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PLAY71 BATORAVIA BATTLE LOYAL!Ⅹ(麗奈と白)②

 東大寺麗奈の回想。それは彼女にとってすれば苦しい半生と嬉しい半生が織り交ざった回想である。


 まずは苦しい半生。


 それは――自分の家でもある東大寺家でも生活そのものが、彼女にとって苦しみの十三年間であった。


 東大寺家は『世界三大富豪』の右翼をになっており、橘家以上の力を有し、あのRC以上の力を持っている富豪であった。


 誰もが憧れてしまう富豪の一族。一言で云うのであればセレブ。しかしそのセレブでも人間。東大寺家に生まれた麗奈はずっとこう思っていた。


 ――私、普通の家庭の子に生まれたかったな。


 と。


 彼女がそう思う理由。


 それは自分の教育係で、使用人の筆頭でもあり、麗奈の祖母でもあった奈那子の忠実な執事……、豹田の厳しすぎる教育が心底嫌だったからであった。


 彼女の家――東大寺家は代々、女尊男卑の家系であった。


 よく聞く男尊女卑と言うものではなく、東大寺家では女の方が権力が強い家庭であった。


 しかしその思考を持つものは奈那子と彼女に使える豹田しかおらず、当時次期当主は母――夏未(なつみ)がなり、婿養子としてきた父――隆盛(りゅうせい)が、今の東大寺家を支え続けた。


 そんな家に生まれた麗奈は、その家の末っ子として世に生を受け、何不自由なく彼女は親と先に生まれた双子の兄妹と一緒に過ごしてきた。


 ……奈那子の葬儀が来るまで、麗奈は幸せだった。そしてその葬儀が終わると同時に、麗奈の幸せは苦しみに変わってしまった。


 唐突に、本当にある日を境に、彼女の人生は『苦』しかない人生に変わってしまったのだ。


 その原因を作ったのは――東大寺家の執事でもある豹田盈であった。


 彼がこうなってしまったのは――麗奈が五歳の時、奈那子の葬儀が行われた直後だった。


 東大寺奈那子は今の東大寺家を『世界三大富豪』に築き上げた張本人でもあった。


 幼い麗奈の記憶にある奈那子は一言で言うと……、怖いという印象しかなかった。嫌いではない。怖いだけであった。


 常に漆黒のロングスカートを身に纏い、微笑むそれを見せない顔。口元。優しさなど一切感じられないような鋭く冷たい目。その目だけで人を殺せそうな眼力。更に言うと剣の言葉。それが幼い麗奈にとってすれば――『怖い人』であった。


 そんな奈那子に使えている豹田も優しさなどない人物で、幼い麗奈はそんな二人のことを『怖い人達』と言う認識で見ていた。


 嫌いと言うそれはなく、ただただ、怖いというそれしかなかった麗奈にとって、奈那子も豹田も、『怖い人』であった。


 他の使用人や親、兄と姉は『優しい人』であったが、奈那子と豹田だけは――『怖い人』と言う認識で見て、麗奈はそんな二人を避けていた。


 避けながら生活をして、麗奈が五歳になった時――奈那子はこの世を去ってしまった。それからだった。


 豹田が取り憑かれたかのように、麗奈に対して厳しく教育しだしたのだ。奈那子がいなくなる前も厳しかったが、それ以上に彼は麗奈にだけ執拗に厳しくし、麗奈の苦しい生活をもっと苦しくさせたのだ。


 そんな光景を見てか、何度か母と父が豹田と共に話すことがしばしばあった。その時だけが、麗奈にとって唯一の心の安らぎで、その時心配してくる兄――直哉(なおや)と、姉――奈緒(なお)だけが心の寄り心でもあった。


「麗奈。大丈夫か?」


 兄――直哉は麗奈の部屋で、ベッドに座って大好きなリボンがついたクマのぬいぐるみを抱きしめ、俯いている麗奈に向かって優しく聞く。怖がらせないように、しゃがんで優しく語り掛けながら。


