PLAY72 BATORAVIA BATTLE LOYAL!Ⅺ(やっと)①
そして――時間を現代の、バトラヴィア帝国で行われている『バトラヴィア・バトルロワイヤル』に戻す。
「――はぁっ!」
ハクシュダは腕を大きく振り上げ、それを猫が爪の引っ掻きを繰り出すような動作をしながら右手を先にして、交互に振り下ろす。
振り下ろした瞬間、指の先に繋がっていたワイヤーは意思を突然持ったかのように『ぐにんっ!』と歪み、その歪みを保った状態で白は徐に両手を広げる。
ぐわりと広げると同時に――白の指に括り付けられていたワイヤーが湾曲のまま縦横無尽に蠢く。
蠢いて――そのままワイヤーは白の命令通りに、動く。
ザシュシュシュシュシュシュッッ!
と、周りに斬撃音が鳴り響くと同時に、辺りに建てられていた貯蓄庫一帯に真っ直ぐな直線の切り傷が浮かび上がり、そのまま大きな破壊音を立てて崩落していく。
ガラガラと崩れる貯蓄庫。辺りに湧き上がる倒壊の土煙。
その最中、倒壊された貯蓄庫の屋根にいたバトラヴィアの兵士達はハクシュダの手によって助けられ、彼方に飛ばされてしまっていた。
ゆえにこの場所に残っているのはレパーダ、ハクシュダ、レン、そしてキョウヤだけである。
その光景を目に焼き付け、レパーダは言葉を失いながら、土煙が立ち込めるその光景を凝視して……、思った。
――こんなの、異常だ……っ! やはりハクシュダは手中に置いて正解だった……っ! 敵に回せば、『バロックワーズ』の……、いいや! どんな輩からも脅威として認識されるっ!
――たかがワイヤー……。だがハクシュダが使っているワイヤーは特注。フィクションで見られるような攻撃ができる特注製だ。しかも固いがゆえに切ることは不可能。
――そして……! あの男はまだ……、本気を出していない……っ!
「――っ!」
と思った瞬間、レパーダははっと息を呑みながら、立ち込める土煙の僅かな揺らぎを視認した。
じっと、レパーダはその先にいるであろうハクシュダを目で捉え、傍らに落ちていた鉄の棒を手に取り、それを竹刀を手に取った構えをとり、迫り来るであろうすべての攻撃を防ごうとする。
レパーダはギッと、土煙の向こうにいるであろうハクシュダがいる場所を見つめる。
ガラガラと崩れ落ちる音が鼓膜を揺らし、その倒壊のせいで新しい土煙が辺りを包み込む。その新しい土煙が、レパーダの視界を塞いでいき、並列して焦りを膨張させていく。
ギンロとメウラヴダーが相対した時よりは小さいが、それでも視界を妨げるのにはうってつけの体積であった。
隠れるのにも、相手を翻弄するのにも、そして……。
倒そうと躍起になり、恐れている相手にとってすれば、十分すぎるくらいの待ち時間だったのだ。
「っは。ふぅ……。っ!」
未だに土煙の中から来ないハクシュダ。そんなハクシュダを待ちながら、レパーダは鉄の棒をしっかりと手で持って構えを崩さない。
このまま土煙の中に入ってハクシュダを探し、先制攻撃をすれば手っ取り早いのだが……、それはレパーダにとって迂闊な行為であり、命とりの行為でもあるのだ。
迂闊に土煙の中に入り、煙に乗じて隠れているハクシュダに背後をとられでもしたら……。もしくは光速に近いワイヤーの攻撃の餌食になってしまえば……。ひとたまりもない。
そんな最悪の墓穴は掘りたくない。そう思ったレパーダは、じっとハクシュダの攻撃が来るのを待った。
勿論――シュミュレーションもできている。完璧なシュミュレーションが。
まず……、ハクシュダのワイヤーの攻撃を鉄の棒で受け、その一瞬の隙を狙ってレパーダは土煙の中に入り、そのワイヤーの出元となるハクシュダがいる場所まで駆け出し、そのまま手に持っている拳銃で、ハクシュダの脳天を――
――よし。これでいい。
と、脳内シュミュレーションを終えたレパーダは、頷くと同時に顎を引き、握っている鉄の棒をぐっと握りしめながら確定する。
幸い――彼は東大寺家の元執事頭。当主修行の指導も彼がしてたが故、一通りかじった程度ではあるが作法は受けている。
護身術もその一部で、剣術もその一つである。本気で倒す術を持たなくてもいいのだ。ただ隙を作るだけのそれさえあれば、あとはスキルを酷使して倒せばいい。そう思ったレパーダは、心の奥底でほくそ笑みながら――思った。
これならば勝てる。これならばハクシュダでも一瞬の隙ができるだろう。そうレパーダは思ったのだ。淡い希望と言われてもいい。しかし今は一瞬の隙こそがレパーダのことを診方してくれる強い味方なのだ。
