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PLAY07 月夜の約束④

 鉱石族(ドワーフ)の人に頼んで、岩の壁の通路に人がいることを伝える。


 内装は厚い岩壁だけど中は空洞になっていて、梯子や鉄の足場がそこかしこに設置されていた。


 私は上を見上げる。


 すると一つだけ穴が開いているところがあった。


 そこを見ながら足場にも気を付けて、ゆっくりと、着々と上に向かって進む。少し足を崩しかけたけど、それでも私は上に向かって進んだ。


 少しして、やっと岩壁の上に辿り着いた私。そこは風がさぁっと私を撫でて、夜空の満月が大きく見えた。


 飲み込みそうな……、そんな大きな満月。


 遠くから見たらあんなに綺麗なのに、近くなるとすごく威圧があって、怖い。


 私はゆっくりとその足場を進む。すると少し歩いたところに……。


「あ」


 いたのだ。


 大きな月を見て、座って片足を上げながらそれをじっと見ていた。


 声をかけようと思ったけど、なんだろう。画になるそれを見て、声をかけることを躊躇った。


 するとヘルナイトさんは私の気配を感じたのか、こっちを見て「どうした?」と聞いてきた。


 私は少し驚きながら、平静という名の控えめの微笑みを浮かべて……。


「あの、ちょっと気になってしまって、来ました」

「……足場が悪いところだったのにか?」

「大丈夫です。バランスとか、意外と運動神経はいいんで」

「……そうか」


 そんな話をしながら私はヘルナイトさんの隣に座る。ヘルナイトさんは話を終えると、また月を見た。そんな横顔を見て、私はただ、それを見ているだけだった。


「……聞いてばかりで、申し訳ないな」

「へっ!? あ、はい……っ」


 突然聞かれて、私はぼーっとしていた意識をすぐに引き締めて、ヘルナイトさんの話を聞く。ヘルナイトさんは言った。


「今回の浄化だが……、お前は、怖いと思わなかったのか?」


 その言葉に私は少し考える。


 そう言われてみると、最初の時に感じた怖いという感情は、あの時サラマンダーさんに食べられそうになった時だけ。あとはそんなこと……、なかった。


「……あのサラマンダーさんに、食べられそうになった時だけです……。あとは、怖くなかったんです」

「みんながいた。からか?」

「それもあります……。でも、食べられそうになった時、助けてくれたとき……。自然と、怖い感情がなくなったんです」

「…………誰かが、お前の近くにいたからか?」

「ううん」

「?」


 ヘルナイトさんは疑問に思ったのか、私を見る。私は大きな月を見て、言った。さっきまで怖いと思っていた月が、今では綺麗に見える。


 だから、はっきりと言えた。


「ヘルナイトさんが、助けてくれたから」


 その言葉はきっと恥ずかしいものだったかもしれない。でも、今の私は、それを言いたくて、そんな恥ずかしいとは思わず、感謝としての言葉で言ったのだ。


 ヘルナイトさんはそのまま黙ってしまったけど……、ヘルナイトさんは、そっと私の頭に手を添える。


 そして、そのまま手を置いたまま、ヘルナイトさんは言った。


「……助けてくれたか……。っ!」

「?」


 ヘルナイトさんはぐっと頭に置いた手ではなく、反対の手で頭を押さえつけて苦しんだ。


「だ、大丈夫……ですか?」


 私は慌ててそれを聞く。するとヘルナイトさんは「はぁ」と息を吐いて、そして自分の頭から手を離して……、私を見降ろして――


「すまない。見苦しいところを見せた……」

「……、病気、ですか?」


 そう私は、頭に出た単語を言って、大丈夫なのかと思って、ヘルナイトさんの頭に手を伸ばす……。でも身長というか、座高の高さのせいで、もう少しというところで、届かなかった……。うぅ、あと少し身長が、座高が欲しい……っ。そう思った瞬間でもあった……。


 それを見ていたヘルナイトさんは少し黙ってしまい、そして意を決したかのように私に言った。


「病気と言っていたが、半分正解で、たぶん、半分不正解だ……」

「?」


 とてもじゃないけど、曖昧な言い回しだ。そう思った私だけど、ヘルナイトさんはその答えを言った。


「私は、いや、我ら『12鬼士』は昔――『終焉の瘴気』に戦いを挑んで、負けた。それは聞いたな?」

「はい……」


 それはきっと、エストゥガの門の前で話していたことだ。


 その話には、続きがある。そうヘルナイトさん言うと――



「そのせいなのか、私には()()()()()




 それを聞いた私は、頭に衝撃が走った。


 よくドキュメンタリーなどで聞く……、記憶喪失という事実を聞いて、私は震える口で、ヘルナイトさんに聞いた。でも――


「それは……」

「だが、私生活や戦闘に支障はない。記憶を失ったとしても、その時の思い出がなくなった。それでも、私は戦える。病気と言えるかもしれないが……」


 心配させまいとして、優しくいうヘルナイトさん。


 それでも、私には、ひどく心を痛めるような言葉だった。


 記憶はないけど、思い出がなくなっただけだから大丈夫?


