PLAY70 BATORAVIA BATTLE LOYAL!Ⅸ(知りたくない事実)⑤
唐突に――ガルーラの回想に入る。
この回想はさほど昔と言うものではない。この回想はハンナ達に出会う少し前の時……、そう。カルバノグ達と一緒にいた時の話である。
その時に時間を巻き戻して、一時的な回想を語ろう……。
◆ ◆
「ん。くぁ……。んんんぐぐぐぐっっ!? ぐごっっ!」
突然唸り声を上げるガルーラ。
彼女は一体何を見たのか……、呻き声と共に声を漏らすと同時に、汗と共に彼女は覚醒した。
はっと目を開けて、ガルーラは上空にある中心点を見つめながら内心舌打ちをして地面に手をつけた。
突然眠気が冷めてしまい、ぱっちりと目を開けてから起き上がって、固まってしまった体を伸ばす。
両腕を上に向けて伸ばし、背中と体をビキビキと鳴らしながら体を伸ばし、寝ていた場所から差し込む薄暗い世界を見ながら彼女は小さな声で、寝ぼけている顔で頭を掻きながらこう言った。
「………まだ夜かよ」
ガルーラは内心……、なんでこんな時間に起きちまったんだろう。と思いながら、彼女はゆっくりと体を起こして立ち上がり、横で寝ている紅やスナッティ、ティティを起こさないように外に出ようとした。
そう。その時ガルーラが起きた時間帯は夜。真夜中。
その時ガルーラは共に行動していたクルーザァー、メウラヴダー、ティズ、スナッティとティティ。カルバノグのボルド、ダディエル、ギンロ、リンドー、紅。そしてガザドラ………はこの時いなかった。
その時期はハンナ達が未だにアクアロイアのマドゥードナにいた時の話であり、彼等がガザドラに会うのはもう少しの話である。
そんな中、ガルーラは共に行動しているチームの女性人達と一緒に簡素なテントの中で束の間の休息をとっていた。
男性陣は別のテントで寝て、男性陣だけは見張り番を交代しながら務めている。ゆえに女性達はぐっすりと寝ているということになる。
………少々――贔屓が見えそうなそれではあるが……。
そんな状態の中、ガルーラは起きて、そして寝ているであろう三人のことを見降ろした。
紅もスナッティもティティも規則正しい寝息を立てながら体と心を休めている。そんな光景を見て、ガルーラ自身もこのまま寝ようかなと思っていたが、それがどうしてもできなかった。
頭を掻いて、そして急速に眠気が去ってしまった自分の状態を体感しながら、彼女は思った。呆れながらこう思った。
――マジで目が冷めちまったな……。なんかスンゲー嫌な夢を見て、それで……。だめだ。思い出せねぇ。何の夢を見てああなっちまったんだっけ……?
ガルーラは自分の眠気を妨げた夢が、一体何だったのかと思いながら思い出そうとするが……、思い出せない。むしろ思い出したくないのが本音ではあるが、それでもガルーラの心はそれを望んでいない。
心に巣食うむしゃくしゃが一体何なのかを解明しない限り、ぐっすりと眠ることなどできない。そう思ったガルーラは、頭を掻きながら小さな声で……。
「……涼もう」
と言って、ガルーラはテントの幕をたくし上げると……、ガルーラは目を点にして、目の前に広がった光景を目に焼き付けた。
目の前に広がったのは――真っ青な夜空を照らす真っ白いが水色が含んでいる半月を、背中越しで見れば見惚れているように見上げている黒髪の少年の姿があった。
その少年の姿を見て、ガルーラは内心困ったように溜息を零して……。
――空を見ることが好きなのは、昔っから変わんねぇなぁ……。と思いながら、ガルーラはゆっくりと、そして足音を立てずにその人物に向かって歩みながら、彼女は右手を上げて陽気な音色で声を上げた。
「よぉ。なぁに黄昏てんだ?」
「!」
ガルーラの声を聞いて肩を震わせ、すぐにガルーラがいる背後を振り向く黒髪の少年――ティズ。
ティズはそんなガルーラのことを見て、安堵の溜息を吐きながら……、無表情に似た顔で彼は――
「なんだ……。ガルーラか」と、胸に手を当てながら息を吐いた。
そんなティズの姿を見て呆れた顔をして、「何だとはなんだ? 誰だったらよかったんだ?」と、歩みを進めながらティズの隣に並んで立つガルーラ。