土煙の所為でよくは見えない。しかしハクシュダの攻撃方法はよく見ている。良く知っている。ほかの『バロックワーズ』の誰よりも良く熟知している。そうレパーダは自覚している。
確かに、ハクシュダのワイヤーの攻撃は近距離遠距離どれにも使える代物。しかし所詮はワイヤー。良ければ怖いことなんてない。
そう思いながら、レパーダはどっしりと、じっと構えながら、その時を待つ。その時が来るのを、レパーダは先行攻撃などせずに、じっと構えて待っていた。
パラパラと崩れ落ちていく建物の残骸。少しずつ、本当に少しずつ地面と一体化して消えていく土煙。その光景をじっと見つめ、ハクシュダの攻撃が来るという前提で、肩幅まで開けてその時が来るのを待つ。
じっと待っている間、彼は生唾で喉を潤しつつ……、こう思う。
――どうした? 早く来い。怖気ついた? と言うわけではない。きっと伺っているに違いない。
――だが、それでも私は動かないぞ。動けば奴の思惑通り。今は耐えろ。耐えるんだ豹田よ。私は奈那子さまに仕える者。
――あなた様の悲願を成就させるために、私は麗奈お嬢様を必ずや当主にして差し上げます! あなた様以上の存在に! 東大寺家をより大きな勢力として、築き上げていきます……!
――そのためにも……、今は弊害となっているこの男と蜥蜴の男の抹殺を! 今!
レパーダは脳裏に刻まれる己の主のことを思い浮かべ、厳しくも頼もしい横顔を心に刻み、それをお守りとしながら、彼は目の色を更に鋭くさせて鉄の棒を握りしめる力を強める。
ブワリと彼から出てくる威圧が、彼の心を安定へと導き、異様な落ち着きを付着させていく。
だが……、その落ち着きの強度は一枚の画用紙程度。つまりは弱い。弱いが故――レパーダははっと息を呑んだ。
ゆらりと――土煙の中で揺れる何か。それも二つ。二つの何かが揺れ、それを視認したレパーダは、すぐに構えながらシュミュレーション通りに動こうとした。瞬間――
――スパンシュパンッッ!
「――っ! 痛っ! っ!?」
突如としてきた切り刻む音。
そしてレパーダの右手に来る僅かな激痛。
それを感じて聞いたレパーダは、驚いた表情と痛覚を感じた顔を合わせて表に出し、その音の出所を目の端で確認すると……、彼は、言葉を失いながらそれを見た。
レパーダが持っていた鉄の棒は細切れにされて地面に『カラカラッ』と、金属特有の音を出しながら転がり、右手を見ると、人差し指の付け根のところから微量の血が流れ出ていた。
その血がレパーダの手を汚し、鉄の棒を赤黒く染めていき、地面に一滴、一滴と、滴り落ちていく。
「な! ………んだ、とぉっ!?」
レパーダは愕然とした顔を浮き彫りにし、激痛をかき消すように叫びを上げた。
上げて、彼は一体なぜこうなってしまったのかと思案をしようとした。厳密には――思案をする前に、レパーダの視界が突然揺らいでしまったせいで、それをする前に遮断されてしまった。
全速力で駆け出し、レパーダの一瞬をついて懐に潜り込んで……、そのままワイヤーで固められた鉄製のグローブを作ったハクシュダは――握り拳に力を入れると同時に、即座にそれを繰り出す。
「――はぁ!」
「っ!? あ」
ハクシュダの声を聞いたレパーダは、すぐに動こうと体を動かすが、驚きがその動きを阻害し、よろめくようなそ動きにしてしまう。その引きずる驚きが、レパーダに大きな打撃を与えて、ハクシュダに対して大きな隙を与えてしまうことになった。
簡潔に言うと――
ハクシュダは――レパーダの顎に向けて拳を繰り出した。
――がごんっ! と言う鈍い音と共にハクシュダはレパーダの顎に向けて、拳を打ち付けたのだ。いわゆる――アッパーカットである。
「おぎゅうっっっ!?」
レパーダは声を上げて、打ち付けられてしまった下顎を手で押さえつつ、口から零れだす鮮血を押さえながら、よろりとバランスを崩す。
それを見たハクシュダは考えるよりも先に次の行動を行う。
右手の握り拳に巻き付いていたそのワイヤーを一旦『ひゅるん!』とほどき、それと同時にハクシュダは――仮面越しで口を開けると……、唱える。
「属性剣技魔法――『轟雷硬線』ッ!」
その唱えた声に呼応するように、『ひゅるりひゅるり』と空中を舞っていたワイヤーから……、『バリリリッ!』と言う感電音が迸った。
両手の十指に嵌められている機具を介しているかのように、その電音はワイヤーを介して纏って行く。ばりばりと言う音がハクシュダ、レパーダの耳を震わせ、ハクシュダはそんなレパーダのことを見て、すぐに姿勢を低くして――駆け出す。
だっ! と駆け出して、急速な勢いでレパーダに向かって急接近していく――!
