PLAY70 BATORAVIA BATTLE LOYAL!Ⅸ(知りたくない事実)⑥
「?」
ガルーラの言葉を聞いたティティはすぐにそっぽを向くように正面を向いてガルーラから目を逸らした。
その光景を見たガルーラは首を傾げて、どうしたのだろう? と思いながらそっと立ち上がる。
じくじくと赤い鮮血が流れている手を押さえ、止血を施しながらガルーラはティティに向かって歩み寄る。
倒れているパトラを避けながら彼女はティティに近付いて行く。
「おーい。どした?」
「………………」
「おーい。おーい。おーおーおーおーおーおーい」
「………………」
「おーいおーいおーいおーいおーいおーいおーおーいおーい」
「おーおーおーおー……。うるさいです……」
「お! 聞いていたか」
ティティのむすっとした音色を聞いて、ガルーラは (ふざけ半分の)呼びかけをやめる。ティティの声を聞いて驚いたガルーラは彼女に近付きながら――
「聞いてたんなら返事暗いしろって。危うく死んじまったかと思っちまったぞ?」
と言うと、それを聞いたティティはガルーラのことを見ずに、少し怒りが含まれている冷静な音色でこう言葉を返した。
「……それくらいでは死にません。私は鬼です。英雄なのですよ? ただの着地で死ぬことはありません」
「…………まぁ。な」
ガルーラは若干引き攣った笑みを浮かべる。
内心――現実世界のあたしなら多分死んでいるけどな……。と思いながら、ガルーラはティティの常人離れしたその身体能力に驚きを隠せなかった。
隠せないまま固まっていると――
「あの」
「?」
ティティは唐突にガルーラに向かって言葉を零した。彼女の顔を見ずに、彼女に向かってティティは質問を零した。
その言葉を聞いたガルーラは首を傾げてティティの言葉を待つ。
待ちながら――突然どうしたんだ? と思いながらティティの次の言葉をじっと待った。
「あの、その……えっと……ですね? あの、それ……本当、なんですね?」
その沈黙を体感しながら、ティティはガルーラのことを見ずに、後ろを向いて俯きながら彼女は、両手をコショコショと絡めていきながら小さな音色でこう口を零した。
小さく、本当に小さく、こう口を零したのだ。
「本当に……、ティズは、離れたくなって。言ったんですよね?」
世辞とか、傷つけたくないという優しさとかではなく……、本心で、そう言ったんでしょね?
ティティは言う。
小さな声で、不安と照れくささ、そして希望を抱いているような表情でティティは言うが、ガルーラに背を向けているせいか彼女にはその表情が見えない。
だがティティの言いたいことを察したガルーラはにっと豪快な笑みを浮かべて――
「おう! 言っていたぜ! 照れくさそうにな!」
と言って、続けてガルーラは不安そうなティティに向かって、もう一回背中を押す。まるでその恋路を手助けする人物のように、ガルーラは続けてこう言う。
「なんなら――本人に会ったら聞いてみればいい! あたしも一緒にいてやる! それでいいだろ?」
「ふ」
ティティはガルーラの言葉を聞いて、正体不明の何かが渦巻いていたそれが取り除かれるようなそれを感じ、くすり……と、口元にゆるい弧を描きながら彼女は、ガルーラの方を振り向く。
くるりと半分回転し、横目でガルーラのことを見ながら、ティティはほころんだ笑みで――緊張が、不安がなくなった音色でこう言った。
笑むと同時に、目の端から零れた何かを感じたが……、そんなこと、どうでもよかった。今はもう、どうでもよかった。
「それくらいは……、自分でできますから。余計なお世話です」
「そうかいそうかい! それはありがたい褒め言葉だ! 母親っていうのはな――『余計』が二つ名なんだよ!」
「ふふ。何ですかそれ……。初耳です」
ティティがくすくすとガルーラの言葉に微笑む。今までの緊張を解すように。そんな微笑みを見て、ガルーラは凛々しく、犬歯が見えるような笑みを浮かべながら「ははは」と笑う。