 そんな直哉の声を聞いた麗奈は、俯いた状態で首をふるふると振るう。


「………そう、だよな。麗奈も嫌だよな。苦しいよな。ごめん」


 そう言いながら直哉は麗奈の頭に手を置く。置きながらゆるゆると撫でると、麗奈の隣に座っていた姉――奈緒が麗奈のことを見降ろし、彼女の背を撫でながら――


「麗奈――もし苦しい時があったら、いつでもお姉ちゃんや直哉兄さんのところに来て、私達にできることがあればいつでも言って?」


 と言った。


 直哉と奈緒は若いながら功績を残している実力者。


 兄直哉は大手会社の代表取締役で、姉奈緒は大学の教師。二人共東大寺家の名に相応しいような実績を残していた。


 そんな二人でも、やはり血の繋がった兄妹。妹で、年の離れた麗奈のことが一番大事であり、心配なのだ。


 それは父と母も同じで、()()()()()()()麗奈のことをとてもとてもかわいがっていた。


 ゆえに――豹田がしていることに関して、父と母は目を塞ぐこと、耳を塞ぐことができなかった。たとえ家族の中で権力を持っていた祖母の使用人であろうと……、許せなかった。


 現在親は豹田と話している。それに聞き耳を立てていた直哉は、俯いている麗奈に向かって、あることを聞いた。


「麗奈――今はお兄ちゃん達と一緒にお話でもしようか? お兄ちゃんは仕事で麗奈のことあまり聞いていないから、麗奈のことについていっぱいいっぱい知りたい。いいかな?」

 

 それは――麗奈のことを想っての気遣いでもあり、兄の優しさでもあった。


 奈緒もそれを聞いて、「そうねっ」と明るくふんわりとした音色で手を叩きながら――


「お姉ちゃんも知りたいなーっ。麗奈のこと」と言うと、そんな二人の声を聞いて、麗奈はそっと顔を上げて、二人の顔をじっと見る。


 不安そうな顔をして、今に来るかもしれない豹田のことを恐れているような顔で、麗奈は二人のことをじっと見つめる。


 そんな妹の顔を見て、兄妹は胸に来た痛みを感じ、それを顔に出さないように必死に笑みで隠しながら――兄は聞いた。


「無理……、かな? 無理だったら」と言った瞬間、麗奈は抱きしめているクマのぬいぐるみと一緒にベッドから降りて、とととっと小さな足で駆け出しながらあるところで止まる。それを見ていた二人は首を傾げながら疑問符を浮かべて麗奈の姿を見た。


 麗奈が止まった場所――そこは小さな小さな本棚。


 五歳の麗奈が使うにはふさわしい淡いピンクで彩られた二段の本棚。その一段目に目を通し、しゃがみながら何かを探す麗奈。そしてすぐに見つけたのか、それをするりと本と本の間から引き抜き、それを片手に持ってまたとととっと駆け出して、二人がいるベッドによじ登る。


「何を持ってきたの?」


 姉が聞くと、それを聞いていた麗奈はそれを前に掲げて見せた。それを見て、二人は再度首を傾げた。


 麗奈が持ってきたもの――それは……、スケッチブック。『おえかきちょう』だった。


 その表紙をぱらりとめくって、麗奈は一番前の真っ白いページに描かれているそれを兄と姉に見せる。二人もそのページを覗き込むように見ると……、そこに描かれてるものを見て、二人は目を見開いた。


 真っ白い半ページに描かれていたものは――二人の大人と小さな女の子が手を繋いで笑い合っている可愛らしい絵。それを見た瞬間、二人は察した。


 この絵は――親と手を繋いで笑い合っている絵だと。その絵がだれなのかも、二人は理解した。


 麗奈が描いていることが何なのか。そしてこの『おえかきちょう』が()()()()()()()も、二人は憶測ながら察してしまった。


「あのね――」と麗奈は初めて言葉を発し、その柄を小さな指で指をさしながら、二人に向かって説明をした。不安そうな顔を残して、麗奈は説明を始める。


「これはね――おとーさんとおかーさんと手をつないでいるところ。れな。おとーさんもおかーさんもおしごとでいそがしいけど、それでもいいの。おとーさんとおかーさん。れながよるこわくてねむれないとき、ぎゅぅーっ! って手をにぎってくれるから、それでいいの。それがうれしくて、()()()()()()()()からいいの」