「っ! あ、く、くそ……っ!」
レパーダは驚きで体を強張らせ、シュミュレーションなど無意味と判断すると同時に、彼は最後の一撃用として忍ばせていた小型の拳銃を懐から出して――それをハクシュダに向ける。
じゃきり! と言う音と同時に、レパーダはその拳銃の引き金に指をさし入れる。が……。
「ぐ……っ! うぅっっ!? な、なぜ……っ! お前、なぜ……っ! おいっっ!」
レパーダは更なる驚愕で顔を染め、銃口を揺らしながら、彼は震える口で言った。
なぜ――至極簡単なことだ。理由として上げるのであれば、ハクシュダがレパーダが持っている拳銃を見向きもせずに、どんどんと接近していること。それだけだった。
まるで拳銃など見ていないかのように駆け出して、急接近しようとしているハクシュダ。それを見たレパーダは大きな舌打ちと共に、差し入れていた指を勢いよく動かす。
動かすと共に――拳銃の引き金を勢いよく引き、弾丸の応酬を繰り出していく!
――ばん! ばん! ばん! ばん!
乾いた音が貯蓄庫の敷地内に木霊する。それを聞いていたキョウヤたちも引き抜きと回復に勤しみながら……驚きの顔と共にその方向を見るが、土煙の所為で見えない。キョウヤはその音を聞いて……。
「大丈夫か……っ? あいつ……」
ハクシュダのことを心配する声を上げるが、その言葉に対してレンは――
「大丈夫だよ。絶対に」と、はっきりとした音色で言った。
「……んなはっきりと言うか、普通。普通は心配するだろうが……」
「ううん。心配は白が来た瞬間に吹き飛んだの。だから大丈夫だし、それに白は死なない。そう私は確信しているもの」
「過大評価って言葉知っているか? お嬢様」
「過大評価じゃない」
呆れた音色で肩を竦めるキョウヤに対して、レンはきっぱりとした音色で、続けてこう言った。
もう心に巣食っていた恐怖が嘘のように消えたことを感じ、そして白と言う存在が自然と安心を与えていることを体感しながら……、レンはぎゅっと握り拳を胸の辺りで作り、そして言う。
不安などない、確信と言う安らぎを感じながら、彼女は言う。
「白は大丈夫。絶対に大丈夫。白は強いから――豹田さんの言葉に乗らないよ」
そんなレンの顔を、真っ直ぐ微笑むそれを見たキョウヤは、目を見開いて驚きを表現する。ぱちくりと瞬きをして、そして一瞬脳裏に浮かんだ今の自分の仲間の一人のことを思い出しながら、キョウヤは思った。
――似たような真っ直ぐな目をしていやがるな……。その真っ直ぐさ、オレも欲しいぜ。
そう思いながらキョウヤは、最後にしておいた尻尾に突き刺さっている矢を握りしめて――レンに向かって彼は言った。
「ほんじゃま――そう思うなら最後まで付き合ってくれよ。時間もねえんだ。ちゃちゃっと終わらせていこうぜ」
「うん。わかっている!」
キョウヤの言葉を聞いて、その言葉を予測していたのか、レンは微笑みながら振り向き、尻尾に突き刺さっている矢に向けて手をかざす。
かざすと同時に、最後の一本となった矢を引き抜く力を強めて、キョウヤはぐっと顔をこわばらせた――
――そんな二人の会話など、レパーダとハクシュダには聞こえていない。
否――聞こえていたとしても……、聞く余裕などない。レパーダにとって。
「あ、はぁっっっ!? な、なにぃっっっ!?」
レパーダは声を上げた。半音高い素っ頓狂な声を上げて、目をぎょろつかせるように見開きながら、彼は驚愕の声を上げた。それもそうであろう。
レパーダは確かに――ハクシュダに向けて銃弾を放った。しかしその銃弾に対して、ハクシュダは見向きもせず、どんどん迫ってくるにも関わらず、彼はその銃弾を止めることをせずに突っ走ってきたのだ。
それに対してレパーダは驚きの声を上げたが、それ以上に彼が驚いたのは、ハクシュダの次の行動であった。
ハクシュダはその弾丸の気道から逸れることなく、一直線に、銃弾を避けるという行動をしないでレパーダに向かって突き進む。どんっと――重い一歩を踏み、そして地面を強く蹴りながら駆け出していく。
銃弾もハクシュダに迫っているのに、それを避けようとしないで、ワイヤーで攻撃して防ぐようなことをせずに、彼はどんどん走る速度を上げて……。
ばすっ! ちゅんっ! ばきっ! ばりんっ! と、右の肩に来る熱い衝撃と、腕をかすめる小さな熱と痛み。そして――仮面に当たる強い衝撃を受けながら、ハクシュダはそれをものともしないで駆け出す。
肩から流れる血を無視し、どんどん罅割れていく仮面を無視して――ハクシュダは駆け出す。
最愛の人を何度も傷つけたレパーダに向かって、ハクシュダは迫る。背中から零す威圧を吐き出しながら――!