 戦えるから大丈夫?


 ううん。違う。


 私は、首を横に振った。それを見て、ヘルナイトさんは言葉をやめて、急に黙ってしまった。


 私は、そのまま頭を上げて、ヘルナイトさんを見る……。そして……。


「大丈夫じゃ、ないです……」


 震える声で、言葉を零した。


 記憶を失う。それは、大切な記憶が消える。


 よくパソコンのデータが消えるというそんな生易しいものじゃない。


 それは、かけがえのない大切な繋がりの糸で、歴史で……。


 それは――消えてはならないものだから。


「それは、傷を治しても、治らないものだと思います……。それでも、戦う選択肢をする。苦しいとか、怖いとか、思ったことは、ないんですか……?」


 それを聞いてなのか、ヘルナイトさんは申し訳なさそうな音色で……。


「怖いと思ったことはない。きっとそれは、鬼士としての名残なのかもしれない。しかしそう思うのなら、優しいな。君は」


 それを聞いた私は苦しかったもしゃもしゃは和らいで、ヘルナイトさんの言葉を待つ。


「だが、それでも段々とだが、思い出してきているんだ」

「!」


 その言葉を聞いて、私は驚いてみると、ヘルナイトさんは言った。私の頭から手を離して……。そっと手を私に手を差し伸べるようにして……。


「ハンナ――君に出会ってからだ。少しずつ、記憶が戻ってきている。そして、サラマンダーの浄化を機に、私が仕え、命に代えても守ると誓った人を思い出したんだ」

「……それって」


 私はついさっきまでいた、宴の場所を見る。それを見たヘルナイトさんは頷いて……。


「ああ、サリアフィア様。そのお方のことを、思い出したんだ」


 断片的だがな。と付け加えて言う。


 天族で、女神のような人……。サリアフィア……。


 一体どんな人なんだろうか。そして、ヘルナイトさんが、命に代えても守りたい人……。


 なんだろう……、すごく、変なもしゃもしゃが……。


「ハンナ」

「! はい……っ!」


 また呼ばれて、私は返事をしてヘルナイトさんを見る。ヘルナイトさんは私をじっと見て、そして、凛とした声で言った。


「君は、この先も『八神』の浄化をするのだろう?」

「……はい」

「ならば、そのためには、私の存在が必要不可欠。そして、私も、君が必要不可欠だ」

「……、そう、ですね」

「提案……、いや。悪く言えば取引だな……」

「とり、ひき……?」


 その言葉に疑問符を浮かべると、ヘルナイトさんは「ああ」と頷き、そして――


「浄化のことで私達は共に行動していかなければいけない。だが極端なことだが、私は攻撃の魔法は使えても、回復の魔法が使えない。一切だ」

「……私とは、逆」

「そうだ。君は回復のスキルは使える。しかし攻撃系のそれは全く使えない。極端に逸脱した力を、それぞれが持っている。だから、私は君の矛となり、君は私の盾になって、共に戦ってほしいんだ」


 それは、提案でも交渉でも取引でもない。


 それは……、きっと誓いみたいなもの。共に戦うための、誓い……。


 また、私とヘルナイトさんを撫でる風が吹いた。


 冷たくて、心地いい風。


 それを感じた私は、差しのべられた手を、両の手で、優しく握る。黒い手袋で覆われた手は、武骨だけど、温かくて、優しい気持ちになる。その手を握って、私はヘルナイトさんを見て……、控えめに、微笑む。そして――


「……それは、誓いです。誓う代わりと言ってはなんですけど……、これだけは、約束してください」

「……契約か?」

「ふふ。固くいうとそうかもしれません」


 そう言ってヘルナイトさんの固い言い回しに微笑んでいると、差し伸べられた手を両の手で、優しく動かす。形を変える。握っている手だけど、小指だけを伸ばしているそれに代えて、私は反対の小指で、その指と絡める。


 絡め終えたそれを見て、私はほくそ笑みながら、またヘルナイトさんを見上げる。そして――


「これは、私達の世界で行っている『指切り』っていう、約束の儀式みたいなものなんです」

「……これがか?」

「はい」


 私は頷きながらそれを軽く上下に動かして……約束の言葉を言う。



「誓う代わりに、その力を、みんなのために使って、守ってください」



 痛いのは怖い。それは今だっていやだ。


 でも人が傷つくところを見るのは、もっといやだ。


 だから、これは私の我儘。


 私は傷を癒す。そして、あなたは――アキにぃやみんなを、守ってほしい。


「………善処する」

「ふふ」


 少し、ほんの少し複雑な声音を出していたけど、私はそれを聞いて、固い人だな。と思いながら、そっとその指の絡めをとって、その小指を見る。


 流れでやったけど……、これで、いいのかな……?