「………………………お願い? 麗奈。そのお絵描き帳は、一体何なんだい?」


 直哉は聞く。それを聞いた麗奈は、直哉のことを見上げながら不安そうな顔に笑みを重ねた顔で、彼女は言った。


「あのね。これね。『れなのゆめてちょう』なの」

「夢……、手帳?」


 直哉は首を傾げて聞く。それを聞いた麗奈は「うん」と頷きながら――


「れなね。あれほしいなぁ。あれしてほしいなぁとか思ったらね。この『ゆめてちょう』にかいてね――おねがいをするの。こうやって、手をにぎって――お月さまにいるかみさまにむかっておねがいをするの。『どうかかなってください』て。いつもおねがいしているの。でね――かなったらね。ここに赤いまぁるをぐるーってかくの。ほら、ここにもまぁる。あるでしょ?」

「あ」


 というと、幼い麗奈はとんっと、お絵描き帳の右斜め上に書かれている赤い丸マークを見つける。それはクレヨンで書いたかのような歪ではあるが、それでも『赤いまぁる』マークだ。


 それを見て、奈緒は声を漏らして、 麗奈が描いた切実な願いがこもったそれを見て、麗奈のことを見降ろしながら優しい笑みでこう聞く。


「まだ……、何か叶えたいことってあるの?」

「うんっ」


 奈緒の言葉に、麗奈はこくんっと頷き、子供らしい笑みを浮かべながら麗奈はお絵描き帳のページをめくっていく。


 パラりとめくると、見開き一ページに描かれている家族六人で笑い合っている絵。


 パラリとめくると、見開き一ぺージに描かれている犬と遊ぶ麗奈の絵。


 それを見ていた直哉は、その犬の絵を見てくすりと微笑みながら――


「ふっ。これは分かったぞ。犬を飼ってほしいんだろう?」

「うん! そうだよ! でも……」

「うん、ごめん。俺が犬アレルギーじゃなかったら、叶っていたかもな……」

「ううん! いいもんっ! 大きくなって一人で暮らしたら飼うもんっ!」

「えーっ? 一人暮らしぃ? 麗奈もしかして、一人暮らしに憧れているんだー? いいなー。お姉ちゃんはこの家から離れられないからなー」


 兄妹と麗奈は和気藹々と話しながら、麗奈の手にある『夢手帳』に描かれていることに花を咲かせる。


 麗奈の話を聞き、麗奈が描いている普通ならば叶うかもしれない願いを聞いて、少しずつ、本当に少しずつ罪悪感を抱いていく。


 一人暮らし。それは東大寺家にとってすればできないことでもあり、しようと思えば、きっと豹田の目についてしまう。


 それは直哉も奈緒も同じであり、麗奈にとってすればそれも、叶わない夢なのだ。


 そのことを思って麗奈の『夢手帳』を見ていると、麗奈は次のページをめくり、その見開きの箇所を指さしながら、「ここ! れながいちばんかなえたいことなんだよっ!」と言った。


 その声を聞いた兄妹ははっとして麗奈が描いた絵に目を向けると、そこに描かれていたものに、二人は再度目を見開き、そして麗奈のことを見ながら言葉を失っていた。


 麗奈はそんな二人に向かって、笑みを浮かべながら言った。


 きっと今の麗奈では叶うことなどできない。かなえようとしても、豹田がそれを阻んでしまうであろう願いを、彼女は子供らしい笑みを浮かべて言った。




「れなねれなね。おおきくなったら――()()()()()()()()()()っ!」




 そう言いながら麗奈は小さな指で指をさしたところに描かれていたのは――白いどれに住みを包んでいる女性と、白い服に身を包んで満面の笑みを浮かべて手を握り、女性の手には大きな銀色のわっかが描かれていた。二人の上空には桃色のハートマーク。


 それを見た二人は、本心を告げることができず、それはできない。と言うことを言うことができず、直哉と奈緒は――申し訳なさそうに微笑みながら……、こう言った。


 ごめんね。そう心の中で麗奈に向かって謝りながら――


「……きっと、叶うよ。うん。叶う。お兄ちゃん応援するから」

「麗奈はきれいだから、きっとすぐにお嫁さんになれるわ。お姉ちゃん……、応援するね」


 と言うと、それを聞いた麗奈は、ぱぁっと満面の笑みを浮かべながら「うんっ!」と頷く。


 その願いが叶うことを願って、その絵をじっと見つめながら――麗奈は「えへへ」と笑みをこぼす。その笑みを浮かべている麗奈に向かって、二人は俯いて、再び心の声で謝罪をする。