「――っ! い、ぎぃ!」
レパーダはそれを見て、その威圧に圧倒されてしまったのか、引きつった口元を晒し、傷だらけの顔を青くさせながら逃げ腰になって後ろを振り向こうとしたが……、その前にハクシュダはレパーダを止めに入る。足元めて、彼は止めに入った。
行動ではない。言葉で、ハクシュダはレパーダの動きを止めた。
「――逃げるのかよ?」
「っ!!」
ハクシュダの低く、凄んだ音色が響く。
それを聞いたレパーダは、大袈裟に肩を震わせ、引きつった声を上げながら彼は横目でハクシュダのことを見る。ハクシュダは罅割れた仮面越しに、怒りの音を静かに露にしながら続けて言う。
ぱき……。ぴき……と、罅割れてしまった仮面から音が出る。
それを無視しながら、ハクシュダは言った。
「お前……、麗奈の心に深い傷を残しておいて、お前が傷つくとなったら逃げるのかよ? そんなの――不公平だと思わねえのか? 相手にはしておいて自分は嫌だから逃げる……。んなことするんだったら……、あんなことをして麗奈を傷つけるんじゃねえよ……っ!」
ぺき………。と、ハクシュダの仮面の口元が崩れ落ちて、彼の口元が晒される。
それを見たレパーダははっと驚愕に顔を染め、逃げることをやめてハクシュダに正面を向けながらレパーダは叫ぶ。
「ま、待てハクシュダ! 有栖川白! 落ち着け! 落ち着くんだっ!」
それは――仲間としての静止ではなく、ただただ……、己の命大事さに、己の保身のために、彼は静止をかける。左手を伸ばして、ハクシュダに己の掌が見えるようにかざして叫ぶと、それを聞いていたハクシュダは……、ぎりっと曝け出された口元を歪ませ、歯を食いしばりながら彼は――言う。
べきんっ。と――顔半分を覆っていた仮面が剥がれ落ちることなど気にも留めず、ハクシュダは叫ぶ。
剥がれ落ちた仮面の奥に潜んでいた素顔を……、少し目つきが鋭く、紺色に彩られる四白眼の目には――火の玉のような模様の瞳を怒りに変えながら、彼はレパーダに向けて怒りの音色で……叫んだ。
「落ち着けるかよっっ! お前は誰のためにしたのかはわからねえけど……、お前が麗奈にしたことは異常なんだよ! 心に深い傷を負わせて、麗奈がどれだけ苦しんだかわかるかっ!? 無意識で土砂降りの中を彷徨っていたんだぞっ!? ずっと震えて、声を殺して泣いていた……っ! わかるか? それくらいお前のことが怖かったんだっ! お前麗奈の家の執事なんだろ? 偉いんだろう? なんで執事のくせにんなことわかんねえんだよ!」
お前は――何のために執事になっているんだよっっ!