 そう思っていると、ヘルナイトさんは「成立。だな」と言って。私の頭に手を置く。


 私はそれを感じて……。



 あれ?



 この感じ……、どこかで見たことが……。


「ハンナ。これからよろしく頼む」


 そう言われた私は、はっと我に返って、こくんっと頷いて。


「は、はい……っ」と言った。


 それを見たヘルナイトさんは、その場からすっと立ち上がって、私が来た道の逆の方向に足を進めた。


「あ……」

「大丈夫だ。逃げたりはしない」と言って、すっと振り返るヘルナイトさん。ヘルナイトさんは凛とした声で、少し申し訳なさそうにしてこう言った。


「ここにいると、お前の兄や他の者達に、迷惑がかかるだろう?」

「あ、そんな……」

「心配しないでくれ。明日――すべて話す」


 私が全部を言う前に、その場から離れて行ってしまった。


 私は、右手を伸ばした。でも掴むことなんてできない。それでも……、そばにヘルナイトさんがいた。そして、なんだかふわふわするような時間を感じた……。


 私は今も大きくその存在を象徴している満月。


 それを見ながら、私は少しの間満月を見ていた……。


 さっきまでの流れ。それはまるで、満月を背景にした……、幻想的な場面に見えたのかもしれない。


 それは約束。


 月夜の……、約束……。



 座っていたのに、そのまま横になって、目を閉じる。


 思い出すことは、さっきのこと、頭に触れられた時に思い出された。あの夢の風景。


 目の前にいた人は……、何となくだけど、ヘルナイトさんに似ている。そんな気がした……。


 あ、宴に戻らないと……。でも、もう少しだけ……。


 そんなことを思いながら、私は大きな大きな満月を見て、さっきまでの流れを、記憶として納める。


 大切な、記憶として……。



 ◆     ◆



 そんな甘いような、切ないようなことが起こっていたまさにその時。宴は――



 地獄と化していた。



 一部だけ。



 すでに焚火は小さく燃えているだけで、周りには空の酒樽。ところどころで泥酔して寝ている鉱石族(ドワーフ)達。


 ダンゲルとダンに至っては、酒の一気飲み対決で両者とも引き分けとなってしまい、結局倒れるまで飲んでいた。


 ララティラとモナは、互いに寄り添って寝ている。すぅすぅと規則正しい寝息を立てて……。


 そして、ブラドとグレグルは……。


 仰向けになって、涙を流しながら倒れていた。まるでそれは、大切なものを奪われたかのようなそんな涙。酔いに酔っていた顔もすっかり元の顔。


 そして、今なお地獄を見ている人物が二人。


「ああああああっっっ! まずいって! まずいってこれ!」


 キョウヤは泣きながら言う。それを見たコウガは武器を構えながら威嚇するように苛立った声で叫ぶ。


「だあああくそぉっ! なんであのバカどもは酒なんて飲ませたんだっ!」

「仕方ねぇだろうが! こんな宴の場だよ? 羽目なんて外れるって!」

「外れるどころの話じゃねぇ……っ! ねじがぶっ飛んだじゃねえかっ!」


 互いに恐怖を紛らわそうとして言っているのか、目の前から『ずり。ずり』と近付いて来る何かに対し臨戦態勢という名の防御をし続ける。


 しかし……。


 だんっと駆け出す何か。


「ダアアアアアアキタアアアアアア!」

「やべぇやべぇ! マジで早ええええええっ!」

「待って待って! 話そう! 話せばわかるから! だから……、来ないで……っ!」



「「アキ来るなあああああああああああああああっっ!! って、いやあああああああああああああああああああああああああああっっっ!!」」



 そんな断末魔の叫びと共に何やら吸い付く音と、吸引を止めた時に出る『ちゅぽん』という音が満月の夜に響き渡った。


 なお……、エレンは一杯でノックアウトになってベッドで気持ち悪くなりながら寝ていた……。


 エレンは……下戸なのだ……。

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