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PLAY71 BATORAVIA BATTLE LOYAL!Ⅹ(麗奈と白)⑥

「わりぃな。突然来ることになっちまって」

『いいっていいって。オレも結構暇だったし、てか頭リフレッシュしたかったしな』

「あ? リフレッシュ?」

『あ、いや。こっちの話だ。てか突然だな。『勉強教えてくれ』だなんて。どした? 何か困っている科目とかあんのかー?』

「数学の応用だ。それが難しくてな。お前数学得意だろ?」

『得意か不得意かと聞かれたら、中間だよ。下の下でも中の下でもない中間。んなことだったら先生に聞け。俺の頭のリフレッシュを酷使と言う浪費で脳爆殺するつもりか……』

「………お前のその言葉のボキャブラリーの容量どうなっているんだよ」

『――ただ単に突っ込みのし過ぎで言葉の数が増えただけだっ!』

「それもそれで悲惨だな……。お前将来何になるんだ……?」

『うるせぇっ! 兎に角今日来るんだな? わかったよ! すぐには来ねえんだろう? 片付けておくから』

「おう。わかったぜオカン」

『それで突っ込むと思ったら大間違いだっっ!』


 夏の時期――


 その時は例年と比べれば暑くもなく寒くもない――いうなれば適温の日であった。


 日差しが強くない道を歩み、白は制服の姿で歩みを進めながら目的の場所でもある親友の家に向かっていた。


 ぶつんっ! と言う切る音が耳の鼓膜に響き、白はそれから耳を離して片目を瞑り、一瞬固まってしまう。


 音がしなくなり、『ツー、ツー』と言う音が聞こえると、白はスマホをたんっ。とタップして、溜息を吐きながら歩みを再開した。


 朝日が差し込むが、さほど熱くない季節。肌寒くもなければ熱くもないような曖昧な時期の時、彼はブレザーを着て黒いリュックを背負いながら――白は親友の白船恭也が住んでいる家に向かっていた。スマホを片手に耳に当てながら、彼は会話をしてその場所に向かっていた。


 テスト勉強のために、彼は分からないところを聞こうと藁に縋ったのだ。


 教師に聞けばいい話なのだが、その数学の教師は一度話せばわかるであろうと言う人であり、終わった後で聞こうとしてもそそくさと出るような人であったが故――聞けなかったのだ。


 ゆえに彼は中位の恭也に聞こうと、今行動に移したのだ。


 白はその時一人暮らしを始めており、同じ一人暮らしで腐れ縁と言われても過言ではないほど付き合いが長い恭也も一人暮らしをしていたので、時折テスト勉強をしていた。自分がわからないところがあれば聞き、相手がわからなければ一緒に考える。


 それだけをして、あとは学校で少し話すくらいの仲であった。


 親友と言っても過言ではない。しかし幼馴染ではない。それでも白と恭也は仲が良かった。


 が、最近は何か調べごとをしているらしく、クラスも違うこともあって……、あまり会うことがなかった。なのでこれが久し振りの会話と言ってもいいだろう。


 話を戻そう。


 白は歩みを進めながら恭也の家に向かう。いつも使う通学路ではない。全く別の道を使いながら、彼はその場所に足を進めて向かう。


 向かいながら白は心の声で先程あったことを思い出しながらこう思った。


 ――あいつ……、マジで突っ込みの才能あるよな……。槍の才能と同じくらいの……。


 そう思いながら白は差し込んでくる日差しを浴びて、顔を己の手で隠しながら空を見上げる。


 夏真っ盛りのぎらぎらした日差しではないが、それでも日差しは明るく、少し肌を温める。日焼けをするような日差しではないので、よかったといえばよかったかもしれない。だがそれでも熱いという感情が白の感情を揺さぶらせる。


 ――この気温がもっと上がるとなると……、エアコンは必需品だな。


 そう思いながら白は歩みを進めて、たまにしか来ない図書館の辺りに足を向けた瞬間……、それは起きた。


「やだ、いやだぁ……っ!」

「!」


 どこからか声がした。女の声だ。しかも苦しそうな悲しい声。何かを拒絶しているような音色。それを聞いた白はびたりと、足を止めて辺りを見回す。


 見回してすぐ――それは見つかった。否――見つけたの方が正しい。


 その声がした方角は図書館から少し離れた場所。その場所で何か口論のようなもの――否、無理矢理引っ張る光景が、白の目に飛び込んできたのだ。


 丸い眼鏡をかけているが、その眼鏡も伸びてしまっている前髪で目元が隠れてしまっている。皮だけしかない頬骨に右手にはスクールバックを肩に書けていた黒い制服を着た男子生徒が、目の前にいる黒くてさらさらした長髪で、顔が整っている女性生徒の手を掴みながら引っ張っている。