ハクシュダの叫びは周りに響き渡るように広がっていく。
まるでエコーのように広がり、それを聞いていたレパーダは一瞬目を点にしたが、すぐにその点を元の目にして、怒りの目に変えながら……、彼は大きく舌打ちをして――
「貴様のような凡人に何がわかるっっ!」と言い、ハクシュダに向けて剣銃を向けながら彼は鬼以上に恐ろしい形相でこう怒鳴った。
「麗奈お嬢様は東大寺家の逸材なのだぞ! 初代当主以来の才能を持ったお方なんだ! 奈那子さまもそれを見抜き、そして、生涯を終える前に奈那子さまは……、奈那子さまはぁ! 麗奈お嬢様にすべてを託したんだぞ! 東大寺眼の未来をあのお方は」
「んなものそのばあさんは望んでねえよっっ!」
しかし――その言葉に反論する様に、ハクシュダは叫ぶ。遮るように、彼は叫んだ。
その叫びを聞いてか、レパーダはマシンガンのような言葉を放とうとしていたが、ハクシュダの遮りの所為でそれを一旦ストップさせてしまう。驚いた面持ちになりながら、レパーダはハクシュダのことを見る。
ハクシュダは小さく溜息を吐きながら、指を僅かに動かし、電流を帯びたワイヤーを『ひゅんひゅんっ!』と動かして、彼はその状態のまま、ゆっくり、ゆっくりと歩みを進めながらこう言った。
「麗奈が俺のところに来た次の日……、麗奈の親父さんに呼ばれたんだよ。その時親父さんは俺に向かってこう言ってきたんだ」
麗奈のことを頼む。祖母と私達が子供たちの幸せを望んでいるように――麗奈の幸せを共に分かち合って、支え合って生きてほしい。きっと、君にしかできないことだ。頼む。
ハクシュダはその時レンの父親――麗奈の父親から告げられた真剣な言葉を一文字一句間違えずに告げると、それを聞いたレパーダは言葉を失うような驚愕のそれを浮かべて………。
「な、奈那子さまも望んでいた……っ!? そんなことありえないっ! あのお方は東大寺家の未来を優先に――」
「それならお前が以前勤めていた家で聞け。俺はそれ以上のことは聞かなかったし、もちろん――言われるまでもなくそのつもりだった。最初からそうするつもりでいたから、速攻で頷けた。だから許せねえんだ」
ぱら、ぱら……。と、崩れていく仮面が、ハクシュダの顔をどんどん晒していく。
言えば言うほど怒りはふつふつと込み上げていき、あの時感じた感情も並列して蘇ってくるハクシュダ。
あの時――それは、レンの父親――麗奈の父親に呼ばれ、事のことを告げられて同意した後、ハクシュダは――白は自分の家に戻って鍵を上げて中に入った。
そして――部屋の向こうを見た瞬間、白は胸に来る疼きが込み上げてきて、怒りなのか、悲しみなのか、はたまたは別の何かなのかはわからない。しかしそれでも、白は見た。
自分のベッドに横たわり、すぅすぅと規則正しい寝息を立てている麗奈。あの時の悲しさが名残として残っている寝顔を見て、白はこう思った。
――あんな風に突然親父さんに呼ばれて、あんな風に言われて断ることはしなかった。が……、正直なところ、俺だけで麗奈を支えることはできるのか?
――俺も一人の人間だ。完璧じゃねえし、欠けている人間性だってある。こんな俺が、ちゃんと麗奈を支えることができるのか?
そう思いながら、白は麗奈に近付き、ベッドの近くで腰を落としてしゃがみながら――彼は麗奈の寝顔を見る。
すぅすぅと規則正しく寝ている。しかしその表情には悲しさが八割、そして安堵のそれが二割といった顔が出ており、その顔を見ていた白は、無言になりつつそっと目を伏せてから……、小さい時に親に言われたことを思い出した。
――白――お前にあるか? 守るという想いが――
父は言う。そして母は言った。
――私も、お父さんも白のことが好きよ。大好きよ。お父さんが聞きたいことは――そういうことなの――
母は言う。そして父は言った。
――ならば――お前はその力をどのように使いたい? その力の使い方は、まだお前には早いかもしれない。だが白――お前は強い。俺よりも、母さんよりも強い。お前のことだ――曲がったことが大嫌いなお前なら、その力を正しく使う。そう私は思っている。だからこそ、白――お前にも来るはずだ。誰かを守りたいという想いが、必ず来る――
と……。それを思い出すと同時に、白は理解した。
父と母が言いたいこと。それは簡単ではある。しかしそれは言葉では簡単ではあるが行動にすると最も難しいことだということに。
そして――自分はその選択の狭間にいる。
守るのか。守らないのか。その選択の狭間に立たされている。そう白は思った。
――そう言えば、こいつ恋愛小説をよく読んでいたな……。
そう思いながら、白はその狭間からいち早く脱し……、麗奈の顔に顔を近付けながら彼は選択する。
迷いは――全然なかった。
――お前がよく思い描く恋愛小説のようなロマンチックなことはできねえ。不器用で、きっと腑に落ちないかもしれねえ。
――けど……、親父さんに言われたからとか、そんな理由では一緒にいたくねえ。
――自分の意思で、自分の想いに忠実に生きる。
――麗奈の支える。麗奈のすべてを守る人間になる。
そう心に誓い、白は麗奈の目じりに顔をゆっくりと近付けて――彼は落とす。守るというそれを誓う証を残して……。
それを思い出しながら、白は――ハクシュダは言う。
ガシャンッッ! と大きな音を立てて落ちる残りの仮面の残骸を無視し、それを勢い良く踏みつけながら、彼は火の玉のような模様の瞳を怒りのそれに変えながら――彼は叫ぶ!