先ほどまでの絶望が嘘のような微笑ましく、そして温かい空気。
それを肌で感じながら二人は笑い合う。女同士として、同じ気持ちを抱いたもの同士として、共に生き延びた仲間として――二人は笑う。笑い合う。笑い合いながら二人はだんだん、大きな笑いを上げていく。
勝ちを獲て、喜びを分かち合う笑みではない。
それは――ただただおかしい話をして込み上げてきた笑み。その笑みを上げながら、二人は笑う。笑う。張り付けてきた緊張を一時的に解すように、時間など忘れているかのように、二人は笑い合うと……。
「おぉーいっ!」
「「!」」
ガルーラの背後から一人の女性の声が聞こえる。その声を聞いた二人は声がした方向に目を向けると、はっと息を呑んでその光景を見る。
見て――二人は驚きを顔で表現し、倒したスナッティを担いで走り、二人に向かって手を振りながら来た――赤い角を生やした紅と合流し……。
――場面を別のところに切り替える。
◆ ◆
ガルーラとティティの戦いが混沌と化したその頃に遡る。
帝国の北の方角に位置する――出口とは正反対の大きな倉庫がいくつも建てられている貯蓄庫のような場所。赤い塗料で塗られた建物はすでに塗料が剥がれ落ち、その建物がどれだけ古い時代に作られたのかが垣間見える。そしてその赤い塗料で塗られた建物には、黄色い塗料でローマ字の数字が書かれている場所では……。
――バァンバァンバァンッ! ギィンギィンギィンッッ!
と、発砲音と金属音が二重に奏でられていた。
「ダアアアアアアッッ! ったくぅ! 蜥蜴野郎が無駄な足掻きをおおおおおおおっっ!」
怒声を辺りにまき散らし、右手に収まっている拳銃の引き金を何回も、何回も引きながら傷の眼鏡男――レパーダはあるところに向けて乱射をしていた。
彼が手に持っている拳銃は、いつぞやかコーフィンが持っていた拳銃であり、現実世界では『ルガーP〇八』と呼ばれ、この世界では通称『KILLER』と呼ばれている拳銃であった。
それを手にし、引き金を勢いよく引きながら彼は叫ぶ。
「なんで全部防いじまうんだああああああっっっ!」
ばん! ばん! ばん! ばん! ばん! ばん!
レパーダは叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ――!
目の前で、背後にいるレンを庇いつつ、槍を軽々とと回して防御しているキョウヤに向けて、彼は叫んだ。何のスキルを使わずに『くるんっ。くるんっ』と緩く槍を回して防御し、レンと共に無傷でいるキョウヤに向かって、レパーダは内に溜めている怒りを加速させていく。
加速させて、その加速に便乗する様に――拳銃の引き金を引く速度を速めて発砲を続ける。
ばん! ばん! ばん! ばん! ばん! と、乾いた音が辺りに響きわたり、その音と共にレパーダが持っている拳銃の銃口から銃弾五発がキョウヤに向かって放たれていく。
それはちょうど、キョウヤの顔と肩に命中する位置。当たれば即死確実だ。
「きょっ! キョウヤ君………っ!」
彼の背後で守られていたレンは、はっと息を呑みながらキョウヤの背中を見る。見ながらレンはすぐに右手を空に向けてかざす。それは――よくハンナがしている動作と酷似しているそれであるが……。
「レン。大丈夫だって」
キョウヤは悠々とした面持ちで、余裕を持った雰囲気を出しながら、レンの行動を遮った。その声を聞いたレンはかざそうとしていたその手を止めて、指先を震わせながらレンはキョウヤのことを見上げる。
見上げたとしても、見えるのは彼の項と後頭部。
その姿を見上げていると、キョウヤは迫り来る銃弾五発をしっかりと定める。定めて、槍を持っている手に力を入れながら、彼は言う。
「もうかれこれ一時間くらいはこの調子だ。何とかなる。お前の助太刀は、本当の万が一の危険の時に頼る。今はオレに頼って、MP温存しとけや」
と言った瞬間、キョウヤは動いた。
動いた。動いたが、その動きは――一瞬に近いそれであった。
――がんごんこんぎんがんっっ!