 傍らには女性生徒と同じ制服を着た、サイドテールが印象的で緩められたネクタイに着崩れた制服。スクールバックをリュックの様に背負っていた活発そうな女性が、腰を痛めているのか、その箇所をさすりながら顔を歪めている。


 その二人の女子高生は同じ制服を着ており、それを見た白は一瞬でその二人がこの近くにある女学院の生徒であることを理解すると同時に、男子生徒は違う学校の生徒で無理矢理その女学院の生徒をどこかに連れて行こうとしていることを理解した。


「――っ! ち!」


 白はそれを見て、見ていられない。見て見ぬふりなどできないと直感で察知し、彼は行動した。頭でいったん整理してから行動するようなそれではない。直感で彼は行動し――手を伸ばした。


 目にも留まらないそれではないが、白は徐に男子生徒の手首を掴みながら女性と男子の間に入り込み、そのまま男子生徒の手首を――


 ぐぃんっ! と捻る。


 すると――


「あででででででででっっ! 痛い痛い痛い痛い!」


 男子生徒は大きな悲鳴を上げて、白によって掴まれた手を痛い痛いと訴えている細い目で見上げる。


 掴まれたと同時に男子生徒は掴んでいた女学生の手をあっさりと手放し、白の手首を掴みながらその拘束から逃れようとしていた。


「やめろ」、「いたい」と悲鳴を上げて、男子生徒は焦りの顔をむき出しにしながら白の手から逃れようとする。


 だが、白はそんな男子生徒を見て、呆れた目で見降ろしながら白は……。


 ――ぱっ。と、男子生徒の手を離した。


 呆気なく、あっさりと――彼はその手を離したのだ。


 あまり甚振るようなことはしない。ただ彼は言いたかったのだ。己の性格もあってなのか、白は男子生徒に女子高生にしたことに対して、言いたかったのだ。


 その開放と同時に、男子生徒は『べちゃんっ!』と、地面に尻餅をつかせながら自分の左手首を見て、異常がないことを確認した後――彼は目の前にいる白のことを見上げて怒声を浴びせた。


「お、おまえ何してんだ……っ! 手首折れかけたぞっ!」

「先に手ぇ出したのはてめえだろ」


 その怒声を掌を反すように反論した白。


 内心――折るほど俺は力を入れてねえ。と思いながら、白はじっと男子生徒のことを見降ろし、そして自分でも驚くような冷たい音色で、白は言った。


「それに、こいつら『やめろ』って言っていやがっていただろうが。怖がっていただろうが。はたから見ても……、先に手を出したお前が悪いって思ったぜ? それに折ってねえから安心しろ。そして――もうこんなことすんな」


 白の言葉を、低い音色を聞いた男子生徒は上ずった声を上げて体を強張らせる。


 青ざめたそれが男子生徒の今の心の状況を深く浮き彫りにし、その浮き彫りを残した状態で、男子生徒は逃げるようにその場を後にしてしまった。


 だだっ! と、脱兎の如くとまではいかないが、それでも素早い身のこなしでその場を知り去った姿を見た白は、肩で溜息を零し、首を斜めに傾けながら――


 ――こうなることわかっていただろうが……、だったら最初からやるな。


 と、彼は呆れながら思っていた。そしてすぐに白ははっとして、背後にいるであろう二人の女子高生の方を振り向くと――彼は心配の声を掛けた。


「おい。大丈夫か?」


 そんな白の言葉を聞いてか、サイトテールの女子高生は、口をあんぐりと開けて呆けた顔をしていたが、すぐに現実に意識を戻し……、「あ、は……、はひっ! あ、ありにゃにょうごふぇーますっ!」と、素っ頓狂な声を上げて返事をして頭を下げた。


 そんな姿と声を聞いていた白は、内心緊張していたからか……? と思いつつ、そのサイドテールの女子高生の後頭部を見ながら「ごっちゃだぞ……?」と心配の声を掛ける。


 そんな白の言葉を聞いてか、サイドテールの女子高生は顔をすぐに上げてぶんぶんっ! と、まるで漫画のような仕草をするように、首を横に高速で振りながら――


「いえいえいえいえ! 大丈夫です! 本当に!」


 と、興奮冷め止まないような状態で言葉を返してきた。


 本当に大丈夫なのか……? 尻餅をついたときに頭を打ってしまったのか? そんなことを思いながら、内心冷や汗をかきつつ白はサイドテールの女子高生のことを見ていた……。