腕を組みながらティズが見上げていたであろう半月を見上げると――
「誰でもいいと言うか、突然声を掛けられたらびっくりするよ……」
ガルーラのことを見上げながら無言で僅かに零れだす怒りの音色で言うティズ。
そんなティズのことを見ずに、半月を見上げながら「はははっ!」と、豪快に笑って「すまねえって! まさかお前が見張りをしているとはな!」と、罪悪感などさらさらない謝りの言葉をかけるガルーラ。
そんなガルーラのことを見上げていたティズは、小さくため息を吐くとティズ自身も半月に視線を移してガルーラに向かってこう言った。
何のことはない。他愛もない言葉だ。そんな他愛のない言葉をティズは、ガルーラに向けてこう言った。
「見張りって言うか……。もともと見張りをするはずだったギンロが寝ていて、起きる気配もなかったから……、俺が変わって見張りをしているだけ。俺の番になったら無理矢理ギンロを起こすって……クルーザァーが」
「………おぉ。そうか……」
ティズの言葉を聞いて、ガルーラはクルーザァーの鬼めいた行動に思わず怖気づいてしまったのは、彼女だけしか知らない。驚いた面持ちでティズのことを見降ろすガルーラは、未だに半月を見つめている彼の異変にいち早く気付いた。
ティズの表情に浮かぶ、僅かな不安の顔色。
それは本当にかすかなそれであるが故、普通の人が見たら無表情のそれなのだが、ガルーラはそれを一目見て気付いたのだ。
そんな顔を見て、ガルーラはにっと強気な笑みを浮かべながら――
「お前……、もしかしてビクッてんのか? いきなりチキンになっちまったのか?」と聞く。あえて小馬鹿にするように。相手の気持ちを和らげるように、からかいながら――
その言葉を聞いたティズははっと肩を震わせ、目を見開きながらガルーラの方を向くと……。
「そ、そんなこと……、ない……。と思う」
どんどん力がなくなっていく音色で言うティズ。その言葉と音色を聞いたガルーラは、「あはは!」と豪快に笑いながら腹部を両手で抱える。
抱えながら……、「図星丸見えだぞっ!」と言うが、ガルーラ自身――そうだろうな。と思い、ティズの気持ちを汲み取っていた。それは手に収まりきれないような気持ちを汲み取るように……。
母親として、彼女もティズの不安な気持ちは手に取るようにわかっていたのだ。一目見てわかってしまった。
ティズの顔に浮かぶ一抹の不安。それは十中八九と言うよりも一択しかない不安。
その不安の原因はゼクス……、つまりはZに対しての恐怖が、ティズの心を不安で満たしていたのだ。
――無理もない話だ。そうガルーラは思った。そして続けてこう思う。
――なんでかは知らねぇけど、ゼクスは執拗にティズに暴力を振るっていた。振るって振るって、ティズはそれを小さい時からずっと我慢していた。
――その我慢が原因なのか……、はたまたは別の要因なのか……。ティズは『ロスト・ペイン』になっちまった。
――でも、それを作った原因は、あたしたちにもあるんだよな……。
――普通の家庭ならば簡単なことが、あたしラにはできない。子供たちに苦労させまいと思って働いても、結局金がこの子達の幸せを、家族の幸せを左右しちまった。
――これは、あたしたちの罪でもある。罪は、罰。これは……、あたしらに課せられた……罰なんだ。
そう思ったガルーラは、不安そうに顔を青く染めているティズの肩に手を『とんっ』と置き、その重みに気付いて自分のことを見上げたティズに向かって、ガルーラはにっと笑みを浮かべながら……。
「まぁ――その気持ちはあたしにだってある。誰にだって不安なんてもんはあるんだ。お前だけじゃねえ。クルーザァーもメウラもティティも、誰だって不安になるときがある」
「………………クルーザァーも?」
「まぁあいつだってああだけど、もしかしたら不安になる時だってあるかもしれねえ。だからそんなにびくびくすんな! そんな顔していると、ティティが悲しむからな!」
「………………ティティ……が」
と言ったところで、ティズはガルーラから視線を逸らし、己の足元を見つめながらティティの名を呟く。呟きながら、ティズは無言を徹してしまう。
