傷つく。
心も傷つく。
特に心の傷はひどければひどいほど治りにくい傷となってしまう。
レンが残してしまったレパーダに対しての恐怖。ティックディックがカイルに対して抱いた憎しみ。ロフィーゼがティックに抱き続けている悲しみ。アクロマがDrに抱いている復讐心。そして――
ハンナが抱いている、自分でも気づいていない過去の何か。
それは心の傷が大きくなってしまった結果。あることがきっかけになり、それが歪み、肥大した結果――治りにくい傷となってしまった。ダイヤもその一人で、彼もその傷が歪んでしまった結果、こうなっただけなのだ。
信じてしまったら誰かが不幸になる。誰かが死んでしまう。もう見たくない。もうあんな思いはしたくない。
彼が思ったそれとは違うが、本心はそうなのかもしれない。だが言えることがある。ダイヤはその一心で、信じることをやめた。
心は純粋に――信じてほしいと叫んでいることに気付かず……、彼はずっと、己のことを傷つけて生きてきた。
心は繊細なもの。たった些細なことで罅が入る。
だからアキは、その傷を修復するように――『信じろ』と言葉をかけた。
小さかった自分に手を伸ばしてくれたあの人達のように、アキも不器用ながら手を伸ばして――言ったのだ。信じろと言って、ダイヤを不器用ながら一歩進ませようとした。
あれはお前の所為じゃない。お前が信じたせいじゃない。お前は悪くない。そう言い聞かせるように思ったことを口にしながら、アキはダイヤに向かって言った。
ダイヤは黙っている。アキはダイヤの返答をじっと待っていた。
言葉を遮ることをせずに、アキはダイヤの言葉をじっと待つ。その言葉が来るのをただただじっと待っていた。
薄暗い空間の中、その中でアキたちは無言のまま数分の時間を、体の時間が止まったかのように固まりながら過ごす。本当に数分だったのだが、アキはその静寂がまるで数十分かかったかのような感覚に陥り、結構な時間を過ごしたかのような雰囲気を味わった。
そのくらい――ダイヤは無言だった。考え込んでいた。
――どんだけ考えてんだ。どんだけ渋ってんだ……っ! 長いよこの空気! 早く返事しろ!
アキは長い沈黙 (実際はそんなに経っていない)に耐えきれなくなり、ぶるぶると体を震わせながら口を開こうとした瞬間、ダイヤは考えることをやめ、アキのことを見ながら一言――冷静な音色でこう告げたのだ。
「――わかった。乗るだけならば……、その提案、受けよう。」
「!」
ダイヤの言葉を聞いた瞬間、アキは目を見開き――次第にぎこちない笑みを浮かべてほっと安堵の息を吐く。小さく小さく安堵のそれを吐くと、アキはダイヤに向かって――
「ほ、本当ですかっ! 協力してくれるんですね!」と、少し興奮が冷め止まないような張り上げるような音色で問い詰めると、ダイヤはアキと己の間に差し入れるように、己の前に両手を突き出して――ドウドウと静止する動作をしながら……。
「待て。協力と言っても一時的なそれだ。それに本当に勝てるのかもわからないんだ。だから心の底から信じることはできない。だから今は――一時的な協力だ。」と言った。
はっきりとした音色で言った。
その言葉を聞いていたアキは、一瞬目を点にして心の中で首を傾げていたが、すぐに現実に戻りダイヤのことを見ながら「一時的って、今も一時的な共闘じゃないですか……」と、怪訝そうに言うと、それを聞いていたダイヤは冷静な面持ちを崩さずに「それはそれ。これはこれだ。」と一蹴する。
「まぁ……。いいですけど」
その言葉を聞いていたアキは内心納得がいかなかったが、しかし協力してくれると言ってくれたことに関して感謝をしつつ、アキは頭を掻きながら一歩後ろに下がり、ダイヤのことを見ながら言う。
それを聞いていたダイヤも頷いて、アキの背後に見える光を見ながら彼はアキに聞いた。
「それで? あの老人を倒す方法はもう打算しているのか?」
「あ、まぁ……、一応考えましたけど……、俺は攻撃。あなたはサポート。これで相手を何とか翻弄しつつ隙を狙って秘器を壊す。もちろん――俺が持っている詠唱を使って」
「詠唱……か。なるほど。それがあれば秘器を壊すほどの火力はあると思いたい。だがお前たちのチームはガーディアンの浄化に向かう。そうなれば戦闘は不可避だ。そうなったらガーディアンの時の対処がないが……?」
「その辺は考えましたけど、結局これしか方法がないと思いました。それに俺の仲間はいくつか詠唱を持っていますし、きっとその二人が何とかしてくれると思いますから、使わなかったら損ですし」
「………………………………………。ちなみに、その二人はいくつ詠唱を持っているんだ?」
「二人とも二つです。通常と特殊一つずつ」
アキの話を聞いて、ダイヤは再度顎に手を添えながら考える仕草をする。
今度は「う………ん。」と唸るような声を出して。それを聞いたアキは首を傾げてどうしたんだと思ったが、その疑念をぶつける前に、ダイヤはアキに事を見て――冷静ね音色で一言……。