 そして白はそのサイドテールの女子高生のことを見て、「あー、大丈夫ならそれでいいんだ」と言って、白はすぐに自分の真後ろにいた人物――男子生徒に手を掴まれていた長髪の女子高生のことを見降ろし……、「大丈夫か?」と、彼女の顔を覗き込みながら聞く。


 それを聞いてか、長髪の女子高生は驚いた顔をしつつ、未だに状況が理解していないかのような顔をしながら、「は、はい……」と頷き、おどおどとした面持ちで彼女は白のことを見上げて――


「あ、ありがとうございます……」と、軽く会釈をしながらお礼を述べた。


 その光景を見ていたサイドテールの女子高生も、はっと顔を変えて慌てながら長髪の女子高生と同様に、頭を勢い良く下げて――「あ、本当にありがとうございます! 本当に! 本当に!」と、慌てながらお礼を述べる。


「俺は当たり前なことをしただけだって」


 二人の女子高生のお礼の言葉を聞いた白は、なんだか心の奥底で蠢いたこそばゆさを感じ、後頭部をがりがりと掻きながら彼はそっぽを向く。


 何回もこのようなことをしてお礼を述べられたことはあるが、今回だけは違うようなそれを感じつつ、白は心の声で小さく……。


 ――こうして面と向かって言われると、恥ずかしいな。


 と思っていた。


 そんな姿を見ていた長髪の女子高生はくすりと微笑む。その顔を見ていた白は心臓が掴まれるような感覚を、違和感を覚えた。


 なぜこうなってしまったのかは本人も分からない。


 だが、長髪の女子高生の微笑みを見た瞬間、何かが鳴った。それだけは、確かだった。


 と思ったところで、白はふと、首を傾げながら「ん?」と声を上げる。


 内心……、何かを忘れているような、そんなことを思った瞬間、彼の脳裏に何かが映りこんできた。それは――腕を組んでイライラを顔に出している親友の顔。


 よくあるもうブチギレ寸前と言う顔である。


 その顔を思い出し、更に約束していたことを思い出した白は、焦りの内情を隠しつつ、恐る恐るスマホの画面を一瞥すると……、白は声を上げた。


「やべ……っ! もうこんな時間かよ……」


 スマホに映っている時間表示は、十五時三十分。恭也との約束の時間は十六時であるが、キョウヤの家は案外遠く……、先ほどの徒歩でもぎりぎりの時間であった。


 さらに言うと――何かを調べている恭也にとってすれば、時間は厳守。


 今まで守っていた白であったが、これ以上のロスは何かと危険と察知し、同時にあの男子高生のことをが気になりだした白は、踵を返しながら二人の女子生徒に向かって、彼は少し早口で告げた。


「わりぃ! 相手を待たせているからまた今度な! あんなことがあったあとだ――きっとあいつまだいると思うし、そいつとっ捕まえてて話をつける! だから今日は早めに帰れよ! いいなっ!?」


 白は来た道を逆走しつつ、先ほどのルートに向かって走りながらその場と後にする白。


 そんな白の背中をぽかんっとした面持ちで見ている二人の女子高生に忠告をし、白は急いでキョウヤの家へと向かいつつ、男子生徒がどこに向かったのかを辺りを見回しながら捜索する。


 はたから見れば徒労である。しかし白はそれを見過ごせるほどいい加減ではない。そしてあの男子生徒のことだ。きっと()がある。


 それを未然に防ぎたい。純粋な想いであったとしても、あれは異常だ。それを言って、二度とあんなことをしないでくれと言わないと気が済まない。


 そう思いながら白はスマホを片手に『はっはっ』と息を切らしながら――


「やべぇな……。ギリか……? でもあの野郎のことも気になるしな……。全速力で走って見つければいいよな……っ!」


 と言い、白はスマホの時間表示画面とにらめっこをしつつ、その男子生徒の捜索を速攻で行う。


 先ほどの肌の日照りが少しばかり弱くなった日差しの中、彼はその疼きと、体中の熱をその日照りのせいにしつつ、無我夢中になって無駄ともいえる男子生徒の捜索をしていたのだった。