そんなティズの姿を見たガルーラは、ふとこんなことを思った。それは……、一種の好奇心でもあった。
だから……聞いてみた。
「なぁ――聞いてもいいか?」
「?」
人間好奇心の塊のような生き物。それが作用されたのか、ガルーラはティズのことを見降ろしながら、率直な疑問として、彼女は聞いた。
「ティズ。素直に答えてくれ。お前にとって、ティティは何なんだ?」
ざわりと……。砂地に風が吹いた。ガルーラとティズの髪の毛をさわりと揺らし、彼らの頬をこしょりとくすぐった。だが、二人はその感覚を無視する。
無視するくらい、ガルーラは真剣であり、ティズも驚いたのだ。
その言葉を聞いたティズは、一瞬目を見開いて驚きのそれを現した。が、すぐに元の無表情に戻り……、ゆっくりと口を開いて………………。
回想――一時切断。
◆ ◆
「――っ!」
ガルーラは一か八かの賭けを信じつつ、今まさに入っては危険と言う言葉が正しいかのような激戦 (一方的な接戦だが)の間に入り込むように……、ガルーラは駆け出した。
片手に大槌を持たず、彼女は駆け出す。今荒れ狂っているティティのことを止める一心で、彼女は駆け出す。駆け出しながら彼女は思い出す。
――これであいつの心が正気になるかはわからねえっ! でもこれしかねえんだよっ! あたしは昔っから頭が悪いからな……っ! 悪い反面頭を良くしようとしねぇし、学力面は逃げ腰だった。
――だから記憶力にも自信なんってこてっぽっちもねぇ!
――でもな……。でもな……。あれだけははっきりと覚えているっ! 母親だからなのか。それともティズが初めて抱いているそれで、嬉しかったのかはわからねえ! でも……、はっきりと覚えているんだよ! あの時のことを、あの時ティズが言った言葉……。
――あたしが嬉しい反面、その言葉はティティが最も聞きたくて、そして心の底から安心する言葉に血がいねえ!
女の自分がそう思うのだ。女で、メッシュートと言う夫に惚れた自分がそう思うのだ。間違いない。
そう思いながらガルーラは危険を顧みず……戦っているティティたちに向かって……。
「ぃぃぃゃやああああああめえええええええやがれええええええええええっっっっ!」
「っ!」
「?」
ガルーラは叫んだ。そして振り下ろそうとしているティティの鉈と、パトラが持っている出刃包丁の動きを止めるために、彼女は……。徐に両手を伸ばし、そのまま二人の間に入り込んだ。
入り込み、二人が持っている武器に手を伸ばす。
「ぬぅうううううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!」
ガルーラは一心不乱に、一生懸命に手を伸ばし、パトラが持っている出刃包丁を持っている手に向けて手を伸ばし、そのままガルーラはパトラの手をがしりと掴む。大きな片手でがしりと掴む!
出刃包丁を持っている手をがしりと掴んで、その手を動かせないように、力いっぱい握りしめながら、ガルーラはパトラの動きと攻撃、そして逃走を阻止した。
――いよっし!
そう思ったガルーラは、今のアバターの姿に感謝しながら、もう片方の手でティティの鉈を掴んでいる手に向けて、手を伸ばそうとした。
手を伸ばし、ティティの動きを止めると同時に、ティティに告げようとしたのだ。あの時ティズと話した時のことを――ティティに伝えるために。
「――っ! っ!?」
だが……。
ガルーラはティティに向けて手を伸ばそうとした。したが……、その伸ばすタイミングが遅く、ガルーラが手を伸ばした時には、すでにティティが持っていた鉈は、彼女の掌の前にあった。距離で言うと――一センチほどの距離。
ティティ自身もガルーラの行動は予測していなかったらしく……、怒りと驚きが混ざっている不釣り合いな顔を浮かべながらガルーラのことを見上げている。その表情には……、悲しさと苦しさもわずかに含まれていた。
そんな顔を見たガルーラは、パトラのことを切りつけようと振り上げて、そのまま振り下ろそうとしているティティの鉈を目だけで見上げて、彼女は……。
――ざしゅっっ!