コンコンカンコンカン。
金属と金属同士が叩き合うかのような歪で異様に耳に残る様な反響音。その音と同時に聞こえたのは――地面に落ちた何かの音。五つ。
その音を聞いて、反射神経で思わず両目をきつく閉じていたレンは、そっと目を上げて、再度真正面を見ながら、彼女は驚いた顔と音色で言う。キョウヤ越しに見えるレパーダの激昂の顔を目に一瞬焼き付けながら、彼女は言った。
「………わ。相変わらずすごいね……。キョウヤ君。久しぶりに安定のキョウヤ君を目にしたと思うよ……」
「んだよ安定のオレって。安定じゃないもとい不安定なオレは一体何なんだっ。ってこんな突っ込みしている場合じゃねー……。驚くことかよ」
「だって驚くし、普通の人はこんな芸当できないよ。無傷で高速の弾丸を蠅たたきのようにはたき落とす槍使いなんて……、キョウヤ君以外いないよ。絶対に」
「お前の例え滅茶苦茶貧相すぎるっっっ! もっといい言い方があったはずだっっ! 褒めてんのか馬鹿にしてんのかわかんねえって!」
「わ、私結構いいこと言ったよっ!?」
「百人の人がその言葉を聞いたとして、『いい言葉ですね』って答える人なんてお前しかいねえよ!」
「っっっ」
キョウヤとレンの緊張感のない会話を聞きながら、レパーダは怒りをふつふつと込み上げて、顔を赤く染めていきながら……、彼は足元に転がる叩き落とされた弾丸を一瞥しする。
ころころと、先ほどキョウヤが防いで落とした弾丸がレパーダの足に当たり、その場所で動きを止めてしまう弾丸。
そんな光景を見て、そしてその弾丸の向こう側を一瞥して、彼は思った。
――確かに……、麗奈お嬢様の言う通り、こいつは一筋縄ではいかないか……っ!
そう。貧相ではあるが、レンの言う通りであった。レンの言う通り、レパーダの言う通り――キョウヤは厄介な相手だったのだ。
レパーダとキョウヤの間に広がる撃ち落とされた無数の弾丸の亡骸は、五つだけではなかった。
それはすでに、目だけでは数えられないほどの量の弾丸が地面に落ちており、踏めばきっと弾丸の転がりに足をとられて転んでしまうかもしれない。
そのくらいの弾丸の亡骸が――地面に落ちていたのだ。それらを全て撃ったのはレパーダだが、それらすべてをスキルなしで叩き落としたのは――キョウヤ。
無傷で、彼はそれらを全て叩き落としたのだ。
何の苦もなく、なんの驚きも混乱もなく、美しい曲線を描くような槍の回し方で、キョウヤは術twの弾丸の攻撃を防いだのだ。
「っ! ちぃ!」
レパーダは大きな舌打ちを一つし、目の前にいるレンを庇っているキョウヤのことをギッと睨みつける。顔にある傷がレパーダの雰囲気を黒くする。そんな顔を見てか、レンはキョウヤの背中越しに――
「――っ! うぅ……っ」
――びくっ。と肩を震わせ、顔を青くさせた。
まるで――見たくないものを見てしまい、何かを思い出してしまったかのような青ざめ方だ。
そんなレンの震えを肩越しに見降ろしていたキョウヤは、すっと目を細め、申し訳なさを感じながら、レパーダに対して苛立ちを膨張させていた。
――無理もねえよな。こいつがこうなっちまったのは……、このおっさんの所為なんだし。
――会いたくない気持ちの方が、永遠に会わないほうがレンにとってすれば幸せだったんだ……。
――だから、だからこそだ。
そう思いながらキョウヤは今まで仁王立ちになっていたそれを崩し、前かがみになりながらぐるんっ! と得物を回し、槍を刃をレパーダに向けながら彼は構える。