 ◆     ◆



 今にして白は思う。


 ここまで執着する必要はない。むしろ相手が逃げたのであれば、それで懲りてくれるであろう。そう思えばよかったのだが、その時の白はそうとはいかなかった。


 気持ちの問題。それが大きい原因だと、今の白は思い、そしてこの時からだと、白は察していた。


 自分の中にあった疼きがそうさせているのだと。その原因を作った長髪の女性が――自分の心に宇敷絵を残したのだと、今の白はそう理解した。


 そして……。



 ◆     ◆



「お前な……。どうしたんだ?」

「悪ぃ。遅れた。というか時間過ぎ過ぎていた」

「潔いと言いたくねぇ理由の謝り方だなこの野郎! お前らしいといえばお前らしいけど、それでも時間経ち過ぎじゃばかぁ! 何時だ今?」

「十九時」

「ご飯を食べる時間だろうがっ! 本当にお前はぁぁっ!」


 ――午後十九時三分。

 

 白は今、白船恭也の前で頭を床にこすりつけて、土下座をしながら謝罪をしていた。


 あの後男子生徒の捜索にのめり込んでしまったせいで、白は約束の時間が過ぎているにも関わらず、そのことを優先にして捜索してしまったのだ。簡単な話――約束そっちのけで遅れた。ということである。


 その償いを込めて――白は精一杯の土下座をし、嘘偽りなどない真実を恭也に向けて、地面を見つめながら深く深く謝罪をした。ということである。


 はたから見れば……、潔い謝罪の光景である。


 しかし、そんな光景を見降ろしていた恭也は、青筋を額に浮かべ、腕を組みながら左二の腕を指で『とんとんっ』と小突いて眉間にしわを寄せている。明らかに怒っていることがわかる様な顔と動作だ。


 白の謝罪の言葉を聞いた恭也は、呆れと驚き、そして怒りを三分の二づつ顔に出しながら怒声交じりの突っ込みを入れて――


「なんでこんなに遅くなったんだよ! オレだって忙しいし、こんな時間になったら何か緊急事態かと思って慌てちまうだろうがっ! と言うか電話しても音沙汰もなしだからより一層待っている間恐ろしかったわっ!」


 恭也は待っている間何かがあったのではないかと言う恐怖と戦っていたことを告げる。


 実際そうではないと知った瞬間、拍子抜けしたと同時に苛立ちが倍増したと同時に、安堵したことは、恭也だけの秘密である。


 そんな恭也の心境、怒りを聞いた白は、更に申し訳なさを大きくして、彼のことを見ずに頭を下げた状態で続けて告げる。


「マジですまねぇ……。探していたら、こんな時間になっちまって……」

「探していた? 何を?」


 白の言葉に首を傾げる恭也。いったい何をそんなに真剣に探すことがあるのか。そう思いながら恭也は白に聞くと、白はそっと頭を上げて――こうなったことを口頭で、丁寧に説明をした。


 恭也の家に向かう途中――見知らぬ男子生徒に襲われそうになっていた女学院の女子高生を助けたこと。


 その女子高生を助けた後で捜索をした結果、現在に至ることをこと細やかに説明をした白であったが……、それを聞いていた恭也は白と向かい合い、胡坐をかいて腕を組みながら彼は一言――


「そこまでする必要ねえじゃねえか。余計だってそれ」と、きっぱりと言った。


 恭也の鶴の一声を聞いた白も、薄々そう思ってはいたがそれをしてしまったことに対して反論できずに、ぐっと言葉を押し殺しながら俯く。


 これぞ――ぐぅの音も出ないである。


 そんな白のことを見て、恭也は怒りのそれを薄々消していき、呆れたそれを顔に出して背筋を伸ばしながら続けてこう言う。


「てかお前手首捻って脅したんだろ?」

「脅してねえって」

「いや! オレがそいつだったら多分脅されたと思って二度とあの場所には行かねえわ! だからもう来ません。安心しなされ。そしてオレその男子生徒がかわいそうに見えてきた。トラウマだぞそれ! 白も良かれと思ってやっているかもしれねえけど……、逆効果ってこともあるかもしれねえから気を付けたほうがいいんじゃね? てか気を付けろヤメロ。これ親友からの忠告な」