ぱたた……っ!
「…………………………………………あ」
「あららぁ! まぁまぁ! あはははっ!」
「……………………っ!」
何かを切る音。何かが地面に滴り落ちて、そのまま後を残す音。
そして……苦悩から一瞬解放されたが、目の前の光景を見て唖然として、悲痛の顔に染まってしまうティティ。
傍観として鑑賞していたパトラは、目の前で起きた光景を嘲笑うように、けたけたと笑いながら口元に手を当てる。自分は関係ない。これはその時起きてしまった不慮の事故ことだといわんばかりに、彼女は笑う。
そんな嘲笑う声を聞きながら、悲痛の顔を苦痛に細めてしまった目で見ながら……、ガルーラは耐える。耐えながら彼女は……、両手に力を籠める。
パトラの手と、その手に収まっている出刃包丁を掴む手に。
そして……、ティティが振り下ろした鉈を止めて、ぼたぼたと掌から血を流して……ガルーラは、血で濡れている手に力を籠める。
激痛が鳴り響くその掌で、ティティが力いっぱい振り下ろした鉈を止めながら……。
「…………あ、あ……………あああ」
あまりの衝撃。あまりの展開に、あまりにもない自分の愚かさと弱さ。更には自分が犯した罪に対し、ティティは震える口で一言……。否。一文字を発する。
言葉とはいいがたい一文字を発し、ろれつが回らないような口で、彼女は唇と、瞳孔を、体を震わせてしまう。そんな状態でティティはガルーラに振り下ろしてしまった鉈を、震える手でそっと上げようとした。
これ以上力を入れてしまえば……、確実にガルーラの手は使えなくなってしまう。そう思ったティティのわずかに残っていた善意――否、これは、懺悔。懺悔でティティは、振り下ろしてしまったその鉈を上げようとした……。
しかし……。
――ぎゅっっ!
「っ!」
ガルーラはその行為を阻害した。否――阻んだ。阻むように彼女はティティが見っている鉈を手放すことをしなかった。
その光景を見たティティは、驚いた面持ちでガルーラのことを見上げる。見上げながら彼女は思った。
――なぜ、手を離さないのだろう……。なぜ、この鉈から手を離せばいいのに、なぜこの鉈を手放すことを拒んでいるのだろう……。
――私も、この鉈を手放せば……、いいのに……。なんで手を離すことを拒んでいるのだろう……?
確かに、ガルーラが掴んでいる鉈はティティが持っている鉈。彼女は得物として持っている鉈なので、簡単な話、ティティが離せばそれはそれで解決する。結局はティティが手放せばいい話なのだ。
だが……、できなかった。ただ単にパトラに攻撃しようとしての拒絶ではない。それはガルーラが出た瞬間、ガルーラが身を挺して攻撃を止めた瞬間から消え去っていたが、それでもできなかった。
できなかった。本当に、体がそれを囁いていたかのように、脳の信号を拒否したのだ。体が、その手を離してはいけないと、囁いていた……、気がしたのだ。
「あ、あの……、ガルー……」
ティティは震える声でガルーラの名を呼ぶ。
そんなティティの、泣きそうな音色を聞いたガルーラは低い音色で「っは……」と笑い、脂汗が顔中から零し、手に来る激痛に耐えながら彼女はこう言う。
虚勢と言ってもおかしくないような音色で、ガルーラは言ったのだ。
「なんだ……っ? その顔……。今にも泣きそうな顔じゃねえか……っ。女が泣くな。女は泣かない方がキレイなんだぜ……?」
「な、んで……?」
ガルーラの言葉を聞いたティティは、混乱する思考の中、自分が先ほどまでしてきた愚行を後悔し……、彼女は小さな声で、目の端から感情のそれを流さないように耐えながら、ティティは言う。
「なんで……。こんなことを……? そんなこと、しなくても……」
「いいかティティ。よく聞け」
「…………?」
ガルーラは突然ティティに向かって言う。
ぼたぼたと鉈を握りしめている手から零れだすそれを無視し、足元に溜まりを作りながらも、ガルーラはティティのことを真剣な目で見降ろして言葉を発する。遮るように言葉を発したのだ。
それを聞いて、ティティは目を点にしながらガルーラのことを見上げていると……。