さながらバットを相手に突きつけているかのような態勢になって、キョウヤはレパーダのことを睨みつける。
「っ」
その睨みを見たレパーダは、ぎょっとしながらキョウヤのことを見る。顔から垂れた脂汗が、彼の心境を強く物語、彼の感情の代弁をしている。その光景を見たキョウヤは、背後にいるレンに向かって――
「レン――離れてろ」
「…………え?」
突然の言葉に、レンは困惑しながらキョウヤの顔を見るために顔を上げる。その顔にはまだ不安と恐怖が残っており、そんな状態で彼女はキョウヤに向かって、慌てながら静止の声を掛けた。不安よりも、キョウヤの安否の方を優先にして、レンは言ったのだ。
「そ、そんな……っ。なんでそんな」
「いいから――離れていろ。怪我すんぞ。万が一に備えて、少し離れたら『盾』スキルかけていろ自分に」
いいな? と、キョウヤはレンの心配の声を鬱陶しい……、と言う感情は一切ないが、それでも彼はレンの言葉を遮って言う。
少し強めに、一回で言い聞かせるように伝えるキョウヤ。
その言葉を聞いたレンはキョウヤの真剣さを肌で感じ、彼から発生されるびりびりとくるそれを感じながら、キョウヤが本気で何かをしようとしていることに気が付く。
「…………わかったよ。キョウヤ君」
それを察して、レンは頷く。素直に、キョウヤのことを信じて――
そんなレンの言葉を聞いて、キョウヤはレパーダから目を離さずに、レンに向かって彼は小さな声で「サンキュな」と礼を述べた。
その言葉を聞いてレンはすっと背後を振り返る。
後ろに障害物がないか確認のために、彼女は振り返って確認をした。
最初こそレンは、そのままキョウヤを背にして走って離れようとしたのだが、それはまずいと思い、彼女はその案を否決した。
もし背中を見せてしまえば、レパーダがその隙を突いて撃ってくる可能性がある。
そう思ったレンは後ろを向かず、後ずさりをするように離れようと決め、後ろを向いて躓きそうな仰臥位物があるかどうかを確認した。
じっくりと、目を凝らしながら……。
――よかった……。ない。これなら大丈夫そう……。
背後にある障害物があるかどうかを見たレンは、ほっと胸に手を当て、安堵の息を吐いた。
幸いなのか……、引っかけて転びそうになるような障害物はない。
その光景を見たレンは、再度真正面にいるキョウヤのことを見て、足をそっと上げる。ゆっくりと、本当にゆっくりと後ろに向かって歩み、後ろ向きに、一歩一歩キョウヤから離れる。レパーダの恐怖に負けないように、狙われないように、細心に注意を払いながら、彼女は離れ……。
「恭也君」
「!」
レンは言った。
キョウヤのことを現実の名で呼ぶと、キョウヤはぴくり! と尻尾を震わせながらその声に反応する。
そんな尻尾の動きを見て、レンは思わずかわいいと思ってしまったが、それを一旦胸にしまい込んで、彼女は振り向かないキョウヤに向かって、手をかざしながら言う。
かざして――彼女は不安のせいでぎこちない笑みで、なるべく明るい音色でこう言ったのだ。脳裏に映る――最愛の人のことを想って……。
「――ちゃんと勝って……、白に会おうね。二人で」
「おう」
その言葉を胸に、キョウヤは頷く。振り向かずに頷いて――姿勢を低くすると同時に、生えている尻尾を地面に向けて。
――ばしぃんっっ! と叩きつけた。
叩きつけると同時に――キョウヤはレパーダに向かって急加速で迫る。低空飛行のように跳び、キョウヤはぐんぐんとレパーダに距離を詰めていく。
「『強固盾』ッ!」