「ぐ………」

「本当にヤメロ。いいな?」


 恭也は真剣な目で、本当にそれ以上のことをしないでほしいと願っているような雰囲気を出しながら、白に向かって言う。それを聞いた白は唸るような声を上げて肩を落とす。


 だが、そんな気持ちを更に落とそうとしてか……、恭也は畳み掛けるように白に向かって続けて言った。人差し指を白の頭上に向けて、びしびしと突き刺しながら恭也は言う。


 そんな言葉と頭上の小さな痛みを感じた白は、ガバリと顔を上げて驚きと怒りが混ざった顔を恭也に向けながら、白は反論した。


「釘指すなっ! いてーよ! てか……、俺もそこまで馬鹿じゃねえんだから」

「いーや! お前は根っからの頑固ものだからわかんねえかもしれねえけど、中学の時電車で痴漢の手を掴んだ時だって折るんじゃねえかっていうくらいミシミシいっていたじゃねえかっ! 大の大人が中学生に泣かされて腰を抜かしながら逃げて行く光景――今でも忘れられんし、驚いた半面オレ恥ずかしかったんだぞ! オレ電車のホームであんな喝采が巻き起こる光景初めて見たんだからな! 一緒にいたオレの身になれ! 一種の黒歴史だぞあんなもん! 自粛をしろおバカ頑固者!」

「おバカも頑固も余計だ! 電車の中であんなことをするから助けただけだろうが!」

「はいおばか! そんなことをする人は勇気ある人だけです! 柔道やっているからってほいほいその力を世間に見せびらかすんじゃない!」

「お前だって槍術の力使ってたじゃねえかっ!」

「それとこれとでは話が違うんじゃぁ!」


 とまぁ。


 その反論はとっぷりと世界を暗くし、三日月が周りを照らしている時間帯――夜の二十一時まで続き、二人は息を切らしながらもその口論を続けて、その日はただの口論だけでお開きとなってしまった。


 結局、テスト勉強も後日となってしまい、その日はただ助けて、ただ徒労をし、ただ口論するだけの、本当に無駄な一日を過ごしてしまった白。そして巻き添えの恭也。


 なんとも無駄な時間だった。そう恭也はこの時思っていたが、白だけは違っていた。


 確かに無駄だと本人も思っていたが、そのことを恭也に告げ、そして自分の心の中にあった疼きが緩和されたことに、内心感謝をしていた。


 冷たい風と、街灯と窓の外から零れだす電気の光。それを見て、肌寒い風を肌で体感しながら、白はふぅっと、興奮した気持ちを落ち着かせるように息を吐く。しかし……それでも脳に刻まれた記憶が容易く消えることはない。


 息を吐き、帰路に付こうとした白は一歩前に足を出した。瞬間……。


 ふと――脳裏に浮かんだ……、長髪の女子高生の微笑み。


 それを思い出し、そして首をぶんぶんっと横に振り……、更に思い出される微笑みの映像をかき消すように白はぶんぶんっと頭上に向けて手を上げて、煙を払いのけるように腕を急かしなく動かす。

 

 だが、それでも思い出される微笑みは鮮度を闡明し似た状態で浮き出されていく。


 白はそんな映像を一刻も早くかき消すように腕を急かしなく動かし、心臓の奥底で疼く何かをかき消そうと、反対の手で顔に向けて手を扇ぐ。


 ぶんぶんぶんっ! ぱたぱたぱたっ! と、左右の腕と手から出る空気を刻む音が、白の周りを飛び回る。


 自分が自分でなくなりそうな驚きと恐怖を覚えながら、白は何とかして顔の火照りと心臓の高鳴りをなんとかしようと模索し、行動に移す。行動に移しながら彼は思った。


 ――んだよ。これ……っ!


 ――なんだよこれ! なんであの女の顔が甦るんだよ! もう関係ねえだろうがっ! ただ助けただけなんだ! そこまで気になる必要なんてねえだろうが……!


 ――本当に……、なんで……。


 と思い、白は振っていた両手の動きを止め、顔の火照りを鎮めようと扇いでいた手を、口元に向け、そっと己の口を隠しながら……、彼は右斜め下に視線を向けて思った。


 顔の火照りがさらに温度を上げていることを感知しながら……、彼は思った。




 ――んだよ。これ……。マジで、意味わかんねぇ………………っ。




 とっぷりと沈んだ三日月が、白のことを見降ろしながら怪しく、そして見守るように明るさを保ち、夜の世界を青く照らす。まるで天然スポットライトのように周りを照らし、白の顔の赤みを晒していく。