「ちょっとちょっと。そんなところでお話しないでよ」
今まで傍観の立場にいてニマニマしていたパトラだった。
ガルーラとティティの話を聞き、ティティに向かって何かを言おうとしているガルーラの背中を見た彼女は、少しだけ不機嫌そうに頬を膨らませながら話に割り込んできたのだ。
不服そうに、面白くなさそうな顔をして――パトラは続けてこう言って割り込み、二人の感情を揺さぶる。
「単細胞でアメーバ以下の思考回路のあんたが、人工的の知能を植え付けられたAIに何を告げようとしているの? そんなことをしても無駄な足掻きで」
「――てろ」
「? なに? ――っ! 痛っ!」
パトラは肩を竦めながら彼女達を揺さぶろうと、言葉の地雷を仕掛けようとした。しかしその前に、ガルーラはパトラの言葉を遮る。低い音色で、遮った。
それを聞いたパトラは一瞬肩を震わせた。しかし内面を明かさないように平静を装いながら彼女は首を傾げるが、瞬間――腕から痛覚が発生した。
ぎりりっと……、何かによって締め付けられているかのような圧迫感と、痛み。
それらを感じたパトラは音を上げながら締め付けの張本人でもあるガルーラのことをぎっと睨みつけ、再度相手を揺さぶる言葉をかけようとした。ガルーラのことを壊すような、そんな言葉を投げかけようとした。
ここで捕捉しておこう――彼女自身相手に対して投げ掛ける会話は、半分相手の揺さぶりを楽しむ加虐のそれでもあり、計算をして発言をした参謀めいた発言半分である。
パトラは元々この方法で何度も勝利を掴んできた女である。パトラは相手の表情の変化を楽しみながら、相手の心を揺さぶり、壊しにかかる。ある意味知略めいた知略の攻撃を好んで仕掛けるの女性だった。
単調ではあるが強力でトリッキー、且つ肉体的に攻撃を仕掛ける兄――クレオとは違い……、妹のパトラは精神的に相手を追い詰めて最終的には己の手を汚さずに勝ちを獲る――精神的攻撃方法。
だからパトラはガルーラとティティに対して、再度精神的な言葉の攻撃を仕掛けようとした。したが……、パトラはガルーラのことを見た瞬間……。
「――っっ!」
パトラは、言葉を詰まらせた。
顔中を青く染め上げ、ガルーラの背中しか見えないその姿を見ながら彼女は委縮してしまった。委縮した理由として上げるのであれば……、至極簡単。
ガルーラから発生したどす黒い怒りの雰囲気を察知してしまい、彼女は言葉を詰まらせてしまっただけの話。しかしそれだけでも、彼女は委縮してしまった。ガルーラから零れるそれを……、ハンナがこの状況を見たのであればこう言うであろう。
ガスバーナーのような赤い炎のもしゃもしゃを、めらめらと揺らしながら、ガルーラは背後にいるパトラに向かって、低い音色で再度こう言った。
「…………………黙ってろ――」
「っっ!」
びくりっ! と、パトラは肩を震わせ、体中から湧き上がる汗を流しながら、彼女はそれ以上の行動、言葉を止める。親に怒られて震えてしまう子供のように、彼女は言葉を詰まらせて、ガルーラの言葉に恐れながら従った。
ガルーラはそんな彼女のことを見ずに、静かになったところを見計らって、ガルーラはティティのことを見降ろす。
ひどく困惑し、負の感情がぐちゃまぜになっているティティの顔を見ながらガルーラはまず言いたいことを口にした。
「よく聞けよティティ。お前――今間違ったことをしている。相手の言葉に翻弄されるんじゃねえ。相手はあたしらのことを混乱させようとしているんだ。そこんところはしっかり理解しろ。相手の言っていることは――全部嘘だ。間違いだらけの言葉だらけだ」
「は、はい……。それは、ガルーラのおかげで理解しました……。今更ながら……、理解しました……」
ガルーラの言葉を聞いたティティは、震える体で『こく……。こくり』と頷きながらガルーラの言葉に耳を傾ける。
理解している。
自分がどれだけ愚かなことをしたのかを口にしたティティ。