そんな光景を見て、レンは自分の身を守るように周りに半透明の半球体――よくハンナが使う『盾』スキルの『強固盾』を発動させ、キョウヤの勝ちを信じて祈る。
「っ! う、う、うおおおぉぉおおおおおっっっ!?」
対照的に――レパーダはあまりの急加速に迫り来るキョウヤのことを見て、驚き、そして後ろにバランスを崩しながら彼は狼狽する。狼狽し、叫びながら彼はキョウヤから避けようとしたが――
「おっせーよ。おっさん」
「っっっ!?」
避けようとした。したが――その前に、キョウヤはすでにレパーダの目と鼻の先にいて、至近距離になって槍を振るい回そうとしていた。あの時、『デノス』で対戦した鐵の時よりも素早い動きで、キョウヤは詰め寄ったのだ。
レパーダを逃がさない。ここで倒す。その想いを胸に、彼は詰め寄り、一撃必殺――とまではいかないが、それでも大きなダメージとなるであろう攻撃を、彼は繰り出す!
「――ふ!」
「っっ!?」
キョウヤの息を吐く声が聞こえた。その声が聞こえたと同時に――
二重の激痛と共に……、レパーダの視界が揺らいだ。彼から見て左に揺らいで……。そのまま……。
――めごしゃぁ!
「あ、がぁ……っ!」
レパーダは頭の理解が追い付かずに、整理がつかないまま……、貯蓄庫の壁に激突してしまった。激突し、そのまま地面にずり落ちながら、彼は焦りの整理をする。
ずくずく! ずくずく! と、右脇腹と背中に来る激痛に耐えながら、彼は思案する。
――ど、どうなった……っ!? 一体どうなっているっ! 一体全体なんでこうなったっ! 激痛箇所は脇と背中! 背中は分かっているっ! これは壁に激突したときの痛みだ! なら、ならこのわき腹の激痛……っ! 完全に肋骨が折れているっ! これは、まさか……っ!
と思って、簡単にしてありえないような憶測を組み立てたレパーダは、すぐにその場所にいるであろうキョウヤのことを見る。
見て――彼はその憶測が確実なそれだということに気付いてしまった。
キョウヤはつい先ほどまでレパーダがいた場所で、槍をぶぅん! と振りながら仁王立ちになり、彼から見て右側にいるであろうレパーダのことを睨みつけるように見降ろし、再度その方向に体を向けながら立っていたのだ。
ハンナやアキ、ヘルナイト、シェーラが見れば、驚きはするものの、キョウヤだからありえるかと言うような目で見るような光景である。
レンもそんな目で、驚きはしていたが、すぐに当たり前か……。と言う目と溜め息を吐く。
それは――レパーダには分からないことではあるが、わかる人ならばそのような反応になるという光景。
キョウヤは槍の天才。生まれ持った才能を余すことなく使い、己の腕力と蜥蜴の力を余すことなくなかった――キョウヤにしかできない芸当。
素早く至近距離に詰めたと同時に、キョウヤはレパーダの右わき腹に槍の殴打をめり込ませた。めり込ませたが、一回だけでは終わらない。キョウヤはその場で一回転をして、レパーダが吹き飛ばされる前にもう一度槍の殴打を繰り出したのだ。
一回目に殴打した場所にもう一度。彼は一瞬の間に二重の殴打を繰り出して、レパーダのHPを大きく激減させたのだ!
それに気付いた時にはもう遅く、レパーダは激痛に震える体を叩き起こしながら立とうと奮起する。奮起し、そして今すぐにでも襲い掛かってくるであろうキョウヤのことを見ながら、彼は思った。
――落ち着け! 落ち着け! まだあれがある! 私はこの場で負けてはいけないのだ! 負けてはいけないのだっ!