 なぜここまで心がざわつくのか。なぜここまで顔が熱いのか。なぜ――一瞬見ただけの記憶がリピートされているかのように繰り返し映像が流れるのか。この時の白には知る由もなかった。


 知る由もない――ではない。いずれ知ることでもある。


 この時の白は困惑していた。自分の感情の中に生まれた新しい感情に、彼は戸惑いを隠せずに、どうすればこの心のざわつきと顔の火照りがなくなるのかを、脳内でぐちゃぐちゃに模索していた。


 簡単な話――()()()()()()()()()()()()()()()ことに気付かないまま、どうすれば熱が引くのかを思案していただけ。


 結局は――鈍感なのかもしれない。ただ免疫がなかっただけなのかもしれない。はたまたは……、その感情を今まで抱いていなかっただけなのかもしれない。


 そんな白をさらに困らせようとしたのか……、運命の神は――とあるいたずらを施した。


 それから一ヵ月後。突然それは訪れた。突然――白の身に危険が迫っていた。


 じりじりと外と家の中を熱くする日照りと熱気。じめじめとする湿度。無風であるが、それでも風流として飾っている薄水色の風鈴。赤と白の短冊も風に揺れておらず、くるくると回っているだけ。その動きが室内の熱を上げていくような雰囲気を醸し出す。更に木にへばりついている蝉の音色が、その季節の呼び鈴を鳴らして知らせてくれる。


 夏と言う季節が来たことを告げる音色を聞きながら、白は愕然とした面持ちでそれを見上げていた。


 黒いティーシャツと通気性抜群のジーパンを身に纏い、汗でべたつくシャツの首元を指に引っかけて、『ぱたぱた』と扇ぎながら、彼は片手に持っている白い長方形の機械を『かちかち』と押す。


 押すが、何も起きない。ただ蝉の音色が耳障りに響くだけ。


 再度押しても何も起きない。その状況を見て、見上げてた白は絶望的な音色で言った。




「こんな時に……、エアコン壊れるなって……っ!」




 そう。この時――白の部屋にあったエアコンは、壊れてしまった。


 白は汗ばんで弛みそうになっている体に鞭を入れると、スマホを手に持ってエアコンの修理を依頼した。しかし今の時期エアコンの修理の依頼が多いらしく、白のところに来るのは一ヵ月後かにヶ月後になるかもしれないといわれてしまう。


 それを聞いた白は、がっくりと肩を落とし、珍しく深いため息を吐く。


 べたつく服を一瞥し、気色悪さを感じた白は――それをガバリと脱いで洗濯機の中にそれを放り投げながら、これからのことを思案した。


 ――エアコンが壊れちまった。天気予報も二週間くらいはこの猛暑が続くとか言っていたし、扇風機でやり過ごすのは無理がある。


 ――てかなんでエアコンぶっ壊れるんだよ……。一年前に点検したときはなんともなかったんだぞ……? 最悪だな。こんなサウナのような部屋で一日過ごすのは無理がある。


 ――どこかに行って涼むって手もあるけどな……。ここいらのスーパーも室内が熱い。デパートって手があるが……、車で行かねえといけねえ距離。


 ――徒歩で行けて、且つ涼めるところ……。


「っち」


 顎を伝った汗をぬぐい、全身を駆け巡る嫌悪感の熱を感じながら、白は決断する。舌打ちではない。熱いという音を上げて、彼は決断し、行動に移す。


 一体どのような行動に移したのか。それはいたってシンプル。コンビニに行くのではない。タクシーを使ってデパートに行く――ではない。


 近くで、且つ確実に涼めるところ――そう、彼の家から少し遠いが、徒歩で行ける場所にある、図書館で涼みながら勉強をするために、白は行動に移したのだ。


 幸い――その場所の図書館の冷房は効いている。効いているがゆえに利用する人も今の時期になると多くなるのだ。


 本を読みに来る人や勉強をする人。そして大半は――ただ涼みに来る人。


 白は後者のような行動をしたくなかったので、勉強でもしながら涼もうと、彼は上半身を着替えて、勉強するための道具をショルダーバックに詰めて、彼は汗ばんだ状態で図書館に足を進める。


 ――いつぞやか、長髪の女子高生たちが襲われた近くの図書館に向かいながら……。


 そして――彼は再会を果たす。例の図書館で、白とその長髪の女子高生は……、偶然と言っても過言ではない、一ヵ月ぶりの再会を果たしたのだ。


 最初こそ平静を装いながら会話をしていた白であった。しかし少しずつその女子高生と会話をするたびに、白の熱がどんどん上昇していく感覚を覚えた。冷房が効いている図書館にもかかわらず……。