そんな彼女の言葉を聞いて、ガルーラは安堵の息を吐きながら――「なんだ……。わかったんならそれでいいんだ。自分で駄目なことをして、それで反省を」と言おうとした瞬間……。
「反省しても――無理です」
ティティは重々しく首を横に振るう。
ガルーラは目を点にし、内心……、一体何を言っているんだという面持ちでティティのことを見降ろす。
見降ろし、ガルーラはティティの言葉に耳を傾けた。ティティの心境に真摯に受け止める意思を込めて……。
ティティは言う。震える口で、ぐちゃぐちゃな感情を弱々しくガルーラにぶつけるようにティティはこう言う。
「だって……、あの女の言った通り……、私とティズは釣り合わない。ガルーラに止められた瞬間そう確信してしまいました……。私は鬼で、ティズは異国の悪魔族……。血も何もかも違う種族同士……」
「…………………………………」
「結ばれないことも、運命の糸で繋がれていることも……、あの女の言った通り……、夢物語だったのかもしれません……。だって……、だって……っ!」
震える体で、だんだん俯いて行きながら彼女は言う。
最初こそ、パトラが言ったことは正しくない。だが――自分が数十分間の中してきたことを遅まきながら鮮明に思い出していき、彼女は苦し紛れに……胸の激痛に耐えながら、彼女は判断する。
ティティにしては苦渋で……、普通に見れば正論でもある様な判断を、彼女は判断したことをガルーラに向かって言った。
「こんな……、こんな凶暴で、仲間のことを傷つけて……、その仲間の言葉に耳を傾けない……っ。おぞましい鬼と一緒になんて……っ! いたくないでしょう……っ!?」
その言葉を聞いた瞬間――ガルーラは口元を横一文字にして黙る。半面、パトラは……、勝機と、勝ち誇った気持ちを抑えつけながらティティ達の話を聞く。ティティは続けてこう言う。ティズに見せたくなかった己の顔を思い出しながら、彼女は言った。
「ティズだって……っ! みんなだって……っ! こんな危ない存在を傍に置いておきたくないでしょう……っ!? いつどこで感情を暴走させてみんなを傷つけてしまうかもしれない存在を、置いておけるわけがないでしょう……? こんな私なんです……。ティズだって、『怖い』と思うでしょう? 『おぞましい』と思うでしょう? 結局――今までが甘い時間だったんです……っ。事実はこうなんです……。やっぱり……、私は一人のほうがいい。一人で……、生きていかないといけなかったんです……っ。誰にも手を差し伸べられない人生の方が……っ! 私は、わた」
ティティは足の力に力が入らなくなった瞬間、彼女はそのまま地面にへたり込もうとした。この時すでに、彼女の額から黄色い角は消失していた。そのくらい、彼女は失意のどん底についてしまっていた。
これ以上の言葉はきっと……、自分にとっても、相手にとってすれば無駄な足掻きだから、これ以上の言葉を紡がないために、彼女はそのままへたり込んで終わらせようとした。
が。
「――あほかっっ! 誰がそんなことを思うんだよ! 何あっぱらぱーなことを言うんだっ! あほかっっ!!」
「え?」
「!」
ガルーラは大声を上げた。否――怒りを露にしたのだ。しかも二回も『あほか』と張り上げながら……。
ガルーラの大声に、怒りの声にティティとパトラはぎょっとして見上げてしまった。ぱちくりとさせて、目に涙を溜めながらティティはガルーラのことを見上げると……、ガルーラは額に青筋を立てて苛立ちを顔で表現しながらティティのことを見降ろしている。
そんなガルーラのことを見ていたティティは、首を傾げながら「あ……へ?」と言葉を零すと、ガルーラはティティのことを見降ろしながら怒鳴りを続けた。
ティティの鉈を力一杯掴んで、その手から血を流していることなど忘れながらも、彼女は怒鳴りながら言った。
「お前なぁ――なに人の言葉に流されてんだよ! 本当にそう思っているのかっ!? メウラがクルーザァーがお前のことをそう思っていると思っているのかっ!? ティズがお前のことをおぞましいとか怖いとかそう思っているって言いてえのかっ!? あたしはそう思わねえぜ! それでもお前はまだ『自分は貧乏神だから一人のほうがいい』って思っているのかっ!?」