衝撃的なことを告げたのだ。
「ならば――それは温存しておけ。」
「え?」
アキは呆けた声を出す。いったい何を言い出すのだろう。また駄々をこねるのかと思ったアキは、顰めた顔をしてダイヤに詰め寄ろうとした時、ダイヤはアキのことを見ながら続けてこう告げる。
「待て。そう怒り任せになるな。それがなくても勝てる算段はあると言いたいんだ。本当ならDrのところで使いたかったが、今は予想外で勝つ算段で協力している。そしてのこの状況を一秒でも早く打破したいのならば、奥の手を二つを使わない手はない。そう俺は思っている。」
「奥の手……? 二つ?」
アキは首を傾げる。頭に疑問符を浮かべながら言うと、それを聞いたダイヤは頷きつつ「そうだ。」と、肯定する。はっきりとした肯定であった。
「その奥の手と言うのは……、一体……」
「………順を追って説明をする。方法はお前のやり方で充分だ。それに俺が加えた作戦を取り入れてやれば……、うまくいく。だから耳を貸せ。」
「………………」
「おい。嫌な顔をするな。ただ小声で話したいだけだ。早く耳を貸せ。」
アキは渋々と言った形で顔を嫌そうに顰めながら耳をダイヤに近付け、詳細を聞く。ダイヤもこそこそと言った形で自分が持っている奥の手二つをアキに告げて………。
◆ ◆
「っほっほっほっほ。長い作戦会議じゃな」
グゥドゥレィはアキ達が逃げて行った方向を見ながらくつくつと喉を鳴らし、『カキキッ』と、秘器の手を関節を鳴らすように動かしていた。
今の今までグゥドゥレィは秘器の調整をしつつ相手が出るのをじっと待っていたが……、とうとうすべての秘器の調整が終わり、仁王立ちになりながら相手が出るのをじっと待つ方針に切り替えたところだ。
じっと待つ。そのようなことをしなくても突入して倒せば、帝国にとってすれば『よくやった』と言う話しであろう。しかしグゥドゥレィはそんなことをしない。
なぜ? 理由は簡単。それは己の我儘に忠実になっただけ。
――まぁ、じっくりと待てばいずれ出てくれるであろう。グゥドゥレィは思った。ぐにっと不気味に笑みを浮かべ、彼らが出てくれることを望みながら待っていた。
アキとダイヤが出るまで、自分が開発した秘器の実験台が出てくれるまで彼はじっとその場から離れずに、黙って出てくるのを待っていた。
――出てこなければ残っている輩のところに向かって行けばよしじゃが、今目の前に最高の実験台が折るんじゃ。少し待てば出てくるじゃろう。あと数十分待ってやろう。そうすれば彼奴等も出てくる。
――その出たところで儂はあの小僧共を使って秘器の性能を確かめてみるか。終わった後で再度調整をして、そしてまたそれを繰り返して……、更にそして調整して……、そして、そして……。
「っほ、っほ、っほっほっほっほっほっほっほ……。っほっほっほっほっほっほっほっほっほっほ……」
グゥドゥレィは不気味に笑みを零しながら、肩を震わせて笑みを押さえる。抑えきれない笑みを零しながら、グゥドゥレィは思った。
どんどん実験台を踏み台にして性能を上げていく己の秘器の成長を想像しながら、彼は思ったのだ。
――おぉ、これはこれはいい日じゃ……っ! たくさんの実験台を使って儂が作った秘器がどんどん成長していく! まさに願ってもない良き日! この日を逃すわけにはいかんのぉ!
――これが終わったら、次はどこに行こうか? どこに行って秘器を成長させようか……?
「っほっほっほっほっほっほっほっほっほっほ」
グゥドゥレィは微笑む。微笑みながら『カキキッ』、『カキキッ』と秘器の指を動かし、くつくつと笑みを零す。
くつくつと、げらげらと……、グゥドゥレィはいびつに歪む笑みを浮かべてその嬉しさを噛みしめる。
このような提案をしたDrと、そして珍しく帝王に対して感謝をしながら……。
すると――
――ぱぁんっっ!
「!」
突然の発砲音。
それを聞いたグゥドゥレィは笑みを浮かべていたそれを止め、笑みを固めたその顔で彼は秘器の爪を使って、目の前に迫ってきた小さなそれを――すぱんっ! と引っ掻いて切り刻んだ。
奏でられた音と同時にグゥドゥレィの目の前に迫っていたそれ――弾丸はグゥドゥレィの前で六つの破片と化し、そのまま地面に転がる。
カラカラと落ちて行くその弾丸を見ながらグゥドゥレィは目の前を見つめる。
不気味さが残っているその笑みで、興奮した面持ちを浮かべながら彼は見つめたのだ。
目の前で拳銃二丁構えて鋭い目つきで睨みつけているアキのことを見ながらグゥドゥレィは内心――ようやく来たか。と思い、不気味な笑みを残しながらこう言った。
体中の秘器を稼働させ、アキにそれを向けながら彼は言ったのだ。
「ようやく籠から出てきたのじゃな。子鼠小僧」
その言葉を聞いたアキは、鋭く、緊張は走るその顔を向けながら、無言の状態で二丁の拳銃の引き金に指をそっと差し入れた。
――どうか、うまく成功してくれよ。
そう願いながら……。