 女子高生は名乗った。自分は東大寺麗奈と。


 麗奈は白のことを見て――微笑みながらこう聞いてきた。



「あなたのお名前、お聞きしてもいいですか?」



 それを聞いた白は、一瞬、本当に一瞬の間に胸の疼きが再発し、その心の感情に戸惑いながら、白は後頭部をがりがりと掻き――いったん間を置いてから己の名を口にする。


 白の名を聞いた麗奈は、くすくすと微笑みながら――




「――変な名前だね」と、即答の如く毒を吐いた。




「仕方ねえだろうがっ! つーか何を思ってそれ言ったんだっ?」


 あまりの言葉と突然の言葉に、白は驚きと怒りが混ざった顔をしながら怒声を麗奈に浴びせるが、それを聞いた麗奈はさらにくすくすと笑って、「ふふふ。ごめんなさい。思わず……ね」言って、手に持った本を己の胸のあたりで抱きしめるように持つと、麗奈は白に向かって微笑み――ある提案をした。


 すっと――人気がない机を指さしながら、麗奈は言った。


「怒らせてごめんね。お詫びと言っては何だけど、よかったらあそこで読書しない? あそこね――すごく集中できる場所なの。私と私のお友達のおすすめスポット。良かったら一緒に本読まない?」

「あ、あー。悪ぃ。俺本を読むために来たんじゃねえんだ。家のエアコンがぶっ壊れちまって、ここで涼みながら勉強しようとしたんだよ。だから本は読めねぇ」

「勉強? だったら私、読みながら教えてあげるよ? ねぇ――一緒に座ろうよ」

「いいのか? そう言う読書って一人の方がいいだろうが」

「一人で読むのもいいけど、やっぱり人と一緒にいた方が落ち着くし、あの時のお礼もしたいから! ねぇ、一緒に座ろう?」

「……………………っ。あー。わーった。わーったよ。だけど一緒にいるだけだ。勉強は一人でなんとかする。それが条件だ」

「うー……。まぁ――それなら。それじゃぁ、案内するね」


 麗奈は白の言葉に渋々と言った形で飲み込み、二人は一緒になって、人気のない机に座って、麗奈は読書を、そして白は勉強に勤しんだ。


 何のことはない。ただそれをするだけのひと時。


 そのひと時の間――白は勉強に集中する傍ら、心臓の疼きと格闘し、それを鎮めようと努力していた。いうなれば徒労。本当に白は徒労が好きで、徒労しかできない頑固な性格であったが、それでも、白はそれを選んだ。


 隣にいる麗奈から離れよう。一人になりたいと――心の底から思っていなかったから。むしろ……、初対面に近いようなそれではあるが、それでも近くにいて安心するような雰囲気を感じていた白は、その雰囲気に甘えていた。


 もう少しだけ、体感していたい。感じていたい。それを優先にして――白は勉強に没頭した。


 わからないところがあった時、麗奈はくすくすと微笑みながら「教えてあげるよ?」と聞いてきたが、白はそれを断固として拒んでいた……。正直な話、これ以上の接近は危険だと察したから。


 それから……、夕方になり、じりじりと照らしていた日差しが優しい日照りになり、ほのかに冷たい風が周りを少しずつ、本当に少しずつ冷やして快適に近い空間を作り上げていく。


 そんな空間を体感しながら、白は手に持っている缶ジュースに口をつけながら、彼は思った。


 ――なんで、あんなことを言っちまったんだ? 


 白が思い出していたことは、図書館で帰路に付こうと踵を返そうとした時、彼は麗奈の不安そうな声を耳にした。その時は仕方ないだろうなと思っていたが、白は思ったことを行動に移さず、彼は本能の赴くがまま、彼は横目で麗奈のことを見ながら――


()()()――()()()()()()()()

「!」

「エアコンぶっ壊れて、修理もかなり後になるんだ。だからその間だけは図書館(ここ)に世話になる。だから――そう不安そうな顔すんな。笑っていろ」


 驚いた顔をしていた麗奈の顔を見ずに、白は歩みを進めて帰路に向かう。彼女のことを心配させまいと、片手を振り上げてひらひらと振るったが……。


 少し離れたところで、白はその場でしゃがみながら思った。


 何をしているんだ。と……。なんであんなことを言ってしまったんだ。と、彼は一瞬後悔しながら項垂れてしまった。そして現在に至り……、ごくり。と――缶ジュースの液体で喉を潤しながら、彼は思う。