「び、貧乏神ではなく……、それはきっと疫病神だともいます……。けど、私は……」
「ああ! 鬼だ! だけどな、思い出してみろ! 今までティズと一緒にいたときのことを! その時、ティズは一体どんな顔をしていたっ!? いやだっていう顔、一回かしたかっ!?」
「!」
どんどん大きくなる声。どんどん高くなっていく音色。
そんなガルーラの必死で純粋で、そしてまっすぐな言葉を聞きながら、ティティははっと息を呑んで思い出す。今までティズと一緒にいたときのことを思い出していく。
『砂地獄の大穴』で初めて出会った時のこと。
初めて出会って、そして感謝の言葉を述べられたこと。
初めての感情を抱いたこと。
抱いた感情と共に、その感情を与えてくれた、感謝を述べてくれた人を一生をかけて守り抜こうと誓ったこと。
ずっと一緒にいて、今まで体感したことのない感情に浸っていたこと。洪水のように溢れさせながら、彼女は思い出していく。
そんな感情に比例して、目の端からもその洪水がこぼれていくが……、忘れるどころがどんどん思い出していき、彼女の心をどんどん癒していく。
癒しながら、癒されながら……、ティティは脳裏にある言葉と共に、想い続けてきた人のはにかむそれを思い出す。
そのはにかみは――駐屯医療所の遊戯区で見せた顔。その顔と重ねるように、彼女は思い出す。自分が誓った、最愛の人に対して思った言葉を思い出した。
ティズのすべてを――守りたい。笑顔を見たい。
「あ…………」
「どうだっ!?」
ティティの洪水の如く流れる涙を見ながら、ガルーラは怒りのそれで畳み掛けていく。
怒りはないが、怒鳴っているので怒っているようにしか見えない。しかしそんな状況の中、ガルーラはティティに向かって聞いた。
「お前の記憶に、いやな顔はあったかっ!? そいつは――嫌な顔をしたかっ!?」
「……して、いま、せん……でした……っ!」
「だろうっ!? あたしもそんな記憶一切ない! お前が首を絞めすぎて苦しんでいたこと以外は全然なかった! そして、ティズもそんなこと一ミリも思ってねえっ! 本人から聞いたあたしが、それを保証する!」
「…………………え?」
ガルーラの言葉にティティは呆けた声を出しながらガルーラのことを見上げる。今度はしっかりと目を離さないように焼き付けながら……、ティティはガルーラのことを見る。
「ちょっ! なに勝手に話を進めているの……って! 痛い痛い! ちょっと痛いってば! 聞こえているのっ? ねぇ聞こえているのかしら単細胞! アメーバ! ちょっとぉ!」
背後でパトラが何か不穏な空気を感じたのか、珍しい焦りを含んだ怒声をガルーラ達に向けて放つ。先ほど『黙れ』と言われたことをすっかり忘れたかのような焦り様だ。しかし、今の二人にはそんなことを聞く余裕などない。
否――聞くことなどしない。敵の言葉など、この場では不必要な素材。
ガルーラは言った。ティティに向かって、彼女は大声を張り上げながら言った。
「いいかティティ。あたしはティズに聞いたんだ。『お前にとって、ティティは何なんだ?』って! そしたらあいつ……、なんて言ったと思う?」
「…………………わかりません」
「だろうな! でもあいつはすぐにこう答えたんだ! 素直な気持ちで、あいつはこう答えたんだ!」
ガルーラはすぅっと、もう一度大きな声を上げるために息を吸って、ガルーラはティティに向かって、鉈を掴んでいた手を一瞬緩めてから――ティズがあの時言った言葉を放った。
「『――大切な仲間とか、お姉さんみたいだなとか思ったけど――今は傍にいてくれるとすんごく安心する。いっぱいいっぱいおしゃべりしたいし、みんな以上に――離れたくない人』だって! そう言っていたんだよぉ!」
その言葉を聞いたティティは、息を呑む。呑んで、一瞬時間が止まったかのような感覚を覚えるティティ。今まで蔓延っていた黒くて冷たい何かが、風に乗って飛んで行くような感覚を覚え、ティティは、そっと俯く。