 一人暮らしはおろか、別のところに嫁ぐことは、今の麗奈には厳しいことでもあった。豹田は奈那子の悲願で執拗に麗奈をこの東大寺家の当主にしようとしている。母が現当主だが、いずれは()()()()()()()()()()


 そのための、麗奈なのだ――


 奈緒でもなければ直哉でもない。二人は奈那子から見限られた存在。ゆえに彼らは当主になれない。なるのは麗奈だけ。麗奈だけが豹田にとって、きっと、奈那子にとって最後の希望なのだ。


 東大寺家の最後の希望なのだ。


 だが……、誰も麗奈に当主になってほしいとは望んでいない。麗奈には、否――夫婦は直哉、奈緒、麗奈には自由に生きてほしいと願っている。それは直哉と奈緒が麗奈の自由と幸せを願うのと同じようなもので、麗奈にはその道を、縛られてしまった道に進んでほしくない。


 ただただ――麗奈の人生は麗奈が決めて、幸せになってほしい。それだけなのだ。


 それだけのことを、豹田は許さない。豹田は奈那子の悲願のために、麗奈を当主にしようとしている。『()()()()()()――()()()()()』として。


 ゆえに、麗奈を東大寺ではない夫に嫁がせるということは絶対にしないだろう。今の時点ではまだまだ早すぎるが、そのことを豹田が聞いたら、発狂するだろう。間違いなく発狂し、何をするのかわからない。


 彼は奈那子のために、悲願のために一生懸命であり、そのこと以外に頭を回すことなど現時点ではできないと察しているから、二人は豹田に言っても無駄だということをいやと言うほど理解していた。


 だから――無駄だからこそ、無理だということをいち早く理解してしまったのだ。


 ……今は、豹田の気持ちが変わるのを待つしかないのだ。そして時がその思考をほぐしてくれるのを待つしかない。待つことしかできない。


 助けたいのに、非力。無力。


 それを痛感しながら、二人は麗奈の傍に寄り添い、心の安らぎとなって麗奈が元気になってくれることを願っていた……。ずっと、ずっと――願いながら……。


 それから月日が経ち………。


 麗奈は十七歳になった。豹田の教育は依然と厳しいものであったが、いくらかは我慢できるようになってきた麗奈。幼いときはその厳しさにわんわん泣いていたが、それもすでに無くなり、今となっては『今後のために』と思って日夜励んでいる。


 今後のため。


 それは――昔お絵描き帳に描いていた……『夢手帳』に描いた、自分の夢のために、彼女は日夜努力をしてきた。いやだと親にも兄や姉に言わずに、ずっとずっと頑張ってきた。


 苦労すれば報われる。


 それを胸に刻み、それを願いながら――彼女は頑張ってきた。


 頑張って、姉が通っていた女学院に入学した。


 その女学院はこの時代の日本では有名で学力も高く、数々の有名人を世に出した名声のある女学院であった。その近くには兄が通っていた有名高校もあった。


 その女学院に通いながら、麗奈は常に努力して生きてきた。夢を叶えるために、彼女は必死になって努力して生きてきた。


 ――お父さんが言っていた。『努力は私のことを裏切らない。努力は私の力になってくれる』って。


 ――あの怖い豹田さんだって、私の努力を見てくれたら、きっと私のことを認めてくれるに違いない。一人暮らしを認めてくれるに違いない。


 ――頑張らないと。頑張らないと。頑張って――自分の夢を実現させるんだ。


 そう思いながら、麗奈は常に努力を重ねていく。


 作法や勉学、東大寺家としての振る舞いなど、彼女は直哉や奈緒以上に努力してきた。


 積み重ねて、絶対に豹田に認めてもらおう。そう思いながら彼女は努力を重ねた。


 そんなある日――麗奈はその日、友達と一緒に帰路についていた。


 いつも麗奈は専属の運転手に頼んで通学と帰宅をしている。


 しかしその日は近いうちにテストがある日で、苦手分野にてこずっていた友達に勉強を教えるためにその日の帰宅は徒歩にすることにしたのだ。


 そのことを電話越しに運転手に話し、親と豹田の許可をもらって (豹田は渋々であったが……)、麗奈は友達と一緒に近くにある図書館に向かって足を進めていた。


 場所は女学院の近く。徒歩で十分程度のところにある。


 その道を歩みながら麗奈は友達である――サイドテールが印象的で緩められたネクタイに着崩れた制服。スクールバックをリュックの様に背負う活発そうな少女。彼女は麗奈の友達であり、テニス部のエースである――柳並(ゆうなみ)涼音(すずね)と言う女性だ。