「自分の都合で傷つけておいて、自分の都合のいい解釈でお前は麗奈を傷つけた! お前が俺の目に前に現れた時、俺が『バロックワーズ』に入って麗奈に嘘のことを告げなければ麗奈を傷つけるって言っていたよなっ!? だから俺は心底胸糞わりぃ気持ちだったが入った! でも、あんたは結局虚言癖野郎だった! そんな奴の言うことをいちいち聞くことすら馬鹿らしいって思った! だからあんたをこの場で――」
と言うと同時に、ハクシュダは横に向けて振り広げていた両手を、一気に動かす。
自分のことを抱きしめるように腕を動かすと、それに連動されて、電気を帯びたワイヤーがレパーダに迫っていく。
その光景を見たレパーダは、はっとして逃げようとしたが、ワイヤーの一本がレパーダの右足首に絡みつき、そのまま左足首、両膝、腰回り、両肩、両肘、両手首。と言うように、ワイヤーは意思を持っているかのようにレパーダに巻き付くいていく。
「……………………っ!?」
掴まった! やられる! そう思ったレパーダだったが、その考えを壊すように……、それを見たハクシュダは一気にそのワイヤーを引っ張り……叫ぶ。
「――ぶっ倒すことにするぜっっっ!」
叫ぶと同時に、ハクシュダは放っていたスキルを一気に放出するように力を入れる。
どういった原理でそうなっているのかはわからない。しかしゲームの時と同じように彼はしているだけ。ゆえに――
ババババババババババババババババババッ! と、レパーダの体に巻き付いていたワイヤーの電気が、感電でもしたかのようにバチバチとした閃光を弾き飛ばして四散していく。
よくある電撃を受けてしまった人のように、レパーダは声にならない叫びを上げてそれを受ける。バングルに表示される赤い帯線がどんどん減っていく。
その光景を見ていたハクシュダは、すぐにその電撃攻撃をやめてワイヤーの拘束をほどく。
『ひゅるんっ!』と言う音と共に、レパーダは体中に迸る痺れを感じ、焦げた匂いを嗅ぎながら、彼は己の状況の危機を察知する。
この世界は元々はゲームの世界。ゆえに電撃攻撃を受けてもダメージと、たまにある『麻痺』が生じるだけであるが、それでもレパーダは一瞬……、死ぬかと思ったと錯覚してしまった。
そのくらいハクシュダの攻撃が強かったのだ。そのくらい……、今のハクシュダは強い。
モナと航一と同様の目を持って、魔王族の力を持っているハクシュダを前にして、レパーダは思った……。
――正攻法では勝てない。と。そう思ったのだ。
「あ、が……、あああ……、ぎぃ……げ……」
唸るような声を上げて、膝を地面に落とすレパーダ。
その光景を見て、ハクシュダはさっきの攻撃で終わらせることなどせず、畳み掛けるように通常攻撃に切り替える。
ぎゅるぎゅるぎゅるぎゅるっ! と、手にそのワイヤーを纏うようにぐるぐる巻きにして、銀色の即席グローブを作ったハクシュダは、その両手に力を入れながら、短く息を吐くと同時に駆け出す。
駈け出して、そのままレパーダに最後の止めを刺そうとした。
が――レパーダは諦めない。悪人であろうと、彼は諦めるという概念を捨て去っている。すべては奈那子のために、必ずレンと一緒に東大寺家に戻り、レンを――麗奈を最高の当主にする。それだけを胸に、彼は……。
最後の足掻きをした。
「あ、あ、あ、あああああああああああああああああああああああああっっっっ!」
「――っ!? っち!」
レパーダは懐にしまっていた――ハクシュダの仮面を壊した拳銃とはまた違った拳銃を取り出し、それと先ほど撃った拳銃を左右の手で持ち、二丁拳銃の様に持って、甲高い奇声を上げながらレパーダはハクシュダにそれを向ける。
ジャキリと言う音がハクシュダの耳に届き、それを見たハクシュダは内心――
――どんだけ持っているんだよ! と、焦りを募らせていたが、すぐにワイヤーで固めた腕を防御に徹すればいい。そう思いながら駆け出しを止めずに突き進む。
突き進んで、一歩。足を前に出した瞬間――ばんっ! と――銃弾が辺りに響いた。
レパーダの左手に持っていた拳銃を打ち落とすように、その銃弾は、否――彼ではない別の誰かが放った銃弾は、別の方向から放たれた。
的確にレパーダの手を狙って――!