――死んではいけない! あのお方のためにも、あのお方が今まで築き上げてきた名誉を傷つけてはいけないのだ!
――東大寺家のために! その血を絶やさないために! 私はここで、死んではいけないんだ!
と思っているレパーダの心境など、今のキョウヤが知る由もない。キョウヤは手に持っている槍を緩く、『ぶん』と振るい、そしてうねうねと動いている蜥蜴の尻尾を地面に向けて――もう一度……。
――ばしぃんっっ! と叩きつける。
そして、その音と同時に、キョウヤは倒れているレパーダに向けて、槍を持っていない手を前に出し、足りを持っている手を引き、刺突の攻撃を繰り出そうと後ろに引いて構える。
その光景を見て、己の敗北が決まったにも関わらず、レパーダは思った。
――まだか?
レンは勝ちを確信し、安堵の笑みを浮かべている最中でも、レパーダは思う。
――まだか?
どう見ても、レパーダの敗北は決まっており、そしてそう転がったとしても、レパーダの負けは決まっている状況でも、彼は思った。心の奥底に巣食うそれを信じて、彼は思った。
――まだなのかっ? このままだと、俺は負けてしまうぞ! 早くしろ!
そう思いながら、焦りを感じながらレパーダは待つ。キョウヤの槍の刺突が繰り出される瞬間を目にしながら、彼は焦る。焦る。焦る――!
――まだか!?
刺突がレパーダに届くまで、あと七センチ。
――まだかっ!?
五センチ。
――まだかっっ!?
あと――一センチ。
――どしゅしゅしゅっっっ!
「え?」
静寂が……、静寂の驚愕が辺りを包み……、レパーダに希望の兆しを与え、レンに絶望の日差しを与えた。そして……、その静寂は、容赦なく人を傷つけ、心と体を抉る。
え? と言ったのは――レンで、レンはその光景を見て、固まってしまった笑みを引くつかせ、再度顔中を青く染め上げながら、彼女はその光景を見た。
対照的に――レパーダはその光景を見て、呆けた表情と入れ替わるように、彼はその表情に歪んだ笑みを浮かべた。その笑みは彼からしてみれば……。
勝機。
そのものだった。
なぜこのような状況になっているのか……。なぜレンは絶望し、レパーダは勝機の確信を得た笑みを浮かべているのか。
それは――この場合は本当にありえないといえるような事態が起きてしまったからこそ、レンは絶望したのだ。何故なら、そんなことありえない。なんでこうなっているのという混乱が、彼女の心を蝕んでいたから。
それを一身に受けてしまったキョウヤもその状況を飲み込むことができず、目の前で起きた状況を理解することができなかった。思わず足を止めてしまうくらい、理解することができなかったのだ。
体中から襲い掛かる突き刺さるような痛み。あまり感じられなかった激痛に、貫通しているかのような恐怖。
更に言うと、体中をめぐる何かが己の体を別の何かにしてしまうかのような恐怖も合わさり、キョウヤは驚愕に顔を染め、そして見開かれた目で動きを止めた己の体を……、突き刺す態勢のままで止まった己の体を見て……、彼は……。
「あ。は?」
二文字。それしか零れなかった。その二文字を口から漏らした。
だがキョウヤにとってすればそれは正論の反応である……。無理もない事実であり、真実であった。
キョウヤの体を駆け巡る何かと激痛が『これは現実です』と囁いている。そして視界に入るそれを見て、それが事実だということを物語っていた。
何が一体どうなっている? どうなってしまったの?
簡単に言うと――
キョウヤの体と腕と足に――レパーダが持っているはずもない武器……、矢が突き刺さっていたのだ。貫通するほどの矢がキョウヤの体に深く、深く突き刺さっていた。
右腕、左肩、左膝に尻尾に漆黒に彩られた細い矢が深く、深く突き刺さっていたのだった……。