 麗奈はそんな女性と一緒に、他愛もない雑談をしていた。


 涼音は麗奈に向かって言う。手を目の前で合わせて、申し訳なさそうに頭を垂らしながら彼女は言った。


「ごめんねレナァ~! うちのわがままに付き合わせちゃって……っ! 本当に歴史とか苦手で……っ! おうちのお勉強もあるんでしょ……?」

「いいよ。涼ちゃん困っていたし、それに図書館に行って私も分からないところを復讐と予習しよかなって思っていたし」

「え……? 復習してーの……、予習してーの……? あ、だめだー。あーだめだー。うちの脳味噌爆破するって……、マジで」

「大袈裟だって。涼ちゃん名門校に入れるほどの学力持っているんだし、きっと人の何十倍も努力すれば何とかなるって!」

「喧嘩売ってんのかこの野郎っ! あんたとうちの脳味噌は根本的なつくりから違うんだっつーのっ! こんのボケッッ! てか部活と両立してんだこっちはっ! 勉強なんておろそかになるって!」

「それを両立してこその学校でしょ? 涼ちゃんならできるって」

「腹立つ……っ! こんな優雅スマイルのせいでうちのメンタルバリバリ壊されて行くわ……っ! そう言うことじゃねえって言いたいんだけど……、うぐぐぐぐうっっ!」


 という会話をしながら、麗奈は友達でもある涼音と一緒に図書館に向かって歩みを進める。


 たまにしかない学友との会話。他愛もない雑談。そして心を許せる女友達。


 そのひと時を体感しながら、麗奈は涼音と一緒に歩みを進める。


 ファッション雑誌のこと、テレビで見た有名人のこと、近くにできたカフェのこと、そして今後の進路のことについて (こればかりは涼音も嫌そうな顔をしていた)話をしていると、唐突に、涼音は頭に手を組みながらこう言った。


「てかさー。うちの学校って女子高みたいなもんじゃん。女子高となると出会いとか一切ないよねー。近くの高校なんて珍しく『異性との交遊は禁止』だし、あーあーあーっ! うちも出会いが欲しいよー! 彼氏欲しいよぉぉぉーっっ!」

「彼氏かぁ……」


 その言葉を聞いた麗奈は、ふと――あの時『夢手帳』に書いたことを思い出した。あの時書いたウェディングドレスを身に纏う自分と、そんな自分の手を握って笑っている人。


 それは――自分が愛すると決めた男性の予想図。


 それを思い出し、そして内心それが叶うことを心に秘めながら、麗奈は涼音に向かって言った。


「彼氏は欲しい、かな? やっぱり一人で楽しいことも、二人ならもっと楽しいかもしれないし。カフェで一緒に飲むとか。あとは映画館とか……」

「そうそう! そうそうそう! あ、でもうちは自宅デートかなー? 彼氏とラブラブしてー。人目を気にせずにぐっふっふっふ」

「鼻の下を伸ばして可愛い顔を崩してしまっている……。涼ちゃん戻って来てー。そのままだと変人扱いされちゃうよー?」

「変人ちゃうわいっっ!」


 とまぁ、女子高生が語る『恋バナ』をしながら、二人は少しずつ図書館に向かって進む。少しずつ。本当に少しずつ。


 これは――勉強が大の苦手で嫌だという涼音が、わざと歩幅を小さくして歩む時間を伸ばしているのだ。いうなれば時間稼ぎ、いやな時間が遅くなるように、涼音は歩みを遅くして麗奈と楽しい雑談に花を咲かせようとしたのだ。


 涼音もこの図書館の勉強が終われば、家に帰っていやなテニスの練習が待っている。だから彼女はわざと時間を稼いでいるのだが、麗奈はそんな涼音の作戦を見抜いており (毎度のことなので)、そんな涼音の気持ちを汲み取りながら麗奈は歩みを進めて、話に花を咲かせる。