がしゃんっ。
と――左手からずり落ちた拳銃が音を立てて地面に落ち、レパーダの左手からも微量の赤いそれが地面を濡らした。
「「っ!?」」
レパーダは激痛と共に驚愕に顔を染め、ハクシュダはその光景を見て目を疑う。が、レパーダは残っている拳銃を使って、ハクシュダに向けて銃口を向け……、ダンッ! ダンッ! ダンッ! ダンッ! と四発の弾丸をハクシュダに向けて放った。
放たれる弾丸を見て、即座にハクシュダは防御の態勢をとろうとした。
刹那――
「『完壁盾』!」
背後から聞こえた声に、ハクシュダははっと息を呑んで、目の前にするはずだった防御をやめて、ハクシュダは前を見る。そしてレパーダもその光景を見て、言葉を失いながら目を見開く。
ハクシュダとレパーダの目の前で起こった光景。
それは――ハンナがよくする『盾』スキルの半球体の盾が、ハクシュダの周りを覆うように張られていたのだ。彼女がよく使う半透明のそれではない。それよりも大きく、そして黄金色に輝くそれを見たハクシュダは、内心――まさか……。と思いながらその盾を見上げる。
レパーダもそれを見て……、愕然とした顔を浮かべながら、彼は言う……。浅知恵の知識しかないそれではあったが、それでも彼はそのスキルが一体何なのかを理解していた。
「あ、あれは……っ! メディックが使う『盾』スキルのオーバースキル……っ! すべての攻撃を一回だけ防ぐ『完璧盾』ッ! このスキルを使えるのはメディックだけ……っ! ということは……っ!」
レパーダが言った瞬間だった。
攻撃を防いで、役目を終えたかのように消えていく黄金色の盾――『完璧盾』。それを見上げていたハクシュダは、茫然とした面持ちでそれを見ていたが、背後から聞こえる走る音を聞くと同時に、彼はその茫然としたそれをかき消して――はっと息を呑む。
前にもあったかのようなその情景を、思い出しながら――
「――ハクゥ! いくぜぇっっ!」
「! おうよっ!」
背後から聞こえた覇気のあるキョウヤの声。その声に応えるように、ハクシュダは前屈みになってしゃがみながら頭の上で腕を上げて、その頭の上で腕の土台を作る。
その土台を見ていたキョウヤは、ハクシュダの背後からどんどん加速するような走りを見せ、そのままキョウヤは軽く跳躍をする。
完治した体で、動ける尻尾を使わずに、彼は小さく跳躍して――そのままハクシュダの腕の土台に片足を乗せる。とんっ――と、軽く乗せると同時に……。
キョウヤはその場で強く跳躍をした。
踏み越えるようにキョウヤは跳躍し、そのままレパーダに向かってどんどん降下していく。尻尾に巻き付けていた槍を手に持ち換えて、それを手の中でぐるんぐるんっと回しながら、彼は槍を大きく振るう構えをとる。
その最中――
「――『殲滅槍』」
キョウヤは己が持っている詠唱を唱え、槍の刃をぐんっと大きな紅い刃に変えて……、レパーダのことをしっかりと威圧的な目で捉えながら、どんどん降下して落ちていく。
レパーダにのしかかるように――彼は落ちていく!
それを見たレパーダは、「い、ひぃ! うそ……だろぅ!?」と言う間の抜けた声を上げながら逃げる態勢をとろうとするが、それを見たハクシュダはすかさず手に巻き付いていた右手のワイヤーをほどき、手首のスナップを使って振り下ろす。
下ろすと同時に聞こえた『ヒュンヒュンヒュンッ!』という空気を切るワイヤーの音。
その音と同時にレパーダに襲い掛かってきた――拘束感。
「っっっ!? な、あ、ああああああああああああああああっっっ!?」
レパーダは絶句し、絶叫しながらこの世の終わりのような顔を晒す。己の足元を見ながら晒すその目に映っていたものを見て、自分の両足に巻き付いているそのワイヤーを見て……、彼は錯覚してしまう。
ここで――私はやられてしまう?