俯き、そして脱力していた体に力をゆっくり、ゆっくりと入れていく。
額に雷の魔祖を『バリバリ』と溜めて、黄色い角をぐんぐんっと伸ばしながら――ティティはそっと顔を上げる。上げてティティは……、事の真実を、ティティが知らなかったティズの気持ちを教えてくれたガルーラに向かって、ティティは言う。失意から這い上がってきた――熱意と決意が込められた目で、彼女は言う。
「――そうですか。わかりました。あとで、確認してみようと思います」
その言葉は、ティティらしいはっきりとした音色で、聞いただけでもう大丈夫だと思えるような音色で言ったティティのことを見て、ガルーラは――にっと強がり入り混じる笑みを浮かべた。
そして――
「――ぅぅぅぅうううおおおおおおおらあああああああああああああっっっっ!」
「! えっ! ひゃぁっっ!?」
ガルーラはあらんかぎりの力を込めて、反対の手で拘束していたパトラを――上に向けてぶん投げた。
ぶぅんっ! と、空気が切れるような音が周りに木霊し、空中に向けて放たれたパトラは、突然の行動と光景、そして状況に頭を混乱させ、状況の整理に一瞬後れを取ってしまう。
「え? ちょっ! うそっ。なにこれ……っ! わわっ! ちょ!」
パトラは上に向かって放たれながら手足をばたつかせると同時に、その速度が突然落ちていく感覚を感じ、またすぐに来た浮遊感に、心臓が浮くような感覚を感じた
よくジェットコースターで感じるあの浮遊感を感じながら、パトラは一瞬の空中浮遊に恐怖を覚るが、その恐怖もすぐに別の恐怖に切り替わる。
「――っっ!」
それは落下する恐怖……、ではない。それは激突する恐怖……、ではない。
それはガルーラに手によって叩き落される恐怖……、ではない。
それは……。
ガルーラの怪力によって、バレーのレシーブをするように空中に向かって放たれたティティに手で倒されるという恐怖――!
「あ、あ、あ、あああああああっっっ! あ、えっと! あ、う! シ、ス、スス……ッ! 『スラ」
パトラはどんどん自分に向かって来るティティに向かって、焦りと恐怖で呂律が回らなくなりながらも、彼女はスキルを放とうとした。前にブラドが使っていた『スラッシュエッジ』である。
パトラは幸い手に持っていた出刃包丁を両手で持ち、ぐるんと横に薙ぐ態勢になりながら迫って来て――否、迫り飛んできているティティに向かって攻撃を仕掛けようとしたが……、ティティはそれよりも早く、片手に持っている鉈を振るって――
――ぎゃりんっっ!
と、金属質のそれが切れるような音を放ちながら、ティティはパトラの横を通り過ぎるように飛ばされていく。
そしてどんどん降下し、地面にストッと両足を揃えて着地したティティ。さながら新体操選手のような美しい着地である。
その着地と同時に――ティティの背後とガルーラの正面に『どさり』と言う落下音が聞こえ、ガルーラは「お!」と驚きながら正面に落ちてきた人物に目を移す。
ティティも流れるような動作で背後を見る。
目を細め――粉々になってしまった得物の破片の上に寝っ転がるように……、白目をむいて倒れているパトラに向かって、腰に手を当てながら彼女は言ったのだ。
「あなたの言葉はしかと聞きました。あなたの言う通り――それもあるのかもしれません。事実になるかもしれませんけど……、人のことを小馬鹿にすること、人の想いを弄ぶこと、そして……人の運命の糸を小馬鹿にするのは大概にしておいた方がいいです。でないと――鬼が怒りの鉄槌を振るいますよ」
その言葉はもうパトラには届いていないが、彼女の言葉と面持ちを見たガルーラは小さく安堵の息を吐きながら強気な笑みを浮かべて――
「だな。そんで――元に戻って何よりだ」と、満足げに言った。
いつも見ているティティに姿を目に焼き付け、もう大丈夫だろうと心の中で思いながら……。
◆ ◆
ティティ&ガルーラVSパトラ――ティティ&ガルーラの勝利 (パトラ気絶。そして再起不能により)。