 ――あんなことを言っちまったけど、まぁ後悔はあまりねえな。逆に安心したって言うか、言いたかったって言うか……。何だろうな……。


「あー……………っ! 何だこのむず痒い感覚! なんであんなことを言っちまったんだっ? なんでこんなにぐちゃぐちゃすんだよぉ! 学校の女子に対しては全然だっつーのに……、なんでこうなっちまったんだぁ……っ!?」


 もう思考の言葉で語ることをやめて、白は頭を抱えながら項垂れてしまう。


 自分の中に渦巻いているこの感情が一体何なのかは未だに謎であり、その疼きと火照りは麗奈のことを思い浮かべるたびに膨張して、彼の神経を乱していく。


 うがーっ! と、まるで怪獣のような唸り声を夕焼けの空に向けて上げた白は、己のその感情が一体何なのかを理解しないまま、白は図書館で麗奈と一緒になりながら日々を過ごしていった。


 エアコンが壊れている間の期間限定の逢瀬。


 それを一時的に過ごし、白は麗奈との交流を深めていく。己のことを話すと同時に、麗奈のこともどんどん知る白。麗奈は東大寺家の娘で、日夜当主修行をしながら日々を過ごしてることを、彼女は告げたのだ。


 それを知った白は、正直なことを麗奈に向かって言うと、麗奈は困ったように微笑みながら「仕方ない」と言っていた。白はそれを聞いて、彼女の手に無意識に手を置きながら心配の声を掛けるが、それでも麗奈は言った。心配させまいと――彼女は笑みを浮かべながら告げたのだ。


 ――大丈夫。と。


 それを聞いた白は、そんな麗奈の気持ちを折らないように……、それ以上の言葉を口にすることをやめた。彼女のことを気遣って、白は言うことを止めた。


 しかし――これが白の間違った選択であった。


 ここでもっと言葉を告げ、頑固者らしいことを言えば、行動をすれば、麗奈は麗奈のままだった。


 その日もいつものように別れを告げ、ある日――夏の季節によくある大雨が降り注いだその日、白はいつものように図書館に向かおうとしていた。黒い傘をさして、彼は土砂降りの中図書館に足を進めていた。


 ――こんな土砂降りだからか……、部屋もすんげぇじめじめしていやがる……。熱くねえっていっても、じめじめには勝てねぇ……。ここは一旦図書館だな。


 すでに『図書館に避難』と言う思考回路が成立している中、白はばしゃばしゃと足元の水たまりを鳴らしながら向かう。大雨の音を傘の布で聞きながら、白は歩みを進めていると……、ぴたりと、足を止めた。


 そして――図書館の前にずぶ濡れの状態で立っている長髪の女性を見た瞬間、白は声を上げた。


「――麗奈?」


 その声を聞いてか、びちゃびちゃにずぶ濡れてしまっていた麗奈はゆっくりとした動きで白の方を振り向こうとした。


 が――白はその顔が己の目に入った瞬間……、心の奥底に疼いていたそれが……。



 じくり。



 とした感覚に変わっていた。


 じくじくと……、心に突き刺すような痛みを発しながら、白の心は訴えていた。


 苦しさを訴えていた。


 平静は装っていた。しかし心はすでに混乱、苦痛の大嵐。


 僅かに歪みそうになった顔を平静に矯正しながら、白は麗奈の顔を見た。


 雨によってずぶ濡れになってしまった髪の毛と服。このままでは風邪をひいてしまうかもしれない。そう思っていたがそれよりも白は麗奈の顔を見て、彼は心が張り裂けそうになったのだ。




 麗奈の顔に残る赤黒い痣。そして生気のない目。




 それを見て白は思った。


 声を掛け、その声に答える前に自分に向かって抱き着き、声を殺して嗚咽を吐いた麗奈の声を聞きながら白は麗奈の好きにさせ、せめてこれ以上雨に当たらないように傘を向けながら彼は思った。


 ――なんで、こうなっちまったんだ……っ。なんで、こうなる前に……、気付かなかったんだよ……っ!


 二人の悲しみに応えているかのように雨の勢いが更に凄みを増し、麗奈の声をかき消していく。白の心の悲しみを大きくして、二人を冷たくしていった……。


 有栖川白の回想――一時閉幕。今現在に時間を戻す。

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