そう思うと同時に、ハクシュダは叫ぶ。上空にいるキョウヤに向けて、彼は叫ぶ。その光景を見上げていたレンも一緒に――
「行けぇ! キョウヤッッ!!」
「オーケーッ! だぁっっ!!」
「勝てえええええええっっ!!」
叫んで、叫んで叫んで――勝ちを望む。この際一時的に敵対していたことなど、今は関係ない。あとから関係あるということになってしまうが、今はそんなの――関係なかった。
そんな光景を見て、どこで自分の計画が崩れてしまったのか。どこでこうなってしまったのかと後悔しながら顔中を青く染め、どんどん降下して槍を振るおうとしているキョウヤのことを見上げながら、レパーダは――声を発しようとした。
が――
その前に、キョウヤの『殲滅槍』の槍の殴打の応酬が、レパーダの体の隅々にまで衝撃を与えていく。エストゥガの時エンドーに繰り出していた突攻撃ではない、殴る様な殴打の嵐。しかも通常詠唱の力も合わさった――重い一撃。
重い連撃。
その連撃を繰り出しているキョウヤも、空中で回っては槍を振るい、まるで空中で踊っているかのようなそれを魅せながら――彼は攻撃を繰り出していく。
繰り出して、レパーダの声が聞こえなくなったところを見計らったキョウヤは、槍の応酬をやめ、『殲滅槍』の槍を元に戻してから、彼は地面に降り立ち、レパーダのことを見る。
レパーダは連撃を受けたせいで顔中を真っ赤に腫らして白目をむいている。かろうじて立っているように見えるが、それはハクシュダのワイヤーがあるからこそ立っているのかもしれない。
キョウヤはその光景を見て、ぐっと唇をきつく締める。ハクシュダもレンも、その光景を見ながら息を呑む。呑みながらハクシュダは、レパーダの体に巻き付いていたワイヤーをゆっくりとほどき、そのまま彼の体を自由にすると……。
ふらり……。と、レパーダは前後に体を揺らし、そのまま頭のてっぺんから吊るされた糸が切れたかのように……。
ばたんっ。と、顔から倒れてしまった。
その光景を見ていた三人はあまりの光景と驚き、そして勝ったという実感がまだ湧いてこない困惑に翻弄されながら倒れたレパーダの背中をじっと見つめる。
見つめながら――キョウヤは小さな声でこう言う。
「………終わった。って、ことで、いいんだな……?」
若干、やりすぎたような気がするけど……。
そんなキョウヤの言葉を聞いていたレンとハクシュダは、警戒をしつつレパーダのことを見降ろして、無言になりながらじっとレパーダのことを見続けていた。
そんな光景を見ていた――レパーダの拳銃を打ち落としたノゥマは、驚いた面持ちで『フェンリーヌ』のスコープ越しでそれを見て……。
「ありゃま。あの人結構小物だったんだ。仕方ないといえば仕方ないかな? あの人――僕に気付かなかったんだから仕方ないか。アキ君とかだったら僕のことを見つけられたかも?」
と言いながらノゥマはスコープから目を離し、その光景を遠くで見つめ、くすりとアクアカレンと一緒に微笑む。
長く感じた戦いであったが、その結末は呆気なく、本当に拍子抜けするような結末であった。
が、これは当たり前な話なのだ。
何故なら――キョウヤのレベルはすでに75超え。ハクシュダも76。レンは少し低いが、それでも70と言うレベル。対してレパーダは50。つまるところ、レベルが低すぎたのだ。
現実の知力だけでは補うことができない壁によって、彼はあっけなく倒されてしまった。
敗因として――レパーダの驕りと異常な執着心。そして己の力を過大評価し過ぎた。そのせいでレパーダは呆気なく気絶することになったということである。
◆ ◆
これで――事実上バトラヴィア帝国と『バロックワーズ』で戦える人物はたったの五人。
レズバルダ。
グゥドゥレィ。
ハクシュダ。そしてDrと、颯。
厳密に言うと――グゥドゥレィと颯。そしてDrの三人。
事実上――彼等は壊滅に追い込まれていた。着々と、壊滅の道を辿って……、偽りの平和がどんどん剥がれ落ちていく。
最強の鬼士と一緒に行動している徒党の手によって――