 すると……。


「あ、あの……」

「「?」」


 前から超えた聞こえた。男の声で、同じ年の男の子の声が、二人の鼓膜を揺らした。


 その声を聞いて、麗奈と涼音は声が聞こえた前を向くと、麗奈は首を傾げてきょとん……として見ていたが、涼音だけはその声の人物を見て、心底嫌そうな顔をして内心こう思った。


 ――うわ……。サイアク。と……。


 二人の目の前にいたのは――黒い制服に身を包んだ男子高校生であった。丸い眼鏡をかけているがその眼鏡も伸びてしまっている前髪で目元が隠れてしまっている。皮だけしかない頬骨に右手にはスクールバックを握りしめ、男は二人のことを前髪越しにじっと見つめている。


 それを見ていた麗奈は、首を傾げながら男の制服を見て――


 ――あの制服、ここから少し離れた高校の制服。なんでこんなところに……? 


 と思いながら、麗奈は深い疑念など持たずに見ていた。しかし対照的に、涼音はそんな男子生徒のことを見ながら……。


 ――本当に最悪……。マジでここまでくるとか。と思いながら、涼音は麗奈の前に立ち、その男子生徒に向かって腕を組みながら言った。


 威圧を含めた音色で、驚いている麗奈をしり目に――彼女は言ったのだ。


「あんた――この前図書館で麗奈のことをじっと見ていたよね? その前も、結構前も」

「? え? うそ?」


 そんな涼音の言葉に、麗奈は驚くが、男はそのことが耳に入っていないのか、無言のまま俯いている。


 いいや……、前髪のせいで俯いているのかいないのかはわからない。


 だが男は無言の状態であった。


 そんな男の行動に苛立ちを覚えたのか、涼音は果敢にも男のことを指さしながら――


「どうなの? 嘘? 本当? 本当だったらこれ以上麗奈に付きまとわないでほしいんだけど? こっちだって嫌だし、それに何が目的なのかは薄々察しているけど、それしたら速攻電話で」


 と言った瞬間だった。


「――じゃ、邪魔だ……っ!」


 男は涼音の腕を横に押しのけ、そのまま涼音を冷たいアスファルトの地面に突き飛ばした。それを受けた涼音は驚きながら「あぅっ!」と言う声を上げて膝から崩れる。


「す……、涼ちゃん……っ! あ、わっ!?」


 麗奈はそれを見て、驚きながら涼音に手を伸ばそうとした瞬間、彼女の右手首に捕まれる何か。それを感じ、そして引っ張られながら、麗奈は驚きの声を上げる。


 物凄い力に反し――氷のように冷たい手。


 それを感じながら麗奈は一瞬、心の奥に広がる震えを感じた。


 表情から込み上げてくる『ぞくり……っ』とした寒気と同時に、ずいっと顔を近付けて来る男。


 麗奈の腕を離さんばかりに掴んで、綱引きのように引っ張りながら愛おしい目で男は言った。思考も何も正常ではない状態で、彼は言ったのだ。


「あ、あの……っ! 東大寺、さん……っ!」

「っ!」

「い、あ、は……、話したいこと、が、あるんです……っ。少し、遠いんですけど……、喫茶店で……」

「ちょっと……、まって、やだ……っ! 離してっ。おねがい……っ!」

「い、いいから……っ!」

「やだ、いやだぁ……っ!」


 男は麗奈の腕を掴んで、無理矢理引っ張りながらその喫茶店に行こうとする。


 それを何とか踏みとどまるように踏ん張りながら麗奈は、首を振っていやだと告げるが、それに耳を傾けていない男は麗奈の手の肉に指を食い込ませるように掴んで、その手を離さないようにしている。


 それを見ていた涼音も、根性で立ち上がり、その男の手を掴みながら「やめろって! このぉ!」と言って引きはがそうとするが、びくともしない。


 びくともしない。このままではまずい。


 そう直感が囁いた麗奈は、ぎゅっと目をつぶり、そして心に念じながら、彼女は求めた。


 ――助けて、助けて、助けて!


 ――お父さん! お母さん! お兄ちゃん! お姉ちゃん! 


 誰でもいい、誰でもいいから、自分と涼音のことを助けてほしい。そう願いながら、麗奈は願う。願う。願う――


 ――誰か! 助けてっ!


 そう心の声が甲高く、麗奈の体の中で響いたと同時に、事態は大きく傾いた。まるで――麗奈の声を聞いていたかのように。それは突然起きたのだ。




「あででででででででっっ! 痛い痛い痛い痛い!」




「っ!? ――っ!」


 突然の叫び。それは男の声であり、その声を聞いたと同時に、麗奈の腕から締め付けられるような圧迫がなくなった。それを感じて、麗奈はそっと目を上げながら目の前で起きているそれを見る。見て――彼女は驚きながらその光景を目に焼き付けた。


 それは涼音も同じで、二人してその光景を見て――驚きを隠せなかった。それはまさに、漫画のような展開であり、現実ではあまりない光景だったからだ。


 麗奈の腕を掴んでいた男の左手首を、くりんっと捻るように掴み上げている男子生徒がいたのだ。


 黒髪だが少しぼさついている少し身長が高い黒いリュックを背負った紺色のブレザーを着ている男子生徒。その生徒の制服は男の制服と、兄が通っていた制服とは違うが、それでもその男子生徒は男の手首を掴み上げていた。掴んでいた男は未だに悲鳴を上げながら「やめろ」や、「いたい」と言って男子生徒の手をバシバシ叩いていた。


 しかし――その手を離そうとしない男子生徒。


 麗奈の前に立って、守るように立っている男子生徒の背中を見ていた麗奈は、唖然としながらその光景を見ていた。涼音は驚いたまま固まってしまっている。


 ぎりぎりとなるその腕を見て、男子生徒は男の腕から手を離した。ぱっと、あっけなく。


 その開放と同時に、男は地面に尻餅をつかせながら自分の左手首を見て、異常がないことを確認した後――


「お、おまえ何してんだ……っ! 手首折れかけたぞっ!」と怒鳴ると、それを聞いていた男子生徒は――


「先に手ぇ出したのはてめえだろ」と言い、男子生徒は続けてこう言った。鋭い眼光で、彼は言ったのだ。


「それに、こいつら『やめろ』って言っていやがっていただろうが。怖がっていただろうが。はたから見ても……、先に手を出したお前が悪いって思ったぜ? それに折ってねえから安心しろ。そして――」


 もうこんなことすんな。


 その低い音色が、男の恐怖心を増幅させる。それを聞いた男は、その場から逃げるように押しを抜かしながら走り去ってしまった。


 そんな光景を見ていた麗奈と涼音は『ぽかんっ……』と口を開けながらその光景を見て、そして男子生徒の「おい。大丈夫か?」と言う声ではっと現実に引き戻される。


 涼音は慌てた面持ちでその人のことを見上げながら「あ、は……、はひっ! あ、ありにゃにょうごふぇーますっ!」と、素っ頓狂な声を上げて返事をして頭を下げる。その声を聞いていた男子生徒は呆れな音色で「ごっちゃだぞ……?」と言う。


 麗奈はその声を聞いて、そして助けてくれた男子生徒のことを見て彼女は感じた。思ったのではなく感じたのだ。


 胸の奥から込み上げてくる温かさを感じ、どくどくと急かしなく動いている心臓に驚きながら、麗奈はその人のことを見上げる。


 見上げている麗奈に気付いたのか、その人物は少し目つきが鋭いそれで麗奈のことを見降ろし……。


「大丈夫か?」と、彼女の顔を覗き込みながら聞く男子生徒。


 それを聞いていた麗奈は、その人の顔を見ながらずくりと込み上げてきたそれと、顔中に来る熱を体感しながら麗奈は「は、はい……」と頷いた。


 それを見ていた涼音の笑みが小悪魔のようなそれだということに気付かず……。



 ◆     ◆



 まだまだ終わりではない。これは苦しい記憶から嬉しい記憶に切り替わる転機。


 これは――運命。


 麗奈が麗奈であり、麗奈の心が壊れてしまうきっかけでもある転機。


 この時からだった。


 麗奈は、奪われてしまった。


 男子生徒――有栖川白に出会い、彼に対して麗奈は心を奪われ、そしてその奪われてしまった心を満たすように白に寄り添って行く……。


 これはまだ一幕。始まったばかりの想い。


 この想いがきっかけとなり、麗奈と白は想い合い……、そして麗奈の心が豹田の手によって壊れていく。


 それが来るのはまだ少し先になる。


 回想一幕終了。第二幕へ。

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